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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第36話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 07:01:49

『雨のオーブ』

 
 

 ヘブンズ・ベースでの戦闘に於ける結果は、ザフトの圧勝。当初懸念されていたこの作戦も、終わってみれば意外なほどあっけないものだった。そのあっけなさは、ザフト兵士達を安堵させたが、アスランにはこの上ない不安材料に思えた。
この戦いは、謂わばコーディネイターとナチュラルのイデオロギーの決着の場でもあったはず。それが、こうも容易く決してしまうというのは、いかがなものか。
ブルー・コスモスも力を持ちながらも、敢え無く捕縛される事になってしまうのだが、何故もっと抵抗しなかったのだろう。アスランには、まだ何か起こるような気がして視線を泳がせていた。

 

 そのアスランの不安――ミネルバに戻り、ステラと共に連れられて来たネオの証言から現実のものとなってしまう。
 ヘブンズ・ベース攻略の翌日、ネオの全身には包帯が巻かれ、その痛々しい姿をベッドの上で見せていた。体も殆ど動かす事ができず、しかし、意識だけは何とか回復している状態だった。ナチュラルとはいえ、流石は歴戦の勇士といったところだろうか。
全身に刻まれた傷は、これまでの修羅場を予感させる。この程度の怪我は、もしかしたら怪我のうちに入らないかもしれないと考えるのは、些か買い被りすぎだろうか。ネオの回復力を見れば、それもまんざら嘘ではないような気がした。

 

「ジブリールは、強硬策の道を望んでいたが、他の連中が渋るのを見ると、それを邪魔に思って排除しようと考えたんだ。そして、奴はステラ達の安全を条件に、その監視役をさせる為に私をヘブンズ・ベースに残した」

 

 傍らで心配そうに付き添うステラに見守られながら、ネオは言う。ネオは結局、ブルー・コスモスの面々が逃げ出さないように監視する以上の役割は無かった。そして、彼等の排除が完了したとき、ジブリールの行き先を知っているネオは一緒に処分される手筈だった様だ
ユークリッドの部隊がネオを巻き込んで攻撃してきたのは、そういう意味があった。

 

「それで、今回の元凶となったジブリールは何をするつもりだと言うの?」

 

 尋ねるタリアの声を聞き、顔を向けた。彼女と一緒に同室しているのは、副長のアーサーと、MS隊隊長であるアスラン。2人とも、ナチュラルに対しては無関心か憎悪の対象でしかないというのがネオの印象だ。
特に、アスランの怒りは典型的なコーディネイターの感情だとも思う。

 

「ギルバート=デュランダルの仕掛けた世界放送――」
「えぇ」
「あれが地球の世論を浮き足立たせている事が、奴は気に食わないのさ。しかも、それを助長していたのがナチュラルの少女だと見れば――」

 

「オーブ…ですかねぇ?」

 

 ネオの言葉を先読みして呟いたアーサーに、アスランの驚愕した視線が注がれる。

 

「それって――」
「え…えぇ? だって、アスハ代表がプラントのラクス=クラインと親睦を深めて、友好をアピールされたら、穏健思考のナチュラルだったら、感化されるかな――と……」

 

 アスランの迫力に押され、戸惑い気味に応えるアーサー。アスランには、彼の予測が正しいとは考えたくなかった。ヘブンズ・ベースの抵抗は、デストロイが多数出現したとはいえ、弱すぎた。もし、アーサーの言葉どおりの事が進行中であれば――

 

「その通りさ。ジブリールはそういったナチュラルの妥協を起こさせないために、わざとザフトにヘブンズ・ベースを攻めさせ、邪魔になったブルー・コスモスの老人どもを排除する一方で主力部隊をオーブに向かわせている。
反逆者のナチュラルが住む国としてオーブを断罪し、自らの正義を見せ付けようとしているのさ」
「本当なんですか!?」

 

 気が気ではないアスラン。ヘブンズ・ベース攻略戦からずっと感じていた不安は、不幸な事に見事に的中してしまった。
 オーブにはアークエンジェルが帰還しているとはいえ、オーブ軍と駐屯するザフトの戦力を合わせても連合軍と拮抗するほどの力があるとは思えない。一介の小国であるオーブが、本気になった連合国を相手に抵抗出来るはずが無いのだ。
 あまりにもの事態の深刻さにアスランは血相を変え、タリアに向き直った。

 

「タリア艦長! 今すぐにミネルバをオーブに――」
「もう手遅れだな。ザフトにオーブの守りを固めさせない為に、ジブリールはヘブンズ・ベースを攻めさせたんだ。今頃はもう、主力部隊がオーブの近海にまで迫っているだろう」

 

 焦るアスランの言葉を遮って、ネオが水を差す。確かに、ヘブンズ・ベースという大拠点を餌にしたくらいなのだから、そのくらいの準備は既に完了していてもおかしくは無いだろう。高速艦であるミネルバをいくら飛ばしたところで、無駄足に終わるのが関の山だ。

 

「そ…そんな――」

 

 愕然とし、肩を落として激しく落胆するアスラン。カガリの為に頑張って来たのに、オーブを離れた決断がこんな事態を呼ぶことになろうとは、想像だにしなかった。
 うなだれるアスランの顔色が、徐々に蒼白に染まっていく。目は見開き、頭の中は混乱しているのだろう。虚ろに肩を振るわせるだけでピクリとも身体が動かなくなった。そんなアスランを、オーブからの転向者である事を知っているアーサーは、優しく肩を叩いて慰めた。

 
 
 

 オーブに、運命の時が近付きつつある。空は、正にそれを象徴するかのような雨模様。嵐にこそなっていないが、降り続ける雨は次第に強くなってくる。まるで、空が怖がって泣いているようにカガリには見えていた。

 

「連合の艦隊が付近の海域に姿を現したそうだよ。本命のデュランダルは、先の便でとっくにプラントに帰って行ったっていうのにねぇ――君は、こんな所に居てもいいのかい?」
「私は国家元首だ。逃げるのは、一番最後に決まっている」

 

 向き直りつつ、ユウナの問いに応えるカガリ。危機的状況でも、彼女は取り乱すことなく、落ち着いていた。そもそも、デュランダルの提案を受け入れた時点でこの様な事態を想定していたのだから、今更驚くのは違うだろう。
しかし、以前までならデュランダルの提案は蹴っていただろうし、連合軍が本気で攻めてくるとなれば感情を乱したりもしただろう。だが、今のカガリはウナトの教育のお陰もあってか、冷静に状況を見つめられる精神力を多少なりとも持っていた。
 ユウナは、そんなカガリの多少強張った表情を見て、微笑を浮かべた。

 

「カガリ…変わったよね? 前までの君なら、感情に任せて何としてでもオーブを守り抜こうとしただろう。でも、今はこの国を失ってもいいとさえ思っている。僕は、君がデュランダルの尻馬に乗って妙な世界主義に感化されているとは思いたくないけど」
「オーブは小さな島国だ。プラント、連合のどちらに与したとしても、他国との関係を強くして交易していかなければやっていけない国だ。けど――」

 

 言いかけて、カガリの表情が曇った。ユウナの言葉を肯定するつもりは無いが、彼女としても、簡単に諦められる問題ではないのだろう。今まで懸命に守り続けてきたオーブ。それを、他人の計略で蔑ろにされて、それで素直に黙っていられるほど薄情者ではない。
プラントとの同盟締結、その時点から、こうなる事は決定付けられていたのかもしれない。それも、デュランダルの思惑の内なのかも知れないが、今は彼の言うナチュラルとコーディネイターの融和を信じたい。
もし、本当にそういった時代がやってくるのなら、オーブの共存政策は正しい事の証明になるからだ。それは即ち、養父ウズミの政策が間違っていなかった事を暗に示している。
 ただ、その為にオーブが犠牲になってしまう事が、悔しく思う。結局、力不足の自分はオーブを守りきる事が出来ないのだろうか。しかし――

 

「利用されるだけ利用されて、それだけで黙っていられるか。今度は、私がデュランダル議長を利用してやるんだ」

 

 今のままでは、カガリはただの負け犬だ。デュランダルに利用され、キラもラクスも引っ張り出され、極めつけにアスランを奪われた。カガリがしたくなかった事を、悉く誘導させられたのだ。勝気な性格の彼女が、これだけの屈辱を受けて黙っていられるわけが無かった。

 

「そうしなければ、私は――」
「デュランダルは、君の考えを了承しているのかい?」
「でなければ、私があの男を倒してプラントを乗っ取るくらいの事をやって見せるさ」
「それが、君の覚悟か……本当に、それでいいんだね?」

 

 少し、風が出てきた。叩きつけられる雨粒が、窓を滝となって滑り落ちていく。カガリは数瞬の間ユウナを睨みつけるように凝視した後、身体を窓に向けた。
 重い重い灰色の雲が、今にもオーブを押しつぶしそうなほど低い位置で雨を降らせている。

 

「大洋州連合や汎ムスリム会議など、大西洋やユーラシア主導の地球連合を快く思っていない国は少なくない。スカンジナビアもこちらの考えを理解してくれているだろうし――」

 

 平静を装っているが、カガリにプレッシャーが無いわけではない。デュランダルの戦略に乗り、ブルー・コスモスを真の悪役に仕立て上げることには協力的だが、プラントと同盟を組んでいる以上、戦いには勝たなければならない。
 ユウナは、そんなカガリの誤魔化すような後ろ姿を見つめ、軽く曲げた人差し指を口に当てた。癖毛で襟足が跳ねているが、それなりに髪も伸びた。彼女の強い女性のイメージが、ユウナの男としてのトキメキを呼んでいるのかもしれない。

