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「連合兵戦記」8章 1 雌伏の時

Last-modified: 2017-09-26 (火) 16:05:15

血を流すより、汗を流す方法を学べ。汗を流しておけば血を流さずに済む エルヴィン・ロンメル

 

連合兵戦記 8章 雌伏の時

 

――――――――――C.E 70年 12月22日――――――――

 

大西洋連邦領  ロズウェル空軍基地 地下

 
 

西暦期……まだアメリカ合衆国という国家が超大国として世界に君臨していた頃、墜落した未知の宇宙文明による宇宙船と宇宙人が囚われているという都市伝説で有名だったこの基地では、
地球連合の反撃の糸口となる新兵器の開発、実戦投入に向けて、パイロットの訓練が日夜行われていた。

 

滑走路の地下に建設された人工の大地……かつて倉庫だったその場所は、改装され、そこに設置された市街地を模した施設群の中では、
地球連合とザフト………二大勢力の技術の粋を集めて作られた鉄巨人達が戦っていた。

 

1体は、全身がライトイエローに塗装され、翼を生やした単眼の魔神を思わせる形状で人型でありながら、所々が人間とかけ離れている形状をしている。
対するもう1体は、全身をグリーン系統の迷彩色で塗装され、兵器であることを教えている。

 

その形状は、敵機とは対照的に人に近い形状で、頭部には2本のアンテナが生え、バイザー型のセンサーからは青白い光が放たれていた。片方は、ザフトの開発した初の量産型MS ジン
そしてそれと交戦しているもう片方の機体…それこそ地球連合を形成する3大国の1つ 大西洋連邦の試作MS グラディウスである。

 

グラディウスは、ジンの重突撃機銃を左腕のシールドで受け止めつつ、廃墟の一つに隠れる。ジンの撃つペイント弾を受けとめ続けた強化特殊合金製のシールドは、
子供の落書きの後のキャンバスの様なでたらめな模様に染められている。

 

ジンも、同様に廃墟を即席の盾にする。グラディウスの胸部のコックピットで、橙色のヘルメット付パイロットスーツを着こんだ操縦者は、何度も荒い息を吐いていた。

 

彼………ハンス・ブラウンは、機甲歩兵指揮官から、この人造の巨人の操縦者となっていた。

 

「糞!当たれ!」

 

廃墟の合間を動く影を見たハンスは、トリガーを引いた。

 

グラディウスの両腕に抱えられた巨大な機関銃 52mmガンポッドの砲口にマズルフラッシュの輝きが生まれ、模擬戦闘用のペイント弾頭が発射される。

 

このガンポッドは、元々開戦前に研究されていた大型攻撃機の主力兵装になる筈だったものをモビルスーツ用に改造したものである。

 

大西洋連邦軍は、自軍のMSの主力兵器にはビームライフルを採用する予定だった。だが、
ビームライフル開発が失敗した場合のピンチヒッターとして52mmガンポッドを含め、数種類の実弾式のMS用火器を開発していたのであった。

 

その大半は、戦場で鹵獲したザフトのジンの装備火器のコピー品だったが、少数は独自開発したもので、52mmガンポッドはそれら少数派に該当した。

 

またビームライフルは実物こそ完成したものの練習機に装備する予定の訓練用模擬ビームライフルは開発リソースが他に取られたこともあり、未完成で、
このエリア51には、模擬ライフルは納入されていなかった。
その為、この52mmガンポッドを急遽、グラディウスの装備火器として採用しているのである。

 
 

廃墟にペイント弾が着弾し、蛍光色の塗料が灰色のコンクリートに歪な模様を生み出す。直後、廃墟からザフト軍の主力MS ジンが飛び出す。
ハンスのグラディウスは、右腕のガンポッドを連射する。

 

「あたったか!ちっ」

 

ジンは、スラスターを巧みに使ってその攻撃を回避する。命中したのは数発だけで、ジンを撃破認定するには至らない。
一瞬有効打を与えたと思ったハンスは、敵に対したダメージを与えられていないことに落胆した。

 

「…!」

 

数ヵ月前までこの男は、ヨーロッパ戦線で指揮下の部隊と共にモビルスーツを擁するザフトを相手に善戦した機甲歩兵指揮官だった。
今彼は、地球連合軍の試作モビルスーツ グラディウスのパイロット訓練生の一人として部隊間模擬戦闘訓練に参加していた。

 

ハンスの所属する訓練部隊のグラディウス4機とアグレッサー役のジン4機の戦闘は、約30分続いており、現在、グラディウス部隊で生き残っているのは、
ハンスだけだった。対する模擬戦闘の相手は、まだ2機が残っている。
早く1機を撃破しなければ…焦るハンスの心を更に追い詰める音が彼の耳朶を打った。コックピットに敵機の接近警報が鳴り響いたのである。

