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クルーゼ生存_第43話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:42:54

 掃除が終わって、スタンバイが終わって、シンがステラを尋ねられたのは夕食が終わっ
てからだった。
『自分はディオキアで捕虜と個人的な交流を持ちました。彼女は自分を信用してくれるは
ずです』
 ステラを撃って捕虜にした自分がよく言うと、シンにしても思った。ただ彼女とこのま
ま引き離されたくない。話したい、ディオキアの海のこと、彼女がなぜエクステンディッ
ドにされたのか。
 彼女は艦長の保護下にある捕虜ということだったが、隊長は『君と会うことであの捕虜
が安静になるならいいだろう。ただ分かっているだろうが、反応が変わったら面会許可は
そこまでだ』と言って、許可をくれた。
 ガラス瓶から出した桜貝、ディオキアの洞窟でステラがくれたものだ。南洋のオーブ育
ちのシンはもっと派手で美しい貝を子供のころ山のように集めていたが、もうそれはない。
かわりに、年の割りに言葉が幼く障害があるのかと思った少女からもらったのが、この桜
貝だ。
 医務室に入り、看護士にステラへの面会許可の確認を取る。
 そして対面したステラは……。昨日と変わらず全身をベッドに拘束されている。ひどい
と思うが、彼女が暴れたらオーサー医師とヴァレンティナ二人では対応できまいとも思う。
シンでさえ本気で力を出して押さえつけて、それでもステラの体をコントロールできたわ
けではなかった。彼の頬に残る爪あとが、その証拠だ。
 ただ細い腕にのびる点滴が、ステラが怪我人で可哀想なナチュラルの少女なのだと思い
起こさせる。
 ステラ、華やかな純金の髪に菫色の瞳の綺麗な少女。でも彼女の存在は猛獣並みに危な
くて――。
「彼女の点滴は体調をコントロールするためだから。傷の治りはナチュラルとしては早い」
 医師からこう言われてしまう存在なのだ。
「彼女の体の詳細わかるのは、サンプルや資料の解析待ちだ。いまはこうしておくしかな
いとしか、私の権限では言えない」
「はい。わかってます、先生」
 シンは軽く唇を噛み締めてステラを見やり、椅子を持ってきて枕元に腰を下ろした。
 そして優しく声を掛ける。
「ステラ」
 何度か呼びかけると、呆然と空を見ていた彼女の瞳がシンに向けられた。
「ステラ、ごめん。君を助けたくて、逃がしたくなくて、それには君を傷つけるしかなか
った」
 シンの告白、しかしステラの瞳は無表情のままだった。ガイアを倒したパイロット、自
分を撃った人物、抱えてこの艦に連れ込んだ人物、すべてが同じだと理解できていないの
だろう。それならそれでいいとシンは思う。ディオキアの海での出会いを思い出してくれ
れば。
 彼女のぼうっとした瞳の前に、桜貝をかざす。
「君がくれたんだ。覚えてる?」
「……かい、きれ…い」
 か細い声でステラが答えた。この少女がディオキアの洞窟で濡れた服を乾かしあった翌
日、ガイアで街を攻撃しようとやってきた。彼女は『エクステンディッド』だから、普通
の人間と違う行動をとって当たり前なのだ。医師や隊長の説明によると、普通でないナチ
ュラルだと。シンにしてもあの研究所のサンプルを目の当たりにした。その中で幸運にも
生き延びたのがステラだろうくらいの、想像はつく。でもなぜナチュラルは、コーディネ
ーターに匹敵する能力を持つエクステンディッドを作るのだろう。ステラは普通の少女で
いいではないか。自分たちコーディネーターの初期に生まれた人たちが違法な遺伝子改造
で産まれたにせよ、人間として普通に暮らしている。二世のシンにとっては、ナチュラル
とコーディネーターは同じ人類であり違う種族だと、自然に思えた。オーブでも大学は一
緒だがそれまでは別々の学校だったし、その関係で住む場所も別れてくる。
「うん、君がくれたんだ、ステラ」
 イタリア語で星と言う意味の――出会いの後調べたのだ――名前を囁く。
 いまは地球にいて、瞬く星を見ている。宇宙で見る星の不変のクリアさとはまったく違
う。シンは二つの環境に適応していたが、ミネルバが地球に降りてからはなんとなく地球
環境よりに体も精神も戻りつつあるようだ。でも、生まれ育った地球でエクステンディッ
ドの研究が行われ、あれだけの惨劇を引き起こしたのを目の当たりにすると、プラントの、
無駄な空間まで計算されて作られた清潔な街や寮を懐かしく思う。
「わたし…が?」
 上を向いていたステラの顔が、シンに向けられた。菫色の瞳が、さっきより生き生きと
してきたように思える。
「うん、君が俺にくれたんだ」
 前と同じことを繰り返す。彼女がエクステンディッドとして持つ機能がどれほどのもの
か、ドクターは血液検査や組織検査で調べているそうだが、なにぶん怪我の影響もある。
そして元々彼女は、ディオキアであったとき知的障害がある少女だとシンが思ったくらい
なのだ。エクステンディッドであれば、戦闘以外のことに頭を使えないようにされていて
も不思議はない。
「わ…たし?」
「うん、君が俺にくれたんだ」
 シンは繰り返した。どうやらディオキアでのことを覚えていないらしいステラには、幼
児に言い聞かせるように同じことをなんども言ったほうがいいように思ったから。
「ディオキアの海、覚えてる?」
「うみ……すき」
 岬の上で踊っていた彼女。いかにも楽しそうだった。ただその翌日、ガイアに乗ってあ
の岬を壊し二人が救助を待った洞窟をふさいだのも、彼女だったが。
「俺も海は好きだ。島で生まれ育ったから。ステラは?」
「ステラ、ラボ。……みんないっしょ」
 シンとの会話が安定してきたが、このラボとはここか他の研究所のことだろう。
「そうなんだ。あの時会ったネオ・ノアロークって人と一緒だったの?」
「……ネ…オ、ネオ――会いたい」
 ステラのどんよりとしていた瞳に光が宿った。その色合いは、シンに死んでしまった妹
のマユを髣髴とさせた。妹――マユの瞳はいつもきらきらと輝いていたが、ステラのはた
まに生気がやどる程度だ。確かにあんな研究所でエクステンディッドとして育てられ、い
や作られた彼女は、お日様の下でにこやかに笑っていた妹のような存在ではない。
 でも、ステラが呼ぶのは、ネオ・ノアロークの名前だ。
 ディオキアで彼女を迎えに来た金髪の美丈夫、おそらくは連合の軍人。それもエクステ
ンディッドの管理をしている、つまりアーモリーワンに襲撃をかけた人間だろう。
 急にその、ネオと言う人物が憎くなる。一番悪いのはエクステンディッドを作って戦争
に利用することを決めた連合の偉い人たちだとわかっているが、事情を知った上で現場の
責任者をするのだってひどいことだ。ステラは普通の、優しくて暖かい世界が似合う少女
なのに。
「ここ…どこ?」
「君の怪我が治るまで、ここで大人しくしてて、ステラ」
 ステラの感情が目覚めた分、頭も働くようになったらしい。
「ネオ、スティング……アウル、会いたい」
「大丈夫、怪我が治れば会えるさ」
 嘘を言うのは辛かった。ステラはザフトで大事にされるだろう、生きたエクステンディ
ッドのサンプルとして。だがザフトは、連合のような非人道的なエクステンディッド製造
所を作るような組織とは違う。
「あ…える?」
「うん、きっと」
 シンは桜貝を握ったステラの手を両手で包んだ。
 看護士のヴァレンティナから面会時間の修了を告げられ、席を立った。
「またくるからね、ステラ」
 次には自分を思い出してもらいたい。シンは心の底から願った。

