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クルーゼ生存_第06話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:11:28

 アレックス・ディノと書かれた大西洋連邦のパスポート、偽造などではない。ワシント
ン発行の本物だ。問題があるとすれば、書かれている名義が持ち主の生まれたままの名前
ではないということ。アスラン・ザラ、ザフトのエースパイロットとして前大戦に勇名を
はせたが、最終的に元婚約者のラクス・クライン率いるテロ組織三隻同盟に加盟し、ザフ
トの最終兵器を自分のモビルスーツとともに自爆させた男だ。そのときに、プラント議長
だった実の父親をも殺したという風聞もある。オーブに亡命して、宇宙にはない地球の海、
自然に惹かれて生活してきた。オーブは近代化した工業国であるとともに、南洋の楽園と
して観光にも力を入れていた。そしてどちらにも興味を示さず、数百年前と対して変わら
ない生活をしている村もいくつかあった。浅瀬で魚をすなどり、簡単に出来る芋や果物を
主食とし、祝い事があったときだけ豚を潰して食べる。アスランがそういう暮らしに惹か
れていったとき、環境保護団体としてのブルーコスモスに出会ったのだ。彼らは民俗学者
たちで、「人間が生活している以上、プラントの生活にも興味はあります。我々にフィー
ルドワークをさせてくれませんかね」と言って、アスランの気持ちをやわらげてくれた。
彼らの話で、ブルーコスモスといっても段階や分派がいろいろあり、コーディネーター排
斥派は一番過激で、コーディネーターがプラントに孤立することを止めて、ナチュラルと
地球で共生し、混血していくことを選ぶなら受け入れるという人も多数いると知った。 
とはいえ、彼はもう、コーディネーター殲滅の武闘派ブルーコスモスを関係を持ってしま
った。たった二年しかたっていないのにまた戦争。戦うなら、プラントのためでなく地球
のためでありたかった。
 地球で一番強い大西洋連邦のパスポートなので、出国はあっという間だった。大戦後、
オーブはテロ支援国家と各国に思われるようになり、スカンジナビア王国以外の国に渡航
するには全てヴィザが必要とされるようになった。それに「アスラン・ザラ」名義では、
隣の赤道連合に観光に行くにしても、ヴィザの取得に一ヶ月、入国審査に二時間は要した
だろう。そして大西洋連邦のヴィザは絶対に下りないはずだ。この偽名の、しかし中身は
本物のパスポートがあってはじめて、ロス・アンゼルスまで飛ぶことが出来る。
 機内でのほとんどの時間をうたた寝ですごした彼だが、一度トイレに行って、人生最後
の自慰をした。

 
 

 ロス・アンゼルスの空港で出迎えの男性と会う。隠していても細かい動きから、みっち
りと訓練を受けた軍人だと分かる。
「アレックス・ディノ、いや、アスラン・ザラ。私の任務は君をエリア81に連れて行く
ことだ」
 ヘリコプターは砂漠に向かって飛び立った。
「この書類をよく読んでサインを。契約は君がエリア81の滑走路に足をつけた瞬間から
発行する」
 内容はオーブの連絡員から口頭で聞いていたことと変わりはなかった。しかし幾度も読
み返し、文法的に複数の意味に取れるところは質問し、結局サインをしたのは、ヘリが降
下を始めてからだった。
「このヘリから降りた瞬間から、君はこの基地の人間です。わかっていますね?」
「ああ」
 拒否したら殺されることもわかっている。
 アスランは、ヘリの轟音が止まない中、通称「ファントムペイン」の基地に一歩を印し
た。
 覚悟していたことだが、最初に連れて行かれたのは別棟の手術室だった。全身を消毒さ
れて手術着に着替え、手術台の上に乗る。麻酔は局部麻酔だ。
 鋭いメスがアスラン・ザラの男性器一式を切り取り、尿道からの筋道が形成された。
 古代、人々が大地の女神を崇めていた頃、神官は狂騒状態に入って、己の陽持を切り落
とし、女神に捧げたという。ナチュラルでない体の自分だが、地球の女神はせめてもの犠
牲を受け入れてくれるだろうと、アスランは祈った。青き清浄なる世界のために。

 
 