 

「ちっ!もう合流してきたか。」

 

ハンスにとって最も恐れていた事態が起きた―――――先程、僚機のグラディウス2機を撃破したもう1機のジンが合流したのである。そのジンも無傷ではなく、
背部のスラスターを2基共損傷し、右腕もペイント弾塗れで使用不能に陥っていたが、
戦力としての意味は大きいと言えた。特に相手がグラディウス部隊の最後の生残機のパイロットであるハンス・ブラウン少佐の様な未熟な技量の持ち主の様な場合は。

 

更に言えば、先程まで3対2だった戦いは、1対2に逆転する。そうなれば、形勢は一気にハンスらの対戦相手であるアグレッサー部隊に傾くことになる。
2機のジンを相手にハンスは、戦うことになるのである。まだ完全に操れているとは言い難いモビルスーツで…。
こうなってしまえば勝ち目は殆どない。第2次世界大戦のエースパイロット エーリヒ・ハルトマンは、「僚機を失った者は戦術的に負けている」という名言を残している。
モビルスーツと戦闘機の違いはあれど、僚機の喪失は、致命的である。
1人だけで2人の敵を相手にするのがいかに危険かということは、訓練を受けた軍人だけでなく、初等教育も怪しいスラムで育ったギャングの少年少女でさえ常識である。

 

ハンスは、この厳しい状況に歯噛みしつつ、諦めることは無かった。実戦では、諦めは死への近道である。そして、その感情を彼は、極力抱かない様に務め、事実そう振る舞っていた。

 

「当たれ!」

 

ハンスのグラディウスは、手前のジンに向けてガンポッドを連射した。手前のジンは、その攻撃を回避すると、遮蔽物にしたビルに隠れながら銃撃を浴びせる。
それらの銃撃は、散発的で、敵を倒すというより、足止めする為のものであった。
事実、そのジンのパイロットの目的は、ハンスのグラディウスの足止めにあった。
僚機と合流すれば、自部隊の勝利は確定するのだから、無理に敵を撃破する必要はない…そう判断したのである。
だが、ハンスのグラディウスが、ジンのパイロットの予想に無い行動をとった。銃撃戦を行うだけだと思ったグラディウスが、シールドを前面に立てて突進してきたのである。

 

「自殺しに来たか?」

 

ジンに乗るアグレッサー役のパイロットは、毒づきつつ、集中射撃を継続しようとした。
だが、それはハンスが更に予想外の行動をとったことによって阻止されてしまった。
目の前の敵機は、左腕に装備したシールドを投げつけたのである。

 

ジンは、その予想外の行動に対処できず、シールドの直撃を受ける羽目になった。
少なく見積もっても1tは軽く上回る質量を有する金属の塊が加速を受けて激突したのである。
堪らずジンは、体勢を崩しその場に崩れ落ち、後方のビル…正確にはビルを模した張りぼてを粉砕した。

 
 

そのチャンスをハンスは、見逃さなかった。ハンスのグラディウスが右手の52mmガンポッドを構える。

 

「止めだ」

 

ハンスはトリガーを引いた。だが、彼の期待に反し、ガンポッドから、ペイント弾は、1発も発射されなかった。
その代わりにガンポッドの弾薬が底をついたことを知らせる警報音が虚しく響いた。

 

「ちっ」

 

弾薬を使いすぎたか! 心中でハンスは毒付く。グラディウスの右腕のガンポッドから空になった弾倉が自動的に排出される。
その隙にジンは体勢を立て直そうとしていた。

 

弾倉を交換している暇はない。目の前のジンを撃破する為には、ビームサーベルを使用するしかない!

 

そう判断したハンスは、機体を操作する。背部に装備されたビームサーベルが抜かれ、
サーベル基部が握られたグラディウスの右腕を起点に鮮やかな光の刃が伸びた。ビームサーベルは、グラディウスの装備兵器では、最も高い威力を有した兵器である。

 

しかし、今は、模擬戦闘用に設定されている為、実際の破壊力は殆どない。それでも、模擬戦闘に参加している双方のパイロットのモニター上では、CG補正により、実戦と同様の輝きを見せていた。
模擬サーベルを右手に握ったハンスのグラディウスは、ジンにそれを振り下ろす。

 

ハンスは一瞬それで勝負が決まったと思った。だが、ジンのパイロットは、その動きに対応できていた。
間一髪ジンは、右手に重斬刀を保持して迎撃する。

 