 
 

「おい、タニス、大丈夫か!?」
 演習を終えてエリア81に戻ったアスラン・ザラは、ウィンダムから降りたタニス・ヴ
ァーチャー少尉ががくりと膝を付いてくずおれるのを見た。
 あわてて駆け寄ると、「なんともないから」と意地を張ったようは弱弱しい声が返って
きた。
「とにかく医務室へ」
 彼女を抱き上げて、医務室へ向かう。
 こんなに軽かっただろうか。いや抱き上げるのは初めてなのだが、彼女は訓練を受けた
軍人であるから、きっちりと筋肉の付いたプロポーションだし背も高いほうだ。
 アスランが気が付かないうちに痩せたということか。確かに綺麗な顔はひとまわり小さ
くなったようだ。とにかく医務室にきちんと挨拶して入り、医師にタニスを託した。
 医師はタニスをベッドに寝かせ、簡単な健康診断をした。
「栄養失調、痩せすぎだ」
 端的な言葉にアスランも、目を覚ましかけていたタニスもびっくりした。いまは戦乱の
真っ最中であるが、それゆえに前線の兵士たる彼女には栄養豊富な食事が支給されている
のに。
「……たしかに、少し痩せましたけど」
「お前はモデルじゃない。パイロットだろう。そう思って自分の体を見直せ。まったく
コーディネーターはスペックばかり高くて、いざ再び戦場に出そうと思ったときに役にた
たんとは」
 医師が呆れたように言った。
 がばっとタニスは身を起こし、
「大丈夫です。来週には予定通り地中海でノアローク大佐の本隊に合流できます。マグネ
ットコーティングしたウィンダムのテストも、明日から続けます。丈夫なのが――コーディネーターの取り得ですから」
 最後の『コーディネーター』という言葉は、絞りだすように呟かれた。
 彼女がどれだけ自分がコーディネーターであることを憎んでいるのか、アスランにもよ
く伝わった。
 そういえばアゴスト中尉が生きていた頃は、よく三人で食事をともにした。彼が死んで
からアスランはタニスと一緒に食事をしただろうか? 自問する、答えは一度もない、だ。
もともと一人で食事を取るのが好きだったせいもあるが、アゴストを失くして気落ちした
タニスを気にかけなかった。同僚として、ミスを犯した。自分の注意力のなさがタニスの
体力低下を招いたかと思うと、エルドリッジ少佐やノアローク大佐に申し訳ない。
 ただ彼も、汚らわしいザフトに在籍していた前大戦で同僚の戦死を目の当たりにした。
それを乗り越えなければ、兵士として一人前ではない。夕食はタニスと一緒にとって、そ
の話をしようと決めた。

 
 

 眼下の丸いリラクゼーションベッドで眠っている、二人の少年。詳細はまだわからない
が、おそらくお互いにブロックワードを言い合うような状況になって、激しい恐慌状態を
示した。なんとか沈静剤を注射して、カプセルに入らせることに成功したが、手間のかか
ることだ。
 カプセルはひとつ空いている。そこに入るべき少女、ステラ・ルーシェは戦死したよう
だ。彼女のモビルスーツガイアからの発進が途絶え、その後腕に埋め込まれている認識票
からの信号も絶えた。
 もしザフトの捕虜になっていたら、やっかいなことだとネオは思う。ロドニアのラボか
ら北米に人員を移して、後は処分する計画だったのにエクステンディッドの素体が反乱を
起こし、結局ラボ自体が滅んだ。処分する前の状態のラボをザフトに握られた。エクステ
ンディッドについて、残された資料から研究してくるだろう、あの遺伝子改造人間たちは。
医学はナチュラルのほうが進んでいるし、特に人体の機能を高めるエクステンディッドの
研究に、簡単にコーディネーターが追いつくはずはない。ただ得意分野が違うとはいえ、
ナチュラルよりばらつきなく優秀な人材が揃うのが彼らの特徴で、その分効率よく仕事を
進められる。ネオにとっては、コーディネーターは作られた働き蜂のようなものだが、エ
クステンディッドの体の機密に迫るのにどれだけの時間がかかるか、甘く見ることはしな
い。
 彼らはナチュラルに指揮されてのこととはいえ、一世代で2000万人が住むスペースコロ
ニー群を作り上げた。ただ間違っていたのは、彼らに自治権を与えたプラント理事国の判
