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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第18話

Last-modified: 2008-05-25 (日) 11:49:00

『ディオキアの昼下がり』

 
 

 ガルナハンの街を解放したミネルバは、ディオキアに入っていた。そこで、ラクス=クラインによる慰問コンサートが開かれるというのだ。

 

「ヨーロッパったって、ユーラシア連邦の勢力圏に近いじゃないか? こんな所にラクス様をお連れになるのか、評議会は」
「だからだろ、ヴィーノ? デュランダル議長は黒海までラクス様をお連れして、ザフトだけじゃなく、政治家も危険を顧ずに戦っているって所を見せたいのさ」
「見栄を張るっていうのは結構だけど、ラクス様を巻き込んで欲しくはないよなぁ。ヨウランだってそう思うだろ?」

 

 ラクスと共にデュランダルも地球に降りてきているらしい。オーブからプラントに戻って、それからまたとんぼ返りとは恐れ入る、と二人は思う。

 

「けど、見に行くんだろ、コンサート?」
「そりゃあ勿論。生で見られるんだぜ、ラクス=クラインを!」

 

 示し合わせたように顔を合わせ、声を殺して笑い合う。彼等にとって、デュランダルの考えはどうでもいいらしい。アイドルとして超有名なラクスを見られるのならば、寧ろ感謝してもいいくらいなのかもしれない。節操のない二人だ。

 

 そんな風にしてヨウランとヴィーノが他愛の無い話をしている頃、ディオキアの街を一台の車が走っていた。その助手席で、シンは頬杖を突いたまま、気の無い瞳で窓から見える街並みを見つめていた。ガルナハンの作戦が終わってから、シンは上の空だ。

 

「何処行きたい?」
「何処って…ルナが無理やり俺を連れ出したんだろ?」

 

 運転席でハンドルを握っているのはルナマリア。ディオキアは綺麗な街だ。黒海に面し、ヨーロッパの港町として典型的な形をしている。そんな街並みを、ルナマリアは流して見たいと思ったのかもしれない。

 

「そうだけど…別に何が見たいって訳でもなかったのよね、あたし。あんたが暇そうだったから、ドライブでもしようかって思ってたけど――」
「暇そうだったからって…だったらレイを誘えよ。ラクス=クラインのコンサートだか何だか知らないけどさ、レイはどうせ行きやしないんだから」
「レイはザラ隊長と編成の打ち合わせよ。彼、ミネルバ守備の副隊長みたいなものですもの。ザクじゃ空飛べないしね」
「へぇ」

 

 レイはルナマリアと共にいつもミネルバの留守番になる。空戦ができる他のMSとは違い、ザクは空を飛べないからだ。だから、足の遅いザクは必然的にミネルバの守りに徹する事になる。敵の撃破は高性能MSであるインパルスやセイバーに任せておけばいいのだ。

 

「エマのおばさんを誘ったりすればよかったじゃないか? お前、あの人の事を尊敬してんだろ?」
「おばさんって…また叩かれるわよ」
「聞いちゃ居ないだろうが」
「あたしが告げ口しちゃっていいの?」
「そりゃあ――!」

 

 また引っ叩かれるのはごめんだ。あれのせいで、皆の前で情けない姿を晒してしまったのだ。もしかしたら、少し泣いてしまったのを見られていたのかもしれない。あんな思いは、もう二度と勘弁願いたい。

 

「じゃあ、どうして俺を誘ったんだよ」
「じゃあ、どうしてついて来たの? 来たくなかったんなら、あたしの誘いなんて無視すればよかったんじゃない」

 

 車が跳ねる。どうやら話に夢中になっていて、見逃すにしては少し大きい石を踏んでしまったようだ。こんな迂闊をするということは、かなり注意力が会話に向いてしまっているらしい。ルナマリアは慌ててハンドルを切ってコントロールを取り戻す。

 

「…ふ〜、間一髪」
「気をつけて運転しろよ。事故って俺までお陀仏なんてごめんだからな」
「今のぐらいだったら、死にはしないわよ。ったく、大袈裟なんだから」

 
 

 気付いたら海岸線に出ていた。オーブを思わせる景色に、シンは目を細める。この海がオーブにも繋がっているとするならば、世界は何処までもオーブと繋がっているのだろう。地球に居る限り、シンにはオーブが付き纏うことを意味していた。

 

(早く、プラントに帰りたいな…)

 

