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〜ミスターブシドー、山に籠もる〜

Last-modified: 2014-03-22 (土) 02:08:20

〜ミスターブシドー、山に籠もる〜 Edit


 巨大な魔物がゆっくりと歩を進める。その先には白いコートを羽織って細身の剣を構える青年。
魔物の足跡からは無数の小さな、と言っても人間大の大きさのそれが沸き上がるように現れ、
青年へと殺到し、そのシルエットは徐々に見えなくなっていく。
「おのれ、……卑怯な」
 それを遠くから見つめる細身の剣を持ったミスターブシドーは、しかしこの状況下では
何も出来ないとわかっていた。

 
 

 瞑想にふけっていたミスターブシドーが目を開けると、そこは見知らぬ森の中。とは言え
街にもほど近く、言葉も通じ買い物さえ出来る、雨露をしのげそうな洞窟もあった。
 彼にとってはガンダムとの戦いが全て。その為のアロウズ、その為のMSなのであり
それは常人にも理解はされているはずだった。が、このところ彼の必要ない、もしくは彼が
必要としない戦いへの出動要請が頻々となされ、実際食傷気味ではあった。
 だから、煩わしい現実から逃れるという点において、この状況は彼にとっては悪くはなかった。
唯一の問題は、この世界にはガンダムは居ないようだ。と言う一点のみである。

 

 その日も夕方の滝行を終え、川で釣った魚をたき火であぶっていた所だった。
「――? 人の気配、か?」
 直後にいきなり女性が現れた事も、だから彼は気付くのが遅れたのだ、と納得した。
夜の山奥にスーツにサングラスの女性が居れば、違和感は抱いて当然だろうが、ミスターブシドー
自身が陣羽織の制服に仮面の姿である。人の事はとかやく言えまい。と、これも納得する。
「お兄さん、旨そうだねぇ」
「……空腹なのか?」
 一陣の風と共に白いコートを羽織った青年が現れ、いきなりスーツの女性に蹴りを見舞う。
桁外れの強烈な一撃を喰らって枝や細い木をへし折りながら飛ばされた女性は、しかし太い幹に
足を付けて勢いを殺すと、そのまま一回転してふわりと地上へと降りる。 

 

「いい加減しつこいぞ、魔戒騎士! いちいち食事の邪魔をしないで!」
 見た目にしては太い声で女性が叫ぶ。
「……ホラーを狩るのが俺の仕事だ」
 それだけ言うとコートの青年は懐から赤い鞘に包まれた剣を取り出し、女性へと斬りかかる。
「なんだあの太刀筋……。あの男、出来る!」
 あまりに早すぎてミスターブシドーにも全てが見えている訳では無いが、その細身の剣は
重々しい軌道を持って女性を確実に追い詰めていく。むしろおかしいのは女性の方だろう。
 剣を腕で受け止め、体に斬檄を受けても火花と金属質の音のみで済んでいるのだから。

 
 

「喰っちまった方が早いな! 考えてみたら、魔戒騎士は喰った事が無かったよ!
 女性がそう叫んだ次の瞬間、彼女の姿が黒い霧のようなものに覆われ、次の瞬間には
ミスターブシドーの語彙ではゴブリンとしか言いようのない、異形の姿へと変容していた。
「なんと!」
 青年はそれを見て剣で天空へと輪を描く。剣の軌跡が丸く輝き、その光が青年を照らす。
剣を振り下ろすと次の瞬間、黄金の鎧を纏った騎士が剣を構えて、狼の顔で吠えた。

 

 そこからの攻防はスピードが更に上がって、ミスターブシドーは目で追うのがやっとになった。
飛び散る火花、根元から折れる木々、燃え上がる枯れ草、えぐられる地面。MSも無しにこれを
やっている事が彼には信じられなかった。
 そしてゴブリンが、――次は喰ってやる! と叫ぶと同時に、飛び上がり、そのまま姿を消す。
《無駄だ、鋼牙。逃げられちまった》
 誰かの声が聞こえた瞬間、黄金の鎧は姿を消し、騎士の立っていた場所には青年がいた。

 

《鋼牙、気付いているか? この場所は陰我がかなり歪んでるぜ。道理で簡単に逃げられる訳だ》
「あぁ」
 青年は誰かと喋りながら、あれだけの大立ち回りの後だというのに、息も切らせず
ミスターブシドーへと向かってくる。
「大丈夫か? ……その姿、魔戒法師か?」
「今のは、いったい……」
「そうか。――普通の人間が知る必要は無い。……この場には金輪際近寄るな、今すぐ立ち去れ」
 そう言い放つと、青年はコートの裾を翻して去っていった。

