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《第2話:ヒトデナシ達の三重奏》

Last-modified: 2017-09-14 (木) 23:01:17

左肩脱臼。
死を覚悟した追撃が、たったそれだけで済んだのは一重に、運が良かったからに他ならない。
不気味なまでに肌が白いその女――文字通り「血の気がない」その化物――は、それこそ人間のものとは思えないスピードで獲物にトドメをささんと飛び掛かり、対するキラは咄嗟に左手で掴んだ石を盾にした。
化物が隻腕で、バランスを崩していたのも幸いだったのだろう。ロケット弾のような化物の拳をまともに受け止めた、子どもの頭部ほどの大きさだった石は粉々に砕かれ、衝撃で左肩が脱臼した上に背にしていた赤レンガの壁が崩壊、キラは化物もろとも建物内にゴロゴロ転がり込んでいった。
だが、なんとか直撃だけは免れることができた。

 

「ぐ・・・・・・、くっそ・・・・・・!」

 

死ぬかと思ったが、まだ生きている。
ならまだやれることがある。
立ち上がれ。

 

「げ、ぅッ!?」

 

だが、幸運はそれで使い果たしてしまったようだ。むしろ負債を抱えてしまったとも言える。
甘かった。
いち早く戦闘態勢に復帰した化物が、今度はキラの腹部を思いっきり蹴っ飛ばした。
キラはサッカーボールのように、大型トラックに跳ね飛ばされたマネキンのように一直線にぶっ飛び、厚い壁を突き破って建物外に追い出される。まるでアニメ漫画のような、冗談みたいな一幕。何度も何度もコンクリート製の大地に身体を打ち付けながら跳ね飛び、回転し、とある【何か】にぶつかってようやく止まった頃には、キラは全身血塗れになっていた。
鮮血の赤が、月明かりに照らされた無機質なコンクリートを点々と彩る。

 

「・・・・・・が・・・・・・ぁ、っうぁ・・・・・・」

 

虫の息。
理不尽な暴力に晒され、これといった抵抗もできないまま大の字でくたばった青年は、まさに死に体だ。かつて最強のパイロットと謳われた人間は一瞬で、完全に敗北した。
なにもできない。なにも考えられない。もうなにも動かせない。逃げるという生命の根本的な気力さえ、潰されていた。生命体としてのスペックが桁違い――いや、別次元だった。
ミジンコは人間に勝てない。勝負を挑もうとも考えられない。そういう次元。
腹部から大量の血が流れ出し、あっという間に血だまりが出来上がる。
あとは息の根を止められるのを待つだけだ。
攻撃に反応し、今の今まで意識を保ち続けていたことこそが奇跡だったのだ。

 

(・・・・・・いや、これは、おかしい)

 

そう、まだキラは意識を保っている。

 
 

保ててしまっている。

 
 

(もうとっくに、死んでなきゃおかしい)

 

奴の襲撃から既に十秒が経っていた。
そもそも普通の人間なら初撃で、少なくとも蹴り飛ばされた時点で意識を失い、順当に死んでなきゃおかしい。戦士としての勘がそう告げている。状況がひどく矛盾している。
人工子宮生まれの最高のコーディネイターだからとか、ここ最近はまじめに鍛えているとか関係ない。人間、何十メートルもぶっ飛ばされるような打撃を喰らって生きていられるほど、頑丈には出来ていないのだ。
人間は簡単に死ぬ。
爆発に飲み込まれても奇跡的に生存した例を3人ほど知っているが、それとこれとはまた別問題だ。
濁った眼差しの先に広がる、美しい星の海を見上げて、空恐ろしいまでの冷静さで自問する。
であれば、今生きている「自分」はなんだ?
もう絶対に動けないと思っていたのに、なのに、膝を震えさせながらも立ち上がることができている「自分」はなんだ?
人間ではないのかもしれないなと、自答した。

 

(まだ死なない。まだ死ねない・・・・・・!)

 

だからどうしたと、再び自問。
今を生きている、それ以上になにかが必要あるのか。
なにかにつけて誰もが納得する正当な理由がなければならない必要があるのか。
生きているのなら、生きなければならない。
生きのびると言うこと。どこかチクリと痛むその単語は、たとえミジンコであろうと追求し続けなければならないものだから。
だから人は、戦う力を捨てられないのだ。

 

「・・・・・・【おまえ】がなんでこんな所にいるのか、僕は知らない。でも、ここにあるのなら」

 