3D処理された仮想空間の上で機械仕掛けの単眼の魔神が自身に振り下ろされる荷電粒子の刃を受け止める。

 

「くっ!これが…」

 

コーディネイターの力か・・・…。相手の反応速度の素早さに舌を巻きつつ、ハンスは、相手に止めを刺そうとする。
そのまま行けば、出力に勝り、体勢でも有利なハンスのグラディウスがジンをビームサーベルで撃破していただろう……だが、そこで時間切れとなった。

 

もう1機のジンが合流してきたのである。新手のジンが、左腕に握った重斬刀を振り上げてハンスのグラディウスに接近する。

 

「くぅ…このままでは」

 

ハンスは、このままでは不利だと判断し、追い詰めていたジンに頭部のイーゲルシュテルンを叩き込みつつ、後退した。もう1機のジンが重斬刀で切りかかってくる。
ジンの機体重量を上乗せしたその重い一撃をハンスは、何とかビームサーベルで受け止める。
ハンスのグラディウスは、後退を余儀なくされる。

 

その隙に先程追い詰めていた1機のジンは、彼に重突撃機銃を向けていた。ジンの右腕の重突撃機銃が火を噴く。

 

この距離では、回避は不可能、左腕にマウントされた防御用のシールドは間に合わない。スローモーションの様にハンスの認識の中で時間が流れた

 

その直後、ペイント弾が、グラディウスの胴体装甲に着弾し、蛍光緑色に染めた。撃破判定を受け、頭脳、神経に当るコンピュータを停止させた試作モビルスーツ グラディウスは、動きを止めた。

 
 

模擬戦闘であった為、両者は無傷であったが、実戦ならグラディウスは、胴体を蜂の巣にされて爆発していたことは確実だった。

 

「くそっ!!」

 

ハンスは沸き起こる怒りのままに拳を己の膝に叩き付けた。機体の正面モニターには、大きくYOU LOSEの文字が明るい赤色で表示されていた。
これは、グラディウスのOSを担当した技術者の遊び心であったが、パイロットの心情をこれ程苛立たせるものも無かった。
今回の模擬戦闘は、4機のグラディウスとアグレッサー部隊のジン4機による、市街地を再現したエリアでの模擬戦闘である。
ハンス達は、集中攻撃で1機のジンを撃墜し、もう1機を1機が、刺し違える形で撃破し、3対2に持ち込んだが、その後、
2機のグラディウスがジンに撃破され、残されたハンスも撃破されたことで逆転負けを喫した。
模擬戦闘でアグレッサー部隊に勝利した訓練生部隊はまだ10回程度しかない。…グラディウスとジンの性能差は、前者の方が若干上回っている…
それを考慮すると、問題は機体性能ではなくパイロットの方であった。
グラディウスの操縦訓練を受けるパイロット達は、決して無能というわけではない。
むしろ彼らは、様々な部署から選ばれた精鋭であり、それは、ナチュラルにとってモビルスーツの操縦がいかに困難かということを示していた。
偽りの戦いの勝者と敗者は、それぞれ帰るべき場所……格納庫に戻った。4機のグラディウスがハンガーにその機体を横たえ、
胸部のコックピットからパイロットが次々と外に出る。
30分近い模擬戦闘を経験した彼らは一様に疲労していた。
元機甲歩兵中隊指揮官 ハンス・ブラウン少佐も例外ではなかった。

 

「…はあっはっ」

 

機体をハンガーに格納させたハンスは、這い出る様にコックピットから出た。彼の身を包むパイロットスーツの内側は汗で濡れ、酷使された筋肉は発熱していた。
その呼吸は荒く、炎天下で何時間もランニングをした後の運動選手の様だった。

 

「少佐!冷やしておきましたよ!」

 

若い整備兵が、コックピットから出たばかりの彼にスポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出した。

 

「ラーマン軍曹か…ありがとう。いつも助かる。」

 

ハンスはその整備兵に感謝の言葉をかけると、右手でそのプラスチックのボトルを受け取る。
モビルアーマーや戦闘機や機甲歩兵と同様にモビルスーツの操縦は体力を大きく消費する。その為水分補給は欠かせなかった。
ハンスは、貪るようにペットボトルに満たされたスポーツドリンクを飲み干した。
彼が、実機を使用した模擬戦闘を行うのは、これが10回目だったが、未だにMSを操縦することに慣れることは無かった。

 

