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《第6話:不死鳥の炎》

Last-modified: 2017-09-14 (木) 23:37:52

「ごめん、つきあわせちゃって。でも・・・・・・」
「いいよ。私だって、このままじゃ終われない」

 

鋼鉄の巨人、ストライク。
そのコクピットでキラの膝の上に座った私は、いろとりどりに輝くディスプレイを眺めながら、唐突に「過去」を思い出していた。
それは1940年代、その前半。
人類にとっては70年以上も昔、多数の艦娘にとっては主観的に10年内の出来事として認識されているそれは丁度、太平洋戦争が始まり、そして日本が敗戦国として終わった時代だ。
当時、意志も思考もなにもないモノ言わぬ兵器であった【大日本帝国海軍特型駆逐艦22番艦の響】は、何度大破しても沈まず、その度に復活しては戦場に出ることから「不死鳥」とも称され、不沈艦として終戦まで戦い抜いた艦艇だ。
あの戦争を経て生き残った艦艇は少ない。
【響】は四姉妹の次女として建造され、後に【暁】、【響】、【雷】、【電】の四姉妹揃った第六駆逐隊の一角を担った。しかし、彼女らは【響】を残して皆沈んでしまった。立て続けに、一人は手の届く場所で、死んだ。
私は独りぼっちになった。
別に珍しいことではない。そんな経験は艦娘であれば、似たようなことは沢山あったろう。たった数年で沢山の艦艇が沈み、沢山の人間が死んだ。【響】よりも辛い経験をしたモノも多かっただろう。
自分が、搭乗員が死ぬ瞬間を明確に覚えている者もいる。凄惨そのものだったよ、あの戦争は人間にとっても兵器にとっても。
そのように「記憶」は告げている。

 

「いや、でもさ。囮になって時間を稼ぐんだ。それって集中砲火されるってことだよ。それでも?」
「上等さ。それに囮になるなら、ちゃんと動けなきゃダメじゃないか」
「それは・・・・・・そうだけど」
「それに、あなたは私を守ってくれるんだろう? 騎士様は?」
「へ?」

 

この人間の躰で生まれ変わって、そういえばあの時はと思い起こす、鮮明すぎる前世の記憶。
私、艦娘の響という存在にとってのそれは、悪夢でしかなかった。
己に乗船していた者の姿形、その情念、その記憶すらも混じり合って構成された記憶は、痛い。艦娘となって姉妹と再会してからは、もっと痛くなった。誰かが傷つくと、死にそうな気分になる。
独りは怖い。
心が氷になりそう。
この先もずっと怯え続けるだろう。
この記憶は、きっと、乗り越えられない。
生き残れたことを僥倖と思うべきなのに、「死に損なった」と思う自分には。生き残った喜びよりも、後悔と無念が先に立った自分には。戦後に解体処分されることなくロシアに賠償艦として引き渡され、死に場所すら奪われたまま30年の時を刻み、何も成せないまま生涯を終えた自分には、重すぎる。
罪悪感。
私はきっと、赦されることはないだろう。
誰に?
わからない。
何を?
わからない。
何故?
それも、わからない。
己の過去が、己の想いが、私を幾重にも締め付ける。お前にその記憶から逃れる術はないのだと。お前は誰も救えぬまま、孤独のままなのだと、誰かが私に告げる。
そんな感傷に追い詰められた「過去」が、私にはあった。

 

「ふふ。氷のお姫様としては、頼れるナイトを所望するよ」
「――んな!? ちょ、それ、聞こえてたの!?」
「しっかりと。なかなか可愛らしいな? ――・・・・・・、・・・・・・とにかく、私はやるよ。最後まで抗ってみせる」
「あ・・・・・・、・・・・・・わかった。じゃあ、頼りさせてもらうよ。僕らでみんなを守るんだ」
「うん」

 

今も尚、その「過去」を克服することはできていない。
クールで飄々とした態度を気取っていても、心の底にこびりついた畏れと怯えは消えなかった。
言っておくが私は別に、自分が特別だなんて思っちゃいない。
この想いは、この恐怖は、みんなが等しく持っているものだと思う。榛名も木曾も、瑞鳳も、私の姉妹達も。みんな、みんな。誰もが何かを失う恐怖と戦っている筈なんだ。みんな自分達の姉妹が心配なんだ。
この一連の戦いで、佐世保に38人いた艦娘も13人までに減った。今日の戦いでは更に7人が負傷した。こんなにも沢山の仲間が傷ついたのだ。みんなが皆、身を引き裂かれるような思いでいるのだ。
けれどみんなはぐっと堪えて、成すべきことを成すと、今度こそ大切なもの全てを守ってみせると、記憶を乗り越え戦っている。
私にはできない。
どんなに覚悟しても、昔から。「過去」が覚悟を土台から崩しにかかる。