戦う為の力。
キラにとっての【ソレ】は、今や彼の背にあった。
空を見上げて偶然発見した【ソレ】は、この現実を打開できる唯一のもの。知り尽くしていて、絶対的な信頼を寄せるもの。
こいつがあれば戦えると、一目見た瞬間に確信した。あの化物に、あの人類の天敵に抵抗できると。
咳き込みながら、自力で立つこともままならない身体を支えるために背中を預けていた【ソレ】は、港に鎮座していた巨大な鉄灰色の巨人だった。あまりにも見慣れた、ここに在ることがどこまでも不自然なその機体。
過去かもしれないこの世界に在ってはならないもの。
構うもんかと呟く。
そして。
遠く、化物がのそのそと建物から這い出てくる様を、霞む瞳で見つめながらキラは物言わぬ機体に語りかけた。
血反吐を吐きながら、願う。
かつて戦うことを恐れ否定し、それを乗り越え世界の為に戦い続けていく覚悟を誓った青年は、生きたいと願う。

 

「僕に力を貸してくれ」

 

それに応えるように。
一対の角のようなアンテナと人間のようなデュアルアイ、意図的にヒロイックな形状にデザインされた装甲を纏い大ぶりなライフルとシールドを懸架した18mの機械人形――【GAT-X105 ストライク】が、微かな光を放ったように思えた。
偶然にしては出来すぎている。
わからないことは後回しに。
できること、やれることをするだけだ。
その為には。

 

「僕は、生きる」

 

どこまでも膨れ上がる『生』への強い渇望。
それだけを支えにキラは、「右手に握った大型ライフル」を化物に向け、トリガーを引いた。

 
 
 

《第2話:ヒトデナシ達の三重奏》

 
 
 

「まずは、礼を言わせて頂きたい。昨日は、深海棲艦を撃退してくれて、ありがとう。おかげで命拾いしたよ我々は」
「いやそんな・・・・・・僕はただ死にたくなくて、無我夢中で・・・・・・」

 

一晩明けて、翌日。11月2日のお昼。
全身を包帯でグルグル巻きにされた青年キラ・ヒビキは、同じく包帯グルグル巻きの壮齢の男性と面会していた。
昨夜の修羅場を辛くも生き延び、つい今し方に昨日と同じベッドで目覚めたキラは、昨日見たものと同じ天井と熱っぽい身体を認識して溜息をついた。今回もなんとか生きてるけど、こんなズタボロ状態で目覚めるのは三度目だしもう勘弁してほしいと思う。イージスが自爆したりインパルスに貫かれたり、そして化物にボコられたり、むしろこれでよく五体満足でいられるものだ。
本当にこんなのは、もうこれで打ち止めであってほしい。
そう他人事のように感心しては頷いていた時にその男はやってきて、こう言った。

 

「私は二階堂大河少将だ。この佐世保鎮守府を取りまとめる提督――つまり最高責任者だな、ここの」

 

短く切り揃え逆立てた黒髪に、日焼けした精悍な顔つきが凜々しい筋肉質の男。いかにも歴戦の軍人といった頼もしい様子で、渋いバリトンボイスで深々と礼を述べるこの人物が、キラが会いたがっていた責任者のようだった。
そう、軍属のキラが自分の「今」を手早く知る為にコンタクトを取りたがっていた、響が紹介してくれると約束した軍のお偉いさんである。
しかし、その目的は既に半分以上瓦解していることは理解しており、いまここで「僕キラ・ヒビキなんですけど、ちょっと近況教えてくれますか」と言ってもむしろ混乱を招くだけだろう。ここは正真正銘本当の意味で「ここはどこなんですか」と訊かなければならない場面だった。
ここは己の知る地球ではなく、己は異邦人であると嫌でも実感したからだ。

 

「傷はまだ痛むかね?」
「・・・・・・あ。えぇ、はい。・・・・・・まぁなんとか」
「そうか。・・・・・・しかし、護衛の一人もつけずにいたのは此方の落ち度だ。すまなかった」
「そんなの。僕が勝手に出歩いたのがいけないんですから・・・・・・。・・・・・・其方も、大丈夫なんですか?」

 

提督を名乗る二階堂少将も、キラに負けず劣らず傷だらけであった。
ぱっと見、右腕と左脚を骨折しているらしい。真っ白のギブスと松葉杖が痛々しく、検査服から覗く胸板にも包帯が巻かれていた。出歩くのも辛そうな重体だ。
それでも男は嫌な顔ひとつも見せず、頭を振って応える。

 

「いやなに、見た目は派手だがそう大したものではない。ただまぁ強引に病院に担ぎ込まれてな。・・・・・・そのタイミングで攻めてくるのだから、敵もなかなかにやるものだ」
「・・・・・・なにが、あったんですか」
「爆撃だよ。深海棲艦のな」
「・・・・・・」

