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クルーゼ生存_第45話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:47:17

「まったく、どう軍本部に報告をあげればいいのやら」
 グラディス艦長は頭を抱えた。艦のエースパイロット二名が、捕虜を逃し、それに協力
したなど。
「アレッシィ隊長。あなたの責任ですよ。部下に甘くしているから、こんなことに」
 会議室に集まったのは艦長と副艦長、モビルスーツ隊の隊長の三人だった。アレッシィ
が警邏隊の隊長がシンとレイを尋問するのに立ち会った。報告書も上がってきている。
「あの二人が、エクステンディッドを逃がすためにあんな大それたことをするなんて」
 『生きたエクステンディッド』はジブラルタルへの最大の土産だったのだから、艦長が
憤るのも無理はない。彼女のミネルバ艦長就任にまつわる噂を打ち消すには、成果は多い
ほどいい。
「尋問に立会ましたが、二人とも後悔はないようです。間違ったまっすぐさですが、自分
の身で罪を償うことになるでしょう」
 平然と言うアレッシィが、タリアの癇に障る。あの捕虜を彼が自分の管轄にしなかった
のさえ、陰謀かと思えるほどだ。
「あなたご自慢の優秀な部下がこんなことをするとは。フェイスとしてどう申し開きをな
さるおつもり?」
「彼らの戦果に免じての減刑の書類を書くだけです、艦長」
「あの、結局二人、特にシンの処分はどうなるんですか? ザフトは細かい軍規がないの
で調べてもわからないし、判例もなかったし」
 トライン副長が口を挟んだ。
「シンは銃殺の可能性もあるわ。レイは、禁固でしょうけど」
 正直腕のいいパイロットが使えなくなるのはきついものがある。すぐに補充が来るほど
プラントに人は余っていないのだ。
「じゅ、銃殺!?」
「本人はわかってやったようだ。かわいそうなナチュラルの美少女を助けたというヒロイ
ズムに酔っている、というところかな、シン・アスカは」
 こういう冷静で嫌味な声は、タリアにしても癇に障る。シンは非難されてしかるべき罪
を犯したが、上司が嘲笑するようなそぶりを見せるのは、軍隊の人間関係を保つのによく
ない要素だと思う。
 偉い人だけでなく、一般兵もこの話題でもちきりだった。
 二人と仲がいいのでいろいろ聞かれて困るヴィーノとヨウランは、やっといつものレク
ルームに避難した。
「シンがなあ、まあ、突っ走るやつだけどここまでやるとは」
「エクステンディッドの子を、前の戦争で亡くした妹さんみたいに思ったんじゃないの
か?」
 ヴィーノには妹がいるのでなんとなく思う。普段は憎たらしい生意気な奴だがが、あの
子を守るために戦っているという自覚はある。
「はあ、ちょっと、オレンジジュース入れてちょうだい」
 ばたんとドアを開けてルナマリアが入ってきた。
「何があったかわかんないのに、私まで事情聴取受けて。そりゃシンはあのステラって子
に夢中だったけど、連合に返すなんて想像できるわけないじゃない」
 いきなりまくしたてる。普段なら自分のことは自分でと返す二人だが、今回ばかりは彼
女は労られていいと、オレンジジュースを差し出した。
「ありがと。シン、どうなっちゃうのかな。メイリンがプラントに帰って、六人組が五人
組になったばっかりなのに」
「強制除隊とかだろ。シンはネビュラ勲章ももらってるエースパイロットだし、上として
も厳しい処分はくださないさ」
 ヨウランはいつも楽観的だ。
「ならいいけどね」
 ヴィーノはしょんぼりとする。アカデミーで同室になったときの、すべての言葉に棘を
生やしていた十四歳のシンを思い出す。いい方向に向かってると思ったのに、これで台無
しになってしまうのだろう。せめて生命だけは助かればいいが……。
「隊長がフェイスだから、議長に直接話をつけてくれればとか思ったりね。でも一パイロ
ットの問題まで議長がかかわるわけないし」
「あるかもよ。ディオキアで会ってるんだろ」
「でも政治家ってのは人に会うのが商売だし」
「バカ、俺たちだけでも信じてやらないとシンがかわいそうだろ!」
 ヨウランは悲観的なヴィーノに言った。

 
 

 大佐が捕虜になっていたエクステンディッドを連れ帰った。
 JPジョーンズはこのニュースに沸いた。戦況が膠着状態にあるので、ちょっとしたこと
でも戦果に思えるのだ。
 ネオはステラを研究者たちに託した。生体CPUとして使えるまでには回復させろと。
 この件の報告書を書くのは、苦労しそうだ。あのザフトのパイロットに止めを刺してい
れば、インパルスが手に入ったのだ。宇宙であれの量産型に友軍が苦しめられているとい
う情報もある。西ユーラシアは独自に情報を入手したようだが、大西洋へ渡そうとしない。
西ユーラシアの関心は連合軍としてより、東西ユーラシアの分割にあり、そのためには
コーディネーターとさえ手を組む状況だ。
 とにかくうまくやったように読める報告書を書くことだ。
 彼はコーディネーター排斥を進めるブルーコスモス主義者だが、さっきの少年の馬鹿げ
た純情さに少しなりとも感情が動いたとは書けない。コーディネーター排斥といっても、
ネオの思想はナチュラルに比べて遺伝子的に不安定で子孫を残す能力も低いコーディネー
ターは生物として不完全だから、絶滅するのが自然であり正しいことだというものだ。た
だブルーコスモスの中にもいろんな考え方の人間がいるから、言動には注意を払わないと
いらぬ騒動に巻き込まれたりもする。彼にとってうっとうしいのはハーフコーディネー
ターの存在だが、そういう汚れた遺伝子を受け継いだ者に対処する部署は別にある。ファ
ントムペインにハーフコーディネーターはいないが、もし志願者がいたら断種のうえ受け
入れるという方針は決まっていた。
 ステラが返ってきたことは、残る二人のエクステンディッドたちもすぐに知るところと
なった。
「ザフトの野郎、ステラをあんなに痩せさせやがって」
 スティングが鋭い眼をさらにきつくする。
「元通りになるって、ネオは言ってたぜ」
 暢気に言ったアウルだが、実はステラがいなくなってから精神的に軽い混乱状態が続い
ていた。研究者たちにいろいろと薬を処方されてもっていた。ステラの顔を見て、ようや
く症状が治まったかというところだ。
 彼らはコーディネーターが悪いと刷り込まれている。それはネオに絶対的な信頼を置く
のと同じ程度のものだ。研究者たちはもっと強く刷り込みたがったが、彼らの機能に影響
が出るとロドニアの研究でわかったのだ。
「早く戦争ないかなあ。せっかく海にいるのにアビスでひと暴れしたいよ」
「あるだろ。近くにミネルバがいるのはわかったんだから」
 エクステンディッドである二人は、この艦がほかの艦艇と合流して作戦に当たるところ
だと知らされていなかった。