 
 

つまり、きっと誰よりも弱いのだろう。

 
 

ちょっとしたことで自分を見失ってしまう私は、弱い。独りぼっちで生き残ってしまったこの身には、また誰かが傷ついてしまうこの現実は重すぎる。せっかく再会した姉妹達がいなくなると想像しただけで吐き気がする。
ちょっとデリケートすぎやしないか、私の精神。
そうだ。私はこの世に生まれ出でた五年前から、ちっとも前に進めていない。また、取り残されている。永久凍土のように変わらず、いつまでも弱いまま、記憶に怯えたまま。
でもこのままじゃいられない。「過去」は乗り越えなくちゃならない。
弱い自分だけど、守りたいものがあるから。
強く在らなくては守れないから。
まだこの手にチャンスがあるのなら、抗わなければならない。
脅迫的なニュアンスを含む、ひどく感傷的なその思考。
だから、後に師匠と呼ぶことになる艦娘に教えを請うた。苦笑いして「オススメはしないけど、仕方ないっぽい」と自分を鍛えてくれた彼女のおかげで、戦闘技術だけは一人前になることができた。

 

「いこう・・・・・・ストライク、戦闘ステータスでシステム再起動。OSダウングレード、エマージェンシーモード。響、両手を操縦桿に」
「神経接続、リンクスタート・・・・・・? ・・・・・・あ、操縦補助システム、更新完了したみたい。これでやれるの?」
「君が新しい担い手として登録された。やれるよ、その心のままに」

 

いつしか悪癖として染みついていた自分の突撃戦法は、こうして生まれた。相変わらずの悪運の強さと己の適性を振りかざした、強引な戦い方。誰かを守るなら一番確実な手段だと。
無意識の内に、接近戦に拘ることで何かが赦されると思っていた。
もはや自分の事は勘定に入れていなかった。
けれど。
それでも、自分にできることは小さすぎる。わかっていても、やはり守れないものは沢山あった。
いつだって大事なものは遠ざかる。遠くで、近くで、いくら自分を捨てて頑張ったって届かないものがある。手に入れた強さはまだまだ足りない。「過去」を振り解くには足りない。
暁が重傷を負った。
雷と電も、もう戦えない。
一番大好きな姉妹達を、また。また、私は護れなかった。
そして目の前で、キラの左腕が折られた。折らせてしまった。私の弱さのせいで。
私も無理が祟って艤装がイカれてしまって、どうしようもない。
このままでは、誰も救えないまま独りになってしまう。
それがとても恐ろしい。
まだ自分にはできることが、抗えることがある筈なのに。己の感傷に振り回されて、他のみんなに迷惑や心配をかけている自分なのに。このまま戦線離脱なんてしたら、本当にもうどうしていいのかわからなくなる。
だから。

 

「キラ・ヒビキと、響。ストライク、行きます!」
「う、わぁ!?」

 

私はこの人の左腕になることを決めた。
囮役を買って出たその意志に賛同して、心配してくれるみんなを、負傷しているにも関わらず単独で出撃しようとしていた彼を説得して、同乗して戦うことをなんとか納得させた。
まだ道はあるのだ。
使い物にならなくなった艤装を解除して、彼の膝の上を陣取る。
これは意地だ。
これは贖いだ。
左腕が使えない彼に代わって握る操縦桿を、目一杯前に倒して。彼がペダルを力一杯踏み込んで。
ストライクと名付けられた隻腕の機械人形が、単身、深海棲艦の群れへと飛び込んだ。

 
 
 

《第6話:不死鳥の炎》

 
 
 

「船を盾に回り込んで! スロットル下げ、操縦桿を右に!」
「こう!?」
「うまい! 四肢全部で慣性をコントロールするんだ!!」
「基本が同じなら・・・・・・! 頭部機銃を撃つ!」

 