 

ズタボロになるのは男の勲章とは思わないかねと冗談めかして笑ったのち、傷に障ったのか顔を引き攣らせたその男は、損壊し倒壊した建物の下敷きになったのだという。昨夜ようやく退院(後に聞いたことだが、強引に抜け出してきたらしい)できたとのことだ。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

沈鬱な沈黙が場を支配する。
男の発言と状況からして、この佐世保鎮守府という基地は相当に劣勢な立場にいるのだろうなと、キラは推測した。軍事施設だというのに妙に人がいないのも、全体的にボロボロなのも、その深海棲艦とかいう敵に押されているからだと、言外に匂わせていた。
深海棲艦。
昨夜戦った――いや、一方的にボコボコにしてくれたあの化物が、そうなのだろうか。
個なのか組織なのかは不明だが、あのとんでもない化物を、とても人の手によるものとは思えないアレを、この提督は認知している。そして昨日のアナウンスの内容からしても、この基地があの化物相手に戦っていることは明白だ。
アレはいったい、なんだ?

 

「さて、では事情聴取と情報交換を始めよう、キラ・ヒビキ君。君のことは響からも報告を受けているが、直接一から説明してくれるとありがたい」
「響・・・・・・そうだ。あの娘は? どこにいるんですか?」

 

ゴホン、と咳払いして続けられた提督の台詞に、キラは「彼女は無事なのか」と今更ながらに心細くなった。
あんな化物相手に立ち向かって、無事でいられる筈がない。改めてキラは彼女の言葉と選択の重さを悟る。彼女を信じると決めたからって、敵を知ってしまえばもうその気持ちは揺らいでしまっていた。
今起きたのだから仕方がないとはいえ、まだ顔を見ていない。気になって仕方がなかった。
早く会いたいと、切に思う。

 

「それも含めて、だ」

 

提督は、思わず前のめりになっていたキラを制する。

 

「彼女が今どうしているか。それは未来人、若しくは異世界人かもしれない君が、此方の常識を知らんことには説明できないものだ。同様に我々が、君がなにをどこまで知っているのかも知らなければ。これはそういう問題だ」

 

二人はほぼ同一の結論に辿り着いていたようだった。
つまり、キラは18m級の巨大ロボット兵器とこの世界にやってきた、異邦人であるのだと。そう判断するには充分すぎるほどのヒントはそこかしこにあったのだ。キラにとってのそれは星空と化物であったし、提督にとってのそれはキラと一緒に発見されたロボットと彼の発言そのもの。
この目で見たモノしか信じないと豪語する主義者も納得の物的証拠だった。
同じ日本語で会話できているとしても、同じ日本という国家が存在しているとも限らない。二人を取り巻くそれぞれの世界は全く異なり、共通する常識なんてものは多くないと考えるのは極当然のこと。
提督は、響はお互いに共通する常識では語れない存在であるのだと告げていた。
物事には順序がある。彼女は後ろの方だと。
この世界の住民である男がそう言うなら、異邦人であるところのキラは従うほかなかった。

 

「知りたいこと、訊きたいことは互いにある。私としても君のロボットに興味津々なのでね。・・・・・・だが、そうだな。まず一つ言うが・・・・・・とりあえず彼女は無事だ。だから安心なさい」

 

常識を知る為に、世界を知ろう。

 
 
 

 
 
 

「ッくしゅん!」
「ん? 風邪か?」
「いや・・・・・・」

 

提督とキラが情報交換を始めたのと同じ頃。
響は木曾と共に哨戒任務につき、海上の人となっていた。
艤装を装着した彼女達は、まるでスケートでもしているかのように、すいすいと生身のまま海上を滑走する。荒れ狂う灰色の海もなんのその、慣れた体裁きで当然のように支配下に置き、サーフボードも使わず二本の脚のみで成す様はまさに魔法のよう。
この水上を沈むことなく進める超常的能力は、艦娘が生まれつき備える基本能力の一つだった。
セーラー服と黒マントは20ノットの巡航速度で周囲の警戒にあたる。

 

「とりあえず、もうこの辺りは大丈夫そうだね。やっぱり昨日のアレが敵主力だったみたいだ」
「なら少なくとも半日は凌げるか。しかし――チッ、こうも電波障害が酷いとな。この海域はもう解放したろうが」
「だから私達が出てるのさ」
「九州一帯を覆う新たな磁気異常。明石が言うことが本当なら、オレ達の敵は深海棲艦だけじゃねぇのかもしれないな」

 

