Top > クルーゼ生存_第33話
HTML convert time to 0.004 sec.


クルーゼ生存_第33話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:34:18

「久しぶりですわね、キラ」
 キラは恋人のラクス・クラインを部屋に招きいれた。オーブ軍を退役してからしばらく
は母親が部屋の外においてくれる食事をすこしだけ食べて、引きこもっていた。ありがた
いことに何もいわないでくれた両親のおかげで、今では二週間に一回母親に付き添っても
らって心療内科に通えるようになった。大学に復学するのは、あと半年は様子を見たほう
がいいと言われている。
 そしてラクスと会うのは、何ヶ月ぶりだろう。彼女がアフリカから帰ってきたときには、
キラは入隊していたので、随分久しぶりだ。
 鮮やかなピンクの髪と整った顔、可愛らしい声。
「ああ、君はトリィみたいだね」
 遠くに行ってしまった友人がくれた、子供時代の幸せの詰まった鳥形ロボットの名前が
ふっと口をついてでた。ラクスも彼の気持ちに乗って、
「あなたはハロのように、大事なお友達ですわ」
 と答えた。ただそのロボットを作ってくれた共通の友人の名前はやはり出なかった。
 戦争が始まってしまって、世界を回って歌っていたラクスはオーブに留まらざるをえな
い。彼女の歌が売れていなかったのは、キラも知っている。人口が激減したとはいえ、地
球40億のナチュラルのなかには、彼女より上手で魅力的に歌を歌い上げるディーヴァは沢
山いるし、アイドル歌手として『ピンクの髪のお嬢さんテロリスト』は、あまり受けなか
った。
 でも、彼女は歌いたいし、沢山の人に歌を聞いてもらいたいのだろう。今のキラには、
ラクスのまっすぐな目線は少々辛いものがあった。でも、やっと会う決意をしたのだ、両
親以外の人間と。
「……カガリはけっこうまめにメールをくれる。忙しいのに。半分はノロケだけどね」
「アスハのお屋敷にわたくしとバルトフェルトさんはお世話になってますけど、カガリさ
んがめったに戻られないと、マーナさんはお怒りですわ」
 ラクスがくすりと笑う。
「そりゃ忙しいし、セイランのお義母さんは礼儀作法に厳しいけど、役には立ってるって
書いてた」
 カガリの野放図なところは魅力的だったが、一国の元首があれではまずいのはキラにも
わかる。そして彼女は、表と裏を使い分ける大人になろうとしているようだ。オーブのた
めにはいいことだが、双子の姉が先に一人でどんどん大人になってしまうのは、彼に不安
を与える。でもカガリからのメール五通に一回くらいしか返信しなくても、自分たちの絆
は揺らがないと思う。
 ラクスは外がまだ明るいのに、キラがカーテンを閉めていることについて、何も言わな
かった。キラはあれ以来、明るいところも暗いところも嫌いだった。睡眠障害があるので
寝る時間は不規則。昼ならカーテンを閉めて、夜なら小さく電気をつけて睡眠薬を飲む。
10分に一回ずつ目を覚ました時期もあった。今は一度入眠すれば三時間くらい眠れるよう
になった。
「バルトフェルトさんやダコスタさんは元気?」
 反逆の罪で、故郷のプラントから追放された人たちを思い出す。
「ええ、バルトフェルトさんはカガリさんの口利きもあって、大学の講師になられました
わ。ダコスタさんは以前と変わらず、銀行にお勤めですわ」
「バルトフェルトさん、君のマネージャー、やめたの?」
「だって、コーヒー豆を買うお金にも足りないんですもの、わたくしが払えるお給料」
 こういう辛いことを平気で言えるラクスの強さが、キラにはまぶしい。
 彼女は国家予算レベルの賠償金を背負っている。個人で返済するのは彼女が世界的な歌
手になっても無理な金額なので、つまり絶対にプラントに足を踏み入れるな、という意味
に等しい。あのあとラクスのプラント内の協力者は逮捕されて、裁判で死刑になった軍人、
終身刑を受けた民間人もいると聞く。フリーダムもエターナルも盗品だったのだ。キラは
自分がラクスからもらったと思い込んでいたが、子供だったしプラントから逃れて地球に
戻る手段も必要だった。
(僕は……連合の脱走兵で、ザフトのモビルスーツの窃盗犯で、連合とザフトに対するテ
ロリストで、オーブ軍を戦時なのに元首に頼み込んで退役させてもらった男なんだな)
 地球ではコーディネーター嫌いでない人も、ラクスのことを国家の軍事機密を盗んでテ
ロをするなんて倫理観のない怖ろしい少女と考えている人は多い。コーディネーター嫌い
の人になると、ラクスの行為はコーディネーターが善悪の区別、国家への忠誠心すら理解
できない『欠陥品』であることの証明だという。
 確かに、自分とラクスは似合いかもしれないと思った。
 彼女は、いつもキラを理解しようとしてくれる。それが常に正しいとは限らないが、気
持ちが嬉しいのは事実だ。
「ねえ、ラクス。セックスしないか?」
 外が明るいとかは関係ない。キラの気持ちと性欲の問題だった。カーペンタリアで死に
掛けてから、一度も感じなかった欲望を、ラクスに感じる。
「キラは、そうしたいのですか?」
 まっすぐに彼女は見詰め返してくる。
「うん」
「なぜですの?」
 さらに聞き返され、キラはつい目線を外した。
「肉体を求めていらっしゃるなら、お断りしますわ」
 思ってもないきっぱりした拒絶だった。まだ関係を持ったことはなかったが、断られる
ことはありえないだけの深い感情を持ち合っていると信じていたのに。
「性欲の果てに何が残るのでしょうか。わたくしも、キラも考えるべきだと思います。で
は、失礼しますわ」
 ふわりっと白い足とサンダルを翻して、ラクスはキラの部屋を出て行った。
 呆然としたキラは、しばらく自失して何も考えられなかった。これまでもそれとなく誘
いをかけたことはあるが、ラクスは気付かないようだったので、はっきりと口にしたのだ。
年齢的にも、お互い何の問題もない。コーディネーター一世と二世だから子供ができる確
率はそこそこあるが、そんなのは避妊すればいいだけだ。
 『性欲の果てに何が残る?』、快感時々子供じゃないかと思う。そして気だるく疲れた
空気。キラはその感覚が好きなほうだった。だから大学にも何人かセックスフレンドがい
る。ラクスに振られたのが許せなくて、彼女達に連絡を取ってと考えたが、自分は大学休
学中だ。もう彼女らのメモリからはデリートされた男だろう。キラにしても今の今まで彼
女達のことを思い出しもしなかったのだから。
 キラはすっくと立ち上がると、財布を持って部屋を出た。
 カリダが
「あら、コンビニ?」
 と声を掛けてきた。実際キラが一人で出かけるのは、近所のコンビニに雑誌を買いに行
くときくらいだった
「ナンパ」
 ばたんとドアを閉めながら、キラは答えた。

