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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第42話

Last-modified: 2008-05-25 (日) 13:21:12

 『戦いの前』

 
 

 エターナルとアークエンジェルの護衛としてプラントへ向かうボルテークに入った通信は、突然だった。プラント本国、国防委員会から送られてきた緊急の司令は、ボルテークの地球への帰還を意味していた。

 

「ジブラルタルへ連合軍の大部隊が集結中だと?」

 

 ボルテークのブリッジで、ファクシミリから飛び出してきた紙を引き千切って取り上げると、イザークは眉を顰めてその内容に歯噛みした。

 

「イザーク!」

 

 ブリッジの入り口から、ディアッカが制服の前を開けたままのラフな格好で慌てたように入ってくる。現在は世界標準時にして深夜の時間帯。殆どの人員は休息に入っており、交代要員として数人が見張りについている状況だ。
イザークは偶々起きていたものの、ディアッカは少し眠たい眼を擦りつつも起こされてブリッジに駆けつけた。イザークが振り向くと、紙を差し出してディアッカに目線で合図を送った。

 

「ジブラルタルに師団規模って――マジかよ?」

 

 受け取り、驚愕に表情を歪める。報告の内容は正確ではなかったにしろ、諜報部の見解ではそれに相当する数を確認しているという。司令内容とイザークの顔色を見比べ、ディアッカは多少の狼狽を見せた。

 

「余程戦力が余っていると見える。まるで獲物に群がるピラニアだな」
「暢気に言うけどよ――」
「ザフトの地上軍を一箇所にまとめ、それを殲滅する事でザフト自体を弱体化させようとしているんだ。もし、地上に居るアスランが負けることになれば、その後は一気呵成に勝負を仕掛けてくるぞ、連合は――ナチュラルの考えそうな事だ」

 

 戦争が始まって、ブルー・コスモスはロゴスの事もあって基本的には傍観の立場だった。しかし、デュランダルの世界放送が終わって、それから急にその動きが目立つようになってきた。
それは、連合内の獅子心中の芽を刈り取る作業であり、戦争の早期決着の意欲の表れでもある。目的がコーディネイターの殲滅だけあり、やり方は容赦ない。
このままジブラルタル基地に集結して宇宙への脱出を図っているザフトが壊滅すれば、それは即ちザフトそのものの弱体化に繋がり、連合地上軍が現在は拮抗中の宇宙に上がってくるような事態になれば、現行の戦力だけではプラントを守りきることは出来なくなってしまうだろう。

 

「どうする、イザーク。行くのか?」
「国防委員会からの命令書は、ボルテークに衛星軌道上からの援護を言ってきている。とすると、疲弊の激しい足付きもエターナルも、向かわせられんな」
「プラントの守備はどうなる?」
「緊急としてメサイアが本国の守りに移動を開始した。如何に連合宇宙軍でも、あれの突破は容易ではない」
「だけどよ――」

 

 そう考えて、いいものだろうか。ディアッカには、懸念がある。それは、2年前のヤキン戦役に於いて、連合軍が宇宙要塞ボアズを突破したときの事だ。あまりにも呆気なく、簡単に最終防衛ラインであるヤキン・ドゥーエにまで迫られたのは、理由がある。

 

「決着を焦ってなりふり構わなくなったナチュラルは、核を使うぜ。メサイアを盾にしたって、あれを使われちゃあ一溜まりもねえ」
「分かっている」

 

 ディアッカの懸念も、当事者であったイザークには分かっている。当然、恥も外聞もなく連合軍が核を持ち出してくる可能性は、頭の中にあった。

 

「一応、対策は整っている。後は、連合がどれだけの量を用意してくるのかだけが問題だ。ジブラルタルから上がってくる部隊が合流するまでが、勝負になるな」
「全く、本国の防衛だ何だっていい具合に暇してたってのによ、何だか急に忙しくなってきやがったぜ」

 

 ゲスト・シートに腰掛けるイザークの傍ら、ディアッカは指令書を眺めたまま軽い溜息をついた。

 
 