 

「僕が、ずっと君の傍に居てあげるからね」

 

 不意に掛けられた一言に、カガリはハッとして振り返った。しかし、そこには既にユウナの姿は無く、閉じかけのドアがゆっくりと音を立てて閉まった。

 

「馬鹿なことを……お前が居たって、アスランが居なくちゃ私は――」

 

 胸が苦しい。一人で気張って見せなければならない事が、こんなに苦しい事だとは思わなかった。思えば、アスランが傍に居てくれたから、この2年間はやってこれたのかもしれない。
 離れてから、既に幾月の時が流れた。今は傍に居ないアスランの顔が、殊更に懐かしく感じられる。

 

 沈痛な面持ちのカガリは、胸元で拳を握り、雨の空を見上げた。

 
 

 接近する連合軍艦隊。ヘブンズ・ベースを脱出したジブリールが旗艦のJ.Pジョーンズに到着し、ブリッジのゲスト・シートに腰を下ろした。隣では、イアンが立ち上がって敬礼している。軽く手を上げて緊張を解かせると、ジブリールはブランを見た。

 

「ブラン少佐、ファントム・ペインの具合はどうか?」
「ハッ、私の言う事を良く聞いてくれています」
「それは結構だ――と言いたいところだが、ヘブンズ・ベースを発つ際にエクステンデッドの一人が逃げ出したと聞いているが?」
「申し訳ありません、貴重な強化人間を――」
「いや、いい。今更エクステンデッドの一人が逃げ出したところで、ファントム・ペインの戦力が落ちるわけでもあるまい。なんと言っても、貴様の様な男が指揮を執っているのだからな」

 

 笑うジブリール、苦笑するブラン。同じ笑顔でも、2人の笑みはまるで違うように見える。

 

「他の2人に対する処置は、済ませてあります」
「当然だ。戦闘マシーンに、余計な記憶を残しておいて作戦行動に支障をきたしてはいけないからな」

 

 背筋を伸ばしてジブリールの質問に答えるブラン。彼もジブリールに発掘された一人であるが、実際に本人に面会するのは今回が初めてだ。その消え入りそうなほどの白い肌の色は、いかにも活動的でない病的な印象を受ける。
そして、男の趣味としては余りにも奇異な紫の唇に、ブランは瞳を白黒させた。

 

「エクステンデッド・ステラ=ルーシェは、ネオ大佐を追いかけていきました。それで、そのネオ大佐の事ですが――
「ヘブンズ・ベースは陥落したよ。その守りを任せた彼がどうなったのかは、私は興味が無いな」
「そう…でありますか」

 

 やはり、別れ際のネオの余所余所しさは、そういったジブリールの思惑を分かっていたからだとブランは気付く。ただ、それに哀れみを抱くことはあっても、ジブリールを咎める様な浅ましさは持っていない。
軍というモノは、そういう側面があって然るべきだと思っているからだ。

 

「少佐、このオーブ戦、勝率はどのくらいだと思う?」

 

 ゲスト・シートのアーム・レストに肘を掛け、上目遣いの横目で質問してくるジブリール。更に足を組んでいる様が、余計に“あっち”方面の仕草に見えた。

 

「…それは、オーブの抵抗の仕方で変わってくるでしょう。私は作戦参謀ではありませんので、その様な予想は――」
「100%だよ。ザフトは愚かにもヘブンズ・ベースに目を向け、今まで特に動きの無かったオーブの事を蔑ろにしてきた。そして、高をくくったデュランダルがいい気になってあのような世界放送を繰り広げ、私を怒らせたのだ。
その報いを受ける者は、負けて然るべき――そうは思わんか?」
「はぁ……」

 

 ジブリールは、ブルー・コスモスの盟主兼、ロゴス構成員である。戦に関して素人とはいえ、これまで幾多の政争を潜り抜けてきた経験から自信を覗かせるのだろう。
 ブランにしてみれば、そういった経験も戦場では何の意味も持たないと考えているが、彼がファントム・ペインの出資者である以上は異論は挟むまい。適当に生返事をし、出撃準備とだけ告げてブリッジを後にした。

 

「商売人というものは、MSの数だけで戦いに勝てると思っている。まぁ、相手をさせられねばならんイアンにしてみれば、堪ったものではないだろうがな」

 

 ブリッジの方向を気にしつつ、通路を歩きながら毒づいた。

 
 

 出撃準備で、格納庫でMSの最終調整を続けているジェリド。隣では、同じMSのマウアーが同様に作業を行っている。新たに支給されてきたMSは、茶色い装甲に身を包んだガブスレイ。マウアーとコンビを組んだ思い入れのあるMSである。
 ジェリドがアームの動きを確認していると、不意にマウアーから通信が入った。野暮ったい顔をしつつも、応対に出る。

 

『調整は、はかどっている様ね?』
「そっちはどうなんだ」
『私の方はもう終わっているわ。ジェリドを待っていたのよ』
「休んでおけよ。ジブリールだかカマンベールだか知らないが、お偉いさんの直属の俺たちはこき使われるに決まっているんだ。MSのコックピットに居たんじゃ、損するぜ」
『構わないわよ』

 

 そうかい――そう言って、ぶっきらぼうに返事をすると、ジェリドはガブスレイの調整を続けた。

 

『…ベルリンでは、姿を見なかったわね』

 

 調整を続けるジェリドの手が止まる。

 

『あの男の子の事だから、てっきり出てくるものだと思っていたけど――』

 

 ジェリドはベルリンでエマと決着をつけた。それは、彼女との格付けが終わったということだ。スローター・ダガーとムラサメ――性能的には、ほぼ互角だった。
 しかし、ジェリドがベルリンで本当に格付けしておきたかった相手は、エマではない。

 

「ミネルバにもアークエンジェルにも乗っていなかったとなれば、奴はオーブだ。国の存亡が掛かっているとなれば、必ず出てくる」
『そうかもしれないけどね――私情に駆られて、自分を見失うのではなくてよ』
「おいおい、俺はそこまで子供じゃないさ。命令に従って見せるのが兵士としての役割だが、その上でやってみせるってのが、エリートってもんだろうが」
『そうかもね』

 

 ジェリドの気持ちは、全て透けて見えているかのようにマウアーは笑った。兵士として優秀な面を見せる一方で子供のような執念を燃やしたりもする彼の純粋さが、マウアーは好きなのかもしれない。その純粋さが共生するジェリドは、マウアーの宝だ。

 

「まだ終わらねーのかよ、ジェリド? ダーツで勝負するって約束はどうなったんだ。こっちは、待ちくたびれてんだぞ」

 

 スティングの声が、聞こえた。ジェリドがコックピットから身を乗り出して下のほうを見ると、貨物車両の荷台で手を腰にあてがうスティングが、少し不機嫌な顔で見上げていた。

 

「こっちは命預けるMSの調整を行ってんだ。文句言わずに大人しく待ってろよ」
「暇なんだよ。アウルは大尉と飯を食いに行っちまうしよ――マウアーもまだなのか?」
「私のほうもまだね」
「チッ、しょうがねー」

 

 スティングが運転手に一声かけて出て行くと、マウアーは目を細めて笑った。勿論、彼女のガブスレイはとっくに調整を終えているのだが、アウルを羨ましがって自分を誘おうとするスティングの意図が透けて見えていたのかもしれない。

 
 

『可哀想ね、あの子達は』
「マウアー?」

 

 冗談っぽく笑う彼女が一転、真面目な顔になって言う。

 

『ああやってどんどん記憶を消されていって、最後には私達の記憶も消されてしまうのかしら』

 

 言葉に詰まる。スティングとアウルは、ネオとステラの記憶をかき消された。それが、どれだけ大切な思い出かも分からずに、ただ上層部から不必要と判断されていたずらに記憶を消されていくのである。それが、どれだけ酷な事かも分からずに。
ただ、唯一の救いなのが、記憶の消去が本人達には決して知覚できないという事。一度消された記憶は二度と元に戻る事は無く、彼等は現在の記憶だけを頼りに自我を保って生きていかなければならない。
 果たして、最後に彼等の記憶は全て空っぽになって、その時はどうなってしまうのだろう。マウアーの言葉に、ジェリドはそんな事を考えた。

 

「俺たちがやられなきゃいいんだ。そうすりゃ、アイツはもう記憶を消されるような事は無くなるさ」

 

 それは、この世界で生きていく事を決めたジェリドの覚悟だったのかもしれない。人間、どんな世界でも意外と上手く適応していく事ができる。住めば都なんて言葉もあるが、案外その通りなのかもしれない。
 もう一度人生を歩めるというだけで、どんな世界でも楽園になる。それは、復讐だけに身を焦がしたジェリドの変化だった。

 
 

 連合軍艦隊の接近は、オーブもプラントも予測していた事。それでもザフトがヘブンズ・ベース攻略を優先させたのは、少しでもブルー・コスモスの構成員を排除しておきたいと考えたデュランダルの思惑があったからだ。
 その一方で、この様な事態に陥って申し訳ないと思う気持ちはあるものの、オーブを何としてでも守り通そうと言う気概は無かった。そういったデュランダルの非情さをウナトは面白く感じてなかったが、全ては同盟を組まざるを得なくなった瞬間に決していたのだ。
 それでも、これでオーブの全てが終わるわけではない。カガリが気を張ってくれて、冷静で気丈に振舞って居てくれさえいれば、何とかなるとウナトは信じていた。最近の彼女は、養父であるウズミに似てきたと感じたことが、彼にそう思わせたのかもしれない。

