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クルーゼ生存_第17話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:18:36

 フラットの鍵を開けた瞬間、背筋に警戒警報が鳴った。見たところ部屋が荒らされてい
る様子はないが、絶対に何かあった。ネオ・ノアロークは自分の勘を信じていた。彼が順
調に出世したのは優れた頭脳と身体能力という軍人に必須の能力に優れていたからだけで
なく、この勘のよさもあって生き延びてきたのだ。
 鍵を閉めてフラットから出る。車の中に入って、ロスアンゼルス近くの基地の情報部に
直接連絡を入れた。
『第81独立機動部隊のネオ・ノアローク大佐だ。休暇でフラットに戻ったんだが、何者
かが留守中に侵入したようだ。自分はまだ部屋には入っていない。調査員をすぐに派遣し
てくれ』
 情報部だけあって、話は早かった。30分も待つと、目立たない男が二人、車に器具を
積んでやってきた。ネオは彼らと合流し、自分の部屋に向かった。
 調べたところ、ネオの持っている靴ではない靴跡がかすかに検出された。それはバスル
ームとベッドルームに向かっており、情報のありそうなコンピュータや金が隠してありそ
うな金庫類を物色したあとはまったくなかった。
「バスルームとベッドルーム?」
「何者かわかりませんが、侵入者のお目当てのものは大佐の本当に身近なものだったので
しょう」
「髪でもひろって、DNA検査でもしてくれるつもりか? ありがとう。一応、安心した」
「お仕事柄、色々おありでしょうが、情報部はファントムペインの味方ですので、御用命
があればいつでもどうぞ」
「ありがたい。では、青き清浄なる世界のために」
 ネオの言葉に、情報部の二人も同じ言葉を返した。
 まだ用心したほうがいいような気がして、母親の屋敷に向かうことにした。今では半年
に一度くらいしか会わないが、親愛の情がないというわけではない。もうネオが大人なの
で、互いに干渉しあわないだけだ。ビバリーヒルズの豪勢な屋敷は、ネオの目から見ても
ちゃんとした警備体制がしかれている。一度侵入されたからには、もうあのフラットには
いられない。戦争中で任務に忙しいので、しばらくは実家を使うのもいいかと考えたとこ
ろで、門が彼の声紋と指紋を認証して開いた。そのまま手入れされた庭の私道に車を滑り
込ませた。

 
 

 プラント議長ギルバート・デュランダルは、幕僚から宇宙での連合軍との戦闘の経緯に
ついて報告を受けていた。
「敵月基地の艦隊は開戦時に比べて30%減りましが。メンテナンス等入れますと、稼働
率は当初の50%を割ったものと思われます。我が軍の艦隊損傷率は10%、稼働率は8
0%を保っていますので、地球軍の数的優位はなくなりつつあります」
「連合が月に二つも基地を持っているというのは、プラントにとって困りものだ。喉元に
刃を突きつけられているようなものだからね」
 デュランダルの戦争終了プランのなかでは、地球軍の月基地の排除は大きなものだった。
人類全体を動かす腹案も持っているが、それは一種の博打であり、為政者として優先すべ
き課題は、地球軍が宇宙に戦闘拠点を持たない状態を作ることだった。
「それから、地球からの報告によりますと、アークエンジェルが月軌道に向けて発進した
とのことです」
「アークエンジェル? 強力だな。陽電子砲を二門備えている。テロリストの道具とされ
たが、船に罪はないというところか。では同じくザフトのエターナルのほうはどうなって
いる?」
「はい。フリーダムとジャスティスの運用艦でありますから、返還直後から後継機の設計
をはじめ、ユニウス条約の関係で部品のみ製造してありましたが、現在は二機ともほぼ組
みあがっています」
「ZGMF-X20A、ZGMF-X19Aの二機か。あれらとミーティアの組み合わせなら、地球軍の戦艦
と一機で十分に戦える」
「ストライクフリーダム、インフィニットジャスティスが設計通りの能力を発揮すれば、
一機で敵艦隊を相手にすることも可能です」
 誇らしげに幕僚が言った。
「……決まってしまったことだし、私には口を出す権利もないが、その、ストライクフリ
ーダム、インフィニットジャスティスという名前は何とかならないものか。私は同じ開発
中の機体の名称なら、デスティニーとレジェンドの方がずっと好きだが」
 呆れたようなデュランダルの声に、幕僚は軽く頭を下げた。
「開発局でも確かに反対意見もありましたが、テロリストに強奪される以前に、あの船と
二機のモビルスーツはプラントの自由と正義を永遠に守るために付けられた名前です。最
終的に最初の開発者たちの意思を大事にしようという結論に達しました」
「そうか。ならいい。エターナルとその二機が月軌道に上がってくるアークエンジェルを
打ち負かして、地球軍に打撃を与えてくれるように祈ろう」

