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クルーゼ生存_第16話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:18:03

 メイリン・ホークはコンピュータで検索をかけていた。かけている言葉は「イザーク・
ジュール」。
 データベースは数秒とかからず結果をはじき出した。
「やった!」
 プラントの第二世代コーディネーターは成人の15歳の誕生日に、自分と子供を作れる遺
伝子適性を持った異性を調べるデータベースへのアクセスを許される。第二世代コーディ
ネーターの適性が合う確率はだいたい1/3程度といわれている。とりあえず身近な異性と
いうことで仲良しのシン、レイ、ヨウラン、ヴィーノを調べてみたが、適合するのはレイ
一人だった。
 でも本命がヒットしたのだから、アカデミー同期の連中なんてどうでもいい。イザーク
・ジュール、銀髪に鋭い青い目の貴公子。母親がテロリストに武器を渡してこの戦争の発
端になったというエピソードも、エリートゆえの悲劇かもと、メイリンは思ってしまう。
姉に比べて平凡な成績の自分だが、母親が元最高評議会議員で本人は19歳にしてザフトの
白服という青年と子供を持つ可能性があると知って、彼女は自分の遺伝子にはじめて誇り
を感じた。

 
 

「あ、デーツがある」
 嬉しそうにシンが言った。レイはデーツという言葉は知っていても、見るのは初めてら
しく、細い枝に付いたまま乾燥された濃い褐色の細長いドライフルーツを見詰めた。
「ものすごく甘くって、美味しいんだぜ」
 地球の食べ物が絡むと、シンの機嫌はよくなる。このマハムール基地にミネルバが入港
して、自由時間に同室の二人でPXに来てみたのだ。カーペンタリアのようにショッピング
モールがあるわけではないが、雑貨屋としては十分な大きさと品揃えだった。
 ただ店に入って、客の兵士たちから、『こないだニュースで流れてたエースくんじゃん』
『赤服ってのは、入隊時の扱いからして違うもんな。初年兵が最新鋭機もらえるってんっ
だから』といった声がひそひそと囁かれた。むかついて噛み付きそうになったシンをレイ
が押さえたのだが、シンはデーツや干しイチジク、ピスタチオなどのフルーツやナッツに
目を奪われると、そんな侮辱はすっかり忘れてしまった。この単純なところが、レイがシ
ンと友人付き合いできるゆえんだった。自分の中に泣いている子供を抱えているレイには、
子供の部分を多く持ち、戦渦に巻き込まれて死んだ家族にとらわれているシンのような少
年のほうが、大人ぶった少年より付き合いやすい。
「へえ、デーツが好きかい、坊や」
 三十代後半だろう店員に声を掛けられた。シンにとって『坊や』扱いされたのは不快だ
ったが、相手の顔を見たらそういう気持ちはふっとんだ。いや、自分の赤い目だって相当
珍しいものだと知ってはいるが、彼の肌は、オリーブグリーンと評すのが一番しっくりく
る色だった。コーディネーター技術が進歩して、容姿や体色を自由に出来るようになった
のはC.E20年代だ。一番技術が進歩したのは30年代と言われている。でも肌の色に関して
は、髪や目と違って、ナチュラルにない色にコーディネートされた人はほとんどいないと
聞いていたが、今ここにいる。
「ああ、ニュースで見たがオーブ出身なんだよな。なら、地球の食べ物に詳しくて当たり
前だな。そっちの金髪の君は、プラント出身か?」
「はい」
「マハムールは古代メソポタミア文明が栄えた地域にも近い。そののちも沢山の民族が行
き来して、多くの国が勃興した、歴史ある地域だ。このユニウス7が落下して大気中に大
量の粉塵が巻き上がっているというのにいっかな弱くならない太陽の光とともに、時間が
あったら歴史の勉強もしたまえ」
 なにか面白そうな人だと、シンは思った。黒髪と鋭い黒い目、痩せた鷹のような容貌。
これまでオーブとプラントで知っているコーディネーターとは違う、もっとワイルドな雰
囲気を漂わせている。でも服装から見るに軍人ではなく軍属のようだ。
「せっかく遠くからきたんだ。ミントティーを淹れるから、飲んでいくといい」
 二人は招待を受けることにした。陽炎の立つ真昼間で、先ほど陰口を叩いていた兵士た
ちが帰ったあと、新しい客もない。お茶の一杯くらい飲ませてもらっても、問題はないと