磁場が乱れている海域には【敵】がいる。
それが今や子どもでさえ知っている、この世界の常識である。
そう。
ことの始まりは六年前。世界中の海が突然に、原因不明の凄まじい電波障害に襲われた。
海上においてあらゆる長距離レーダー・センサーが妨害され、人類の発展に大きく関与してきた電波通信や電波航法といったものが悉く使用不可になった。あまりにも唐突な出来事であり、当時海上に在った船や飛行機のほぼ全てが消息不明になったという。
海を越えるには昔ながらの海図と星を用いた航法が必要不可欠となり、通信と貿易と移動は陸上のモノのみに制限、人類の経済活動は大きく衰退することになる。世界は海によって分割され、有線通信で辛うじて繋がりながら、安全地帯となった陸だけの生活を余儀なくされたのだ。
そしてその一年後、つまりは五年前。
海よりいずる異形の化物――後に【深海棲艦】と呼称される『人類の天敵』の存在が確認されたのは、戦争が始まったのはその時だった。

 

「Что это значит?」
「・・・・・・すまない、ロシア語はさっぱりなんだ」
「長い付き合いじゃないか。そろそろ覚えてくれても。・・・・・・どういうことだいって意味だよ」
「あー・・・・・・。・・・・・・ヤツらに制圧されていないのに電波障害が――しかも陸にまで出てるってことは、原因は別にあるんじゃないかって」
「例の隕石?」
「タイミング的にはな」
「新しい敵なんて、お腹いっぱいだよ」
「違いない」

 

UFOみたいな形のモノ、鯨みたいな形のモノに、人間に近い形のモノまで。
駆逐級。
潜水級。
軽巡級。
重巡級。
空母級。
戦艦級。
その他諸々。
格が上がる毎に人間の姿に近づいていく、真っ黒で真っ白な怪物。水上を滑って原理不明の火砲を操る、人類が初めて遭遇した正真正銘のモンスター。
世界中の海に現れた深海棲艦は、そのそれぞれが現代の最新鋭軍艦にも引けを取らない火力・防御力・機動性を備えており、群れをなして手当たり次第に人類に襲い掛かる習性を持つ。
そんな化物に、世界の海軍は瞬く間に粉砕された。
文字通りに、歯が立たなかった。
レーダーとミサイルを封印された従来の艦艇は、同等以上の戦闘能力を持ちながらより小型なヤツらにとってはただのデカい的でしかなかったのだ。海を制圧し、陸にもその侵略の魔手を伸ばしてくる化物を相手に、沿岸に展開した戦車部隊で防衛ラインを形成するのが人類の精一杯だった。
そういった具合に暴れ回る詳細不明の深海棲艦だが、解っていることも確かにあり、そのうちの一つが電波障害との関連性である。
深海棲艦はその個々が特殊な電磁波を放出している。特に群れを統括するボスの放つ電磁波は強烈であり、近年の研究ではこの電磁波によって意思疎通をしていることが判明している。また、アメリカ海軍の決死の奮闘により、ボスを失い解放された海域は電波障害からも解放されることも実証された。
磁場が乱れている海域には【敵】がいる。【深海棲艦】がいない海域の磁場は正常である。そして陸は人類の絶対生存圏なのだ。
存在する理由も侵略する理由も謎に包まれているが、その因果関係だけは確実なものであり、世界の常識となった。

 

「敵の特性が強化された線はどうだい?」
「どうも波長というか、性質というか、まぁいろいろ異なるらしい。そいつが新たな磁気異常を引き起こし、かつ敵を強化しているんじゃないかと。迷惑極まりないな」

 

そうして未知の脅威に晒され続けてきた人類が、敗北せず五年も生きながらえてきたことには理由がある。
【艦娘】という名の奇跡が、人類の味方をしたのだ。
かつて、第二次世界大戦の折りに活躍した軍艦の名と魂を受け継いだ、生まれながらにして戦う力を備えた超常の少女達。厳密には物理的な肉体を持たない、生まれてから死ぬまでずっと同じ姿形を保ち続ける霊的存在。
深海棲艦と同時期に世に生まれた彼女達こそが、現人類の最大戦力であり最後の希望だった。
彼女達は人間のような見た目でありながら、その元となった軍艦の能力をそのまま人間サイズに凝縮したような性能を備えている。その点は深海棲艦と同様――水上を滑走し、特殊な電磁波を発し、圧倒的な火力・防御力・機動性を備える――だが、彼女達は人語を解し、人類に深い思い入れを持つ存在だった。故に彼女達は己の意思で人類に味方し、深海棲艦と戦う道を選んだ。
何故生まれたのか、どのような生命体なのか、どこから来てどこに征くのか。その全てが不明であるヒトデナシ同士の戦争が始まった。
そうして五年、人類は艦娘を主力とした防衛戦や反攻作戦を決行、いくつかの海域を開放しながら戦争を継続して、今日に至る。
戦況は人類側の優勢に傾きつつあった。

