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クロスSEED第18話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 23:22:58

クロスSEED第十八話「偶像」

 今のアウルからすれば、世界は闇でできていた。
「このまま野垂れ死にか」
 灯りはきちんと行き届いているはずなのにやけに暗くなった部屋を見つめ、呟く。
 "死"を目前にしては達観するしかなかった。
「ネオ……スティング……ステラ……」
 もう会えない仲間の名前を呟き、天井へと手を伸ばす。
「シン!」
 オーブで出会った少年を呼ぶ声が聞こえた。死に際に聞こえた幻聴が、よりによってなぜあの少年の名前なのか。
 しかも、その声の主はステラだ。
 暗闇の中、アウルは苦笑した。
 次はスティングの声で幻聴を聞こう。
 そう思いながら、まどろみの中に墜ちていった。

「強化人間?」
「は、はい。お医者様はそう言ってました」
 ベルナデットから渡された資料に目を通し、ベラは顔をしかめた。
「薬物の投下跡、脳波には外部からの干渉跡……確かにそうかもしれないけど」
 資料を読み終え、呻くように言う。
 ベラ自身、強化人間についての知識がないわけではない。
 ハイスクールの授業で多少は触れられていたし、なにより彼女の"父"が強化人間だったから、ある程度の知識は仕入れていたのだ。
「技術的には80年代前半と同レベル……?いえ、薬物が必要だったりする辺りはそれより低いかもしれないわね」
 言って、冷静な自分に対して、苦笑するベラ。
 ベラたちの居た世界にも、父――カロッゾ以外の強化人間が確かに存在した。
 人を人として扱わぬ、畜生にも劣る所業。
「それで、回復の見込みは?」
 嫌悪感を露わにし、ベラはベルナデットに問う。
 アスラン曰わく連合のスパイの可能性が高いというアウルだが、どのみちこのままにしておくわけにもいくまい。
 ベラからすればプラントやオーブに送るにしろ、連合に返還するにしろ、その前に衰弱死させるという選択肢を採るつもりはなかった。
「それが……」
 険しい表情のベラに、ベルナデットが恐る恐る口を開いた。

 全身を、優しい温もりが包んでいる。
 それはどこか母の温もりに似ていた。
「ん……?」
 温もりと、柔らかな感触に、シンが赤い瞳を開く。
 瞬間、マザーバンガードであてがわれた自室の天井が視界に入った。
「フリーダムにやられて悔しくて、ふて寝か……え?」
 現状を認識して自虐気味に呟き、まだ温もりが体を包んでいることに気付いた。
「え?なんで?って、うわっ!」
 ふと横に視線をやると、そこには金髪の少女が寝ている。
 ステラ。シンがホンコンシティで助けた少女だ。
「お、俺まさか!」
 叫び、ステラから離れると慌てて自分の衣服をチェック。
 ズボンよし、シャツも着ている。無論、下着もオールグリーン。
 続いてステラを見やる。Tシャツも着ているし、ズボンだってはいている。
 "こと"が済んで、すぐに衣服を着たという可能性もあるが、シンの記憶にそんな事実はない。
「良かった。手は出してない……みた……」
 ほっと胸をなで下ろしたシンの目に、飛び込んできた物。
 ステラの胸部に、"谷間"が見えた。
 シンはごくり、と唾を飲み込んだ。
 ――俺だって年頃のオトコだ。
 悪魔の囁きがシンの脳裏を支配する。
 そっとステラに手を伸ばすが、反応はない。
 最初にキスまでしたんだ。キスとは言えないかもしれないけれど。
 再び聞こえる悪魔の囁き。
 早くなる鼓動を抑え、ステラの胸元に手を伸ばし――
「シン、ベラ艦長がパンを焼いたって……」
 突然ドアが開いた。
 シンが慌てて視線をやると、ルナマリアが廊下に立っており、特徴的な前髪と頬をピクピクと動かしている。
「シン……?」
 やっと起きたのか、ステラが目をこすりながらシンを呼ぶ。
「お、お邪魔したわね」
 そう言うと、ルナマリアは、さっと反転してドアを閉めた。
「ち、違う!待ってくれ!」
 シンにできたのは、そうやって叫ぶことだけだった。

「モスクワにミーアを?それも最低限の護衛だけで?」
「ああ、きっと彼らなら我々の思惑に乗ってくれると思ってね」
 問うアイリーン・カナーバ前議長に、デュランダルは答えた。
 プラント最高評議会議長室。
 部屋の主たるデュランダルが椅子に腰掛け、それに相対するようにアイリーンも座っている。
「しかし、危険では?」
 顔をしかめながら、アイリーン。
 今やミーア・キャンベルは、プラントのアイドルと呼ばれている少女だ。
 無論、ミーアではなく"ラクス・クライン"としての彼女がそう呼ばれているのだが。
「彼女が」
 どこからか取り出したチェスの駒を手に、デュランダルが呟く。
「将来、彼女が偽物のラクス・クラインだと知られた時、実績の有る無しは重要なのですよ、カナーバ元議長」
 アイドルは所詮偶像。ほんの少しのスキャンダルで脆くも崩れる存在だ。
 そうならないためには、アイドルをアイドル以上にしてしまえばいい。
 平和を招く聖母、プラントのメシア。
 称号はなんでもいい。
 ミーア・キャンベルにその名を与えるのは、このプランを考えたデュランダルの義務と言えた。
「そうすればラクス・クラインを超えられると?」
 ぽつりと呟くアイリーン。
 デュランダルは答えず、ただ微笑んでいた。