深海棲艦の集中砲火、戦車隊の支援砲撃が乱れ飛ぶ戦場を、ストライクが不格好に揺れながら駆けた。
響が操縦する機体は波を蹴立てて、スケートのような格好で水上をホバリングする。その背後からは黒島を目指していた敵群が一様に追いかけてきており、ストライクの排出する青白い炎も相まって、まるで誘蛾灯にでもなった気分だ。
なにせ18mの巨体であれば、狙いやすいことこの上ないに違いない。目論見通りに射撃の的になったキラ達は、今度は黒島から離れるように西へと進路をとる。できるだけ多くの敵を、できるだけ遠くへ。
囮としてこれ以上はないだろう。
白を基調に青と赤で彩られた機体は、敵の執拗な攻撃からぎこちなく逃げ惑い、30隻の無人装甲船の影を縫うように右へ左へとスラスターを噴かせてはフレームを軋ませた。色鮮やかな装甲には傷一つないものの、被弾する度になにかのパーツがポロポロと海に落ちていく。ショックアブゾーバーも完全に壊れたらしい。
エネルギーが続く限り、物理的な衝撃に対しては絶対的な防御力を発揮するフェイズシフト装甲が、遠慮容赦なくバッテリーからエネルギーを吸い上げていく。
ギチギチと、嫌な音がコクピットまでに届いている。
モビルスーツとしての寿命が、刻々と迫ってきている。
遮蔽物として使わせてもらっている装甲船が、次々と轟沈していく。全長200m、排水量12 ,000t級の重巡洋艦が紙のようだ。改めてその破壊力に戦慄する。
長くは保たない、キラはそう悟りながら四枚のペダルを連続的に蹴りこんで、全身のスラスターを制御する。響の操縦とリンクするように、機体に負荷をかけないようにと、いつもよりずっと繊細な操作が要求された。

 

「外れた!」
「照準は合ってる、そのタイミングでいい。3時方向に移動して」
「う、うん・・・・・・って、敵の本隊じゃないか!?」
「突っ込むんだ! スロットル最大!」

 

つい先程まで不思議な力でキラと一体化していたストライクだが、今は同化を解除して元の巨体を取り戻している。つまり、普通の18m級モビルスーツとしての運用を可能としていた。
基本的にモビルスーツの状態であろうとキラと同化していようと、その性能や能力に差はない。速度も火力も防御力も据え置きだ。強いて言うなら、空気抵抗や投影面積を考えるなら、同化状態の方が機動力の面で圧倒的有利であろう。人間が、たかが時速1〜2kmぐらいしか出せない蚊を捉えるのに苦労するのと同じだ。
ただしリーチについてはお察しだが。
そう考えたキラは実際に、ストライクと一体化して戦闘に参加した。機体を操縦するような感覚で、己の躰を振り回してきたのだ。
艦娘の艤装と同じく摩訶不思議な原理原則によるものだ。考えるだけ無駄なので、そういうものとして納得するしかない。
だが今は普通のモビルスーツの巨体こそが必要で、そのコクピットに収まった響とキラは、なんとか囮の役割を果たそうと二人して懸命に機体を操っていた。
パイロットの掌部末梢神経から傍受した電気信号を、姿勢制御のサポートに使用する「神経接続型操縦補助システム」を響が使っている以上、操縦桿を握るメインパイロットは彼女。キラがそれ以外の担当で、ぶっつけ本番の二人三脚に挑む。
そんな彼女らの目前で慌ただしく情報を更新するモニターが、主観的に豆粒大になったル級とタ級、更にヲ級が同時攻撃してくる様を出力した。

 

「突っ込むって――わっ!?」
「舌噛まないでね、ジャンプするよ!」

 

殺到する火線にアラートがより一層喧しく喚き、泡を食った少女のほっそりとしたお腹を、青年はなんの前触れもなく右腕でギュッと抱き込んだ。背面スラスター全てが全力稼働し、機体は一息にトップスピードへ。
急激な加速Gに息がつまる。
パッシブセンサーの出力も上げてデュアルアイを煌めかせたストライクはぐっと身を沈めて、勢いよく空高く舞い上がった。脚部スラスターによる跳躍、その高度は200mに達している。文字通りスケールの異なる鋭い機動に、深海棲艦達はデカい的であった巨体を見失った。
待ち構えていた敵の本隊と、追いかけていた部隊は獲物を見失ったまま合流し――直後、沿岸の戦車隊が吐き出した榴散弾が、そいつらを纏めて薙ぎ払らった。

 

「今!」
「ッ!」

 

そこに、着水したばかりのストライクの頭部機銃――75mm対空自動バルカン砲塔システム・イーゲルシュテルンが追い打ちにかかる。
艦艇に使用される対空機銃よりも口径は小さいが、そこはC.E. 70製ガトリング機関砲、威力は折り紙付きだ。ビーム兵器は極力使用せず、連携で敵戦力の一角を削った。

 

「よしいける、これなら・・・・・・って、響? 大丈夫?」
「め、目が回る・・・・・・これはちょっと、思ってたよりキツいな」
「頑張って。あと少しだ」
「ッ、――やるさ。不死鳥の名は伊達じゃない。次はどうすればいい?」
「なら、今の要領でいこう。少しずつ戦力を削るんだ」
「うん・・・・・・! さぁ、もっとこっちに来い!!」

 

