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スティング=オークレー編

Last-modified: 2016-07-23 (土) 18:00:29

 人工の大地――プラント。月と地球と太陽と、三個の惑星が持つそれぞれの重力が
平衡する稀有な特異点――ラグランジュ・ポイントの一つに、それらは浮かんでいる。
コーディネーターの手によって数十基が建造された、宙に浮かぶ巨大な砂時計の
ようなプラントは一つ一つがそれぞれ専門的な役割を受け持っており、その中の一つ、
アーモリー・ワンと呼ばれるプラントは、その利用可能な面責の半分以上を兵器廠と
する軍用プラントである。

 

 全て人工物であり、過酷な真空中に浮かぶ脆弱な構造体でしかないあらゆるコロニー
は、基本的にあらゆる場所において監視が行われている。人間一人一人をコロニー中の
ゲートで監視するのは当然のこと、コロニー内部に存在する物は、グラム単位で管理
されており、極論すれば、道路脇の石ころを拾って家にもって帰るにも正当な李理由を
必要とした。一般の居住用コロニーでは、過度のストレスを与えて居住性を損ねる
事のないように、買い物の中身がIDで管理されている程度であるが、軍用プラント
であるアーモリー・ワンでは、数十メートルごとに全身をスキャンされ、行動を逐一
記録されるようなセクションさえある。

 

 招かれざる客は、そんなセクションに入る事の出来るはずもなかった。

 

 故にいま、機動兵器の実機戦闘試験室という、アーモリー・ワンで最重要の区画、
その物資搬入口に立つ三人は、内通者――プラントにとっての裏切り者によって、そこ
に居る事を許されていた。

 

「だからって、ここまで簡単に来れちまっていいのかね。コーディネーター様は、
余っ程身内を信用してるんだな」

 

 物資搬入口の直近くで、ゲートの操作盤に端末を接続している作業員に、緑に染めた
髪を短く切り詰めた若者が話しかけた。右手に持った軍用ライフルと、左手に嵌めた
機械的な手袋を調整している。そのどちらも、プラント内に持ち込む事すら許されない
筈の代物だった。作業員――脅迫と懐柔によって最重要区画への手引きをさせられた
コーディネーターは、死神に話しかけられたかのごとく、その言葉を無視し、作業に
集中した。

 

「だってさ、ここに来るまでにセンサーが効かない様にしてくれてたのは分かる
けどさ、それにしたってすれ違った人達も、一回もボク達を注意しなかったじゃん?
ラボだったら絶対、廃棄処分ものだよねえ」
「…………」

 
 

短機関銃を両手に抱えた銀髪の少年が、傍らの少女に話しかけた。鮮やかの金髪の
少女は何も応えず、いまだあどけない顔立ちが手にしたナイフに写るのを眺めている。
どちらも、先の若者よりも更に若い。むしろ幼いと言った方が正確であった。

 

「――でさ、スティング、陣形はどうすんの? って言っても、適当にやったって
どうにでもなっちゃいそうだけどさあ」
「いつも通り、Aのマイナーで行く。ステラが右、アウルが左で、掩護が俺だ。
……殿もな。無理はするな、だが安心して突っ込め。何があっても、俺が必ず援護する」

 

スティングと呼ばれた青年は、ステラと呼ばれた少女、アウルと呼ばれた少年に
向き合った。そしてコーディネーターの内通者が作業を終える。非正規な手段でロックを
解除されたゲートが、操作盤に「open?」の表示のみを残して静止している。

 

「出来た――――開くぞ」
「ご苦労さん、だ。ここでお別れだな」
「頼む――妻と娘は本当に無事なんだろうか? どうか教えてくれ」
「……今から四十時間後に、月のアルテミス公園で開放されると聞いている。ばれない
うちに、とっとと行ってやんな。報酬も彼女らが渡されるそうだ」
「そうか……よかった」

 

 男の顔に安心と満足と――諦めの表情が浮かんだ。アウルが黙って右手の短機関銃を
内通者に向ける。引き金をためらいもなく引こうとするのを、スティングが静かに
制止した。アウルが目を見開いて、スティングに話しかける。