 
 

 シン・アスカが勝手にインパルスを使い、捕虜を解放した罪は早速プラント本国に送ら
れた。軍本部で裁かれるに値する罪とグラディス艦長が判断したからだ。とはいえ軍本部
にしても、この件は困りものだった。二年前の大戦でナチュラルの戦いに巻き込まて家族
を殺されたコーディネーターの少年が、プラントに移民して二年で国を守るエースパイロ
ットになったというのは、戦意高揚に役立ったし、オーブからの移民がプラントになじむ
のにも一役買っていた。厳しい処分をするとオーブ出身者から『差別だ』との声も出かね
ない。実際プラントのコーディネーターには、地球出身者を一段低く見る傾向があるのだ。
 ここでプラントの普通の国とは違う政治と軍の関係が役に立った。ザフトはもともと黄
道同盟というプラント独立のための政治結社であり、一般的にザフトと呼称される軍はザ
フト軍と表記されるのが正しい。そしてプラントでは選挙はなく、コロニーごとに議員に
なりたい人間が管理事務所に登録し、コンピュータが議員を選ぶシステムだ。この方式で
は地球の民主主義国のような政党は生まれず、プラントで政党といえばザフトの一分野で
しかない。最高評議会の面々もザフトの一員である。だから歴代の議長が軍に強い影響力
を持っているのだ。
 デュランダル議長はこの戦争を今のところうまく戦っている。彼に決めさせればいいと
ザフト軍のお偉方たちは考えた。ミネルバは元々議長の肝入りで建造された艦なのだから。
 ということでお鉢が回ってきたデュランダルだったが、彼の被観察者でありSEED因子を
持つ少年を殺すことは論外、できるだけ戦わせてデータをためたい。彼は戦闘のみならず
音楽を聴いたときにもSEEDを解放していたように思えると、レイから報告が来ていた。人
類の革新の可能性としてのSEED因子、シン・アスカにはプラントのために戦ってもらわな
ければならないし、それ以外の分野でもSEEDを持つ者としての力を示してもらわなければ
ならない。まだ戦いのときに火事場の馬鹿力的な能力を発揮する、くらいしかSEEDの力に
ついてはわかっていないのだ。
 だからシン・アスカには適当な処分を、それに準じてレイ・ザ・バレルの処分を地球の
アレッシィと諮って決めた。軽い処分だが、屈辱は感じるだろう。そしてレイがエクステ
ンディッドを逃がすという愚かな計画に手を貸したのは、やはり己の生まれからなのだろ
うと思う。ラウとギルバートはレイを愛して育てたが、彼は自分の出生を理解していたし、
育て手はひねた男たちだったから。
 そういう裏事情があって、シンとレイは営倉から出され、隊長室で処分を受け取ること
となった。同僚とはいえルナマリアが同席しているのが不思議であり、彼女も怪訝そうな
顔をしていた。
 表情を見せないサングラスをかけた隊長の姿はいつものことだったが、シンもさすがに
肝を冷やしていた。銃殺でも構わないのだが、だってステラのために正しいことをしたの
だから。それがザフトから見たら間違っているのは百も承知だ。
 隣のレイはいつもの人形のような顔だ。
「それでは、シン・アスカ、レイ・ザ・バレルの処分を発表する。シン・アスカはガナー
ザクウォリアーに、レイ・ザ・バレルはバビに乗り替わり。戦争終結後シン・アスカは一
か月の営倉入り、レイ・ザ・バレルは一週間の営倉入りだ。
 インパルスにはルナマリア・ホークが、セイバーには私が乗る。以上」

 
 

 久しぶりにパイロット三人、レクルームに集まった。といっても時間はあまりない。隊
長はシンとレイに一時間後からスタンバイ――機体のセッティングも含む――を入れてい
たから。
『きゃあ! よかった、シン。もしあんたが銃殺になったらどうしようかと思って夜も眠
れなくて、スタンバイ時間も長くなって大変だったし、一緒にご飯食べる人もあんた達が
いないと少なくなって寂しくって。相談できる人もいないし、メイリンにはこんなこと伝
えられないし、もうホントに困って辛かったんだから、私だって』云々。
 処分が発表されるや否や、機関銃のようにまくしたてたルナマリアに辟易したのだろう
隊長から、追い出されてきたのだ。
「心配だろうけど、ディオキアからこっち、私、インパルスのシミュレーションしてるの。
シンほどとはいかないけど、かなり動かせるようになったのよ」
「へえ、すごいな」
 口では言ったものの、ザクかあというのが本音だ。いや銃殺や禁固刑を食らわなかった
だけありがたいのだが、ミネルバの上で移動砲台として戦うというのは、正直つまらない。
空を自由に駆ける爽快感を一度覚えたら、射撃は得意とはいえ二次元の戦いでしかない。
「早く行って0Sのセッティングを直さないとな」
 レイが促す。
 罪を犯したのは自分だから、この程度のことを罰だと思って不貞腐れていてはいけない。
ルナマリアはずっとザクで戦ってきたのだし。
「ふふん、私はシミュレーションでインパルス用のOSにカスタマイズしたのよ」
 ただ自慢げに言うルナマリアをちょっと疎ましく思った。
 とはいえ生き残るためにはザクをどの程度使いこなせるかが焦点だ。あのオルトロスは
照準が甘いのではないかと思っていたシンには、いろいろとメカニックと話し合うことが
あった。
 彼らが三人そろってモビルスーツデッキに姿を現し、今回の処分について話したことで、
ぱっとすべてがミネルバ内に広がった。
『エースパイロット様には処分も甘いか』
『といってあいつを銃殺したり禁固刑にしたら、この船の戦力ダウンだぜ』
『まあ、そういう大人の事情、なんだろうけどさ』
 釈然としない思いの者が多かったのも事実である。
 結局シンは、これからも連合軍のナチュラルを殺し続けることによって、ザフト内での
信用を取り戻すしかないのだった。