ぶんぶんと頭を振って気を取り直した少女。
目一杯伸ばした手で握った操縦桿を、青年の指示になんとかついて行こうと必死に操作する。
そして。
5分もする頃にはその様もだんだんと洗礼されてきて、ギクシャク動いていた機体もだいぶスムーズになっていた。ノイズばかりのレーダーを分析して、今や自分で次の行動に移ることができている。
いつもとはまったく勝手の違う戦闘に、よくもここまで順応できるものだ。
膝に座る少女が動かしやすいようにと随時機体パラメータを更新しながらも、キラは内心感服した。
OSは初心者用の簡易設定とはいえ、予備知識無しの初めてで、しかも操作を分担するというイレギュラーであるのに、なんという飲み込みの早さだろう。もうちょっと大きくなってペダルに足が届くようになって、更に鍛錬すればかなりの腕になるかもしれない。
結局、彼女が正しかった。
彼女がサポートしてくれるという申し出には若干、いやかなり面食らったものだが。この分なら、左腕が使えない自分一人が戦うよりずっと役に立てる。本当に、黒島に集った佐世保守備軍が体勢を立て直すまで、敵の注意を引きつけていられるかもしれない。
どのような事情や思惑があるにせよ、この娘には本当に世話になりっぱなしだ。
いつかちゃんとお礼をせねばなるまい。
救援がいつ来るのか、本当に来るのかが分らないこの状況で、まったくいつもの自分らしくない『自己犠牲』に付き合わせてしまっているのは、心苦しいが。

 

(あとはストライクさえ・・・・・・)

 

もうちょっと頑張ってくれよと、キラはそっとディスプレイを撫でた。
ストライクのエネルギー残量も少ない。動けて30分がいいとこだろうが、けれどこれでも当初の予定よりは多いほうだと腹をくくる。

 

(ストライクが動かなくなるのと、敵に撃墜されるの、どっちが早いかってところだけど・・・・・・!)

 

黒島でちょっとだけ充電できたし、なにより午前中の戦いでは、助けてもらった借りを返すと木曾さん達が奮戦してくれたおかげでエネルギーの節約ができたのだ。それに報いる必要がある。
最後の最後まで、やってみせよう。
自分にとっても彼女らは命の恩人なのだから。
この佐世保に流れ着いて、四日間眠りっぱなしであった自分。彼女らが救助してくれなければ、戦い続けていなければ、自分はとっくに死んでいたのだ。そしてこの娘に出会わなければ、まだ迷っていたかもしれないのだ。
だから囮役を買って出た。
絶対、この役割は失敗できない。

 

「・・・・・・ストライクもね、不死鳥って渾名を持ってるんだ」
「それって・・・・・・」
「僕の知っている限り、四回は大破してるんだよ。それでもパイロットは全員生還させて、また戦場に出て」

 

そうしてエネルギー残量が1割を切ったつい先程、ストライクの右腕までもが反応しなくなった。
肩のジョイントから火花が散り、指先一つ動きやしない。両腕が使えない。
同時にこちらに追いついてきた【Titan】のビームライフルで、エールストライカーの片翼と腰部装甲が吹き飛ばされた。頭部機銃で応戦するが、それもすぐに弾切れ。
ようやっと黒島から再出撃した艦娘からの援護は期待できない。彼女らも自分達のことで精一杯だし、なにより遠い。そもそも近ければ意味がない。
万事休す。
南無三。
一時的に操縦の主導権を返してもらったキラが、折れた左腕を使ってでも反撃せんと操縦桿を動かす。
敵の攻撃を、際どく後方宙返りで回避。その際、180度逆さまになったタイミングでアーマーシュナイダーを一つ射出し、落下するそれを宙返りの勢いそのまま足の甲で掬い上げて、更に回し蹴り。リフティングとボレーシュートの要領で放たれた巨大なナイフは寸分違わず【Titan】の喉元に突き刺さり、その無力化に成功した。
代償に青年は悶絶し、機体の右足から黒煙が上がる。
二人して汗だくになりながら、キラは根拠のないジンクスを口にする。

 

「だから不死鳥?」
「そう。別の個体も合わせてだけどね。・・・・・・だから今度もきっと、大丈夫なんだ」
「хорошо。それはまた、あやかりたいね」

 