 

 オーブ国民の避難は、殆ど完了していた。その一方で、宇宙へ脱出する艦艇は時間が掛かっていた。打ち上げの為のマス・ドライバーが一つしかない状況では、どうしても要する時間が多くなってしまう。

 

 マス・ドライバーに拠る艦船の打ち上げは、一般的なオーブ軍宇宙艦艇から順次行われる事になっていた。アークエンジェルはしんがりを務める事になっていて、マス・ドライバー付近に陣取っている。

 

 いよいよ連合軍艦隊が近くなってきて、出撃の警報が鳴り響く。カミーユが通路を駆けていると、ふと誰かに呼び止められた。

 

「君はそっちじゃないわよ」

 

 振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。その女性の顔は、最近モルゲンレーテに入り浸っていたカミーユの知っている顔。

 

「エリカ=シモンズさん? でも……」
「時間が無いわ。急いで私の後をついてきて」

 

 何事かと思案を巡らせている場合ではないらしい。エリカがカミーユの腕を引っ張ると、有無を言わせずに無理矢理連行されていってしまった。

 

 それと時を同じくして、エターナルではキラがMSデッキでフリーダムの調整を行っていた。月面でジ・Oにこっぴどくやられてしまったフリーダム。しかし、今はアスランのインフィニット・ジャスティスと同じく、改修が施されて新たに生まれ変わっていた。
 与えられた名は、ストライク・フリーダム――キラの愛機であった2体の名を取り、ラクスが命名してくれた。

 

「キラ様!」

 

 キー・ボードを叩いていると、にわかに下の方から呼びかけられた。キラはキー・ボードを押し込むと、身を乗り出して顔を出した。そこで見上げているのは、例の3人組――ヒルダ、ヘルベルト、マーズだ。

 

「…何ですか?」

 

 正直、共に戦ってくれる仲間ではあるが、あまり良い印象を持っていなかった。ラクスに尽くすという忠誠心にとやかく言うつもりは無いが、カミーユをリンチするといった度を越えた行為を見ると、とてもではないが完全に信用できない。
恐らく、今回オーブが危機に晒されたのも、彼女達の中ではラクスを脱出させる以外は何の感慨も無いものだろう。彼女が居なければ、全く関心を示さなかったはずだ。

 

「エターナルの警護は、あたし達に任せてもらえますか? あたし達のドム・トルーパーには、スクリーミング・ニンバスという防御兵器が装備されています。
しかし、エターナル全てを防御する事は出来ないのですから、殲滅型のストライク・フリーダムは、前線に出て出来るだけ敵の数を減らしていただきたいのです」

 

 それは、自分に囮になれと言っているのだろう。ラクスと恋仲にあると知っているはずのキラにも、ヒルダ達は遠慮が無い。ラクスさえ無事ならばそれでいいと言うのだろうか。

 

「貴方様とフリーダムならば、出来ますでしょう?」

 

 確かに強力なストライク・フリーダムなのだから、彼女達も悪気があってこんな事を言っているのではないと思う。少なからず自分の力を確信しているキラだが、ただ彼女達のラクス第一主義が気持ち悪く感じられた。
 持ち上げるだけの人間は、その期待が裏切られるとすぐさま掌を返してバッシング行動に移ることが多い。
ラクスにも出来る事と出来ない事があるのだから、それを理解しないで万能の人として見ているきらいがあるヒルダ達は、そうなった時に何をしでかすのか分かったものではない。ラクスは、その人柄の良さゆえに、自ら危険因子を抱き込んでしまったような気がした。
 しかし、ここで彼女達の提案を拒否してしまえば、連携が乱れる恐れもある。せめて、この戦いだけは彼女達の言う事を聞いておいたほうが良いとキラは思った。

 

「分かりました。ラクスの事は、お願いします」
「ありがとうございます、キラ様」

 

 ラクスと密接に関係のある人間は、すべて“様”付けなのだろうか。単純な世界観を持つヒルダ達の思考に若干辟易しながら、キラは再度コックピットに潜り込んで調整の続きを始めた。

 
 

 バルトフェルドがエターナルの艦長席に就くと、入り口からラクスが入ってきた。

 

「よろしくお願いいたします」

 

 ゲスト・シートに向かいがてらそう言うと、長い髪を纏めたポニー・テールを揺らしながら優雅に腰を落ち着けた。2年前から乗っているだけあり、艦内での行動も大分物慣れた感がある。
 しかし、少し疲れた表情をしているのが気に掛かった。確かに、プラントから地球に降りてきて、デュランダルのショーに付き合わされて直ぐにまた宇宙へ戻らなければならないのである。
疲れていて当然だと思うが、それを表に出さないのが彼女であるのに、少し気に掛かった。

 

「連合軍出現! MS部隊を展開し、まっすぐこちらに向かってきます!」

 

 ダコスタの報告。それと同時にザフト・オーブ同盟軍も動き出した。

 

『エターナルも、打ち上げの時間までは援護をお願いしますよ!』

 

 通りすがりにマニピュレーターをブリッジに接触させ、通信をつなげてくるMSがいた。オレンジのグフ・イグナイテッドは、ハイネ=ヴェステンフルスの専用機。緊迫した事態でも陽気さを忘れない、気のいい男だ。

 

「カーペンタリアからやってくるお前達の回収部隊は巻き込めんからな。期待しているぞ、特務隊フェイスのハイネ=ヴェステンフルス?」
『お任せ! ラクス=クラインの為なら、例え火の中水の中!』

 

 ハイネのグフ・イグナイテッドは器用にエターナルに手を振って見せると、構えて加速していった。

 

「前線はザフトが支えてくれるのか……デュランダルも、少しはオーブに気を利かせてくれているようだな」
「そうでなければ、カガリさんが黙っていないでしょう。それでも、こんな事でデュランダル議長の行いが帳消しになるようなことは無いでしょうが――」
「そうだな――」

 
 

 言いかけたところで、オーブの海の向こうで光が瞬いた。敵艦からの砲撃が始まったのだろう。

 

「打上げの時間まではエターナルも前線を援護しなけりゃならん。ザフトが敵と接触するまで援護射撃をしてやれ。それと、ミノフスキー粒子を考慮に入れて、味方には当てるなよ?」
「了解!」

 

 ダコスタの景気のいい返事が響くと、エターナルも砲撃を開始した。
 艦長席に座るバルトフェルドは、後ろに座るラクスに振り返ると、彼女の表情は視線を微動だにせずに前を向いていた。この戦いを、その目に焼き付けようと言うのだろうか。何かを念じるような毅然とした瞳が、思いつめているように見えた。
 まさか、この事態に対して深い負い目を感じているわけではないだろうな――バルトフェルドには、そう感じざるを得ない表情に見えていた。

 
 

「あたしも出るんだ! あたしやお兄ちゃんを苦しめる奴が来ているのよ!」

 

 アークエンジェルMSデッキでは、ガンダムMk-兇離灰奪ピットにしがみつきながら喚いているロザミアの姿があった。そして、乗り込もうとする彼女を整備班長のコジローがその太い腕で制止している。

 

「放しなさいよ!」
「あんた、強化人間だろう? 敵の強化人間が出てくるって事は、あんたの身が危険な事だとカミーユが言っていたんだ」
「お兄ちゃんが?」
「あぁ、そうだ。だから――」
「でも、Mk-兇鮟个気覆ちゃ危ないじゃないか!」
「ザフトだって居る。それに、危険と分かっていてあんたみたいなお嬢ちゃんを出すわけにはいかないだろうが?」
「嘘よ! そんな事、全然思っていないくせに! あたしだって、MSくらい動かせ――」

 

 瞬間的にロザミアの頭を波動が貫いた。それは、以前感じられたゲーツの波動。心を手繰り寄せられるような感覚は、彼もこの戦場にやってきている証拠だ。何かを叫ぶゲーツの表情が頭の中に浮かんだ。

 

「…呼んでいる」
「はぁ?」
「行かなくちゃいけないんだ、あたしは!」

 

 一瞬宙を仰いだかと思うと、ロザミアは急にコジローの腕を掴んでガンダムMk-兇離灰奪ピットから突き落とした。
下でマットを用意していた他の整備士達が慌てて駆け寄って何とかコジローは無事だったが、しかしガンダムMk-兇離灰奪ピットはロザミアを中に入れて既に動き出していた。

 

「兄貴に迷惑を掛けるのか、お前は!」
『あたしはお兄ちゃんを助ける為に出るんだ! 誰にも邪魔はさせない!』
「それがカミーユを心配させるだけだって――」

 

 ガンダムMk-兇魯泪縫團絅譟璽拭爾廼制的にアークエンジェルのハッチを開放すると、ドダイに乗って飛び出していった。コジローの説得も空しく、ロザミアは戦場に躍り出てしまう。

 

「くそったれが! ブリッジに報告、癇癪持ちのお嬢さんがMk-兇脳ー蠅暴亰癲宗愁ミーユにも教えてやれ!」

 

