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《第4話:旧き翼》

Last-modified: 2017-09-14 (木) 23:21:37

夢。
夢を見た。
それは紅く、鮮やかな夢。真っ赤に染まった視界の中で、燃えるソラに囚われている自分が、誰かの夢と誰かの命が終わることを知った。それはきっと抗えないことだったのだと諦めて瞳を閉じる、そんな夢。
そんな夢を見たと思い出し、これは記憶なのだと感覚的に理解して、それでも今はそんなことにかまけている暇はないと、キラは考えないことにした。
行かなければ。
それは自発的な欲求、決意。思い耽り、考える時間はいくらでもあって、たくさん迷って、これで良いのかと何度も問うた。相変わらず成すべきことは判らないけど、やりたいこととできることがあるから、その心のままに戦う道を選んだ。
眼を開く。
確固とした意識に、確固とした意志を入力する。
変わっていく明日を生きる覚悟を、変わらず示し続ける為にも。

 
 

夢で見た情景に畏れを抱きつつ、しっかり心に留めて道を征く。そうできるだけの支えが、今の彼にはあった。

 
 

「あたれぇ!!」

 

立て続けに3発、キラの右手に握り込まれたライフルから荷電粒子ビームが射出された。
ストライク用57mm高エネルギービームライフル。モビルスーツ用携帯式荷電粒子砲塔としては最初期のモデルにあたり、後に【GAT-X102 デュエル】のものと並び地球圏全勢力の火器事情に多大なる影響を与えた名銃であるそれは、今や人間用サイズにまでミニチュア化していた。
ただし吐き出される超高温のビームそのものは本物で、ザフトのローラシア級航宙フリゲート艦の外装をも一撃で貫く威力は健在だ。直撃すれば 深海棲艦にだって通用するだろう。
原理原則など知ったことではない。

 

「――チッ!」

 

もっとも、万全であればの話だが。
背部に装備したエールストライカーパック――大型可変翼と4基の高出力スラスター、大型バッテリーパックで構成された高機動戦闘用装備――で最大加速をかけながら敢行した超長距離狙撃は、ひとまず成功したと言ってもいい。しかし、予想に反してその戦果は芳しいものではなかった。
高度500mの上空から放たれた三条のビームは、そのどれもが約3km先にまで迫ったターゲット、第二艦隊を襲っていた巨人【Titan】に吸い込まれるようにして命中。一発は今にも発射されそうであった敵のライフルに、遅れて残り二発は頭部に当たり小爆発を引き起こす。
だがどれも、敵の表面をわずかに削っただけで終わった。
威力不足。
ビームの減衰の激しい大気圏内といえどギリギリ射程内である筈なのに、期待された破壊力は発揮されなかった。

 

(思った以上に硬い。でもそれよりこっちのパワー不足が深刻だ)

 

動力系にエラーを抱える今のストライクでは、この距離で戦えない。
出力が低く、パワーが上がらない。エンジンを始めとした主要パーツは最新式のものに換装されて近代化改修が施されているようだが、それでも今のストライクの性能は初期型のものにすら劣っている。
ライフルに供給できるエネルギーも通常時の半分を割っており、その威力は泣きたくなるほど低下しているようだ。ビームライフルによる遠距離攻撃は実質使い物にならない。
接近するしかない。
そう見切りをつけたキラは高度を落としつつ、注意を引く為に更にビームを射かけながらホロキーボードを展開する。

 

(ぶっつけ本番でと思ってたけど・・・・・・思ったよりあちこちガタがきてる。下手したらフレームも死ぬ)

 

暗視モードの視界の中で、ようやく此方を敵性存在と認識した【Titan】は、醜くおぞましい巨体の表面で幾つもの火花を散らせながら対抗するようにビームを連射。
五条の閃光が瞬く。
サイドスラスターを噴かして避けようとした。だが瞬時に思い直し、まっすぐ飛行しながら左腕大型シールドで受け止める。まだまだ機体が重い。シールド耐久値も危険域にあるが、避けきれるものではなかった。
外見では判らなかったが『前任者』がよっぽど無理させたらしいストライクの内装はボロボロだ。修理どころかシステムチェックする間も惜しんで戦場にやってきたキラは、中断していたOSの調整を急ぐ。
やっと傷が癒えたのだ。遅れた分は結果で取り戻す。
非我の距離はもう1kmまでに縮まっている。のんびりやってられないなと、衝撃に呻きながら虚空に顕れたキーボードを荒々しくも正確に叩いた。

 