尚悪いことにフェイズシフトも落ちた。
装甲から色が抜け落ち、元々の暗い鉄灰色に戻っていく。防御力はそこらの通常装甲並のものとなり、どんどん傷だらけになる。咄嗟に身を捻ったから助かったものの、ル級の砲撃で左肩部装甲が脱落した。
不死鳥が二人なら、なんとかなると思わない? なんて嘯くキラは必死の形相でキーボードを叩き、なけなしのエネルギーを最後まで搾り取ろうと思考を加速させる。予備電源もフル活用して、逃げる算段を立てていく。
離脱を開始する。
これでもう、充分だ。
できること、やれることをした。
その巨体で戦場をかき回すだけかき回し、目立ちに目立った挙げ句【Titan】すら葬ったストライクは、今や注目の的だ。おかげで敵の戦力の大半を、黒島から10マイルも西の海域まで誘導することができた。
これでたった6人だけの佐世保守備軍も戦いやすくなっただろう。囮の役割は果たせたわけだ。
あとはここからどう安全に離脱するか。
背後から迫る深海棲艦の大群。その砲撃に晒されたストライクは撃墜される寸前だった。兵器としてはもう完全に死んでいる。スラスターと制御系が生きていることが奇跡だった。それももう1分も保たないだろうが。
しかし。

 

「響。ちゃんと君は、僕が守る。絶対にやらせはしないよ」
「頼りにしてるよ、キラ」

 

「生きること」への強い渇望を持つ青年と、「過去」を乗り越えたい少女は、決して諦めない。
抗うことを止めない二人はこの絶望的な状況を退けるべく、最後の賭けに出る。

 

「砲撃、来た!」
「エールストライカー、パージ!!」

 

勝利を確信した敵の一斉射。
パッシブセンサー全開。
弱々しくもその瞳を輝かせた機体が、軽くジャンプする。
ついで機体背部から切り離された高機動戦闘用装備・エールストライカーが、敵の総攻撃を一身に受け、爆散した。
すっかり暗くなった空に一際明るい爆炎が輝き、それは鉄灰色の機体をも朱く照らし出しては飲み込み破壊する――はずだった。

 

「しっかり捕まっててよ!!??」
「ッ――!!!!」

 

再びストライクをその身に取り込み同化したキラが、響をお姫様だっこするように抱きしめながら、爆風に煽られてくるくる飛んでいった。
同化するといっても重量がそのまま加算されるわけではない。そこに現人類が思い描く質量保存の法則は通用しない。小さな二人は炎に飲み込まれるより前に、ふわりと熱風に乗ってその殺傷圏から離脱したのだ。
同時に、ストライカーの爆発を目眩ましに深海棲艦の索敵から逃れることにも成功した。敵からは、鋼鉄の巨人がいきなり消えたか、撃墜できたように映っただろう。
何かが少しでもズレていたら成立しなかった絶妙なタイミング。
それを見事に掴んだ二人は炎に灼かれることなく、最後のエネルギーを振り絞ってなんとか緩やかに着水することに成功した。
着水し、その場で尻餅をつく。

 

「わっ、と!?」
「痛ぅ・・・・・・、・・・・・・うまく、いった?」
「みたい、だね」

 

しっかり抱いていたはずの少女も放り出され、二人ともびしょ濡れになる。運良く浅瀬で、溺れることはなかった。
そこは壊れてしまっている灯台が設置された小さな島、長崎県平戸市の尾上島の近く。
キラと響は、もうそこから動くことが出来なかった。体力と精神の限界だ。膝が笑って、息も上がって、身体に力が入らない。持てる総てを出し尽くした。
事実上の戦力外通告。スッカラカンになったストライク同様、これ以上なにもできそうにない。
すぐ近くには深海棲艦が徘徊しているが、それでもだ。
見つかれば今度こそ終わりだ。殺される。
だが。
幸いなことに、無防備な二人が敵に見つかることはなかった。
奴らは暗視能力を持ち合わせていない。この20時の暗闇に紛れた二人を再び捕捉するのは不可能なのだ。
そう、20時だ。
約束の時間である。

 
 

「――より取り見取りっぽい?」

 
 

座り込んだ二人の隣を、黒き疾風が駆け抜けた。
月明かりに照らされた金髪と、黒い制服を靡かせ疾る少女。その背には巨大な鋼鉄の兵装。
見間違いようがなく、その後ろ姿は艦娘のものだった。
青年が初めて聞く声、初めて見る姿。
少女が久々に聞く声、久々に見る姿。
そしてそれは勿論、彼女一人だけではない。
つまり――
「よし、持ちこたえてたわね! 呉・佐世保連合艦隊!! 砲雷撃戦よーい!!!!」
「島風は夕立のフォロー! 由良と鬼怒はそこの二人を救助して!」
「りょうかい! 島風、突撃しま〜す!!」
「はい! そこの二人、大丈夫!?」

 
 

待ちに待った救援が、到着した。

 
 

「比叡、私達で道を切り開くわ。金剛お姉様直伝のフルバースト、決めますよ!!」
「まっかせなさい霧島! この比叡、通常の3倍の気合! 入れて!! いきます!!!!」
「帰ってきたぜ佐世保! 行くぞぉ天津風、阿武隈!! この摩耶様に続けぇー!!」
「了解!」
「阿武隈、ご期待に応えます!」

