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となりのダイノガイスト 第1話

Last-modified: 2008-09-16 (火) 20:55:56

 ぴちゃぴちゃと音を立てる水滴に打たれ、ソレは目を覚ました。辺りは暗く、『薄暗く』さえない。目の前を誰かがよぎっても、気付く事はないだろう。ざあ、ざあ、と潮騒の音が大きく小さく引いては打ち寄せる音がする。海の近くなのだろう。

 

――どこだ? ここは。

 

 ぴくりとも動かぬ四肢をもどかしく思いながら、ソレは視線を周囲に向けた。闇。闇。闇――そして一筋の光。
 たった一筋の光が、ソレのいる闇を切り裂き、ニンゲンが素足で歩いたら血を噴きだしてしまいそうなほど鋭く尖った岩肌を照らし出していた。
 どうやら岩盤と岩盤が折り重なって出来た空隙に、ソレは自分の体を横たえているようだった。光は、重なり合った岩盤に出来たわずかな罅から差し込む唯一の灯りのようだった。

 

――おそらく地下、だろう。

 

 体内のエネルギーをわずかに消費して、差し込む陽光や大気、体の下の岩盤の成分を分析すると、彼がしばらく身を置いたあの星のモノと一致した結果が出る。

 

――動かん。身体も捨てられんか。

 

 忌々しい。本来、有機物や無機物で構成された肉体をもたぬ筈のソレは、今は鋼の肉体と言う名の檻に捉われていた。一刻も早くエネルギーを補給し、この肉体を再構築するか、肉体から離れても行動が可能になるまで待つしかない。
 口惜しい。宇宙にその名を限りない恐怖で知らしめたソレからすれば、ただこうして牢獄を思わせる地下で、ただ傷を癒す事の身に時を掛けるのは屈辱であった。
 だが、事実体を休める以外に選択肢はあり得ず、心に湧き起こる怒りをそのままにソレはわずかに差し込む陽光からエネルギーを補充して周囲の岩盤や塵、イオン、浮遊分子などを集め、それらの物質の分子配列を変えて自らの肉体の傷を塞ぐ糧とする。
 それは、蟻が巨城をその牙だけで崩そうとするような、途方も無い作業ではあったが、ソレは躊躇なく行う忍耐も兼ね備えていた。そして忍耐を支えるのは怒りであった。屈辱であった。誇りであった。矜持であった。
 かつて宇宙最強を謳われた己が、このままどこともしれぬ地下で朽ちるなど、断じて有り得ぬ。例え千度生まれ変わろうとも一度として受け入れる事の出来ぬ無様であり、結末だ。
 だから、ソレは気が遠くなり、思考さえも鬱陶しくなるような時間を覚悟して、自分の体を癒し始めた。ゆっくりゆっくりと、長い長い旅の様に。

 
 

 自らも岩盤の一部となり果てたと錯覚するほどの時間がたち、ソレはこの闇と岩の牢獄の中にいる“命”が自分だけではない事を知った。
 生命活動、というよりは肉体の復元作業に差しさわりの無い程度にエネルギーを使い、センサーを起動させれば岩壁をかさかさと走る小型の爬虫類や、蜘蛛の足が立てるか細い音も拾えるし、何日も聞いていた潮騒のわずかな違いを聞き取る事もできるようになっていた。
 変化もわずかずつではあるが生じていた。普段、肉体の修復に使用するエネルギーの消費量が一定のラインを超えると強制的に眠りに着くように設定した肉体に流れ込むエネルギーの量が、わずかではあるが増したからだ。
 麻痺しつつあった感性が刺激され、ソレはセンサーの感度をほんの少しずつ上げる。

 

――無数の生命反応。それに膨大な量のエネルギー……。これは、ニンゲン達か。

 

