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《短編供ЦSide》

Last-modified: 2017-11-29 (水) 06:55:01

事実は小説よりも奇なりという、諺がある。
現実の世界で実際に起こる出来事は、空想によって書かれた小説よりもかえって不思議であるという意味だ。しかし、既に現実がファンタジーに侵食された昨今で、より鮮烈な奇があるとするならば。
それはきっと、人が創り出すものに他ならないと、そう思う。

 
 
 

 
 
 

「――ぅあ、しまった・・・・・・」

 

工廠にて、研究に没頭していた天津風は、霞む視界のなかで時計を見つけるなりそう唸った。
午前3時25分。深夜とも早朝ともつかない微妙な時間帯。直前の記憶が正しければ、約10時間ぶっ通しで作業していたことになる。急ぎでもなんでもないのに、まーたやってしまったと少女は小さく溜息をついた。
プリンツに夕食に誘われたものの、もうちょっとでキリが良いからと、そう思って結局夕食を食べ損ねてしまったとはなんたる不覚。愛用の眼鏡を外して眉間をマッサージしつつデスク脇を見れば、そこには期待に違わず可愛らしいメモと一緒にラップされた軽食が置いてあった。
佐世保の瑞鳳にも劣らぬこの気配り、持つべきは世話好きで料理上手な友人だ。ありがとう我が友プリンツ・オイゲン、この埋め合わせは今度の休日に必ず。

 

「シーン! 今日はもう終いにしましょ! お風呂入らなきゃ!!」
「おう分かったー! って、こんな時間なのかよ。気付かなかったな・・・・・・」

 

バイエルン仕込みのボリューム満点レバーケーゼのサンドイッチが二人分。これはあとで食べさせてもらうとして、そろそろお風呂に入らねば。
デスティニーのエンジンを弄りながらうんうん唸っていたシンに声をかけつつ、天津風は私室から持ち込んだタンスから替えの服やら下着やらを引っ張り出す。シンも作業を中断してタラップから飛び降り、隣の一回り小さいタンスを漁り始めた。
すっかり工廠が自分達の居場所になっていた。ここにシャワールームが増設されればなぁと思わずにはいられない。でもそうなると次はベッドを持ち込みたくなるだろうし、すると自室が本当にただの物置になってしまいそうだから、思うだけに留めておく。だいたい、そうなると作業効率重視のシンも真似してここに住み込むようになるだろうから、嫌だ。分別はしっかりしたい。
着替えをバッチリ用意して工廠入口に集った二人は、互いの煤だらけの顔を見てげんなりしつつ、揃って大浴場へと足を向けた。

 

「・・・・・・いつもながら、お互い酷い有様ね」
「これでもうちょっと進展がありゃ気も楽なんだけどな・・・・・・。あー、機材も知識もなにもかも足りねーってのに毎日こう油塗れになるって、どうなんだ」
「油塗れになってるから、進展皆無なんてことにはなってないんじゃない」

 