 今のシンには地球にいい思い出など一つもない。美しい景色を見たって、悲しく見えてしまう。青空は家族の色、夕焼けはコニールの色、そして、夜空は誰の色になってしまうのだろう。
地球の一日が、シンにとって全て悲しくなってしまう前に、プラントに帰りたかった。それは、シンにとって当たり前の考えなのかもしれない。

 
 

「お〜い、カツ! ラクス様のコンサート見に行かないか?」

 

 カツが部屋で読書をしていると、不意にヨウランとヴィーノが入ってきた。

 

「ラクス様? ラクス様って、ラクス=クラインの事?」
「それ以外に誰が居るってんだよ? 勿論行くよな、カツは砂漠で女日照りだったんだろ?」
「勝手に決めるなよ」

 

 砂漠の虎こと、バルトフェルドの部隊にカツが所属していたという嘘は、どうやら完全に信じ込まれているようだ。しかし、そのせいでカツに何のロマンスも無かったとヨウランは勘違いしている。そうなってくるならば、いよいよ以ってサラを見つけ出さなければならない。

 

「怒るなって。ラクス様は、今日だけはザフトみんなにとっての恋人なんだからさ」
「だから、女日照りって言われれば、怒りたくもなるだろ」

 

「文句を言うなら、あなたは連れて行かないわよ」

 

 ヨウラン達の後ろで少し控えめに覗き込んでくるのはエマとメイリン。カツはそれを目にして驚いた。よもや彼女がアイドルのコンサートに興味があるなどとは思わなかったからだ。

 

「ちゅ…エマさんも行くんですか!?」
「別に、隠れてたわけではないのよ。いきなり入ったら、男の子は何をしてるか分からないからって、彼等が――」
「お前等!」
「だってそうだろ? 男の一人部屋は便利だもんな!」

 

 何に気を遣っているのやら、カツは笑っているヨウランとヴィーノに対して鼻息を荒くした。
 ふと、カツの視界の中にエマのウインクをしている顔が入ってきた。ヘタクソなウインクだと思う。思わず笑ってしまいそうになったが、何とか堪えた。エマが何かを自分に伝えようとしているのだろう。ここは彼等と共にコンサートに出かけるべきか。

 

「ったく、行くよ。どうせミネルバに居たって、本を読んでるだけだし」
「さすがカツ総統。俺たちモテないトリオの総大将だ!」
「誰がモテないトリオの総大将だ!」
「だってそうじゃないか? シンはルナマリアとデートに行っちゃうしさ、ザラ隊長殿にはラクス様が婚約者として居るし。レイなんか女の子に興味があるのかすら不明だ」
「レイって…こっちなのか?」

 

 カツは不思議に思い、右手の甲を左の頬に添えて訊ねる。それに対してヨウランは、さぁ、と言って口をもごもごさせて言葉を濁した。どうやら、本当のところは分かっていないらしい。
憶測でモノを言うのは良くないと思うが、レイの中性的な顔を思い浮かべると、それも止む無しか、と思った。

 

「もう、馬鹿な事やってると、置いてっちゃうよ。もう直ぐコンサート始まっちゃうんだから!」

 

 3人で馬鹿話をしていると、あからさまに不機嫌な声でメイリンが怒鳴る。アホな事ばかりを考えて盛り上がるのは、この年代の少年にはよくある事だ。しかし、女の子のメイリンは、そんな彼等の事情など知りたくも無かった。

 

「行きましょう。女の子に癇癪起こしたら、ストレスになるのはあなた達よ」

 

 他方でエマの方は大人の女性といった感じだ。優しげな微笑で諭そうとしてくる。そもそもエマもシンを引っ叩くような性格の持ち主であるが、堪え性の無いカツとコンビを組んでいただけあって、こういう少年の扱いは手馴れたものだ。

 

「は、はいぃ!」
「何照れてんだよ?」

 

 エマの年上のお姉さん的な顔がヴィーノの気持ちを掴んだのか、彼は少し顔を赤らめていた。カツはそんなヴィーノを物珍しげな顔で見ていた。
 カツとしては、エマに惹かれるヴィーノの気持ちなど分かりはしない。彼にとってのエマと言う人物像は、怖い鬼教官のそれと同じである。何度彼女に叱責をもらったか、数えるのも億劫になるほどである。
ある種、ヴィーノに対して軽蔑の念を抱きつつも、本を畳んでカツは立ち上がった。

 
 

