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7.5話 ―分岐点―

Last-modified: 2014-03-06 (木) 19:44:02

ゴミ溜の宇宙(うみ)で(7.5話)
――分岐点――

 

『セリア隊長、各機再塗装が終わったので確認をお願いします。隊長の機体、縁取り
2本にしたらすごくかっこよく……。あ。今、どちらですか? 不味かったですか?』
 ――気にしなくていい。すまない、10分で行く。フジコはそっけなく腕の無線機に
返事をすると、ゆっくりと丸椅子から立ち上がる。目の前には血の気の無い顔で機械に
つながれた、若干彼女よりも年上に見える少女がベッドに横たわる。
 栗色のベリーショートの彼女は、そっとベッドの上の少女の手を握る。
「今のは仕事だけど、きちんと仕事以外だってみんなと話せているよ、もうあなたは
心配いらないから。だから、ええと。早く、よくなってね……。仕事、行ってきます」
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「ポーラ? じゃ、さっきのシミュレーターお前じゃなかったのかよ。お前の機動(動き)
に見えたけど、ならあれは誰だ? キャップとワチャラは明日まで出張だろ?」
 ヤキンドゥーエの最奥部。通常事務員しかいない書類整理庫の奥、見知った顔の
少女を見つけて青年が驚く。
「私も使いたいんやけど、シフトの都合で抜けれへんもん。さっきのはね、フジコ」
「セリアのガキだって!? あいつ、だってMSは」
 ――まともに教育受けたことないはずやね。データもそうやし、動かし方もそう。
抱えていた分厚い資料を書庫に戻しつつ少女は青年にふり返る。

 

「ね、アントニオ。男性陣もがんばらなくちゃあかんや、そんなやから12分室
(ウチ)は女が強すぎるいうて。……ま、あの娘は、比べること自体無駄やと思うよ。
練習も命がけで。――しっ、誰かきはって……? あちゃ、事務3課の係長やわ」
 データ整理頼まれてたんや、とばたばた駆け出す少女をアントニオと呼ばれた少年は
なんとなく見送る。ポーラ・ポォラ。ザフト事務局所属で明るく仕事のできる少女。
その実態は彼と同じく存在しない事務局12分室所属のパイロットである。

 

「もうちょい練習の時間がとりてぇなぁ。素直に勝ちてぇよ、ポーラにさ」
 第12分室は秘密組織であるが故、シミュレーターや演習はおろか、機体の整備にさえ
制限がかかる。
 構成比率は7:3で圧倒的に女性が多い。嫌味や冗談で女のほうが強い。
室長のハーレムだ。などと言われることはあるものの、組織の長は普段の言動とは裏腹に
超現実主義のデイビット・ウイルソン。『出来ない』ものが配属されることは絶対に無い。
 分室に居る。ということはその時点でなにがしかの素養がある。ということでもある。

 

 彼らのボスには、操縦が上手いものがMSを駆る。その単純な選択に躊躇は一切ない。
「あいつ以外にも壁があるとはなぁ。セリアがポーラ・マニューバを使いこなすとは」
 特異な機動と戦術眼で他の追随を許さず、MSに限っては室長に次ぐ分室ナンバー2の
座に座る少女。それがポーラ・ポォラのもう一つの顔である。

 

 ザフト事務局の専任事務官はあくまで表の顔。ただ、表の仕事でも彼女は手を抜く
ような事は一切ない。表裏とも高評価、それが彼女である。
「すいません。最初明日までって聞いてたもんやから。いえ、急ぐようでしたら、
ちーとばかし遅くなりますけど、今日中にあげますよ? あぁそこまででしたら……」

 

 プシュ。ポーラの自室、扉があいた向こうには、ショートの長さの栗色の髪の毛と、
同じ長さの前髪で顔の右半分しか見えない、真新しい制服の少女が立つ。
「おはようさん、夜勤ごくろー。夜通しデータ弄りで滅入ったやろ。――すぐ寝る?」
 ドアは外にいる人間を受け入れて閉まったがまるで気配を感じない。誰が入ってきた
のかあたりをつけたポーラは、鏡から目をそらさず、髪に櫛を通しつつ声をかける。
「いいえ、まだ眠くないです。……それに昨日の分の総括を、聞いてないから」

 