汚れに汚れた作業着姿のまま研究に没頭して一夜を明かすのは初めてではないが、気分がいいものではない。だというのにその頻度が最近、加速的に増加しているのは乙女として如何なものだろう。
呉の支援部隊に所属する身として、明石の弟子2号として、機関や武装の試作検証に一日の殆どを費やす日々を送っている彼女。それでも今まではちゃんと食事も睡眠も入浴もキッカリ時間通りにとっていたのだが、シンの愛機たるデスティニーの修理に取りかかってからというものの、生活リズムは乱れる一方だ。
別に不満はない。
修理の進展は殆どないけど面白いものを弄らせてもらってるし自覚はあるし、興味本位とはいえ手伝ってくれる仲間も多くいる。シンとああだこうだ言い合いながら作業するのも、まぁ、悪くない。ちょっと忙しくなってちょっと出不精になってるだけで、リズムなんかは後々に調整していけばいいだけの話だ。
そう思えるだけの魅力があの機動兵器には詰まっている。たしか正式名称は【GRMF-EX13F ライオット・デスティニー】といったか、正直具体的な技術どころか概要すら理解不能の塊だが、だからこそ興味深いのだ。
超小型の核融合エンジンに特殊電磁場によって半結晶状の荷電粒子ビームを出力するエネルギー兵器、電圧によって硬度と色が変化するうえにナノサイズの空洞を有するが故に超軽量な特殊金属を用いた装甲、形状記憶金属をふんだんに取り入れた関節駆動装置、更には光圧と斥力を複合させた大型推進装置にと、どれ一つとっても超未来的オーバーテクノロジー。むしろ、これに夢中にならないなんて人類としてどうかしてるとさえ思う。
佐世保にいる明石も、ストライクとかいうデスティニーより数世代前の機体を四六時中弄くり回しているらしい。
そんなわけで、現状に不満はないのだ。好きでやらせてもらってるのだから、自分の身のことなど二の次で。
けど、それにしたって。
やっぱりお風呂は毎日入りたいものなのだ。乙女としては。

 

「ところで、アラームをセットしてたはずなんだけど。聞こえた?」
「全然」
「そうよね。聞こえててスルーしたなんて言ったらぶん殴ってやるつもりだったわ」
「お前な・・・・・・。俺だって好きでこんな時間までやってたわけじゃねーっての。単にセットし忘れただけだろ」

 

男湯も女湯も、毎朝の浴場清掃時間まであと少し。今を逃せば数時間も待ちぼうけになってしまう。
朝になってしまえば、デスティニー修理部隊のみんなが工廠にやってくる。つまり、みんなと会うということで、汗と油に塗れたままじゃいられない。それは実にいただけない。
シンも昔はシャワー派だったらしいが、ここに来てからはお風呂に入るのがお気に入りらしく、毎日欠かさず入浴するうえ長風呂になりがちだという。正直意外だが、けど綺麗好きなのはいいことだと毎日隣にいる者として切実にそう思う。
天津風達は文句を言い合いながら、ただお風呂に入りたい一心のみで重く気怠い躰に逆らって、鎮守府に一つだけしかない大浴場へと早足で歩いた。

 

(そーいえば、この時間にお風呂入るの久しぶりね。あの時以来か・・・・・・)

 

午前3時である。
当然、よっぽどの例外がない限りは、天津風達が今夜最後の利用者ということになる。ということは広い浴槽をのびのび独り占めできるということで、ちょっぴり得した気分だ。島風の頭を洗ってやる必要もないし、今回は誰かさんに乱入される心配もないし。

 

(いやいや思い出すな忘れるのよ私。あれはただの不幸な事故だったんだから)

 

余談だが、ここ呉鎮守府は廃棄された温泉施設を再利用・増築して建設されたという経緯がある。宿舎や入浴施設はその旧温泉施設のものをそのまま利用し、後付けで工廠やら司令部やらを隣に設営していったのだ。その為、入浴設備はどの鎮守府よりも充実していて、密かに自慢の種にもなっている。
そう思いながら角を曲がること数回、大きな『ゆ』の字が書かれた二つの暖簾が見えてきた。向かって右手には艦娘御用達の女湯が、左手には提督とシンが使う男湯がある。
ちなみに、男湯は完全な男性専用というわけではなく、利用者の殆どが女性だったりする。そもそも男が極端に少ないのだから専用にする意味がないのだ。男性が利用する際には、誰も入ってないことを確認した上で、立看板を設置するという決まりがある。
あんまり思い出したくない記憶だが、天津風とシンが最初に顔合わせしたのは、この男湯でのことだった。
あんなハプニングは二度と御免だ。

 

「・・・・・・ん? あいつら、何やってんだ?」

 

と、何か見つけたのか、突然シンが目を眇めて呟いた。
その視線の先を追った天津風も、それを見つけて思わず首を傾げた。

 

「・・・・・・なんでコソコソしてるのかしらね?」

 

風呂上がりだったのだろう、タオルを首にかけた北上と阿武隈が、まさしく抜き足差し足忍び足といった具合で浴場から離れていく姿があった。
あからさまに怪しい。
違和感。
なんだろう、なにか嫌な予感がすると、天津風は感じた。
けど、声をかける暇はなかった。北上と阿武隈はすぐさま角を曲がって、二人の視界から消えた。同時に予感も、スルリと両手からすり抜けていって。
なんだったのだろう?

