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クルーゼ生存_第32話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:33:48

 ブリッジで倒れたメイリン・ホークはすぐに医務室に運ばれた。
 ミネルバの医務室には外科が専門の医師と、臨床心理士と看護士の資格を持つ女性が勤
務している。
 一通りの検査が終わる頃に、メイリンは目を覚ました。
 目の前に姉のルナマリアの大きな青い目が見える。
「……お姉ちゃん」
「よかった。もう、倒れたって聞いて心配して飛んできたんだから」
 パイロットスーツ姿の姉を見るに、それは本当だろう。同じ船に姉がいてくれて、こん
なに嬉しいと思ったことはない。
「先生、メイリン、貧血かなんかですか? ダイエットしようかとか言ってたし」
「いや、緊張が過ぎたようだ」
 メイリンは医者の言葉で、あの瞬間を思い出す。
 彼女が射出したグゥルに乗った青いザクが爆散するのを。
 賭けに負けたのだ、彼女は。
 そう思うと、じわりと涙があふれた。母親が失脚して自分も左遷された元エリートのイ
ザーク・ジュール。ミネルバに最後までなじもうとしなかった彼だが、メイリンには優し
かった。女性に優しくするように教育を受けたのだろうし、やはり寂しかったのもあるだ
ろう。ただいまは、もっとおしゃべりしたかったという気持ちと、彼の最後の言葉、愛し
てるだけがぐるぐる頭の中を回っていた。ウソが下手なイザーク。
「えっ? 基地の病院へ、ですか」
「念のために、もっとちゃんとした検査をしておいたほうがいい。経過を書いた書類を作
るから、そしたらヴァレンチーナが病院まで連れて行く。なに、夕食までにはミネルバに
戻れる」
 ドクターの声が聞こえた。とにかく仕事から抜けられるだけでも、今の彼女には嬉しいことだった。

 
 

「なあ、レイ、いいか?」
「かまわない」
 部屋に戻ったシンはベッドに腰掛けると、顔面を右手で覆った。スタンバイルームでニ
ュースを見てから帰ってきたのだ。
「ガルナハンの街、あんな、ホントに瓦礫の山になっちゃてさ。それをカメラが舐めるよ
うに映してて、生きてる人はいないのかと思った。そうしたらキャスターが怪我した三つ
くらいの子供を抱き上げて、『奇跡的に生き残った子供です』って。あの子も、あの日、
広場にいたんだろうか。俺たちと一緒に羊の骨をかじってたんだろうか?」
「おそらくあの子は、ガルナハンの子供じゃない。近くの街から買ってきた子供だろう」
「買ってきた?」
「あのニュースを見た大西洋連邦の善男善女は、コーディネーターなんかと組んで戦った
ばかりに攻撃された街を哀れみ、あの奇跡的に生き残った子供を養子として引き取りたい
と、テレビ局に連絡するだろう。そうすると里親希望が何万人から寄せられましたという
のが、またニュースになる」
 レイは冷静だが少々沈痛な色の混じった声で語った。
「そんな!? 子供を使ったヤラセじゃないか!!」
「だがあのあたりはお世辞にも豊かな土地ではない。アースダラーがもらえて、子供は世
界一豊かな大西洋連邦のいい家庭に引き取られて裕福に育つ。魅力を感じる親もいるだろう」
 シンは絶句した。ガルナハンは火力プラントがあるので豊かだったといってはいたが、
彼の目からするとみすぼらしい街だったし、他に産業があるようでもなかった。周囲の街
はさらに貧しいのだろう。マスコミは話題取りのためなら何でもする。また軍隊も、広報
のために努力と金を惜しまない。それで死ぬ兵士が少なくなればよいのだ。そして世の中
には子供を売る親がいることも、地球育ちの彼は知っていた。
 ただプラント生まれのレイにそんな発想があったのに驚く。プラントは税金は高いが、
そのかわり子供を育てるのに必要な教育費は一切国から出る。ゼロ歳児保育もあるので、
出産した母親が三日で普通に働くこともできる。
「……確かに、そう、かもな」
 力なく言う。
「俺さ、今日一番ショックだったのがガルナハンのことで、次がメイリンが倒れたってこ
とで、イザークが戦死したのがその下なんだ。ガルナハンのことで、コニールとか彼女の
お父さんとか、レジスタンスの人たちとか思い出しちゃって。もうそれで心にぽっかり穴
が開いた感じでさ。イザークは、ガイアと戦っててぜんぜん見てなかったんで、実感がな
いんだ。同じ隊の仲間が戦死したら、どんなに悲しくて寂しくて怖いだろうって思ってた
のに」
「それは俺もかわらない。イザークとは個人的な会話を交わしたことがなかったから、や
はり実感がない。多分次の出撃で青いスラッシュザクファントムがハンガーにないのを見
るまで、実感は湧かないだろう」
「あっ……」
 もうミネルバのモビルスーツデッキに、あの青いスラッシュザクファントムが戻ること
はないのだ。それは意地悪げな青い瞳で睨まれることが、永遠にないという証だった。
 シンは、初めて戦友のために涙を流した。
「お前は優しいな」
 頭の上から聞こえたレイの声が、湿っていたようなのはシンの気のせいだっただろうか。