(ライフルの出力は短射程設定で補う。長時間戦闘ならスラスターは――持続と瞬間加速力を優先、他は軒並み低出力でバランスを取ればいい。駆動系はレスポンス落として延命するしかない)

 

ベストには程遠いが、現状では限りなくベターな修正案。
後は自分の操縦技術でフォローすると割り切った青年は、新たにやってきたビームの雨をバレルロールでかいくぐり急降下、ついで真っ黒な海面を蹴ってミサイルを飛び越える。海面に激突して自爆するミサイルの爆風に乗って、更に加速した。
次々と機体のパラメータを書き換えて最適化し、一部スペックを落としながらも動きのキレを増していくストライクと同様に、キラもどんどん己の身体が軽くなっていくように思えた。
機体を操縦するような感覚で、自身の躰を振り回す。
今やパイロットはモビルスーツそのものだ。
あまりに不自然な筈なのに、何故だか今の自分はこれが自然なのだと感じられる、奇妙な全能感。
接触まであと500m、300m。

 

「これなら!」

 

ビームライフルを一射。
ザフトの白服を纏い、【GAT-X105 ストライク】を取り込み同化したキラは、生身のまま57mm高エネルギービームライフルのトリガーを引き絞る。
人間の銃撃戦のレンジまで接近してからようやく放たれた光の矢は、先までのものよりずっと細く、速く、漆黒の空を駆け抜けて。
庇うように突き出された【Titan】のボロボロの左腕を貫通して、その奥のライフルのセンサーサイトを破壊した。

 
 
 

《第4話:旧き翼》

 
 
 

「やった!?」
「まだよ! まだアイツは!」

 

思わぬ援軍の出現とその戦果に、つい瑞鳳は歓喜の声を上げかけるが、それを榛名が制する。
援軍の最初の一射で【Titan】の狙いが逸れた結果、水蒸気爆発に吹き飛ばされるだけの被害に留まって窮地を脱した榛名は、木曾に肩を貸してもらいながら指摘する。
衝撃で口内を切ったのか、鉄の味がひどい。
まだ照準装置を破壊しただけ、無力化できたとは言いがたい。それに飛んでくるビームも派手な割には威力不足みたいだ。有効打であることには違いないが致命傷には遠い。
状況は巨人と援軍の一対一。
危機的状況から脱し、さっきまでの騒々しさが嘘のように状況に取り残された第二艦隊。しかしだからといって、ここで黙って戦局を見守っていられるほど脳天気の集まりではない。

 

「此方も仕掛けます! 響さん!」
「Всё ништяк!!」
「てぇッ!!」

 

愚かにも此方に背を向け動きを止めた【Titan】に向けての全力攻撃。
今こそが勝機。
残り僅かな弾ぜんぶ持ってけと、無駄にデカい背中に主砲をしこたま撃ち込んだ。

 

「ゴォヲヲォァァァァアアアーーーー!!!!??」

 

前後からの執拗な砲火にたまらず、巨人が耳を覆いたくなる程の甲高い雄叫びをあげる。
戦艦よりも硬い装甲を持つといってもこれは効くだろう。だが、それでも火力が足りなかったのか、全身を穴だらけにされようとも巨人の活動は止まらない。驚異的な耐久性だ。
怒り狂ったかのように巨人が、デタラメにライフルを乱射した。目眩ましにでもするかのように周囲に幾つもの水柱が上がり、榛名達は後退を余儀なくされる。
すると、ゴキャリと嫌な音が響き、巨人の腰部から一対の大型ガトリング砲が跳ね上がった。
30mm径6銃身ガトリング砲。
そんなものまで隠し持っていたのかと驚く間もなく吐き出された弾丸の嵐は、天空からやってきたたった一人の援軍――いや、第二艦隊に合流しようと駆けつけてきたキラを飲み込まんと殺到した。

 

「危ない!」
「そんなもので!」

 

青年は空中で両足を忙しなく動かしつつ、ただのブーツにしか見えない黒い軍靴のいたる所からスラスター炎を吐き出した。重心移動とスラスターを併用した姿勢制御で、必要最低限のエネルギー消費でガトリング砲の掃射をやり過ごす。
鮮やかに弾幕から躍り出た青年は、素早くビームを一射。左腰のガトリング砲を射貫く。
「本体」に比べて柔かったのだろう砲身がグシャリと溶けて、機関部が爆発。左半身がごっそり抉れた。

 

「オ゛ォォォォ・・・・・・!!??」

 

ついに、巨人の動きが止まる。
だが次の瞬間、背部推進機関からは爆発でもしたかのように盛大に、青白い炎が轟々と噴き出された。
逃げるつもりか!

