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クルーゼ生存_第47話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:55:59
 

 捕虜となったネオ・ノアローク大佐は自殺防止のために拘束服を着せられ、薬物で意識を奪われてミネルバの捕虜となった。カオスも回収され、中のエクステンデッドは医務室でベッドに拘束されている。ジブラルタルまでは近いしステラの件で強化人間の基礎データはあったので、必要最低限の状態を保つための薬物はわかっていた。
「あなたはシンとレイの失態で失った、生きた連合のエクステンデッドを捕獲したわけね」
 会議室でタリアが冷たい声で言う。
「あれはあなたの捕虜にしてもらって結構。私は紫のウィンダムに乗っていた男の方に興味がある。彼は、ブルーコスモス直属の高級士官のようなのでね」
 アレッシィはものをあげるかのように、エクステンデッドの所有権を艦長に渡した。タリアにしてみれば、強化人間の方が高級士官よりザフトにとって重要に思えるが、上層部はそこまでブルーコスモスの情報が欲しいのだろうかと思う。面倒で嫌なことだけれど、自分はギルバートやアレッシィといった中枢部の人間の手足でしかない。エクステンデッド捕獲の功をうやうやしく頂くしかないのだ。彼女は形のいい唇をきりりと噛んだ。
 アレッシィと別れて艦橋へ行き、やっと一息ついた。
 ここは完全に彼女の場所だ。フェイスであるアレッシィはここにも自由に出入りする権利があるが、環境に来たことはなかった。タリアとの打ち合わせは他人に聞かれて問題ないような些細なものでも、会議室を使う。あの男も彼なりに気を使っているのかもしれないと思った。でも今は勝利して基地に凱旋する途中だから、自分の気持が高揚して、冷静な判断ができなくなっているのかもしれない。アレッシィはギルバートと同じくらい、彼
女の心をかき乱す男だった。
 副長のアーサーが言う。
「デスティニーが<でか物>を倒して、シンは軍の信頼を取り戻したし、新しいエクステンデッドも捕獲できたし、今度の作戦は100点でしたね」
「ミネルバの戦果としてはね」
 タリアは声を厳し目に変えた。
「ベルリンの死者は数百万人、中にはザフトの軍人が数千人いると思われるわ。残りはいま救援作業にあたっているようだけど、プラントにとって大きな痛手だわ」
「そ、そうでした」
 アーサーが本当にすまなそうに答える。艦橋全体の空気が重くなった。人口1000万の、地球にいくつもある大都市のひとつ分の規模しかないプラントにとって、数千人の訓練された軍人が戦死したというのは、人的資源の意味で非常につらい。連合の基地を陥としたならともかく、戦果はモビルスーツ三台しかなかったのだから。
 でもジブラルタルでは派手な出迎えが待っているだろう。ザフトには英雄が必要だったし、そのシンボルたる戦艦も必要だ。
 まあ今落ちた気分が、基地についたら上がるのでちょうどよくなると、タリアは思った。

 
 

 結局一時間たってもシンは降りてこず、整備班にコクピットから引きずり出された。
 涙でぐちゃぐちゃな顔、紅い瞳に負けないくらい赤くなった白目。力ないシンは同僚のレイとルナマリアに預けられた。
「レイ、シンをお風呂に入れてあげて。優しく、お母さんみたいにね。私はスタンバイにはいるから」
 そうルナマリアに頼まれたレイは、自分たちの部屋にはシャワーしかないので、共用のバスルームにあるバスタブに湯を張って、パイロットスーツその他を脱がせたシンを入れた。備品のバスソルトもリラックス用というのを入れた。ラベンダーとベルガモット――紅茶好きのレイは、この香りになじみがあった――の香りがする。
「……いい、匂いだな」
「ゆっくりしていろ、俺がついている」
「ありがとう。マユが好きだった入浴剤を思い出したよ――ステラはどんな香りが好きだったんだろう? 香水の匂いはしなかった、俺が撃ったあとは血の匂いがした。俺が殺した、ステラ……」
 シンの真っ赤になった眼からまた涙がこぼれおちる。
 レイの知識に、好きな女の子を殺してしまって傷ついた少年への対処というものはなかったが、このままシンがつぶれでもしたら大変だし、個人的にも友人には立ち直ってほしい。
「誰かがあの<でか物>を止めなければならなかった。それができるのはデスティニーとお前だけだった」
「それは、わかってるよ。ステラの仲間がパイロットだろうってことも、わかってた。でも、ステラだなんて、思いもしなかった!!」
「あの状態から持ち直したにしても、モビルスーツパイロットとして働けるとは到底思えなかったからな」
 レイはシンがステラを医務室から強奪したところを見ている。痩せこけて、顔は頭蓋骨の形がはっきりみえるほどだった。内臓も脳も同じようなダメージを負っていただろう。
「そう、だから……ステラはベッドの上で生きてるって、俺は思って」
 シンの嗚咽がバスルームに響いた。
「でも、ステラを、あったかくて優しい世界どころか、冷たい死の世界に送りこんでしまった。あんなに、死ぬのを怖がってたのに、ステラ……」
 落ち込んでいるシンに、レイはこれだけは言いたかった。
「彼女の命はどうやっても残り少ないものだった。ひと時でも好きあったお前に殺されて、彼女はいま幸せに天国にいると俺は思う」
 わかるけど、シンはかっとしてばしゃっと湯をレイに引っかけた。
「そんな宗教屋みたいなことをいうな! ステラは死んだ、もう戻ってこないんだ!!」
 さらに激しく泣き始めたシンに、レイはもう言葉もかけずにバスルームを出た。
 シンは自分を可哀想だと思っている。前の対戦で家族を亡くし、今度は恋人を己が手にかけた。でも不幸な人は今の時代人類のほとんどで、シンの家族もステラもなんら特権的な死ではないのだ。湯が冷める頃にはそれに思い至るだろうとレイは思った。

 
 

 ジブラルタル基地に到着したミネルバは、盛大な歓迎を受けた。基地司令が艦の横まで来てグラディス艦長と握手するところを、カメラに撮らせた。司令は<でか物>を倒したパイロットとの絵も求めたが、タリアは彼はスタンバイ中であると言って断った。
「英雄を甘やかさないとは、さすがに議長の肝いりの船ですね、ミネルバは」
 こう言われたが、実際はシンは人前に出せる状態ではない。
 風呂が水になったあと自室に戻ってこもりきりだ。レイからの報告でシンが逃がした少女が<でか物>のパイロットだったと知った。戦争の悲劇と言ってしまえば一言だが、哀れなことだ。こうしてシンとエクステンデッドの少女を憐れめるのも、新しい生きたエクステンデッドが手に入って心理的に余裕ができたからだ。タリアは仕事と感情にはきっちり優先順位をつけていた。愛する息子だけがすべてを超越する存在であった。
 英雄たるシンはと言えば、部屋でだらしなく横になっていた。赤い瞳から、時々ぽろりと白桃の頬に涙がこぼれる。
(ステラ……君が殺した、ユーラシアの人たちへの責任を、俺は取らなきゃいけないようなきがする。どうやって? 死んでしまった人は生き返らない、マユも父さん母さんも、ステラ、君も)
 自分が戦災孤児なので、軍隊が太刀打ちできずに蹂躙された市街に住んでいた人たちのことを思うと、心が痛む。だから最悪相討ちでも仕留める覚悟でデスティニーに乗り込んだ。ステラを特別視してはいけないと理性はいう。しかし彼の感情は、初めて恋した少女を己が手にかけたという事実に苛まれ、壊れそうだ。
 そんなときレイが帰ってきた。下着一枚のシンを見て、服を出して着せてやり、髪の毛にドライヤーまで当ててくれた。
 シンはこういうことをされてもいいほど、レイに気を許していた。同室だし、同じパイロットだし、レイは無駄口は叩かないし必要なことだけをする。
「俺は今晩は基地に泊まることになった。隊長と一緒だ。新型が届いたのかもしれない。明日には戻る。ヨウランとヴィーノにお前を夕食と朝食に連れ出すよう言っておいた。辛くても食事はとれ、それもパイロットの仕事だ」
 もうレイに抗う気力も尽きていたシンはこくりと頷いた。
 ステラを殺したこと、ステラがたくさんの人を殺戮したこと、自分がステラを連合に返したこと、ディオキアの洞窟。すべて消えてしまった過去のことだ。しかし記憶が渦になってシンの頭を苦しめる。
 自分がステラを返したから、ユーラシアの人々がたくさん死んだ。
 この思いを頭から振り払おうとするが、なかなか果たせない。
 ステラじゃなくたって他の強化人間が<でか物>に乗ったはずだ。連合の作戦はパイロット一人で狂うようなものではない。わかっていても、罪の意識は消えてくれない。シンの思考は深く落ち込んでいった。