ハンスら、グラディウスのパイロットは、試作モビルスーツ グラディウスの再転換訓練に従事していた。また彼らには、訓練だけでなく別の任務も与えられていた。
彼らに与えられた任務とは、実機を使った訓練を行うことによる地球連合軍のモビルスーツ部隊運用の研究―――――――
それには、モビルスーツの運用ノウハウと戦術を確立することも含まれる。
更に彼らは、実戦に出ることも前提に考えられていた。ハンスを含むグラディウスを与えられた訓練生は、その全員が、地球連合の反撃の切り札となるであろう人型機動兵器 
モビルスーツのパイロットになる可能性を秘めていると言えた。だからこそ、ハンスは、この機械仕掛けの巨人に乗り込むことを志願したのである。
現在の戦争における最強兵器の地位を確立したモビルスーツを操縦することが出来れば、
前線で1人でも多くの地球連合軍兵士の命を救い、ザフトに打撃を与えることが出来る。
そしていつかは、あのシグーのパイロットを………。
だが、今のハンスのモビルスーツパイロットとしての技量は、実戦に出るまでには至っていなかった。
ハンスらMSパイロット候補として選ばれた兵士達が操縦する試作MS グラディウスは、
遺伝子操作によって能力を強化されたコーディネイターによる操縦が前提となっているジンと異なり、
地球連合軍の大半を占めるナチュラルでも操縦できるようにOSの改良が重ねられていたものの、
その性能は未だに低く、グラディウスのパイロットに選ばれた訓練生達は、未だに実戦に耐えられる操縦技量を得ることは出来ていなかった。

 
 

「申し訳ありません!小隊長、私のミスが無ければ!」

 

赤毛の女性士官 ニーナ・アントノフ少尉は、目の前の指揮官 ハンス・ブラウン少佐に頭を下げ、大声で謝罪した。
機甲歩兵上がりのハンスの堂々とした長身と比較すると彼女の体格は、小柄で頭一つ低かった。今回の模擬戦闘で、彼女は、グラディウス3番機に乗り込んでいた。

 

「私にも責任はあります!自分が無理に接近戦を挑まなければ…」

 

ニーナの右隣にいた漆黒の巨漢…ジョン・ハンフリーズ少尉がその厳つい顔を申し訳なさそうに歪めて謝罪する。
海兵隊の戦車兵上がりのこの男は、基地内では、隊員同士のレクリエーションで行われているバスケットボールのエースとして知られ、
その2メートル近い巨体に見合わぬ素早い身のこなしから、ステルス爆撃機の異名を持っていた。
生身では、素早い動きを見せる彼も、モビルスーツパイロットとしては、他の訓練生と同じく鈍重な動きしか出来なかった。
今回の模擬戦闘で、グラディウス2番機に搭乗していた彼は、アグレッサー役のジンと接近戦で、無理に突進して撃墜されていたのである。

 

「……」

 

グラディウス4番機に乗っていたフレドリック・バーンズ少尉も悔やむ様に顔を顰めていた。彼は、模擬戦闘の序盤にアグレッサーのジンと刺し違える形で1機を撃墜することに成功していた。

 

「2人とも、いい。今回は、指揮官である俺の判断だ。さっきの模擬戦闘の結果も俺の責任だ…それに俺も、褒められた操縦をしていたわけじゃない。」
「いいえ!ハンス隊長の判断は、的確でした」
「ガンポッドでは、威力が足りません。せめてビームライフルが配備されていたら…」

 

ハンフリーズは、ビームライフルが未だに配備されてこないことについて愚痴った。ビームライフルの火力があれば、
アグレッサー部隊との戦いを有利に進められるのではないかと考えていたのである。

 

「それを言うな。前線では、武器を選んでいられない。実戦で敵に今は、武器が揃っていないので次の戦いまで待ってくれ、という事は出来ないからな」

 

ハンスは、部下に諭すように言う。その発言は、彼の経験に基づくものであった。
彼が数ヵ月前までいたヨーロッパ戦線で準備不足、装備の不足は日常茶飯事だった。部下に損害が出る度にもう少し、準備が出来ていれば、装備が揃っていれば…と思うことも度々あった。
だが、それらの経験を経た結果、ハンスは、実戦において完璧な準備というものは、不可能に近いのだという事を十分に認識していた。
だからこそ、与えられた装備でも戦えるようにすることが大切だと考えていた。
「全員、次の模擬戦闘に備えて待機室で休憩しておけ」
「はい!」

 

3人のパイロット訓練生は、指揮官に敬礼すると去って行った。

 

「…(この機体を未だにまともに操縦できない俺が、偉そうに説教できる立場じゃないんだけどな)」

 

休憩室へと歩いていく部下達の背中に見つめ、ハンスは、心の中で自嘲した。

 
 