 

「追うか?」
「明日訊けばいいでしょ。・・・・・・じゃ、また後で」
「おう」

 

まぁ、気にすることはないと思う。大方、ちょっとした事故やイタズラがあった程度のことだろう、あの二人なら。追求はせずに置いとくことにする。
さておき。
挙動不審な彼女らと入れ替わるように浴場に到着した二人は別れ、それぞれの暖簾をくぐった。
シンは左に。
天津風は右に。
くぐって、脱衣所へと進む。

 
 

後になって思う。あの時、北上と阿武隈を追っていればよかったと。
違和感とは、嫌な予感とは往々にして、その正体がわかった時には既に手遅れなのだから。

 
 

そんな少し先の未来など露とも知らない少女。
天津風は脱衣所につくや否や真っ先に、作業着のチャックを豪快に下げて、インナーともども纏めて脱ぎ捨てた。そんでもってノールックで乱雑に、作業着専用洗濯機へと放り込んでスイッチオン。
続けて最近新調した黒のブラとショーツを脱いで、こちらは共用洗濯機に入れて、天津風は生まれたままの――艦娘は服と艤装を身につけてこの世に生まれいずるのだから、この表現は適切じゃないかもしれない――姿になった。
起伏に乏しい、流麗で白磁のような肢体――美女揃いの艦娘の中でも指折りな脚線美を惜しげもなく晒したその姿は、いっそ一つの芸術品のようにも思える。
そうして最後に、象牙色のツーサイドアップを解いて。
少女は振り返り、浴場に続く最後の扉を視界に収めて。

 

(・・・・・・そうね、今日は露天風呂でゆったりしましょうか)

 

幾つもある素敵なお風呂のなかでも、特にお気に入りの露天風呂に入ろうと決めて、意気揚々に扉を開けた。
時間があればもっと色々楽しめるのだが、生憎と清掃時間まであと少ししかない。一つに絞る必要があった。

 

「〜〜♪」

 

鼻歌を唄いながら、温かな湯気に支配された空間を突っ切って、まずかけ湯をする。温感が全身を行き渡り、消えて、頭から足の先までがブルリと震えた。
ああ、この瞬間は何度経験しても堪らない。けど、本番はこれからなのだ。お風呂は偉大なのだ。
手早く躰と髪を洗って、一日の汚れを排水溝に流す。しっかりバッチリ躰を磨くのはまた時間がある時に。

 

「・・・・・・よし」

 

さあ次は、いざ、いよいよ外へ。
アツアツのお湯という名の、人類の英知で満たされた杯へ、師走直前の冷え切った大気に満ちた世界へ今、大きな一歩を。
踏み出す。
外界へ繋がる扉を開ける。

 
 

そして。

 
 

「――・・・・・・は?」

 

天津風は、嫌な予感の正体を知った。

 
 
 

 
 
 

「――・・・・・・は?」

 

