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《第1話:二つの世界、二人の見解》

Last-modified: 2017-09-14 (木) 22:46:23

「僕は、キラ。キラ・ヒビキ。新地球統合政府直属宇宙軍第一機動部隊の、隊長をやってるんだ。・・・・・・もしできたら、ここの責任者に会わせてもらえないかな」

 

ずいぶんと酷い、大人のやり口だと。汚い言い方だと、キラ・ヒビキを名乗る青年――キラ・ヤマトは自虐した。
考え無しでこんな台詞が言える奴は、きっと性根から腐っているに違いない。
キラ・ヒビキ中将。
その名は、二度の戦争を戦い抜いた英雄、世界を救ったフリーダムのパイロットとして知られている。
【紅蓮の剣】たるシン・アスカ、【閃光の楯】たるアスラン・ザラと肩を並べる最強のモビルスーツパイロット、【蒼天の翼】――それがユニウス戦役終結後のC.E. 74に成立・発足した『新地球統合政府』によって喧伝されている、青年の肩書きだった。かなり偏向・誇張されたものであるものの、今やどんな子どもだって知っているモノであることは彼自身もよく認知していた。
この名を持ち出せば、どんな事情があろうと自分に便宜を計らってくれると、知っているからこそできる物言いだった。こんな大人にはなりたくなかったのにと、青年は内心ため息をつく。
ヒビキの性は、彼の育ての親であるヤマト夫妻を世間から護るため、オーブのアスハ家の血縁であることや旧地球連合のヤマト少尉であった過去を隠すために名乗り始めたものではあるが、それこそがかつてキラ・ヤマトと呼ばれた彼の今だ。むしろ、禁忌の扉を開いてしまったユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキの息子として、これ以上相応しい名前もないように思えた。政治的都合と自己否定から生まれたその名は、否が応にも強い影響力を持つ文字列なのだ。
それはどこであろうと変わらない。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・?」

 

変わらない、筈なのだが。
キラが、なにか様子がおかしいと感じ取ったのは、自己紹介してからきっかり五回ほど秒針が揺れてからだった。
自己紹介された側である少女が、先ほどから打てば響くように応えてくれていた無表情の少女が、沈黙を保っているのだ。それも、少し困ったように眉根を寄せて。
驚いているわけじゃなく、呆然としているわけでもなく。
その反応は明らかにおかしいと、彼は怪訝に思う。想定していた、今まで経験してきたリアクションとは全く異なる、この人は一体何を言っているのだろうという、異物を見るような顔だ。この少女が何者であろうと、この世界でそのような反応をする者なんていない筈なのに。
しかし、いつだって世界は無情である。
彼女は「そのような反応」をするのが当然の人物だった。

 

「・・・・・・すまない。私はあなたがなんて言っているのか、解らない」
「・・・・・・、・・・・・・え?」
「新地球統合政府、宇宙軍・・・・・・そして機動部隊。私はそれを知らない」
「な・・・・・・」

 

絶句するしかなかった。

 

(ちょっと、待ってくれ。いくらなんでも、それは)

 

知らないだなんて、ありえるのだろうか。
地球連合とプラントにオーブ、汎ムスリム会議やアフリカ共同体その他多くの独立国家を含む、全地球規模の国際組織を知らないとは、どういうことだ。そこには当然、この日本国も含まれているのに。
ユグドラシル・プランのもとに、多くの超巨大公共事業計画が実行に移し、世界を復興させようとする組織だというのに。いくらマイペース気質と言われがちな日本の民とはいえ、そんなことが。
だが。
帽子の鍔をつまんで、申し訳なさそうに無表情を歪ませる少女に、キラはなにも言えなくなってしまった。
きっと彼女は本当に知らないのだ。青年にできることは、あまりにも悪意や邪気がない彼女からそう確信することだけだった。
何故だか、罪悪感が湧いてきた。間違っているのは自分のほうなのだ、勝手な理屈を振りかざすなよと、言外にそう言われているような被害妄想すらやってくる。
もしかしたらこれは、こんな幼い少女を利用しようとした罰、なのかもしれない。己の身分を持ち出してお願いを聞いてもらうとする狡い大人になってしまったから、世界はこの少女を自分のもとに遣わせたのかもしれない。
「なんでもそう上手くいくと思うなよ」と。
そうやって自分勝手に自己嫌悪してどんより落ち込むキラを哀れに思ったのか、少女は「けど」と前置きをして続ける。