 

ぞろぞろと。
十人十色。
千差万別な少女達が。
戦場に雪崩れ込んでいく。
目がくらむほどの閃光。
頭痛がするほどの轟音。
腹まで響くほどの衝撃。
文字通りに世界が一変した。
今までの大苦戦が嘘のように、北西からやってきた十数余の艦娘達による攻撃で、深海棲艦達はあっという間に蹴散らかされていった。ブルドーザーもかくやといった凄まじい快進撃。
誰も彼もがピカピカだ。初めて会った時からズタボロだった佐世保のみんなとは全く対称的な、どこまでも希望に満ちあふれた戦士の出で立ち。元気いっぱいに景気よく砲弾をぶっ放す様はなるほど、戦場の女神という形容詞がピッタリだった。
本当に、来てくれた。
来てくれた!!
「ぃよぉし、腕が鳴るわね! ビスマルクの戦い、見せてあげるわ!!」
「フフッ、夜戦か。いいだろう・・・・・・このグラーフ・ツェッペリンがただの空母でない所を見せてやろう」
「お〜、いいですねぇ夜戦〜。やっ、せっ、ん〜! 行ってみ〜ましょ〜! やっ、せっ、ん! 呑まずにはいられない〜!!」
「敵艦発見、砲戦用意! ポーラ? お酒はぜーったいダメだからね?」
「アッはいザラ姉様。ポーラ、お酒はモチロン飲みません・・・・・・」
「あ、あの・・・・・・私の、ビスマルクの戦いを・・・・・・」

 

なんか漫才してる一団もいるが。

 

「さてさて熊野。アレをやっちゃうよー」
「ええ、よくってよ鈴谷」
「おぉうアレやるの二人とも? こりゃ負けてらんないね大井っち」
「あら北上さん、じゃあ私達も」

 

なんか合体必殺技を繰り出してる人もいるが。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる。――あたしは帰ってきたぁッ!!」
「また世界を縮めちゃった・・・・・・! 私には誰も追いつけないよ!!」

 

由良と鬼怒という少女達に背負われたキラと響は、思わず顔を見合わせて、力なく苦笑した。
なんともまぁ賑やかなものだ。
何十回と渡った綱渡り、その対価としては妥当なところなのだろうが、この花火大会最前列みたいな姦しさはなんだ。感慨もなにもなく、まったく、ついこちらも釣られて笑いがこみ上げてくるじゃないか。
というか笑うしかない。乾いた笑い声が二人の口から漏れ出した。
その時、遠く南東の方面でもチカッと光が瞬いた。

 

「あれは・・・・・・?」
「きっと、鹿屋のものだろうね。よかった・・・・・・これでもう、本当に」

 

広島の呉鎮守府と、鹿児島の鹿屋基地。
佐世保のお隣さん的存在で、今回の騒動で修復施設を失った佐世保鎮守府に代わって、負傷した艦娘達の治療を引き受けてくれたのだという。
その流れで佐世保救援部隊を結成してくれて、元気になった佐世保所属の艦娘を伴って今ようやく到着してくれた。呉は北から、鹿屋は南から。
役者は揃った。反撃の始まりである。
今の二人に知る由もないが、呉からは22名、鹿屋からは27名と、49人もの艦娘がこの海域に集っていた。一大決戦級の大規模作戦だ。この規模の艦隊が動いた例はそう多くない。戦況は完全に形勢逆転した。
特に佐世保所属艦の働きは素晴らしく、不死鳥の如く蘇った彼女らの戦果はかつてないものになっていた。
その勢いは誰にも止められない。
この海域から深海棲艦が一掃されるのも時間の問題であろう。
また、黒島からは信号弾が上がった。
それは金剛が打ち上げたもの。救援の到着に気づいた佐世保のみんなが、自分達の状況を伝えるべく空高く放った光の玉だ。
込められた意味は二つ。
私達はここにいる。誰一人として欠けてはいないと。

 
 

間に合った。
佐世保は、救われたのだ。

 
 
 

 
 
 

その後、一夜明けて11月4日の8時。
夜通しかけて、この海域全ての深海棲艦とその泊地を掃討した連合艦隊は、半壊した佐世保鎮守府に集っていた。佐世保所属は復帰した者を含め38人、呉と鹿屋からそれぞれ12人ずつ、総勢62人の大所帯だ。

 

「暁ー!!」
「響! よかった、無事――わっぷ!?」
「暁・・・・・・本当によかった・・・・・・大破しちゃったって聞いたから・・・・・・」
「あぁもう泣かないの。レディーはそう簡単に泣いちゃいけないんだから。・・・・・・無事よ、ちゃんとね」
「うん・・・・・・」

 