 
 

 一方のレイは指令本部を訪ねた。アレッシィ隊長についてのことでもあり、何かありそうな予感がした。自信ありげな足取りで進んでいく隊長についていって入った部屋には、まだ宇宙にいるはずのプラント議長、ギルバート・デュランダルが立っていた。
「ギル!」
 シンのことで沈んだ面持ちだったレイの頬に朱が差した。
 子供のころからしていたように、長身の学者政治家に抱きついた。
「聞いていた予定と違う」
「敵を欺くにはというじゃないか。秘密裏に今日到着した。ミネルバ隊の活躍はモニターで見させてもらった。彼らにはこれからの作戦も期待したい」
「はい、ご期待に添えるように精進します」
 敬礼するレイがかわいくて、ギルバートの頬が緩んだ。レイの気まじめな性格は、彼の好みだった。甥のように育てた子供がこういう少年で好ましい。ただ彼の遺伝子には大きな欠陥があって、それは近いうちに命にかかわるものになる予定だ。
「レイ、時間がないので、まずこちらへ」
 ギルバートの案内で三人は地下に降りた。
 手術室のような部屋に金髪の男性が寝かされているのが目に入った。
「ネオ・ロアノーク大佐、レイ・ザ・バレル、君の新しい体だ」
 サングラスを外しながらアレッシィが言った。
 レイは言葉が耳に入らないくらい驚いて、立ちすくんだ。
「ラ…ラウ……」
 大戦で死んだはずのラウ・ル・クルーゼの顔だった。ただ一年で目のあたりは数年分年をとったようだ。皺が多い。
「ラウは君のためにこのボディを手に入れようと、尽力してくれた。君との遺伝子適合性に問題はない。遺伝子上、あのボディは君の息子になる」
 ギルバートが続けた。
 だがレイの耳には入っていなかった。
 もしかしたらと、思っていた。しかし感じるものがラウとは異なっていたし、宇宙空間でモビルスーツが大破して生きているとは思えなかった。ただプラントを皮肉っていた彼が、プラントのために戦って死んだのはレイの進路を決めることになった。
「あ、あなたが――」
 ぽろぽろと涙が出る。自分と同じもの、年違いの双子の兄が生きていたなんて。自分はもう一人ぼっちじゃない。一人で運命におびえる必要はないのだと思い、レイはラウに飛びついた。
「泣き虫だな、お前は」
「だって……」
「それで、私とギルバートの言ったことはわかったか? あの男の体にお前の脳を移植する。そうすればお前は私よかなり長く、脳の寿命の限界まで生きられる。普通人にしては若死にになるだろうが、あの痛みからも解放される」
「え!?」
 レイの肩に二人の手が乗った。
「君はあの男の体で生まれ変わる」
「そして地球のナチュラルとして、普通の生活を送る、何十年か」
 やっとレイは理解した。ラウとギルは彼の脳だけあの男の体に移植して、長生きできる体をプレゼントするつもりなのだと。
「あ、あ……あなたたちは」
 レイは二人を凝視した。捨てられたラボの実験動物だった自分を助け出してくれて、名前を付けてくれて、育ててくれた二人。でも――
「あなたたちはおれの気持ちなんか、ちっともわかっちゃいない!」
 レイは叫んだ。
「クローンだから寿命が短い? そんなこと承知の上で生きてる。どうして俺が他人を犠牲にして長生きしたいだろうなんて考えるんですか。俺はあなたたちに、そんなわがままな人間に育てられたつもりはありません!!」
 レイの叫びは二人にとって意外だった。おとなしい性格の子だし、クローンの運命から逃れられるなら喜ぶはずだと思っていたのだ。
「レイ」
「自分たちが命をもてあそんでいると、メンデルで俺を作った連中と同じことをしようとしていると、気付いてください!」
 二人ともそれは理解していた。ただ彼らは命は平等ではないと思っており、レイに適合する肉体があれば、その男の人生くらい消し去るのになんの痛痒も感じないだけで。
 その表情を見て、レイはさっと身を翻すとエレベーターに向かった。

 
 

 シンはヴィーノに誘われて夕食をとった。アカデミーで初めてできた友人は、ほとんど食べずにうつむいているシンになにかと言葉をかけてくれた。
 ただそんな言葉も彼の頭をすりぬけていく。
(俺が、殺した? ユーラシアの何千万人という人も、ステラも?)
 この想いにとらわれているシンには、食事――ジブラルタルの海の幸のブイヤベース――も、友人の声も遠い世界のものに思われた。
 シンの様子が尋常ではないので、食事の後医務室に連れていかれた。医師に今思ってることを正直に話したら、「そういうのは運命のいたずらだから、気にしないように」といわれて精神安定剤と睡眠薬を処方され、基地のカウンセラーへの予約を取ってくれた。プラントは人口が少ないから、精神的に参った兵士を後方に下げるのはよほどの時だけだ。薬とカウンセリングで戦える状態に持っていく。そうしないと地球と戦争なんて像に蟻が挑むようなことはできないのだ。
 シンは部屋に帰って薬を飲んだ。
 ベッドに入ったが眠れない。自分が手にかけたステラの血まみれの金髪、そしてベルリンの破壊しつくされた光景が思い出される。<でか物>の背中から放射状に出るビームに焼かれていくザフトのモビルスーツ、巨大な足に踏みつけられる戦車。
 本人はいっぱしの軍人のつもりでいたが、まだまだ情に甘い子供なのだとシンは思った。
 でも今の自分を変えることなんてできなくて、ステラが悪いなんて思えなくて……。
 自分が殺した、ステラを、ユーラシアの市民たちを――。
 ずっとこれだけを考えていたら、不意に部屋から出たくなった。部屋は息苦しい。シンは部屋を出て足の向くまま、モビルスーツデッキの二階部分に立った。15メートルのここからは、下で働く整備班が小さく見える。
(ここから飛び降りたら、ステラに会える)
 不意によぎった思いだった。
 手すりを握る手が震えた。ここから飛び降りて受け身の姿勢を取らなければ、コーディネイターの中でも身体能力の高いシンとはいえ、死に至る怪我を負うだろう。下は金属の板だ。
 これまで自殺という選択肢を考えたことがなかったので、頭がぱあっと晴れたような気がした。ステラにも、両親やマユにも会えるのだ。
 死の願望に取りつかれたシンが顔を上げると、そこにはデスティニーの顔があった。
 赤と黒の翼、両目から流れる血の涙――。
(あっ……)
 デスティニーが泣いている。初陣で愛する少女を殺したことを悔やんで泣いている。シンはそう思った。そしてあのモビルスーツが泣かなくてよい世界を作るために自分は戦うと誓ったはずだと思いだした。また自分がフリーダムのパイロットを憎んでいるように、モスクワから始まってベルリンにいたってやっとやってきたミネルバ隊、特にエースのデスティニーを恨んでいる人がいるだろうということに思い当った。モスクワ戦は無理でもサンクトペテルブルグ戦に間に合っていれば、死者は1/3ほどで済んだのだ。
 自分が憎まれるという感覚は、不愉快なものではなかった。なんであれ他人から必要とされているという気持ちがシンには必要だった。
(俺はデスティニーと共に戦う。ステラのクローンがもし出てきたとしてもだ。そしてあの<でか物>に家族を奪われた子供たちに、『なんでもっと早く来てくれなかったんだ』と殴られよう)
 愛機を見つめてそう決意したシンは、部屋に戻って夢も見ずに泥のように眠った。