 コジローはマットの上で手を振りかざし、メカニック・クルーに指示を出す。そして、それを終えると苛々する頭を宥めるかのように、強く頭を掻き毟った。どうにも振り回されている感が拭えず、無性に煙草を吸いたくなった。
 ゆっくりと立ち上がり、胸ポケットにしまってある箱を取り出す。一本の煙草と、一緒に入れてあった安物のライターを取り出すと、風で火が消えないように手を添え、咥えた煙草に点火した。一呼吸目を軽く吐き出すと、続けて大きく煙を吸い込んだ。
そして肺に溜まった大量の煙を一息に吐き出すと、適当に転がっていた空き缶を手繰り寄せ、コジローは黙ってコンテナに腰掛けた。

 

「――あっち!」

 

 鬱屈した艦内から外に出て、ロザミアのアンテナが鋭く敵の気配を察知する。バウンド・ドックのサイコミュ・システムがロザミアの思惟を呼んだのか、はたまた曖昧な記憶の断片を求める彼女の好奇心が探し出したのか。
 ロザミアは方向に当たりをつけると、そちらへ向かって機動させた。

 
 

 全ての艦艇が宇宙に脱出するまで、後数隻程度。カグヤ島のマス・ドライバーの打上げが完了するまではまだまだ時間が掛かる。

 

「3つ目、行ってくれた!」

 

 連合軍が攻めてくる間にも、随時戦艦の打上げは行っていたが、やっと3隻が打上がったところである。出撃したキラはストライク・フリーダムでカグヤ島に向かう敵の侵攻を防いでいた。
 しかし、この戦いは完全なる負け戦。もし、敵を殲滅する以外に勝利条件を求めるならば、全艦艇を無事に宇宙へ脱出させる事がそうなるだろう。
 そういったオーブ側の意図が見えているのか、連合軍は本島のヤラファスへは殆ど向かわずに、カグヤ島のマス・ドライバーを目指していた。

 

「やっぱり、敵はラクスやカガリが居るマス・ドライバーに的を絞ってきているのか!」

 

 ウインダム、ダガー、そして少数の強力なMA部隊が次々に襲い掛かってくる。洋上の戦いでは流石にヘブンズ・ベースで使用されたデストロイを投入してくるような事は無いが、それでも数だけは多かった。
 敵の狙いが分かりやすいだけ、守る方としてはやりやすいと感じた。殊更、ストライク・フリーダムというMSは広域殲滅型である。このまま代わり映えの無い敵が出てくるだけならば事は容易く済むのだが――

 

「4つ目――」

 

 マス・ドライバーから、4隻目の艦船が打ち上げられる。しかし、一瞬雷が光ったかと思うと、突然打ち上げ途中の艦船が爆炎を上げて撃沈した。

 

「なっ――!?」

 

 続けざまに飛来するビームの嵐。キラはストライク・フリーダムに回避行動を取らせ、逆さまに翻って射線の方向にフル・バーストさせた。

 

「……来た!」

 

 雨で煙る視界の中、更に反撃の砲撃をビームシールドで防御し、視線の先の敵を見据える。黄色い円盤を筆頭に、両サイドにバイアランとドダイに乗ったパラス・アテネ。そして、海中から迫ってきているのはアビスだ。
予想していた通り、ファントム・ペインの主力部隊がやって来ていた。

 

「あのMS――」

 

 ストライク・フリーダムの姿に、ライラが眉を顰める。一番最初にポテンシャルの高さに気付いたのが、彼女だった。
 外見は、白を基調とした典型的なガンダム・タイプ。関節が金色に染まっているところを見ると、かなり派手な見栄えをしている事が分かり、それだけで普通とは違う事が分かった。搭載武装も、腰部の砲塔と両腕に保持したビームライフルと数はそれなりにある。
ただ、背負っている羽が何を意味しているのかが分からなかった。フライト・ユニットとしては空力学的にあまり必要性のあるものには見えない。

 

「ブラン少佐、あの新型MSは――」
『分かっている、大尉。フリーダムとか言うMSに似ている点から鑑みるに、あれはその発展型と見るのが妥当だろう。そうとなれば、あの殲滅型を相手に固まっているのは得策ではないな?』
「ハッ。散開して挟み込みます」

 

 ブランの認識も、同じらしい。フリーダムは単機で多数を相手に出来る広域殲滅型のMSだ。普通、そういった兵器は何かしらの弊害があって、不都合な部分が弱点として露見するものなのだが、ことストライク・フリーダムに関して言えばそれは見当たらない。
広域殲滅を目的としながらも、高性能を発揮できる隙の無いMSとして完成されているのだ。

 

「全く、インチキくさいものをザフトは造る! カクリコン中尉、行くよ!」

 

 流石はコーディネイターと言ったところだろうか。連合はデストロイという驚異的な人型機動兵器を完成させたが、目の前のMSは小型高性能化したそれと言ってもいいかもしれない。その技術力の高さに、ナチュラルでは歯が立たないことを改めて見せ付けられた気がした。
 そんな風にしてライラが苛立ちを募らせている事もキラには関係ない。パラス・アテネとバイアランが突出し、左右から襲い掛かってくるとキラはストライク・フリーダムを上昇させた。

 

『あんたは串刺しにする!』
『逃げられると思うなよ!』

 

「チィッ!」

 

 2機とも、ストライク・フリーダムのスピードに追い縋れるだけの機動力を持っている。双方からビームサーベルを向けられると、キラは2丁のビームライフルを掲げて威嚇射撃を放った。それに躓かされる形で失速すると、今度はその合間を縫ってアッシマーが飛び出してきた。
下部にぶら下げたビームライフルで真下から狙いを定めてきている。

 

『貰ったな、フリーダム!』
「クッ――」

 

 キラはストライク・フリーダムの正面を海面と向き合わせにして、2丁のビームライフルを連結させた。そして、真っ直ぐにこちらに上昇してきているアッシマーに対して、強力なビームを放つ。

 

『なんのそのッ!』
「かわされた!?」

 

 アッシマーは機体を傾けてその一撃をすれすれで回避すると、ビームライフルで一発牽制をかけた後、接近して変形を解いた。

 

「何ッ!?」

 

 慌てるキラを尻目に、アッシマーのモノアイが一つ瞬くと、膝蹴りを腹部に叩き込まれ、続けざまにハンマー・ナックルで海面に叩き落とされる。そして、そこにはアビスが全砲門を構えて待ち伏せしていた。

 

『アウル、仕留め損ねるんじゃないよ!』
「分かってるって!」

 

 ライラからの激励を受け取り、アビスの重火力が一斉に放たれた。ストライク・フリーダムは、アッシマーの打撃でコントロールを失っている。直撃は間違いないだろう。
 キラの眼前に迫るアビスの砲撃。しかし、ストライク・フリーダムは腕を前面に構え、ビームシールドを展開させた。

 

「何だありゃあッ!?」

 

 アウルの驚きを無視して、ストライク・フリーダムは落下しながらアビスの攻撃を弾き、ぐんぐんと迫ってくる。そして、アビスを巻き込んで海に突っ込み、大きな水柱を上げて姿を消した。

 

「アウルっ!」

 

 ライラが声を張り上げると、次の瞬間、海面から飛び出してきたのはアビスの肩をビームサーベルで突き上げているストライク・フリーダムだった。そのまま切り上げてアビスの左腕を切り飛ばすと、回し蹴りを放って彼方の方向に追いやった。

 

「先ず一機!」

 

「アウルがやられた――コイツっ!」
『アビスは味方の方に飛んで行った! 後方支援部隊に回収させればガキは平気だ! 感情的になるなよ、大尉!』
「…分かってるよ、カクリコン!」

 

 いつの間にか、ライラはアウルに対して情を持ってしまっていた。最初は生意気なだけの乳臭いガキだと思っていた少年が、いつの間にかライラの大事な部分になっていた。連邦軍の兵士として戦っていた頃に比べれば、考えられない変化だ。
 ただ、その変化を邪魔には感じなかった。寧ろ、少年を自分好みの色に染める事の出来る喜びの方が大きかったのかもしれない。もしかしたら、そういった事を経験させる為にこの世界にやって来たのではないかと、一瞬だけ考えてしまった。

 

「まさかね――」
『どうした、大尉? パラス・アテネは俺のバイアランに続け!』

 

 カクリコンに促され、ハッとしたライラはパラス・アテネを機動させた。

 

「少佐は流石だね。フリーダムを相手に、一人で良くやっている」
『だが、あれでは落とす事が出来ない。味方の部隊も、奴の攻撃で次々落とされているんだ。このままでは殆どの艦艇をソラに逃がしちまう事になるぞ!』

 

 カクリコンは首を前後左右に振り、味方の進行状況を確認した。しかし、味方部隊はストライク・フリーダムの位置で殆どがキラ一人の攻撃で撃墜させられていた。何とか被害を免れたMSも、マス・ドライバーに辿り着けたとしても防衛部隊に駆逐されるのが落ちだろう。
 それにしても、ストライク・フリーダムはアッシマーを相手にしながらよくもあれだけの数の侵攻を防げていると思う。カクリコンは思わず目を見張り、圧倒的な強さを見せ付けるキラの動きに感心を覚えてしまっていた。
 一方のライラはカクリコンほど暢気ではない。いくらストライク・フリーダムの動きが見事とはいえ、アウルをやられておきながら敵に感心できるわけが無いのだ。
彼女が考えているのは、如何にしてあの“壁”を打ち破ってオーブ要人の脱出を阻止するか――それだけだった。

 