格納庫には、彼らが模擬戦闘に使用した緑色のモビルスーツ…グラディウスが4機その巨体を誇示する様に佇んでいた。

 

試作モビルスーツ グラディウスは、12機の試作機が既に組み立てられ、地球連合軍…正確には、大西洋連邦の陸海空、そして宇宙の4軍から選び抜かれた兵士達が、将来の地球連合軍MS部隊の編制の基礎となるべく訓練を受けていた。
このエリア51での戦闘訓練とMS開発について全容を知っているのは、大西洋連邦の軍上層部のみである。
これは地球連合内での3国の主導権争いが関係している。

 

最初にモビルスーツを量産できた加盟国が地球連合内の主導権を得ることは確実で、大西洋連邦としては、それまでのライバル国であるユーラシア連邦、東アジア共和国よりも早くモビルスーツを開発したかった。
そのことは、プラント占領後の利権獲得等の戦後処理で優位に立つことに繋がるのである。これは、大西洋連邦以外の2か国も認識しており、
ユーラシア連邦や東アジア共和国等も独自のMS開発を進めている。そのことを大西洋連邦は、十分に情報を得ていないものの、
向こうも多大な費用と人的資源を注入しているのは、確実であると大西洋連邦上層部も考えていた。

 

その為に大西洋連邦は、エリア51の地下にこの巨大な訓練施設を建設することまでしていたのである。この広大な地下空間は、
元々、開発中の機体や予備の機体等を保管しておくための施設だった。

 

空軍基地の周囲の地上に模擬戦闘用の施設に転用可能な土地が余る程存在するにも関わらず、この様な地下施設が建設されたのは、ザフトに発覚するのを警戒してのことである。

 

ザフトは、北米大陸に拠点を有してはいないし、3大国が互いの領土を偵察するのに用いていた高高度偵察機の類は未だに保有していない。

 
 

大西洋連邦の軍首脳部が恐れたのは、遥か碧空の上、真空と暗黒が支配する宇宙空間……そこに展開する偵察衛星や宇宙艦隊の艦艇の観測装置による偵察行動である。

 

宇宙空間からの偵察は、西暦末期実用化された技術で、ザフトと地球連合の宇宙艦隊による地球周辺の制宙権争いが激化しているのもこれが理由である。
西暦のある時代には十分な国力と技術力のある国しか打ち上げられなかった人工衛星も、C.E 70年代では、一民間企業ですら運用可能な代物になっている。

 

更に軍用の偵察衛星も、小型化、高性能化が進み、専門の基地ではなく、前線の地上部隊ですら、ミサイル車両を転用した発射台や輸送機を利用して人工衛星を打ち上げる時代である。
人工衛星のカメラの解像度も、地上の装甲車両や艦艇から、砂糖に群がる虫やコンクリートの染みまで鮮明に映し出せるまでに性能は向上していた。

 

更に宇宙艦艇も宇宙の敵を捉える為のセンサーと同じ位、地上の敵を監視する為のセンサーを搭載している。今では、殆どが退役したが、
C.E 60年代には、専門の軌道偵察艦という艦種さえあった程である。

 

これは、初期の宇宙艦隊が、地上軍との連携を前提に編成されたという経緯と関係している。

 

初期のスペースシャトルや宇宙ステーションを武装化しただけの各国の宇宙軍は、地上の敵国の監視や大陸間弾道弾の迎撃、
敵の偵察衛星、シャトルの破壊等、地上軍の支援がその主な任務だったのである。

 

それらの天空からの目から自軍の切り札であり、ザフトに対する反撃の糸口となるモビルスーツ開発計画を隠す目的で、地下に建設されたのである。

 

この広大な地下空間だけでこのモビルスーツ開発計画に大西洋連邦がいかにこの計画に重要視しているかが窺えるというものである。

 
 

また模擬戦闘の相手を務めるアグレッサー部隊のジンを操縦するのは、コーディネイター系軍人である。

 

彼らは、グラディウスのパイロットと同様に厳格な守秘義務を義務付けられているだけでなく、体内へのICチップの埋め込みの強制や思想チェック、
更には任務外のプライベートの時間でさえも常に監視が付けられていた。

 

ある意味で捕虜収容所の捕虜よりも厳重に管理される彼らの扱いは、地球連合が、ザフトと同じコーディネイターの兵員を完全に信用しきれずにいることの証左でもある。

 

25分後、訓練教官と上官への報告を終えた地下の訓練施設から出たハンスは、エレベーターで地上に向かった。

 

エレベーターのドアには、「エネルギー節約の為、階段を使おう」というスローガンが黄色いゴシック体で描かれている。

 