 
 

「これはお久しぶりで、ロード・ジブリール」
「挨拶はいい。エクステンディッド奪還でデストロイ計画のめどはたったと思っていいの
だな?」
「エクステンディッドが実戦に耐えるようになるのに二週間ほどかかりますが、そのあと
は」
 ネオ・ロアノーク大佐はブルーコスモスの盟主ロード・ジブリールからの通信を受けて
いた。彼は狂信的なコーディネーター排斥主義者だ。前の大戦で死んだムルタ・アズラエ
ルのほうが商売人的な考え方をする分、ネオは共鳴するところが大きかったが、死んだ人
間のことを言っても始まらない。彼の上司はこのテレビ伝道師なのだから。
「いま連合艦隊が集結中だが、あれでミネルバは沈められるのか?」
 銀髪の整った顔が、一気に朱色になった。地球戦線ではあの船がすべてにおいて最新鋭
であり、連合軍は煮え湯を飲まされてきた。ああいう、コーディネーターはナチュラルよ
り優れているのではないか?と疑念を起こさせるような船は存在してはならないのだ。
「戦力は上回ります。ただあちらは反陽子砲を遠慮なく撃ちます。あれを受けて無事でい
られる艦艇はありません」
「まったく宇宙の化け物たちは、どれだけ地球を汚せば気が済むというのだ。とにかくミ
ネルバを沈めてモスクワへ向かえ。あちらの準備はできている」
 次の瞬間には通信は切れていた。
 カリスマ性は高いが、癇性持ちだと思う。ただ彼の説教に惹かれてブルーコスモスに募
金してくれる善男善女がいるから、ネオも軍の中で自由の利く立場に立つことができた。
 次の戦い、インパルスのパイロットはあの赤い眼の少年ではないだろう。おそらくもう
生きてはいないはずだ。哀れなと少しは思うが、あの時とどめを刺しておけばインパルス
を鹵獲できたのにしなかったのは、自分のロマンチシズムだ。
 誰がインパルスに乗るにしろ、一段劣るはず。今回はミネルバを沈める絶好のチャンス
だ。マグネットコーティングしOSをヴァージョンアップしたアシーネイージスとアスラ
ン・ザラに前大戦のエースの意地を見せてもらおう。

 
 

「レイ、お前にまで迷惑をかけて」
 部屋の戻ったシンが言う。
「気にするなと言っただろう」
「うん、でも……」
 シンはベッドに座り、レイはパソコンに向かった。
「――お前がいつも妹の携帯電話を持っている。それと同じようなことだ」
 意味が取れずにシンは考え込んだ。仲のよい友達の間では、マユの携帯電話がシンのト
ラウマの象徴なのはよく知られたことだ。完全無欠の優等生レイにも、大きなトラウマが
あるというのだろうか?
「レイ?」
「俺には母親がいない。人工子宮から産まれたからだ」
「人工子宮って、俺達が生まれた頃には違法な研究……」
 レイは兄と年が離れているといっていた。どうしても第二子がほしかった両親が違法な
手段に手を出したのだろうと、シンは推察した。
「だからエクステンディッドであれ、女性がモルモットにされるのは好かない」
 レイは表面的なことしか話さなかったので、シンも上辺しか理解しなかった。彼の人間
への暗い思いと希望は16の少年としてははなはだ深いところにあった。

 
 

 地中海くんだりまで来て、金髪碧眼の美青年で目の保養をするのが唯一の楽しみかとユ
ウナ・ロマ・セイランは不謹慎なことを考えていた。
 合流を果たした連合艦隊の旗艦の会議室。連合軍のお偉方に交じって一人だけ黒い士官
服の美丈夫がいた。連合の中でも特殊な位置に属する部隊の長で、ネオ・ロアノーク大佐
というらしい。美形には男女問わず賞賛を惜しまないユウナであるが、かなり前のニュー
スを思い出した。カガリの友人のアスラン・ザラがブルーコスモスに走った時にまとめさ
せた報告書に、その部隊の指揮官がネオ・ノアローク大佐であるとあった。なら他と差別
化した服装も理解できるというものだ。大西洋連邦暮らしが長かった彼は、あの地の保守
派とリベラリストの違いを肌で知っていた。外国人のユウナと親しくなったのは、リベラ
ルな人間が多かったが、保守派のブルーコスモスへの傾倒には宗教とはこういうものかと
思わせられた。
 まあリベラルからも保守からも自由の国を持ってなる大西洋連合の国民からは、オーブ
の実質元首が世襲制というのは、国民を奴隷化するもので文明的ではない、未開だと責め
られたものだが。
「今回の作戦は、ザフトの戦艦ミネルバがジブラルタルに向かうのを阻止するためのもの
です。ミネルバがカーペンタリアから地中海まで航海してきたことで、連合軍の制海権を
破られたのは事実です。目的地に着かせれば、連合軍が一隻の軍艦に敗北したという印象
を与えてしまいます。そこでミネルバの航路予測がこのとおりです」
 作戦参謀がディスプレイを指し示した。この海峡を通らないとというポイントがある。
そこで待ち受けるというのは、説明されなくてもわかった。
「作戦展開ですが、ミネルバは反陽子砲を持っているので鑑定は一定の距離を置き、空と
水中からモビルスーツで攻撃します。モビルスーツ部隊の指揮はネオ・ノアローク大佐が
とります。当然ですが、オーブ軍のモビルスーツ隊も大佐の命令に従っていただきます」
「了承しました」
 できるだけの奮戦と少ない犠牲――オーブ軍の目的の半分がこの美形にかかっているわ
けだ。あの時調べたが、士官学校時代からなにをやらせても非常に優秀、前大戦時は参謀
本部所属だったがモビルスーツパイロット免許を取っていたのとブルーコスモス主義者で
あるため、いまの役割についたと思われる。
 あとは総司令官がうまく艦隊運用してくれればいい。遠征が長かった分、オーブ兵は敵
を前に猛っている部分がある。そこを利用されなければいいがと、ユウナは内心心配した。
 タケミカズチに戻ると、案の定ババ一尉は連合軍の下に立って戦うことに不平を鳴らし
た。だからいまは、オーブ軍は連合と同盟をくんでいてその一部だし、相手の大佐の采配
を受けるのは当たり前だと、トダカ一佐が一喝した。オーブ軍はこういう当たり前の部分
が弱い。武装中立の国是でやってきたから、味方である他国という存在を認めにくいのだ。
この傾向は軍人だけでなく国民にもあったが、国民の間では近頃明らかに大西洋連邦の援
助を受けた民主化運動が盛んだ。氏族政治の廃止というのは、確かに耳に心地よい響きだ
ろう。オーブでは氏族が政治も富も持っているのだ。
 国の内情は置いておいて、ユウナは戦争はコンピュータゲームでやってるのが一番だと
思った。これからオーブ兵も大西洋連邦の兵もザフトの兵も死ぬのかと思うと、正直ぞっ
とするのだ。相手は一隻しかいないのだから、攻撃側にあっとおどろくような作戦が立て
られるわけもない。まあ、自分はお飾りのオーブ軍総司令官だからと納得したが、トダカ
一佐は部下の掌握に苦労するだろう。まあ人望のある人物だからと安心したら、また船酔
いが襲ってきた。