 
 

 立ち去れ。とは言われたものの、立ち去る先が無い。ミスターブシドーは結局山ごもりを
続行する事にした。とは言え、自衛の手段は必要だろうと思い立ったが、真剣など田舎の町
では手に入る訳も無く、多少値は張ったが青年が持っていた剣に似た黒の模造刀を手に入れた。
「こんな物ではどうにもならんか……」
 たき火に照らされながら鞘からゆっくりと抜き出す。金属の音を立ててゴブリン……、ホラーと
呼ばれた怪物が青年の剣を受け止めた事を思い出す。構える。
「――っ、せいや!」
 裂帛の気合いと共に炎の先端を切り取り、一降りするとそのまま鞘へと収める。パチン。
「模造刀で武士道が貫けるものなのか。……疑問を禁じ得ないな」
 振り切る一瞬の刃に絵の具のように真赤な光が輝き、たき火の中へ赤い鱗粉が落ちていった事は
本人は気付きようが無かった。 

 
 

 それから数日。ガンダムの事もある。帰るというならそれでも良かったが、生憎どうして
ここに居るのかさえ判らないミスターブシドーは、相変わらずたき火の前で瞑想にふけっていた。
 だから今度は気配に気付くのに遅れる事は無かった。
「……今日は魚は無いぞ」
 目を開けるとそこにはスーツにサングラスの女性が立っている。

 

「骨が好きなのよ、私。――魚よりも骨がありそうな、あなたを食べようと思って、ね……!」
 言葉と同時に、右腕のみ異形のものに転じ、それが彼の頭の上に落ちてくる。
 ガチンッ!!
 ミスターブシドーの抜きはなった毒々しい赤い光につつまれた剣が、火花を散らしつつ、
女の鋭い爪を押さえていた。
「ただの鉄で私の爪を……? ふっ、魔戒法師ね。うふふふ……、骨があるヤツは大好きよっ!」
 女は弾かれたように数mほど後ろに飛ぶと、両腕を異形の姿に変える。
 ミスターブシドーはたき火の前に立ち上がり、何故か赤く輝く模造刀を正眼に構える。
「スピードも、パワーも……。まともに打ち合えば刀身が持たんか……」

 

「見つけたぞ! ……貴様の陰我、今宵こそ俺が断ち切る!」 
 いきなり横合いから気配も無しに、白いコートの青年が赤い鞘を左手に現れる。
「お前もまとめて喰ってやるよ! ――後で喰ってやるから先に死んでな」
 女がそう言って腕を振ると、たき火の影からホラーが数匹沸き上がるように現れる。
青年は剣を抜いてミスターブシドーに近づこうとしたが、女が異形へと姿を変え
飛びかかっていく。
「よそ見をする暇があると思うか! 黄金騎士なら尚のこと、私が喰ってやる!!」
 声とつばぜり合いの音は一気に遠くなる。

 

「さっきの女とは動きが違う……。模造刀に化け物。行く道を試されているとでも言うのか?」
 いかにもグロテスクで、は虫類のような見た目の“ホラー”。但しあの女が召喚したのだ。
スピードが無いと仮定する方がおかしい。……一体が飛びかかってくる。
 剣の赤い輝きが増し、ホラーを一刀両断する。血の代わりに黒い粉のようなものを
吹き出しながらバラバラになって消えていく。
「切れた、か。……ならばここで倒れる訳にはいかん。――ガンダムが、待っている」 
 多少は知恵が回るのか、それを見てホラーの囲む輪が一回り大きくなる。
「数を頼みの烏合の衆など、我が武士道の敵では無い!」
 ホラーが飛びかかるたび、剣の軌跡は赤い線を描きその度にホラーは一刀両断にされていく。

 
 

 自らに襲いかかるホラーの群れを一掃したミスターブシドーは、つばぜり合いの音に
惹かれるように近付いていく。
 いきなり直径1mはあるような木が倒れる。白いコートの青年が幹に投げつけられせいで
幹が折れたのだ。と気がつくには、彼が残骸の中から立ち上がるのを見るまでかかった。
「くっ、――離れていろ。お前には関係ない」
 そう言うと、手ひどいダメージを受けたはずの彼は、比喩で無く、目にもとまらぬ早さで走り出す。
「今日はとても気分が良いわ。とっておきを見せちゃおうかしら? 黄金騎士を倒す記念にね!」
 怪物の姿で女言葉を使う。違和感と嫌悪感でむしろ目が離せなくなる。
「うおおおおお!」
 全力疾走から繰り出す一撃。ホラーは一刀両断されたかに見えたが、逆に青年が弾き飛ばされた。
 ホラーの笑い声のみが響く。
「うふふ、あはははは……。切れるのものなら切ってみなよ、黄金騎士!!」