この基地以外の多くの政府関係施設でもよく見ることのできる政府のスローガンの一つである。だが、現在の訓練で疲弊したハンスは、
それを無視し、エレベーターに乗り込んだ。エレベーターには、ハンス以外に3人の整備兵が乗り込んでいた。

 

地上階に出たハンスを最初に出迎えたのは、地上を吹き荒れる砂混じりの熱い風だった。この風が顔に触れると同時に、彼は、自分が地上にいることを実感させられた。

 

ハンスは、隣接する食堂に向かった。彼が向かった食堂……正式名称は、第2中央食堂は、地上に存在しており、このエネルギー危機の中では、珍しく開戦前と同じバリエーション豊かな料理を食べることが出来た。
防弾ガラスで出来た自動ドアのセンサーがハンスの存在を感知し、ドアを開けた。

 

食堂のドアが開くと同時に食欲をそそる香りが彼の鼻腔を刺激する。訓練後の空腹に堪える匂いにハンスは、早く並ばなくてはいけないな…と思った。

 

5分後、彼は、料理が盛られた皿やボウルが乗ったトレーを手に持ち、座る為の席を捜していた。

 

昼食の内訳は、ガーリックチキンステーキとトマトとレタスのサラダ、大盛りにした白米、コーンスープというもので、
体力仕事である軍人の食事としては比較的あっさりとしたメニューであった。ハンスは、両手に料理を乗せたトレーを持って座席を捜す。

 
 

「(またプロパガンダか…)」

 

食堂の中に響き渡る電子機器からの声にハンスは辟易した。食堂の柱のいくつかには、薄型テレビが填め込まれており、鮮明な映像を見せていた。

 

テレビに映されるのは、地球連合のプロパガンダ放送やそれに附随する番組ばかりである。現在テレビには、本日の放送内容が映し出されていた。
ちなみに今日の朝の番組内容は『ネイティブ・アメリカンから学ぶ保存食・非常食の知恵』『週間愛国ニュース』『ラスト・ガンファイター掘戮任△辰拭

 

1つ目は、NJ後のエネルギー危機による食糧確保の問題とその保存手段を少しでも改善すべく、大西洋連邦政府が、限られた資源と手間でも可能な食料の保存法や非常食についての知識を
市民に周知させる目的で制作された番組である。

 

2つ目は、C.E 70年8月から配信が開始された番組で、その内容は、前線や後方での地球連合兵士や部隊の活躍を紹介したもので、戦時プロパガンダの性格が強い。
ハンスが数ヵ月前に率いていた第22機甲兵中隊も1度紹介されたことがある。

 

最後は、C.E 15年に第一作が制作された戦闘機パイロットを主役にした大西洋連邦の人気映画シリーズである。何故靴ら放映されているのかという理由は、政治的理由である。

 

気鉢兇砲蓮当時大西洋連邦空軍のパイロットだった、ファースト・コーディネイター ジョージ・グレンがエキストラとして出演しているからである。
ハンスは、窓際のカウンター席が空いているのを見つけ、その席の一つに腰かけた。

 

「ハンス少佐、今日の模擬戦闘見ましたよ。流石です。」

 

席に腰かけたハンスの後ろから声をかけたその角刈り頭の男は、防塵ゴーグルを着用していた。

 

「それは嫌味か?」

 

ハンスは肩を竦め、防塵ゴーグルを掛けたその男…ハンスと同じグラディウスのテストパイロットであるグレン・ターナー中尉は、
ハンスの左隣の席に座った。彼の今日の昼食は、合成蛋白のビーフステーキと添え物のフライドポテト、Lサイズのチーズバーガー、魚介類とトマトのパスタ、チキンスープ、ストロベリー味のアイスクリームと言う高蛋白なメニューであった。

 

普通の人間が見たら良くその痩身を維持できているなと感心しているところだが、ハンスは繭一つ動かさない。

 

モビルスーツパイロットと言うものがイメージ以上に体力を必要とする職種であると認識しているからである。

 

「違いますよ。負けは、負けでも今回の貴方の部隊の敗北は、惜敗と言う奴ですよ。」

 

ターナーは、そう言うと、ナイフとフォークを手に取って合成蛋白のステーキを解体する作業を開始した。

 

皿の上で白い湯気を立てるその物体は、一見すると本物の牛肉を使ったものと見分けがつかない。
だが、その味は、本物に幾らか見劣りするものだった。合成蛋白の肉の味を前線で散々味わってきたハンスは、
牋豈瓩蓮∨槓の鶏肉を使っているチキンステーキを選択することにしていた。

 

「ハンス少佐、隣よろしいですか」
「ああ」

 