「あたし等がフリーダムを仕留め切れないとなると、頼みの綱は別働隊のジェリドとバウンド・ドックのゲーツくらいなものか。…任せて置けないね!」
『ジェリドだって、手薬煉(てぐすね)している場合じゃないって認識しているさ。――掛かるぞ、大尉!』

 

 ブランのアッシマーは、空中戦に制限がある。対して自由に飛びまわれるストライク・フリーダムは、その火器の多さも相まって相当有利な条件を持っている。この違いは、逐一MA形態になって高度を稼がなければならないアッシマーにとっては致命的だ。
 そのサポートをするためにバイアランがあるし、パラス・アテネはドダイに乗っているのだ。カクリコンの無言の催促に、ライラも同調せざるを得なかった。ブランは健闘しているとはいえ、それだけでは突破は叶わないのだ。
 ストライク・フリーダムは、多数の火器を手に、侵攻を続けようとするMSを撃墜しながらアッシマーを相手にしている。それは、決してブランのパイロット・センスが無いからではない。ストライク・フリーダムに乗っているキラの技量が常識から外れているのだ。

 

「コーディネイターの中でも、あれに乗っているパイロットは化け物だ……!」

 

 セイバーのパイロットもそうだったが、コーディネイターの中には特にMSを扱うのに適した人材が稀に現れるらしい。そういう特別な存在と戦うのは、カミーユ=ビダン以来だろうか。
オールドタイプという概念に縛られながらも、それに抗わなければならないとライラは感じていた。

 
 

 キラが一人で奮戦している頃、マス・ドライバーの打ち上げ作業は難航していた。それというのも、マス・ドライバーの周囲をバウンド・ドックが飛び回っていて中々打ち上げるタイミングが掴めないのだ。
4隻目を打ち上げたとき、キラが目撃した撃墜現場はバウンド・ドックによるものだった。
一応追い払おうとMS部隊が試みているが、バウンド・ドックは高速で飛行して嘲笑うように防衛部隊をかく乱している。そして、浴びせられる拡散メガ粒子砲の光が、徐々に防衛部隊を追い込んでいっていた。
 そんなバウンド・ドックの攻撃に、相手の目的はマス・ドライバーを破壊する事だと勘違いするオーブ軍兵士。
しかし、連合軍はこの戦いに必勝を誓っており、何よりも目的はラクスやカガリなどの要人を捕らえることで、重要な施設はそのまま残しておきたいと言うのが本音だ。ゲーツも、そのつもりで後続が到着するまでの時間を稼いでいるに過ぎなかった。

 

「マス・ドライバーは我々も使うから破壊するなと言うのは分かるが――早く出て来い、ロザミア!」

 

 しかし、作戦に従事しながらもゲーツの目的はただ一つ。カミーユに奪われたロザミアを取り返す事だった。
 彼女がカミーユと共にオーブに居る事は、サイコミュ・システムを通じて感じ取れている。そして、こういった絶望的な戦いになればカミーユは出撃せざるを得ないし、ロザミアもそれに呼応して出てくるだろうとゲーツは予想していた。

 

「ム……! この感覚――」

 

 そのゲーツの予想は当たっていた。キャッチした感覚は、誰かがこちらに向かってくる事を示唆している。そして、バウンド・ドックのカメラが、ガンダムMk-兇鯊えた。

 

「ゲタ履きのMS! Mk-兇望茲辰討い襪里蓮宗愁蹈競潺△!」

 

 正直、不意を突かれた。ガンダムMk-兇望茲辰討い襪里魯ミーユとばかりに思っていたが、しかしそこから感じられるのはロザミアのものだった。更に意外なのは、彼女がカミーユと行動を共にしていないという事だ。
 しかし、それは逆に言えばゲーツにとっては好都合。彼の邪魔さえ入らなければ、ロザミアを連れ戻す事は十分に可能だ。現に、前回の戦いでは後一歩のところで彼女を連れ出せるところまで行ったのだ。

 

 ただ、それにしても疑問に思うこともある。カミーユは強力すぎる力を持ったニュータイプだ。それは、自己破滅的な意味で人類が持ってはいけない力。普通の人間がその力を解放すれば、それに押し潰される程のものである。
人工的に強化されてニュータイプになったゲーツですら恐れるその能力を発揮して、どうして彼は平然としていられるのだろうか。そこには、何かしらの意味があるような気がした。

 

(くそっ! 余計な事は考えるな、ゲーツ=キャパ! カミーユ=ビダンが一体、何だって言うんだ!)

 

 こういう事は、後から考えればいい。ゲーツは首を振って、自らに活を入れた。今考えるのは、ロザミアを連れ戻す事だけでいい。彼女を連れ戻せれば、それは即ちカミーユに勝利した事になるのだから。

 

「パプテマス=シロッコが余計な事さえしなければ――えぇい!」

 

 ガンダムMk-兇聾鮴錣琉媚屬鮗┐靴討い襦ビームライフルを構え、バウンド・ドックの機動を追う様にして撃ってきた。ゲーツはさらりとそれを回避すると、急旋回してガンダムMk-兇暴韻こ櫃った。
 ロザミアのガンダムMk-兇魯疋瀬い望茲辰討い襪箸呂い─⊇秧茲糞‘偉呂任魯丱Ε鵐鼻Ε疋奪には遠く及ばない。何とかして抵抗を試みたが、あっさりとクローに捕らえられてしまった。

 

「放しなさいよ、不愉快な奴!」
『聞け、ロザミア! 俺は、お前のお兄ちゃんだ!』
「えっ!?」

 

 接触回線から聞こえてくるのは、少しハスキーな男の声。それが、タケミカヅチに乗っていたときに感じた男の声と合致した。あの時自分を呼んでいたのは、目の前のMSに乗ったパイロットのものだったのだのだ。

 

「お兄ちゃん……?」
『そうだ。思い出せ、ロザミア! お前は、俺と一緒にこのバウンド・ドックに乗って、カミーユ=ビダンと戦って居たんだ!』
「あたしがお兄ちゃんと……?」

 

 ゲーツの言い分は、とてもではないが今のロザミアには信じられない。何が悲しくて、兄とMSに乗って戦わなければならないのか。彼の言っている事は、ストーカーの妄言の類にしか思えない。
 しかし、彼自身も自分の兄だと主張している。それを嘘だと思いたかったが、まんざらそうでもないような気がした。それに、バウンド・ドックというMSにも見覚えがあるのだ。
そのデジャヴ的な感覚が、どこか懐かしい感覚を抱かせているのだろうか。ロザミアには、良く分からない。

 

『カミーユ=ビダンは、俺達が倒すべき敵だ! こうしてロザミアが奴と一緒に居ること事態が普通ではないんだ! 思い出せ、ロザミア!』
「嘘をつくな! あたしはロザミィよ、ロザミアではないわ!」
『ロザミア――!』

 

 カミーユを敵と言うゲーツが、自分の兄であるはずが無い――ロザミアは自分の感性を信じ、ゲーツの言葉を撥ね退けた
 それと同時にバルカンを一斉射し、バウンド・ドックを引き剥がす。続けてビームライフルを撃って追い払った。

 

「ロザミア……まだカミーユの人形になって――!」

 

 ロザミアは彼女自身の意志でゲーツを拒否した。彼にしてみれば、彼女の反応は驚嘆に値する出来事だった。
 それというのも、ゲーツと違って精神状態の不安定な強化人間として調整させられていた彼女らしからぬ反応だったからだ。彼女は、度重なる記憶の操作とマインド・コントロールによって自我が崩壊していたと研究員のローレンから聞いていた。
そのロザミアが、自らの意志を明確に持って、尚且つゲーツの妹として精神状態を安定させられていたのにも拘らず、ハッキリと拒絶したのだ。そこに疑問を抱かざるを得なかった。

 

「――しかし!」

 

 例え彼女がカミーユの力に当てられて、本来の記憶を失っていたとしても、それでもゲーツは諦めない。その根底には、ロザミアの暴走によるサイコミュ・システムの乱波動を受けたことが起因していた。
 強化人間としての業に縛られているのは、ロザミアではなく、寧ろゲーツ。なまじ精神が安定していたゲーツだからこそ、その事実に気付けなかった。

 
 

 街中から人の気配が消えたオーブは、雨模様の天気も相俟って、物寂しげな雰囲気を醸し出していた。戦いの喧騒が遠くの空から響いてくるが、雨の音と車のエンジン音が曖昧にしている。水溜りの水を撥ねるタイヤの音の方が、カガリの耳にはハッキリと聞こえていた。

 

「どこに行くんだ、キサカ?」
「モルゲンレーテの秘密格納庫だ。そこに、ウズミ様がカガリに遺したものがある」
「お父様が私に?」

 

 少し腰を浮かせ、前のめりになってキサカの据わる座席に手を掛ける。

 

「何故いままで黙っていた?」
「見れば、その存在を許さないと思ったからだ」

 

 一体、養父ウズミは自分に何を遺したのだろうか。モルゲンレーテという言葉から鑑みればおおよその見当はつくが、それを考えたくはなかった。かつて、ヘリオポリスで見たGの時のように、裏切られた気持ちになるからだ。

 

「そんなもの、私は見たくない」

 

