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アム種_134_081話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 16:01:02

第八十一話 折られし旗



 黒い毛長の猫は、よく餌を食べていた。

 皿まで食べてしまいそうな勢いで、がつがつと。



 うまそうに、食べている。



「ガン・ザルディ殿」



 ぼうっとそれを見ていた男へと声をかけるは、隻眼の女性兵士、ヒルダ。

 敬礼を下ろした彼女に目を遣ると、女は報告をはじめる。



「レクイエムの制圧、完了。メサイアも我々の同志達が抑えておりいつでも出られます」

「そうか」

「レイ・ザ・バレルの処刑は、明後日にも」



 計画は順調そのもの、ということか。

 ザルディは、頷いてみせる。



「『ラクス様』はどうなっている?どちらも」



 目下の懸念事項はまず、そこにあった。



「はっ。ラクス様は相変わらず……我々の行く道に賛同してはくれませぬ。

 ですが結果を見せれば、これが正しいものだときっとわかって頂けるでしょう。

 そして、もう一人の『ラクス・クライン』は───……」



 そこでヒルダは、言葉を切った。

 残虐性を秘めた表情で、口元を歪めて。



「ラクス様を冒涜しているあの尻軽女には……サラの部隊を差し向けました」

「……わかった。それでいい」



 下らぬことにこだわるものだ、この世界の人間も。ザルディは内心で少々呆れる。

 いや、だからこそ導かねばならないのだが。



 他の誰でもない、この私が。



「ザルディ殿……我々は感謝しているのですよ、あなたに」

「?」

「大戦後議長に就任したデュランダルは、我々と同じくラクス様を奉じる身でありながらあのような贋作をつくり!!あまつさえラクス様を日陰へと追いやった!!そして我々正統なクライン派を解体しその勢力を奪おうとした!!これは裏切りだ、明らかに!!」

「……」

「分解されつつあった我々の前に現れ、まとめ。力を与えてくれたのはあなただ!!

 ラクス様のため、どうか今しばらく我々に力添え、願いたい!!」

「無論だ」



「ラクス様の、ためにな」



 故に、扱いやすく、動かしやすい。

 心にもない一言を少し、言ってやるだけでいいのだから。



 力は、貸してやるつもりだ。



 神として、この世界においても神になるためにも、な。

 まずは、プラントを。そのための仕上げに、行こうではないか。







「それにしても友軍と合流……とはいっても、一体どこの部隊となんでしょうか?グラディス艦長」



 眦から目の下にかけての隈が未だ残る顔で、マリューはミネルバ艦橋のタリアへと呼びかけた。

 バルドフェルドを失ったあの日から、碌に眠れない日が続いている。

 しかし、彼の遺志を継がねばならない。その思いが身体を動かしている。



『それなら……ついさっき、指令が届いたわ。あの人が死ぬ、直前……その日の、日付で』



 送られてきた指令書を、ミリアリアがサブモニターに表示する。



「……?これは……」

『不思議よね。まるでこうなることを“予測していた”かのようだわ』



──“我が意志は、ラクス・クラインに預ける。それに従い、エターナルに合流せよ。”