ハンスの右隣の席に座ったすらっとした長身に短く切り揃えた金髪が特徴的な士官…ハイラム・エリクソン中尉は、ターナーと同じ部隊の所属である。
彼が手に持っているトレーには、大盛りのエビピラフ、マカロニ&チーズ、チキンブリトー、ハム&トマトサラダ、ダイエットコーラである。

 
 

「ターナー、よくそんなハンバーガーが食えるな。犬が食べられるって評判だぞ」

 

ハイラムは、そんなターナーを皮肉った。

 

「ふっ、犬も食わないハンバーガーの方が可笑しいね」

 

ターナーは、合成肉のパティとチーズ、数種類の野菜とそれを挟んでいたパンを嚥下しつつ、言い返す。

 

「飯に文句を言うな。気持ちは分かるがな、食えない奴らも大勢いるんだ。」

 

ハンスは、ハイラムを窘める。

 

NJによって齎された通信障害とエネルギー危機によって大量消費社会だった地球随一の大国であった大西洋連邦の状況は一変した。

 

国外からの輸入はストップし、更に国内でも通信障害によって開戦前の大西洋連邦の流通のかなりの割合を支えた
無人トラックのコンボイを用いた無人流通網も壊滅を余儀なくされた。

 

これにより、厖大な人口を抱える大都市を中心に各都市では、食料品を初めとする生活必需品が不足し、遠隔地では、多数の凍死者、餓死者が発生した。
様々な食料品で溢れていたスーパーマーケットやコンビニは、瞬く間に空の棚で溢れかえり、次々と閉店に追い込まれた。

 

また辛うじて物資の供給の続いている店舗は、政府の食糧配給センターに改装されたり、略奪を警戒して州軍や警察による警備が行われた。
食糧の生産地でも、化成肥料や飼料を調達できず、作物や家畜を餓死させるしかない状況に追い込まれる地域が相次いだ。

 

大西洋連邦政府は、核戦争に備えて各都市に建設されていた地下シェルターに保管されていた保存食料の放出を行った。
5月7日には、一部地域では、州政府の判断により食糧が、配給制に移行。(ユーラシア連邦初めとする地球の大半の国家では、食料の完全配給制に移行している。
一部の国家では、地球連合か親ザフト国家の占領を受け入れることで状況の好転を図った。)
更に無人流通網の再建も図られ、従来の無人トラック数両と指揮車両を1単位として編成される輸送部隊が各都市への食糧輸送に従事した。

 

この緊急輸送部隊は、途中で生活の為に一部市民によって襲撃されることさえあった。(更に南の旧南アメリカ合衆国領の状況は、想像を絶するもので、
軍の遺棄兵器を手に入れた犯罪組織や少数民族ゲリラ、民兵等が、民間だけでなく、占領している地球連合の補給部隊や軍に補給任務を委託された企業を襲撃する事件が多発していた。)
今では、これらの対策の為にPMCや州警察が護衛に従事していた。

 

民間の企業や政府機関だけでは、手が足りない為、州軍のみならず、大西洋連邦正規軍の輸送部隊までが動員されていた。
更に鉄道では、それまで人間を各地に運んできた列車までもが、食糧や生活必需品の輸送に従事させられていた。
この様な情勢下で、これだけのメニューをこの砂漠に囲まれた大西洋連邦の辺境とも言えるロズウェル基地の食堂が維持できているのは、驚異的なことだと言える。

 

今や開戦前に10種類のハンバーガーを客に提供してきたハンバーガーチェーン店や数十の地域の民族料理がメニューに記載されていたレストランも、
ハンバーガーやサンドイッチしか注文できない惨状に追い込まれていた。

 
 

「…すみません。」
「にしても…外の飛行機…いつまでここで腐らせておくつもりなんでしょうね。」

 

ハンバーガーを食べ終えたターナーが、右手で窓の向こうを指差す。ハンスらは、防弾処置の施された窓硝子を隔てた食堂の外を見た。

 

窓の外には、滑走路や管制塔、格納庫といった空軍基地として必要な施設が林立している。食堂と隣接する滑走路には、
大西洋連邦軍の戦略爆撃機 B-7とその無人型QB-7が駐機されていた。
更にその奥には本来であれば、すでに退役しているはずの再構築戦争期に開発されたB-6戦略爆撃機の列線があった。
そして、その更に向こうには、黄色に染まった不毛の砂礫がただ広がるばかりであった。

 

「…(地の果てか)」

 

ハンスは、初めてこの基地に来た時に同じ旅客機に乗っていた兵士が、言った言葉を思い出していた。

 