 

「ただ、あなたを司令官に、ここの責任者に会わせることはできるよ」
「そう、なの?」
「Да。司令官もあなたと会いたがっているから」

 

どうも彼女はキラが思っている以上に、ずっと聡い人間であるようだ。
知らない単語や組織の羅列に惑わされることなく、得体の知れない身元不明の男のお願いの本質にきっちり応える彼女は、それだけで一般の少女とは違う思考回路を持っていると判断できる。

 

「どうやら悪い人でもないようだしね」
「・・・・・・ありがとう」

 

しかしこうなると、また別の疑問が頭をもたげてくる。
この娘は本当に何者なのだろう。
悪い子ではないようだ。吃驚するほど世間知らずだけど、きっと何かしらのやむを得ない事情があるのかもしれない。けれど、どうもこの基地の責任者とは顔見知りで、しかも会わせることができるときた。
どうにもチグハグである。
思えば、少女自身が民間人なのか、それとも軍に籍を置く者なのかすらもハッキリしない。そもそも今までどこにいたのかも、名前すらも。
つまり全てが謎に包まれていた。自然体で何も隠そうとしないからこそ、その謎は更に色を濃くしている。
そうしてキラは、目覚めてから何度目かも解らない疑問符を、いい加減それ以外の言葉を喋れないのかとウンザリするほど繰り返してきた、質問の言葉を投げかけた。

 

「君は、いったい・・・・・・」

 

その言葉は、突如鳴り響いたけたたましいサイレン音にかき消された。

 
 
 

《第1話:二つの世界、二人の見解》

 
 
 

「な、なに!?」
「・・・・・・っ!」

 

キラは狼狽え、少女は顔に緊張を走らせる。
大音量で鳴りやまないサイレンは、青年にとっては聞き慣れないものではあった。しかしその経験上、これは「ただ事ではない」と本能的に察知する。これは避難警報だ。天災、若しくは敵襲、そういう類のもの。
危機なナニカがこの地にやってきた。
警告を促すサイレンは、更にその音量を増していく。
逃げろ、対応しろと呼びかけてくる。

 

<哨戒中の暁より入電。鎮守府正面近海にて深海棲艦を発見。第一種戦闘配備、第二艦隊は直ちに出撃、迎撃してください>

 

アナウンス。女性の声が、敵襲であると告げた。
第一種戦闘配備――明確な敵意を持ったモノが、ここに接近しているのだ。
しかし、

 

(シンカイセイカン? 聞いたことない・・・・・・テロ組織の名前? それに艦隊って、モビルスーツはないのか?)

 

近海であるのなら、MS空母は必要ないだろう。【GAT-04 ウィンダム】であれば悠々行動できる距離だ。なにより、世界中の主要基地には新型の【GRMF-03F セガール】が配備されている筈なのに。
つまり、敵はMS空母の艦隊が必要なほどに強大なのか、それともMSがいないかのどちらかだ。
日本の軍事事情はよく知らないが、どうにも自分の知る常識がここにはないと、キラは判断した。
ともあれ。
これに対応するのは軍の仕事だ。
キラは成すべきことをと思い、少女は空を仰ぐ。
成り行きで軍属になった身ではあったが、今ではその身が持つ使命を十二分に認識している。なにより青年は、護るべきものがあれば自ら動くタイプだ。いつどんなときだって、その根は変わらなかった。
軍属である自分が、軍の代表的身分である自分が、動かなければ。
この目の前の、無表情でいようとしても尚恐怖感を滲ませてしまっている少女だけでも、安全な場所に逃がさなければ。
そうでなければ、ならないのに。

 

「くそ・・・・・・! なんでっ!?」

 

身体は依然として動かない。
たとえ戦えなくても、なにかしなくてはと思うのに。
いくら気合いを入れて起きようとしても、重過ぎる肉体からどんどん力が抜けていくようだ。
ここに至って青年は、自分の身体に大変な異常が起こっていると認識することができた。たかが四日寝込んだだけでこうなるものか。モビルスーツの爆発に二度巻き込まれようと、こんなことになることはなかった。
全身不随。
そんな単語が、ぞわりと脳裏を掠める。