 
 

「議長、エターナルでのデスティニープランの報告書についての疑問ということですが」
 多忙な相手のためにクレオパトラはさっさと本題に入った。
「軍部からダイダロス基地攻略の作戦案が出ていて、そこにエターナルを組み込みたいと。
つまりミーティア付きのストライクフリーダムとインフィニットジャスティスを主力とし
て、基地攻略をしたいということだ。確かに連合の月基地は、プラントの喉元に突きつけ
られた刃だからね」
 デュランダルはいつも通りの落ち着いた物腰で対する。
「最近のデータをみましても、精神的にはほとんどのクルーは落ち着いています。心理状
態がよくないクルーには休暇をとらせるほうがいいと思いましたので、報告書に書いてあ
ります。パイロットたちは適性といい精神力と言い、さすがに大人ですね」
「それはミネルバへの皮肉かい?」
「16歳の男の子の行動が遺伝子で読めれば、誰も子育てに苦労なんてしません。結局本当
の職業適性がわかるのは、遺伝的にもった能力に加えて性格と経験を積んでからだという
ことです」
 クレオパトラは、大きな目をさらに強調するメイクを施した目をゆっくりと瞬いた。
「君は環境要素を大きく評価しているからね」
「ミネルバでは女子オペレーターの妊娠流産があったばかりです。彼女と仲が良かったと
いう要観察者の精神に、影響がなかったはずはありません。あの年頃は恋愛に積極的なグ
ループと消極的なグループに分かれる傾向が顕著なのですから。なにもかもが遺伝子で決
まるとは、議長にしても思ってはいらっしゃらないでしょう」
 それはデュランダルも弁えている。たとえ長寿の遺伝子を持って生まれたといしても、
一週間続けてファストフードを食べれば、寿命は何時間か縮むだろう。
 クレオパトラは自分の部下を遺伝子と性格で選んだ。結果10代は一人だけだ。その女性
は非常に用心深く思慮深い。機密を扱う部署に必要な性格の主だが、おそらく学校時代に
はとっつきにくい少女と思われていただろう。
 適材適所を遺伝子レベルで行うデスティニープランは、職業に貴賤があると考える多く
の人達の偏見を解くのに有効だろう。ただ今のところの実験では、「選んでいる」感が否
めないが。
「エターナルについては、少々の齟齬を取り除けば、プランの成功例と言えるでしょう」
 ただ最低でもコロニーひとつを使った導入実験をしなければ、成果は見えないとクレオ
パトラは思うのだった。ただ同時にこのプラントのエリート主義、寡頭政治も生き延びる
上でよい道ではない。彼らコーディネーターの前には、出生率以前に社会としての歪みが
立ちはだかっているのだ。
「先日アカデミーでライバルにカンニングの罪をかぶせて自分の成績をあげて赤服を得よ
うとして、退学になった少年がいましたわね。これまでにもアカデミーでのねたみそねみ
いじめは多く報告されています。国を守る軍人であるより、卒業席次に誇りを持つような
軍人では困ります」
「あの件か。プラントのどこの職場でも起こっていることだろう。飛びぬけて優秀な人材
以外は、足の引っ張り合いが好きだな、我々コーディネーターは」
 デュランダルは苦笑した。彼は遺伝子工学に関してはコーディネーターの中でも天才と
いってよかったが、身体能力は並み以下だ。ナチュラルだった友人のラウ・ル・クルーゼ
と体力を競うようなことがあれば100%負けていただろう。だからこそ、デスティニー
プランは有効だと思うようになったのだが。
「アマルフィ博士は戦死した息子さんのような兵士をもう出さないようにと願って、フ
リーダムを作られたのに、こともあろうにその機体を強奪したのがニコル・アマルフィを
殺した本人だったと同僚に知らされて、仕事を引いておしまいになりました」
「しかしヴェルナー博士という俊英が後を継いだ」
 アマルフィ博士の件は、軍の機密事項に係る人間にとって好ましい話ではない。情報を
同胞に武器として使う人間がいるというのは、人口が少なく挙国一致体制でなければ戦争
ができないプラントには有害な話なのだ。
「ヴェルナー博士も、子供のころ超エリート主義者からいじめを受けていたようですね。
イザーク・ジュールとかいう子供に。彼の父親が下水処理場に勤務していたからだそうで
すが、子供は残酷であると共に愚かですね」
 下水処理が小さな砂時計の中ですべてを循環させるコロニーの命綱のひとつだと気づか
ない、愚かな子供だ。親から偏見を刷り込まれたのだろう。
「成人する15歳になっても愚かなのが困りものだ。プラントは学校教育を含む大改革が必
要だ」
 それにはクレオパトラは素直にうなずいた。
「チャン議員の娘は赤服に足る成績が取れなくて任官拒否した。いま志願すれば即戦力だ
が、気配がない。彼に聞いたら、『娘はアカデミーで自分が軍人に向かないと思ったよう
です』ということだ」
「実際向いていないでしょう。特別扱いされないと満足できない子供は、軍どころかどの
職場にも要りません。まあ、議長のお好みの特別な能力、があれば話はまた別ですが」
 戦場は兵器のみならず兵士の実験の場でもある。
 連合のエクステンディッドには興味を惹かれるが、とりあえずは死んだもののデータで
満足するしかないと彼女は思った。