 
 

「アレッシィ隊長、グゥルは使うなというあなたの命令に背いたメイリン・ホークの処罰
について、どうお考えですか?」
 艦長室でタリアが尋ねる。
 彼の表情はサングラスに隠されていて見えないが、さして重要なことだと考えていない
らしいのはわかった。
「確かにその命令は私がだしたが、艦長、あなたも追認して、恒久的な命令としてメイリ
ン・ホークを縛っていた。ですからなにも私はフェイス権限を使って彼女の処罰を決めよ
うとは思わない。規則にのっとって、艦長権限の処罰をし、報告書を人事部にだせば問題
ないでしょう」
 責任を取るつもりはさらさらない、ということだ。彼は部下の戦死の報告書を書き、上
層部は扱い辛い軍人が消えてさっぱりするというところか。イザークの母親のエザリア・
ジュールがザフトの艦隊司令官ブラウニング提督と不倫関係にあるのは有名な話だった。
タリアはブラウニングのセクシーな禿頭といつもにこやかな笑みをたたえたハンサムな顔
を思い出した。彼は宇宙でさぞかしすっきりした気分を味わっているだろうと思うと、許
しがたい犯罪者だが、エザリア・ジュールが少し哀れになった。イザークの死を本気で悼
むのは、彼女をはじめ数人であろうから。タリアにしても、戦艦を指揮する資格を持った
白服の平パイロットがいなくなったことで、安心した部分があるのだ。副長のアーサーも、
おそらく同じ気分だろう。
「ええ、そうですね。では私の方で処理します」
「では、失礼」
 イザークがいようといまいと立場が不変の男は、軽い足取りで艦長室を出て行った。
 タリアはできるだけ軽い処分の参考になる規則と判例を探す前に、メールをチェックし
た。これは仕事を始める前の癖だ。新着メールの中に基地の病院の医師から『メイリン・
ホークの件』というのがあって、慌ててそれを開いた。
「ミネルバオペレーター、メイリン・ホークの診察結果。彼女は妊娠四週間目に入ったと
ころであり、これから一ヶ月は絶対過敏期であり、早期流産の可能性も高い。また彼女と
相手であるイザーク・ジュールの遺伝子の相性は、妊娠出産に至る可能性はけして高いも
のではなく、まだ胎嚢も確認されていない。早期に彼女を戦艦から降ろし、基地で様子を
見ることを医師として要求する」
 メイリンとイザークが。15歳で成人するプラントでは早婚が多い。そして若いうちに子
供を産んでしまおうというのが、女性の考えの主流だ。そしてコーディネーター第二世代
は子供ができにくいため、子供を望む女性ほど早くから相手を探して活動する。
 それはわかる。しかしここは戦場だ。妊娠する可能性がある相手と避妊せずにセックス
するなど、いくらプラントの出世率が落ちているとはいえ、言語道断だ。
 タリアが険しい顔になったとき、電話がなった。
「グラディスです」
『医務室のヴァレンチーナ・コストナーです、艦長。現在メイリン・ホークの付き添いで
病院にいます。彼女は、流産しました。医師たちは遺伝子異常による流産と判断して、分
裂中の受精卵の遺伝子検査を要求しています。父親のイザーク・ジュールが死んでいるの
で、艦長から上司のアレッシィ隊長にその旨、お伝えいただけませんでしょうか』
「それで、この遠征案を明日の首長会に提出するから、よく読んでおいてね」
 ユウナは妻のカガリに書類を手渡した。本来なら行政府で行うべきことだが、今日は二
人とも忙し過ぎた。結局夕食のあとに、コーヒーを飲みながら残った仕事をすることにな
る。
「スエズまで空母まで出して遠征か。いくら同盟国とはいえ、人遣いが荒い奴らだ」
「オーブの守りが薄くならないよう、連合軍の南太平洋艦隊はカーペンタリアとの間に艦
隊を置くという交換条件は交わした。北の東アジアへの警戒はいつも通りってことで」
 オーブ艦隊の総司令官として、ユウナが従軍することになっている。オーブ代表の夫を
出すということは、外交のひとつのカードだった。
「実は、子供のころ船酔いしたんで外海に出るのは不安だけど。オーブの軍人は優秀だから、
うまく取り繕ってくれるだろう
「オーブの男が、船酔いなんて情けないことを言うな!」
 カガリが夫を怒鳴りつける。
「そんなこといわれても、三半規管の問題だろう。まあ、なんと言ってもオーブが前大戦
から二年でここまで復興したのは大西洋連邦の資本が大きいし」
 ユウナは妻のマチョイズムに辟易して、話をそらした。
「……それを出されると、何も言いようがないな。戦争が終わった時、オーブにはマスド
ライバーもモルゲンレーテもなくなっていた」