断だった。より働かせるための餌だったのだろうが、コペルニクスの悲劇を持ってコーデ
ィネーターは本格的は反乱を開始した。結果エイプリルフールクライシス、ブレイクザワ
ールド。十数億に及ぶ無辜のナチュラルの民間人が、宇宙の遺伝子改造動物によって殺さ
れたことか。
 エリア81で行わせている、コーディネーター部隊のテストが上手く行っているのが、せ
めてもの救いか。彼らは精神的にも能力的にも、使える、遺伝子改造人間たちだ。
 そんなとりとめもないことを考えていたら、部下に声を掛けられた。
「ロアノーク大佐、バウアー博士がお時間をいただきたいということですが」
「わかった。10分ならいい」
 そう答えて後に続く。
 研究者達は、ロドニアの件で軽いパニックを起こした。自分たちが作り上げてきたエク
ステンディッドの反乱、そして同僚の死。ステラも命令なしに飛び出して行ったし、彼ら
が自信を持っていた『エクステンディッドのコントロール』がまだまだあやしいものだと
ファントムペイン中に暴露されたのだ。研究所関連はネオの管轄ではないが、実際に強化
人間を運用する立場として、不良品では困るし、それに気付かなかったというのでは、彼
の評価も下がる。
 小さな会議室に入った。当たり前だが、研究者の顔色はさえない。
「まず、エクステンディッドたちの間でなにがあったのか聞かせてほしい」
 呼ばれた側のネオが、会話の主導権を握った。
「はい。肝心のステラが死んだようですので、状況証拠しかないのですが。まずハンガー
でステラがガイアを見ていたとき、整備士達がロドニアのラボの処分失敗の話をしていた
らしいのです。そのあと彼女はあと二人のエクステンディッドのところへ行き、アウルは
ブロックワードによるパニック、スティングもそれに引きずられて感情の制御を失ったよ
うです。そしてステラはガイアに乗って出撃した、と」
 バウアー博士は化粧っけのない青ざめた顔で答えた。
「管制に許可を得ない出撃で、ハンガーにいた兵士が二人死んだ。忘れるな」
 エクステンディッドには資金も時間もかかっているが実験体だ。ナチュラルの兵士を
ガイアで潰して出撃したということは、ステラに施されたナチュラルの同志にたいして保
護を与えるという洗脳も、たいした効果はなかったというわけだ。
「申し訳ありません。あのエクステンディッドたちがロドニアのラボという言葉にこれほ
ど強い感情を示すとは、想定していなかったのです。彼らの成長の記憶は上手く調整され
ていて、ロドニアにはいい感情を持っていました。ただ『処分失敗』という言葉が引き金
になったとしか思えません」
 彼女はいかにもいいわけめいたことを言った。
 軍人であるネオは、科学者の後付の屁理屈は好まない。
「自分たちの作ったエクステンディドの感情ひとつコントロールできない、開発陣の責任
だ。ロドニアだって同じことだろう。自分たちの実験体と殺しあうなど。北米の研究所と
も話し合わなければいけないが、エクステンディッド開発が今のままでいいとは私は思わ
ない」
 ネオはきっぱりと言い切り、更に続けた。
「ステラの後任のガイアのパイロットより、デストロイに適性を持つパイロットを手配し
ろ。北米の研究所には十分な素体がいるはずだ。戦闘一回分持てばいい。日常の感情コン
トロールも薬で行っていい。君の仕事は、安定した性能を発揮できるエクステンディッド
を作ることだ」
「……はい、その通りです、大佐。我々には、それができます」
 理想を求めるより現実を見ることの大事さを、バウアー博士も自覚したようだ。ブルー
コスモスが莫大な資金をかけてきた『エクステンディッド計画』。ザフトに情報漏れした
とあっては、ネオの言うように手持ちの玉で最大の効果を出すしかないのだ。
 ネオにしても、ファントムペインが少人数の部隊であるとはいえ、いまひとつ成果を挙
げられないというのは困ったことだった。通常部隊ならこんなものだろうが、MSも人員も
――実験込みとはいえ――金がかかっている。彼は人間には捕食者と被捕食者がおり、簡
単にそれは逆転すると母の家で学んでいた。