 
 

「レイが私たちに逆らうとはね」
 デュランダルは冷えたシェリーのグラスを親友に渡した。
 大西洋に沈む夕日の見える部屋だ。
「君より私の方がショックだ。考えてみたまえ。君に一卵性双生児の弟がいたとして、彼によかれとしてとった行動を否定されたらどう思う?」
「それは、心理的にも専門的にも厳しいな。同じ遺伝子を持っていても生育環境の違いで性格が大きく異なることもあまり異ならないこともある。これはC.E.以前からの双子の研究で知られている。君とレイの性格の違いも知っていたつもりだ。ただああいう反発、拒否にあうとは思ってもみなかった。肉体の寿命より脳の寿命は長い。新しい、テロメアの正常な肉体にレイの脳を移植すれば、脳の寿命の限界まで生きられるし、脳に痛覚はないから、君たち特有のあの痛みからも解放される。非常にハンサムで才能にあふれたナチュラルとして地球で穏やかに暮らせれば、彼のためになると思った」
「それを傲慢だと、あの子は蹴飛ばしたな」
 ラウはグラスを干した。プラントでは手に入らない酒だ。
「傲慢なのは承知の上の計画だった。レイは、私たちが思っている以上に独立した人格を持つに至っていたのだな」
「戦いに出るようになってからも、君や私を恋しがっていたように感じたが」
「親離れされた、ということだろう。で、あれはどうする? 君のボディにも使えるが」
「前にも言っただろう。私はいらないと」
 ギルバートは小さく笑った。
「やはり似ているのだな、君たちは。では普通に捕虜として情報を吐かせよう。ブルーコスモス直属の大佐なら、地球側の汚い所をかなり知っているだろうからな」
「ふむ、ずっと追い続けて狩ったわりには詰まらんな」
「へヴンズべースをはじめとする連合の基地や戦力の情報だけでもかなりのものがあるだろう。君は戦果を誇っていいと思うが」
「おかわりをもらおう」
 ラウの尊大な言葉に、デュランダルは従った。

 
 

 自分を見出して育ててくれた二人の男から逃げ出したレイは、海の方に吸い寄せられた。
 波の音を聞いているだけでも、ささくれ立った心が落ち着いてくる。
 ラウもギルも世間一般の基準でいう善人ではないと、わかっていたはずではないか。いやでも……結局自分を無視して話を進められたことが一番不快なのだ。アル・ダ・フラガに息子がもう一人いて、その体に自分の脳を移植すれば脳の寿命まで長生きできるといわれていたら? もちろんレイは断っただろう、それはラウの権利だと。自分は生まれこそ実験動物だったが、ラウとギルが愛してくれた。ラウの心の中にはレイがどんなに愛を向けても答えてくれない部分があり、彼がオリジナルの自分を殺してからラウ・ル・クルーゼになるまで
の期間に考えたり体験したりしたことがそこに詰まっているのだろう。だからレイも、ラウの思想は表面しか知らない。
 それを話してくれる相手でもないと、自分の性格から類推し、暮らしてきた。ただ、ラウが地球のナチュラルから、プラントのコーディネーターに自分を変えた理由はレイにも想像がつかなかった。レイ自身、子供の時からコーディネーターとして育って、身心面頭脳面で苦労したことはない。遺伝子操作を受けなくても、操作済みのプラント人がうらやむ資質と美貌を持っていた、ナチュラルに。
 遺伝子の話を教えてくれたギルバートの意見によると、優れている遺伝子を集めてコーディネイターを作るのは、人工的に優良な遺伝子が集めているだけだから、実際的に人類としてコーディネイターとナチュラルに違いはないのだということだった。まあ免疫面や低重力に適応して骨からカルシウムが抜けにくくするなど、ジョージ・グレンの基本セットがコーディネーターの最低条件と一応はされていた。ただそれもナチュラルから適正な遺伝子を選び出して作り上げたもので、C.E.30年代以降の自由にコーディネーターが作られた時代に、さまざまな人類の変種といえる遺伝子をもったコーディネーターが生まれたのだと。そのジョージ・グレン時代に比べての変異性の高さから、環境保護団体ブルーコスモスに標的とされるようになった。
 あの男は、ブルーコスモスだった。
 レイは海辺で身を固くした。
 彼も自分の遺伝子の優秀性には自信を持っていただろう。遺伝子上の父親に当たる自分が、ザフト――コーディネーター――のエリートたる赤服なのだから。
 そんなことを考えこんでいるうちに夕日が暮れて、あたりは真っ暗になった。
 基地の端まで来すぎたかとレイは思ったが、ミネルバに戻る気にはなれなかった。
 母艦では英雄のシン・アスカが悶え苦しんでいるだろうが、今のレイに他人を思いやるほどの余裕はない。自分の命の価値という、彼が自分の運命を認知して以来の悩みと向き合うしかなかったのだから。ラウがああいう状態ならば、自分の寿命が急に尽きることはないと思われる。死ぬのが怖いのではない。十代の兵士の身で、突然死を意識しなければならない自分がみじめなだけで。
 不意に声が掛けられた。
「ブロンドのお嬢さん、日が暮れましたから一人歩きは危ないですよ」
 記憶にある声だった。振り向くと、ハイネ・ヴェステンフルスが立っていた。
「いえ、お嬢さんではありませんから」
「でも君ほどの美人はめったにいないから。夕食を一緒にいかが? フェイスと将官以上しか入れない食堂があるけど」
 明日まで帰らないと同室のシンに告げてきた。
 レイはハイネの言葉に同意の返事を返した。

 
 

