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《第5話:フラッシュバック》

Last-modified: 2017-09-14 (木) 23:30:38

「じゃあ、やっぱり?」
<ああ、ニュートロンジャマ−だ。このノイズの感じは間違いない>

 

通信機から、苛だった様子の青年の声が聞こえた。
それは天津風の懸念を肯定する言葉。
今、九州地方全域に起こっているという異変、その謎を解き明かすものだった。

 

「・・・・・・そう。なら二階堂提督の報告書にあった【Titan】って新型も、アナタの世界由来のものかしら」
<それも間違いないだろうな。ソレに使われてるってパーツ、モビルスーツのと特徴が合致してるんだ。写真もないけど、こうなったらそれも確定だ>
「仮説は大当たりってことなのね」
<ああ・・・・・・くそ、ふざけんなよ。どうしてこんな>
「どうしようもなかったんでしょ? 悔やんだって仕方ないわ」
<それでも、これは『俺達の責任』なんだ。嫌なんだよもう。知らなかった、仕方なかったで終わるのは>

 

呉鎮守府所属の艦娘、陽炎型駆逐艦九番艦の天津風は、溜息混じりに返答した。
彼が黒髪を掻きむしりながら眉間に皺をよせてる様が、ありありと想像できた。そんな顔してるからみんな怖がるのよと呆れる。
現在は11月3日の15時丁度。福岡県北方沖の男島近海。
窮地に陥った佐世保鎮守府に急行する呉の救援部隊は、関門海峡を越えていよいよ問題の領域に突入しようとしていた。新たに発生した磁気異常帯、深海棲艦由来のものとも異なるそれに支配された海が、十数余の艦娘の眼前にあった。
ちなみに空路は勿論、陸路も使えなかった。各地の信号機が故障しており、また本州に避難しようとする人間達でごった返しているのだ。ならば遠回りでも海路を征くしかない。五年ぶりの磁気異常に見舞われた海に、少女達はゴクリと固唾を呑む。
呉と佐世保は近所なこともあって交流も盛んだが、こうなると通い慣れた海も不気味に感じてしまう。
通信機のノイズは緩やかに、しかしどんどん酷くなる。これ以上進めば、艦娘同士の通信ならともかく、人間用の通信回線は使えなくなるだろう。呉で待機している彼に簡単なデータを送ることだって出来なくなる。
通信相手である青年からデータ取りを頼まれた少女は、その彼が唱えた仮説を思い出した。

 

(時空の壁ってやつを超えてやって来たなんて。否定はもう出来ないけど、突拍子のない展開よね)

 

あの台湾に落ちたという隕石、その時空間転移と共にやって来て、高知県沖に流れ着いて呉に保護された彼。
あくまで予想でしかない、というかそれ以外に思いつけなかったという前提だが、確かに彼の仮説で今の九州に起こっている異常事態は説明できる。
要約すれば。
陸にまで発生した広域磁気異常はニュートロンジャマ−・・・・・・自由中性子の運動と電波の伝達を阻害するジャミング装置のせいで、【Titan】は深海棲艦がモビルスーツを取り込んで進化したものではないかと。

 
 

台湾の隕石――いや、C.E. からワープしてきたアステロイドベルト出身の小惑星基地に、Nジャマ−とモビルスーツがあったからこその、この現状なのだ。

 
 

他の海域で似たような事例は報告されていないことから、やはり読みは当たっていたことになる。
あの隕石こそが全ての元凶、特異点だ。
不幸中の幸いであったのは、深海棲艦の出現によって国が原発全ての停止を決断していたことだろうか。敵の脅威を鑑みてのことだったが、仮にまだ原発を使っていたら今頃、電力事情でも頭を抱えていたかもしれない。
ともあれ。
その仮説はまったくもって大当たりだったわけだ。たった今、天津風の送ったデータがそれを裏付けた。
きっとなにもかもが真実を知る彼の言うとおりなのだろう。そしてまた、これは彼が責任を感じるべきものであることも。
詳細こそ黙して語らないものの、彼もまた被害者で、どうしようもない事情があったというわけだ。
しかし、それで直接被害を被った当事者としては、そう簡単に割り切れるものではないだろう。

 
 

ただでさえ厄介事ばかりのこの世界だというのに、巨大ロボットで宇宙戦争していた世界の問題まで持ち込まれたようなものじゃないかというのが、当時の率直な感想だった。
正直たまったものじゃない、そんなのは。

 
 

呉の人間でさえこう思うのだ。これが現在進行形で窮地に立たされている佐世保だったら、どうなるのだろう。
愚痴っていてもはじまらないが、まったくもってこの世というのは、いつだってままならない。

 

「とりあえず、それが原因だってんならやりようはある。そうでしょ?」
<そうだ。見つけさえすれば、あとは破壊するだけでいい>
「あのロボットで?」
<戦うさ。アイツさえ修理できれば、絶対に俺が破壊してやる。俺が終わらせるんだ>
「バカね」
<なッ! バカだと!?>

 

ただ、成すべき目標が提示されたことは素直に喜ぼう。
なんであれ状況を打開できるのなら、それに越したことはないのだ。
そして当面は一緒に戦うことになったこの男のことも、ひとまずは信じることにした。出会って以来衝突ばかりしてきたけど、彼は信頼に足る人物なんだから。