 
 

「スティング! ――――ネオは、こいつを撃っとけっていったんだぜ?」
「ああ、確かに聞いたぜ……だが、鉛玉を叩き込めとは言ってない。だったら、細かい
所は自分たちで判断するんだって、習ったろ?」

 

 そう言うとスティングは、懐から小さな拳銃のような物を取り出した。麻酔薬を中に
満たした、無針注射器。内通者が驚きの表情を浮かべる。

 

「あ…………有り難う!! 有り難う……有り難う――」
「――感謝するのはまだ早いぜ、今からここは戦場になる。下手すりゃあ、どこかに穴が
開くかも知れない。二時間は寝っぱなしになる筈だから、もしもの刻は運が悪かったと
思って諦めてくれ」

 

 それでも、男は感謝の言葉を繰り返した。正直に言って生きて変えることのできる
可能性が有るとは思っていなかったのだ。スティングは丁寧な手付きで男の首筋に
注射器を押し付けると、引き金を軽く引いた。即効性の睡眠薬が血管に流れ込み、
男のまぶたが落ちてくる。朦朧とした男に、スティングは話しかけた。

 

「俺はスティング=オークレー、こっちの銀髪はアウル=ニーダで金髪の子がステラ=
ルーシェだ。…………忘れときな」

 

 眠りに落ちた男を壁際に引きずり、スティングは操作盤のスイッチに触れた。搬入口の
扉が、微かなモーター音と共に開き始める。薄暗い搬入口に試験室側の明かりが差し込むと
スティングは扉の左右に待機した二人に、作戦の開始を告げた。

 

「――――――さて、それじゃあ一人だけ見逃したところで………………沢山殺すか」

 
 

 物資搬入口の扉が開くと、中でモビルスーツの整備を行っていた作業員は
武器を手にして侵入してきた少年達を見て、ぽかんと口を開けた。今日この
時間に受領するべき物があったかどうか、思考していたのだろう。反応が
遅い。スティングはその作業員がもう考え事をしなくてもいい様にしてやろう、
と思った。手にしたライフルの銃床を頬に床尾を右肩に一瞬で定着させ、
そのまま教科書の手本に出来そうな立ち撃ちの姿勢で引き金を引いた。反動
を肩に感じる。先端に取り付けた消音機越しに、気の抜けるような銃声が
聞こえた。

 

 作業員――搬入される資材を管理する役に当たっていた彼は、警報ベルの
スイッチを入れる暇もなく、眉間から体内に入り込んだライフル弾に脳を
破壊され、瞬きする間に思考を停止した。力を失って倒れる彼の横を、金と
銀の小柄な影が駆け抜けた。アウルは滑るように、ステラは野生の鹿が跳ねる
が如く。二十メートルの距離を2,5秒で走り去る彼らの死角をサポート
するべく、スティングは彼ら二人の後を追った。

 

 奇襲は認識されてからの十秒が最も大事だと、スティングはどこかで
習ったことを思い出した、もしかしたら五秒かもしれないし、一分かも
しれない。とにかく、奇襲を受けて自失の状態から敵が回復するまで、
その混乱した時間に、どれだけの事が出来るのかが、奇襲作戦の成否を
分けると。

 

「それにしても、本当に停戦中の国なのかね。まだ反撃の一発も届いちゃ
いない。アフリカの方がまだ手ごたえがあったぞ」

 

 スティング達『ファントムペイン』は、その"性能"を試すために、幾つか
の戦場で実践に投入されていた。モビルスーツ戦も生身での戦闘も経験する
事になったが、何処の戦場に行っても、敵は『気配』のような物を感じて
自分たちに反応していたような気がする。

 

 戦闘中は口数が少なくなる。スティングは戦闘の空気に高揚する意識が、
様々な方角に分割されるのを感じた。昆虫の複眼を手に入れたかのように、
スティングは近くと遠く、右と左を同時に認識し、観測することが出来た。
もしスティングが三対の腕を持っていたならば、彼は鼻歌交じりで三つの
標的を狙撃してのけただろう。その複眼的意識によって二人の仲間と複数の
敵を同時に識別し確認し、効率的に援護する事が可能であるからこそ、彼は
『ファントムペイン』のリーダーとして二人の背中を任せられているのだ。