判断したのだ。
 男はスツールを二つ用意し、そしてガラスの高さ5センチほどのコップに紅茶とフレッ
シュのミントが一枝入った物を出してくれた。そしてデーツやナッツ、マジパンの菓子な
どもそろえて勧めてくれた。
「ありがとうございます」
 二人で言った。紅茶好きのレイは、滅多に見せない嬉しそうな笑みを浮かべている。
 猛烈に甘い紅茶に、ミントの香りと爽やかさがよく合っていた。
「お菓子や果物も食べなさい。砂糖が来るまではこの地方の人間にとって、甘いものとい
えばデーツだった。砂糖が入ってからはいろんな菓子が増えた。イスラム教の影響で酒が
飲めなかったので、男も女も甘いお茶と甘い菓子でおしゃべりをするという文化が千数百
年続いたんだ」
 レイはデーツをひとかじりし、濃厚な甘さに驚きつつ嚥下した。確かにこの土地では蜂
蜜はあまり取れないだろうし、砂糖が入るまではこの甘さが一番身近な喜びだったという
のはわかった。
「失礼なことをお聞きしますが、あなたは学者なのですか? この地方の歴史か民族学の」
「コーディネーターとナチュラルの戦争が始まるまではな。戦争になってからはコーディ
ネーターが組織に属さず生きていくのは無理になったので、ここに軍属として現地入隊し
たんだ」
 男がミントティーをすすりながら言う。
「この地方は石油が採れたので、一昔前までは金持ちが沢山いた。俺の先祖は石油が枯渇
する前に、財産を外国に移して大西洋連邦のロンドンに移住したがな。残されたのはオイ
ルマネーで財産を築けなかった人たち。そういう人の中には、ジャーヒリーヤ、イスラム
教以前のアラブ人の世界を再建するといって、砂漠を駱駝で横断して商売をしている連中
がいる。そういう人間に会ってみたくて、アラビア語を勉強し、歴史の研究もしてここに
来たのさ」
「そんな、昔ながらの生活をしてる人がいるんですか」
 シンは目を丸くした。オーブにも自給自足の古い生活を守る人たちはいたが、なにしろ
魚や果物ならほっておいても採り放題という土地だ。このマハムール基地のデータを見る
だけでも、降水量は少なく昼と夜の気温差が激しい、住みにくい土地だと思う。更に内陸
の砂漠地帯でどうやって生活するのか、想像も付かなかった。
「ああ、彼らはコーディネーターに好意的ではないが、俺の体力は評価してくれたな。で
も戦争とともにブルーコスモス思想が入ってきたから」
「ブルーコスモスは、大西洋連邦を中心とする先進地域だけのものかと思ってましたが、
そんな、その、辺境にまで入っているのですか」
 考え深げにレイが言った。
「自然が一番という考え方自体は、おかしいものじゃない。それがコーディネーター排斥、
コーディネーターは殺してもいいまで発展するのが人間の困ったところだ。プラントだっ
て、強硬派のザラ派の中にはナチュラルは皆殺しにしてもいいと思ってる連中がいるよう
だし。ただこのあたりのナチュラルにとって、コーディネーターは見知らぬ民族だがな。
彼らには自分の子供をコーディネートする金がなかった」
 シンは地球生まれで14歳まで育ったから、他の友達より地球とナチュラルについて知っ
ているつもりだったが、自分の知識が偏っていることを知った。
 レイが冷静に問いかける。
「あなたの御両親は、イングランドに移住していたし財産家だったので、あなたをコーデ
ィネーターにしたのですね」
「そうだ。アラブ人であることに誇りを持っていた両親は古いアラブの詩を英語で読んで『肌は緑』と書いてあったのを信じて、大枚をはたいて俺の肌を緑に近い色に仕上げたの
さ。その時代のアラビア語では、肌は緑とは肌は黒いという意味だったんだがな」
 そういって男は皮肉げに笑った。
「あ、日本語でも、『緑の黒髪』っていう表現がある。オレ、日系だし、オーブじゃ日本
語も公用語だから知ってたけど」
 シンは思わぬ共通点を見つけて言った。
「へえ、日本語で。君の髪のような漆黒のことを言うのかね。まあ、俺のコーディネータ
ーとしても、君の赤い瞳より珍しいだろう肌の色の由来は、両親の知識不足だったってわ
けだ」
「−−それでアラブを研究するようになったのですか?」
「一番大きな理由だね」
 そういう話は興味深くて、思ったより長くの時間を二人はこのPXで過ごした。そして色
んなドライフルーツや菓子を買って、ミネルバに戻った。

 
 