 

「やらせない!」

 

榛名と瑞鳳にガッチリ固定された響が、すかさず錨を投擲した。
弧を描いて飛翔するそれは【Titan】の右足に巻きつき、その逃走を妨害する。更にサーベルを抜き放った木曾が鎖の上を猛スピードで駆け上がり、跳躍。
同時に目と鼻の先までに肉薄していたキラが、その意図を察してビームサーベルを抜刀。腰だめに構えて最後の加速をかけた。

 

「これで!!」
「仕舞いだぁ!!」

 

洋風の実体剣と、荷電粒子を収束させた光刃による斬撃。

 
 

前後から振り抜かれた二つの刃が、鎖を振り解かんと藻掻いていた巨人の首を見事に切り裂いた。

 
 

断末魔もなにもなく、身体と頭を切断された巨人はゆっくりと崩れ折れる。
【Titan】、討滅完了。
佐世保にとって通算四度目となる巨人との戦闘は、第二艦隊フルメンバーの即興連携攻撃によって、ただの一人の犠牲者を出すことなくその幕を閉じたのだった。

 
 

だが、状況はまだ終わらない。

 
 

「・・・・・・なんだ、あれ――戦闘機? まだ来る!!」
「え、あ、ちょっと!?」

 

キラが上空で何事かを呟き、背中のスラスターを噴かす。そのまま加速していずこかへと飛び去っていった。
響は手を伸ばし呼び止めようとしたが、背後から上がった瑞鳳の悲鳴のような声に、思わず振り返る。

 

「ッ! 南西から接近する機影! ――なにこれ、さっきの【Titan】より速い!?」
「新手ですか!?」
「反応と形状は航空機タイプだけど・・・・・・数は1、高度200、速度600! サイズ・・・・・・約13m!?」
「なんだ、次から次へと!」

 

強敵を倒した喜びさえも凍りつかせる、絶望的な報告。
速度600ノット、つまり約1100km/hで迫る影。まだまだ夜は明けずレーダーも使えない状況下、それだけの速度で低空飛行できるのはまず深海棲艦の艦載機しかあり得ない。

 

(敵の航空戦力が単機で突っ込んできた? それにしたって)

 

でかすぎるし、速すぎる。
今までに確認されてきた敵の航空機は、大きくて全長2m前後、速度も大体350ノット程度だ。それらは間抜けなはぐれ者でない限りは群れを作って行動し、母艦たる深海棲艦ヲ級の指示に従って編隊飛行する習性を持つ。
その常識が全然当て嵌まらない。
続け様に襲来する「異例」の嵐。まったくもって規格外だ。あの巨人のように異常進化した個体なのか。
なんの冗談だ、それは。
弾薬も今度こそみんなスッカラカンで、逃げるにしたってあと1分足らずで追いつかれてしまうだろう。こうなってしまっては自分達にできることはない。そんなのが、ここに来るというのか?
響達は、先程キラが飛んでいった方角を見つめた。
それは、新たな敵が飛来してくる方角でもあった。
いち早く危機を察知して、単身戦いに赴いた彼に任せるしかなかった。

 

「アイツ一人でやろうっていうのか」

 

サーベルを抜いたままの木曾が、呆然と言う。
遠くの空で、数条のビーム同士が交錯し、幾つかが衝突しては爆発した。
自分達のあずかり知らぬ場所で、また自分達が置いてきぼりにされた戦闘が始まったのだ。

 

「くそ、なんてザマだ」
「木曾・・・・・・」

 

二階堂提督から説明は受けたものの、まだ自己紹介どころかまともに会話すらもしていない男に間一髪救ってもらったばかりか、あの敵の対応までも任せっきりにしなくてはいけない事実。それに不甲斐なさを感じているのか、眼帯の少女はギリっと握り拳を固めた。
様々な感情がない交ぜになった瞳で、暗闇に踊る二つの影を睨む。
そう、あの男と会話したことあるのは、このメンツではまだ響だけ。その実力は確かだとしても、プロフィールを知るだけで他人を全面的に信じることは難しいだろう。
ましてや、【Titan】と同一の力を使役する男のことなど。
そんな彼女に榛名は労るように声をかけ、静かに首を振った。

 

「仕方ありません、今は彼に任せましょう。・・・・・・榛名達も今は、できることをしなくては。瑞鳳?」
「うん。他に敵は見当たらないよ。動くなら今しかないと思う」
「・・・・・・わかった。借りを返すにしても、まずは生き残らないとな」

 