 記憶の中に埋没していた虚弱な生命の名を思い出し、ソレは久しぶりに心が動くのを感じた。あの、ちっぽけで矮小で、何万人集まろうともソレに傷一つ付けられないだろう哀れな弱者達。
 だが、ソレの求める宝をいくつも生み出した貴重な生き物でもあった。ソレとは違い、柔らかく脆い肉の体を持つニンゲン達。どうやら、ソレが眠りについている間に、地上の世界は大きく変わっていたらしい。
 自分の体に流れ込むエネルギーがわずかに増したのも、ニンゲンの築き上げた文明が消費するエネルギーがわずかに零れ落ち、それをすくいあげたからの様だった。
 ニンゲン達の恩恵に預かるような真似にはひどく抵抗を覚えたが、ソレは一時の事と感情を殺し、また緩慢に眠りにつき始めた。
 太陽に身を投げた筈の体は、まだ十分に回復しているとは言い難かった。

 

――ニンゲン。憐れなほどに弱い、生き物。だが……

 

 ソレの脳裏に浮かんだのは、この闇の時の中で何度も反芻した宿敵の言葉。

 

『大事なのはコウタだけではない!! この宇宙に生きるすべての命が大事なのだ!』

 

『どんなに小さくとも命は宝だ! たとえそれが貴様のような悪党の命であってもだ!!』

 

 であるならば、命こそが宝であるならば、

 

――ニンゲンすべてもまた、宝か。

 

 そして、ソレは再び眠りに着いた。

 
 

 それからも何度か怠惰な覚醒と深い眠りを繰り返し、ソレはニンゲンの世界の変化を感じ続けた。時がたつほどにソレに流れ込むエネルギーは増え、ソレは遠くない日に、再び宇宙最強の強者として蘇る自分の雄姿を思い起こし、小さな感慨に耽った。
 もっとも、ニンゲンに比べてかなり幅の広い限りある命を持つソレにとっての遠くない日というのは、ニンゲンからすればとてつもない数字になるが。
 いずれ蘇った暁には捕らえられた部下達を救いだし、自分を打ち倒した宿敵と再び剣を交えるのだ。そして宿敵を倒し、敗北の屈辱を注ぐ事が出来た時こそ、真に自分は蘇る事が出来る。

 

――そう、この■■■■■■■様の復活の時だ……。

 

 ずっとそこに身を置くソレ以外には、微細な変化を感じ取る事が出来ない世界に、大きな変化が訪れたのは唐突だった。
 眠りに着いている間稼働させていたセンサーの捉えた動体反応と熱源反応、生命反応にゆっくりと目を覚ましたそれは、長い事ねぐらにしていたこの牢獄に近づいてくる一人のニンゲンに気付いた。
 子供、と呼ばれるニンゲンの幼態だ。子供と言う存在に、不意にソレは宿敵にコウタと呼ばれていたニンゲンの子供を思い出す。思えば、あの子供こそがソレと宿敵との戦いの鍵を握っていたのかもしれない。

 

――馬鹿な。ちっぽけなニンゲンの、更に弱々しい子供などが。

 

 否定する自分と、しかし、と肯定する自分。あまりにも自分らしくない。迷いや躊躇などおよそソレの生において無縁のものだ。ソレは欲しいと思えば力づくで手にいれ、気に入らなければ思うがままに破壊してきた。
 そしてソレの行いを阻める者など広大無辺な宇宙といえども居やしなかった。神とやらに救いを求める者もいた。自分達の知恵と技術で挑んできた者もいた。あるいは敗者同士で手を組みあい、挑んできた者達もいた。
 すべて打ち倒した。すべて打ち砕いた。すべてさらなる敗北の泥に塗れさせた。ソレの向う所に敵は無く、阻める壁は無く、多少の困難はむしろそれを打ち破った時の快楽を得る為の刺激剤だった。
 唯一、ソレをこのような境遇に追い落とした宿敵達を除いて。

 

――…………。

 

 そこまで考え、ソレの思考は沈黙を選んだ。最初は、自分さえ姿を現わせばどうと言う事も無く倒せた相手であった。だが、戦いを重ねるにつれ力を増し、遂には自分と互角の力を持つになった宿敵。
 宿敵が力を増していった理由の一つが、あのコウタという子供だったのではないかという思いがソレの思考の片隅に、ずっと長い事あり続けていた。
 ソレの沈黙を破ったのは、刺し恵む陽光よりもさらに強烈な光を認めた時だった。人工の灯り。どうやらニンゲンの子供がこの牢獄の近くにまで来たらしい。
 打ち寄せては砕ける波のしぶきでも浴びたのか、きゃ、という小さな声がした。ニンゲン同士なら可愛いと感じる幼子の声であった。ソレにはさしたる感慨も浮かばない。