 
 

「食事のあと、基地のPXに行きませんか? あの、よかったら、ですけど……」
 メイリン・ホークの少しずつ小さくなる声は、イザーク・ジュールに不快感を与えるも
のではなかった。
「このあとは非番なので、時間はある」
「じゃ、行きましょう。お店は大きくないけど、カーペンタリアにはないものも売ってて
おもしろいんですって」
 まめに声を掛けてくる少女は、なかなか可愛いだけでなく情報通だった。考えてみれば
メイリン以外とプライベートな話をした記憶が、逮捕された母親と接見した時以来ない。
メールはディアッカから一通届いた。ジュール隊が解体されて、みんながどこに配属にな
ったか書いてあった。赤服のハーネンフースを除いては、左遷といっていい人事だった。
元々がジュール隊にはディアッカはじめ問題ありとみなされている隊員が多かったので、
仕方のないことかもしれなかったが、そう簡単に納得する気性の彼ではない。だが今の彼
は何の役職もない。隊長クラスが入れるネットにパスワードを入れてはじかれた時に、そ
れを痛感した。彼が知りうる情報は一般兵のものだと思い知らされた。
 ただこの、メイリン・ホークという少女は嫌いではない。よく身の程を知っているとい
うか、きちんとイザークに接することができる。そして結構かわいらしい容姿をしている。
姉のルナマリアはイザークに同等の口を利く生意気な娘だが、赤服である。メイリンにも
それなりにすぐれた遺伝子はあるはずだった。
 二人で食堂をでようとしたところにで、シン・アスカと出会った。イザークはこのイン
パルスのパイロットが一番気に食わない。初年兵の分際で最新鋭機、それもたった二年前
にオーブからの移民、プラント生まれのエリートでないものが赤服を着るだけでも不愉快
極まりないというのに。
「ああ、イザークのお母さんの判決、下りたんだってね。禁固300年。プラントには民
間人を死刑にする法律がないから、命が助かってよかったな」
「なんだとうぅ!! 判決が三日後のはずだ。嘘をつくな、下衆」
「テレビでやってるって。上の事情で早まったんでしょ。プラントを裏切ってテロリスト
に武器の横流しをした裏切り者だし、証拠はそろってったって言うし」
 シンはイザークの激昂ぶりに呆れたように答えた
「嘘だ! 母上が禁固300年なんて……」
「求刑通りじゃないですか。情状酌量の余地があると思ってたんですか?」
 いつの間にか周囲に人が集まっていた。それもシンの周りに。
「あんたの母親のエザリア・ジュールは、最高評議会議員の役職を使って、ザラ派のテロ
リストと接触。武器開発局のマキシム・ズーリンと図って、ザフトの武器をテロリストに
横流ししたのは事実でしょ。マキシム・ズーリンは軍法会議で死刑判決が出てる。あんた
の母親達の愚行がなければ、この戦争だって、始まらなかったかも知れないのに!!」
 イザークはシンの言葉に唇をわなわなと震わせ、拳を握った。入隊以来、部下であれ同
僚であれ殴ったことはなかったが、これほど殴りたいと思ったことはない。
「俺もさっきテレビで見たよ、このニュース。ザラ派が対ナチュラル強硬派なのはわかる
けど、地球の生物全部を滅ぼすようなテロをするとは、見損なった」
「そうよね。ミネルバが地球に降下する破目になったのも、戦争が始まったのも、あのテ
ロが原因だし。ユニウス7は鎮魂の地にすると、誓ったのに。私たちコーディネーターか
ら戦争を仕掛けたように地球からは思われて……」
 地球のテレビ番組を見て、ミネルバの乗員は地球サイドの見方もプロパガンダを差し引
いてある程度理解している。ただ軍人である以上、正義はザフトにあると皆思っていたが。
「違う! 母上はプラントのことを考えて」
「で、したことが泥棒って、何だよ、一体」
 シンの言葉にイザークは切れた。
「母上を侮辱するな!!!!!」
 気がついたときには、拳でシンを殴っていた。
 そして呆然とする。前の大戦で上司だったラウ・ル・クルーゼ隊長は、しっかりと部下
の話を聞き、手を上げることなどない人だった。彼以外の上司も、彼ほど冷静でなくても、
イザークに鉄拳制裁したものはいなかった。だから自分も誰も殴るまいと決意して、これ
までやってきたというのに。けれどシンの生意気な態度と、それ以上に「泥棒」という汚
らわしい言葉を母親に向けられたことが、なにより許せなかった。「テロリストに組した
裏切り者」と言われてもなんとか耐えられたが、「泥棒」。イザークはまだ自分の気持ち
を理解していなかったが、前者は思想に基づいての行動ととれるが、後者は単なる行為の
事実を表していて、そこにはなんの精神性もないというのが、選民意識の強い彼には許せ
ないというだけのことだった。