 世界標準時にして深夜の時間帯。ユウナは寝付けなくて、アークエンジェルの艦内を徘徊していた。ウナトの死を知り、何もかもが無気力になってしまった彼は、こうして夢遊病のようにどこかに父の影を探して意味もなくさまようようになってしまった。
普段は冷静な彼も、ショックのあまり頭の中が空っぽになってしまったのだ。所作もどこか落ち着きなく、しかし周囲はそっとしておくしかないと見守る事にしていた。
 特に行き先も決めず、視界には艦内風景が映っているものの、頭の中はウナトの思い出で一杯だった。そんな時、偶然ブリッジの前にやって来たユウナは、ドアの隙間から見張り要員ミリアリアの交信のやり取りを聞いてしまった。

 

「――では、ボルテークはジブラルタルのザフト地上軍援護のために、地球の低軌道まで戻るんですね?」

 

 ボルテークが引き返す――連合軍の侵攻が、ジブラルタル基地にまで迫っているのだろうか。それを援護する為に、ボルテークは地球に戻るのだろう。ドアの隙間から聞き耳を立て、ユウナは考える。

 

「……はい、アークエンジェルとエターナルはプラントへそのまま向かいます。では――」
「待ちなよ」

 

 ハッとしてミリアリアが振り返った先には、ユウナが立っていた。据わった瞳に、猫背で不気味な雰囲気を醸し出している。時間帯が時間帯なだけあり、ちょっとしたホラーのような光景にミリアリアは一瞬身を竦ませた。
 ユウナは、そのままフラフラとミリアリアの近くまでゆっくりと流れてくると、固まっているミリアリアから無言でインカムを取り上げ、マイクを口元に寄越した。

 

「…ザフトは、地球に戻るのか?」
『ん? 誰だあんたは。さっきまでの女の子はどうした?』
「いいから僕の質問に応えなよ」

 

 飄々としたイメージからは想像だにできない妙な迫力を出すユウナに、席の前から押し退けられたミリアリアは何も言えずに困惑するしかなかった。何となく、女としての勘が働き、邪魔をすれば何をされるか分からなかったからだ。

 

『何だってんだ? ボルテークは、ジブラルタル基地に集結中の地上軍援護のために、地球へ戻る。エターナルとアークエンジェルはそのままプラントへ向かい、無事にVIPを送り届ける事、以上だ』
「デュランダルが、そう言っているんだね?」

 

 ゆらり、ゆらり――ユウナの背中が、微かに揺れている。少し病的なその仕草に、ミリアリアは固唾を呑んで見ていた。何かが、狂い始めているような気がする。

 

『はぁ? あんた、さっきから何を言っているんだ? あんたは一体誰なん――』

 

 ユウナはインカムを外して放り投げると、別の席に腰掛けた。そこは、アークエンジェルの火器管制を司る席である。ミリアリアは数瞬、何がどうなるのか理解しかねて呆然としてしまっていたが、直ぐに事の重大さに気付いた。

 

「ちょ、ちょっと何をしているんですか!? そこは、ユウナさんのような人が座るところじゃ――」
「うるさい! 乱暴されたくなかったら大人しくしていろ!」

 

 慌てて制止しようとするミリアリアを雑に手で突き飛ばし、パネルで操作を始めた。

 

「僕だってなぁ、ちょっとぐらいなら分かっているんだよ……ミサイルの一つ撃つ事ぐらい、僕だって――」
「む、無駄ですよ。セーフティが掛かっていますから」

 

 勇気を出して声を振り絞るミリアリア。その震える声を聞き、首をもたげるように顔を振り向けるユウナ。おどろおどろしい動きにミリアリアの体が固まっていく。

 

「なら、解除しろ」
「そんな事できるわけ――」

 

 言いよどんだミリアリアに向かって、ユウナが流れてくる。しかし、無重力での体の使い方が今一な彼は、床を若干強く蹴りすぎたようで、バランスは目茶目茶だった。ただ、その不安定さが今は余計に怖い。
 ユウナが何とかミリアリアの前に足をつけると、蔑むような目で見下ろしてきた。逆光となり、陰で暗くなったユウナの表情にミリアリアの足が震える。戦争でも物怖じしない彼女だが、今のユウナには悪漢としての恐怖を感じた。
逆らえば何をされるか分からない。

 

「君だってブリッジ・クルーなんだ。セーフティの解除方法くらい、一応知っているんだろ……?」
「で、でも――」
「それとも、君を滅茶苦茶にしてやろうか……?」
「きゃあッ!?」

 