「言うと思って早起きしててん。まぁ、自分の部屋で固くなっても意味ないし。座り」
 フジコ・セリア、室長がどこからか拾ってきた少女。事務はもちろん、MS、格闘術
その他すべてをそつなくこなすローティーンの彼女はポーラのルームメイトでもある。
「かわいい顔してるんやから、そのわら人形みたいな髪型、どうにかしたほうがええよ。
今んとこおっぱいもおしりもないんやから、それじゃどっちが前だか」
 すべて優等生の少女。ただし人とのコミニュケーション、これには重大な問題があった。
「出来れば、このままがいいです。かわいいとか、私にはあまり関係がないから……」

 

 なかなか言葉を発しないフジコ、しかもナチュラルを殲滅する事以外はほぼ興味なし。
周りの者たちは薄気味悪がって多少距離をとったのだが、しかしポーラは普通に接した。
 フジコは喋りたく無い訳でも、勿論病気でもなく、人と話すことが苦手なだけだ。
と判断し、MSの技術を徹底的に仕込んだ。自らのボスと同じく才能を感じたからだ。
 結果、約一か月かかったが、ポーラに対してのみは多少の雑談は出来るようになった。
 シミュレータを使った日の講評も、実は意外にもフジコ本人が望んだものである。

 

 だから今日も2時間早く起きたポーラは、15分のシミュレーター画像を角度を
変えて3回見直して、更に機体からのテレメーターの数値を睨み、各スラスターの角度
から、アイカメラからの瞳の動きやペダルの踏み込み量までを、すべてチェックした。
 髪に櫛を入れていたのは、フジコがいらない気を使わないように、帰ってくる時間に
合わせて特別何もしてない風を装うためだ。
「よく頑張ったね、今回は操縦技術、なぁんも言うことないよ。合格やね」
 ほぼ表情のないフジコが、それでも驚いた顔になったのを満足げにみるとポーラは
続ける。

 

「あの機動は、何考えてるのかわけわからんのに結果的には最高効率。っちゅう事で
フジコ・マニューバと名づける! すでに作った私より良い動きしてるしね」
 驚きすぎてフジコが表情をなくす。ただそれは以前の無表情ではなく、きちんと
無表情という表情がある。とポーラは思った。
「ただぁし、一個だけ気になるんや。……ここからちょい真面目に聞いてくれる?」

 

「いつも真面目に……」
「パイロットはただ操縦が上手いだけでは成れんて、前にも言うたね?」
 フジコに表情が戻る。不満の表情を自分の言葉で浮かべてくれるようになったことを
ポーラは少しうれしく思った。――今日は少し意地悪かな、私。寝不足だからやね。
「メカマンとのセッティング打ち合わせ、CICとの交信記録、仮想僚機との交信。
全部アウトや。現場には出せん。フジコ・マニューバでジンを振り回すんは私だけや!」
 普段表情のない少女は、半分以上髪の毛で見えない顔に完璧な不満の表情を浮かべた。

 

「なんてね。半分はう・そ。――まぁまぁ聞きなさいって。伝達事項を的確に伝えるのは
ちゃんと出来てるよ。あんた、あんだけ人と話すの苦手やのによう頑張ってる」

 

 彼女の機体稼働時の連絡、報告はかなりの情報量だった。僚機や母艦の状況はおろか、
全体の戦況まできちんと見えていないとそんな量にはならないし、それが口頭で的確に
伝わっているという状況に、むしろ毎回オペレーターが戸惑っていた。
「あんたはもう仕事になれば喋れるんや、そこは一つ進化した」

 

 ――次はおっぱいを進化。と言いかけたところで、フジコの唯一見えている右の目に、
明らかな怒りの色を見て取ったポーラは、おほん。と、とりあえず咳払いを一つする。
「冗談や、そない怒らんでも。――事務的に淡々と伝えるのは文句ないわ。けどな……」
 あいつに統率力がほしいな、ん? もちろんフゥの事だ。ポーラの脳裏にボスの言葉が
蘇る。操縦の腕はもちろん、状況把握と決断の早さ。リーダーとしての資質は十分。
 但し、人としゃべるのが苦手な彼女に果たしてそんなことを押しつけていいのか。
「これ以上どうしろというんですか、他の人は知りませんが私は……」

 