 ジブラルタルはいい朝だった。
 シンはすっきりした顔でスタンバイにはいり、外泊してきた隊長とレイはいつもよりまじめに敬礼し合ったようだった。そんな同僚上司を見て、ルナマリアはほっとした。一番心配だったシンが調子を上げているのが嬉しい。彼はミネルバだけでなくザフト地上軍のエースなのだから、あのステラの件があっても、いつまでも落ち込んでいては困るのだ。
 不意にプラントに帰ったメイリンを思い出す。両親からのメールによると、日常生活は問題なく営めるようになっているらしいが、街でカップルや赤ん坊を見るのを恐れていて、家に引きこもりがちだと。
 シンも立ち直ったように見えて、まだ心に傷を負っているのだろう。自分がケアできるところはケアしてあげないとと、思うルナマリアだった。
 レイと隊長はどこか似ていると思っていた彼女だが、今朝からそれは確信に変わった。
 血縁の従兄弟くらいではないのか?と思うが、ザフトの資料では隊長は北米からの移民一世で、レイはヨーロッパからの移民二世だ。
 まあ、噂されているへヴンズべース攻略戦に向けて、デスティニーの兄弟機も到着したことだし、余計なことを考えるより、プラントがとにかく独立を守れるように頑張ろうとルナマリアは思った。
 レイは、アレッシィ隊長からの呼び出しを受けたとき一瞬心臓が縮んだが、話題になっていた新型機のことだろうと納得して、声を抑えた。
「ZGNMF-X666SSレジェンド、レイ・ザ・バレル、君の新しい機体だ」
 ラウから改めてフルネームを呼ばれ、上司と部下の関係に戻ったと悟った。
「光栄であります」
「いそいでセットアップをするように。この機体は、プロヴィデンスの後継機だ。扱いやすくなっている。期待しているぞ」
 さっそく整備班と話をして乗り込んでみると、最大の特徴は宇宙でドラグーンを使えることだが、地上戦でも核動力なぶん、セイバーより素早い対応が可能だという。レイは、ラウからプロヴィデンスの後継機だと言ってもらえてうれしかった。彼も自分も、不完全なテロメアを持つクローン人間だが、普通の人間に劣ることなく自分の思想のために、国のために戦うことができるのだ。自分でプラントを選んだラウと違って、レイは自分とい
うものを意識させられた時にはプラント人だった。そしてナチュラルでありながら、コーディネイターとして生きている。プラントから降りてきて地球を見た彼には、ナチュラルとコーディネイターの完全和解は不可能で、共存できる区域が地上と宇宙に保たれればいいなというものだった。こういう話は地球生まれのシンはともかく、プラント生まれの友人たちにはしにくい。彼らの卑俗な遺伝子信仰をギルバートのデスティニープランは破壊してくれるだろうと、レイは思った。

 
 

 連合軍大佐ネオ・ロアノークからはデュランダルが思っていた以上の情報が絞りとれた。ブルーコスモスの息のかかった基地や士官から、直属部隊に至るまで。ラウの息子という遺伝子の主だけあって、記憶はきちんと整理され階層を作っていて、読む方には読みやすかったらしい。特にエクステンデッドに関しては研究者並みの知識を擁していて、ミネルバがもらたした『生きたエクステンデッドのサンプル』をいかに機能を保ったまま生
かし続けるかに重要なプラス要素をもたらしてくれた。またへヴンズべースは連合の主力基地であるばかりか、ブルーコスモスのメンバーが何かあったときの退避所としても使うと。へヴンズべース攻略に向かうザフトにとっては、有益な情報だった。
 ザフトの現有地上勢力だけで、あの島は落とせない。宇宙からの降下作戦と地球のナチュラルの軍隊との同盟。ユーラシアで暴れていた<でか物>――正式名称はGFAS-Z1デストロイ――をザフトの新鋭モビルスーツが倒したというのは大きい。兵器開発競争で巨大化に手を出した連合に対して、通常の大きさのままで性能で上回ったのだ。無論1Gの地上と宇宙空間では動きは違ってくるだろうが、デストロイも180度攻撃はできても360度攻撃はできない。とりつきやすさは宇宙での方が上だろう。デスティニーの勝利は、宇宙での戦いの趨勢を左右するものになるかも知れなかった。
 そのデスティニーのパイロットのもとに帰ったレイは、シンが思いもかけず一枚剥けた顔をしているのに驚いた。そして、シンからも自分がそう見えているといいと思った。彼らは二人とも兵士として人間として大きく成長したのだし、それを実感していた。
 レジェンドがミネルバに搬入され、整備班はまた忙しくなった。ドラグーンシステムがあるので、地上用と宇宙用の二種類のセッティングを今のうちに作っておかないといけない。プラントの開発班がその基礎は構築していたので、それに乗せる形でパイロットのレイと相談しながらセッティングを固めていく。今回レジェンドの整備班に抜擢されたヨウランは、レイのドラグーン対応値をみながら、これでは簡易型の意味がないかもと思った。
 レイはプロヴィデンスでも適応できるだけの空間認知能力があった。遺伝学には特に興味のないヨウランは、これはどういう遺伝子改造によるものか、それともナチュラルに受け継がれた血なのか少し悩んだ。プラント生まれのコーディネイターとしては、優れた資質は遺伝子改造によりもたらされたというほうが、耳に心地よい。しかしいったん地上に降りて、地球にさまざまな才能あふれるナチュラルがいるということを知った今は、レイの空間認知能力がナチュラル起源のものであれば、それはそれでかっこいいと思うのだった。
 ルナマリアはやっとシンが普通に戻って、前よりなんかたくましくなった感じで好ましいし、レイは隊長と本部に行ったひと晩で少し影を背負った美少年になってきて、まあ、どっちも見てて楽しいという感じであった。自分もインパルスに乗るようになってパイロットとしての技量は上がったし、その分たくさんの敵兵士を殺しているんだという現実にも直面している。噂されているへヴンズべース攻略戦では、命の保証もないし、失敗した
らプラントの独立も危うい。議長や上層部はそのあたりをどう考えているんだろうと思う。
 連合のけた外れの物量というのは、あの、デストロイという機体に象徴されている。シンが好きだった少女が操縦していて、シンがその女の子を殺した。でも、モスクワからの死の行進には数千万人の民間人の死者が出て……。プラント全人口の数倍だ。ルナマリアが本当に地球の大きさとナチュラルの人口の多さを感じたのはこの時であった。
 プラントの独立を守るのにはどうすればいいのだろうか?
 これまではそういうことは政治家が考えることで、自分はプラント成人として選挙で支持できる人を選ぶのと、軍人としての働きで国を守るのが役目だと思って悩みもしなかった。しかし、プラント人は自分の国を守るために何ができるかをもっと深く考える時期に来ていると、ベルリン戦を終えた彼女には思えた。

 
 

「ハイネ、用意はできているかね」
「はい、回線関係オールグリーンです。議長、全世界生放送ですから、もう少しヘアメイクに気を使ってください。あなたの肌の色が白すぎて死人の色だと、地球では評判が悪いようです」
 ギルバートは苦笑した。
「プラントの本音を伝える放送だ。この骨の色の肌もオレンジの眼も、コーディネーターという地球から排斥される人間の要素だよ」
「同情を買うおつもりですか?」
「いや、素を見せるだけだ。コーディネーターに同情する人としない人は、もう別れかけているからね」
「了解しました」
 議長の素の顔なんて見たことないけどと、ハイネは思った。

 
 