 

「バカよ。確かにアナタにも責任ってやつがあるのかもしれない、躍起になるのもわかるわ。でも、もうこれは私達の問題にもなってるのよ。・・・・・・一人で抱え込むことないじゃない」
<どういう風の吹き回しだよ?>
「それ私の口癖でしょ。なによ嫌がらせ?」
<お前あんなに俺に突っかかってきたじゃないか。そりゃ俺も他人のこと言えないけどさ、でもなんなんだよ>
「風向きが変わったってこと。特になんだってことはない――協力してあげるってことなの。・・・・・・さ、そろそろ通信切るわよ」
<え、あ、ああ。・・・・・・まぁその、なんだ、気をつけろよ天津風。お前にはまだ――>
「はいはい任せなさい。私達の為にも、あのロボットの修理の為にも、任務遂行した上でデータをたっぷり取ってきてあげる。はい通信終わり!」

 

ノイズが本当に酷くなってきたこともあるが、一連の会話になんとも言えない恥ずかしさを感じた少女は、一方的に通信を切ってうんと背伸びした。ちょっと火照った頬に冬の潮風が心地良い。
自分で見て、自分で考え、自分にできることを模索する人は、天津風は好きだった。
「誰かの為に何かを遺す」ことを信条としている少女としては、彼の覚悟は好ましい。昔は猪突猛進な直情型で考えなしのガキだったと自嘲してたが、なかなかどうして、今の彼はちゃんと大人をやっていた。
そんなことを言ったら、あの万年しかめっ面の彼も少しは喜ぶだろうか。
勿論、教えてあげるわけないけど。
ちょっと見直しただなんて、口が裂けても言うもんですか。

 

「天津風おっそーい! 置いてくよー?」
「急がないとヤバいっぽい。パーティーに遅れちゃう」
「ああ待って待って。今行くから――って島風! 先行しすぎ!!」

 

さて。
天津風はぴたんと頬を叩いて気合いを入れて、気分を戦闘モードに切り替える。ここからは艦娘の独壇場だ。
大急ぎで準備してようやく整ったこの布陣、無駄にするわけにはいかない。自分達の行動に沢山の運命が左右されるのだ。鎮守府の陥落は絶対に阻止しなければならない。
時間は有限だ。
少し遅れ気味だった天津風が再度合流した呉・佐世保連合艦隊は、佐世保を目指してついに無線封鎖領域に進入したのだった。

 
 
 

《第5話:フラッシュバック》

 
 
 

西に太陽輝く黄昏時。
雲一つない高い空を、一本の『矢』が過ぎる。
比喩でもなんでもなく何の変哲のない矢だ。シンプルな造りのものでこれといった特徴もありはしない、一般人がイメージする矢そのものといった感じだ。
そんな矢が、突如火焔に包まれると同時に、十数の小さな『飛行機』に分裂・変貌した。
正確には、一本の矢を媒介に、18機の飛行機が召喚されたのだ。まさに魔法。物理学もへったくれもあったものじゃないが、この世界では割とよく見られる光景だった。
奇跡も魔法も大盤振る舞いな昨今である。
矢に代わって空を征く、モスグリーンにペイントされたそれはあまりにレトロなレシプロ機。単発の可変式3枚プロペラを推進装置とした固定翼機であり、7.7mm機銃と20mm機銃で武装したその名を「零式艦上戦闘機」といった。
零戦とも呼ばれ、在りし日にはその圧倒的航続距離と旋回能力でもって旧大日本帝国海軍の主力艦載機として活躍した名機である。過去からやってきた幻影だ。
例によって縮小化しており、玩具めいた手のひらサイズはどこか愛嬌があった。
そんな70年以上も昔のロートルが今、十数機の編隊を維持したまま、21世紀の空を鋭く切り裂いた。その先には、黒々とした敵戦闘機の大群がある。
深海棲艦の航空母艦ヲ級から出撃した、真っ黒で流麗な三角形、どこか有機的でUFOみたいな機体。サイズは1m強で翼や推進装置といったものはなく、20mmチェーンガンと5inchロケット弾で武装した、敵艦載機としてはオーソドックスな部類だ。

 
 

数はほぼ同数、速度も約250ノットと互角な航空部隊同士が、真っ正面からかち合った。

 
 