パッと、いろとりどりの光が空に瞬いた。
木曾が打ち上げた信号弾と照明弾だ。また無事に合流できることを信じて、彼へと発信したメッセージ。今は自分にできることをしなくては。
そうして第二艦隊は粛々と移動を始める。
銃を撃ち合うばかりが戦争じゃない。目指すは補給コンテナ。今度こそたどり着かなければ、自分達が何のためにここにいるのか分らなくなる。
まだこの海は戦場なのだ。
ならば一瞬たりとも呆けている時間はない。

 

「単縦陣、面舵40! 第四戦速でこの戦域から離脱します!」
「了解!」

 

榛名の号令に従い、一同は縦一列になって進行する。先頭が榛名、次に瑞鳳、木曾と続き、戦場からの一時離脱を図る。
そして。

 

(・・・・・・あれが、キラ・ヒビキの戦い)

 

艦隊最後尾についた響は無言で、自然と戦闘が始まった空域を注目していた。
一瞬たりとも目が離せない
蒼銀色の大きな瞳を見開いて、男の一挙手一投足を観測する。
同時に思い出すのは、二日前の彼の言葉と、先の戦闘行為だった。
知っているのが当然といったニュアンスで発せられた、どこぞのアニメ漫画でしか出てこないであろうキーワードの羅列がまったく嘘偽りでなかったことを、確信する。

 

(宇宙軍第一機動部隊の隊長の力。宇宙に上がった人類が得た力)

 

僅かに白みはじめた空で、木曾の照明弾に照らされた敵の姿が、ぼんやり浮かび上がる。
それはT字型の戦闘機だった。
勿論、ただの戦闘機ではない。深海棲艦のように真っ黒でどこか有機的、よくは見えないがコクピットには真っ白な肌の人――これもまた勿論、深海棲艦だ――が乗っている・・・・・・というより一体化しているようだ。
いずれにせよ、やはり初めて目にする敵だ。あれもまた一種の【Titan】なのだろう。
戦闘機型深海棲艦は、空戦の教本に則ったような単調な機動で旋回し、上面部に搭載された旋回砲塔から荷電粒子の光を迸らせた。
対するキラは鮮やかな宙返りをうってそれを回避。お返しとばかりに頭部の機銃で敵の垂直尾翼を射貫く。
バランスを崩した戦闘機とすれ違った――直後にキラはすぐさま両足を前に向けて逆噴射、一気に減速しつつ振り向いて、すかさず両手でグリップしたライフルで追撃した。
あの【Titan】と同じように空を飛んで、ビームを撃つ。スパイなんてイカしたものじゃないと判っているからこそ思うが、味方になればなんて頼もしいことだろう。

 
 

人間と戦闘機による高機動空中戦。目まぐるしく空を駆ける両者にしばし、少女は目を奪われた。

 
 

(人が空を飛べば、あんなことができるんだ)

 

人型が単身空を飛ぶ。揚力に頼らず、自由に「浮遊」して「飛行」する。
その様はまさに異質としか言いようのないものだった。
水上を駆ける艦娘達も初めて目にする、史上類を見ないもの。
背部、胸部、脚部、肩部。全身いたる所に搭載された高出力スラスターを操って実現するソレは、飛行機ともヘリコプターとも異なる人型のモビルスーツ特有のものとして、また機動兵器たるモビルスーツが人型である理由の一つとしてC.E. 世界に浸透した飛行様式だ。
実際、C.E.の宇宙では【ZGMF-1017 ジン】が、大気圏内では【AMF-101 ディン】が旧来の戦闘機相手にその運動性で圧倒的優位に立ち、以降モビルスーツ開発はスラスターの性能と配置が最重要視されるようになったという経緯もある。特に脚部の複合推進器は、モビルスーツの総合運動性能の4割から5割を占めるとまで言われており、背部のものと並びメインスラスターとして扱われる。
18mの人型ロボットの重量と空気抵抗すらも問題としない高性能小型スラスターの登場が、C.E.の未来を決定付けたと言ってもいい。
そんな背景を持つ「人型の浮遊」を生身の人間が、それも男がやっているのだから、誰にとっても驚くべきことであった。
艦娘と同じように、兵器と同化してその力を振るう、ヒトデナシ。
それが彼だ。

 

「よし!」
「わぁ!」

 