鬼怒に背負われようやく戻ってきた響は、一目散に暁に抱きついた。
意外なことにあのクールな少女が大粒の涙を流して、思いっきり泣きじゃくっている。
そんな彼女をよしよしと慰めているのが、彼女ら四姉妹の長女である、暁だ。深い菖蒲色の髪と瞳は、全体的に青白い響とは対照的。でも髪質はお揃いなのか、黒と白の長髪が潮風に靡いてふわふわクルリと広がった。

 

「ちょっとちょっと、私達を忘れないでよね! 雷も電も、すっごく心配したんだから!! もう・・・・・・!」
「響ちゃん・・・・・・ホントによかったのです・・・・・・ぐすっ」

 

その隣に控えていた三女と四女も感極まったのか、その大きな栗色の瞳に涙を浮かべて二人に抱きついた。
そして四人はしばしギュッと抱き合い、お互いの熱を交換しあったのだった。
こんな小さな躰で、今まで本当にお疲れ様と、キラはそこから少し離れた場所で想う。
長いこと絶望的な戦いを続けてきたのだ、こうなるのは当たり前だろう。約一週間にも及ぶ孤独な防衛戦。その果てにみんな無事に再会できたのだから、泣かない方がおかしい。
佐世保の港は、大勢の少女達の泣声に満たされていた。

 

「失礼、少しいいかしら?」
「うん? 君は・・・・・・?」
「はじめまして。私は天津風。呉の艦娘よ」
「あぁ、うん。僕はキラ。はじめまして」

 

そんな光景をぼんやり眺めていたキラに、声を掛けた者がいた。
振り向けばそこには、象牙色のサラサラな長髪をツーサイドアップにした女の子。
どことなく高貴な猫を想起させる、吊り気味の瞳。黒い長袖のワンピースに、紅白の髪飾りとニーソックスが特徴的だ。身長は響より少し高い程度。可愛いか美しいかで言えば、美人の部類だろう。
くせ毛でふわふわな髪、温和な小型犬のようにも見える垂れ気味の瞳、美人というよりかは可愛いの部類に入る響達四姉妹とは正反対のタイプだと、キラは勝手にそう評する。
背中には魚雷発射管を背負っていて、連装砲といった火器はショルダーバッグのように右腰に下げたパーツに集約されているようだ。
なんの用だろう、僕なんかに。

 

「・・・・・・キラ?」
「え? ・・・・・・えぇと、そうだよ?」
「その左腕・・・・・・」
「これ? ただ骨折しただけだよ。大丈夫、これぐらい」

 

何故か少女は驚いたように目を見張り、そしてマジマジとキラの顔と左腕を交互に凝視してきた。
なんだというんだ。
小さく「いや、そんなはず・・・・・・でも・・・・・・この制服は・・・・・・」などと、逡巡しているような呟きが聞こえる。呼びかけておいて少女は、たっぷり十秒近く俯いて思考に没頭してしまった。
取り残された青年としては根気よく待つしかない。まさか怪我の具合を訊きにきた訳でもあるまい。
更に待つこと数秒。
やっと何かの決心がついたのか、少女はこれまた小さく頷き、深呼吸して、緊張したような面持ちで訪ねてきた。

 

「あのっ、一つ質問、いいですか?」
「う、うん。どうぞ」

 

なんだろう。
こっちまで緊張してきた。
一体なにが彼女をこうさせるのか、まったく検討がつかなかった。だって、そういう場面じゃないだろう。
彼女にだってまだ任務があるんじゃないのか? こんな所で見ず知らずの自分に質問なんかして、油を売っている暇はないと思う。事情聴取にしたって、まずは他のみんなから聞き出した方が効率もいいだろうし。そもそも質問って何の為に。
本当に一体、なんなんだろう。
そんな風に疑問詞ばかり浮かべたキラは、天津風の言葉に耳を傾ける。
聞くだけ聞いてみよう。

 
 

「えーと、もしかしてシン・アスカって男の子のこと、知ってますか?」

 
 

・・・・・・え?
「アナタのと同じデザインで、紅い服を着た――」
「シン・・・・・・、シンを知ってるの!?」
「――やっぱり・・・・・・じゃあアナタが、キラ・ヤマトさんなんですね!?」
「・・・・・・!!」

 

なんで、その名が、その二つの名前が、ここで出てくるんだ?
いきなり頭をハンマーで殴られたが如き衝撃に、キラは呆然とする。
知っているなんてものじゃない。
彼は自分――キラ・ヤマトが心を開いて接することができる、数少ない友人であり、かつては部下だった男だ。
黒髪と紅い瞳という妖しい風貌の、自分と何度も殺し合いをしたエースパイロット。世界最強の一角を担う【紅蓮の剣】。苦手なもの、好きなもの、その拘りだって熟知している。
その彼を何故、君が?
彼がここに・・・・・・この世界にいるのか?
なんで?