 そう言うと、ユウナはミリアリアの襟を掴み、力いっぱいに引き千切った。露になるミリアリアの白い肩に、不埒な笑みを浮かべる。狂気染みた眼は、本気でミリアリアを犯そうとしていた。
 どうすれば――ミリアリアは恐怖で頭の中が白くなり、恐怖から逃れようとする思考しか働かない。本能が自己防衛を叫んでいる。どうせ、素人のユウナにまともに砲撃などできるわけがないのだ。それならば、いっその事――

 

「わ、分かりました……」

 

 涙目になりながらも、ミリアリアは何とか気持ちを奮い立たせ、火器管制を行っている席の前までやって来た。そして、セーフティが解除されると徐にユウナはミリアリアを突き飛ばし、満面の笑みで座席に座る。

 

「ハハハ…許すもんか。オーブを――パパを見殺しにしたくせに、自分達の同胞だけは助けようなんて、そんな虫のいい話……許せるわけないだろぉッ!」

 

 遂に、ユウナの指がスレッジ・ハマーの発射スイッチを押してしまった。発射管の蓋が開き、一発のミサイルがボルテークに向かって飛び出していった。しかし、照準も碌に合わせずに打ち出されたスレッジ・ハマーは、まるで見当違いの方向に向かって消えていった。

 

「クソッ!」

 

 出鱈目にボタンを押しまくるユウナ。最早細かい事は考えず、適当にそこかしこのボタンを連打して、むちゃくちゃに弾薬をバーゲン・セールした。

 

「どこだぁ、ローエングリンのスイッチはぁ? おい君、艦首をデカブツに向けろよ」

 

 躍起になって食い入るようにパネルを見つめ、血走る目でローエングリンのボタンを探す。そんな時、交替でやって来たサイがブリッジの騒がしさに気付き、急いでドアを開けて入ってきた。

 

「な、何をしているんですか!?」

 

 サイの目に飛び込んできたのは、椅子にすがり付いて狼狽しきっているミリアリアと、一心不乱にパネルの操作をするユウナの狂気染みた姿だった。咄嗟に飛び込んできた光景に、サイも流石に戸惑いを隠せなかったが、直ぐにユウナを取り押さえに掛かった。

 

「何で火器管制にセーフティが掛かってないんだ――ミリィは艦内に緊急警報を鳴らして! 俺がユウナさんを抑えるから!」
「邪魔するんじゃないよぉッ!」
「グッ!」

 

 後ろから掴みかかったサイを、力任せに振りほどく。あの華奢な体のどこにそんな力があったのか。同じ男であるサイでも、ユウナの想像以上の力に圧倒され、壁に背中を叩きつけられた。
それと同時にユウナは席を飛び出し、警報を鳴らそうとしているミリアリアを尻目に、ブリッジのドアにロックを掛けた。

 

「これ以上、邪魔者を増やしたくないからねぇ」
「あなたは……ッ!」
「ハハ……ぶっ潰してやる、あんな奴――これはパパの敵討ちだ……ッ!」

 

 醜く口の端を歪め、ユウナは苦悶に呻いているサイを一瞥すると、再び元の席に座った。ドアをロックした事により、外からの侵入は容易ではなくなった。サイもミリアリアも、何とか力で制圧できると分かった。
ユウナは邪悪に笑みを浮かべると、気持ちを落ち着けた。

 
 

 アークエンジェルが狂ったように撒き散らす意味不明な弾幕。ボルテークのブリッジでシートに座るイザークには、何が何だか分からない。

 

「何事だ、足付きは?」

 

 オペレーターを担当する通信士に、イザークは尋ねる。

 

「それが――」
「繋がらんのか?」
「いえ、最初は女の子が応対に出ていたんですけど、途中で突然男に変わったと思ったら、妙な事を口走って、それで急に足付きが暴れだしたんです」
「どういうつもりだ、足付きめ。裏切るつもりなのか?」

 

 アークエンジェルがどういうつもりかが判断できない以上、迂闊に攻撃を仕掛けるわけには行かない。幸い、アークエンジェルの暴走はボルテークに殆ど被害を与えておらず、今のところは唯の傍迷惑に過ぎない。しかし、このまま放っておくわけにも行かない。
 それに、裏切るつもりにしても、どこか妙だ。アークエンジェルの出鱈目な弾幕は何を狙っているのかが判断できず、困り者だ。この不可解な状況に、イザークは居ても立っても居られなくなって席を立った。