小さな主翼に懸架されたミサイルポッドが吹き飛ばされて、響と瑞鳳は揃って小さく喝采を上げた。
2分も待たずして、早くも雌雄が決しようとしている。
圧倒的な旋回能力と、機首方向に依存しない広々とした射界を備えるキラがほぼ一方的に、戦闘機にダメージを与えていた。キラの移動速度そのものは大したものではなく、むしろそこらの駆逐級と同程度といった感じだ。それに対する敵の圧倒的速度は、しかし予想に反してなんのアドバンテージにもなっておらず、浮遊と回避機動をうまく使い分ける青年にいいようにいなされていた。
ストライクを駆るキラは今にも止まってしまいそうな程ゆったりと空を舞い、時には倒れ込むようにして撃ちかけられた機銃を躱す。と思いきや急加速して敵の死角に飛び込み、矢のようにすっ飛んでいく戦闘機めがけて射撃する。
いうなれば通常艦艇と艦娘の戦い、その空戦バージョンといったところか。普段意識しないので忘れがちだが、自分達艦娘も人の形の利点を最大限発揮させて戦っているのだ。縦長の生き物である人間が、他の横長の生き物・乗り物よりずっと優れている運動性能・加速性能は、もう無くてはならない大事なパラメーターだ。
人間はもともと水上に立てないし、空だって飛べない。だが、そんなステージで発揮される人型の汎用性は、人間が思っている以上の力を秘めているのだろう。

 

(しかし・・・・・・それにしたってこれは一方的過ぎないか?)

 

キラの高い実力と相性の問題もあるが、些か戦闘機が弱すぎるような気がした。でかい図体して、戦い方は素人のそれだ。
こと船の化身である艦娘であるからして飛行機のことはよく分らないが、あれではレシプロ機とだって良い勝負をするんじゃないか。あり得ないスピードだとビビってたのがバカみたいだ。
そこに響は強い違和感を覚えた。
敵は弱いに越したことはないが、しかし深海棲艦というのは総じて戦闘のスペシャリストみたいなものだ。おそらく、生まれながらにして戦い方を熟知・習得している艦娘と同じように。
では、あの戦闘機は一体なんなのだ?

 

「はぁ!」

 

戦闘している内に随分と、こちらに接近していたらしい。潮風に乗って微かにキラの声が響き、みな一様に空を仰いだ。
ここで勝負を決めるつもりか、右肩からビームサーベルを抜き放って、急激な旋回機動で失速しかけていた戦闘機に真っ正面から肉薄した。
ライフルの直撃には耐えるようだがサーベルは防げまい。その切れ味は対【Titan】戦で証明済み、あの凄まじいエネルギーの塊はどんな敵だって真っ二つにできるだろう。
戦闘機はなんとか殺傷圏から逃れようと、体勢を立て直そうとする。
だがそれよりもずっと早く、キラは大きく振りかぶったサーベルを、ついに振り下ろした。光の刃は寸分の狂いもなく機首を断ち切らんとして――

 
 

――寸前、キラの身体が不自然に一瞬、ギクリと止まった。

 
 

「え?」

 

次の瞬間、二つのことが同時に起こった。
まずキラのサーベルが、タイミングを逸脱した為に狙いが逸れて、戦闘機の翼端を斬り飛ばした。
その時、意図しないカウンターのように、キラの身体と戦闘機の機首とがまともに衝突したのだ。

 

「な!?」
「ちょ、マジか!?」

 

体格差もあってか青年が弾かれ、重力に引かれてくるくる回りながら落下した。
気を失ったのか身動き一つしないままどんどん高度を落としていく。その隙に、完全に戦闘能力を奪われた戦闘機は、黒煙の尾を引きながらフラフラと逃げていった。
だが今はそんなことはどうでもいい。
あの高さから落ちればただではすまない。
思いもよらないアクシデントに呆気にとられた第二艦隊の面々は、しかし流石の反応で駆け出す。受け止めなければマズいと悟ったのだ。
――けど、この距離じゃ!

 

「キラ!!!!」
「っ!」

 

咄嗟に、響がその名を叫んだ。
少女に似つかわしくない大声で、精一杯の力を込めて。
その声に反応したのか、キラはすんでのところでスラスターを噴かし、なんとか海面との激突を回避しようとした。
それでも勢いは完全には殺せず、キラな半ば尻餅をつくような格好で着水した。
高く水しぶきが舞って、青年が海に没する。
けど、それだけだ。
すぐに彼の頭が海面に出てきた。
大きく咳き込んでいるが、溺れているわけでもなくて存外平気そうだった。

 

「・・・・・・ふぅー」
「・・・・・・やれやれ。まったく、驚かせるなよな」

 

最悪の事態を回避できて、みんな一斉に安堵の溜息をつく。
ピンチに次ぐピンチの連続、それを切り抜けた矢先に仲間を喪うなんて事態は御免だ。ある意味、戦艦級の大軍と戦うより心臓に悪い。同一のものではないのだ、戦闘とドッキリに対する覚悟は。