 同じ頃、ミネルバの首脳陣艦長のグラディス、モビルスーツ隊隊長でフェイスのアレッ
シィ、副長のトラインはマハムール基地の一室で基地指令たちと現状を話し合っていた。 
30がらみの白服、アイスブルーの髪と瞳にカフェオレ色の肌のヨアヒム・ラドル司令は、
『飲み物はコーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか? ここはコーヒー豆も紅茶の葉も
いいものが手に入ります』と豊かなバリトンで訊き、ミネルバの三人はコーヒーを選んだ。
運ばれてきたのは普通のドリップ式のコーヒーで、この地方でよく飲まれる甘くて濃いも
のではなかった。そして地上部隊の白服の隊長とモビルスーツ隊の黒服の隊長を紹介され
た。地上部隊の隊長カタリーナ・フレミングはミンクの毛皮を思わせる艶やかな濃茶の巻
き毛を長く伸ばした美女、モビルスーツ隊のアンドリュー・ゼレンカは見事な金髪の美丈
夫だった。
 第一世代コーディネーターの90%は容姿の遺伝子を改変されている。親は自分の子供
に、美しくまた親好みの容姿を与えるために金は惜しまなかった。しかしその一方、髪の
色、目の色がオーダーと違って生まれてきたという理由で捨てられる赤ん坊があとを絶た
なかったのも事実である。
 彼らの前のテーブルがそのまま立体パネルになっていて、このマハムール基地を中心と
する地域の状態を見せる。スエズの連合軍基地の上には、強大な戦力が数字となって浮か
んでいる。
「連合軍はスエズから地中海を越えて、一気にザフトのジブラルタル基地を落としたいの
でしょうが、このマハムール基地が現状では重石になっている、ということですね」
「ええ。そのために作られた基地ですからね、ここは。落とすためには宇宙からの大規模
な降下作戦しかありえませんが、その案は議会を通らないようです」苦笑して続ける。
「そして近頃我々の頭を悩ませているのが、条約締結後に連合が作ったガルナハンの橋頭
堡なのです。西ユーラシアでは連合、実質的な大西洋連邦の支配に反対する人々が武力で
レジスタンス運動を行っているのは、皆さん御存知だと思います」
 さんざんザフトのテレビで放送されていることだ。三人は頷いた。ジブラルタル基地の
情報部から、各地のレジスタンスに情報、武器、資金の援助が行われていることも、指揮
官クラスの彼らにはよく知れたことだった。
「ガルナハンには火力プラントがあり、西ユーラシアに電力を供給していたのですが、連
合が橋頭堡を築いて以来、その流通が止められました。現地住民たちにすれば、収入源が
断たれたわけで、反連合のレジスタンスが活発です。我々とも秘密裏に連絡を取り合い、
今ではこの連合の橋頭堡を潰すことに関して、共同作戦を行おうというところまで信頼関
係が出来上がっています」
 前大戦を宇宙で過ごしたタリアとアーサーは、素直に感心した。プラント育ちの二人に
は、ナチュラルと友好関係を結ぶというイメージが上手くもてないのだ。ナチュラルは遠
くの人もしくは敵であった。
 ラドウ司令がフレミング隊長に眼で指示した。彼女が柔らかなアルトの声で説明を始め
る。
「この敵橋頭堡−−連合軍ではローエングリンゲートと呼ばれているようなので、我々も
その呼称に従っています−−はこのマハムール基地から軍事的行動が取れる道はこの渓谷
だけというところに作られています。先方もそれを見越して、陽電子砲を設置し、リフレ
クターを備えた巨大なモビルアーマーで守りを固めています」
「あ、陽電子リフレクターというと、カーペンタリア攻防戦に出てきたモビルアーマーの
ような」
 アーサーが思わず声を上げた。
「はい。記録映像で見たカーペンタリアのモビルアーマーとは違う型のものです」
 フレミングが操作すると、六本足の昆虫の上にモビルスーツの上半身を載せた、不恰好
なモビルアーマーが机の上に浮かび上がった。
 趣味悪い!と思ったアーサーだったが、好みのタイプのカタリナに嫌われないため、こ
こはなんとか口をつぐんだ。
「攻撃を仕掛けたことはあるのですが、陽電子砲の威力とこの巨大モビルアーマーに痛い
目に合わされました。マハムール基地の存在意義がスエズへの牽制であることが一番だと
いう事実を考えると、いたずらに攻撃を仕掛けて、こちらの戦力を減らすことは避けたい」
 ラドウ司令の言葉はもっともだった。
 初めてアレッシィが口を開いた。
「しかしこのローエングリンゲートを突破しなければ、ミネルバははるばる喜望峰周りで
ジブラルタルに向かうしかない、ということだ。先ほど地元レジスタンスとの協力関係の
話が出ていたが、ミネルバにやらせたいことは決まっているのだろう?」
 白服でフェイスの彼が、いくら顔を大きなサングラスで隠したノースリーブのあやしい
男でも、この中では一番立場が上だ。
 ラドウは神妙に答えた。
「はい。ミネルバなら可能な作戦が存在するのです」
「では、聞かせていただこうかしら」
 タリアはラドウを促した。

 

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