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クルーゼ生存_第21話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:21:50

 三人でバギーに乗ってガルナハンの街に入ったのは、真っ赤な夕日が沈み、東の空に星がまたたき
はじめるころだった。
「空気の屈折だってわかってるけど、まだ星の明るさがしょっちゅう変わるのにはなれないわ、私」
「俺は宇宙で距離感を掴むのに苦労したなあ」
「それはプラント育ちでも苦労する。しかし、この街、血の匂いがしないか?」
 レイの言葉に二人はくんくんと鼻をかいだ。
「ホントだ」
「でも、市街戦はなかったでしょ。基地が全滅状態なんだから、連合の兵士は降伏したは
ずよ。でなきゃ夕食に招待してくれるなんて暢気なこと、言ってられないじゃない」
 ルナマリアは腰の拳銃に手をやった。念のため拳銃、ナイフ、自動小銃を三人とも持っ
てきている。
 バギーは街の広場に入る。広場では篝火が焚かれ、そこここで羊がこんがりと丸焼きに
なっていた。彼らを見つけたコニールが駆け寄ってきた。
「来てくれてありがとう! きょうはホントに助かった。あたしたち、街のみんなが自由
に生きてられるのも、あんたたちザフトのおかげだよ!!」
 作戦前は不安でこわばっていた顔が、今ははじけるような笑顔だ。
「さ、おいでよ。羊が焼けるところだから。ん? 用心深いんだね、自動小銃まで持って」
「まだ捕虜になってない連合の兵士がいるかもしれない」
 レイが冷静に言ったが、コニールの言葉に三人は驚かされた。
「連合の兵士? 街中総出で、街に駐屯してたのも火力プラントを占領してたのも、みん
な殺したよ。いまこの街にいるのはガルナハンの市民とあんたたちだけさ」
 戦争とは軍隊同士でするもので、負ければ捕虜になるという教育を受けて軍人になった
三人にはショッキングな現実だった。
 顔をこわばらせ、しっかりと自動小銃を握ってコニールのあとに続く。
 広場では民族楽器の音が流れ、鮮やかな長いスカートを翻しながら踊る女性達、そして
炎の上でぐるぐると回る羊。地球生まれのシンにも、テレビの紀行番組でしか見たことの
ないような風景だった。しかしコーディネーターの夜目の効く目には、広場に通じる道に
連合軍の兵士の死体があるのがはっきりと見て取れた。
 コニールは三人を恰幅のいい中年男、三十代の鋭い顔の男がいるテーブルに案内し、自
分もそこに腰を下ろした。恰幅のいい男はこの街のまとめ役でコニールの父親、鋭い顔の
男はレジスタンスの隊長だということだった。
「プラントから来ましたザフト軍ミネルバ、モビルスーツ隊所属のレイ・ザ・バレルです」
 きちんと敬礼して挨拶するレイに、シンとルナマリアは倣った。こういうとき、生粋の
優等生はありがたい。
「ようこそ。プラントの友人達。そう呼ばせていただいてかまいませんな? そちらのシ
ン・アスカ君はザフトの広報テレビに出ていたのを見たことがありますよ。皆さん、赤服
のエリートだということも理解しています。ここはユーラシアの辺境ですし、豊かな土地
ではありませんが、2千年以上の歴史がある街です。我々にとって、情報は生き延びるた
めに大切なのです」
 シンたちの前に、小さな皿に大匙三杯ほどの灰色の粒粒がだされた。ルナマリアは一体
何だろうとしげしげと見ている。見た目はよくないが、海と潮の香りがする。
「もしかして、これ、キャビア?」とシン。
「ええ。このあたりでもチョウザメは滅多に取れなくなりましたが、今日はお祝いです。
食べていってください。よく冷やしたウォッカもありますよ」
「上司から、禁酒の条件で外出許可をもらってますので、残念ですが遠慮させていただき
ます」
 レイが結構美食家なのを知っているシンは、彼が心底残念がっているとわかった。
「いただきます」
 三人は生まれて初めてキャビアを食べた。ルナマリアは魚卵自体が初めてだったが、世
界三大珍味ということと、ガルナハン付近が産地だということは知っていた。口に入れる
とぷちぷちとはじける感触。そしてねっとりとした脂肪とたんぱく質の濃厚な味わいが潮
の香りとともに口いっぱいに広がる。彼らは美味しいと感謝の言葉を述べるより先に、キャ
ビアを堪能した。
「こんな美味しいもの、生まれて初めて食べました」
 皿を嘗め尽くさん勢いでルナマリアが言う。
「皆さんへのお礼です。この街に連合軍がやってきて二年、だんだん彼らの締め付けが厳
しくなって、開戦と同時に圧制に変わりました。いま西ユーラシアは揺れています。大西
洋連邦メインの地球連合への反発です。彼らの歴史は数百年。対して我々は二千年から四
千年の歴史があります。大西洋連邦の奉じる正義だけが正義だなぞ、我々ユーラシアの者
には通じません」
 羊の丸焼きを切ったものが運ばれてきた。あばらの部分と腿の部分、表面と内臓を抜い
た内側に塩と香草をまぶして焼いたものだ。香ばしい匂いに、羊を食べつけないプラント
人でも食欲をそそられる。
「でも、コーディネーターと組むのは不安じゃなかったんですか? このあたりにはコー
ディネーターは住んでないでしょう」
 羊のあばらにかぶりつきながら、シンが訊いた。コーディネーターが多く産まれたのは
旧プラント理事国の都会の裕福な階級で、このガルナハンで子供をコーディネーターにす
る人は、いたとしても数えるほどだったろう。
「確かに。コーディネーターは我々とは違います。しかし人間だというのは同じでしょう?
民族が違うなど、ユーラシアでは当たり前のことです。この町が出来てから、支配した民
族だけでも十は軽く超えますし、通り過ぎて混血した民族なぞ、数え切れません。今回の
連合軍も同じです。それにこの街の星占いをよくする婦人が、ザフトにはSEEDの加護があ
ると主張していました。彼女の言葉は、信頼が置けます」
「では、あなた方のアイデンディティはどこにあるのですか?」
 レイはナイフで羊のあばら骨から肉をそぎ落として食べていた。
「この街だ」
 沈黙していた鋭い顔の男が言う。
「昔は交易で栄え、今は火力プラントの電力を売って生きることが出来る。人がここで生
きている以上、街も生き続ける。そして街の自由のために、オレ達は戦う準備をし、戦う
だけだ」
 女として骨付き肉にかぶりつくのはまずいなと思っていたルナマリアは、レイの食べ方
を真似た。そして、思い切って訊いた。
「でも、どうして連合の兵士を捕虜にしないで、殺してしまったんですか? 連合が戦力
をこの地方に回せるようになったら、報復されてしまいます」
「……我々には捕虜に食わせる食料がない。このあたりで獲れる食物は限られている。ユ
ニウス7落下の影響でこのあと農作物の不作が続くのは確実だ。それに、連合はレジスタ
ンスを捕まえたとして、捕虜にしてくれるような優しい軍隊ではない。お前達は軍と軍で
戦争をしているから、捕虜交換といった発想もあるだろうが」
 三人は口をつぐんだ。このあとの戦局が連合に有利になったら、街が壊滅することを覚
悟して、彼らは行動しているのだ。
「ここではすべてが混ざりあい、未来を作ってきました。たとえば、私の目は黒いが、娘
のコニールの目は青い。色んな民族が行きかった結果です。いまこの街にいる妊婦の三分
の一は連合の兵士の子供をはらんでいます。でも我々は産まれてくるその子供達を差別し
ない。ガルナハンの街の子供として、大切に育てます」
「それは、立派なことですが、ホントに差別しないで育てられます? この街のレジスタ
ンスを弾圧して殺した男の子供でしょう?」
 やはり女なので気になるのか、ルナマリアがきつい口調で問いただした。
「できるよ。子供に罪はないからね」
 コニールがきっぱりと言い、ルナマリアは押し黙った。コーディネーターは遺伝子にこ
だわる分、『理想の自分の子供』を欲しがる気持ちが強い。彼女のような二世代目のコー
ディネーターにはまず起こらないことだが、相手がコーディネーターにしろナチュラルに
しろレイプされて妊娠したら、迷わず堕胎するだろう。
 シンが、コニールは偉いなといい、彼女がガキ扱いするなと言い合って、場がほぐれた。
そのあとはガルナハンの生活を聞いたり、宇宙の暮らしの話をしたりしながら、