 

「私達で対処できることかな」
「わからねぇ。わからねぇが、電波障害の影響を受けずにいられるオレ達でダメなら、人類は今度こそお終いだろう。ならやるしかない」
「うん・・・・・・」
「なんだ、突撃隊長様が随分と弱気じゃないか。・・・・・・まぁ、気持ちはわかるがな。あの隕石が原因だってんならオレだって正直お手上げさ」

 

優勢な筈だった。全世界的に。少なくとも、佐世保にとっては一週間前まで。

 
 

一週間前の『あの日』、10月25日。台湾に突如謎の隕石群が落ちた。

 
 

大きいもので半径50mもある超巨大サイズの代物を中心に多数、どこの天文台にも観測されずにやってきたそれは、偶然目撃した者曰く「なにもない虚空からいきなり現れた」のだという。まるで魔法、ワープのようであったと。
驚異的なサイズと数ではあったが、幸い出現位置が低空だったので落下エネルギーもたいしたものではなかったこと、台湾という土地自体がとうの昔に避難を終えて無人であったことから、隕石落下そのものによる被害は少なかった。それでも高波は発生し、佐世保鎮守府を含む九州西部はまともに被害を受け、施設の大半がお釈迦になってしまったが。しかしそれもすぐに復旧できるレベルに収まっていた。
問題はその後だった。
隕石落下の二日後、つまり五日前から。
深海棲艦が隕石被害によって弱体化するどころか、むしろ強化されて佐世保を襲うようになったのだ。
今まででは考えられない程の頻度と戦力で繰り返される強襲爆撃を、もとより疲弊していた佐世保に止められるはずもなかった。艤装の修理や艦娘の治療を行う施設をはじめ、宿舎や資源、補給路までを高波と爆撃で失っていた。
同時に陸にまで発生した、従来の常識をひっくり返す広域磁気異常により応援を呼べず、航空機を使った輸送すらもできなくなっていた。体勢を立て直す暇もなく圧倒的攻勢に晒される佐世保は、近所の呉鎮守府と鹿屋基地に傷ついた艦娘を避難させることを決意。死者こそ出ていないものの、総勢38人いた艦娘もいまや13人までに減っていた。
損耗率は既に50%を割っており、当然そのペースは加速度的に早くなっている。
救援が到着する予定の、明日の夜まではなんとか凌げるとは思う。
しかし、もし、来なければ。佐世保は陥落し、九州の地は深海棲艦に蹂躙されることになるだろう。

 

(それは・・・・・・嫌だ)

 

確かにこの劣勢は、例の隕石が発端のように思える。
しかし、そんなことがありえるのか。ただの隕石でないことは確かだろうが、深海棲艦が強化された因果関係なんてあるのだろうか。前までは後方支援がなくともやりあえていた相手に、こうも一方的に戦闘力で押し負け、追い込まれるなんてことが。
それこそ悪い宇宙人からの贈り物でもなければ。

 

「――時間だ、帰投するぞ。帰って飯だ」
「Да。・・・・・・一つ、いいかな」
「あん?」

 

彼女達は敵の電磁波を中和して、限定的ながらレーダーの使用を可能とする能力を持つ。故に、彼女達の電探と目視がそのまま人類の目となる。こうした哨戒任務は、艦娘の大事な仕事の一つだ。
そのお務めを無事に果たした時、響はキラの言葉を思い出した。
昨日、第二艦隊として迎撃作戦に参加し、その途中行方知れずだった第一艦隊と合流して敵主力を撃退できたあの戦い。その時の討ち漏らしだったのであろう重巡リ級に襲われ大怪我を負ってしまった、護ると約束したあの男の言葉。

 

(・・・・・・約束、守れなかったな)

 

彼は宇宙軍所属と言っていた。そして隕石とは言うまでもなく宇宙出身である。
昨夜ようやく帰ってきた二階堂少将は苦笑いしながら「未来人なのかもしれないなぁ」と言っていた。
ただの偶然なのか、それともなにか知っていることはあるのか。
なんとなく響は、なんの根拠もないが彼はこの騒動に関係あると感じていた。
本当に根拠がないのだが。
もしかして、彼が。

 

(いや、まさかな)

 