先頭の一機が、真正面の敵戦闘機の機銃をヒラリと躱して、翼端に雲を引きながら逆に翼内20mm機銃をお見舞いした。続けて垂直に急上昇、無理な機動で機体は失速するが、ここでラダーを打って旋回し、機首が振り子のように真下へと向き直る。
ハンマーヘッド、若しくはストールターンと呼称されるマニューバ。
位置エネルギーを一気に運動エネルギーに変換し、直上から敵に狙いをつけて斉射。編隊を組んでいた僚機も下から突き上げるように射撃して、挟撃に持ち込まれた敵3機は瞬く間に粉々になる。
だがほぼ同時に、零戦側もまた敵機銃の直撃を受けて1機がバラバラになった。撃っては撃たれ、やられたらやりかえし戦闘機はどんどん墜落していく。
そのような光景が程度の差異こそあれ、この空域のいたる所で散見された。
互いが互いを喰いあう巴戦、持てる武装とスキルを総動員して運を味方につけて、目についたマヌケを片っ端から掃除する。己の役目を果たさんと、戦闘機達は忙しく宙を舞った。
戦況は若干、零戦側が優勢だ。
そんな乱戦模様の更に上空から、恐ろしいまでのスピードで急降下してきた12機のレシプロ機があった。
急降下爆撃機の「彗星」だ。
零戦の決死の猛攻でようやく確保した虚空めがけて、零戦と似たようなペイントを施された爆撃機はキャノピーを煌めかせ加速する。敵の対空砲火と戦闘機がカバーできない、それはぽっかりと空いた間隙だ。
唸りを上げてその一瞬を駆け抜けた彗星は、何者にも阻まれることなく深海棲艦の群れへと飛び込んだ。すかさず、腹に抱えた500kg級爆弾を切り離す。
零戦部隊の三割を削られながらも敢行された急降下爆撃。極低空から投下された十二発もの爆弾は、重力に従ってまっすぐ荒れた海面に突っ込んでいき、深海棲艦群のど真ん中で炸裂した。

 

「着弾確認――右翼重巡殲滅! よぉーし、このまま畳みかけます!!」
「瑞鳳は第二次攻撃隊発艦後、後退! 木曾、雷撃開始。穴を拡げますよ!」
「はい!」
「応! 出し惜しみはしない!!」

 

4マイル先の海に上がった爆炎、それを確認した瑞鳳は、周囲に水柱が並び立とうともまったく動じずにどっしりと弓矢を構えた。
外見上はなんてことのない和弓に矢を番え、キリリと弦を鳴らし。

 

「天山、発艦します!!!!」

 

天頂に向けて、射る。
勢いよく放たれた矢は一拍置いて、これまた火焔に包まれ6機の艦上攻撃機「天山」と成り、瑞鳳の指示通りに編隊を組んで「彗星」の爆撃に泡食った連中へと向かっていった。
これが航空母艦の力だ。
軽空母の瑞鳳や、装甲空母の翔鶴といった空母系の艦娘はこのように、かつての戦闘機を艦載機として自在に使役することができる。
夜間や悪天候では出撃できないという弱点はあるのだが、一転してお天道様の下であれば数の暴力によって戦艦以上の射程と火力を発揮できる、強力な艦種だ。制空権を確保した方が勝つというルールを、一方的に押しつけることができるからだ。
第二次世界大戦で猛威を振るい、以後の軍艦の在り方を決定付けたその実力は健在である。

 

「響さん、キラさん、突入準備は大丈夫ですか?」
「問題ないよ」
「僕も大丈夫」
「けっこう。榛名の砲撃後、前進開始。お姉様達の離脱を援護してください」
「了解、黒島で会おう。・・・・・・暁をよろしく」
「ええ、必ず。――では・・・・・・行きます!!」

 

そんな軽空母の少女の隣に立つ、身体中を煤まみれにさせた榛名の35.6cm連装砲が火を噴き、吐き出された砲弾が山なりの軌道を描いて、黒煙に巻かれた深海棲艦群へと降り注ぐ。遅れて「天山」も同座標に向けて攻撃を開始した。
艦隊の華であり主役、戦艦・空母による圧倒的飽和攻撃だ。それができる環境であれば使わない手はない常套手段である。制空権を奪われ蹂躙される一方の深海棲艦達はたまらず、砲弾の雨霰から逃れようと散開した。幾つかの攻撃は空しく海面のみを叩く。
だが、逃げた先が必ずしも安全とは限らないものだ。

 

「それで逃げたつもりなのか?」

 

ぼそりと、眼帯に覆われていない左目を眇めて、木曾が呟く。
直後、左右に散った深海棲艦が巨大な爆発によって吹き飛ばされた。重雷装巡洋艦としての究極的魚雷運用能力を備える木曾が、回避先を見越した上で射出していた魚雷だ。
20度刻みで扇状に投入された計40発もの酸素魚雷、その半数が敵を道連れに爆散した。多数の戦艦級や空母級が無様に沈んでいく。拍手喝采ものの大戦果である。
だがそんな景気の良い話も、この状況下では焼け石に水といった効果しかなかった。
第二艦隊による全力の連撃は、南西の水平線一杯に群がっていた敵影に小さな間隙を開けるのみに留まった。
とても小さな「穴」だ。
数えるのも馬鹿らしい数の深海棲艦によって形作られた黒く長大な壁、それの極一部にありったけの火力を集中させてようやく確保した、針の穴。
それこそが欲しかった。
その穴に命綱を通すこと。今の榛名達に出来る精一杯だ。

 

「どうか、無事で・・・・・・」
「やれるだけのことはしたさ。――行こう、オレ達も」
「そうね・・・・・・」

 

榛名は、急速に縮まっていくその「穴」目がけて疾走する響とキラの背中を眺め、祈らずにはいられなかった。
駆逐艦の少女と、駆逐艦と同レベルの速力・火力・射程を持ち、且つ飛行できて硬い遊撃戦力として評価された男。
命綱と呼ぶにはあまりにか細い糸だ。正直心許ない。不安だ。でも、後は二人を信じるしかない。
自分が行けたらどれだけいいだろう。それは慢心ではなく、送り出す者としての切実な願いだった。
だが、自分にあの針の穴は通れない。それ以前に、まだ空けるべき穴が残っている。彼女達と行動を共にするわけにはいかなかった。冷静に冷徹に、任務を遂行せねば。
覚悟を決めて、榛名は号令を出す。