 MSデッキでは、MSを目の前にしてアスランとレイが相談をしている。前回の戦闘でシンが心にダメージを負ってしまった以上、このままインパルスにシンを乗せておくのは勿体無いと思っていた。
その事を、アカデミー時代からの友人であるレイに相談していた。ルナマリアと一緒に出かけて彼が居ない今が絶好の時だ。

 

「――それでだ、次の戦闘では君とシンのMSを入れ替えたいのだが」
「シンが納得するとは思えません」

 

 提案を持ちかけるアスランに、レイは難しい表情で応える。シンの性格を考えれば彼の言う通りなのだが、アスランもそれを考慮して訴えかける。

 

「君の方で説得できないか? 今は彼に無茶をさせる時では無いと思うんだ」
「コニールの件でのダメージが抜け切ってないと隊長は思われているのですか? それで一度インパルスを俺に使わせてアイツの対抗心を燃やそうと――」
「それもあるが、シンにはルナマリアをあてがって見たい」
「ルナマリアを? どういうことですか?」

 

 レイの反応に、アスランは少し驚いて目を丸くする。人間関係に疎いようにも見える彼だが、2年も一緒に行動していれば、その位の事は分かっているはずだと思っていたからだ。
しかし、彼の鈍さは自分の想像以上だったらしい。果たして、彼に恋愛感情と言うものが存在しているのだろうか、とアスランは訝しがる。

 

「気付いてないのか? ルナマリアはシンに気を持っている。今だって、2人でドライブ・デートに出かけているじゃないか」

 

 言われてレイは気付いた。2人の関係は、ルナマリアがシンの世話を焼いているように見えたが、そう言う事だったのか。気持ちを注いでいるからこそ、面倒を見たくなる。それが、あの2人の関係だったか。

 

「あ、あぁ――それで……」
「はは、君はそういう事に鈍いんだな?」

 

 今更気付いた様子のレイに、アスランは笑う。レイは、そんなアスランが意地悪に見えたのか、努めて冷静な顔で言い返す。

 

「ザラ隊長も鈍感でございましょう。ラクス=クラインのコンサートがあるというのに、こんな所で俺と打ち合わせなんてしているのですから」
「ラクス――?」
「お知りになってないんですか?」

 

 怪訝な表情を浮かべるアスランに、レイは不思議に思った。アスラン=ザラとラクス=クラインといえば、プラントでは誰でも知っている超有名なカップルである。
そんな彼が、もう直ぐ婚約者のコンサートが始まろうとしているのにこんな所に居て、出かける素振りを見せない。これはどう考えてもおかしいだろう。

 

「い、いや。ラクス――ラクスだよな? 勿論、行きたいさ」
「では、この話は後で――」
「だが、彼女とはまた会える。今でなくともいいさ」

 

 話を切り上げようとするレイに、アスランが慌てる。今話を終わらせてしまったら、コンサートに行かなければならない。何とか打ち合わせを続行させるために、適当な言い訳をする。

 

「ザラ隊長! 行かないんですかぁ?」

 

 遠くからメイリンが大声で呼びかけてくる。他にもエマ、カツ、ヨウランにヴィーノまで居る。彼等はラクスのコンサートに行くつもりだ。そうだ、謎のラクスに関しては、今は彼等に任せておくのが一番いいだろう。

 

「また今度な! …それで、シンの事なんだが――」

 

 簡単にその誘いを断ると、アスランは再び話を本題に戻そうとする。そんな彼の態度に、レイは不思議に思った。婚約者ならば、自分がデュランダルを慕っているように彼もラクスを慕っているのではないだろうか。
それならば、こんな所で打ち合わせなどをせずに、さっさとコンサートに行けばいいものを、何故彼はそれを頑なに拒むのだろう。
 それに、ラクスの名前に言葉が詰まったのも気掛かりだ。もしかしたら、オーブに居た間にラクスとの婚約話を破談にされてしまったのかもしれない。
オーブの元首の護衛を勤めていたから、浮気がラクスにばれてしまうこともあるだろう。護衛という事は、仕事とはいえ女性と2人きりになる時間は多い。
 もしそうならば、アスランのこの余所余所しさは理解できる。男として恥じる部分があるのなら、その事実を隠そうとするのは面子を重んじる男として当然の反応だ。
レイは鈍いと言われたが、そういう意図に気付けた自分は冴えていると勝手に勘違いしていた。
 珍しくレイが拳を口元に当てて笑う。アスランはそれを見て頭に疑問符を浮かべた。