「そういやターナー、お前の部隊は、勝てたらしいな。」
「ラケル中尉がいたお蔭です。彼女がいなかったら、私の部隊は、3分と持ちこたえられませんでした。」

 

ラケル・ジェニングス中尉……格闘戦での成績は、訓練生の中でもトップクラスであり、
対戦相手のコーディネイター系軍人の操縦するジンを格闘戦で撃破出来た数少ない訓練生であった。

 

その高い実力と反比例するかのようにMS訓練部隊に所属する以前の経歴は謎だった。

 

彼女が何処の軍、部隊に所属していたのか一切不明で、本人も語ろうとはしなかった。その為、彼女の容姿と相まって多くの基地の人間が、
「元特殊部隊員」「ハーフコーディネイターなのでは?」「コーディネイター並みの身体能力を与えられた改造人間」等といった無責任な噂に花を咲かせていた。
ハンスは、そのどれもが余りにも荒唐無稽だと考えていた。

 

「彼女は、コーディネイター並みの強さだからな。」

 

荒唐無稽な噂を信じないハンスも、ラケルの実際の強さについては十分に認識している。
彼は一度、訓練生の部隊同士の模擬戦闘で戦ったことがあった。
その時は、あっという間に近接戦闘に持ち込まれ、真っ二つにされてしまった。

 

ヨーロッパ戦線で、彼が交戦したザフトのモビルスーツでもあれ程の反応速度を有した機体はそうはいなかった。流石にあのシグーには劣っていたが。

 
 

「おっ、噂をすれば………」

 

チキンブリトーを片手に持ちながらハイラムは、食堂の一角に視線を落した。
彼の視線の先には、ラケル・ジェニングス中尉がテーブル席に座って、食事を取っていた。

 

彼女の今日の昼食は、タコスとスクランブルエッグ、トマトサラダ、オニオンスープ、リンゴジュースの様であった。

 

プラチナブロンドの髪を短く切り揃えた彼女は、小柄な体格と相まって大人の女性というよりも少女の様な印象を与えていた。

 

また周囲の兵士と比較するとその小柄な体格が更に強調されている様に感じられた。

 

「あれだけでよく持ちますよね……俺ならグラディウスの訓練中に気絶するかもしれません」

 

ハイラムがラケルの食事の量を見て言う。

 

「同感だ。」

 

3人は、会話を楽しみつつ、食事を継続した。
20分後、ハンスらは食堂を出た。
外の強烈な日光がハンスの鍛え上げられた肉体に降り注ぐ。

 

「全く、なんて暑さだ。」

 

外気の熱さにハンスは辟易しつつ、地下の訓練施設に向かう。次は、シュミレーターを用いた訓練である。
実機のグラディウスはまだ12機しかこの基地に存在していない。その上、模擬戦闘で損傷して使えなくなることも良くある。
この状況では、必然的にシュミレーターを用いた操縦訓練の量が増えることになる。

 

今日も敗北してしまった……ハンスは、先程の実機を用いたアグレッサーのジンとの部隊間模擬戦闘の事を心の中で回想していた。酷い戦いだった。
相手を追い詰めたにも関わらず、逆転敗北の醜態を曝した。興奮の余り、自分の兵装の残弾確認すら怠ってしまうとは……。いや、これはまだいい。

 

今回の訓練で、自分は部下の犠牲を前提に作戦を立てていた。部下の機体が相撃ちに持ち込んでくれると考えていた。
実戦ならば、部下は死んでいたにも関わらずである。

 

明らかにこれが模擬戦闘であることに甘えていた………ヨーロッパ戦線の時や機甲歩兵時代の訓練ではこの様には考えていなかったというのに。

 

元機甲歩兵の男の胸中に現在の自身への嫌悪と、自分の技量が一向に向上しない事への嫌悪が広がっていった。

 

「……いかんな、これでは」

 

ふとハンスは自己嫌悪に陥りつつあることに気付き、その考えを振り払う。
戦友たちの為にも、モビルスーツパイロットとして、速く実戦に参加したい……その為にも強くならなくては。
ハンスは、そう自分を奮い立たせた。
今、このエリア51で、試作MS グラディウスのパイロットとして、将来の地球連合軍のMS部隊の中核となるべく訓練を受けている者は、
皆同じ様に自分がモビルスーツを上手く扱えていない事や実践水準に達していない事、実戦に参加できない事等の悩みを抱えているのである。
ハンスは、歩みを続けた。

 

彼の思い等、一切酌むことなく、時は過ぎていく。

 
 

「連合兵戦記」間章 ドラゴンレディ 地球連合戦略爆撃隊  

 
 

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