 

「Не беспокойся」

 

青年の思考を読んだかのようなタイミングで、少女。

 

「身体に異常はないらしいよ。今動けないのは【マッチング】が上手くいってないからかもと、先生は言っていた。いずれ元に戻るとも」
「何を・・・・・・」
「あなたは、私たちが護る」

 

だから、安心してと。
何かを決意したかのような、何かを押し込めたような表情でそう言い切り、少女はクルリと振り返った。銀髪が緩やかに宙を舞い、少女を隠す。

 

「しばらく眠ったほうがいい。そうすればきっと、身体が動くようになると思う」
「ま、まって! ちょっとまって!!」

 

意味がわからない。
何もかも解らない、置いてきぼりなキラは、早足で部屋を出て行こうとする少女を必死に呼び止めた。体中を汗塗れにして混乱するしかなく、そうすることしかできなかった。
訊きたいことは増えてく一方で、解らないことはその倍のペースで増えていっている。彼女が何を言っているのか、何を知っているのか、何をしようとしているのか、理解も想像もできない。
身体が動かないという恐怖感も相まって、もはや容量一杯まで追い込まれていた。

 

「護るって・・・・・・そんなのアベコベだ! 逃げなきゃダメだ、君は!」

 

それでも彼が一番に案じたのは、少女の身の安全だった。
護るだなんて、まるで君が、何かと戦いに行くかのようじゃないか。なんで身体は回復すると言い切れるのか、そんなことは置いといて。ただただ、その単語はひどく不穏だった。
キラはヒビキとして、曲がりなりにも軍隊の将官として、これまで沢山の兵士を見てきた。中には無表情な者もいた。そんな彼らの内面を伺う術を、必要に迫られて身につけた。だから感じ取れてしまうのだ。
顔が見えなくたって、解るのだ。
君みたいな子が、そんな顔をして何かに立ち向かうなんて、あってはならないのだと。

 

「だからっ、僕が戦わなくちゃダメなんだ。君は――」
「響だよ」
「――、え・・・・・・?」

 

少女は再び振り返る。

 

「特三型駆逐艦二番艦の、響。それが名前」
「・・・・・・響?」
「名前が同じというのは少し、恥ずかしいな?」

 

少女は、響と名乗った女の子は、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「沈まんさ、私は。あんな奴らにやられる程ヤワじゃないし、やられるつもりもない。・・・・・・あなたは私たちを信じていればいい」
「・・・・・・」
「帰ったら司令官を紹介しよう。私はもう行かないといけないから、指切りはできないけど。約束しよう」

 

なにかが吹っ切れたような、それは戦士の顔だった。
全身に力を漲らせ、集中力を研ぎ澄ませた、青年が見慣れた種類の人間の姿。嘘偽りなく、上っ面ではなく、どこまでも説得力と自負に溢れた、それは兵士のモノだった。
こうなればもうキラに響を止めることはできなかった。彼女を信じる以外の選択肢がなくなった。彼女の選択を侮辱したくはなかった。
なれば、青年は選択する。消去法ではなく己の意思で、なにがなんだかわからないけど、とにかく、彼女を信頼するという道を。自ら進んで無理矢理にでも全面的に信じると決めた。

 

「・・・・・・わかった。響、君を信じるよ。――気をつけて」
「Спасибо。行ってくるよ」

 

そうして響は、今度こそ部屋を出て行った。

 
 
 

 
 
 

(氷のお姫様、か)

 

響は、ギシギシ軋む身体に鞭打ちながら、走る。
『あの日』から今日で丁度一週間、それからずっと続くヤツらの攻勢に、身体はもうボロボロだった。
いや、少女だけではない。みんな限界なのだ。堅牢を誇ったこの佐世保鎮守府が陥落するのも、時間の問題だ。
それでも、少女は走る。

 

(なかなか可愛らしいな。寝ぼけていたのだろうけど)

 