露天風呂に入ろうとして外にでたシンの瞳に映ったものは、見事に大破したヒノキの仕切り板だった。
さて、ここの露天風呂は一つの囲いに二つの浴槽があり、それを中央の仕切りで女湯と男湯に区分けしているレイアウトである。つまり俗物的に考えれば、覗こうと思えば覗ける構図なのだ。
もっとも覗こうとした瞬間、次に見るものは死の淵のみだと、出会った初日に呉の提督は言った。経験者は語るというものかと呆れながら、ぼんやり聞いていたのを覚えている。
提督は言った。
なんでも仕切り板付近には幾重ものセンサーが張り巡らされており、絶対防衛ラインを超えようとした者には漏れなく十数機配備されたセントリーガンの掃射がプレゼントされるとか。せめてもの情けか弾丸はゴム弾だったらしいが。そんでもって仕切りには超高張力合金が埋め込まれていて、更に付近一帯にはバネ仕掛けの地雷やらなんやらが設置されているとか。なんという周到っぷり。
それだけの防備が女湯を守護しているのだと、あの男は大真面目に語ったものだ。きっと覗きたい女湯があったのだろう、彼には。
あんなんが責任者で大丈夫か?
話を戻そう。
シンは、そんな防衛設備をまだその目で見たことはなかった。つまりは今まで覗きを敢行したことはなかった。決して枯れてるわけではないが、喧嘩別れしたっきりの彼女たるルナマリア・ホークに操を立てているのだ。若干二名の文化遺産的巨乳を目に焼き付けている青年は、そんじょそこらの女に靡かない硬派だった。
そんな彼の前に、仕込まれた鉄板もろともに粉々なった仕切り板があるのだ。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

本当なら、あー話半分に聞いてたけど本当のことだったんだー、とか。一体誰がこんなことをー、とか。ていうかあの二人の仕業かこんちくしょー、とか。そんな感じの感想を抱くところだった。
しかし。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

しかして、現実は非情である。小説よりも奇である。
シンの視線の先には、もはやなんの役にも立たない仕切りの向こうには。

 

「・・・・・・きゃああああああああああああ!?」
「・・・・・・なぁ、これは俺が悪いのか・・・・・・?」

 

最近仲良くやれている少女、天津風の裸体があった。
凄まじい悲鳴が夜天に響き、露天風呂の水面がさざめく。
光が瞬き、重い金属音。腹を震わせる、エンジンの躍動。この音はよく知っているとも。艤装の駆動音だ。
シンはぼやく。
なんでこんなことに。どうしてこんなことに。
言っても思っても詮無きことだ。わかってる。けど、それでも。

 

「なんで俺、こんなとこにいるんだろう」

 

言わなきゃやってられないことって、あるだろ?
シンが最後に見たものは、此方に向かって12.7cm連装砲B型改二を構える全裸の天津風の姿だった。言い訳もなにも、する余裕がない。まったくない。もうこうなったら、運命にただ流されるだけだった。
願わくば、装填されたのがゴム弾でありますように。
その後の記憶はない。
彼の意識は、そこで途切れた。

 
 

それは、11月26日の深夜の出来事。全国的に「いい風呂の日」の、ちょっとした事件だった。

 
 
 

 
 
 

その後。
仕切り板破損事件は、北上と阿武隈がじゃれあった結果の不慮の事故だったことが発覚した。彼女らは自ら板の修繕を申し出て、それで手打ちとなった。
シンは無事、五体満足だった。流石は元祖ラッキースケベの名を冠する者といったところか、こういう修羅場には恐ろしく強かった。ただ、腹部に直撃した数十のゴム弾のせいで、彼の立派に割れたシックスパックはしばらく真っ赤であったとか。
そして、天津風はというと。

 

「・・・・・・次、見たら殺すから」

 

二度も裸を見られたショックにも負けず、今日も元気にデスティニーの整備に明け暮れていた。
もう二度と彼と一緒に浴場には行かないと、心に決めて。

 
 

しかし、彼女は知らない。

 
 

この世には二度あることは三度あるという諺があることを。
そしてそれは、案外近い未来にあるということを。
彼女は知らない。
まこと、人の世とは何が起こるか分からないものなのである。

 
 

どっとはらい。

 
 

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  • 作者注・短編は基本的にリクエストを受けて書きます。こんな感じのが読みたいというのがあれば、是非とも教えてください -- 2017-11-27 (月) 00:10:22

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