 
 

 アークエンジェルに響き渡る警報。即座にブリッジ・クルーは跳ね起き、敵襲が来たのかと急いで配置に向かっていった。
 格納庫で本来のカラーリングになったΖガンダムの調整をエリカと続けていたカミーユも、その異常事態にコックピットの中から顔を出した。

 

「エリカさん!」
「警報ね。敵襲かしら?」

 

 けたたましく鳴り響く警報。艦内放送のスピーカーから、ミリアリアの声が聞こえてきた。

 

『ユウナさんが、アークエンジェルの火器管制を乗っ取って暴走中! 誰か、早く止めに――きゃあっ!』
『余計な事をするんじゃないッ!』
『止めてください、ユウナさん!』

 

 男女の揉める声が、スピーカーを通して伝わってきた。ブリッジでのただ事ではない事態に、MSデッキは騒然とし始める。

 

「火器管制を乗っ取られたって――じゃあ、さっきから妙にうるさかったのはアークエンジェルの砲撃の音だったの?」
「そんな音、してたんですか?」
「あなたは中に入っていたから聞こえてなかったかもしれないけどね。…でも、それなら一体何のために――」

 

 こんな時でも冷静に状況を推理しようとするエリカは、顎に手を当てて考え込んでいた。インテリは、頭を使うばかりで身体を動かそうとしない。だからカミーユは、身体を動かす。

 

「Ζ、出します」
「カミーユ君!?」

 

 ブリッジは誰かが駆けつけるとして、それまでアークエンジェルの暴発が他の僚艦に被害を加えないかが問題だ。それを防ぐ為に、横になって仰向けになっているΖガンダムに、カミーユは再び潜り込んだ。
 Ζガンダムのカメラ・アイが点灯し、膝を起こして立ち上がり始める。エリカは起動を始めたΖガンダムに踏み潰されまいと、床を蹴って後ろに跳んだ。

 

「MSを出すの?」
『ザフトに誤解されたら、つまらないでしょ。何とかして、外からブリッジにコンタクトをとってみます』
「そんな事したって――」

 

「お兄ちゃん!」

 

 甲高い声にエリカが振り向くと、壁を蹴って流れてくる少女が一人。かなり慣れた様子でΖガンダムに取り付くと、コックピットに回って拳で叩き始めた。

 

「何処行くの、お兄ちゃん?」
「あの子は――」

 

 ボリュームのある薄紫の髪を無重力に弄ばれながら、薄いランジェリーのような寝間着で恥じらいもなく喚いている。彼女は、Ζガンダムを製作している最中にもカミーユにぴったりとくっついて離れなかったロザミアだ。
当時、鬱陶しいものだと思ったことを、エリカは忘れもしない。
 ロザミアは妙な予感を抱いていた。何故か胸騒ぎがして、就寝中だった彼女は警報が鳴る前に目を覚ましていた。そうしたら、この騒ぎである。嫌な予感が的中したと確信したロザミアは、まるで導かれるようにやって来た。
 ロザミアに張り付かれたΖガンダムは少し動きにくそうだ。唯でさえ様々な機材が散在している格納庫である。振りほどかれた勢いでぶつかってしまえば、怪我どころでは済まない可能性だって多分にある。

 

『エリカさん!』

 

 Ζガンダムのカメラ・アイが瞬き、カミーユが何かを伝えようと呼びかけてきた。その意図を察し、エリカは壁を蹴ってロザミアのところまで昇っていくと、後ろから羽交い絞めにしてコックピットから引き剥がした。

 

「何するの! あたしはお兄ちゃんに訊いているのよ、あなたではないわ!」
「カミーユは何処にも行きやしないわよ。いいから、ロザミィは大人しく寝てなさい」
「嘘よ。お兄ちゃんはMSに乗ってるじゃないか!」

 

 羽交い絞めにしたまま、Ζガンダムを蹴って離れる。暴れるロザミアは、とても少女とは思えない怪力だ。何とか安全圏まで離脱しようと試みるが、あっさりと振りほどかれると、ロザミアは器用にコンテナを利用して体を翻し、今度はガンダムMk-兇妨かい始めた。
 その間に、Ζガンダムはゆっくりとカタパルト・デッキへと向かい、出撃した。

 