「こんだけ出来るのに、人のおしりについてくだけか? あんたは。キャップや私に
少し楽させてやろうとか、そういう風には思わへんのんか?」
 単独での作戦行動はおろか、部隊の統率まで出来るように仕込んでおけ。というのが
室長ウィルソンの命令ではあるのだが。
「わ、私は、だって……」

 

 ただ、ポーラには命令よりも先に、もっと気になる部分があった。
「別に無理して社交性を磨けとか、そういうことを言うつもりは無いよ。人に話しかける
のはどうしても苦手やろし、そこは今んとこそのままでもええの」
 フジコはただ人より控えめなだけで、本来人から距離を置かれるようなタイプではない。
ここ数ヶ月、すでに自分の妹のような存在になってしまった彼女。そのかわいい妹が
人の集まる場所で一人ぽつねんと佇んでいるのは、ポーラとしては我慢ならない。

 

 ――ただね。ポーラは自分のいすを立ち上がるとフジコの後ろに回り込んで、後ろから
抱きかかえるように手を回す。
「相手からのコミュニケーション、それまで無視しなくてもいいやん。おはよう、
言われたらおはよう、て返す。言うてるのはそれだけの事や」
 抱きかかえられたままのフジコは、視線を下に落としてズボンのももをきゅっと掴む。
「仲間のパーソナリティを掴むには雑談が一番ええって言ったはってな? キャップが
あんたに何、期待してるか判った? 私からは言わんよ?」

 

「髪型もそう、それだって相手に関わりたくないからやろ? 髪なんかアフロでも
モヒカンでもなんでもええねんけど、そう言う後ろ向きな理由なら変えて欲しーねん」
「あの、でもっ、皆さんに向けるような顔は私には……」
「今すぐなんて言ってないやん、基本方針はそうやっちゅう話。――眠くないんやったら
シャワー浴びといで。あがってくるまでまっとくから、一緒に朝ご飯食べに行こ!」
 ポーラは制服を脱ぐフジコから上着を取り上げると、皺を伸ばしてハンガーに掛けた。

 

「キャップ。まもなく、て言ったはりましたが、想定スパンはどんだけ見てます?」
「分室も諜報部も動いてるが開戦は不可避だろうな、伸ばすだけでも精一杯、それも
半年持たん。ブルーコスモスが本格的に介入してきた。だからこのタイミングで
使えるパイロットを増やしてくれたことは感謝するよ。ウチもこの先仕事が増える」
「もうちょい実機で演習、回したいですわ。ややこしーのは判った上ですけど」

 

 ヤキンドゥーエの周りに配置された、ただの大きな箱にも見える廃棄物置き場。
たくさんのパーツがうち捨てられる此所には、事務局でも一部の人間しか入れない
機密資料廃棄庫とそして存在しない部隊、12分室の秘密ドックがあった。
 艦船やMSのジャンクパーツが放り込まれた外側からは想像も出来ないほどに
整理されたドックフロアに三隻並んだ黒いナスカ級。その一番左に止まった
ブリュンヒルデの指揮官席の小さなモニターには、自艦のシミュレーションルームが
映し出されている。
 画面の中、シミュレーター出口の扉の前に集まる数人の影。

 

「しかしポーリィ、どうやった。――ん? これだよ。フゥが自分の結果について
説明した上で各パイロットにアドバイスまで。フジコ・マニューバ、か? 考えたな」
「言ったら。きっかけさえあれば喋れたんですよ、あの娘の場合は。せやから、
その名前だって、単なるきっかけです」
 そういやもう一つ聞いときたいんだが。ウィルソンはモニターの倍率を上げる。
 モニターには戸惑いの表情を浮かべながら説明に追われるフジコのアップが写る。
「つと納豆みたいな髪型から急にこけしみたいになったのは、あれもおまえの差し金か?」

 

「は? ぷっ、きゃははは……! こっ、こけ、ひ……! こけしてキャップ、ぷっくく
あ、あんまりや、可哀想やわあ。ひ、ひぃ、非道いぃ、いひひひ……、くっくるひぃ」
 それまで凜として隣にたっていたポーラが腹を抱えて床に崩れ落ちる。
「あれに直接言わん方がいいことだけは理解ができたよ……」
 確かに本人に言うものは誰も居なかったが、しばらくの間、本人の居ないところでは
フジコの三人称は“こけしちゃん”に成った。

 
 
 