響は頭を振る。
疲れているんだ。馬鹿なこと考えてないでさっさと帰ろう。今帰れば、多分5時間は休めるはずだ。
不安だから、なにかを「分かりやすい何か」に仕立て上げたいだけなのだと自己分析する。そういう心理はよくない。むしろ自分は謝らなければならない立場なのだと、一瞬でも失礼なことを考えてしまった己を恥じる。
気持ちを切り替えなければ。

 

「・・・・・・すまない、なんでもない」
「・・・・・・なんなんだよ?」

 

もし、あのロボットと一緒にやってきた彼が、あの隕石の関係者だとしたら。みんなはどう思う?
そんな疑問を胸の内に隠した響は、深海棲艦が主力を失い攻撃再開に手間取っていることを確認。木曾と共に、交代要員の暁と多摩が待つポイントへと転進したのだった。

 
 
 

 
 
 

(コーディネイターとナチュラル。宇宙に上がってまで人間同士の戦争か)

 

おおよそ二時間かけて、二階堂提督とキラ・ヒビキの事情聴取及び情報交換が終わった。
提督は一人、慣れない松葉杖を使ってえっちらおっちら廊下を進みながら、説明された彼の常識を思い返す。
その内容は思っていた以上に波瀾万丈なものだった。
コズミック・イラという、第三次世界大戦を経て制定された統一暦での出来事。なるだけ客観的になるよう四苦八苦しながらと、どうにも説明が得意ではないようだが、それでも自分の世界を解ってもらう為に言葉を尽くしてくれた彼がいた世界。
そこでは。
人は宇宙に上がり、宇宙開拓時代を迎えたこと。
遺伝子操作技術が確立し、それが大きな人種間対立に繋がってしまったこと。
モビルスーツという対艦用巨大人型機動兵器が台頭し、そのパイロットになったこと。
人類を地球側と宇宙側に二分した戦争が、二度も起きてしまったこと。多くの国が滅び、多くの人が死んだこと。
人類救済の為に、遺伝子によって全ての運命を支配しようとした指導者と、互いに互いの行動原理を認められぬからと戦わなければならなかったこと。
結果として殺してしまった彼の意思を継ぎ、崩壊し続けていく世界を維持する為の新地球統合政府の設立に尽力したこと。
そういった人間同士の戦争の歴史があったことを、その中で自分がやらかしてしまったことを、後悔していることを、一時間かけて説明してくれた。
果たしてこの今の世界と、人間同士で第五次世界大戦までやってしまう世界と、どっちがマシなのかはひとまず考えないでおこう。
とにかく、ようやくこれで互いの知りたいことが知れたというわけだが、しかし謎は深まるばかりであった。

 

(異世界の地球からの来訪者。しかし、部分的とはいえ記憶喪失とは)

 

第二次世界大戦以降の歴史が少しずつ違っている彼の世界で、艦娘や深海棲艦といった特異的存在は確認されていないらしい。
ならば彼が未来人という線は消えた。既にファンタジーに侵略されている我が世界とは、異なる地球から来たのだ。
想定の範囲内ではあったが、でも直接そうなのだと答えを示されてしまうとやはりショックは隠せない。提督は俯き思考に耽る。
これは大変なことになってしまったなと。

 

(ストライクという名のロボット兵器――モビルスーツといったか。彼は間違いなく、アレは人が搭乗して動かすものだと言っていた)

 

時間が差し迫りキラと別れた提督は、彼が発見された時を思い出す。
あれは例の隕石が落ちてから二日後のことだった。アレは浜辺で倒れており、あの青年はその内部から救出された。つまり、ストライクに乗ってこの世界にやって来たのだろう。
しかしキラは「それはおかしい」と疑問を投げかけた。
【GAT-X105 ストライク】は彼の世界での七年前に建造された試作機であり、キラの最初の機体であったらしい。だが、新地球統合政府直属の設計局が開発した新たなMS群、ZGMFシリーズとGATシリーズに代わるGRMFシリーズの新型を受領した今、わざわざ今更乗るような機体ではないという。
なにか緊急の出撃があったのだとしても、納得できる要素がない。
だが、彼はその前後の記憶をどうしても思い出せないでいた。
彼は説明を続けている内に、己の記憶のところどころに穴が開いていることに気づいた。特に、直近の一週間か二週間ぐらいの記憶が、すっぽり抜け落ちていると。一ヶ月前のことはちゃんと憶えているのに、何か大変なことがあったような気がするのに、おかしな話だと語っていた。
結局、何故ストライクに乗っていたのかは分からずじまいだ。
この記憶喪失は、転移によるショックによるものではないかと提督は考えていた。幼き日々に読みふけった漫画小説では、それが定番だったこともある。事実は小説よりも奇なり。なにより現代はヒトデナシ同士の戦争をやってるファンタジー時空なので、異世界というトンデモがあるのなら、きっと定番だってあるのだろう。
記憶なんてものは酷くあやふやで儚いものだ。どんな大切なことも忘れるときは忘れるし、思い出すときはいつだって唐突だ。
いずれ時間が解決してくれるだろう。