 

「な、何だ?」
「いえ、お気になさらずに。ただの自己満足です」

 

 一方で、アスランはラクスがディオキアに来ている事に疑問を抱いていた。彼女はオーブに居るはずである。それなのに、こんな所で彼女がコンサートを開くというのはおかしな話だ。
アスランは、きっとそれはデュランダルの茶番だろうと思っていた。彼は、オーブとの同盟の件もあるが、何処か信用できない雰囲気がある。
 しかし、彼に反発を顕わにするのは得策ではないだろう。今は彼に従ってみせるのが、オーブやカガリの為になる筈だ。だからこそ、エマにコンサートの真実を確かめるように頼んだ。
本当は自分で行けばよかったのだが、彼女と婚約を結んでいたのは事実である。そんな自分がわざわざコンサートに出向くのが、何処か気恥ずかしくもあった。

 
 

「やぁ、よく来たな、タリア。スエズに入る前に敵に襲われたそうだが、ガルナハンの作戦には支障は無かったようだな?」
「議長こそ、オーブからプラントに戻って、今度はディオキアにお出でになるなんて、お疲れではないんですか?」
「白々しいしゃべりは止してくれ。今は二人だ、昔のように“ギル”と呼んでくれていいんだぞ」

 

 タリアは、デュランダルの宿泊先のホテルに呼ばれていた。デュランダルの部屋は勿論ロイヤル・スウィート・ルーム。ベランダまで用意されている豪華な始末だ。
 この時間はデュランダルのプライベート・タイム。ラクスのコンサートが終わるまではデュランダルは自由だ。そこで白いテーブルを囲んで二人で紅茶を嗜んでいた。

 

「あの時は私が悪かったのです。今更、あなたの前に姿を見せるのだって恥ずかしいのに、何故私をミネルバの艦長にしたのですか?」
「私はまだ君の事が好きだからさ。男は恋愛にしつこいもので、過去に何をされようが好意を持った女性にはいつまでも優しくしてあげたくなるのさ」
「そんな理屈――私を辱めるだけです」

 

 タリアは紅茶のカップをテーブルに置き、両腕で肩を抱いた。デュランダルはそのタリアの姿を見て、とても美しいと思った。好きな女性の恥じらいの姿は、男なら誰でも興奮するものだ。

 

「悪いと思っているのなら、私に辱められるのもいいではないか? 私は君に特別な温情を掛けているつもりは無いが、君が別の意図を感じているのなら、この私の行為を受けることで罪滅ぼしをしていると思えばいい。
ただ、そうでなくとも君は優秀な指揮官だと、私は思っているのだがね」

 

 デュランダルの猛アタックに、タリアはたじろいだ。最後に一言褒める辺り、彼はまだ自分を諦めていないことは明白だ。そもそも、彼はそんな態度を最初から隠そうともしない。厚顔無恥とは、彼の為にある言葉なのかもしれない。

 

「実際に君はオーブを守って見せたし、敵の急襲にもめげずにガルナハンを解放して見せた。それだけの事をやってのけたのだ。君をミネルバの艦長に選んだのは、決して私が贔屓しているからではないよ」
「しかし、反感は買いました。最新鋭の戦艦を任されたのです。しかも、女性である私が。他のベテランの指揮官には、大分顰蹙を買いましたよ。これも、あなたのプレイの内かしら?」
「自分で自分の趣味が悪いなどとは言えん。しかし、もしそうなら私は君に謝らなければならないな」

 

 デュランダルが椅子を引き、立ち上がろうとする。タリアは慌てて制止するように口を開く。

 

「いえ、冗談です。少し、意地悪を言ってみたかっただけです」
「そうなのか?」

 

 念を押すデュランダルに、タリアは頷いて応えた。

 

「なら、いいんだ。君を辱めるとは言ったが、そんな陰湿なやり方をするつもりは無かった」

 

 デュランダルは落ち着いたのか、紅茶を一口含んで目を細めた。冗談を言ったタリアをチャーミングだと思っているのか、彼の表情は大変朗らかだ。そんなデュランダルを、タリアもチャーミングだと、不覚にも思ってしまった。

 

「…それにしても、よくもラクス=クラインを説得できましたね? 彼女をオーブから連れ出すなんて――」
「彼女は本物ではないよ」
「え?」
「だって、戦争が始まってしまっただろう? だから、彼女に協力を申し出る時間など無かった」
「それで、用意したのですか? いつ?」
「ちょっと前にね…スカウトしたのさ。芸能プロみたいだろ?」
「まぁ……」