先ほど会話を交わした青年の言葉を、思い出す。
つかの間の休息だった。敵の攻撃の手が緩み、今のうちに休んでこい寧ろ休めと、無理矢理に医務室に放り込まれたのが約4時間前のこと。交代休憩なのだからせめて2時間後には起きなくてはとセットした目覚まし時計は、「コイツは没収だ」と書かれたメモを残して行方不明になっていた。
そうしてうっかり4時間も寝てしまった少女は、ふと、そういえばあの遭難者はどうなったのだろうと思い立ち、出動する前に顔を見ておこうとしたのだ。
見ておこうとして、足を縺れさせ転んだ。
痛かった。こういうのは電の役割だろうと思った。
何処かから「失礼なのです!」と聞こえてきそうだとも思い、しばらく突っ伏して床の冷たさを堪能してから立ち上がろうとすると――きっと転んだ音で目覚めたのだろう、青年がここはどこだと呟いたのだった。

 

(新地球統合政府直属宇宙軍第一機動部隊の、キラ・ヒビキ・・・・・・ね)

 

少女にとっては、いや、現地球人類にはまったく馴染みのない名前だった。知っているのが当然といったニュアンスで発せられた、どこぞのアニメ漫画でしか出てこないであろうキーワードの羅列。
それを言ってしまったら自分たちも似たようなものだったが、兎も角、新地球統合政府や宇宙軍なんてものはこの世界に存在しないのは確実なのだ。
いや、もしかしたら【深海棲艦】みたいな侵略者が宇宙にも実はいて。彼はそれと密かに戦う戦士なのかもしれないとも思ったが、そもそも密かに戦う意味がわからないのでその線はないだろう。
ないのだが。
響は漠然と、その言葉に嘘はないのだろうと思っていた。
あの青年は、ただの遭難者ではない。彼と一緒に発見されたモノについても、彼の特殊な体質についても、全てが謎に包まれていて、その事実が彼の言葉に真実味を持たせていた。
少なくとも現代科学ではとても解明できない謎の塊だ。まず間違いなくこの世界の常識から外れている。

 

(いったい、どんな人なんだろう)

 

なにはともあれ、響は彼を信頼できる人だと評した。
男性にしては長めな赤銅色のツンツンした髪、柔和な雰囲気の紫晶色の瞳が特徴的な彼。
一見して、のんびりしてそうで、微笑んだ顔は一瞬女性のようにも見える優しそうな風貌。でも自分に正直で、少し強引そう。たぶんそういう人なのだろうと、直接会話してみて感じた。素性はわからないが、嘘をつける器用さまでは持ってなさそうだった。
だからこそ思う。

 
 

彼もまた、こちらのことは何も知らないのだろうと。

 
 

今時、鎮守府にいる女性がどういうモノであるかなんて、世界中の常識なのだ。そんな女性であるところの少女に「逃げろ、自分が戦うから」と言える人間なんて、とっくに絶滅している筈なのだ。
てんでわかってない常識知らず。
しかし彼は、再び戦うために産まれたこの身を、本気で案じているようだった。そりゃ、少女は武装さえしなければ見た目はただの非力そうな女の子に過ぎないのだから、知らなければ無理もないのだが。

 

(私は響。特三型駆逐艦二番艦の響、艦娘だ)

 

再び戦うために産まれた、超常の力を持つ存在。
少女は【艦娘】と称される、現人類の最大戦力の一人だった。
だからこうして、少女は戦うために走っている。
でも。
でも、そんな自分をただの子ども扱いして「逃げろ」と叫んだその気遣いは、存外心地よいものだった。
「自分が戦うんだ」と、動けない身体なんか問題じゃないとばかりに放たれた言葉は、はじめてのものだった。
戦えと言われるより、ずっと勇気が湧いた。
この本当にどうしようもない絶望に立ち向かう覚悟が、痩せ我慢から約束になった。

 

(本当にアベコベだよ。同じ名をもつ君)

 

なればこそ、走る。
その想いには、応えなくてはならない。

 

「Извините。すまない、遅れた」
「な、ちょっ、響!? なんで!?」
「瑞鳳。こんな状況で一人だけおちおち寝てはいられないさ」

 

そうして響がたどり着いた先は、すっかり寂れてしまった軍港だった。
崩れ落ちた建物、ひしゃげた黒焦げのトラック、クレーターだらけのアスファルト。
かつて多くの人で賑わっていた面影もなく、機械や建物の残骸が手つかずのまま放置されている、物悲しい場所。
そこには既に三人の少女が集っていて、今まさに出撃準備を終えようとしていたところであった。
なんとか間に合ったようだと、響は内心安堵する。