 

「お手柄ね、響」
「・・・・・・つい、ね。迎えに行ってくるよ」

 

まぁなんにせよ早く救助しなければ。
波は穏やかでも、いつ高波が来るかは分らない。いつまでも立ち泳ぎは危険だ。

 

(そういえば、初めて名前を呼んだな)

 

咄嗟のこととはいえ、それも大声で。普段はそんなこと気にもとめないが、何故か今回に限っては気恥ずかしい気がした。
なんでだろう?
そんなことをぼんやり考えながら、少女は速度を徐々に落としていく。戦闘機が去った方向をいつまでも見つめ続けるキラの頭は、もうすぐそこだ。
このメンツでは一番速い響が、やはり一番に彼のもとに辿り着いた、その時。
立ち泳ぎをしていたキラが、ぽつりと。呆然と呟いた。
自分が目にしたものが信じられないといった面持ちで。

 
 

「――スカイグラスパー・・・・・・トール? いや、まさかそんなわけ――」
「・・・・・・え?」

 
 

その声は波音にかき消され、ついぞ響の耳に届きはしなかった。
キラが戦った戦闘機は、そのパイロットは。
交錯した瞬間に感じ取れた気配は、身を過ぎったどこか懐かしい感覚は。
かつてキラを救わんと空を駆け、そしていなくなったモノと、どこか似通っていたのだった。
キラはただ、その直感を否定することに精一杯になった。
そんなはずがない。
あり得ない。
質の悪い、ただの他人の空似だと自分に言い聞かせた。
それ以上考えることを、心が拒絶した。

 
 
 

 
 
 

「じゃあ、かなりギリギリだったんだ。よかった、間に合って」
「うん。本当に助かった・・・・・・Спасибо。おかげでみんな元気だ」
「そっか・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

通算四度目、榛名達にとっては三度目となる対【Titan】戦を乗り越え、さらにその後の【謎の戦闘機】を追っ払った第二艦隊。
へろへろになりながらも遅れに遅れた自己紹介を済ませて、海上に浮かぶ補給コンテナに辿り着いた彼女達は、ようやっと弾薬と燃料の補充にありついていた。
念願の補給だ。照明に満たされた室内に入ってホッと一息つく。
更に良いことに、虎の子の【Titan】が倒されたからか侵攻の手が緩まっていた。敵も戦力を再編する必要がでたのか、それとも単に品切れなのか、他の海域でも戦闘が止まっているという。
できることならこのまま深海棲艦が諦めてくれれば良いのだが、まぁ、そう都合良くいくはずもないだろう。
兎にも角にも、落ち着いて休憩できる時間も勝ち取れたのは僥倖だった。

 

「うーん。こんなことならお弁当とっとくべきだったかなぁ」
「急いで食べちゃったのは勿体なかったですね」
「食える時に食っとかなきゃな、仕方ないさ。・・・・・・お、間宮印の羊羹があるぞ」
「ほんと!? 食べるー!」
「折角ですし頂きましょうか」

 

コンテナ内のチェストを漁ってきゃいきゃい姦しくはしゃぐ三人を背に、すっかり濡れねずみになったキラは、いち早く補給を終えた響と会話する機会を得ていた。
こうしてちゃんと顔を合わせるのはこれで二度目。最初に目覚めた時以来だった。
あの時からまだ二日しか経っていないが、随分と昔のように思える。なにせ、あの時はまだ何も知らなかったのだ。あれから天地がひっくり返るような事実に何度も打ちのめされて、一日が何千時間とあるような気さえしたのだ。
あの時間濃度は、かつてアークエンジェルがクルーゼ隊から逃げまわっていた時のものに匹敵する。
あんな思いはもう、金輪際御免蒙りたい。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

何はともあれ、こうして再会できたのは嬉しくて、ちょっとこそばゆい感じだった。なにか色々と話したいことがあったのだが、こうしてみるとなかなか言葉がでない。
キラと第二艦隊が合流するまでのアレコレについて、特に対【Titan】についてのことを話し終わったら、なんとなく会話が途切れる。
お互いのお互いに対する認識が、出会った当初よりずっと異なってしまったからだろうか。まさか、この白い少女と轡を並べて戦うことになるとは思いもよらなかったキラであった。
だが、いつかの親友との再会とは違って、悪い気はしなかった。

 

「・・・・・・怪我はもう大丈夫なのかい?」

 

ふと、響が深呼吸して、こちらを伺うように切り出してきた。
そういえば自分は病み上がりで、しかもさっき戦闘機とぶつかったのだ。そりゃ心配もするだろう。
もっともフェイズシフト装甲のおかげでなんともないが。