 
 

 スティング達三人は、通った道のりに血の跡を残しながら、実機の機動試験を行う
広大なスペースを縦断した。手を挙げて三人を制止しようとする者も機材の陰に
隠れたものも、皆平等に血祭りにあげながら、三つの影が駆け抜ける。

 

 モビルスーツ格納庫に至るドアの手前で、ステラとアウルが中の様子を伺って
いるところに、スティングはやっと追いついた。アウルは短機関銃の弾倉を一丁
ずつ交換し、ステラは荒れた息を整えながら手にしたナイフの血を拭っていた。
硝煙と血の臭いが、今頃感じられてきた。

 

 そのとき、アウルの首筋とステラの胸元にぽつっと、光点が点った、気付いた
のはスティングのみ。――視覚分割、認識。壁の天井近くに設置された監視
カメラが、二人を見ている――否、二人の方を向いている――否、二人を
狙っている。

 

「跳ねろ!!」

 

 スティングが叫ぶと同時に、ステラの体が凄まじい反応で以って跳躍する、
その直前まで華奢な肢体のあった位置を微かに赤く光る直線が走った。監視カメラに
内蔵されていたレーザーに、床が焼き焦がされて、嫌な臭いの煙がたつ。その間に、
スティングはアウルを狙っていた一台に狙いを定めて、ライフル弾を撃ち込んでいた。

 

「ひゃあ、あっぶねーのな。お肌に穴が開くところだったぜ。大敵だよな、油断と
夜更かしはさ」
「気をつけろよ、どうやら警報も鳴らさずに俺たちを仕留める気らしい。動きを
止めたが最後、ここからはレーザーがずっと狙っていると思え」

 

 寸前まで狙いを定めていた死の危険を、軽く茶化してみせるアウルだったが、
冷や汗をかいたスティングに警告を受けた。ほっとする間も無く、敵襲を察知した
内部の人間の手で、格納庫への入り口となるシャッターが塞がれた。

 
 

「アウル、ステラ、どいていろ……俺が開けるから、隙間が出来たらさっさと
飛び込め。動きを止めるなよ」
「りょーかい……ちゃんと援護してくれよ、あの玩具みたいなカメラだけ壊して
くれればいいからさ」
「……スティングが後ろにいるから、怖いのはどこかにやってくれる。…………
ステラたちは安心して飛び込む…………でしょ?」
「――そうだ、やるぞ」

 

 スティングは言うと、機械的なグローブを嵌めた左手でこぶしを作り、操作盤に
全力で叩き込んだ。グローブの放電機構が大量の電圧を回路に流し込み、シャッター
に誤動作を引き起こす。開いた場所からレーザーが2,3条飛び込んでくる。射線を
読んで影から一瞬だけ身を乗り出し、一呼吸の間にこちらを向く全てのカメラを破壊
すると、スティングは二人に向かって合図した。金と銀の影が、残像を引くような
スピードで途切れた銃撃の間を駆ける。

 

 完全に自分の掩護をあてにした動きで突入する二人への攻撃を期待通りに阻止する
銃撃を行いながら、スティングは純粋に戦闘による物とはまた違った高揚感を
覚えていた。最初自分たちは完全に個人の技量だけで戦果を上げるべく訓練されて
いたはずが、いつの間にやらずい分互いに頼りあうようになってしまった。本来は
期待されなかっただろう関係だが、悪い気分はしない。

 

 俺を含めたこの三人、表の世界からはとうの昔に消え去った存在だがそれでも、
その喪失ゆえに痛みを感じさせる事もある。失われた手足が、その虚無ゆえに幻の
痛みを覚えさせるように――それは彼らを括る名前だった――昏い殺意が脳を冷やす。

 
 
 

――――我等が忌み名は『ファントムペイン』

 

――――俺たちに仇なす者達に、全て等しく幻肢痛を思い出させてやる。

 
 

――シンは闇の中、夢想する。(仮) 新人スレ旧まとめ アウル=ニーダ編

 

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