 パメラが何も言葉を発しないフジコの隣に座り込んで、2時間ほど過ぎている。
 標準時で深夜を過ぎた、白で統一された大きくない白い部屋。いすや長いすの用意も
あるのだが、フジコが床に座っているのが判る気がして自分もそうしたパメラである。

 
 

「ね、起きてる? セリア」
 壁際で足を抱えて座る赤い服、パメラにはその赤い服の主の頭が持ち上がって
自分の方を見たのが見えた。ほおがこけ、白目は充血して真っ赤だった。
 パメラが何かを言うのを待たずに、その顔は目の前のベッドに向けられ、そして
そのほおにはまた涙が伝う。声も感情出さず、ただ涙だけが制服にシミを作り。
床に水たまりを作っていく。

 

 2人の目の前のベッド。機械を外され、正装に身を包んだポーラが両手を胸に組み
枕元にはたくさんの花束を乗せ、なにも言わずにただ横たわっていた。

 

「居て、くれたんだ……。ごめん、ありがとう」
 フジコは再度振り返り、抑揚のない声がパメラにつぶやく。
「――午後からなにも食べてないんでしょ? ドリンク持ってきたから口だけでもつけて」

 

「ほら、飲む。――ね、セリア……。私も一緒に、居ていい?」
 ストローを突き刺したボトルを半ば強引に渡すと、フジコがそれを口に持って行くまで
じっとパメラは見つめる。
「……私の許可なんか、要らない。私なんかより、みんなが居れば、ポーラが喜ぶ」
 そう言うと今まで控えめにすすっていたドリンクを一気に飲み始めた。

 

「あのさ、セリア。余計なことかも知れないけれど……」
 一瞬時計に目をやったパメラがドリンクを飲み終わってまたうつむいてしまった
フジコに声をかける。
「ね、今日は早朝勤務でしょ? シャワー浴びて着替えてきた方がいいよ。あなたが
帰ってくるまで、迷惑でなければあたしが居るから。それとも休むって言ってくる?」
 ――休暇は多分通ると思うよ。だがフジコは突如パメラの言を遮って立ち上がる。
「絶対に休まない、そんなことはポーラは絶対望まない! もうそんな時間なの……?
朝になったら、みんな来ると思うから、それまで一人にしたくない。30分だけお願い」

 

 数日後、ゲルヒルデMSデッキ。フジコは半壊したゲイツを眺めていた
「居た居た! おーいフジコおぉ!! よっ、元気んなったみたいだねぇ、安心安心」
「ありがとう、メカチーフ。……何か、用?」 
 どうやらフジコがゲルヒルデに入ったのに気づいて探していたものらしい。
「単刀直入に聞くんだけどさぁ。ポーラのゲイツ、部品取りに出来ないようにデータ上
予備機扱いにして阻止してたのって、あんただよね?」

 

 ポーラ自身も救い出した時点でかなり重篤だったのだが、機体の方はもっと
悪かった。すでに右腕、右足は根元から引きちぎられた状態で、コクピットもまるで
使い物にならない。使えるのは装甲板くらい。状況的には大破である。
 本来そう言う機体はパーツ取りにすることで内部的には決まっており、事実
こういう状況でほおってあるのはポーラの機体ぐらいなものである。
 それを作戦用の予備機、として登録してスクラップに回されるのを阻止出来るのは
そのたぐいのデータをいじったうえで承認出来る人間。フジコ以外に考えられない。

 

「ごめんなさい! 資材が足らないときに。ポーラが、その可哀想な気が、して……」
「え? 違う、逆! 感謝してんの! そこでもう一つお願いがあんのよ。稼働全機に
ナンバー振るってキャップが言ってたからこの子にも、スカルフラッグスのナンバーを!」
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「セリア隊長、……スカルフラッグス4。この機体は今後どう使用されるのですか?」
 端末を抱えたメカマンとフジコが2人で立つ、がらんとしたデッキの中。自力で立つ
ことはおろか、起動さえ出来ない機体が骸骨機のマークを書かれハンガーからぶら下がる。
「マーキングも完璧、ありがとう。――この機体はあるだけでいい。ここにあるだけで、
それだけで勇気が出る人達がたくさん居る。――なぜ、ね。時間がよければ教えようか?」

 
 

【第七話 『変節する世界』】 【戻】 【第八話 『希望、羨望、渇望』】

 
 

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