『私はプラント最高会議議長、ギルバート・デュランダルです。今日は地球と宇宙に住むすべての人類に話をさせていただきたいと思っています』
 この言葉で始まった放送は、地球から宇宙までをカバーした。もちろん月軌道までは時差ができるわけだが。ユーラシア時間の夜の放送は、人類最大の国家大西洋連邦の昼に当たる。アジア圏はこの戦争にできるだけ触れないようにしているので、狙いを大西洋の両側に絞った時間設定であった。
 とはいえ政治に携わる者には大変なできごととて、オーブのカガリとユウナの夫婦も護衛官にたたき起こされた。
 なかなか起きないカガリは、キサカ一佐に一喝された。
「オーブの危機かもしれんぞ、カガリ」
「なんだと?」
 顔に枕の皺のあとをつけて、カガリが叫ぶ。
 とりあえずユウナと二人でガウンを着て居間に移ってテレビをつけたが、うちの奥さんに『優美』という言葉が似合うようになるのはいつのことだろうと考える夫であった。
 同時刻、夕食を終えてレクルームに集まっていたシンたちも、音楽ビデオから急に議長の映像に切り替わったのに、びっくりしていた。
 レイ以外はデュランダルが地球に降りていることも知らないから、みなプラントからの映像と思った。
「議長、いったい何で」
「講和、じゃないわよね」
 デストロイを破壊したのはザフトの大きな勝利だが、講和に持ち込めるほど連合が甘いとはだれも思わない。連合の裏にコーディネイター全滅をもくろむブルーコスモスという勢力がいるのを、彼らはよく知っていた。
『現在プラントと地球連合は戦争状態にありますが、人類の未来のため、早急に解決したいと思っています。そして、みなさんに知っていていただきたいことがあります。私の説明を聞いた上で、一緒に考えてください』
 バックに先日のベルリン戦が映し出された。
 シンにとっては見るのがつらい映像だったが、議長の言葉が聞きたかった。
 デストロイの巨体と攻撃力は映像で見ても圧倒的だった。通常のモビルスーツが小人に見える。
「これはモスクワから都市を破壊してきたモビルスーツ、ザフトが入手した情報によりますと、名前をデストロイ」
 <破壊>、そのものの名前のモビルスーツだったのかと、テレビを見ていた人はみな思った。シンもその名を聞いて、手が震えた。コンソールのようなコクピットに倒れていたステラ。あのモビルスーツはステラをも破壊してしまった。
「これだけの巨大で高性能なモビルスーツを作るには、従来のように一社で開発していてはとても無理です。各兵器メーカーから、分野ごとのエキスパートが集まらないと。普段はライバル同士でもいざという時には協力し合う、地球の兵器産業はそうやって生きてきました。戦いがない時には戦いを起こす火種をまくことまでして」
 デュランダルの落ち着いた声に、カガリの怒号がかぶった。
「ロゴスのことを話そうというのか、この男は!」
 軍需産業の大手モルゲンレーテを国営企業として持つオーブにとって、ロゴスは微妙な距離をもって付き合わなければならない相手だ。そして国民にその存在を知られてはならない。どの兵器会社も等しくライバルでなければ、市場経済の法則に反するからだ。オーブの上層部が国民に秘密にしているさまざまなことの一つだ。
「黙って、カガリ」
『‘ロゴス’と呼ばれる兵器関連企業が作るゆるやかなネットワークは、互いに情報を融通しあい、いまはブルーコスモスと手を結んでコーディネーターという敵を作り上げました。われわれプラントは兵器は自国生産しますから、市場に入り込めないという点で、ロゴスに敵視されるに十分でした。プラントの原住民であるコーディネーターを滅ぼして、地球からナチュラルを移民させ、ロゴスも一緒にプラントに進出する。おそらく彼らはそういう青写真を描いているでしょう。そしてまた宇宙と地球の戦争を起こせばいいと。
 彼らは人種差別もしますが、それより儲けることの方が好きなのです。ある国で内乱がおこれば、政府側にも反政府側にもロゴスから武器が流れる。我々人類は、産業革命以来ずっと彼らに乗せられて戦いを続けてきました。そろそろその流れを切る時期が来ているのではないでしょうか?
 私の眼はオレンジ色をしていますが、これは母親が受精卵の段階でコーディネートされたものの遺伝です。コーディネーターといっても、ナチュラルな受精卵に別の遺伝子を組み込んだだけの人間です。たとえば私は運動が苦手です。地球のナチュラルの方は、コーディネーターはみんな100mを8秒台で走ると信じていたりするそうですが、私は学生時代に15秒かかりました』
 笑いを求めるかのように、デュランダルは周囲に目を配った。
「議長って、運動音痴なのね」
 10秒台で走るルナマリアが呟いた。
「しかし、ナチュラルは議長に親しみを持つだろう。頭はいいだろうけど、身体能力は普通の人間なのだと」
「それだと、歴史にたくさんいる天才の一人だもんな」
 レイとヴィーノが言い合った。
 シンは背景の画面をじっと見つめていたが、デスティニーが巨大なデストロイを突き刺すように襲いかかるところで目を閉じてしまった。
 仲間や地球、プラントの人たちにとっては、何回見てもかっこいいし胸がすく場面だろうが、シンには違う。この手で、幸せにしたいと願った少女を殺した。でもその少女が侵させられた罪も自分で背負うと決めた以上、目をそらせていてなならないのだ。
『連合軍はこの巨大モビルスーツに、一般のパイロットではなくエクステンディッドと呼ばれる、人体を強化したナチュラルを乗せています。デストロイの自爆とともにこの機体に乗せられていたパイロットは死亡しました。残骸の調査によりますと、脳とモビルスーツを直接つなぐような構造になっています。なんという、非人道的なことでしょうか?』
 議長の言葉が切れると、映像がロドニアのラボに切り替わった。モザイクだらけだが、凄惨な光景だというのは察しがつく。レイは今回はこれに耐えた。彼はひとつ乗り越えたのだから。自分やこのラボの子供たちのような命をおもちゃにされた人間の尊厳のために戦うと。
 見かけは優男だが世の中の裏もよく知っているユウナですら、ラボの映像には軽い吐き気を催した。隣のカガリは真っ赤になって怒っている。
「人体実験だと。この子供たちを、モビルスーツのパーツにしようとしていたのか、連合は!?」
 仁王立ちして叫んだが、世界中で同じ思いにとらわれた人間は何億人もいただろう。地球ではコーディネーターが作成されたことにより、肌の色によるナチュラル同士の差別はほとんどなくなった。新たな差別対象が生まれたからだが、ゆえにナチュラルの子供が実験動物として扱われるのは我慢できないのだ。
 プラントでは、だからナチュラルは野蛮なのだ、同じ人種の人間を実験動物扱いなんてコーディネーターなら絶対にしないという意見になる。
『そして彼らはプラントのコロニー、アーモリーワンで初めて実戦に出たと思われます』
 シンが隊長に頼んで見せてもらったあの映像だった。ハンガーのパトロールフィルム。三人の少年少女がザフト兵を打倒し切り殺し、モビルスーツを強奪する一部始終が映っていた。
『この襲撃で我々は最新型のモビルスーツ三機を奪われました。いまやっとベルリンで二機目を捕獲することができました。もちろんその間、もともとザフトのものだったモビルスーツによって大勢の兵士が殺されました』
 ミネルバはもともとこの三機が搭載されるはずだった艦で、運命のいたずらで幾度も干戈を交えた。ルナマリアたちにとっては、最後のアビスも取り返してやるという気持ちなのだが、シンはアビスとは本音では戦いたくない。カオスに乗っていたエクステンデッドのパイロットは、基地の研究所に入ってどうされているのかシンごときには想像もつかない。ただザフトでも実験動物扱いされると思うのだ、ステラの時の艦長たちの対応を見
ると。仕方がない、もうあんな目に合う子供たちが出ないようにと思っているが、いま戦場にいるエクステンディッドはどうしてもステラとかぶる。
『いまザフトが捕虜にしている、連合のエクステンデッド、名前をスティング・オークレー』
 画面にベッドに拘束された少年が映る。シンがディオキアで会った少年だ。
『プラントのコーディネーター用の医学では、彼を生かしておくだけで精いっぱいです。わたしは一人の人間として、呼びかけたい。連合でエクステンディッド開発に携わったかた、身柄はこちらが保証します。彼を生かすために、元の普通のナチュラルの少年に戻すために協力してください』
 デュランダルは頭を下げた。
「あのデュランダル議長が……」
 プライドの高い人物だとカガリは感じた。それに戦争中の元首がとる態度としては、柔弱ではないか。
 いっぽうユウナは別の感想をもった。
「彼は根っからの政治家だねえ。いっきにかわいそうな少年を助けようとするのが敵の親玉だなんて、連合の正義はどこへいったのか?という方向に世論を持っていったよ」
「お前はそんなことを考える前に、人間の尊厳への義憤を持て!」
「そういう気持ちはもちろんあるけど、君が先に爆発するからねえ」
『そしてわたしは宣言します。この愚かな戦争を終わらせるために、連合の主力基地であるヘブンズベースを落とすと。もう一度、地球の皆さんにお願いします。戦争を終わらせるための戦争、人間の愚かさの象徴です。しかし未来をつかむために、武器商人に操られて戦争する時代に終止符を打つために、協力していただける国家であれ武装勢力であれ、ザフトは同盟を組む用意があります』
 プラントがナチュラルと同盟? ユーラシアでザフトが受け入れられている状況を見てきたシンとレイですら、無謀なことだと思った。軍隊同士の交流ならともかく、国家単位での同盟とは話が大きすぎる。レイは、ギルは表向きは静観だが軍隊が勝手に動いたというシナリオを何カ国かと作り上げているのだろうと思った。