 

 どこまで呆れた男性だろう、とタリアは思った。まだ本人に協力を取り付けていないとはいえ、偽者を最初から用意していたなんて、これではペテン師もいいところだ。なにせ、全世界を騙そうというのだから。

 

「言葉も無いです。帰らせて貰います」
「タリア?」

 

 鈍感な男、デュランダル。タリアの怒りも尤もなのに、彼は何故彼女が急に怒りを露わにしたのか気付いていない。ラクスの偽者を用意したのは当然だと思っていたからだ。
 デュランダルはラクスの偽者――本名ミーア=キャンベルをラクスが協力をしてくれるようになるまでの繋ぎに思っていた。
ラクスの協力を得られなかったり、今回のケースの様に突然戦争が始まってしまった時に備えて、ミーアを準備させていたのだ。そんな感じの旨は、オーブを訪れた際に既にラクス本人に伝えてある。

 

「終(つい)ぞ、私を“ギル”と呼んで貰えなかったな…寂しいものだ。もっと頑張らねばならんかな?」

 

 戦争をやっている自分なのに、どうしてこういう事には不器用になってしまうのだろう。そんな自分を笑いつつ、デュランダルは去っていくタリアの後ろ姿を見送っていた。
 ふと、何処かからか歌が聞こえてきた。ミーアのコンサートが始まったのだ。デュランダルは、歌の聞こえてくる空を見上げて目を閉じた。

 
 

 コンサート会場はザフトの兵士で埋まっていた。何とか体をねじ込んで会場に入れたはいいが、押し合いへし合いの状況に、エマ達は体を揺すられていた。

 

「ラクスさんがこんなに人気があったなんて――!」
「これならアーガマで自習室に入っていたほうがマシですよ!」

 

 ヨウランとヴィーノとメイリンはコンサートが開演すると同時に、人波を掻き分けて前列に向かっていった。もっと近くでラクスを見たいらしい。
エマとカツも誘われたが、後列の方でもこんな有様なのだから、もっと修羅場の前列になど行きたくは無い。断ったら“付き合いが悪い”と言われたが、そんな事にかまってはいられない。

 

「エマ中尉、見えますか?」

 

 背の低いカツは人波に飲まれてステージが上手く見えない。何とか背伸びをして見ようとするが、他の観客に体を押されて直ぐにバランスを崩してしまう。
カツの耳にはラクスの歌だけが聞こえてくる状態で、とてもではないがコンサートを楽しめる状況ではない。

 

「ちょ、ちょっと待って――な、何とか見えるわね」

 

 エマは思いっきり背を伸ばし、顎を上に向けてやっと見える状態だった。果てしないほど詰め込まれた会場で、たくさんの人の後頭部や突き上げる拳の隙間からほんの少しだけ、ピンクに塗装された特別なザクのマニピュレーターの上で踊っている人の姿が見える。
目を細め、凝らす。

 

「どうです? あそこで歌っているのは本当にラクスさんなんですか?」
「米粒みたいだけど…こうなったら!」

 

 ステージから遠いエマにはラクスの姿は小さすぎてまともに見られない。一応、オーロラ・ヴィジョンで中継されてはいるが、それが合成とも限らない。ポケットに手を突込み、そこからオペラ・グラスを取り出してそれを目に当てた。

 

「そんなもの持って来てたんですか!?」

 

 なんとも奇妙なのは、エマがオペラ・グラスを片手にして眉を吊り上げている格好だ。とてもではないが、普段のエマからはこんな姿は想像できない。カツはそんなおかしさに、笑うよりも先に驚いてしまった。
 エマは顔色も変えずに細かくベスト・ポジションを伺っている。

 

「こういう状況になるって、少しでも予想はしてたからね」
「はぁ…で、どうです?」
「焦らないの。ん……」

 

 レンズ越しではあるが、オペラ・グラスのお陰でマニピュレーターの上の人の姿を確認できた。そこでは、どう考えてもラクスにしか見えない少女が元気よく歌っている。

 

「確かにラクスさんに見えるけど――」

 

 エマは初めてこの世界に来た日の事を思い出していた。その日、彼女はマリアの服を借りたのだが、最初はそれをラクスの服と思っていたのだ。そして、それを着たときにもの凄い違和感を覚えた。その違和感を、今また感じているのだ。