 

「そうだけどっ。でもまだ完治してないのに・・・・・・ねぇ木曾、時雨が代わりに来るんじゃ?」
「いや。時雨は、だめだそうだ。艤装のダメージが思っていた以上にヤバいと連絡が来た。当分出られねぇだろうってな」

 

彼女らは誰も彼もがみな、まるで統一感のない奇妙な格好をしていた。たった今響が話しかけた少女は、袴をショートにした松葉色の弓道着で、その隣には黒い眼帯とマントを装備した白と浅葱色のセーラー服。そして極めつけに、大胆なミニにカスタマイズした紅白の巫女服がいた。
名をそれぞれ、瑞鳳、木曾、榛名という。
まるで場末のコスプレ大会決勝戦のような現実離れした格好の集団だったが、奇妙なのはなにもその個性大爆発な服装だけではない。
彼女らのシルエットは、通常の人間のソレとは大きく逸脱していた。
彼女らは全員、艦艇の砲塔や艦首等を模した、見るからに重そうで大きい金属製のパーツを背負っているのだ。
個々の服装なんか全く問題にしない、まるで我輩こそが船であるとアピールするようなその奇妙で巨大な装備は、華奢そうな少女達に軽々しく背負われているくせにその実、筋肉もりもりマッチョマンの集団ですら数cm持ち上げるのがやっとという恐ろしい重量を持つ。
勿論、これは伊達や酔狂で作られた筋トレ兼コスプレ用セットなどではなく、備え付けられた大ぶりな砲塔や魚雷はちゃんとモノを破壊できる、歴とした【本物】である。
これこそが【艤装】。
艦艇の動力や武装が縮小化・モジュール化したもの。
人間よりもずっと優れた、化物じみた能力を持つ【艦娘】専用の、海よりいずる人類の敵たる【深海棲艦】を討つことができる武器だった。

 

「そんな・・・・・・じゃあ動ける駆逐艦は響だけってこと・・・・・・?」
「・・・・・・相手には例の新型もいる。なら駆逐艦の速力は不可欠だ。悔しいが、オレ達だけではな……確かに、手負いだろうとお前の力は必要だ」

 

一見して奇妙にも思える彼女達は、まぎれもなく艦娘と称される存在であった。
いつの間にかその背に大きな艤装を装着していた響は、未だ痛む節々をおくびにも出さずに無表情を貫き、言う。

 

「私も戦う。許可を」

 

その言葉は、ミニ巫女服を纏い黒の長髪を潮風にたなびかせる、長身流麗な女性――これまで沈黙を保ち、水平線の彼方を見つめていた榛名に向かって放たれた。瑞鳳と木曾もつられて、彼女を注目する。
響を含めてもたった四人だけになってしまった【第二艦隊】のリーダー、金剛型戦艦三番艦の榛名。
わけあって鎮守府の最高責任者が不在なこの現状、主力の【第一艦隊】すら未帰還な今では、彼女が一番の責任者だった。一つの判断が、戦局全てを左右する、そんな立場だ。
活発でお転婆な大和撫子と評されることもある彼女は、その面影もなく沈鬱な顔を伏し、考えを纏める。
現場指揮官としての、思考を流す。
これからの戦闘に駆逐艦はいてほしい。しかし響は相当の実力者とはいえ万全ではない。瑞鳳の言うとおり無理はさせられない。だが木曾の言うとおり代わりになる人材はもはやいない。当然敵は待ってはくれない。
正直、答えは一つしかない。
一つだから、決めるのが怖かった。
榛名は、非常時であるとはいえソレを決断するのが己であるという事実と、その恐怖と戦わねばならなかった。
しかして、彼女もまた歴戦の戦士であった。

 

「・・・・・・そう、ですね。それしかないですね」

 

やがて榛名は深く深呼吸をして、凜と。響の瞳をまっすぐ見つめ返し最後の確認をとる。
静かに、けれどその一語一語に大きな力を込めてその覚悟の程を、この中で最も小さな少女に問う。

 

「響さん・・・・・・本当に、大丈夫なのね?」

 

それに対して響は間を置かず、簡潔に「もちろん」と応えたのだった。

 

「不死鳥の名は伊達じゃないさ」

 