 呆れたように呟くと、カガリは浮かせた腰を落ち着けて腕を組んだ。目を閉じ、つっけんどんに言葉を放り投げる。
 そんなカガリの幼い態度を咎めるでもなくさらりと受け流すキサカは、バック・ミラー越しにチラリと見やった。不貞腐れ顔で、眉間に皺を寄せている。強情な様は、慣れない性格を演じていたがゆえの息抜きだ。
政治家としての態度に問題のあったカガリにしてみれば、普段遣わなかった気を遣ったことで、気分が滅入っていたのだろう。せめてもと思い、気を許しているキサカの前では気を緩めてしまうのだ。
 キサカは続ける。

 

「見たくなくても、来てもらわなければならない。あれが連合の手に渡れば、厄介な事になる」

 

 カガリの意見はこの際、どうでもよかった。ただ、彼女の協力なくしてそれを持ち出す事は不可能なのだ。彼女が何を言おうと、キサカは無理矢理にでも連れて行くしかなかった。
 雨の中、濡れた路面を車が滑るように走る。いつもよりスピードを出して走るフロント・ガラスには、張り付いてくる雨水を薙ぎ払うワイパーが凄まじいルーティン運動を繰り返している。
 やがて、行く先にモルゲンレーテの施設が立ち並ぶ区画に入った。

 

「よし、降りようカガリ」
「ここなのか?」

 

 ふと気付くと、カガリの乗ってきた車の他に、もう一台の車が停まっていた。

 

「エリカ女史も、先に入っているようだな」

 

 キサカの独り言に、カガリはクエスチョン・マークを浮かべるだけだ。事情をまったく飲み込めないまま、促されるままに施設の中に入っていった。
 早歩きで通路を進んで行き、エレベーターに乗って地下に潜る。重いドアが開くと、格納庫らしき光景が広がっていた。空間の割りに決して多くない電灯が点り、薄暗い感じが地下空間であることを如実に実感させられた。

 
 

「どうして黒なんですか!?」
「あなた達の世界では、Gの色は黒って決まっているんじゃないの?」
「違いますよ! あれはティターンズの――」
「でも、Mk-兇蝋だったじゃない」
「そうだけど…だからって――」

 

 その時、奥の方から男性と女性の声が響いてきた。何事かと首を伸ばして様子を探ろうとするカガリを押し退け、キサカが手を添えて叫ぶ。

 

「エリカ女史、カガリを連れてきたぞ! ――こっちだ、カガリ」
「そっちでいいのか?」

 

 しかし、キサカが誘導するのは今声が聞こえてきた方向とは逆だった。声の謎も気になるが、キサカに背中を押されて進んでいった。
 少し歩くと、目の前に巨大な扉が現れた。高さは、おおよそ20m前後はあろうか。長いこと放置されていたからか、湿気の多い地下ということもあって所々に苔が生えていた。そして、その前にぽつんと設置されているレリーフのような台座が、カガリの目に留まった。

 

「こんな所で何をするつもりなんだ?」

 

 何をするも何も、彼女自身も本当のところは分かっているはずである。格納庫で、こういった大袈裟な扉の前に立てばその先に何が待っているか位、彼女とて分かっているだろう。
それなのにワザとらしく尋ねるカガリをチラリと見やり、キサカはエリカがやってくるのを待っていた。

 

「お待たせ、レドニル=キサカ一佐」

 

 声を掛けられ、振り返るとエリカが若干くたびれた表情でやってきた。

 

「カミーユ君の方はいいのか?」
「一応ね。まさか、機体のカラーリングに文句を言われるとは思わなかったわ。拘りがあるのね、彼」

 

 困ったように肩を竦ませ、呆れたように今来た方向を見る。
 実際、カミーユが機体の塗装に文句を垂れたのは、黒がティターンズを象徴する色だったからだ。エリカはその辺の詳しい事情を知らず、彼女の方で勝手に塗装を指示してしまった。良かれと思ってやった事だが、逆に不平をぶちまけられたのが意外だった。
 じゃあ、今まで黒かったMk-兇望茲辰討い燭里浪燭世辰燭痢宗修修思ったが、自分の世界で命を預けていた機体に対する拘りは強かったのだろう。エリカは諦め、視線をキサカに戻した。

 

「それで、出せそうなんだな?」
「機体バランスをムラサメに準拠させて、何とか形にする事が出来たわ。それと、アークエンジェルが回収したデストロイの残骸の中に、面白そうな部品があったの。それを組み込んで、今はそれがフィットするかどうかを確かめてもらっているところよ。
まぁ、少し時間が掛かるとは思うけど、今はこっちが先ね」

 

 2人の会話を傍で聞き、何となく蚊帳の外に追いやられたような気分になるカガリ。呼び出されておいてこの様な仕打ちを受けるのは、好奇心が旺盛な彼女にとっては面白くない。

 

「2人とも、私は一体何のためにここに連れてこられたんだ! 放っておかれるぐらいなら、帰るぞ!」
「あ…あぁ、済まなかった。…それでエリカ女史、この先に、ウズミ様の遺した例のものが封印されているのだな?」
「えぇ。あれを動かすには、カガリ代表の生体認識が必要なの」

 

 カガリが先ほど気になった台座に近付き、エリカは何やら操作をし始めた。

 

「開きます」

 

 その瞬間、鈍い音と共に扉が開く音が響くと、隙間から眩い光が洩れた。徐々に開かれていく扉の向こうからは、目を疑わんばかりの眩い黄金の光がカガリを包み込んでくる。
 やがて重々しい扉は開ききり、目の前には信じられない巨人が現れた。

 

「何…だ、これは――!」

 
 

 カガリの前に姿を現したのは、金色に輝くMSだった――いや、カガリはMSがあることは見当が付いていた。しかし、まさかこんな華美で圧倒的なMSが立っているとは夢にも思わなかったのだ。想像以上のものがあっただけに、高を括っていた彼女は意表を突かれた。

 

「ORB-01アカツキ――ウズミ様の命により、2年前からモルゲンレーテが建造していたオーブを象徴する究極の防御主体型MSです。その特徴は御覧の通りの金色に光る特殊装甲“ヤタノカガミ”で、これは敵のビーム攻撃を反射することが出来ます」
「アカツキの製造コストは、実にM1アストレイ20機分に相当するらしい。ウズミ様は、これをカガリの為に用意されていたんだ」

 

 煌びやか過ぎて、目が眩む。娘のMSを造る為に、膨大な資金をつぎ込んでいたと考えると、ウズミの親馬鹿っぷりも突き抜けているように思えた。
 しかし、その設計思想は、紛れも無くウズミのカガリに対する心遣いで、防御主体であることからオーブを守る為に用意されていたものだろう。
 敵を倒す力ではなく、仲間を守る為の力――直ぐには納得できなくても、そう置き換えることでカガリは心の整理を図ろうとした。

 

「…確かに、これが連合の手に渡れば厄介な事になりそうだな。持ち出しておきたいキサカの気持ちが良く分かる」

 

 アカツキを見上げ、感嘆交じりに呟く。キサカがそのカガリの横顔を、見つめている。

 

「アカツキは、カガリ専用として調整されている。ウズミ様のお心は――」
「分かっている。しかし、今は私の我侭で立ち止まっているわけには行かない。みんなで無事にソラに出る為には、このアカツキの力も必要になってくる。それは分かるさ、でも――」

 

 戸惑いはある。アカツキのようなMSが、ウズミの私財で建造されていた事は分かるが、何よりも兵器を造っていた事がカガリには釈然としなかった。しかし、それは今は考えない事にしよう。
 問題なのは、現国家元首である自分がオーブの国土を放棄してプラントに向かおうとしている事だ。覚悟は決めていたとはいえ、これでは国のトップとしての責任のあり方が問われる。もっと、どうにかする事が出来なかったのだろうかと思い返すが、答が見つからない。
 どちらにしろ、デュランダルの意向に従ったときにこうなる事は決まっていたのだ。本当は誰かに慰めて欲しかったが、今は強く在らねばならない時。泣き言を言っても始まらない。

 

「――いや、今は言うまい。敵の狙いが私やラクスなら、エターナルを狙ってくるはずだ。それを、守る」

 

 黄金のMSは、歩み寄ってくるカガリを待っている。歩き出したカガリは、そのMSを見つめて自らを納得させるように一つ頷いた。

 

「気をつけてください。スペック上、従来のビーム攻撃に対する効果は期待できますが、新型のメガ粒子砲に対する効果はどうなるか分かりません」
「“イレギュラー”のMSが使ってくるビームには当たるなという事だろ? ははっ、私にそんな器用な真似が出来ると思うか?」

 

 エリカの忠告に軽く手を上げて応えた。その返答に驚いたキサカが思わず前のめりになる。

 

「カガリ!?」
「大丈夫だよ。私は死なないさ、これからも、ずっと先も――」

 

 フッと肩越しに振り返ったカガリの笑顔が、印象的だった。余裕といった感じはするが、油断しているという風ではない。昔の彼女は自らの力を過信して無謀を繰り返す事が多かったのだが、それとは違うと感じた。
 今起こっている事、そして、これからするべき事――キサカが見たカガリの表情は、自らの運命を信じているかのようだった。

 
 

 ゲーツのバウンド・ドックがロザミアのガンダムMk-兇僕蹐鵑任れているお陰で、マス・ドライバーによる艦船の打ち上げが再開されていた。雲の流れが早くなってきたように思われるが、雨は未だ降り続いていた。
 その雨空の下、エターナルの周囲を警護する3体のドム・トルーパー。散開して各個にエターナルを防御しているが、敵は宙を自由に飛びまわり、状況は切迫していた。

 

 エターナルのブリッジが、振動する。

 