 

「あ、うん。僕はもう平気。・・・・・・君こそ無理してない? ずっと戦いっぱなしだって聞いたから・・・・・・」
「・・・・・・ごめんなさい」
「え?」
「あなたを護ると、ちゃんと司令官を紹介すると約束したのに・・・・・・結局守れなかった」

 

俯いた少女の右手が頭の付近で彷徨い、所在なげに揺れる。
帽子の鍔をつまもうとしたのだろう、いつの間にか無くしていたことを気づいた小さな手は、誤魔化すように長いもみあげをくるくる弄ぶ。
突然の謝罪に面食らったキラは、そういえばそんな約束もあったなと、懐かしい気分になって思い出した。
響が出撃する際に交わした約束だ。
思えばあれは、ただ焦り恐怖するばかりで混乱していた自分を落ち着かせる為の言葉だったのだろう。しかしその響きは真摯的で、決して口から出任せの、その場凌ぎの言葉ではないということはちゃんと伝わってきた。
たとえ絶望的な状況であっても、彼女はちゃんと約束を果たすつもりでいた。
でも結果的に、仕方ないこととはいえキラは大怪我を負った。それどころか、討ち漏らした敵を撃退するといった尻ぬぐいまでさせてしまった。
それが彼女の負い目になっていたのだろうか。
俯いて、こうして謝って、そんなの、彼女達は全然悪くないのに。
みんなもう一杯一杯だというのに、どうしてそれを責められるだろうか。
――なによりさっき、墜落しかけた自分を助けてくれたのは君じゃないか。

 

(そんなこと、気にしなくていいのに。君達が最善を尽くしてくれたことは、よくわかっているから)

 

律儀だなと思った。
その在りようはとても眩しく感じられた。
とある赤毛の少女が脳裏に蘇り、胸がチクリと痛む。口から出任せの、その場凌ぎの言葉で少女を傷つけた自分には、とても眩しい。
これは曇らせてはいけないものだ。

 

「大丈夫だよ。君はちゃんと約束、果たしてくれたよ」
「そう、かな?」
「そうだよ。だからこうして、ここにいられる。君にまた会えて嬉しいから」
「・・・・・・うん」

 

気づけば、くしゃりとその無防備な頭を撫でていた。
一瞬「しまった」と後悔したが、ええいままよと、そのままゆっくり労るように撫でてやることにする。
無事にまた会えた。それだけで充分。
それ以上はいらないと想いを込める。
――フレイ。こんな僕を見たら、君は笑うだろうか? ・・・・・・たぶん、やってられないと呆れかえるだろうな。
すると強張っていた少女の肩から力が抜けて、くすぐったそうにしながらもされるがままになった。
そうして汗と潮風でぱさついた髪の毛を梳いていると、瑞鳳から声をかけられる。

 

「響ー、キラさーん。羊羹あるよ。今のうちに食べちゃお?」
「Спасибо。頂こう」
「ヨーカン?」
「日本のお菓子よ。小豆は平気?」
「えと、大丈夫。甘いのは好きなんだ・・・・・・ありがとう」

 

ついで黒々とした長方形を三切れ盛った小皿が手渡された。
初めて見るそれは、小豆を主原料とした餡を寒天で固めた伝統菓子だそうな。
昔カガリがお土産として持ってきたお饅頭の中身みたいなものかなと思い、フォークもないのにどう食べたものかとキラはうっすら透明感のある艶やかなブツを眺めた。
すると響が、セットで渡された小さな木ベラみたいなものの使い方を教えてくれて、それを真似て一口大に。
・・・・・・うむ、美味しい。この羊羹とやら、なかなかデキるやつのようだ。
控えめで上品な甘さ、滑らかで上質な舌触り。これは個人的甘味ランキングのベスト5に食い込むかもしれない。
見てみれば榛名達も美味しそうに食べ進めていて、それはまさに平和そのものといった雰囲気だった。

 

(こうしているとホント、普通の女の子だよねぇ)

 