必ず生きて帰る。約束を守る。
そう心に決めて迷いなく。
そして、できればもう一度話をしてみたい。その時は「氷のお姫様」発言をネタにしてからかってやろうと、響は思っていた。

 
 
 

 
 
 

キラが再び目を覚ました頃には、すっかり夜の帳が下りていた。
少女の言うとおりに一回寝たら、何故か本当にすこぶる快調になっていて、そんな彼は辿り着いた無人の軍港にポツネンと座り込んでいた。律儀にも体育座りで、満点の星空を見上げる。

 

「・・・・・・はぁ」

 

ため息。
吐き出された二酸化炭素は白く煙って、消えた。
日本は冬だった。
身を引き裂くような寒気の中で独り、防寒性能など欠片もない検査衣のまま、じっと座る。
彼は、何かに驚くのも疑問に思うのも、嫌になって疲れ果てていた。これが夢なら楽でいいのにと恨み言をいう気力もなく、胡乱な瞳で星見をする。そもそも「これが夢なら」なんてのは絶対にあり得ないのだとキラはその経験から熟知しているのだ。なにがあっても現実は現実でしかない。
もういい加減、認めねばならないのだろうと、キラは瞳を閉じる。これ以上何かに驚くのも疑問に思うのも、時間と体力の無駄なのだ。認めて、これからを考えなくてはならない。

 

「もしかしたら、過去の地球、なのかな。ここは」

 

結論を言葉にしてみる。
そう。
夜になって歩けるようになり、星降る空を目にしてみたら。
その空は己の知るものではないのだと思い知らされた。
そこには、綺麗な月と星しかなかったのだ。

 
 

軌道間全方位戦略砲『レクイエム』によって深く傷つけられた筈の月表面に、その疵痕はなかった。
L5宙域にある筈の砂時計型コロニー群『プラント』が影もなく消えていた。
ユグドラシル・プランのもとに建造された、オービタルリング型自律型惑星防衛機構『ノルン』すらどこにもなかった。
南の空に輝くオリオン座には、超新星爆発を経て消滅した筈のベテルギウスが元気に光っていた。

 
 

全てがキラの常識を否定するもので、キラこそが異端であると宣告するファクターだ。
誰かに説明されるよりずっと鮮明に、この世界を表現する光景だ。
ここはきっと過去の地球。タイムスリップしたと考えれば、辻褄は合うような気がした。

 

「なんだかな」

 

無性に誰かと話をしたい気分になる。
現実逃避がしたいわけじゃない。この突拍子のないことを、言葉という形で誰かと共有したかった。いや、誰かなんて遠回りな言い方はやめよう。
キラはやはり、あの響という少女に会いたかった。
ここで初めて会ったのが彼女だから、なんてのは理由になるだろうか。あんな10才前後の幼い少女を心の拠所にしている恥ずかしさは、この際現実と一緒に受け入れてやろうと開き直るには少々大きすぎるが。
あの打てば響くように応えてくれていた声が、とにかく恋しい。
一人でいるには『ここ』は少し寒すぎる。

 

「大丈夫かな」

 

そんな彼女がいなくなってから、どれくらいの時間が経ったろうか。
この近海に、シンカイセイカンなる敵が来て、彼女はそれと戦いにいった。どうやって戦うのかは知らない。オペレーターなのかもしれないし、技師なのかもしれない。パイロットはあり得ないだろう。
なんにせよ命をかけた戦いをしている、そう雰囲気で察せた。彼女はまだ戦っているのだろうか。
それが心配なこともあって、キラはこの港を訪れ、今の今まで座り続けているのだ。
遠くから潮風にのって、僅かだが砲撃音と爆発音が聞こえる。音からして火薬式実体弾とミサイルか、彼の戦場の主役は。ビーム兵器の独特な音は聞こえない。
港に来てから二時間。
キラが再び眠った頃からだとしたら、延べ六時間程か。
砲撃音は途切れない。戦争は終わらない。
いつまで続くのか――

 

「・・・・・・? ・・・・・・誰だ?」

 

ふと、視線を感じた。
感傷に耽っていた思考が、瞬く間に現実に呼び戻される。
はっとして辺りを見渡すと――いつのまにか、キラの前方50mほどあたりに人影があった。
人がいた。
一目見て、響ではないことは解った。その体格は大人のものだ。
ぽつんと、此方をむいてダラリと立っている。
見落としていたのか、突然現れたのか、さっきまで誰もいなかったのにとキラは呆気にとられる。なんだろう、過去の人はテレポーテーションが使えるのだろうか。