 
 

「連合軍の艦隊を発見、三時間後にミネルバの射程距離内に入ります」
 レーダー担当者が声をあげると、ブリッジの空気が厳しくなった。
「戦闘フェイズ4に変更」
 グラディス艦長は予想していたように平然と命令した。
「アーサー、アレッシィ隊長を艦長室に呼んで。打ち合わせしてくるわ。たいした時間は
かからないから、その間ブリッジをお願い」
 ミネルバは単独で航行している。艦載モビルスーツは4機、うち一機は地球では地上用
で何か秘密兵器を搭載しているわけでもない。白服が二人で案を凝らしたとて、大した戦
術はでてこない。ただ世の中形式が大事な時もある。艦長室に向かいながらタリアは思っ
た。
 彼女はアレッシィの到着をほとんど待たずにすんだ。
 気になるのはモビルスーツの乗り換えだ。セイバーにアレッシィが乗るのは戦力アップ
かもと思ったりするが、ルナマリアにインパルスはまだ荷が重いというかシンとインパル
スの相性と破壊力が強力だっただけに……。
「敵艦隊と遭遇ですか。さすがに各勢力の行き来する地中海、ジブラルタルまでひっそり
航海とはいかなかったようですな」
「ええ。シンのことでミネルバの大体の位置を掴んだというのもあるでしょうから」
 まったく馬鹿な子だと、タリアは内心毒づいた。地中海の北部はザフトと友好関係にあ
る西ユーラシア軍が押さえているが、南部はアレッシィの言う通りなのだし、一度も敵に
遭遇せずこの内海を航海できるとは思ってもみなかったけれど。
 あからさまな皮肉はサングラスの男には通じなかったようだ
「戦うしかないでしょう。ミネルバが足が速い。相手がこの程度の数なら、こちらの損傷
は覚悟した上で中央突破、ですかな?」
「まあ、そういうところね。たまにはまともな戦術で戦ってみたいものだわ」
「ではパイロットは待機させます」
「あ……」
「何か? 艦長」
「いいえ、なんでもないわ」
 ルナマリアは本当にインパルスのパイロットとして使えるのか、尋ねそうになった。し
かしそのことを話すほど、二人の間に信頼関係は築かれていなかった。

 
 

 JPジョーンズではパイロットスーツに着替え終えたパイロットたちが、待機所から愛機
のもとへ向かうところだった。この部隊の複雑なところで、エクステンディッド用とコー
ディネーター用は待機所も更衣室も分かれている。しかしモビルスーツハンガーへ向かう
道は共用になる。スティングとアウルを認めてタニスとアスランは道を譲った。コーディ
ネーターがナチュラルの前を歩くなど、あってはならないことなのだ。
 アウルの水色の瞳が吸い寄せられたようにタニスに向く。二三歩近づいて、「母さん!」
と叫んで抱きついた。
 驚いたのはタニスである。けがらわしいコーディネーターにいくらエクステンディッド
とはいえナチュラルが抱きついてくるとは。
「タニス!」
「なにやってんだ、アウル!!」
「やめてください。私なんかに触れたら、あなたも穢れてしまう」
「だって、母さん、母さんだもん」
 ブロックワードを連発するアウル、目の焦点が合っていない。ケアは受けていたとはいえ、
ステラの件でストレスがたまっていたのだろうか。
 タニスは心底困っていたが、アスランも穢れた遺伝子を持つ身、二人を分けるようなアウ
ルに対して無礼なことはできない。
 結果、スティングがタニスを突き飛ばす形で決着がついた。
「タニス、大丈夫か?」
「私は何ともないわ」
 拒食傾向から回復しつつあるとはいえ、彼女はアスランが目を離すとまだ食事を抜くこ
とがある。
「その売女がアウルに何かしたんだろ!」
 食ってかかるスティングからついタニスをかばったアスランは、拳で殴られた。
「邪魔すんじゃねぇ」
 そうだった。つい忘れてしまったが、スティングにはタニスを殴る正当な理由があるの
だ。ただそれでもタニスを見て「かあさん」と呟くアウルは、アスランに可愛らしく映っ
た。ナチュラルというのは、存在だけで素晴らしい。そう思いながら、「申し訳ありませ
ん」と言ってタニスとともにその場を離れた。

 
 

 相手は空母を含めた艦隊。対してこちらは一隻。
 宇宙と地球での汎用性を重視して作られたザフトの最新戦艦ミネルバとはいえ、ここを
通過するのは苦しいと艦長のタリアにして思う。モビルスーツ隊のアレッシィ隊長と話し
たように、敵艦隊に陽電子砲で穴を開けて高速突破するのが一番の策だ。しかし海中用モ
ビルスーツを持たないこの艦に、敵の魚雷とモビルスーツからの攻撃が集中したら……。
 甲板に乗るシンには、ビーム砲のオルトロスだけでなく実弾のライフルも持たせ、コン
セントでエネルギー切れが起こらないようにした。彼は射撃は得意なので、空中の敵は
ビームで、水中で探知できる敵には実弾で対処するだろう。性格的に問題はあれ、能力に
はタリアも重きを置いている。
 地球での空中戦が始めてのルナマリアは心配だが、アレッシィがなんとかするだろう。
一番重要なのは相手の魚雷攻撃をどれだけシンが破壊できるか、残った大多数の魚雷に対
してミネルバ乗組員がいかに迅速な行動をとれるか、だ。排水ポンプはいまは万全の状態
だし、隔壁も異常がない。ただタリアはこの戦闘で、生きた人間が残っている区画を閉鎖
しなければならなくなると知っていた。艦長として彼女の任務は、この戦艦をジブラルタ
ルの埠頭につけることだ。その先は、プラント上部は地球での大きな勝利を欲しがってい
るという噂だが、日々生き残るのに必死な軍人はそこまで考える必要はない。とにかく足
元をきちんと見て、何をするべきかの優先順位を間違えない。そうすればミネルバの性能
はこの程度の不利はやりすごせるはずのものだ。
 刻一刻と主砲の射程範囲に敵艦隊が入る時間が近づいている。
 その前に空中のモビルスーツ戦、それで主砲へのダメージがなければ初手はミネルバの
勝ちだ。
 そんなことを考えていたグラディス艦長の耳を、オペレーターの声が打つ。
「モビルスーツ、発進シークエンスに入ります」
「了解」
 アレッシィを好いてはいなかったが、彼は有能だ。地球での空中戦は初めてのルナマリ
アが心配だが、フォローは入れるだろう。
 歴戦の3機のモビルスーツが空に舞う。