 

「ッ、転進! 進路0-2-0! 第二艦隊はこれより、第三艦隊の援護に向かいます!」

 

南西に向かう響達とはまったく正反対の、北東へ。
南西から迫る敵群に背を向けて、力一杯の逃走を。
榛名達は先んじて北上していた瑞鳳の背中を追いかけ、これまた北に蔓延っていた敵に主砲の照準を合わせる。
前も後ろも、右も左も敵だらけ。これを倒さなければ、自分達に明日はない。そしてそれを成せる確率は、半日前に思い描いたものよりずっと下がっていた。
覆せなければ佐世保は陥落する。愛する人たちが、故郷が、いなくなる。
そんなことは。

 

「そんな勝手は! 榛名が!! 許しません!!!!」

 

現時刻は17時、救援の到着まであと約3時間。
血のように赤い夕焼けが燃え上がり、世界が紅蓮に染まっていく。
太陽が最も輝く時間だ。世にも美しいその輝きは、まるで消える直前に一際明るくなる蝋燭のような、まるで自分達が奮戦空しく敗れるという未来を暗示しているような、不吉なものに見えた。
そんな妄想を振り払うべく、榛名は41cm連装砲をぶっ放した。

 
 
 

 
 
 

「かたじけないネ、響。それにキラといいましたカ。助かったヨ」
「Нет проблем。お互い様だよ。礼も不要だ」
「――ふっ。・・・・・・実はとびっきりの茶葉を取り寄せてありマース。到着は明後日、腕によりを掛けて振る舞ってあげますネ」
「楽しみにしておこう」

 

金剛型戦艦一番艦の金剛。
榛名達四姉妹の長女であり、佐世保艦隊最高の練度を誇るエースがキメたウィンクは、傷だらけ煤だらけの姿であっても人を魅了する力を持っていた。こういう女性を傑女というんだろうなとキラは思う。
服装は榛名とお揃い、けどスカートの色が異なる、大胆なミニにカスタマイズした白黒の巫女服。所々穴が空いて血が滲んでおり、背の艤装も半ば崩壊してしまっている。いったいどれほどの激戦を潜り抜けたのだろうか。
いや、彼女だけじゃない。第一艦隊はみんなボロボロだ。しかしそんなことはおくびにも出さず、皆はあえて明るい調子で戦意を鼓舞し合っていた。ここに絶望に沈む者はいない。
金剛は残った砲を駆動させながら、特に明るく新参者に命令を下した。

 

「Chitchatはここまで。討ち漏らしの掃討、お願いするネ」
「7時方向から突撃してくるのがいるのです。重巡、軽巡、駆逐の混成部隊。数14、速度21!」
「早速出番ですネ! 響、キラ。その力、期待してるヨ。雷電ズは二人の支援!!」
「任された。行くよ、キラ、雷、電」
「うん。君とならやれるよ」
「合点! 行っきますよー!!」
「なのです!」

 

響とキラが全速力で「穴」に辿り着いたとき、そちらもまた全速力で駆けつけてきた金剛ら第一艦隊と合流することに成功した。
左右を敵に挟まれた状態でのランデブーである。
敵に包囲されていた第一艦隊の離脱を援護する為に、その指揮下に入った二人は早速、空母の翔鶴を中心とした輪形陣の一員となり敵を振り切るべく一目散にひた走ることになった。
目指すは北、佐世保湾から西に10kmの距離にある黒島だ。
当初想定していた最終防衛ラインギリギリに位置する、要塞化されたその島は、分断され散り散りになった佐世保守備軍の集合場所として設定された。ここに集い最後まで抵抗することが、佐世保守備軍に残された唯一の道だ。
もう後がない。
総崩れとなった第三艦隊、それの救援に向かった第二艦隊、そして孤立した第一艦隊。この全てが合流して、戦線を縮小させなければならないところまで戦局は進んでいる。
つまるところ、劣勢なのだ。
三つの艦隊と沿岸の戦車隊の連携によって戦局を有利に運んでいたつい先程までとは、うってかわった大ピンチ。敵はそんな獲物を数で押しつぶそうと、四方八方から迫ってくる。
まるで想定の埒外であった敵のある一手によって、瞬く間に防衛ラインを崩された。
綻びは空からやってきた。

 
 

まさか。
まさか深海棲艦が、航空輸送機を用いた空挺降下をしてくるとは思わなかった。

 
 