「また一発貰ったか!?」

 

 艦長席に腰を据え置き、アーム・レストをしっかりと握って体勢を崩さぬよう踏ん張るバルトフェルド。その後ろで鎮座しているラクスは、表情一つ変えずに平静を保っていた。

 

(よくもまぁ……)

 

 エターナルの周囲を飛び回っているのは、カオスと見慣れない茶色の甲殻類のようなMAが2機。ヒルダたちのドム・トルーパーが必死に応戦しているが、相手の方が全てにおいて上だった。
取り合えずドム・トルーパーのスクリーミング・ニンバスで事無きを得ているのだが、それも何時まで持つのか分からない状況だ。
 その中で平然としていられるラクスの精神力というモノは、本当に大したものだと思う。先ほどは疲れたような顔をしていたが、流石といったところだろうか。彼女は、自分が動揺してはいけないことを知っているのだ。
彼女が落ち着いている限り、エターナルのクルーも落ち着いていられる。それが、人の上に立つ人間のあるべき姿だと、若干18歳の少女が認識しているのだ。

 

(本当なら、その役目は艦長である僕の役目なんだけどねぇ)

 

 これが人の器としての差なのだろうか。バルトフェルドとて、決して器量の小さい人間として認めているわけではないが、彼女の場合は次元が違う。兵隊畑の自分と比べるのもバカバカしくなるほどのカリスマ性を秘めているのだ。
 そして、それに心酔して付き従うのが、今懸命に敵の攻撃を防いでいるヒルダ達。彼女達が魅せられて、強引に僕に成り下がろうとした気持ちも、多少ながらも理解できる。
 しかし、ああいう風には正直なりたくはないとも思った。自らを貶めて僕に成り下がるのは、彼の性分ではなかったからだ。

 

「ヒルダさん、エターナルが攻撃を受けています! 敵を引き剥がしてくださいよ!」
『無茶言うんじゃないよ! 敵は空から狙い撃ってきて、こっちは地面から迎え撃たなくちゃいけないんだ! ドムが飛べるんなら、話は別だけどね!』
「けど――うわっ!?」

 

 また振動が起こった。通信でダコスタが激を飛ばすも、ヒルダ達も敵の対応に苦慮しているようだ。
 バルトフェルドはモニターから見える戦況を確認し、ラクスに振り返った。相変わらず、眉一つ動かさない彼女の毅然とした顔があった。

 

「どうする、ラクス? このままでは、エターナルの順番が廻ってくる前にお陀仏っぽいぞ」

 

 冗談っぽくバルトフェルドが語りかけるも、ラクスは取り乱す様子は一切無い。あくまでも平然とし、怯えている様子は微塵も見受けられなかった。
 バルトフェルドの問いに少し間をおいて、ラクスが口を開く。

 

「今はヒルダさん達を信じましょう。バウンド・ドックをロザミィさんが抑えてくれているお陰で、マス・ドライバーの打上げ作業も再開されています。何とか耐えられれば、活路は開けるはずです」
「あぁ――」

 

 そうだといいな、と言おうとして、バルトフェルドは言葉を飲み込んだ。正直、敵の3機はヒルダ達よりもよっぽど戦い慣れしている。このままでは、エターナルが撃沈するか、時間まで耐え凌げるか分からない状況だ。
ラクスが落ち着いてくれている分、エターナルはパニックに陥らずに済んでいるが、クルーもそんなに暢気ではない。確実に分が悪い事を、肌で感じていた。

 

 その時、5隻目の艦船が、マス・ドライバーから打ち上げられていった。もくもくと煙の尾を引いて空に向かっていく。
 エターナルを攻撃しているジェリドも、空に昇っていく艦船の陰に気付いていた。

 

「5つ目を打ち上げられた? ゲーツ=キャパめ、何をしてるんだ!」

 

 エターナル攻撃班はジェリド、そして、マス・ドライバーから飛び出してくる艦船を落とすのはゲーツの役割のはずだった。しかし、その彼は先ほど一隻を沈めただけで、その後は何ら仕事をしていない。
 そして、もっと苛立ちを覚えるのは、MS-09に酷似したドム・トルーパーの存在である。シルエットは殆ど同じであるはずなのに、性能がオリジナルとまるで違う。担いでいるバズーカ砲はビーム兵器だし、スクリーミング・ニンバスのような防御装備は持っていなかった。
そのせいで、本来ならばとっくに落とせているはずのエターナルが、未だに元気に弾幕を張ってくるのだ。ゲーツが勝手に持ち場を離れたのなら、それをカバーするのは一番付近に居る自分達だろう。

 

「さっさと沈めよ!」

 

 ガブスレイをMAからMSに変形させ、フェダーイン・ライフルでエターナルを狙撃する。普通のビームライフルよりも一段長い砲身からビームが伸びるが、それは寸前で間に入ったドム・トルーパーのスクリーミング・ニンバスによって無効化された。

 

「くそったれ、ジオンの時代遅れが!」

 

 ベルリンでの作戦では間に合わなかったガブスレイ。今回はしっかり間に合い、ようやく彼本来の実力を発揮しようとしていた。しかし、これからという時に出現したのが、ビーム攻撃に対して圧倒的な防御力を誇るドム・トルーパーだったのである。
せっかく受領できたガブスレイなのに、待ちを決め込む相手に中々性能を発揮できない。

 

「ジェリド、焦りすぎだぜ! いくら新型を受領できて嬉しいからって、ビームが効かねー相手に躍起になったってよぉ!」

 

 傍からそのジェリドの苛立ちを見ているスティングにとっては、気持ちのいいものではない。マウアーもジェリドの苛立ちを感じ取っているらしく、カオスに接触してきた。

 

『マン・マークに付かれている間は、エターナルに決定的打撃を与える事は出来ないわ。ジェリドは私が何とかするから、スティングは私達がドムを引き付けている間に、エターナルのブリッジを』
「了解。マウアーも、ジェリドみたいなのが彼氏で大変だな?」
『その分、楽しいわよ』

 

 母性本能が働けば、苦労も快楽に変わるものだろうか。女性が甲斐甲斐しい自分に悦に浸る感覚は分からないが、マウアーはジェリドにお似合いだと思う。あのように自ら苦労を背負ってくれるような女性でなければ、きっと彼の恋人は務まらないだろう。
マウアーの言葉から、スティングはそんな事を感じ取っていた。

 

 スティングにすら心配されるジェリド。彼の気性の荒さは、天性のものだ。執念だけならば、きっと誰にも負けないだろう。ただ、かつての世界では、運がとことん無かったのだ。
 MA形態で高度を稼いだところで、MS形態になってフェダーイン・ライフルを撃ち続けるジェリド。しかし、ドム・トルーパーに阻まれて中々直撃が出来ない。まぐれで当たる事もあるのだが、その何れもが致命傷になり得ない箇所だった。

 

「こいつら、邪魔ばっかりしやがって!」
『落ち着いて、ジェリド。ライフルだけでは、エターナルを撃墜できないのは分かるでしょう』
「うぬぅ……ッ!」

 

 躍起になっても、ライフルのエネルギーを無駄にするだけだ。マウアーにそう言われ、ジェリドは歯噛みして唸った。どうにも上手くいかないのは、ガブスレイのせいではなく、相性の問題だ。ドム・トルーパーは間接的ビーム攻撃に対して鉄壁を誇っている。

 

『私が援護します。ジェリド中尉は、接近戦でドムを』
「分かった。サーベルで邪魔な奴を蹴散らしてやるぜ!」

 

 ジェリドのガブスレイが離脱すると、マウアー機は横滑りしながらフェダーイン・ライフルを撃ち始めた。更に両肩部のビーム・キャノンも併用し、ドム・トルーパーをエターナルに貼り付けにした。
「クッ…コイツ――ヘルベルト、マーズ!」

 

 堪らずにヒルダは、2人を呼んだ。それに呼応する様に、すぐさま2人が駆けつけてマウアー機からの攻撃からエターナルを防御する。
 そこへ、MA形態のジェリド機が高速で接近する。ヒルダがいち早くそれに気付き、ビームバズーカを構えて迎え打とうとした。しかし、その前にガブスレイは変形を解くと、ロング・ビームサーベルでバズーカの砲身を両断した。
慌ててビームバズーカを放り捨て、後退するヒルダ。

 

「あたしのドムが気圧されている……!?」
『ヒルダッ!』

 

 ヒルダが怯んだところへ追撃をかけようとするジェリド。その前に、ヘルベルトのドム・トルーパーが立ち塞がった。

 

「雑魚が、引っ込んでろって!」
『――んだとぉ!』

 

 ドム・トルーパーは、セカンド・ステージ・シリーズの機体で、ザクとの競合で量産から洩れた機体をターミナルが確保したものである。純粋な性能ならばザクよりも遥かに高いポテンシャルを持っていた。
 しかし、相手は核融合炉を積んだ、技術的にも数年先を行っているMSである。いくらドム・トルーパーが優れたMSでも、その溝は決して浅いものではなかった。
 ガブスレイの脚部クローが、ヘルベルトのドム・トルーパーの頭部を掴んだ。そして、そのまま捻るようにガブスレイはドム・トルーパーの頭の上で回転し、頭部を捻り?(も)いでしまった。ヘルベルトの怒りは発散されること無く、メイン・カメラを失う。

 

「スティング!」
『行くぜ!』

 

 ドム・トルーパーの陣形が乱れた。ガブスレイと別行動を取っていたカオスは、エターナルの背後を目掛けて高速で機動する。

 