 
 

「敵艦隊から、モビルスーツ発進確認。20秒後に射程範囲内に入る。シミュレータの通
り戦闘に入れ。作戦変更は基本的に事前入力したものでおこなうが、突発的な事態にはそ
の都度対処する」
「了解」
「了解しました」
「了解」
 若いパイロットたちから元気な返答が入る。
 彼らも実戦を積んできたが、まだ稚いとアレッシィは思う。
 それを鍛えるために配属されているのだが、今回のシン・アスカの不始末による乗り替
わりはかなりの痛手だ。あの少年はナチュラルのエクステンディッドにされた少女へのヒ
ロイズムに酔っている。戦場の現実をもっと見せつけなければ、成長は見込めないし、ギ
ルバートの望むSEED因子もはっきりしないのだろう。亡霊の自分がこうして戦場に立つの
だから、部下たちには相応の成長を望むアレッシィだった。
 上空でモビルスーツ戦が始まり、ミネルバのブリッジでは主砲発射への照準合わせとカ
ウントダウンが行われていた。中央突破をかけ、足の速さで追撃を振り切る予定通り、前
方左右の艦を狙い打つ予定だ。片方に陽電子砲を、片方に主砲と副砲を。
 すでに水中では魚雷の打ち合いが行われている。
「的艦、射程距離内に入りました」
 トライン副長の声。
「予定通り、プログラムに沿ってミネルバ、各砲、てーーー」
 弾薬はディオキア基地で十分に積んできた。ただそれ以外のモビルスーツ隊への補てん
も地中海での艦隊を組むこともできなかったのが、今のザフトの苦しさを物語っている。
ただジブラルタルの制海権まで行けば、そこはザフトの海のはずだ。
 計画に沿って二艦を撃沈。しかし相手は艦隊なため、その穴を一瞬で埋めてくる。
「アーサー、陽電子砲のチャージまでの時間は?」
「30秒かかります、艦長」
 ミネルバの陽電子砲は一門だが高性能だ。しかし周囲を取り囲まれるのが怖い。主砲に
は一撃で敵艦を沈めるほどの力はないからだ。いかに放射線をばらまこうと、陽電子砲を
お見舞いするのがミネルバにとって一番の道だった。
「とにかく次の相手の前衛艦に照準を」
「了解しました」
 ブリッジに声が響く。消耗戦に飽いたときがミネルバの終わりだ。ブリッジクルーはそ
れを認識しているようだった。末端の魚雷の数を管理している緑服の兵士までそれは徹底
していると、タリアは自信を持っていた。ナチュラルより遺伝子的に優れたコーディネー
ター、最低でも戦争となればそれくらいの意識は持ってもらわねば困るし、実際、宇宙に
浮かぶコロニーを本国とするプラント人には、プラントに被害が及ぶ前に何とかするとい
う意識が高い。そのすきを突かれて、ユニウス7の地球落下というテロが行われたわけだ
が。プラントの空気は早く戦争を止めたいが、とにかくプラントを守らなければならない
という、どちらかというと好戦的なものだとタリアは新聞や通信社のアンケートから知っ
ていた。核ミサイル一発で破壊されるプラントを恐れて、地球を征服してコーディネー
ターは地球に住むべきだという過激派が台頭しているのも知っている。確かに彼女にして
も、ミネルバで地球生活を送っていると、なぜ地球でコーディネーター嫌われるのか、考
えてしまう。コロニーより格段に地球は暮らしやすいのだ。
 と、次弾発射準備の報が入り、戦闘中の艦長の意識を取り戻す。
 ここを生き延びてジブラルタルまで行かなければならない。軍人の使命だった。

 
 

「ルナマリア・ホーク、インパルス、交戦に入りました」
『数を減らせ、とりあえず海に落とせばいい、緊張するな』
「はい!」
 ルナマリアはシミュレーションと同じだと自分に言い聞かせながら、インパルスを操り
敵機を撃墜した。
 インパルスの性能もあるが、鍛錬のせいで彼女の射撃レベルも上がっていた。
 いける、ルナマリアは思う。
 シンが乗って活躍したこのインパルスは、ザフト地球軍のシンボル的モビルスーツだ。
それを任された以上、赤服にふさわしい戦いぶりを見せなければ、隊長だけでなくシンや
ザフト将兵の期待を裏切ることになる。
 一方のアレッシィはセイバーの機動性に満足していた。
 指揮をとると言ってもミネルバのモビルスーツ隊は4機。相手は多数、こういうときは
一応部下に気を配りつつ、自分も楽しく戦うのが正しいのではないか? 敵モビルスーツ
隊の奥に紫色のウィンダムを見つけ、その気配にぞくぞくする。とはいえ海上での戦いで
はパイロットを捕獲することは不可能だ。今回は獲物を見送るしかない。そうだ、アスラ
ン・ザラと少し遊んでやろう。
 敵モビルスーツ隊の中心をかなりのスピードでイージス改が飛んでくる。速くなった
か?とクルーゼは思う。ディオキア以来だ。こちらにもジブラルタルに秘策があるように、
あちらも機体の改修は済ませたということか。とにかくこの機体に関しては大出力ビーム
砲があるので、ミネルバに近づけたくない。スピードに関してはセイバーが上回るので先
制のビーム攻撃をかけ、相手をモビルスーツに変形させた。この状態を保たせれば、特徴
のある武器を持つ機体ではない。
 攻撃を仕掛けてくるのも、ビームサーベルをふるう腕の速度も、これまでのデータより
速い。内部のチューニングをかなりいじったと見える。ただこの程度なら、セイバーを狩
るニノ・ディ・アレッシィの敵ではなかったが。
 インパルスは接近戦に入り、調子よくビームサーベルをきらめかせている。
 イージス改を追い詰めていったら、モビルアーマー形態を取られ、一瞬の回避の差でチ
リとなるところだった。ビームの威力も増している。連合は新型高性能電池を開発したよ
うだ。ギルバートから資料をもらったあのでかぶつ用かと思うが、戦場で余計なことを考
えるのは命取りだ。今のアスラン・ザラはそのくらい危険だ。横のウィンダムも同様に改
造されているのか動きがいい。この二機に連動されるのは面倒だ。
 ちょっと遊ぶつもりだったが、アスランたちを足止めするのは優先事項だ。あの威力を
増したスキュラは、ミネルバにとっても脅威になりうる。
 順調に戦っていたインパルスがカオスと交戦に入ったので、レイをサポートにつけた。
バビでどれくらいできるか、その力も見極めねばならない。ウィンダムならミネルバに接
近しても艦載砲とシンが落とすだろう。オルトロスをいろいろいじっていたようだし、モ
ビルスーツパイロットとしての技量はアレッシィも認めていた。