 

 いきなりむくむくとホラーの体が巨大化していく。
「う、くっ……。――いったい」
《陰我のゆがみだ。要するにこの場所は人間界の理から外れてる。もちろん魔界の理もな。
以外に頭の回るヤツだ。ゆがみに気付いて利用しやがった。胸の石が弱点なのは変わらないが、
このデカさ。……こいつぁ、やっかいな事になったぜ》
 木々の梢の遙か上、高みから青年を見下ろすホラー。ゆっくりと歩を進めるが一歩が大きい。
踏みつぶされないよう青年は走り続ける。
 更には巨大な足跡から無数のホラーが沸き上がるように現れ青年へと殺到していく。
剣を振り、殴り倒し、蹴り飛ばしてもその数は増える一方。徐々に青年の白いコートは
ホラーのどす黒い背中で見えなくなっていく。
「おのれ、……卑怯な」

 

 ミスターブシドー自身どうにもならない事は自覚している。5匹のホラーでさえあれ程
手こずったのだ。青年の、黄金の鎧を着る“奥義”も殺到するホラーに阻まれて出す事は出来ない。
きっと剣を頭上に丸く振らなければいけないのだ。
 自分が突っ込む事で時間を稼げないか、とも思うが反面邪魔になるだけだろう。と思い直す。
彼はホラーと戦う事が宿命なのだ。力なき第三者が介入しては戦いを汚す事になる。……だが。
「命の恩人。……なれば恩を返さねば武人としては礼を失する事になるが。せめて奥義を出す。
その時間だけでも稼げないものか」
 別に意図があった訳では無く、青年のまねをして頭の上で剣を振り回す。赤い軌跡が丸く光り
軌跡の中心が一瞬スポットライトのようにミスターブシドーを照らしたところで、軌跡は消える。
「出来るというのか、ならば! ――南無三!!」
 ミスターブシドーは素早く天空に円を描くと剣を振り切った。

 
 

 鎧を着るものだとばかり思っていたミスターブシドーは、だから始め体が窮屈に感じるのは
そのせいだと思っていた。しかしパイロットスーツに身を包んでいる事を自覚した時には
もうシートがスライドして各所にレディや、OK、のランプのついたコクピットに収まっていた。
「磨修羅生、だと? 好都合だ。――粒子残量99秒……、ならば一気に片を付けるまで!」

 

 巨大化したホラーはマスラオとほぼ同じ大きさだった。臆せず斬りかかるが、ホラーは
巨体に見合わない機敏さで体をかわす。スラスターがまき散らした赤いGN粒子が足跡に
落ちるとホラーは沸いてこなくなり、ホラーに降りかかるとそのまま消滅していく。
「相手に不足は無かろう、女!」
 マスラオはGN粒子で真っ赤に彩られたソードをホラーへ向け、見得を切る。
「それだけ大きけりゃ、さぞ喰いでがありそうだね」
 ホラーはそう言うと振り返り、獣の声で吠えた。
「武士がひとたび剣を取ったからには、求めるものは勝利のみ! 行くぞ!!」
 モニターの隅、ホラーの塊の中で金色の光がこぼれるのが見えた。

 

 見た目より敏捷に動き回るホラー。そしてマスラオは思うより機体が重い。
「確かに無調整には違いないが。――状況を問わず、勝ったものが強いのだ!」
 打ち合い、組み合う。粒子残量を示す表示は容赦なく減っていく。
マスラオの最高出力でも組み合いからは抜けられない。状況は互角、残り時間は約1分。
ミスターブシドーが状況的には不利である。
【勝ち目など無い、おとなしく喰われろ】
 人間の声ですら無い意味だけがわかる言葉が頭に響く。
「正体を現したか。貴様の理は餓鬼道……。良かろう。ならば私も愚直に私の勝利を目指すのみ!
――奥義、トランザム!!」
 真っ赤になったマスラオが組み合いからすり抜けホラーの背中に回る。そのスピードに
しかしホラーは辛うじてついてきた。半身で振り向く。しかしミスターブシドーの狙いは
まさにその瞬間だった。
「切り捨て御免!」
 青年と喋っていた誰かの声。弱点は胸の石。確かにそう言ったのを覚えていた。
マスラオは過たずその胸についた小さな石ごと上半身を切り裂き、トランザムを解除する。
 しかし、ホラーはそのまま振り向き再び組み付こうとして、そこで動きが止まる。

 

