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クルーゼ生存_第12話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:15:27
 

 フェイスの特権とは使えるものだと、アレッシィは思う。
 地上軍の情報部に新しい任務を、最優先で、予算も決めずに発注できるのだから。
 地球人はプラント人より人口が多く、経済規模も大きく、つまり貧富の差が激しい。金
のために敵国の仕事を請ける人間にはことかかない。更に頼んだ任務が行われるのは、ロ
ス・アンゼルス。大西洋連邦の中でも特に貧富の差が激しい大都会だ。ブルーコスモスの
私兵を率いる隊長のもとから、髪の毛を一本以上採取すること。相手は用心深い狐だろう
が、金銭欲に狩られた人間はなんでもするものだ。
「いくら金がかかろうが、何人死のうが、彼に幸せをもたらせるかもしれないなら、価値
があるというものだ、そうだろう、ギルバート」
 金髪の少年の生真面目な顔を思い出しながら呟いた。

 
 

 イザーク・ジュールは腹が立っていた。何に腹が立っているのか、全てに、である。そ
れでも世界を呪うというほど大業で暗黒の感情ではなく、立腹と憎しみの枠におさまるの
がこの青年の精神がまだ正常な範囲にあるということだ。ただ感情が激しく、超の付くエ
リート主義者のうえに、色々と過去の行状を知っている者もいるようなので、新しく赴任
した艦自体が自分の敵のような気がして、更に腹が立って仕方がないのだ。
(まったく、あいつは、三年も前のアカデミー時代のことを掘り返して)
 さきほどモビルスーツデッキで、整備班と顔合わせをしたときのことを思い出す。
 紹介された彼のスラッシュザクファントムの整備主任は、アカデミーの同期生だった。
「よろしく、イザーク・ジュール」
 といわれた顔に、不愉快な表情がありありと見て取れて、また腹が立った。
「卒業席次45番、ティモシー・シルヴァースタイン、よろしく」
 自分より成績の下の者には赤服を着るレヴェルのものにしか興味はなかったが、同期全
員の名前と席次は暗記していた。
 整備兵たちがざわめく。
「アカデミーの成績より、今の自分の整備の腕のほうが君には大事なはずだと思うが、相
変わらずなんだな。気に食わない奴は、今でも殴ってるのか?」
「なんだとぅ!」
 スラッシュザクファントムはいい機体だ、宇宙では。地上用にバビかもっといい機体を
希望したのだがかなえられなかった。グゥルという、モビルスーツに空を飛ばせる前大戦
時の道具が与えられただけで。自分の希望が通らなかったこと−−それは機体についてだ
けではない−−について、イザークがどれだけ不満で怒っているか、ティモシーにはわか
らないのだろうか。
 確かにアカデミー時代、生意気な奴を殴ったことはある。そういえば、ティモシーも殴
った。しかしそんなの、少年なら誰でもやることではないか。今のイザークは指揮官の資
格を持つ白服の主だ。任官してから、上司に不満を言ったり命令違反までしたが、彼を殴
る上官はいなかった。それに感銘を受けて、イザークは部下にも同僚にも手を上げるまい
と誓ったというのに。そのイザークの三年間の軍人としての努力と成長に、どうして敬意
を払わないのだろう。
「俺は白服だ。艦長とアレッシィ隊長になにかあれば、この船の指揮を取る権利があるの
は俺だ!」
 こう言ってイザークはモビルスーツデッキをあとにし、自室に帰った。
 自室といっても、二人部屋だった。白服の指揮官なら個室が常なのだが、一パイロット
としての待遇でしかないのだ。その屈辱に、はらわたが煮えくり返る。
 最初のスタンバイに入るまでまだ三時間ある。ティモシーはちゃんと機体の整備が出来
る腕があるのだろうかと、意地悪く考える。荷物を解くのをあとにして、イザークはベッ
ドに転がり、このミネルバに来るまでの顛末を思い出した。

 
 