「し、しまった!」

 

 気付いたマーズ。しかし、時既に遅し。カオスのカリドゥスが、エターナルのブリッジを吹き飛ばそうと照準を合わせ終えたところだった。

 

「これで、ジ・エンドだろ?」

 

 スティングの親指が、発射ボタンに添えられる。その時、コックピット内の警告音が鳴り響いた。

 

「新たに接近するMS?」

 

 一瞬気を取られ、レーダーを確認する。確かに、凄まじいスピードで正体不明機が接近中だった。しかし、カリドゥスは既に発射態勢が整っているのだ。自分の身を盾にしない限り、防ぐことなど出来はしない。

 

「今更出てきたところで!」

 

 無駄な努力と嘲笑い、スティングの指がカリドゥスの発射ボタンを力強く押した。カオス最強の複相ビームが、エターナルのブリッジ一直線に伸びる。これで、決まりだ――

 

「なっ――!?」

 

 しかし、勝利を確信していたスティングを待っていたのは、自らの放ったカリドゥスの光だった。突然の事にスティングも完全には反応できずに、機動兵装ポッドの片方を被弾して地面に不時着せざるを得なくなってしまった。

 

「何だ、ありゃあ……!?」

 

 降り続ける雨が弱くなってきている。流れる雲はその足を早め、切れ間から太陽の淡い光が注がれている。所々から光の柱が立ち並び、神話世界のような神秘的な光景が広がりつつあった。
 スティングの瞳の中に飛び込んできた、馬鹿げたMS――光の柱に照らされて全身を金色に輝かせ、悪趣味とも思えるほどに光を放つアカツキ。
そんなふざけた成金MSにしか見えないのに、信じられないことにアカツキはアンチ・ビーム・コーティングの施されたシールドですら溶かすカオスのカリドゥスを受けて無傷な上に、跳ね返してきたのである。怒りよりも、驚愕の方が上回ってスティングは呆気に取られていた。

 

「カオスのカリドゥスの直撃を受けて、何とも無いのか、あの金色は!?」
『エゥーゴの百式――いや、違う!』

 

 エターナルのブリッジを守るように立ち塞がったアカツキ。燦然(さんぜん)と輝く金色を誇示するように、敢然と佇んでいる。マーズのドム・トルーパーを連携して追いやったところで、ジェリドもマウアーもその存在に気付いていた。

 

「シャアか!?」

 

 金色のMSと言えば、グリプス戦役を戦ったものなら誰でも連想する赤い彗星のシャア=アズナブル。当時はエゥーゴのクワトロ=バジーナとして戦場に出てきていたが、彼も“こちら”にやってきたのだろうか。アカツキの細いシルエットと金色に、ジェリドはそう錯覚した。

 
 

『私は、オーブ国家元首カガリ=ユラ=アスハだ!』

 

「何っ!?」

 

 全周波の通信回線で、アカツキから聞こえてきた声は女性のものだった。そして、その声は名乗りと同じく、ジェリドも聞いたことのあるカガリの声に違わない。

 

「ターゲットが自ら戦場に躍り出てきたのか――生意気な!」

 

 アカツキが式典用なら話は分かる。華美で煌びやかだし、国家元首の威光を見せ付けるための代物ならば納得が出来る。しかし、今は真剣に命を取り合う戦場だ。そこへ、ふざけた外見で乱入してきて、あまつさえ名乗りを上げるカガリの神経がジェリドには癪に障った。
 尤も、驚いているのは彼だけではない。味方のバルトフェルドでさえも苦虫を噛み潰したような苦渋の顔で歯を軋ませていた。

 

「アイツ――最近大人しいと思っていたら、急に昔の悪癖がぶり返したってのか!」

 

 彼女の無謀な時代を知っているバルトフェルド。アフリカの砂漠でキラと一緒に居たところに遭遇した事があるが、あの時はまだ少女として許すことが出来た。しかし、今の彼女はオーブのトップ、国家元首である。
MSのパイロットしてもそれほど優れているわけではない、守られるべき立場の彼女がMSに乗って出てくること事態、お門違いなのだ。必死に時間を稼ごうと思っているバルトフェルドにとっては、面白いわけがなかった。

 

「いえ、違います。カガリさんは、わたくし達を守ってくださっているのです」
「お嬢ちゃんが俺達を守る?」

 

 ラクスは、カガリの意図が分かっているのだろうか。バルトフェルドの意見を否定し、含みのある言葉を口にする。その言葉に、怒りで気を荒げたバルトフェルドは気を落ち着けて考え直してみた。
 考え込むバルトフェルドを見やるラクス。付け足すように、言葉を続けた。

 

「あのMSは、ビームを跳ね返す装甲を持っています。エターナルがピンチになったとして、カガリさんは自らを囮にすることでこの窮地を切り抜けようとしているのではないでしょうか」
「それは…考えられるが――」

 

 ドム・トルーパーが一蹴された以上、エターナルの防御は更に薄くなった。確かに、アカツキがビーム攻撃に耐性を持っていて、それが完璧であるならば時間までは何とか凌げるだろう。しかし、パイロットがカガリで、相手はガブスレイが2機だ。
機体の性能がいくら優れていようとも、素人のカガリにこの場を支える事が出来るかどうか。ともすれば、エターナル共々ここで朽ちる事になりかねない。

 

 バルトフェルドが視線をアカツキに向けると、カガリが乗っていることを知ったガブスレイは、案の定アカツキに狙いを絞っていた。連合軍の優先ターゲットは、ラクスよりもカガリにあるらしい。
裏切りのナチュラルを断罪すると言う意味では、それは正しいのかもしれないが――

 

「うぅ――ッ!」

 

 アカツキのせり出した肩部アーマーを、ガブスレイのビームが掠める。しかし、カオスのビームとは違って、ガブスレイのビームは僅かにアカツキの装甲を溶かして焦げ痕を残した。飛び散る粒子が、僅かにヤタノカガミの効果を示したに過ぎなかった。
 ガブスレイのビームは、メガ粒子砲。従来のビームとは性質が異なる上に、それ自体が暴力的な威力を誇っている。それ故、エリカの懸念したとおり、C.E.世界の従来のビームならば弾き返せるが、メガ粒子砲に対しては効果は薄いようだ。

 

「ガブスレイのビームが通った――マウアー、金色にはメガ粒子砲が効くぞ!」
『万能な鏡面装甲ではなさそうね』

 

 ほんの些細な効果でも、ジェリドはそれを見逃さない。効くと分かれば、正体不明のアカツキもただの大袈裟な外見のMS以外の何物でもない。勝機を得たとなれば、ジェリドも俄然気合が入る。
 対して、カガリは焦った。エリカに注意され、ある程度の予測はしていたが、こうもあっさりメガ粒子砲に効果がないと分かれば、慌てざるを得ない。後退を繰り返しながらビームライフルで応戦するも、木に引っ掛かってバランスを崩してしまう。

 

「しまった!?」

 

 気晴らしに、シミュレーターで遊ぶ事はあった。しかし、久々の実戦は空気が違う。アカツキは森に墜落し、尻餅をついてしまった。墜落の衝撃で跳ね上がった泥が、飛沫となってアカツキの美しい鏡面装甲を汚した。
 そこへ、ジェリドのガブスレイが攻撃してくる。カガリは体勢を持ち直し、咄嗟にシールドを構えた。

 

「これは……!」

 

 運に見放され続けてきたジェリドとは対照的に、カガリは運を味方につけてここまでやってきた女性である。一か八かで構えたシールドは、カガリの願いが通じたのか、ガブスレイのメガ粒子砲を防いでくれた。

 

「お父様が、私を守ってくれた……?」

 

 そんな気がした。アカツキに込められたウズミの想いが、今もカガリに力を与えてくれている――そう感じざるを得なかった。このアカツキには、ウズミの魂が乗り移り、共に戦ってくれているような気がしてならない。そう思えば、これ程心強いことはなかった。
 しかし、安心してばかりも居られなかった。ジェリドが正面から仕掛けてきた一方で、マウアーは側面に陣取って隙を覗っていたのだ。森の中を体勢を低くし、気付かれないようにアカツキを狙う。

 

『カガリ=ユラ=アスハ、覚悟!』
「よ、横を取られていた!?」

 

 アカツキが振り向いたときには、マウアーのガブスレイは既にビームサーベルを引き抜いて躍り掛かっていた。慌ててカガリもビームサーベルで応戦しようとしたが、咄嗟の出来事にコントロール・レバーを持つ手が滑ってしまった。

 

「あ――ッ!」

 

 もう、間に合わない。ガブスレイの一つ目が瞬く瞬間が、モニターを見つめるカガリの瞳の中に飛び込んできた。

 

(お父様…アスラン――!)

 

 ガブスレイがビームサーベルを振りかぶる姿が、アカツキの鏡面装甲に映り込む。しかし、次の瞬間、そこに映されていたのはビームによってビームサーベルを保持するマニピュレーターを破壊されるガブスレイだった。

 

「何ッ!?」

 

 何者かに狙撃された――瞬時に感じ取ったマウアーは、即座にガブスレイをMAに変形させてその場を離脱した。そして、それを追撃する別方向からのビーム攻撃。カガリは見上げ、その射線の方向を見た。

 

「あれは――」

 

 そこから飛来してくるのは、全身を黒で彩ったムラサメに酷似したフォルムの戦闘機だった。