「エターナルに……」



 かつて、共に戦った艦。戦後ザフトに返還されたその名を、もう一度聞こうとは。

 その艦長席に座っていたバルドフェルドの、在りし日の姿が心中を駆け巡る。



『送られてきたのも、第一級の極秘文書を扱うような秘匿コードでよ』

「なにか……あるということですか」

『ええ。おそらくは。レイのことも、……あの人の死にもね』



 あの人の、死。その単語を発声するのに、タリアはひどく苦労していた。

 口が動いてくれない、というのだろうか。



 マリューにも、同じ経験はあるからわかる。

 前大戦の終結後。「彼」のことが言えなかった時期があった。



『ひとまず、指定された合流点に向かいます。よろしいですね?』

「ええ」



 きっと、そこで合流するであろうエターナルが。

 なんらかの情報をもたらしてくれることであろう。







――プラント最高評議会、議事堂――



 議事堂には、多くの評議員たちが集まっていた。

 アイリーン・カナーバ、タカオ・シュライバー、オーソン・ホワイト。

 他にも要職に就いていたり、プラントの統治を担う上で欠かすことのできない

 評議員達がいずれも、椅子に座り会議が開かれるのを今か今かと待っていた。



「一体なんなのだ、こんな忙しい事態のときに」



 緊急の評議会を招集するなど。



 大詰めとなったブルーコスモスとの戦争に加え、

 突如としてデュランダルの発表した『デスティニープラン』。

 そしてその張本人の死である。



 悠長に時間を食っている場合ではないというのに。

 それに大体議長の亡くなられた今、誰がこの議会を召集したのだ?

 特に軍事担当であり過密なスケジュールをこなすタカオがこぼす。



「ひとまず議長が亡くなられたことで、あの『デスティニープラン』は凍結でしょうな」

「ええ。今の経済力、国際情勢の中であんなものが導入できるとは、とても」



 口々に言葉を漏らす議員達。だが、その雑談、愚痴は乱入してきた一人の男によって中断される。



「いえ、導入するのですよ。今だからこそ」



 黒い革の服に、黒い長髪、黒いサングラス。

 乱入してきた男に、一同は一斉に視線を集める。



「誰だね、君は?」

「ガン・ザルディ。ギルバート・デュランダル前議長より“全権を頂いた”者です」

「は?なにを言っている?評議会にはきちんと手順を踏んでだな」

「部外者はさっさと出て行きたまえ!!」



 口々に怒鳴る議員たちに、ガン・ザルディは溜息をつく。

 そのような些末なことに拘るとは。



 これだから、権力者は。政治家というものは救いがたい。



──私の世界には、不要だ。



「それならば、判決だ。お前達は、世界の敵。神に楯突いた者として───……」



 すっと挙げた右手が、合図。武装した多数の兵士たちが、議場へと押し入ってきて。



「死刑」



 撃ち放されたマシンガンの銃弾が、議員達をボロ屑同然の挽肉へと変えていく。

 厳粛な会議の場として使われるべきその場所は、一瞬にして血の海へと染まった。







――プラント・とある辺境のコロニー――



 プラントでも首都・アプリリウスから離れたそこは、人もさほど多くはなかった。

 あくまで比較の上でのものだから、それでも地球上の先進国程度の人口密度はあるのだが。

 富裕層などがバカンスに利用するリゾート都市という趣のそこはシーズン外(季節、ではなく時期として)

 であったこともあり、プールサイドには少女を除き誰もいない。

 時折ホテルのガラス越しにボーイが、飲み物はまだ残っているか覗きにくるくらいだ。



「あーあ……いつまでこうしてるんだろ」



 白いプラスティック製のプールサイドテーブルでパソコンの画面を覗きながら、ミーアは呟いた。



 もう、五日にもなるだろうか。

 アプリリウスの喧騒から離れ、この場所で無為に時間を過ごすようになって。



 デュランダルは休暇だといって送り出してくれたが、結局プラントに帰ってきてもラクスとは会えず仕舞いだった。



 彼女をこの目立たぬ場所に移したデュランダルには、

 過激なクライン派から疎まれているミーアを彼らの目から離し、危険から遠ざける目的があったのだが。

 不安にさせまいとなにも知らされていない彼女に、その意図が伝わっているはずもなく。

 このところの忙しさに慣れてしまっていたミーアは、落ち着かない。



「ラクス様……どうしてるのかな。あの、レイって子……ほんとうに……」



 そして、そのデュランダルが死んだというニュースは、ミーアのもとにも届いていた。

 不安や憂鬱に駆られ、気にならないわけがない。

 プールで泳ぐのも、豪華なホテルも、気晴らしにはなり得なかった。



「──ん?」



 南国を模して作られた茂みのほうで、何かが光った気がした。

 気になり、顔を上げる。やはり何かが太陽──プラントの人工の灯りだが──を反射し、光っている。

 なんだろう。水着の上から椅子にかけていたパーカーを羽織り、そちらに歩いていく。



 彼女が近づいていくそれは、黒い。

 銃口の放つ、光沢の光。


 
 

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