 

「ちょっと、彼女にしてはグラマラス過ぎる感じが――」

 

 マニピュレーターの上で歌って踊るラクスはかなり際どい衣装で、体のラインがハッキリ分かる。
どちらかと言えばドレスではなくレオタードのようなステージ衣装で、大胆にカットされたハイレグがチラッと見え、その上からロー・ライズのスカートらしきものを穿いているようだ。
だからこそ、エマはラクスとの印象の違いをハッキリと認識できる。頭の中のラクス像と重ねると、明らかに今歌っている彼女の方がスタイルがいい。

 

「どう違うんですか?」

 

 カツがせがむ様に訊ねてくる。全くステージの見えない彼にしてみれば、生殺しの状態だろう。少し苛立っているようにも見える。

 

「何ていうか、ラクスさんにしてはセクシー過ぎるのよ。胸だって、あんなに豊かじゃなかったはずなのに…」
「む、胸ですかッ!?」
「こら、そこに反応するんじゃないの!」

 

 エマはオペラ・グラスを目に当てたまま横に居るカツの頭を小突いた。
 しかし、レンズ越しのラクスは本物に見えるのに違う風に見える。恐らくはそっくりさんの類なのだろうが、それにしては顔が似すぎている。そして何よりも、声が同じなのだ。
これでは、ラクスをテレビでしか知らない人間なら違和感を持たなくても不思議ではない。本人に会った事のある自分でさえ、瓜二つの偽者を見て混乱しかけているのだから。
 この事はアスランに報告するべきだろう。事情を知っている彼に言えば、何か分かる事もあるかもしれない。エマはオペラ・グラスを下げる。

 

「僕にもちょっと見せてくださいよ」

 

 そのオペラ・グラスを、カツが取り上げて覗き込んだ。精一杯の背伸びをして、“へぇ”とか、“ふぅん”とか言っている。一体何に関して感嘆しているのか知らないが、彼の息抜きには丁度いいのかもしれない。
 エマはそのままカツを放って会場を後にした。

 
 

 海岸線を走っていたシンとルナマリアの乗る車は、岬に止まっていた。そこで一息入れようと、ルナマリアは車を止めたのだ。
 青空を複数の海鳥が飛んでいる。ウミネコと呼ばれるその鳥は、本当に猫のような鳴き声で、翼を傘の様に広げて気持ちよさそうだ。波の音とのハーモニーが、そこが海であると強く意識させられる。

 

「気持ちいい〜!」

 

 ルナマリアは岬の先端に進み、伸びをして大きく深呼吸する。海からの潮風が髪を揺らし、頬を撫でるのがこそばゆい。

 

「シンもこっち来たら? せっかくの海なんだから、少しはリフレッシュしなさいな」
「フン」

 

 ルナマリアは振り向いて言う。シンは連れ出されたのが気に喰わなかったのか、不貞腐れた様子でポケットに手を突っ込んで歩いてくる。顔を横に向け、視界からルナマリアを外していた。

 

「何よ、その態度? ほんっと、可愛げが無いよね、あんたって」
「俺を子供みたいに言うな」

 

 ガルナハンの一件以来、シンの機嫌はすこぶる悪い。確かに、コニールが戦いの犠牲になってしまったのは残念だが、それをいつまでも引き摺っていてもらっては困る。
これからも戦いは続くのだし、インパルスを任されている彼がこの調子のままでは、ハッキリ言って作戦に支障が出る。

 

「子供でいいじゃない。あんたはどうせまだ子供なんだから」
「喧嘩吹っ掛ける為に俺を誘い出したのか? だったら、やってもいいんだぞ」
「粋がらないでよ。あたしはあんたがこのままじゃいけないって思ったから――」
「保護者面は止めてくれ。俺だって、ルナに言われなくたって分かってるんだ。もう少し時間をくれなきゃ、気持ちの整理だって出来やしないんだから」
「ふぅん……」

 

 何を言っても強がっていたシンが弱みを見せたのは、彼が相当参っている証拠だろう。シンは俯き加減で少しバツの悪そうな顔をし、そう言った。ルナマリアはそんなシンを見て、変に気を遣わないようにするのに精一杯だった。
 自覚があるにしろないにしろ、彼にとってコニールは初恋の相手だったのだろう。そういう気持ちを分かってしまったからこそ、そんなシンのナイーブさをルナマリアは心配していた。