 
 

 世界は真っ二つに分かれつつあった。
 地球人の誇りを守りコーディネーターに敵対するもの、コーディネーターを含めた人間の尊厳を優先するもの。
 愛機のセッティングの空き時間にジブラルタルの海を見にでたシンとレイは、諸外国の艦隊が続々と入港してくるのを目の当たりにした。
「すごいな、議長の演説がこんな効果があるなんて」
「根回しはしていたんだろうが、地球人にはエクステンディッドのことは不快だっららしい。まだ連合で研究にかかわっていたという人間からの申し出はないが、高名な医学者が何人か基地に入ったとか」
「じゃあ、あのスティングってヤツ、助かるんだ」
 シンがすがるように言う。
「助かる可能性が増した、だな」
「そうか」
 レイの冷静な言葉、そして連合側について動かない故国オーブ。ヘヴンズベースをぶち壊せば、世界はいっぺんに和平へと流れるのだろうか? シンは戦いに疲れることなどない戦士だったが、その裏で無駄死にしていく兵士が増えていくのは気に食わない。今の戦争が高性能の兵器に高性能の兵士を乗せて戦わせるものだというなら、SFにあるように国を代表する戦士だけで戦って、優劣をつければいいのにと思うことすらある。
「宇宙の戦いは、今のところザフトが必要な制宙圏を押さえている」
「エターナルのストライクフリーダムとインフィニットジャスティスは、核搭載機でいい戦果を挙げてるってな」
「前大戦でラクス・クラインに奪われた船をザフトの主力艦として使うことは、テロリストの悪夢を振り払うことに通じる。まだ残っているかもしれない、心情的にラクス・クラインを応援する人間には不愉快だろう」
「そんな人間がいるなんて!?」
 シンは怒りのあまり頬を真っ赤に染めた。ラクス・クラインの反逆のおかげで、オーブは戦火に巻き込まれ、彼女が窃盗の手引きをしたフリーダムがシンの家族を殺したのだ。
「ラクス・クラインは地球で自分のファン、そして信者となるべき人間を作ろうとしたが失敗した。プラントではほとんどのファンが他のアイドルに行ってしまったが、ごく少数ながら、彼女を支持する細胞は残っているようだ」
「だったら、逮捕するとか」
「特定のアイドル歌手を死ぬほど好きだからか?」
 レイの冷ややかな声にシンは黙った。レイ本人がラクス・クラインをよく思っていないのがひしひしと伝わってきた。そうだ、彼の兄はヤキン・ドゥーエで戦死したのだ。
「・・・・・・感情的になりすぎた、ごめん」
「いや、俺もだ」
 確かにレイの声の裏には感情の波があった。ジブラルタルに入港してから、そういう感じを受けることが増えたよなあと、シンは思う。
 と、コールがあって、二人は車を埠頭からミネルバのいるドックへと戻した。 
 ミネルバの黒髪と金髪のコンビはすっかり有名人であり、基地の中を車を走らせているだけでも「ヘヴンズベスがんばれよ」という声がかかるほどであった。

 
 

 ミネルバに帰ってセッティング作業に入ろうとした二人に、情報通のヨウランが、言った。
「聞いたか? 今度の作戦、議長がミネルバに乗るってさ」
「議長の御座艦かあ。名誉なことだな」
「確かにな」
 シンはレイの反応が少なすぎると思った。個人的な知り合いのようだったが、なにか仲たがいでもしたのだろうか。
 まあそんなこと、前線の一兵士には問題にもならなかった。
 一方戦争を起こすも止めるも彼の判断にかかっているという男は、集まってく艦船を眺めながら、傍らの白服の友人に声をかけた。
「今回に限り、ミネルバを離れて連合艦隊の指揮を執ってはくれないか、ラウ」
「お断りだ。君との契約にそんなことは入っていない。ただ、ミネルバのモビルーツ隊は君の予想以上に働かせて見せるが」
 ラウ・ル・クルーゼ、前大戦のザフトのエースは名誉の戦死を遂げたと思われていたが、国に殉じるほど甘くない狡猾な性格で生き延びていた。今回の戦争に参加しているのは、年の離れた双子の弟に当たるレイ・ザ・バレルを見守るためと、ギルバートからSEED因子を持つというシン・アスカの観察を頼まれたからだ。レイはすでに彼らの手を離れた。
 残るはシンの、本人に言わせると『頭がすうっと澄み渡って、いつもより感覚が10倍くらい鋭くなるんです』というSEED因子の解明だ。ラウは自分を安売りすることはしないし、たった一人の友人に無駄な希望を持たせる気もなかった。
「大体、君がプラント最高議長なのだから、少しは苦労したまえ。地球に下りてきて檄を飛ばして、あとはミネルバにこもったままでは支持率が下がるぞ」
「そうだな、プラント人はオールマイティーが好きで困る。で、随員や護衛を何人くらいミネルバに同乗させられるのかね?」
「それはあの女に聞け」
 人数が少なければ、グラディス艦長は議長を歓迎してないか、議長の参謀より自分の意見をいれてほしいということになる。ラウはもともと彼女が嫌いだったなとギルバートは思った。

 
 