「そこに君が仲間のテロリストたちを連れて帰ってきたんだから、大西洋連邦に併合され
なかっただけで、運がいいと思っておくれよ」
 二年前、三隻同盟で戦ったことを言われると、カガリはしゅんとする。自分たちの思い
が間違っていたと考えたことはない。ただ社会のルールでは許されないのだと、今はわか
っている。
「二年前ボクは大西洋連邦の大学院にいて、オーブのことについては学部の頃からいろい
ろ言われたよ。知ってるかい? ほとんどの外国人学生は『オーブ連合首長国』ではアス
ハ家が独裁政治をしている、国民に人権はない、コーディネーターを地球に住まわせてや
るという餌で釣って無理矢理国営企業のモルゲンレーテで働かせて、兵器を製造している
と思っているんだ」
「なんだ、それは! 人の国をまるで野蛮人の国のように言って!」
 カガリ・ユラ・アスハは金色の瞳に怒りをみなぎらせた。彼女の敬愛して止まない父ウ
ズミは、断じて独裁者ではなかった。確かに共和国に比べると、議会より首長会の力が強
い。しかし議会の代表も首長会に参加しているのだ。
「世襲で政治権力を継ぐのは、国民の権利を侵害するものだ。こういう考えが今の世界の
99.9%なんだよ、カガリ。あの内戦続きで二年と持った大統領がいない南アフリカ統一機
構からの留学生ですら、民主国家の自国のほうが、政体としてオーブより優れているとい
つもボクに言ったものさ」
 もう一カ国スカンジナビア王国も世襲制だが、ここは立憲君主制を取っていて、国王は
儀式を行うのが仕事で、政治の中身には一切タッチしない。
「それじゃ、平和より内戦のほうがいいというのか? 政治家は国民を平和に暮らさせる
ために、手を尽くすべきじゃないのか?」
「だから、オーブの事情を経済、司法、政治、色々説明したさ。学生時代で何百人に話し
たか。そのおかげでボクもいい勉強をしたけどね。小国が生きていくひとつの方法だと理
解してくれる友人もいたし、どうしても政治権力の世襲は許せないという友人もいたけど
ね」
 そういういろんな人の意見というのを、カガリは聴いたことがない。オーブで育ち、高
校しか出ていない。父の急死があって、影響力の強いアスハ家の人間だからという理由で
代表の座につかされたのだ。ただ世間知らずのじゃじゃ馬お姫さまでいたのは、いま思え
ば自分の責任を意識していなかったからだ。首長会に名を連ねる家系の長男で態度は軽い
が頭のいいユウナと子供のころに婚約させられたのは、父にカガリを後継者にする心積も
りがあったからに違いない。
「だからいま、新しい政党ができたね。『オーブ民主党』、もちろん党の目標はオーブの
共和国化」
「でも、オーブは首長会がメインで動いているから、なんでも素早く動くことができる。
こんどの復興だって、とにかくモルゲンレーテを復活させて外資を稼がないといけなかっ
たし」
 カガリはあの時の目の回るような忙しさを思い出した。まあ彼女は話を聞いて代表とし
ての勉強をして、オーブ中の島に慰問に行くのが仕事だったが。
「若い弁護士や学生が主体だね。アークエンジェルのクルーもいる。サイ・アーガイル、
知ってる?」
「多分、けど、そいつ、恩知らずじゃないか。アークエンジェルのクルーを大西洋連邦に
引き渡さないために、オーブは手を尽くした。結局ラミアス艦長が自分たち士官の命令で
脱走しただけと強弁して、なんとかそれが受け入れられたけど……」
 アフリカからアークエンジェルとともに行動した時に会っているはずだが、どうも記憶
にない。
「その『恩知らず』っていうのがが世襲で権力を受け継いだ人間の感性なんだよ、わかる?
社交ではお姫さまに、政治では雌獅子であれ」
「あ、ああ。政治に私情は禁物だったな」
 でも、思いは消えない。カガリが三隻同盟の一員だったから、アークエンジェルの下士
官以下とエターナルのクルーはオーブ国籍をもらって、この地で暮らせるというのに。
「彼は元々オーブ人、ヘリオポリスの工業カレッジでキラ・ヤマトと友達だったようだ。
ただ彼の婚約者のフレイ・アルスターがキラと関係を結んで彼女と破局したようだから、
たぶんもう付き合いはないだろうね」
「わかった、あの眼鏡の温厚そうなヤツか」
 きちんとした育ちの優等生らしい少年だった。いまはもう、立派な青年だろう。アーク
エンジェルに乗ってカガリとともに戦ったいたオーブ人の青年が、オーブの首長制に反対
しているというのは、やはりカガリを不愉快にさせるのだった。

 

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