そう、裏をかかれたのだ。深海棲艦の行動様式は、艦艇のそれに準ずるという思い込みの。
船が空からやってくる、それも人類の飛行艇に乗ってなど、誰が考えられるだろうか。
隕石の落下以来、敵は途轍もない速度で進化していた。
だが実際、その可能性を憶測できるだけのヒントは既にあったのだ。少なくとも、【Titan】はモビルスーツのパーツを取り込んだものだと察知できたキラこそ、それを警戒しなければならなかった。
見通しが甘かったと言わざるを得ない。
台湾に落ちた隕石――キラを巻き込んで転移してきた、C.E. の小惑星基地かもしれないソレが、モビルスーツとNジャマ−をも連れてきたのなら。それ以外のモノがあったってなんら不思議ではないだろう。
奇跡も魔法も大盤振る舞いな昨今なのだ。
使用されたのは旧ザフトの大気圏内用大型輸送機・ヴァルファウだった。
4枚の主翼と4つの大型ローターが特徴的で、標準的なモビルスーツなら4機まで搭載できる高いペイロードを有する。かつて【GAT-X102 デュエル】と【GAT-X103 バスター】がアフリカに派遣された際にも使われたモデルだ。夜明け前に遭遇した【謎の戦闘機】と同じく真っ黒でどこか有機的になっていたが、その機能は健在だったのだろう。
繰り返しになるが、佐世保は西に機動性に優れた第一を、東に同じく高機動な第二を前衛として展開し、北に火力に優れた第三を後衛として鎮座させる鶴翼の陣で構えた。それこそ個々の艦隊による戦闘だけでなく、夜が明けて各艦隊の連携が可能になってからは艦隊規模で挟撃したり、片方が囮になったりと連携して防衛ラインを確実なものにできていた。
敵の別働隊や陽動隊にも対処できたし、再びやってきた【Titan】だってキラが合流してからは「ちょっと苦戦する程度」で倒せるわで、向かうところ敵無しだったのである。

 
 

これに対し、深海棲艦をしこたま詰め込んだ2機の輸送機は、第一と第二を飛び越えて第三艦隊――山城、鳥海、暁、白露――を上空から直接強襲したのだ。奇襲に浮き足だった第三艦隊は、完全に総崩れとなる。

 
 

ここで真っ先に状況を打破せんと動いたのが第一艦隊だ。
火力は必要不可欠。まず彼女らは強引に第三艦隊の救援に向かい、そのポジションを請け負うカタチで後退させることに成功する。
即座に合流するという選択肢はなかった。第三艦隊の面々は手酷い損傷を負っていて、とても戦える状態ではなかった。後退し、応急処置を施さねばマズい者もいた。金剛達は送り狼は一歩も通さんと、その場でラインを維持し、榛名ら第二艦隊から援軍が来るまで持ちこたえた。
あとは、その代償に敵に包囲されるカタチとなった第一艦隊が脱出すれば、道は拓ける。
黒島にはまだ一度も発砲していない大規模戦車隊が潜んでいる。もしもの為に温存していた切り札だ。そこに集った第二艦隊と第三艦隊との総火力をもって敵を釘付けにできれば、第一艦隊は離脱できるかもしれない。
まずは、そこまでたどり着けるかだ。

 

「左舷、タ級が・・・・・・きゃあ!?」
「損害報告!」
「――つぅ、翔鶴、中破! 飛行甲板は無事!! まだまだ戦えます!」
「にゃぁ。多摩も中破しちゃったにゃ・・・・・・」
「! 4時方向、敵艦載機接近! 数35!!」

 

黒島まであと9マイル。
第一艦隊は現在、左右と後方からの猛攻に晒されており、18ノットで蛇行していた。
黒島のみんなの射程圏内までは、早くてもあと20分強といったところか。前方の敵は榛名達が片付けてくれたので進路を塞がれる心配はないが、少しでも速度が鈍れば再び包囲される。
金剛達は敵が構成する巨大な円、その淵にいるのだ。
敵は馬鹿でも雑魚でもない。そうなれば5分も保たず壊滅させられる、絶体絶命の大ピンチだ。
だからこそ、榛名は響とキラを援軍として送ってくれたのだ。榛名達だってこの二人を重宝していただろうに。
ここで応えてこそ、姉というものだろう。

 

「翔鶴はタ級を黙らせテ! 多摩は右舷艦載機を迎撃、ヲ級とル級はワタシが料理しマース!」
「流星、発艦始め!!」
「にゃー!!」

 

金剛が一番・二番砲塔から対空榴散弾を放ち、同時に四番砲塔からの徹甲弾で確実に敵を屠っていく。
その傍らで翔鶴が矢継ぎ早に艦載機を放ち、多摩が対空砲で群がる艦載機を蹴散らした。これ以上はやらせないと気合いを入れ直した彼女達は、持てる火力全てで弾幕を張った。
目的は殲滅ではなく離脱だ。なるべく敵が近づけないよう砲撃を続ける必要がある。だが、いくら長距離砲で攻撃していたって、それを潜り抜けて近づいてくる奴はいる。
こういう時に頼りになる艦種が駆逐艦だった。
敵の注意もまた、此方の戦艦と空母に集中するからこそ、駆逐艦は随伴艦としての機能を求められる。

 

「ロ級、撃破したわ! 次行くわよ!」
「雷ちゃん! 後ろ!」
「ぐ、ぅッ!? この、よくもぉ!!」

 