 

(断じてモビルスーツとは、己が身に纏って戦うための甲冑ではないのだと)

 

だが、正確な記憶が有ったとしても説明つかないことも、時間が解決してくれない問題も、世の中にはままあるものだ。
たとえ彼の記憶が戻り、十中八九関連があるだろう例の隕石の真相が少しでも解明されたとしても。
果たして彼の体質の謎が、誰かに解明されることはあるのだろうか。

 
 

キラ・ヒビキ。本名キラ・ヤマト。
彼の身体は、体質は。艦娘や深海棲艦のものと同様の、特殊なものに変貌していた。

 
 

厳密には物理的な肉体を持たない、生まれてから死ぬまでずっと同じ姿形を保ち続ける霊的存在。
人間のような見た目でありながら、人間よりもずっと優れた超常の身体と能力を備えるヒトデナシ。
特殊な電磁波を発し、ミニチュアのような砲塔から艦砲のものと同等の弾丸を放ち、人間用の鉄砲では傷一つ付かない、戦車と綱引きしたって勝てる、そんな化物。
キラ・ヒビキは、普通――と言っては語弊があるが――の人間だったはずなのに、いつの間にかそういう体質になっていた。少なくとも、この佐世保で発見された時点でそうなっていた。
昨夜に深海棲艦の重巡リ級に襲われても尚生き抜き、逆に艤装となったストライクのライフルで撃退したことが、なによりの証拠だった。おそらく、彼の怪我もあと数時間もすれば完治するだろう。

 

(普通の人間がそのような事になるとは、一体全体どういうことなのか)

 

そのような事例は、この世界でだって確認されていない。
これで彼が未来人で、その時代ではロボットが艤装になっているんだと言ってくれたら、こんな悩みを持つことはなかった。正直なところ提督は、キラは未来から来たものだと思い込んでいたのだ。
何故なら、異世界から来たというのに最初から「そういう体質」であったのならば、それでは地球はあまりにも救われないじゃないかと。異世界の地球でまで艦娘と深海棲艦の戦争があるのだとしたら、それは悲しいことだった。だが地続きの未来なら、彼の体質にもある程度納得できるというものである。
しかし、彼は異世界人だ。
ならばそれは、身体がまるごと作り替えられたということなのか?
目眩がした。
たった一人の、あらゆる意味で例外の人物を保護するということは、誰にとってもストレスだ。毛根が死ぬ。
そもそも、彼はどのようなカテゴリーになるのだろうか。

 

(世界初の、男性の艦娘か・・・・・・。まったくなんて日だ。なんて呼べばいいのか)

 

艦娘。艦の娘と書いて「かんむす」。
現人類最大の戦力でありながらも、軍にはとても似つかわしくない可愛らしい名称で呼ばれている彼女達。
軍の会議室で大の大人達が渋い顔で「うちの艦娘が云々」と、人類の今後に関わる大事な案件なのにまるで思春期の娘をどう扱うか困った父親のような格好で議論を交わす光景は、当初こそ滑稽なものであったとな思い出す。
今ではすっかり定着しているその名称は、彼女達を単なる兵器として扱いたくない派閥の努力が実を結んだ結果だった。今やその名は世界中に広まり、彼女達は一人の愛すべき存在として民衆に親しまれている。
艦艇が全世界的に女性扱いされていたからか、当然とばかりに艦娘も皆女性だ。だからこそ艦娘と名付けられたのだが。
しかしこれが男性となると、なかなか良い呼び名が見つからないのであった。報告書の作成には難儀することだろう。
それは追々考えていこうと思う。

 

(とにかく。普通から外れてしまった彼には、時間が必要だ)

 

この世界と己の身体の真実を知った彼は、しばらく一人にしてやらなければならないだろう。
自分自身も考えを纏めなければならない。お互いに冷却期間が必要だった。

 

(だが、こちらはそう悠長なことは言ってられないな)

 

そう思い、一人医務室から撤退して執務室に向かった提督は、その思考を冷徹な軍人のものに切り替える。
実際問題、時間がほしいのはこちらの方だった。
佐世保鎮守府存続の為に、非情に徹して持てる戦力と技能をフル回転しなければならない局面であった。こちらの採れる選択肢は多くない。人事を尽くして天命を待つしかない現状に陥ったことは、一将官として恥ずかしいものだったが。