二人並んで羊羹を食しつつキラはつい、さっきまで響の頭を撫でていた掌を見つめる。
さて。
まったくファンタジー極まりない話だが、彼女達は艦艇の生まれ変わりで、艦艇だった時の記憶があるらしい。つまりは人間ではない、人在らざるモノ。霊的存在。
コーディネイターとナチュラルの違いなんて些細なものに思えるほど、根本的に異なる生命体。
自己紹介も『特三型駆逐艦二番艦の響』とか『金剛型戦艦三番艦の榛名』とか変な言い方だと思ったけど、船そのものなのだとしたら納得できる話だ。
それが本当なら彼女達は、自分よりずっとずっと長く戦い続けた戦士ということになる。
例えばキラでも知ってる有名な長門という艦艇は、進水したのが西暦1919年で、沈んだのが1946年だという。提督曰く、五年前に艦娘として横須賀に着任したらしいが、そう考えると年齢はなかなか貫禄のあるものになる――とかなんとか。女性の年齢ほど恐ろしい話題はないので、これ以上の詮索はできないが。
兎にも角にも、戦歴に関してはキラがヒヨッコ扱いされる、そんな世界だ。
あまりに認めがたいことだが、今の彼にそれを否定する材料はなかった。むしろ、今の自分の存在そのものがエヴィデンスになっている。

 

(兵器として生まれ、一度は死に・・・・・・そして再び戦うために産まれた彼女達は、一体どんな気持ちでこの海を眺めているのだろう。既に決定付けられた自分の『運命』に、なんて思っているんだろう)

 

そう考えるとなんだか複雑な気分になってしまうが、微笑を浮かべて羊羹に齧りつく響の姿を見ると、それもまた些細な事のように思えた。彼女らも血の通った一人の人間であることに変わりはないらしい。
少なくとも我が姉よりもずっと女の子女の子してるし。
この女の子を助ける為に、自分は立ち上がったのだ。
ありのままを受け入れようと思う。

 

「そういえば、その服はどうしたんだい? 見たところ軍服のようだけど」
「・・・・・・え、ああ。これ? これは借り物で・・・・・・ストライクの中にあったんだ。軍服だよ」
「へぇ。――なかなかいいデザインだね。白と黒で、私好みだな」

 

すっかり上機嫌になって早くも完食した響の興味が、キラの纏うザフト白服に移ったようだ。
クールな蒼い瞳をキラリと煌めかせ、まじまじと観察してきた。どこか大人っぽい立ち振る舞いの少女だが、こうしていると見た目の歳相応に子どもっぽい。それが何故か嬉しく思えて、キラは微笑んだ。
差し色の金もいいねと呟く少女に、結構バリエーションあるんだよと教える。
今となっては笑い話にできることだが、様々な陣営の軍服に袖を通してきたキラとしては、この白服が一番お気に入りだったりする。一番長く使用したということもあるし、なにより色使いがいい。
好みが一緒というのは何気に気分が高揚する。

 

「こういうの好きなの?」
「Да」

 

しかし実際のところ、今着ているこの白服を入手した経過は、決して笑い話にできるものではなかった。
この服は出撃の間際にストライクのコクピット、そのストレージボックスから回収・拝借したものだ。それ自体に問題はない。未使用であることを示す、しっかりパッケージされた予備用を貰ったのだ。
問題は、コクピットシートにべったりと、大量の血糊が付着していたことだ。
コクピットは文字通り血の海になっていて、驚きのあまりにコクピットハッチから転げ落ちそうになったものだ。
あれが大人一人分のものだとしたら、間違いなく致死量。
つまり誰かが、ストライクの中で死んだのかもしれないのだ。この白服は、その人の遺品なのかもしれない。

 

(ホント、謎ばかり増えてくな・・・・・・。はやく記憶戻らないかな)

 

今の自分は曲がりなりにでも生きているのだから、あの血はきっとこのストライクに乗ってた『前任者』のものだろう。
その『前任者』といい、酷使された機体といい、それに乗ってた自分といい、ストライク一つだけでも不明なことばかり。
もはやこの世界は謎しかないというのは過言だろうか。いや、過言ではない。
早急に謎が解明されることを祈って、キラは最後の一口を飲み込む。
それを見計らったようなタイミングで、榛名がポンと手を打った。

 

「さぁ、そろそろ休憩は終わりです。出撃しましょう」
「あと一踏ん張り! やっちゃうよー!」

 

けど、少しだけ。
戦場に出てみて、【Titan】と戦ってみて幾つかわかったこともあった。
少しずつだけど確実に、今この海域で起こっているという異変、その謎は解明されつつある。

 

「・・・・・・すいません、みなさん。少しいいですか?」
「キラ?」
「移動しながらでもいい。でも戦う前に。・・・・・・僕は、みなさんに話さなきゃいけないことがあります」

 

それは自分とストライクがここに転移した理由というか、その原因を内包する謎でもある。
なにもかも不明なことばかりで殆どが憶測の域を出ないものだが、それでもだいたいの当たりがついているのも事実。
キラは、自分は気づいたこと、もしかしたらということを第二艦隊の面々に説明すべく、その口を開いたのだった。

 
 

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