 コックピットの中で、トビアは腕を組んで唸っていた。
 そこは彼の愛機と化したフリントのコックピットではない。
 F97クロスボーンガンダムX3。己の世界で、彼が手にしたばかりの最新鋭MSである。
「全部正常なんだけどな……」
 プログラムから配線まで、暇を見つけてはくまなく調べてはみたが、異常は見られなかった。
 なのに、その瞳に光を灯すことがないのだ。
「となると、バイオコンピューター?いや、でもあれは……」
 一人ぶつぶつと呟くトビア。
 別にフリントに不満があるわけではない。フリント自体、総合力という点ではX3よりも上とすら言えるのだ。
 それでも、漠然とした不安がのしかかる。
 MAすら圧倒する、X3の常識外れのパワーが必要となる。そんな予感がトビアを支配する。
「いっそジェネレーターとの接続位置を変え……いや、でもそうすると出力が……」
 トビアは唸る。周りが全く目に入っていないようだ。
 だから、ベルナデットが呼びに来ていて、気付かなかったとしても彼を責められないだろう。
 まして彼は、この後ご機嫌斜めのベルナデットをなだめるために、半日を費やすことになるのだから。

「成功したか。いや、怖いぐらいに成功したと言うべきだな」
 カラスからの通信を受け、鉄仮面は囁くように言った。
「素体へのコピーも順調、専用MSも完成間近。ここまで上手くいくと恐ろしいな」
 通信を切った今、聞く者のない独白。
 いや、聞く者はたった一人だけ居た。
「そう思わないかね」
「お、俺をどうする気だ!」
 鉄仮面の視線の先に居るのは、拘束された一人の男。かつてシーゲル・サーラと呼ばれた男。
「ふ……」
 怯えるシーゲルの顔を見て、鉄仮面は肩を揺らして小さく笑った。
「なに、歌姫と神官が堕ちた後、少しばかり大物になって頂くだけだよ。ギルバート・デュランダル様」
 モニターに一枚の写真を表示させ、鉄仮面は再び笑った。
 写真には、二機のMSが写っていた。

 こんな温もりは、きっと今までになかった。
 キラはまどろみの中で、そんなことを思っていた。
「ラクス」
 この温もりを与えてくれる少女の名を呼ぶ。
「今は眠っていてください。わたくしはここにいますから」
 ぼんやりと目に映る、一糸纏わぬ少女の姿。
 ああ、そうするよ。
 呟いて、キラは再びまどろみに身を任せる。
 今はラクスの腕の中が心地いい。それだけが彼を支えていた。
 意識が混濁し、眠りの世界へと誘われる。
 彼の部屋に緊急通信が入ったのは、その時だった。

「本当に大丈夫?」
「ええ、ご心配をかけて申し訳ございません」
 副艦長室。即ち、アスランの自室。
 紅茶を手に、アスランが微笑む。
 こんなものは強がりだ。
 そう思いはするが、口には出さない。
 ――カガリを攫ったのは、カガリを戦場に出したのは誰なのか。キラはそれに関わっているのか。
 問いたい、できればキラやラクスたちと会って話がしたい。
 今、本心をぶちまけてしまえばいくらか楽になるだろう。
 だが、そうしてしまえば艦内に不穏な空気が流れることになる。
 副艦長という重責を背負う彼に、それは許されない。
 ふう、と一つため息をついてベラの焼いたクロワッサンに目をやる。
 バターをふんだんに使ったパンは本来なら彼の天敵なのだが、今はこれを食べてでも全てを忘れたい。
 綺麗に焼けたクロワッサンを手にとり、口へと運ぶ。
 香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
『か、艦長、副艦長!テレビをつけてください!』
 瞬間、アスランの食事を遮るかのようにメイリンからの通信が入った。
 焼きたてのパンを食べられるのは今度になりそうだ。
 そう思いながら、アスランはテレビをつけた。

「これはどういうことだ?」
 オーブ、首長室。ユウナは、父であるウナトとともにテレビへと目をやり、疑問の声を漏らした。
 テレビには先日のホンコンでの戦闘が映っている。
 そして画面下部には強烈な煽り文。
『手を取り合ってホンコンを破壊する、連合のMSと前大戦の英雄』
 そこには、デストロイと紹介される巨大なMSと、横でバラエーナを撃つ半壊したフリーダムの姿があった。
 これは正規の放送ではない。全てのチャンネルがこの映像を流しているのだ。
 目的は不明だが、何者かがテレビ局のコントロールを奪ってこの映像を流しているであろうことは間違いない。
「目的は不明?大方、フリーダム所属勢力の――ラクス・クラインの失墜を狙っているだけだな」
 ユウナの疑問に答えるように、ウナトが言う。
 画面が、バラエーナに破壊されたホテルに切り替わる。
 ホテルから逃げ遅れた人間が走ってくる。ある者は全身をミディアムレアに焼き、ある者は腕を失い。
 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだろう。
「これで、ラクス・クラインはフリーダムを戦力として活躍させられなくなった。させたところで、あの女が虐殺犯の汚名を被るな」
 だが、なぜなんの権力も持たないラクス・クラインをこうやって貶める必要があるのか。
 "偽物"の計画を持つプラントがそうする理由はない。
 だが、連合側とてこんな小娘を貶めるためだけにこんなことをする理由がないのだ。
「しかし、フリーダムとの接点を暴いたとて、ラクスを失墜させることができるのですか?」
 ユウナがあげる、疑問の声。
 確かに虐殺の協力者としての汚名はかぶせられたかもしれないが、テレビを見る者がそう受け取るとは限らないだろう。
「この後、これを流した者がとどめを刺しにかかったらラクス・クラインは失墜するな。所詮、彼女とて偶像だ」
 ウナトは呟いた。その瞳には、焼き尽くされたホンコンが映っていた。