 
 

 照準をいじってピーキーだが精密度を増し、背中にコンセントを取り付けて限界出力で
連射が効くようにしたオルトロスは、簡単に空のウィンダムやムラサメを落としていった。
どちらも空を飛ぶために軽量化してあるので、高出力での攻撃には脆いのだ。
 シンは甲板から敵モビルスーツを狙い打ちながら、艦隊の陣容に不安を覚えた。
 連合軍とオーブ軍の空母か二艦、戦艦4隻駆逐艦4隻。戦艦駆逐艦はミネルバの砲撃で
順調に撃破している。水中から時折水柱が上がるのは、魚雷が敵モビルスーツをとらえた
のだろう。ただ空母二隻が搭載するモビルスーツの数が怖い。
 と、トビウオのように跳ねるアビスの姿が目に入った。ミネルバと交戦したことがある
から、こちらに水中用モビルスーツがないとわかっていての示威活動だろう。ただ海面近
くに来てくれれば、シンの作ったビームの補正プログラムも役に立つ。とはいえ水深10
メートルまで潜られては、ミネルバの指示があってもビームは減衰して威力を失ってしま
うが。
 シンは海に戻ったアビスを射撃してみたが、ビームが海に入って曲がるのが見えただけ
だった。自分に量産型の手中用モビルスーツがあれば、あビスと互角に、いや勝利するこ
とだってできるのにとシンは歯噛みする。
 対するアビスのアウルは高揚した精神状態をうまく維持していた。
「ミネルバを撃沈するところを、母さんに見てもらうんだ」
 魚雷を落としながら、ミネルバに砲撃する。戦艦の船体にはちょっとしたキズが付いた
だけだが、繰り返していけばなんとかなる。飽きっぽい性格のアウルだが、初めてまじめ
に戦う気になっていた。

 
 

「くっ、セイバー、パイロットが変わったのか? アシーネイージスならと思っていたの
に」
 アスランは一人ごちた。
 マグネットコーティング、OSのアップデート、改良電池の搭載と現時点で連合軍の技術
の粋を凝らしたアシーネイージスに対して、ミネルバ艦載の可変機は余裕を感じさせる。
もう一機のインパルスは前見かけたときに比べてレスポンスが遅いように思える。ザフト
内部で人事異動があったのだろう。
 ロアノーク大佐から通信が入った。
「セイバーには、ヴァーチャー少尉とともにあたれ、ザラ少尉」
 アスランとは全く別個の感覚で、ネオはセイバーとバビのパイロットが交替したことに
気づいていた。微妙な感覚の変化なのだが、他人に口で説明するなら、肌合いが少しだけ
違うのだ。熟練したパイロットなら、バビの動きに出る若さというだろうが。
 とにかくこの程度の距離なら相手の存在がつかめる。別に超能力だとは思わないが、特
別なカンの働く相手だと思う。ミネルバと遭遇して初めて知った感覚で、あの艦のパイロ
ット二人からしか感じたことがない。ナチュラルとコーディネーター関係なし問題なのだ
ろう。ただこのことを誰かに漏らすほどネオは迂闊ではなかったが。
 戦局はモビルスーツ戦だけでなく、メインの艦隊戦でミネルバが勇戦していた。もとも
とスペックの高い艦だ。ただ簡単に突破されたら困るのはオーブ軍だった。連合軍として
はこの作戦でミネルバ――プラント議長の肝いりで建造された船――を沈めるつもりであ
る。参加しているオーブ軍にとっては、できるだけ自軍の損傷を少なくしてという条件が
付く。
「ミネルバは強いね。さすが知恵の女神」
「ユウナ様、司令官が敵をたたえるようなことを仰っては、士気にかかわります」
「ああ、すまない、トダカ一佐」
 オーブ軍の旗艦空母タケミカズチの艦橋だ。周囲にいるのは『物のわかった』幕僚や兵
ばかりだが、トダカにはトダカの役目がある。
「でもミネルバを撃沈したいのはやまやまだけど、無理なら追撃戦に出られない程度にわ
が軍の駆逐艦が破損して、オーブ軍は戦場跡に残るのが理想だろう?」
「――まあ、無駄に兵を亡くすことのないように努めます」
 こういったユウナの政治家の部分、彼には軍人としての訓練はほとんどなされていない。
政治の駒としての軍という考え方が染みついているのだ。実際の部隊を率いる身としては、
その温度差をすり合わせるのがなかなか難しい。とはいえ、元首でありユウナの妻のカガ
リ・ユラ・アスハは前大戦で自らモビルスーツに乗って出撃した姫だから、バランスがと
れていると言えば言える。
 それにトダカはウズミ・ナラ・アスハがマスドライバーごと自爆してオーブ戦の敗戦を
受け入れなかったことに軍人として釈然としていないし、軍備開発の関係でモルゲンレー
テとも深い付き合いがあり、そこに疑問をもったコーディネーターの技術者研究者がどん
どんプラントに移民してゆくのも見てきた。地球系の国家で初めてモビルスーツを開発し
たとはいえ、後発の連合の技術が追い付いてきたし、量産力は桁が違う。
 だからこの戦場にオーブ軍は貼り付けられているのだと、黒煙が上がるのを見守りなが
らトダカは思った。
 ただ現場の指揮官としては、ミネルバ撃沈に力を注がなければならぬ。
 タケミカズチから飛び立っていったムラサメ隊は敵艦の対空砲火をかわすレベルにはあ
ったが、コーディネーターが操る高性能モビルスーツには完全に押されていた。
 ナチュラルは規律のとれた平均の高い兵を育てるが、コーディネーターは傑出した才能
を持つ者には若年であっても最高の機体を与える。ナチュラルに対して圧倒的に数で劣る
コーディネーターには、それは正しい道だ。しかし簡単にムラサメやウィンダムを落とし
ていく敵のエースを見ていると、不愉快になるのは事実だった。これがブルーコスモス―
―あのコーディネーターのような美丈夫の率いる部隊――の餌になる勘定だと彼は知悉し
ている。ナチュラルとコーディネーターが共存するオーブに生まれ育ったトダカですらこ
れだ。遺伝子をいじったかいじらなかったか、それだけのことで前の戦争から10億人以
上死んだ。
 軍人として、復興しつつあるオーブのためにこの難局を乗り切らねばならぬ。彼は政治
家としてのユウナ・ロマ・セイランに、民をまとめる元首としてのカガリ・ユラ・アスハ、
この若い夫婦に期待していた。