響、雷、電の三人とキラは、縦横無尽に動き回って押し込まんとやってくる追撃部隊を迎撃していた。
駆逐艦は高速力・低火力・短射程が特徴の艦種だ。敵の死角をついて近接砲撃戦を仕掛けられる夜戦と異なり、視界が開けて艦載機と砲弾の飛び交う昼戦では直接の戦力にはならない。夜の空母とは対称的に、昼の駆逐艦は非力だ。
だがそれは決して、無力であるということではなく、むしろその小回りの良さを活かした迎撃任務にこそ真価を発揮する。この状況下で駆逐艦が増強されたのは喜ばしいことだった。
そしてお揃いの制服、お揃いの艤装が特徴の特三型駆逐艦――またの名を暁型四姉妹の三人は、まとめ役の長女たる暁が不在だとしてもきっちり護衛を全うできる練度の持ち主だった。
周囲に多数の水柱が並び立つなかでも果敢に前進する、栗色の髪と瓜二つの風貌をもつ三女と四女。あまりに似ているのでよく間違えられる雷と電は、片や豪快に、片や慎重に砲雷撃戦を続行する。

 

「雷!? ――くそっ、二人は下がって! キラ、私達でリ級を墜とす!!」
「ッ、わかった・・・・・・!」

 

だが、流石に分が悪い。
キラ達が加わって10分が過ぎた頃、電と雷が立て続けに被弾した。
二人の艤装の一部が砕け、戦力は大幅に低下する。

 
 

そして響が、先までの冷静な戦い方から一変して、弾けたように近接格闘戦に傾倒するようになった。

 
 

突撃癖どころではない。まるで特攻でもするかのように加速する少女は、誰が見ても明らかに暴走していた。
鬼気迫る、けどまるで地獄の淵を覗いたかのような恐怖に彩られた、青ざめた表情で次々と深海棲艦を薙ぎ倒していく。こんな表情に、キラは見覚えがあった。本当に心が氷になってしまったかのような、遠い記憶のそれ。
そうなっては誰も止められないことは、誰よりも知っていた。
できることは、彼女が自滅しないよう支えることのみ。

 

「あ、ちょっと!? もう、二人だけで突っ込むなんて・・・・・・! 電、合わせて!!」
「雷ちゃん大丈夫ですか!?」
「人のこと言えないでしょ! かすり傷よこんなの! とにかく、二人を援護するわ。魚雷用意!」
「――装填完了! 撃つのです!!」

 

キラが、せめてとばかりに前に出る。
今朝、あんた防御以外は駆逐級相当だよと告げられた時にはものすっごく微妙そうな顔をした青年は今、命の危機を肌で感じていた。この戦場は本当にヤバい。
異世界のスーパーロボット引っさげてきた助っ人が駆逐艦レベルだったというのは、誰にとってもショックな話だったが、今のストライクが力不足なのは事実だ。性能頼りと言いたければ言うがいい。だが事実、弘法筆を選ばずなんてのは嘘っぱちで、最善を尽くすのなら弘法だって筆を選ぶのだ。性能差というは物理的な制約となってモノの限界値を定める。
今のストライクの限界値では護衛の仕事をするだけでも精一杯で、且つ生き残る為に神経をすり減らさなきゃならない。最善を尽くせず、まったく余裕がない。
しかし、だからといって仮に万全のフリーダムを使えたとしても、ここをみんなで無事に切り抜けられる自信は生まれないだろうなと、キラは思った。ストライクだろうがフリーダムだろうが、個々の力でどうこうできる次元を越えている。

 

(まるで、オーブ解放作戦や、エンジェルダウン作戦の時みたいだ)

 

似たような状況を幾度も潜り抜けてきた経験があるからこそ自然にそう思える、切羽詰まった戦況だった。
まったくもって艦娘と深海棲艦というのはインチキ臭いと思う。これまで何度も強調してきた事だが、彼女らは艦艇をそのまま人間サイズまで凝縮したような存在だ。しかも数百人単位で運用することが大前提のソレとは違い、たった一人分の思考と身体だけで全ての行動をこなすことができる。つまり行動速度が段違いで、もはやその実、戦闘機やモビルスーツとほぼ同質のユニットになっていると言ってもいい。
そんなのが、この狭い海域に何十何百とひしめいている。飽和している。敵は圧倒的過剰戦力で、一気に此方を押し潰そうとしている。この状況でもなんとか戦闘を続行させている第一艦隊旗艦の金剛の采配には舌を巻く。
なればこそ。
なればこそ自分が前に出ないでどうするのだと、キラはあえて水上をホバリングして響の前に踊り出た。

 

「響は! 僕の後ろに!!」

 

ストライク用大型シールドを構える。
前方で幾つもの炎が迸る。
衝撃。
崩壊寸前のシールドがたわむ。だが構わず、キラは加速して弾幕の中を突き進む。その先には、重巡リ級2、軽巡ト級5、軽巡ホ級3、駆逐ロ級4がいた。正直、駆逐級のみで挑むには自殺行為な戦力差だ。
特にリ級はよりによって、2体とも赤々とした瘴気を纏った高ランクの個体たる【Elite】タイプ。生半可な攻撃じゃ墜とせないし、逆に相手は此方を墜とすには充分な火力を持っている。距離をとっては戦えない。
ならどうするか?
無理を承知で突っ込むしかない。あたかも夜戦のように、けれども砲弾飛び交う戦場を一直線に。もとより響はそうするつもりのようだ。
他の雑魚は無視して、二人は最優先目標の重巡リ級を目指す。アイツを放置させてはいけない。
しかし敵はリ級を守るように群がってくる。

 

「そこを、どけぇぇええええええ!」
「僕が先に仕掛ける! 連携で!!」

 