【狙った、だと……。バカな、ただの人間が……】
「貴様の理と私の武士道。……勝ったのは私、それだけの事だ」
 巨大な体は徐々に崩れて黒い塵のようになり風に飛ばされていく。終わった。と思った瞬間、
マスラオもパイロットスーツも消え失せ、ミスターブシドーは陣羽織を靡かせ刀を持って佇んでいた。

 
 

 金色の鎧がミスターブシドーに向かって歩いてくる。
「邪魔をしたな。済まなかった」
「後にしろ」
 金の鎧は崩れたホラーの中心部へと歩いて行く。

 

 ホラーの残骸の中心付近。宝石のような光の玉の中、スーツの女が金の鎧を見ている。
『助けてよ! 私は悪い事、してないじゃない! あんな奴らの5人や10人、殺したところで
世の中が良くなるだけでしょ! 私は死にたくないのよ!!』
「ホラーに憑依された時点でお前は死んだ」
 それだけ言って、巨大な金の刀で光の玉を切り捨て後ろを向くと剣を鞘に収める。
次の瞬間、金の鎧は消え失せ、代わりに白いコートの青年が細身の剣を持って立っていた。

 

「――勘違いをするな。俺の仕事は確かにホラーを狩る事だが、戦闘狂では無い」
 端整な顔立ちの青年はそう言うと、わずかにそらしていた視線をミスターブシドーへ向ける。
「礼を言う。助かった」
「……貴殿の戦いを汚したので無ければ、それで良い」 
《おい、鋼牙。陰我のゆがみ、原因がわかったぜ! そいつだ!》
 鋼牙と呼ばれた青年が左手を持ち上げる。指には大ぶりのスカルリング。
「……ホラーだと、いうのか」
《そうじゃ無い。この男は人間だ。だがゆがみの本体、理のずれの中心それがこいつだ。バカでかい
鎧を見ただろ? 本来アレはこの世界には存在できない。こいつはこの世界の人間じゃ無いって事だ》

 

「どうすれば……」
《鎧を召喚する時に、その男の世界へのゲートが開いているはずだ。そこに飛び込めば良い》
 ミスターブシドーを無視して青年とスカルリングの会話は続く。
「大丈夫なのか」
《多分、な。流石の俺様もこんなケースは見た事無いからな。ただ、ゆがみを残せばここは早晩
ホラーの巣になるぜ。あんなホラーがあれだけ強くなるんだ。それだけは間違いない》
 しばしスカルリングを見つめ無言になる青年。
「……その方法で良いのだな?」
「――っ!?」
「この世界、自己鍛錬にはうってつけだが、愛すべきライバルが居なければ張り合いが無いのでな」

 
 

 自室で座禅を組むミスターブシドーに伝令が来ていた。
「司令より、艦隊に帯同するライセンサー全員に出動要請が出ています、……が」
 ――ふん。なんのためのライセンスだ。そう言ったままミスターブシドーは、目も開かず
座禅の形も崩さない。
「ですから、命令で無くて要請、なのですが」
 彼は、既に伝令が来る前にはどういう作戦に対する出動要請なのかは把握していた。

 

 あの森で見たものがなんだったのか、深く考える事は止めた。
 人間は自分たちより弱いから喰う。弱肉強食の掟を背負って顕現する魔物達。

 

 翻って今、はじめから精鋭を選抜したアロウズの部隊で、常識を凌駕するほどの実力を
持つイノベイターまでをも動員する作戦が圧倒的に戦力差のあるカタロン部隊の殲滅。
虐殺と言っても良い。これは人間の所行では無い。
「……わかっているなら帰れ」

 
 

 一旦瞑想を中断し、机の横に立てかけてある模造刀の黒い鞘を見る。
 いつかこの剣が赤く輝く時、
 ホラーとして狩られるのは、悪い事はしていないと命乞いをするのは。
 自分かも知れない。ミスターブシドーは思う。
「武士道を貫こうと、私もアロウズには違いない」
 今、このとき。我らこそがホラーでは無いのか?
 考える事を止めたはずの考えにまたとらわれた事を自覚する。

 

 ミスターブシドーは一度姿勢を崩し、全身で深呼吸をする。
 黒い鞘から細身の剣を抜き出す。刃の付いてない刀身はただ鉄の色に輝く。
 答えの出ない疑問は疑問のまま、いつも通り封印する以外に無いのだ。
 パチン。模造刀を鞘へ収める。
 ガンダムと雌雄を決する、全てはその後だ。
「我が武士道がホラーと成り果てたそのときは、黄金の鎧を纏った騎士へ、せめて一太刀。
……それだけのことだ」
 彼はそう呟くと再度深く瞑想へと沈んでいった。

 
 

 
 

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