 

「・・・・・・二階堂だ。そちらに白露はいるか?」
<提督! お久しぶりデース! ご注文は白露ですカー?」
「ああ久しぶり。無事でなによりだ」
<えーっと・・・・・・あ、Good timing! 今代わるからちょっと待っててネ。・・・・・・HEY、白露ぅー。提督からのご指名ダヨっ!!>

 

執務室に到着するなり提督は、長らく使用していなかった有線通信機で格納庫と連絡を取る。
無線さえ使えればいいのだが、陸にまでやってきた磁気異常のせいで使い物にならない。煩わしいが背に腹はかえられないので、埃を被っていた固定電話を引っ張り出し酷使するしかなかった。
そんな通信事情と、宿舎や休憩室が更地になってしまった施設事情もあって、今や油臭い格納庫が艦娘達のたまり場となっていた。誰かしら通信機の近くにいるよう待機してもらっているのだ。

 

<――はい、代わりました白露です! どうなさいましたか?>
「今後の方針が決まったから、皆を執務室に集めてほしい。今どうしている?」
<んと、みんなでご飯食べてるの。10分もしたら行けると思うよ>
「わかった。よろしく頼む」
<うん! いっちばんお役立ちなあたしにお任せあれ!>

 

四年の付き合いになる秘書と短く連絡を取り合い、提督は愛用ソファーに深く沈み込む。
打てる手は全て打った。
救援が到着する予定は明日の20時頃・・・・・・約30時間後のその時までに、いかに防衛ラインを維持し続けるかが鍵になる。いつもの半分にも満たない戦力で、いつもより手強い敵をどういなすか、ここが正念場だった。
現状の戦力を再確認する。
主力の第一艦隊所属が5隻と、遊撃の第二艦隊所属が4隻、哨戒兼遠征隊の第三艦隊所属が4隻。
計13隻。たったこれだけ。
これを再編成して、第三艦隊の者も前線に入れた佐世保守備軍を結成する。
敵の攻撃再開と救援到着時刻がいつになるかは不明だが、24時間程度の戦闘行動なら全戦力を全力投入したうえで休憩なしでいける。むしろ、下手に戦力の逐次投入などしては防衛ラインを割られる可能性が高い。問題は配置と補給タイミングか。
戦況を読み違えれば、そこからドミノ倒しのように全てが終わってしまう。だからこうして戦術を練る。

 

「・・・・・・ギリギリ、いや少し足りないな、やはり」

 

せめてあと一人、戦力が欲しい。
あの戦いで時雨をはじめ4人が戦力外になったのは痛かった。彼女達さえ健在ならまだやりようがあったのだが。必要なのは火力よりも、敵を攪乱できる機動性だった。無い物ねだりしても仕方がないとはいえ、ベストの陣形を組めないのは非常に痛い。
今から決行しようとするプランは所詮は苦肉の策で、しかも艦娘一人一人の負担がより大きくなるものだ。作戦失敗の確率も大きくなる。けれどやり遂げてもらわなければならない、そんな苦痛がある。
彼女達をいかに安全に、楽に、確実に勝利に導くかを考えるのが提督の存在理由なのだ。
この時代の戦場で「人間」ができる数少ないことのうちの一つだ。
一端戦闘が始まれば、あとは少女達の頑張りと判断を信じて祈るしかないのだから。
だからこそ、せめてあと一人、戦力が在ればと。

 

「・・・・・・、・・・・・・本当のヒトデナシは我々人間なのかもしれない、か。確かにそうだな」

 

かつて、友人である呉鎮守府の提督が呟いた言葉が脳裏を掠める。
戦闘の現場に立てない「人間」である提督にできることは、こうしたバックアップまで。あとは圧倒的超常的能力を持つとはいえ、年若い娘達に「化物と戦ってこい」と命令するしかない自分達こそが外道だと。結局人間とはなんなのだろうなと。
軍の将校とはそういうものだと言われたら、それまでだが。
二階堂提督は、今自分が考えついたことに、これから自分がやろうとしていることに、若干の嫌悪感を覚えた。
だが手段は選んではいられない。そもそも採れる選択肢が多くない現状で、これは千載一遇の好機なのかもしれないのだ。故に開き直り、ヒトデナシの誹りも喜んで受け入れよう。
冷徹な軍人として、佐世保鎮守府存続の為に打てる手は全て打たなければ。
提督は再び有線通信機を手に取る。

 

「見せて貰おうか、異世界の機動兵器の性能とやらを」

 

しばらく一人にしてやらなければならないと思った直後に、申し訳ないことだが。
連絡先は、医務室だ。

 
 

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