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クルーゼ生存_第13話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:15:54

 メイリン・ホークは食堂でトレイを持ってテーブルを見渡した。昼時でかなりの人数が
いる食堂だったが、ある場所だけぽかりと空いている。
 きっちりと切りそろえた銀髪と端正な顔立ちに、白服が優雅に似合っている。
 勇気を出して、その銀髪の青年の向かいに立ち、
「ここ、いいですか? イザークさん」
 と訊いた。
「ああ、もちろん」
 きつい顔が和らいだようだった。なのでメイリンは一安心して腰を下ろし、食事に入る
前に自己紹介した。
「メイリン・ホークといいます。モビルスーツ管制担当です。よろしくお願いします」
「ホーク? パイロットのルナマリア・ホークの親戚なのか?」
 普段はルナマリアの妹といわれるのが本心では嫌なメイリンだったが、イザークとの会
話のきっかけになるなら歓迎だった。
「ええ、ルナマリアは私の姉です」
 にっこり笑って、男勝りの姉と違う部分を見せてみた。
「姉妹が同じ船に勤務というのは、ありえないはずだが……」
 兄弟、姉妹は同じ船、同じ隊に勤務させない。撃沈されて全員死亡することも珍しくな
いので、ザフトの人事内規でそうなっている。
「コンピュータミスかもって、みんな。申し出れば配属が変わったんでしょうけど、両親
は二人が同じ船に乗っていてもかまわない、心配の数が減るって言ってくれたし、アカデ
ミーで仲のよかった友達も何人かミネルバに配属になったので、そのまま人事には何も言
わずに仕事に就いちゃいました」
 こう言ってメイリンは首をかしげて微笑んだが、向かいのイザークの顔色に翳りが走る
のを見逃さなかった。
 このあとイザークは自分の食事が終わるまで一言も口を利いてくれなかった。そして、「さようなら」と声を掛けて席を立った。
(イザークさん、アカデミーの同期の人たちと上手くいってないって、ホントだったんだ。
でも、顔と名前は覚えてもらえたわね。評判悪いけど、女性には優しいヒトよ、絶対)
 ちょっと失敗はしたが、イザークに話しかけた女は自分だけだと思い、今日のところは
満足するメイリンだった。

 
 

 威嚇するハリネズミのようなイザークを思い出し、アレッシィは報告書を書く手を一瞬
止めた。そして報告書作成とイザーク・ジュールがミネルバに来ることになった異動願い
を思い出すという二つの仕事を脳に命じた。
 異動願いを読んだ時は爆笑した。イザーク・ジュール、哀れなプラントのエリート主義
の犠牲者。彼は昔からイザークの母親のエザリアが嫌いだった。それはお互い様だったと
思う。彼女の教育で生み出された落伍した元エリート、どう扱うかが彼に委ねられたとい
うのは皮肉だ。以前のラウ・ル・クルーゼだったときは、プラントの政治やザフトの軍内
政治に気をつけていたが、今はそれをする必要もない。プロテインと筋トレでひとまわり
体を大きくし、タンニングで肌を小麦色に変えた。それと同時に、好き勝手に振舞うこと
も決めた。長い命ではない。ギルバートに依頼されたこと以外は、自分の好きにする。
 あからさまに元からミネルバに配属になっているパイロットに肩入れしてみせたのも、
単純な感情だ。地べたを這いずり回って、そこから這い上がれるのなら這い上がって見せ
ろ。10歳で自分の創り主を殺してから一人で生きてきた彼には、イザークなど傷ついてい
るようには見えない。膨らみきった自尊心が破裂しただけだ。それで以前敵わなかったア
スラン・ザラを討ちたいというは、まるでコメディだ。おそらくブルーコスモス思想に染
まったアスランは、元もとの迷いやすい性格ではもうないだろう。イージス改の部隊にや
られた海域を捜索に行ったザフト軍は、救命ボートのひとつも見つけることが出来なかっ
た。敵兵を殲滅させる。軍人の行為としてふさわしいかどうかは置き、ひとつの強さであ
ることは確かだ。そしてアスランはギルバートによると、SEED因子の持ち主だ。
 このミネルバと連合軍のアスラン・ザラが所属する部隊が戦うことがあったとして、機
体の優劣以前に遺伝子の優劣でお前はアスランにかなわないのだとイザークに教えてやっ
たら、あのお坊ちゃんはどんな顔をすることだろう。
 出港はあさって。ミネルバの行く先には、ザフトの最新鋭艦を沈めようと、連合軍が待
ち受けているはずだった。

 
 