 

「ぅ、あ?」

 

何故か急に、息苦しくなった。
左腕が、左眼が痛い。
ああ、でも、そんなことはどうでもいい。
この少女は、何を知っている?
どこまで知っている?
僕の知らないものを、彼は知っているのか?
空白の一週間。もしかしたら二週間。
僕が、彼が、あの隕石が、この世界に来た理由。それはなんだ? なにがあった?
少女の肩を掴み、問い質そうとした。
ぐにゃりと視界が歪んだ。

 

「あ!? ちょっと!?」
「・・・・・・っ!! ――ごめん、ちょっと目眩が・・・・・・」
「だ、大丈夫なの・・・・・・?」
「なんとか・・・・・・」

 

膝から崩れそうになったが、天津風に支えられて踏みとどまる。
そうでなければ今頃、地面に顔面強打していたかもしれない。

 

「そう、だよ。僕が、キラ・ヤマト・・・・・・。でも、なんで」
「シンが呉に運ばれてきて、キラって人のことを言ってて・・・・・・それでアナタの制服が同じデザインだったから、もしかして関係者かなって。・・・・・・まさか本人だったなんて」

 

少女に手伝われて、腰を下ろす。
嫌な汗が噴き出ていて、顔は真っ青になっていた。異常だ、これは。

 

「・・・・・・ふぅ、・・・・・・ありがとう。もう大丈夫だよ」
「大丈夫って、そんなわけないじゃないの・・・・・・! ほら、横になって」

 

一過性のものだったのか今はもう落ち着いたが、まさかシンの名を聞くだけでこうなるとは。
奇妙な痛みに、混濁する思考と記憶。
こんなのが、今日だけで二回だ。
というか。
これって強い心理的ストレスに晒された人によく見られる症状ではないだろうか、これは。例えば、そう、初めて砂漠にきた頃の自分みたいな。知らぬ間にトラウマかなにかが増えているらしく、結構久しぶりの発作だった。
え、なに? 僕シンにナニカされたの?
「顔色がひどいわ。待ってて、今タオルと水を持ってくるから」

 

天津風がそう言い残し、いずこかへと走り去っていく。その途中に声をかけたのか、入れ替わりに響達がこっちに駆け寄ってくるのが見えた。
ああ。
それにしても。

 

(シンがこの世界にいる。今どうしてるんだろう。はやく、会いたいな・・・・・・)

 

シン・アスカ。
まったく、いつも自分を驚かせてくれるところは、変わっていないようだった。
そこは少し安心した。
孤独だと思っていた自分には、仲間がいたのだ。

 

(やらなきゃいけないことが、できたな)

 

異世界からの来訪者が二人。
であれば、今自分が抱えている問題は、自分一人だけのものではなくなったということだ。
彼がいるのなら尚更、この問題は放置しておくことはできない。
やらなきゃいけないことが、できた。
まず前提として、この戦いを通して、キラ・ヒビキはただの『巻き込まれた者』ではいられない理由ができていた。
これからも艦娘達と一緒に戦うかは別問題としても、自分が立ち向かわなければならない問題が、理由が三つもある。

 
 

一つ目は、あの隕石にあるであろうNJの停止、若しくは破壊。
あれがある限り、この土地はずっと電波障害に苦しめられることになる。
そんなことはあってはならない。義務として、自分達こそが解決しなきゃならないことだ。

 
 

二つ目は、そもそも自分達がここに転移してきた謎の解明。
キラがストライクに乗っていた理由含めて、C.E. で何があったか知る必要がある。
調べれば元の世界に帰る手掛かりになるかもしれない。自分だけなら兎も角、シンは絶対に帰らなきゃダメだ。

 
 

そして三つ目が、昨夜に遭遇したスカイグラスパーの正体を知ることだ。
ただの他人の空似だと思う。でも、どうしても気になる。
彼ともう一度会って、確かめたい。
君はトール・ケーニヒなのかと。
確かめて、それからどうするかは、どうしたいのかは分らないが、それはなによりも大切なことだと思った。

 
 

どれもがとても困難な道程になると思う。
三つ全てをちゃんと解決できる確率だって、きっとすごく低いと思う。
でも。

 

(彼女達と一緒なら、なんとかなるって。根拠もなにもないけど僕にはそう思えるんだ)

 

なにはともあれ、まずは呉にいるというシンに会おう。
きっと、色々なことが解るはずだ。
そう決心したキラはとりあえず、響達に元気だよと伝えようとして、力なく右手を挙げるのだった。

 
 

彼と艦娘達の、新しい戦いが始まろうとしていた。

 
 

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