 
 

(かあさん、かあさん……かあ…さん)
 金髪の女性が優しくアウルの髪をなでてくれる。柔らかな声で彼の名前を呼んでくれる。
その女性の顔はぐるぐると変わっていくが、いつも彼に優しくしてくれる。
 だから、母さん。
(かあさん、会いたかった)
 アウルの頭の中で、いつでも会えるからとメゾソプラノの豊かな声が響く。
 ラボの生活は辛いこともあったが、母さんと話すだけで憂鬱な気分は吹き飛んだ。自分
は大人になったが、やっぱり母さんが恋しい。母さんはロドニアでいまも幸せに笑ってい
る。いつでも自分に会いに来てくれる。アウルの脳の中では、そういうことになっていた。
(かあさん、ステラがいなくなっちゃった)
(大丈夫よ、あなたは何も心配することないの)
 絹のような滑らかな声に、アウルはすべての憂いを忘れた。

 
 

 久しぶりだと思う。ラボを離れてからは、ほとんど思い出すことがなかったのに。
 草むらでアウルとステラ、それに他の子供達も一緒に遊んでいた。スティングは一緒に
ファントムペインに入った二人以外の子供達の顔をよく思い出せないことを、特に不思議
とは思わない。ラボの子供達は入れ替わりが激しかったから、全員の顔を覚えているわけ
ではないのだ。アウルとステラだって、ラボを離れてから一緒でなけれは忘れていただろ
う。人間、そういうもんだろう?と少し皮肉っぽく思う。
 会わなければ忘れる。でも思い出の場所は大事だ。
 孤児院から選ばれて、ロドニアのラボに入った。訓練を受けて今では宇宙の怪物を倒す
パイロットだ。これは幸せなことだとスティングは思った。あのコーディネーターたちを
皆殺しにしないと、平和はやってこないのだから。

 

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