 麻酔が覚めて、傷がふさがったのは翌日。アスランは鏡で顔を見て、昨日から髭が伸び
ていないのに気付いた。支給された連合軍の軍服に着替える。下着の中に何もない感覚に
慣れるには、しばらく時間が必要だと思った。
 そこにノックの音。扉を開けると、ラテン系の男性が立っていた。階級章は中尉。
「スティーブン・アゴスト中尉だ。君の上官になる。食堂に案内してから、第81独立機
甲兵団の指揮官に引き合わせる。わかっていることだろうが、ここでは君は少尉だが、少
尉でない。君よりナチュラルの掃除人のほうが身分が上だということ、忘れないように」
 しかしセルフサービスの食堂で、トレイにコーヒーとトーストを載せていた時、ミルク
を出してくれた女性につい「ありがとう」と言ってしまい、「ありがとうございました、
と言いなさい。卑しいコーディネーターの分際で」ときつい目で叱責された。
「ブルーコスモスにも色んな人がいるということを君が学んだのは、調書で読ませてもた
った。ここは一番の右派の基地だ。コーディネーターは生存権は保障されているが、人権
はない。三つ部隊があって一番は今作戦行動で出かけているがスゥエン中尉率いるナチュ
ラル将校のモビルスーツ部隊。ブルーコスモスのエリート部隊で、装備もいい。次が生体
CPU、強化人間の部隊。彼らはザフトのコロニーからモビルスーツ三機を強奪してきて、
自分の機体にした。ここの工廠で修理用のパーツを作成中。エクステンディッドは見た目
は少年少女だが、訓練されたコーディネーター並みに力も反射神経もある。第三の部隊が、
俺、アゴスト中尉が率いるコーディネーター部隊。君の加盟で三人になった。もう一人は」
 アゴストが周囲に目をやり、軽く手を振った。
「タニス、ちょっと来てくれ。新入りを紹介する」
 この砕けた口調から、タニスと呼ばれた女性がコーディネーターだとわかる。
 やってきたのはしなやかな体つき、茶色い髪と目をした美女だった。彼女は卵巣の除去
手術を受けているはずだ。
「紹介する。新しく加盟したアスラン・ザラ少尉」
 彼女の目はじっとアスランの藍色の髪に向けられていた。
「そのナチュラルじゃない髪、剃るなり染めるなり、何とかしなさい!」
 これだけ言い捨てて、自己紹介もせずタニスは去っていった。
 あっけにとられているアスランにアゴストが言う。
「ま、座れよ。ここに流れ着くコーディネーターはいわばひねくれ者ばかりだ。自分がコ
ーディネーターにされて生まれてきたことにコンプレックスを持っている。二世代目の君
にとってはその髪、両親のどちらかからの遺伝で、ナチュラルなものなんだろうが、一世
代目にはそうじゃない。話しておくと、タニスの髪、目の色、あれは染めてるしカラーコ
ンタクトを入れてるんだ。本当はブロンドに青い目なのさ。ただ彼女はブルネットの両親
が子供をブロンドにコーディネートしたことを恨んでいる」
「髪や目の色くらいで……」
「それがプラントと地球の温度差だ。プラントには君の仲間だったテロリストのラクス・
クラインか、あんなピンクの髪をした人間までいるんだもんな」
 ただアスランは「タニス」というカルタゴの地母神の名を持つ彼女にシンパシーを感じ
た。昨日自分は大地に己の男性を捧げたのだから。
 アスランにとってカルチャーショックを与えた朝食が終わった。トレイを片付ける時、
係の男性に「ありがとうございました」と大声でいうのは忘れなかった。
 アゴストに司令官の部屋に案内された。まだ若いが有能な指揮官だという。
「スティーブン・アゴスト中尉、アスラン・ザラ少尉であります。入室の許可をお願いしま
す」
 中から承諾の返事があった。アゴストについて部屋に入り、敬礼をする。三十歳くらい
だろうか、金髪碧眼の美丈夫で、本来白を基調とした連合の士官服だが特別あつらえだろ
う黒を基調にした軍服を着ていた。
「アスラン・ザラ少尉、エリア81へようこそ。第81独立機甲兵団の指揮を任されてい
る、ネオ・ロアノーク大佐だ」
 右手を出された。穢れたコーディネーターと握手するつもりだろうか。ただ棒立ちとい
うのも礼儀にかなっていないと思い、右手を差し出した。思ったより普通の握手をされた。
一目見たときから思っていたのだが、ヤキン・ドゥーエで戦死したムゥ・ラ・フラガ少佐
をきつくしたような顔立ちだ。そして、なぜそう思ったのかはわからないが、ラウ・ル・
クルーゼ隊長に共通する雰囲気があるように感じられた。
「よろしく御指導、御鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
「正直、期待している。がんばってくれたまえ。青き清浄なる世界のために!」
 アスランとアゴストも和して応えた。

 
 

 最後に工廠を案内された。モビルスーツが最大で15機くらいは収容できそうな大きさ
である。そこにはザフトから強奪されてきたセカンドステージの最新モビルスーツが三機
並んでいたが、アスランの目は、ウィンダムの隣にある赤いモビルスーツに釘付けになっ
た。
「イージス?」
 親友のキラを殺すために自爆させたかつての愛機。
 よく似てはいるが、新しい技術で作り直したものと見て取れた。
「アシーネイージス、君に乗ってもらう予定だ」
 アゴストの言葉にアスランは、自分が戦場に戻るのだとはっきり自覚した。

 

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