 
 

 繁華街に出るのは何ヶ月ぶりだろうか。南国オーブであっても、季節が変わっているの
は空気でわかる。
 こちらが一人なので、一人のちょっと容姿のいい女の子に声をかけていったのだが、全
員に「これから待ち合わせだから」と断られた。嘘をついた子もいただろう。大学でのナ
ンパ率は高かっただけに、場所が違うからと思っても、少々傷ついた。
 通りをかえてナンパを続けていたら、キュートな雰囲気の外巻きの髪をした少女が目に
付いた。後ろからで顔がわからないので賭けだが、「こんにちは」と肩を叩きながら声を
掛けてみる。
 明らかなナンパに不愉快そうに振り返った少女、キラのよく知っている少女だった。
「キラ、キラ・ヤマトじゃない」
「ミリアリア・ハウ……」
 驚いてキラは彼女の方から手をはずした。しばらく会ってなかったとはいえ、ヘリオポ
リスの工業カレッジ、アークエンジェルで一緒だったのに、後姿でまったく気がつかなか
った。彼女は最後に会った時より大人っぽくはなっていたが、まだ少女の面影を残してい
た。
「髪の毛、伸ばしてるの?」
 ミリアリアの言葉にキラはびっくりした。そしてウィンドゥに映る自分の姿を真面目に
見詰める。
 髪が野放図に伸び、Tシャツとジーンズの着こなしがだらしない。お世辞にもすっきり
としてかっこいいとは言えない姿だ。
「い、いや。ちょっと切りに行けなくて」
「そう。顔色もよくないわよ。なんかむくんでる感じ」
 ずばずばという彼女の存在自体がうざったくなる。
「いや、ちょっとね。もう帰るよ。君はデート?」
「ううん、サイたちの話を聞きに行くの」
「そう」
「オーブの民主化について。それじゃあね、キラ」
 すたすたとミリアリアは去っていった。
 取り残されたキラは、力なく俯き、家路に着いた。さっきまで感じていた性欲は、かな
たに去ってしまったようだ。
 家で新聞の夕刊の見出しを見ると『オーブ艦隊、スエズに向け出発』と見出しが躍って
いた。
 彼は無言で部屋に入ると、パジャマに着替え、精神安定剤と睡眠薬を通常の二倍飲んで
寝逃げした。

 

【前】 【戻る】 【次】