 
 

 ミネルバは連合軍にとっては予想外の奮戦を見せ、艦隊を突破しようとしていた。しか
し右舷に大きな水柱が上がった。
「艦長、右舷第三ブロックに浸水です」
「乗員退避の上、隔壁閉鎖」
 命令を下しながら、タリアは臍をかんだ。第三ブロックは魚雷のあるところだ。ミネル
バは4つある魚雷発射口のうち一つを失ったことになる。当然乗員も幾人かは。隔壁閉鎖
しても船体のバランスが崩れるから、全速前進ができない。スピードで振り切るという作
戦に穴が開いたと言っていい。
「やったよ、ミネルバに穴が開いた!」
 アウルは機敏なアビスを生かして同じ所に砲撃を集中して、戦艦の装甲を破ったのだ。
ネオと母さんに褒めてほしいその一心で。
 空ではアシーネイージスが中心となって連合のモビルスーツ隊が押していた。腕の劣る
ものは早いうちにミネルバのモビルスーツ隊に落とされたので、逆に精鋭がそろう形にな
っていた。
 ヴァーチャー少尉がセイバーの注意をひきつけたとき、アスランは迷わずモビルアー
マー形態に変形し、インパルスに向けてスキュラを放った。
 ルナマリアは察知していたが、両足をもぎ取られた。
『ルナ、換装しろ。足はいくらでも替えられる!』
 シンの声が無線で入ってきて、少し落ち着いた。
 ミネルバに近づきながらアビーにレッグフライヤーの射出を頼んだ。
 甲板の上でシンが相手の艦の砲を狙ってビーム砲を発射しているのが見えた。みんなが
んばっている、だから自分もがんばらねばと思う。どうしてもインパルスにシンが乗って
いたらもっとできたのではないかという思いが去らなかった。しかしシンはシンで任務を
十全に果たしている。自分もそうするまでだ。
 新しい足とドッキングしたルナマリアは自分の戦場に戻っていった。
 そこでは相変わらず激しい戦いが続いていて、何とか隊長とレイの二機でラインは保持
していた。抜けた相手を狙い打つのはシンの仕事で、彼はその任務をきちんとこなしていた。
『絶対にミネルバに近づかせない!』
 そう思って戦うが、敵モビルスーツ隊は最初に比べて有機的な連動を取ってくる。背後
の紫色の指揮官機、あれが優秀なのだろう。
 と、レイのバビがカオスに直撃を受け、左手を失った。
『左腕損傷、戦闘力が10%落ちますが大勢に影響はありません』
『奮戦を期待する』
 レイと隊長のよく似た落ち着いた声。ルナマリアは安心した。
 しかし、後ろからどおおぉぉんという音、この戦いに入ってミネルバが敵艦を撃沈する
たびに聞いてきた音だが……。
 背後のモニターを見ると、敵艦の砲撃で陽電子砲がやられたようだった。
 陽電子砲の威力がミネルバの力なのに、それを失うと。ルナマリアの背中に冷たいもの
が走った。多勢に無勢でも、ザフトの最新鋭艦がナチュラルにやられるなんてと心のどこ
かで思っていた。ミネルバが沈む? その恐怖が彼女を襲う。アカデミーを出て初めて配
属になった艦、友人たち、同じ船に乗っている顔しか知らない同僚たち。

 
 

「大勢が見えてきたようだよトダカ一佐」
「まだ敵陽電子砲を破壊しただけです」
 ミネルバは主砲も強力だし、甲板を動き回っているザクの射撃も効いていた。ただ戦い
の勢いが連合軍に向いているのは事実だった。
(不利だな)
 空中ではアレッシィが呟いていた。陽電子砲が使えないミネルバに、連合軍の艦がハイ
エナのように距離を詰めてくるのは目に見えている。ミネルバブリッジに連絡を取る。
空中戦の前線をとどめる最初の案を放棄して艦の護衛に戻るべきかと。彼はフェイスだか
ら自分の権限で判断できるのだが、責任者艦長の判断を仰ぐというか、押し付けたのだ。
タリアから戻ってきた返事は『前線の維持を頼む』。アレッシィにしても、このていどを
切り抜ける指示が出せない艦長では困る。ミネルバには主砲が使えなくても多様な武装が
揃っているし、シン・アスカはいい働きをしているようだ。
 ミネルバは速度が落ちたとはいえ、まだかなりのスピードで航行しているし、主砲は健
在だ。水中からの攻撃に対する魚雷が減ったほうが痛いかもしれない。
 それにこのうっとうしい敵モビルスーツ。だんだん動きが良くなってきているのが困る。
最初は出来ていなかったウィンダムとムラサメの連携。正直、うっとうしい。セイバーの
敵ではないが数の威力だ。若い二人は被弾している。精神力の戦いになった時、レイ・
ザ・バレルはともかくルナマリア・ホークは不安材料だ。彼女は成績優秀なただの少女で
しかない。
 持久戦を覚悟しながら、敵を散らしていた時、戦場に一条のビームが走るとともにザフ
トの共通回線に通信が入った。
『ハイネ・ヴェルテンフルス、ミネルバ隊の諸君、助太刀いたす!!』

 

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