ビームライフルで牽制射撃をするキラの後ろについた響が、右肩の10cm連装高角砲を乱射する。
その砲弾はしつこく接近しようとしてくる駆逐級と軽巡級群を縫止めるように命中する。直後、先行する二人を追い越して疾る魚雷が、深海棲艦の鼻っ柱にぶち当たり派手に爆発した。雷と電が射出した61cm酸素魚雷だ。
計16発の魚雷と援護射撃、更に飛来した翔鶴の艦載機の助力もあって敵は次々と沈んでいく。
残るは軽巡ト級3とリ級2。たった5隻。
そんな深海棲艦達を目前に、少女の盾になるように先頭を征く青年は勇ましく叫びながらも、内心、いきなり膨らんでいく恐怖を押さえつけようと必死になった。
重巡リ級。
両腕に黒い盾みたいな金属パーツをつけている、真っ白い肌の女性型深海棲艦だ。キラが初めてこの世界に目覚めた夜に、自分を瀕死にしてくれたヤツである。その姿が徐々に近づくにつれ、嫌な汗が噴き出てきた。
キラが戦場に出てから、もう14時間が経っている。ストライクの出力不足を補う為に、もう数えるのも馬鹿らしいほど深海棲艦と格闘戦を演じてきたが、それでもリ級を目にすると死の恐怖が心臓を鷲掴みにしてくる。
装甲越しのモビルスーツ戦とは根本的に異なる、直接的な痛みと殺意の経験に、これ以上は進むなと身体が警鐘を鳴らす。

 

(でも、それでも)

 

異世界の戦いに介入した以上、ここで退くことはできない。
経過や詳細は不明だが、この戦いにNジャマ−とモビルスーツが関与しているのなら。その転移に『巻き込まれた者』としては放ってはおけない。
なにより。

 
 

「あの戦争よりはマシ」と言って戦場に身を置く少女達を背にして、退くことはできない!

 

意識を研ぎ澄ませ。集中しろ。
今の自分には力がある。

 

「ストライクでだって!!」

 

ようやく有効射程に入ったライフルを連射する。低出力短射程設定のその威力は貧弱で、駆逐艦の主力である12cm砲と同程度でありながら、射程はもっと悲惨だ。正直単純な砲撃戦じゃ役に立たない。
だからこれは布石。
エネルギー不足の荷電粒子ビームは、派手なくせしてリ級を貫けない。確実に有効打は与えている筈だが、ヤツは高をくくって被弾を気にせずまっすぐ直進してくる。それでいい。
キラは、おもむろにライフルを上へと放り投げてスロットル全開、エールストライカーの推力最大で一気に距離を詰めた。同時に響が横にステップして、全火力をリ級とト級にぶつける。

 

「Ураааа!!」
「はぁっ!」

 

虚を突かれたト級はまともに喰らって中破。リ級は慌てて両腕の盾を掲げてガードするが、直後その二つの盾の縁にそれぞれ、ガツリと金属製の刃が食い込む。
ストライクの予備兵装、超高硬度金属製の折り畳み式戦闘ナイフ・アーマーシュナイダーだ。力任せに振り抜かれた二振りのナイフによって強引にガードをこじ開けられたボディに、間を置かず響の錨が直撃する。たまらずよろけるリ級。
そこに機を逃さず懐に飛び込んだキラが、抜き打ちのサーベル一閃。
荷電粒子の刃、その切っ先がリ級を真っ二つに灼き裂いた。
一隻目撃破。
次。
危なげなく、これまでの戦いで研鑽したコンビネーション攻撃で排除した強敵には目もくれず、キラはもう一体のリ級へと斬りかかる。途中、落ちてきたライフルをキャッチして牽制射撃をしつつ、響の放った魚雷を飛び越すように海面を蹴った。
リ級は回避機動をとりつつ迎撃用機銃で弾幕を張ってくるが、如何せんストライクの装甲を抜くほどの威力はない。白服の表面で弾ける弾丸をものともせずに真っ正面から突っ込んだキラは、右のサーベルを真っ直ぐ突き入れた。

 

「!」
「――浅かったッ!?」

 

届かない。
敵も然る者、此方のリーチを読み切っていたのかバックスウェーで避けられる。同時に、ニタリと不気味な笑みを浮かべて主砲を撃ちかけてきた。

 

「この!」

 

8inch三連装砲、その砲口から飛び出した弾丸は、しかし青年の髪を一房引きちぎって背後へと抜けただけに留まった。高度な遺伝子調整を施されたコーディネイターとしての、長年ビームの飛び交う前線に身を置いてきた戦士としての反応速度が発揮された瞬間だった。
瞬時に身を屈めたキラは、その体勢のまま左のライフルでリ級の8inch三連装砲の砲口そのものを狙撃する。
いくらライフルが低火力だろうが、いくら敵の防御力が高かろうが関係ない。砲塔が内側から爆発し、その衝撃に煽られ混乱する深海棲艦は、更にキラの飛び膝蹴りと踵落としの連撃を喰らい、海面へと叩きつけられた。
そして次の瞬間、狙い澄ましたかのように襲来した魚雷が、倒れ伏したリ級の土手っ腹に命中した。
大きな爆炎が上がり、リ級はそのまま身じろぎ一つもせずに海底に沈み逝く。
二隻目、撃破。