 
 

「さて、反省の弁を聞かせてもらおうか、イザーク・ジュール」
 テレビで母親の実質的な死刑を確認した後、隊長に呼び出された。サングラスの奥の表
情は見えないが、きっと自分を嘲笑っているだろうと思い、イザークは顔を朱に染めた。
「シン・アスカに暴力をふるったことは、ザフトの兵士として恥ずべきことであり、反省
しており、隊長からの処分を待つ覚悟です。しかし自分の母親を侮辱したシン・アスカに
も、相応の処罰があってしかるべきだと思います」
 どうせ謹慎をくらうのだから、言いたいことを言った。エザリア・ジュールを泥棒呼ば
わりする権利など、世界中の誰にもないのだ。
「私がその場にいあわせた複数の第三者から受けた報告によると、シン・アスカが君の母
親を侮辱したとは思えないが。ただ君がそう勝手に解釈して殴った、ということだが?」
アレッシィの冷静な声を聞いているだけでむかむかした。
「彼は、自分の母のことを『泥棒』と呼びました。これは侮蔑です」
「エザリア・ジュールがザフトの財産を盗むことに関与したのは、残された証拠、本人の
自白、共犯者の自白により明白だが、君が否定しているのはその事実ではなく、『泥棒』
という言葉だけのように聞こえるが」
「……そうです」
 イザークは絞り出すような声で答えた。母親が過ちを犯したことは認める。しかしそれ
をあんなオーブ生まれの半端なプラント人に非難される覚えはない。エザリアは地球生ま
れのコーディネーター第一世代だが、大学院を卒業した15歳の時にプラントに移民し、コ
ーディネーターの世界を築くという崇高な仕事に従事してきたのだ。
「窃盗犯、ならよかったのかね?」
 イザークは黙って、きつい目で隊長をにらんだ。
「では訊くが、君はこれまでの人生で、他人の親の職業や行為について、何も言ったこと
がないのかね?」
 沈黙の後、イザークは答えた。
「−−あります」
 母親が誇りだったイザークは、付き合う友人の親の職業を気にしたし、またエザリアも
エリートの親を持つ優秀な子しか彼の友人として認めなかった。
「それはすべて褒める言葉だったのかね? 事実を指摘したことはないのかね?」
 畳み掛けられて、イザークは黙った。そうしたら記憶のそこから、忘れていた10年ほど
前のことが浮かび上がってきた。
 彼が中学生だった8歳の時だ。学校に彼より勉強のできる少年がいて、その存在が疎ま
しかった。そしてその少年の父親の職業が汚水処理場の作業員であることを知り、そばを
通るたびに『下水の匂いがぷんぷんする』と言ったものだ。今はスペースコロニーのよう
な閉鎖環境で水を循環させることがいかに大切かわかっているが、まだ子供だった。相手
の少年はイザークの挑発を一切無視し、あっという間に飛び級で大学に行ってしまった。
そのあと彼は担任に自分も大学に今すぐ進学したいとねじ込んだが、君の学力では無理だ
と一言で切り捨てられた。イザークがはじめて味わった屈辱と挫折だった。そのころバン
チの議員だったエザリアの息子の自分より、汚水処理場の作業員の息子が優秀な遺伝子を
持っているなど、あってはならないことだ。優秀な遺伝子こそ、人間の価値。その考えは
イザークの中で不変だった。
「誰も聖人君子ではない。君の母親もだ。そしてこれから君には一生母親が国家反逆罪を
犯した罪人だという事実が付いて回る。プラント人は遺伝子を重視するから、君に反逆者
の血が流れていることを嫌って、君と人間関係を持ちたくないと考える人間もたくさん出
るだろう。母親が泥棒と呼ばれたのが、いかに君にとって許せないことでも、事実である
以上、慣れるしかない。だがそんなことを乗り越えて、君の友人になったり恋人になった
りする人間が出てくる可能性もあるだろう。それは君の人間性次第だ。24時間、自室謹慎
を命じる。君にとって、人生を一度考え直す時間になれば幸いだ」
 イザークは了解の返事をし、自室に戻った。

 

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