 母のエザリアが逮捕されたというニュースで、戦場から飛んでプラントへ帰った。ユニ
ウス7を地球に落としたザラ派のテロリスト達への武器を横流しには、ザラ派の議員が絡
んでいると考えるのが妥当だった。母でなければいいと願っていたイザークだが、プラン
トの拘置所で接見したエザリアの顔を見たとき、確信した。彼の性格が激しいのは母親似
で、二人とも感情が顔に出る。エザリアのほうが大人で世間で鍛えられた分ましだが、息
子にははっきりとわかる後ろめたげな表情だった。
 イザークとの接見のあと、エザリア・ジュールはサトーらにジン・ハイマニューバ等を
知り合いのザフト幹部と図って横流ししたことを認め、共犯者の名前を吐いた。
 ザフトの武器製造部の責任者マキシム・ズーリン。
 母は独身だしあれだけの美人なのだから恋人がいても当たり前だが、不倫をいうのが性
的に潔癖なイザークには許せないでいたブラウニング提督ではなかった。
 そしてズーリンという男は、女癖が悪いので有名だった。
 ズーリンとエザリアが男女の関係にあったという噂が広まるには、一日あれば十分だっ
た。
 たった一人の愛する母親がこの戦争の引き金を引く手伝いをしたのかと思うと、イザー
クも身が切られる思いだった。更に尻軽の噂を立てられる、侮蔑ぶりである。とはいえそ
の思いをわかってくれる人もなく、戦場へ戻ろうと思ったとき、大戦のあとオーブに亡命
していたアスラン・ザラが、大西洋連合のパイロットとして戦場に現れた。その映像はプ
ラントでも見ることが出来た。彼にとってショックだったのは、ザフトが完敗したことよ
りアスランがイージスの新型機に乗っていることだった。自分たちがヘリオポリスから強
奪した機体、イザークが乗っていたデュエルは条約締結の際に連合軍に返還された。イー
ジスはストライクを倒すための自爆で原型をとどめないジャンクに成り果てたが、連合は
二年の時間を経て、新しく作り直したのだ。
(あいつは俺が始末しなければ! あいつがアカデミーでずっと主席だったおかげで俺が
どれだけの屈辱を味わったか。人の気も知らずにオーブに亡命したかと思っていたら、こ
の裏切り者!!)
 ラクス・クラインの武装蜂起には少々共感するところがあったイザークだが、ラクスに
従ってザフトを捨てたアスランが、敵の、ナチュラルの拠点大西洋連合の軍人になるとは。
これを始末するのは、昔の仲間の義務であり権利だとイザークは思った。
 それで軍本部に転属願いを出した。地球の基地にモビルスーツ隊の指揮官として、赴任
できるように。そして宇宙用のスラッシュザクファントムの代わりに地上で空中戦闘能力
を持つバビの支給を申請したのだ。本音を言えば、セカンドステージのインパルスかセイ
バーが欲しかったが、二機ともすでにミネルバに配備されていた。
 これまで宇宙で戦ってきたジュール隊に未練はあった。エザリアがブラウニング提督と
愛人関係にあるということで、一度傷ついたイザークの経歴を考えると戦時下以外では望
めない出世−−白服と隊長職−−を手に入れた。そして集められた部下はディアッカはじ
め、大半が脛に傷持つ身だった。それでも真面目に訓練を続け、今では宇宙の前線で戦う
ザフト軍の中でも知られた部隊になっていた。
 実績を捨てて、過去の亡霊アスラン・ザラを倒そうというイザークの決意だったが、軍
上層部には軽くあしらわれた。モビルスーツの変更はなし、隊長職はいかにささやかなも
のでも与えられず、一パイロットの待遇でミネルバ所属となった。イザークの目算ではカ
ーペンタリアかジブラルタル、それは無理でも他の基地のモビルスーツ隊隊長職と最新鋭
のモビルスーツが手に入るはずだった。彼は命令書を読み返し、母親の失脚で自分の軍内
での地位も地に落ちたのだと泣いた。
 二度傷ついた男として、イザーク・ジュールはミネルバに赴任した。その二回の傷はプ
ラント人なら誰もが知っていることだった。そして更に、彼のアカデミー時代の悪童ぶり
を知っているものもいる。
 エリートとは一度でも傷が付いたら、価値がない。しかし一度目の傷をデュランダル議
長に糊塗してもらったイザークは、子供のころからの強烈な意識ゆえに、自分はエリート
だと、思い続けた。そして二度目の傷は、わかっているつもりでも、彼の心も頭も、認め
ていなかった。
 イザーク・ジュールにとって、ザフトに自分以上のエリートはいないのだった。

 

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