 

「ルナ、俺はコニールに何も言えなかったんだぞ。吹っ飛んで、駆けつけたらもう死んでたんだ。ついさっきまでしゃべっていた人間が、人形みたいになっちまってたんだぞ……」

 

 拳を握り締め、歯を食いしばる。その場に居合わせなかったルナマリアには分からないが、目の前で大事な人が死んでいくと言う気持ちは、理解してあげようと思った。
 しかし、それが現実なんだとシンに分かってもらわなければ、彼はいつまでも死人に引っ張られる事になってしまうだろう。だから、自覚してもらわなければならない。

 

「仕方ないわよ。戦争って、そういう事がよくあるからみんな命を大切にしているんでしょ? あんた、自分の戦い方が危なっかしいって、思ったことある?」
「俺の戦いが危なっかしい…?」

 

 意外そうな顔でシンは驚いていた。これまでだって何度かミネルバの危機を防いできた自分が、まさかそんな風に思われているとは思わなかったからだ。

 

「そうでしょうが。毎回出撃する度に何処か壊してさ。そんなんじゃ、いつかあんただって死んじゃうわよ」
「俺の命は俺のものだ! 誰が勝手に決めていいものかよ!」

 

 シンは突然腕を振り回して怒鳴る。他人に自分の生死を決められて、それで偉そうにされるのが嫌だったからだ。ルナマリアの気遣いは、シンには届かない。

 

「家族はみんなアスハに殺された! だから、俺は戦う事でその鬱憤を晴らそうとしているのに、プラントはオーブと結びつきやがったんだぞ! そんな事されたら、俺はどうすりゃいい?この戦いが、アスハの為になってしまうってのはだな――!」
「そ、そう…シンはそんな風に思って戦ってたんだ……」
「力が欲しかったんだ! 目の前で人が死んでくってのに何も出来なかった自分が嫌で、それでザフトに入ったのに、また目の前でコニールが死んじゃったんだぞ!」

 

 シンの気持ちとしては微妙な所だ。辛い想い出のあるオーブから離れてプラントへ渡ってきた彼は、ザフトに入って必死にオーブを忘れようとしていたのかもしれない。しかし、それでは寂しすぎるからと思って、妹の形見の携帯電話だけは持っていた。
 だが、それでも事態は彼の思うようには行かず、プラントは事もあろうにオーブと同盟を結んでしまった。デュランダルの真意が何なのかは分からないが、それはシンにとって心苦しい事だった。
戦う事で、憎んで止まないカガリの手助けをすることになってしまうのだから。
 そして、その戦いがコニールを殺した。シンには、この戦いが何の為の戦いであるのかが分からなくなって混乱している。

 

「はぁ…もう、誰かが死ぬ所なんて見たくないんだ……だってさ、死んだ人間は何も話してくれないんだぜ? 助けてもらったのに、ありがとうさえ伝えられない……」

 

 捲くし立てるように言葉を放ったシンは、一つ息を吐いて気持ちを落ち着かせ、吐息を漏らすような声で言う。それがショックだったルナマリアは、眉尻を下げて戸惑いの色を浮かべていた。

 

「そう…よね――じゃあ、シンはザフトを抜けるの?」
「え……?」

 

 俯けていた顔を上げてシンは驚いたような顔をしていた。ルナマリアの言うような事は頭に無かったからだ。

 

「だって、シンはもう戦いたくないんでしょ? それなら、ザフトに居る意味、無いじゃない」
「そ、それは――」
「いいのよ。あたしは、アカデミーを卒業して赤になれたからザフトに居るんだし、シンに目的が無いんなら、辞めたっていいと思うわ。だって、それじゃあシンが疲れるばかりだもの」

 

 優しく微笑んで語り掛けるルナマリアが母親のように見えた。彼女が何故こんな風に優しくしてくれるのか分からないが、自分が彼女に比べて子供だと言う事は分かった。彼女なら、自分を分かってくれるだろうか。

 

「そういうの、止めてくれないか? 俺には、俺なりの解決の方法だってある。余計な干渉をされちゃあ、迷惑なんだよ」
「シ、シン――!」

 

 しかし、シンはそんなルナマリアの厚意を拒否した。彼女がどうであろうとも、シンはこれ以上他人から干渉を受けて親密になるのを拒んだ。
 戦う限り、ルナマリアだって何時お別れになってしまうかもしれない。その時に、家族やコニールの様に突然居なくなってしまうのが怖かったからだ。