 
 

 和やかに食事は終わった。最後に濃くて甘いコーヒーが出された。粉が沈むのを待ちなが
らゆっくりとすすって飲むコーヒーだ。こってりしたキャビアと羊を食べたあとに、さら
にこってりしたコーヒー、美味しいが太ってしまうとルナマリアは思った。
「さて、夜も更けました。男性お二方には、この街を訪れた客人の役目を果たしていただ
きたいのですが」
 コニールの父親の言葉に、シンとレイは目を丸くした。ローエングリンゲートを破壊し
た自分たちに、それ以上の任務があるのだろうかと。
「先ほども申しましたが、常に新しい血を入れることでこのガルナハンの街は幾度となく
全滅の憂き目に会いながら復活してきました。この街の将来のために、あなた方の子供が
欲しいのです」
 ストレートな物言いに、シンは真っ赤になりレイは真っ青になった。
「よく練れた女性がお相手しますから、経験不足の心配は要りません」
 そういう問題じゃないんだと思ったシンだが、うまく口が回らない。反応によっては街
全体が敵に回るかもしれないのだ。
「ちょっと……そういう習慣は、プラントにはありません。愛の証として子供が生まれる、
それが私たちの考えです」
 ルナマリアが急に不愉快さを露にする。男女同権、前線の戦闘員の三割が女性というザ
フトのエリートだから当然だろう。
「子供は愛の証、それは正しい。しかしまれびとが子種を残していくのも、人間社会の習
慣ですよ、お嬢さん」
「いや、その、目の赤い子供なんか生まれたら苛められるし……」
 あたふたとシンがコニールを見ながら呟いた。
「あなたはコニールがお気に召したのか? この子も十分子供が産める年齢です。本人も、
いやではないようですなあ」
 顔を真っ赤にしたコニールを見て大きく笑う。
「お気持ちは嬉しいのですが、シンも自分もまだ童貞です。初めての相手は心底好きあっ
た女性とと思っています。子供っぽいと思われるでしょうが、少年の夢を大切にしていた
だきたい。コーヒーもいただいたので、われわれは失礼します。外出許可でもらった自由
時間もそろそろ終わりですので」
 レイの言葉に、シンとルナマリアは大きく頷き、一緒に席を立った。

 

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