 ミネルバがカーペンタリアを出港して二日経った。赤道連合は連合に加盟しているが、
人口の割に軍事力は低いので、まだザフトの制海権と言っていい。なのでパイロットのス
タンバイシフトは一名ずつだった。隊長を含めても5名しかモビルスーツパイロットがい
ないミネルバでは、よほど敵基地の近く、敵艦隊の近くを航行する時でなければ、二人ス
タンバイ体制はとれない。
 5人で常に一人スタンバイ状態を続けるというのも、肉体が強靭なコーディネーターの
軍隊であるザフトだからできることだった。C.E.16にジョージ・グレンが自分が「作られ
た存在」であると告白し、その遺伝子配列を公開した。リベラルな金持ちは自分の子供に
優れた身体的能力、頭脳そして容姿を望んでコーディネート技術に殺到したし、遺伝子学
者にとってもいい商売だった。身体能力、頭脳、免疫系の強化、遺伝病遺伝子の除去はジ
ョージ・グレンのものを参考にすればよかったし、容姿をいじるのは比較的簡単だった。
しかし上手くいかなかったのが精神面で人間を改良することだった。人格はまだどういう
仕組みで遺伝子が関わりあって基本が形成されるのか、わかっていない部分が大きい。統
合失調症や人格障害、躁鬱病といった精神疾患にナチュラルとコーディネーターで差はな
かったし、前大戦後の兵士に心のケアが必要なものの割合も差はなかった。
 シンはのんびりと海を見ながら、カーペンタリアでダウンロードした地球の最新アルバ
ムを聞いていた。レイはクラシック派で、プラントでは手に入らない新しい指揮者やオー
ケストラの曲をたくさん落としていた。だがヨウランとヴィーノは、色々聞いてみて気に
入ったのもいくつかはあったそうだが、やっぱり慣れ親しんだプラントのポップスのほう
が好きだと言っていた。シンにしてみれば、プラントのミュージックシーンは地球のに比
べて遅れていて退屈だと思う。それはプラントが基本的に社会主義で、一部が自由経済な
ものの貧富の差があまりないからかなと分析してみたり。プラントの金持ちというのは、
第一世代コーディネーターの親に当たるナチュラルが金持ちだった場合がほとんどだ。彼
らは地球に財産を持ち、運用して増やした金をプラントで使っていた。しかしプラントが
独立したため、旧プラント理事国はプラント人が土地や銀行、株式口座を持つことを禁止
した。その資金は大西洋連邦と同盟を結んだとはいえ、コーディネーターにナチュラルと
同じ権利を表向きは認めているオーブに流れ込んだ。オーブ復興は大西洋連邦の資本によ
るインフラの整備と、プラント人の投資による金融市場の活性化が主な要因だった。
 金融数学の専門家だった父親が生きていれば、稼ぎ時だと言っただろう。ナチュラルの
客の中には、担当者がコーディネーターであるのを嫌う者もあったので。
 シンがそんなことを考えながら、音楽に身を任せていると、いきなり後ろから声を掛け
られた。
「シン、あなた、気がついてる?」
 なにやらいきなり、ルナマリアに本題に入られて、慌ててシンは音楽のヴォリュームを
下げた。
「何にだよ」
 向かいのソファに腰を下ろしたルナマリアが、さも重大そうに言う。
「メイリンが、イザークのあとを追っかけてること。パイロットのシフトを調べて、食事
時間が同じになるように自分のシフトまでいじってるわよ」
「そういえば、食堂で一緒に食事してるの見たような……」
 イザーク・ジュールはミネルバのクルーにまだ受け入れられていない。アカデミー時代
の悪童ぶりの話は三年前だからそんなに気にしてはいないしやられたらやりかえす自信の
あるシンだが、彼が地球に一パイロットとして降りてきたいきさつを聞くと、好きにはな
れない。議長に救われ、母親とその愛人の後ろ盾で出世し、後ろ盾を失って降格、という
感じでミネルバにやってきた青年だ。シンの目からすると異常にプライドが高くて怒りっ
ぽいのは、自分の待遇に不満があるからだろう。
「そ、エリート好きなのかしらねえ、根っから。噂になって、こっちが恥ずかしいわよ」
「イザークって、エリートか? 彼はそう思ってるみたいだけど、今はただのパイロット
だろ。昔はエリートでしたって奴? 経歴に一点の傷も曇りもない優秀な奴がエリートだ
ろ、レイとか。イザークも戦果を上げればまた出世できるかもしれないけど、地球でザク
じゃ、華々しい戦果は無理だろ」
 彼の母親が兵器の横流しをしなければ、ユニウス7の地球落下、ひいてはこの戦争も起
きなかったかも知れないのだ。もしエザリア・ジュールと親が連合軍人のナチュラルの少
女がいて、どちらか一人しか助けられないという状況になったら、シンはコーディネータ
ーのエザリアを見捨てて、ナチュラルの少女を助けるだろう。
「あたしもザクよ!」
「あ、ごめん」
 素直に謝るシンだった。しかしハンガーでインパルスの整備点検をしている時に、イザ
ークと出くわしたのを思い出すと嫌な気分になる。シンにとってインパルスは初めての機
体、初めての「力」だし、テストパイロットから勤めて技術陣と一緒に開発したという自
負もある。あの冷たい青い目で、憎らしげにザクより性能の勝るインパルスを見詰められ
ると、十分嫌な気分になれた。
 話をとりあえず元に戻す。
「でも恋愛は自由だし、メイリンがイザークに魅力を感じてるのなら、付き合えばいいと
思うし、それであの、元からのミネルバクルーに敵愾心丸出しみたいな態度が少しでもま
しになればいいんじゃない。すんげーつんけんしてて、感じ悪いしさ。あ、ルナ、もしか
して自分に彼氏がいないのに妹に先を越されそうで焦ってる?」
「何よ、それ!!」
「あ、顔が赤くなった、図星!」
 二人がじゃれあっていた時、警戒警報が響いた

 

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