 

 シンの言葉でお互いが黙り込んでしまう。爽やかな青空と香る潮風の中、重い空気が嘘に感じられた。こんなのは、リフレッシュにならない。

 

「帰ろうぜ」
「う、うん……」

 

 素っ気ないシンの一言にルナマリアは一度頷くと、車に乗り込んで宿泊先のホテルへ帰って行った。

 
 

 シンをインパルスから降ろすかどうかの話し合いは、後日2人で説得を試みるという事で終わった。アスランは少しディオキアの街を散策した後、滞在先のホテルへと向かう。
到着して自動ドアからエントランスに入ると、丁度コンサートから帰ってきたエマと出くわした。彼女もアスランを見つけ、手を振っている。

 

「あぁ、エマさん。コンサートはどうでした?」
「どうにもこうにも、あれがラクスさんの人気なのね。私なんかが行くのは場違いな感じ」

 

 苦笑してエマは言う。コンサート会場にやって来ていたのは男性兵士が大半だった。中にはメイリンのような女性のファンも見られたが、その中でいい年をした自分が混ざっているのが気恥ずかしく感じたのだろう。
そのせいもあってか、顔が疲れているようにアスランには見えた。

 

「そりゃあそうでしょう。彼女は実力だけでなく、色々なステータスも持っている。プラント国民にとっては、カリスマですよ」

 

 難儀な表情をするエマに向かって、アスランは笑いながら言う。ラクスはプラントのアイドルでもあると同時にクライン派の元祖であるシーゲルの娘であり、ヤキン戦役を終結させた功労者の一人でもあるのだ。これ程の経歴を持つ彼女のカリスマは並ではない。

 

「まぁ、それは置いておいて、本当にラクスが来ていたんですか?」

 

 アスランが気になっているのはそこだ。真剣な表情に戻してエマに訊ねる。本題に気付き、エマも真面目な顔になって口を開いた。

 

「…確かにラクスさんにそっくりではあったわ。でも、何処か違う感じがした。オーブに居た頃には感じなかった、はつらつさを感じたのよ。彼女はあんな風に歌うかしら?」
「そうですか…では、エマさんは今ディオキアに居るラクスは偽者だとお考えですか?」
「考えるわね。どうして偽者なのかは知りませんけど」
「そりゃあそうです」

 

 デュランダルがいくらラクスを熱望しようとも、カガリやキラがそれを許さないだろう。あの二人にとって、ラクスを利用しようと考える輩はみんな敵だ。それを理解している筈のデュランダルが、彼等に不審を抱かせるような真似をするはずが無い。
 しかし、だからと言って偽者を用意するのもどうかと思った。この事を、彼等が了承しているのだろうか。

 

「とにかく、デュランダル議長はラクスの偽者を用意していた…そして、その事にはまだ俺たち以外は誰も気付いていない――とすれば、この事は黙っていた方がいいでしょうね」
「そう思うわ。デュランダル議長と私達、どっちの言ってる事が信じられるのかは明白だし――カツにもそう言っておきます」
「頼みます。一応オーブに連絡を入れてはおきますが――」

 

 片やプラントの最高評議会議長、片やオーブからミネルバに配属された兵士。声高に叫んだところで、どちらの言い分が民衆に受け入れられるかは分かりきった事だ。2人は、今は黙っていた方がいいと判断した。
 と、そこへ自動ドアが開き、シンとルナマリアが帰ってきた。様子を見るに、どうにも2人の距離が開いているようにも見えた。表情も何処か強張っている。

 

「お帰りなさい。ディオキアの街はどうだった?」
「あ、エマさん…いい街でしたよ」
「シンは?」
「別に……」
「あら?」 (まだ、修正した事を怒ってるのかしら?)

 

 愛想笑いを浮かべるルナマリアと、ジト目でさっさと歩き去ってしまうシン。ルナマリアの態度も気になるが、シンのあからさまに不機嫌な態度がエマは気になった。
 一方でアスランは何があったのかは分からなかったが、思い描いていたシナリオが破綻してしまう危機感を感じていた。
シンとルナマリアは相性がいいと思っていただけに、彼等の関係の変化が次の戦闘に影響を及ぼすような気がした。これでは、シンをルナマリアに近付けさせて彼の心労の回復を図るどころの話ではない。
額に手を当てて溜息をついた。苦労人アスランの受難はまだ当分続きそうだ。