『どうなっているんだ、ジブリール』
『プラントはわれわれロゴスとほとんど関係がないから、ああいうことが出来る。前大戦のときに滅ぼしておくべきだったよ』
『とはいえ、今は今、あちらはヘヴンズベース攻略の意図を表した。あそこに何かあれば、連合の地上勢力は大打撃だ』
 たくさんのモニターに映るロゴスの面々を前にして、ロード・ジブリールは苦虫を噛み潰していた。手元の猫をなでるのもおろそかになるくらい。
 ロゴスの存在社会の上層部だけが知るもので、軽々しく他人に口外しない。その伝統を破って、あのコーディネーターは全人類にその存在を知らしめたのだ。
「みなさん、落ち着いてください。あの男がロゴスに何を言ったとしても、証拠はないのです。ただの陰謀論で世界を騙そうとしている詐欺師にすぎません」
『しかし、政府上層部は知っているし、ロゴスは本当に実在する秘密結社なのだよ、わかるだろう』
『われわれはこれまで地球を武器の力で支配してきたが、今は狩られる側なのだ、ジブリール』
 ジブリールはぎりりと奥歯をかんだ。なんという負け犬たちなのだ、この老人たちは。自分たちのたくらみが暴露されたとしても、あんな荒唐無稽な話は信じない人のほうが多いはずだ。平民どもは、最終的にしばらくの平和を与えてやれば満足する。コーディネイターを殲滅し、ナチュラルの手で宇宙開発を行う。これでロゴスも民も潤うというものだ。
 そして汚らわしい遺伝子組み換え人間が絶滅すれば、ブルーコスモスの勝利でもある。
 ヘヴンズベースは難攻不落だし、連合軍から上がっている計画なら、物量に劣るザフトなど蹴散らせる。
『ジブリール、屋敷の前にデモ隊がきた。私はヘヴンズベースに退避させてもらう』
『うちには脅迫状の山だ。あんなもの信じやしないが、もっとも安全なところに行かせてもらおう』
『『『ヘヴンズベースへ』』』
 数人の男の声が唱和した。

 
 

(ヘヴンズベース、大きな戦いになるんだろうな。コーディネイターもナチュラルもたくさんの人が死ぬ)
 キラ・ヤマトは外出できるようになってきたので、週三回をめどに近所のスポーツクラブに通っていた。バイク漕ぎをしながらテレビを見ていると、連合にザフトが挑戦状をたたきつけたというニュースばかりだ。
(プラント人はなんであんなに戦争好きなんだろう。人口で圧倒的に負けてるのに、なにかあったらすぐ戦争。平和を祈るラクスの歌声は、プラントでも地球でも受け入れられない)
 負荷を最大にまで上げて30分こいだら、さすがに滝の汗が出た。引きこもり生活で体がなまっていたのだ。しかし低重力下で運動ができない状態でも体の機能を出来るだけ維持するように遺伝子改良されたコーディネイターであるおかげで、引きこもっていてもナチュラルより体の衰えは少なかったし、また回復も早かった。
 だがキラはそのことについては考えたくなかった。自分がコーディネイターだから、前大戦でたくさんの人を殺した。ナチュラルの学生なら、カガリを助けたあたりで殺されていたはずなのに。
「大きな戦争になりそうねえ」
 顔なじみの主婦が声をかけてきた。午前中は主婦と学生がメインで割と気楽だ。
これで終戦してほしいですね」
「ほんとうに」
 会話に若い男が一人入ってきた
「君、運動能力すごく高いけど、なにかスポーツやってたの?」
「いえ、運よく運動神経に恵まれたんですよ。両親に感謝ですね」
 キラはこう答えた。「コーディネーターだからです」といえるようになればいいのに。
 オーブですらいえない軟弱な自分、親友のアスランはたぶん差別を受けながらも連合軍の兵士として己の信ずるもののために戦っているのに。
(けっきょく僕の心は弱いままだ。コーディネーター、それも父親の妄執から生まれたスーパーコーディネーターの自分がこわくて、外に出られない。ああ、すべてがいやになる……)
 キラはいつもは水泳もするのだが、その日はシャワーを浴びて家に帰った。

 
 

 連合のプロパガンダ番組で、『地球のために戦うコーディネイター兵士』という特集が組まれた。シンたちはレクルームに集まって、番組を見た。
 アスラン・ザラ中尉とタニス・ヴァーチャー少尉の紹介、地球の秩序を乱すザフトと戦って名誉の戦死を遂げたスティーブン・アゴスト少佐(戦死により二階級昇進)。
『いま地球環境は危機に瀕しています。コーディネイターは何でも科学の力で変えられると思っていますが、そんなことはありません。自分はユニウス7で母親を失いましたが、そのことでだれも恨んではいません。それより母の墓標を地球に落とそうとしたコーディネイター達が憎いです』
『わたしは地球生まれのコーディネーターです。地球でコーディネイトが禁じられてから生まれたので、闇の手法で生まれました。出生からして呪われていたのです。そんな私を救ってくれたのはナチュラルの人たちです。対コーディネイター戦に最前線の兵士として参戦できることが、どれほど名誉なことか。地球には大勢のプラント人でないコーディネイターがいます。あなたがたに問いたい。プラントに移民しないのは、地球が好きだからでしょう。ならば連合軍に参加してください。仕事はいくらでもあります』
 作り物とはいえ、彼らの端麗な容姿は役に立つとプロデューサーは思った。
 そして次に、コーディネーター兵士の活躍と身体能力を示した。
 ミネルバで見ていたシンたちは、アスランの機体がイザークを撃破するのを見た。ルナマリアは少し身を硬くした。
「連合はコーディネーターの兵士をとことん宣伝に使うつもりだな」
 アスランたちの部隊は創設されたときも大げさに広報番組に流された。あの時、ザフトの兵士は海に投げ出されたものまで掃討されたのだ。
 それから、アスランとタニスの二人の体力テスト。100メートル走、走り高跳びなどで次々とナチュラルの世界記録を更新していく。
「あれくらい俺だって出来るし、議長みたいに苦手な人だっているってこっちはいったのに」
「そうだ。シンは兵士向きの能力を持っているし、議長にはそれはない」
「でも議長には他にとりえがあるだろ」
 と大人しくしていたヴィーノがいう。彼はスポーツではアカデミーで中の下だった。
「遺伝学者として高名だし、政治家としても、今までのところは優秀だと思う」
「そうよね、なんで連合はこんな番組流すのかしら」
 ルナマリアはわかりかねるというように頭を振った。
「地球人の大半は、コーディネイターを見たことがない。プラントに移民していったし、容認しているオーブにしても人口比は0.1%だ。前の大戦までは0.3%だったらしいが」
 レイはちらりとシンを見た。
「地球のナチュラルにとって、コーディネイターは化け物ってことか」
「ひでえなあ、俺たちだってふつうにお袋の腹からおぎゃあって生まれてくるのに」
 ヨウランが茶化した。
「だから怖いんだろう。同じ人間なのに遺伝子操作されて優れた特質を持たされたコーディネイターが」
「でも万能じゃないっていうのはこないだ議長が」
「この放送を見た人は、コーディネイターはエースパイロットになれる頭脳と体力、そしてその体力は世界記録を上回ると記憶する。彼らは運動能力に優れたコーディネイターだとは思わない。誰もが、100メートル8秒台で走ると思いこむ」
「でも、そのスピードで走れるのって、ここだとシンとレイだけだろ。俺は11秒だし、ヨウランだって10秒台だ」
 ルナマリアが呟いた。
「たった二人のサンプルで信じ込んでしまうほど、地球の人は愚かなの?」
「コーディネイターが怖いというか、不気味なんだよ」
 シンの声には実感がこもっていた。

 
 