 

――ニンゲンのメスか。少女、とかいう分類だな。

 

 聞こえてきた声を分析し、収集し蓄積していたニンゲンのデータと照合し、そう判断する。地球周期でおおよそ十歳前後。性別雌。
 久方ぶりに、自分以外に明確な知性と意識を持った生命の接近に、我知らずソレの思考も活発さを取り戻していた。
 視覚センサーの彼方をライトの灯りが何度もよぎり、徐々にニンゲンの子供が近づいてくる。波の音にまぎれてしまう小さな足音も、ソレの聴覚に相当するセンサーが拾い上げていた。
 凹凸の激しい足元に、かなり苦労しているらしいが、小さな冒険のつもりなのか零れる悲鳴は随分楽しげだ。
 そして、そのニンゲンの子供が、ソレが体を横たえている牢獄に入った唯一の罅に気付き、体を乗り出して自分の足元を手に持ったライトで照らしだした。罅は最も太い所で幅六十センチ、長さは五メートル近い。
 牢獄の中を白々と照らし出していた光が、ソレのちょうど視覚センサーに当てられた。陽光以外の灯りを、ソレは眩しいと感じた。おかしな話だ。自動的に光量を調節し、視覚センサーに異常を来たさない様にしていると言うのに。

 

「きゃあ!?」

 

 ひときわ大きな声が、ソレが身を置く牢獄に反響した。ニンゲンの子供がソレに気付き、驚きの声を上げたのだ。ソレは、ニンゲンの子供を見た。ちょうどソレが体を横たえている位置から、数メートル上にニンゲンの子供がいるため、ソレが見上げる形になる。
 つぶらな瞳に、長い茶色の髪をピンクの細いリボンで括った華奢な雌だ。赤いスカートに、白のブラウス。その上にジャケットを一枚羽織っていた。ニンゲンすべてがそうだが、特に子供と言うのは良くもあれで生きていけると思うほど小さく弱々しい。

 

「きょ、恐竜の……ロボット?」

 

 おれの事か。とソレは思う。そういえば今の自分が三つある姿の内、アジトで長い事選んでいた恐竜の形態である事を、久しぶりにソレは思い出した。ニンゲンの子供が持つライトが、ソレの傷ついた体を順々に照らしだす。
 ティラノサウルスよりは映画の中に出てくる二足歩行の怪獣に似た胴体と、胴体に比べれば小さな前足、頭部にある鶏冠か反り返った刃の様な金色の角。恐竜らしからぬ、なぜか背に負った――ひしゃげている――二門の砲身。
 その体を横たえ、背を丸めているソレに、ニンゲンの子供は目をまんまるに見開き息を飲んでいた。そんなに自分が珍しいのか、それともよほど自分が傷ついた姿をしているのか。
 どちらにせよ、まるで見世物の様でソレは不愉快だった。だからだろうか。自分が見世物などではないと主張する気になったのは。久方ぶりに言葉を発し、会話をしてみたいと言う欲求に駆られたとは微塵も思っていない。

 

『恐竜のロボットだと? それはおれの名前ではない』
「ひゃっ! しゃ、喋った!?」

 

 びくりと、体を震わせるニンゲンの子供の様子がひどく愉快なものに見える。本来肉体を持たぬソレからすれば、有機物で構成された際に変化するニンゲンの表情の変化と言うものは判別するのが難しいが、目の前の子供の驚きの様子は手に取るように分かった。

 

『小娘。貴様、名前は何と言う?』
「マ、マユ。マユ・アスカだよ? 貴方はなんて言うの? 恐竜さん」
『おれか? おれ様は、ダイノガイストだ!』

 

 長い長い眠りに着いていたソレは、久方ぶりに口にする自らの名を、傷つきながらも変わらぬ威厳に満ちた声で、誇らしげに告げるのだった。