 

「・・・・・・よし、これで」

 

なんとか、厄介な重巡級は全滅できた。
けどまだ、終わりじゃない。
戦闘は続いている。
キラはサーベルを背中に収納し、代わりにライフルを右手に持ち直した。ついで、ト級と戦っているであろう響の援護をしようと移動を開始する。こいつらを倒して、早く金剛ら本隊と合流しなければ。
残りはト級のみ。響なら全く問題ないと、キラは経験からそう確信している。
確信して、でも少しでも彼女を楽にさせようとライフルを構えた。

 
 

すると。
バスンッ、と。
響の艤装が黒煙を吐き出す様が、目に入った。

 
 

「え・・・・・・!?」
「・・・・・・っ!!」

 

機関の故障。全開で回し続けたツケが、今この時になってやってきたらしい。
よりにもよって、敵の目の前で。
動きを止めてしまった響、その顔面に傷だらけのト級が、左腕の砲塔をピタリと合わせてきた。
子どもの腕一本丸々飲み込む、巨大な口径の6inch連装速射砲。
そう知覚したキラは流石の反射神経を発揮して、無意識に駆けた。
電光石火。少女の前に飛び出して、咄嗟に、シールドを掲げる。
砲口から光が溢れる。

 
 

硬質なナニかが、砕け折れる音が、響いた。

 
 

「・・・・・・ぁ――」

 
 

             ――おい、しっかりしろよ! おいッ!?

 

                        ――ふざけんなよ! なんでこんな!!

 

     ――駄目だ、このままじゃ・・・・・・! 誰かいないのか!?

 

                      ――くそぉッ!! おい諦めんな!? 俺がアンタを――

 

「――が、ァあああああああ!!!!????」

 

キラの左腕が、あらぬ方向に折れ曲がった。
遂にシールドが粉々になり、同時にストライクの左腕フレームが限界を迎えた。元々かなりの負荷が溜まっていたのだ。それがリ級の砲撃で一線を越えて、キラ自身の腕がひしゃげ折れるというカタチでフィードバックした。
全身を引き裂くような激痛が遅れてきた。己の意志とは関係なく、掠れた絶叫が喉から絞り出される。
けど、それでも青年の意識は、たった今過ぎった記憶とおぼしき「声」のみに向いていた。

 

(なん、だ、今の。誰の声? 僕に向けた? わからない・・・・・・何があった?)

 

よく知ってる筈の声だった。
けどそれが誰のものだったか、どんな状況下だったのかまったく解らなかった。
一瞬のことで、内容も不明瞭だ。声音も、こうなっては男か女かすらも判断がつかない。
そんな記憶が突然、脳裏で再生された。青年はただ戸惑うばかりだ。
わからない。
わからない。
どうしてこんなことになっているんだろう。
意識が痺れる。
不意に、視界が真っ赤に染まる。
いや、違う。これは記憶だ。
燃えるソラに囚われて、誰かの夢と誰かの命が終わることを知る、そんな記憶だ。そうだ。どうしようもない何かが、あった。その時、僕は。
もう少しで何かが思い出せそうだった。
だが、そのまともな思考にすらなっていない徒然とした感慨は、少女が発した現実の声によって断ち切られた。

 

「――キ、ラッ!?」
「ぅ・・・・・・お、おおぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

意識が覚醒する。
そうだ、呆けている場合じゃない、敵は目の前にいる!
キラは背中のスラスターを全力で噴かし、且つ神懸かったコントロールで、仰け反り海面に倒れ込もうとしていた身体を跳ね上げさせる。
同時に照準、発砲。
此方に駆け寄ろうとしていた響を背に、鼻先に突きつけたビームライフルでト級にトドメを刺した。
それでやっと、終わり。
それは丁度、駆けつけてきた第二艦隊と第三艦隊の砲撃が、第一艦隊を取り囲んだ深海棲艦を一掃したのと同タイミングの出来事だった。

 
 
 

 
 
 

結果だけを言えば。
第一艦隊は危機を脱し、黒島に辿り着いた。響とキラの獅子奮迅の働きで、負傷者多数なものの死者は無し。
全員生きて再会することができた。
二人は命綱としての役割を全うした。

 
 

だが。
しかし、それ以上戦う力は残されていなかった。
戦闘継続が可能な者は、全艦隊合わせてもたったの6人。
その全員が多かれ少なかれ負傷している有様だ。ハッキリ言って、こんな戦力で約束の時間まで防衛するのは不可能だ。敵はどんどん南西からなだれ込んでくる。中には【Titan】もいた。
二階堂提督は30隻の無人装甲船を出撃させたが、それもすぐに鉄屑になってしまうだろう。使われなくなった漁船等を流用して製造される、重巡クラスの防御力を備える艦娘支援用の自走式遮蔽物は、攻撃能力を持たない。
打つ手がない。
戦力が足りない。
八方ふさがりだ。

 
 

これまでか。

 
 

佐世保を諦める、そんな選択肢が頭を過ぎった時だった。

 
 

トリコロールに彩られた鋼鉄の巨人が一機、黒島から藍色の空へと飛翔した。
その名は【GAT-X105 ストライク】。
隻腕の機体が、単身、深海棲艦の群れへと飛び込んだ。

 
 

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