 部屋に帰ったレイは、アスラン・ザラのヴィデオをリプレイしていた。
「なんであんなやつばっか見るんだよ。女はなかなかの美人だったじゃん」
「そういうことでなくて、お前、アスラン・ザラを見て違和感を感じないか?」
「違和感・・・・・・?」
 シンは赤い目を大きく見開いた。
「彼は俺たちより二つ年上だ。ザフトに所属していたときのデータがこれだ」
 レイが示すデータは、シンやレイと体格がよく似ていて、身体能力はシンと互角か、それより上かというものだった。
「今日のヴィデオで示された能力」
 レイは新しいウィンドウを開いた。
「あ、変わってない」
「そうだ、成長期だというのに成長していない。そして彼の体格も年齢にしては細い」
 示されたアスラン・ザラの全身図は、身長は普通だが高飛び系の選手のようだ。兵士のものとしては幅が足りない。
「――レイ、彼の股間の辺りをアップにしてくれ」
「わかった」
 レイも同じことを考えていたのだろう。
「ない、んじゃないか?」
「おそらく」
 二人の少年は沈黙した。レイにいたってはついこないだ脳移植手術を受けさせられるところだったのだ。人間は欲望のためにはなんでもする、それがたとえ思いやりであっても。
「アスラン・ザラは去勢されているのか。だから身体能力が発達していないってことか」
「そういうことなんだろうな。ブルーコスモスにとって、生殖能力のあるコーディネイターは必要ない。彼らは操作された遺伝子を殲滅することを目的としている。身内に抱き込むなら、断種は前提だろう」
「でも、なんでそこまでして。オーブでいい暮らしをしていたって聞くぜ」
 シンが捨てた故郷。オーブはラクス派をとり、コーディネイター、ナチュラルの多くの民を見捨てたのだ。
「さあな。遺伝子改造や人工子宮を認めないブルーコスモスにどうして彼が身を投じたか、俺たちにはわからない。ただアスラン・ザラの親友でコーディネイター一世、人工子宮から生まれたから遺伝子改造図のままに生まれた、キラ・ヤマトという青年は、オーブの軍隊を除籍したあと、普通に暮らしているらしい」
「そいつって、フリーダムのパイロットで、カーペンタリア戦のときにまどろっこし戦いしてたやつ? 海に落としたのに、生きてた?」
 シンは心底驚いた。
「らしい。今は引きこもりの学生らしいから、戦場で会うことはないな」
「あいつは俺が殺してやる」
「民間人を殺すのか?」
 レイの冷ややかな声に、シンは黙った。そして、
「じゃ、おかまのアスラン・ザラは俺の獲物だ。オーブの禄を食んだ奴は許さない!」
「熱くなりすぎるなよ」
 まあ人のことは言えないがとレイは思った。

 
 

 ジブラルタルには他国からの舞台も到着し「ザフトとロゴス討伐同盟軍」という名前が付けられていた。ザフトでは内部の配置換えも盛んに行われていて、何かと忙しい。セカンドシリーズ運用艦という明確な任務を持ったミネルバにも、新たなモビルスーツが運び込まれる。
「あれ、ハイネのモビルスーツ」
「議長の御座艦だから、警備に彼が乗っても不思議はない」
 シンとレイは言い合ったが、こういうことはアレッシィ隊長にちゃんと教えておいてほしいものだと思う。ハイネはほんとうあけっぴろげな性格だが、隊長は秘密主義だ。ハイネがミネルバに乗ることも含めて、シンたちはこの戦いを知っておきたかった。
 そしてミネルバの一角で、ルナマリアはメイリンへの手紙をしたためていた。0と1に分解できるメールと違い、アナログな手紙を書くことでたった一人の妹への愛を伝えようとしたのだ。この手紙が無事に着くかどうかわからない。ヘヴンズベース戦に敗北することがあれば、宇宙まで一気に連合の色に染まる可能性がある。それだけの降下部隊が投入されると、彼女レベルでも知っていた。だから、ザフトが負けてしまったら、メイリンに
は永遠に届かないだろう手紙。
 さっぱりしていてセンチメンタルとは縁のない気性のルナマリアだが、さすがにプラントの運命を決める戦いとなると、緊張する。それに彼女はインパルスのパイロットだ。シンの活躍で有名になったインパルスの後継パイロットはどれだけできるのか、みなが注目している。
 しかし彼女は心をプラントの妹の下に飛ばした。近頃は日常生活は他人の援助なしに出来るようになり、両親に料理を振舞ったりしているらしい。新しい彼氏でも作ればいいのにと思ったりするが、そういうことは禁句だそうだ。まあ自分にも彼氏はいないし、手近に条件のいいエリートはいるが、それだけで人を好きになれはしない。いや、好感は持てても肌を重ねようとは思わない、というところか。
 もともと用件をまとめて書くメールは得意だが、自筆で、それも感情をこめた手紙というと難しくて、ルナマリアは下書きに直しをたくさん入れ、過剰だと思われる部分を削除して、清書に取り掛かった。使うのは何か意味があるとメイリンが言っていた緑のインク、さらさらと書いていくうちに、あのかわいくてちょっとお馬鹿な妹がいないのがこんなに寂しいのかとしみじみ彼女の心を浸した。書き上げたあとインクが乾いたら、宛名書きをした封筒に入れた。そしてシンとレイがドイツ出張で買ってきてくれたお土産の印蝋を使い、赤い蝋をたらしそこに複雑な印章をぐいっと押した。少女趣味のメイリンは、こういう趣向を喜んでくれるだろう。ルナマリアは部屋を出ると配送室へ向かった。
 その帰りに、今は入港中で常時待機体制ではないパイロットルームを覗いたら、オレンジの髪の青年がいた。
「ハイネさん」
 ドアを開けて部屋に入りながら、ルナマリアは親愛の情に満ちた声をかけた。
「ハイネ、だっていったろ、ルナマリア」
 とはいえ彼はフェイス、議長直属で、たとえるならこの船に乗っていても館長の命令を利く必要がない。
 服の色でアレッシィ隊長が格上とはいえ、隊長にしても命令できる存在ではない。
「ハイネ、もしかして今度のヘヴンズベース戦、この艦に乗るんですか?」
「ああ、議長の護衛。といってもモビルスーツで出撃しちゃうけど」
 彼女はひとしきり笑ってから言った
「みんな、呼びますね、喜びますよ」
 運よくシンとレイは部屋にいたのですぐに呼び出せた。
 パイロットルームに入ってくるシンの顔色が真っ青なのに、彼女は気づいた。どうして?
「おひさしぶりです、シン・アスカです」
「レイ・ザ・バレルであります」
 硬い挨拶のあと、シンはハイネに土下座し、レイは深々と頭をたれた。
「ハイネのお祖父さんお祖母さんがベルリンに住んでるって聞いてたのに、精一杯戦ったのに・・・・・・申し訳、ありませんでした・・・・・・」
 ベルリン戦はシンにとって特別な戦いということで、涙と鼻水で次が続かない。
「ハイネの御祖父母は死亡者リストにありました。われわれはデストロイを倒しましたが、街は崩壊、市民の犠牲者はGPSを付けていなかった人の分がまだ未確定です」
 レイが後を引き取った。
「お前らはまじめすぎる。祖父母は仕方なかった。プラントから地球に戻ったときに大きな運命が分かれた。人間一人ひとりの生も死も、特別なもんじゃない。さらに戦争なんてやってたら。立てよ、シン。お前はザフトの兵士として今度の戦いでもたくさん人を殺すんだ。それがお前の選んだ運命だし、俺たち全員の選んだ運命だろ」
 ハイネは手を差し伸べてシンを立たせ、次にレイ、ルナマリアと握手した。ルナマリアはシンは身近な人の不幸に弱いというのは育成状況からわかっていたが、彼女が思う以上にもろい少年だ。だが彼とデスティニーが先陣を切らなければ、ザフトの勝利はありえないのだった。

 
 

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