 

(? なん、だ。あの人)

 

突拍子のないこと続きで、遂に思考回路までナチュラルに吹っ飛んだかと自虐し、いやそもそも人はどこにいたって不思議でもなんでもないと思った。
見ればその女性はずぶ濡れで、きっと今まで泳いでいたのだ。
この時間、この気温で?
まさか。いや、もしかすると遭難者? 命からがら、ここに流れ着いたのかもしれない。
なら、助けなきゃと思いながら立ち上がろうとして――その人と目が合った。

 
 

そして、そして。決定的に、その人は何かが間違っていると感じた。

 
 

音が消える。
世界が切り取られたように思えた。知らず、ドッと嫌な汗が噴き出す。
目を凝らす。
雲一つない満点の星空、月明かりに照らされて、細部までよく見える。
その人は女性のようだった。
その人の肌は嫌に白かった。
その人はボロボロだった。
左腕が、肘から先が千切れてなくなっている。青とも黒ともつかない液体が、全身の切り傷から溢れている。右目が虚空であった。
右腕になにか、巨大な黒い金属のパーツをつけている。
その人は、遠く、ただ突っ立っている――

 

「・・・・・・え――」

 
 

――否。ソイツは、既に目の前までに迫っていた。

 
 

「――ガ、バッ!!??」

 

衝撃。
瞬間。キラの身体はいとも簡単に、紙切れの如く吹き飛ばされ、遙か後方30mにあった建物に突っ込んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・ぁ!!!!!!」

 

赤レンガの建物に背中から叩きつけられ、呼吸困難に陥る。
肺から全ての空気が押し出されたのだ。
遅れて、激痛。
もうそれは激痛としか表現できなかった。
ごぽりと粘着質な音がして、血塊が口から溢れる。後頭部が鈍い痛みを訴える。殴られた瞬間にメキャリと嫌な音を立てた腹部がどうなったかは、考えたくなかった。つまり、それらをひっくるめて。
殴り飛ばされたということだけが、今キラに把握できる全てだった。

 

「ぅ、ぐぁ・・・・・・げほっ、げふ!?」

 

全身が燃えるように熱い。
死ぬ。これは死ぬ。
どんな人間だろうと死ぬ、間違いなくそんな一撃だった。

 

(・・・・・・生き、てる・・・・・・? まだ僕は)

 

それでもキラは、思考を硬直させずにただただ回転させた。
キラ・ヒビキは二度の戦争を戦い抜いた英雄、世界を救ったフリーダムのパイロット。かなり偏向・誇張されたものであるものの、それはなにも空虚な作り物ではない。
鍛え抜かれた戦士としての思考が、彼に空白を赦さなかった。

 

(コイツは敵だ)

 

誰が敵で味方か、とか。どんな思想の陣営か、とか。そういうのではなく。
コイツは人類の天敵だ。
この化物はそういう存在であるということが、感覚的に本能的に、理解できて受け入れることができた。何故だろう。
それはきっと、殴りつけた姿勢のまま停止しているアイツから、邪気のない敵意までもぶつけられたからだ。
このままでは悪意なく殺される。当然のように踏みつぶされる。そう確信をもって言える。
そんなのは。

 

(認められるか・・・・・・!)

 

抵抗しなければならない。今を生きるモノとして。
キラはその『敵』を睨み付ける。
まだ、何故か、運が良かったのか、一発喰らったら普通死ぬような一撃を受けて生きている。
ノーバウンドで壁にたたきつけられても尚、生きている。
死ぬほど痛いけど、まったく身動きができないけど。
もう一回殴られたら今度こそ死ぬかもしれないけど。
だから抵抗するのだと、キラは睨んだ。

 

「こんなので、死ねるか・・・・・・!!」

 

息も荒く叫ぶ。
それに反応したのか、ソイツはぐるりと体勢を立て直した。
そして、
ソイツは、その敵は、【深海棲艦】と称されるその存在は。
手負いの獲物に対して、容赦なく再び飛びかかった。

 
 

命が終わるまで、あと一秒。

 
 

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