「ロザミィまで出る事はないでしょう!」

 

 エリカの引き止める声に、体を反転してロザミアは見る。その瞳には深い不信感が入り混じっていた。

 

「そうやって、あたしとお兄ちゃんを引き離すつもりでしょ! ソラに上がってくる時だって、お兄ちゃんはこの船に乗れなかったじゃないか!」
「あれは不可抗力よ! こんな宇宙のど真ん中で、何処にも行くところなんかありゃしないわよ!」
「ウソおっしゃい! お兄ちゃんが出るんなら、あたしも出るんだ!」
「カミーユは迷惑よ!」
「あたしはお兄ちゃんの妹なの! 迷惑なもんか!」
「ロザミィ!」

 

 エリカの声を振り切るように再び進行方向へと体を正面に向けると、あっという間にガンダムMk-兇房茲衂佞い謄灰奪ピットの中に滑り込んでしまった。
エリカは追いかけようとするも、無情にもガンダムMk-兇離灰奪ピット・ハッチは閉まり、なし崩し的に出て行ってしまった。

 

「あんな子が出てったら、余計に場が混乱するだけじゃない!」

 

 呆然としている場合ではない。ブリッジではまだユウナが暴れているのだろうが、ΖガンダムとガンダムMk-兇出撃した事を報告しなければならない。急いで通信端末に駆け寄り、受話器を片手にミリアリアへの通信を繋げた。

 

 宇宙へと飛び出し、メカニック・クルーのツナギ姿のままΖガンダムに乗り込んだカミーユは、シートにオプションとして備わっているシートベルトを体に巻いて固定した。
パイロット・スーツのバック・パックが無い分、リニア・シートのアタッチメントに当たる部分が空洞になっていて違和感を覚える。背中の妙な空虚感に多少の煩わしさを抱きながら、カミーユは反転してアークエンジェルを見た。
 無茶苦茶だ。流石に素人が適当に弾幕を張っているだけあって、それがかえって何処に弾が飛んでくるのかわからない分、弾道が読みにくい。ユウナが精神的に参ってしまっているのは分かるが、こんな迷惑を振り撒かれたら溜まったものではない。
どうにかして、誰かがユウナを取り押さえるまでボルテークやエターナルに被害が及ばないようにしなければ――

 

「ん?」

 

 苦心して考えを巡らせていると、アークエンジェルから立て続けにガンダムMk-兇飛び出してきた。その動きが無邪気で、抱きつくようにΖガンダムと接触した。揺れるコックピットで体を踏ん張り、カミーユは直感する。

 

『何処行くの、お兄ちゃん?』
「ロザミィ!?』

 

 果たして、予想通りの声が接触回線から聞こえてきた。彼女まで出てくることは無いと思いつつも、出てきてしまったのなら仕方ない。言ったところで滅多に言う事など訊かない彼女だから、せめて妙な勘違いを起こして、厄介なことにならないようにしてくれよ、と願うばかり。

 

『そっか、アークエンジェルがうるさいから、それを黙らせるのね』

 

 そう願ったのも束の間、ロザミアはカミーユから何かを察知したのかビームライフルの銃口を、事もあろうにアークエンジェルへと差し向けた。慌ててカミーユはΖガンダムのマニピュレーターでビームライフルの銃口を降ろさせる。

 

「駄目じゃない、ロザミィ! そういう事じゃなくて――」
『え? 違うの?』

 

 ロザミアは、感受性が強すぎる。特に、カミーユの感じていることはより鋭敏に察知しようとする。それを曲解して、頓珍漢な行動に移ることもしばしば。

 

「とにかく、ブリッジの様子が知りたい。俺はアークエンジェルの真上からブリッジに接触する。ロザミィはここで待機して、変化があったら知らせてくれ」
『分かったわ、お兄ちゃん』

 

 とりあえずは、ロザミアに何もさせないことが先決だ。カミーユは納得させると、機体をアークエンジェルの真上へと移動させた。艦の真上は、一番砲火が少ない位置。少しの間をおいて、火線が少なくなったところでブリッジへと強襲を掛けた。
 アークエンジェルの砲撃はやはり出鱈目で、簡単にブリッジの正面まで降りてくると、マニピュレーターを伸ばして接触させた。

 

「サイ、ミリアリア、どうなっている!」
『Ζ――カミーユ、危ない!』
「え?」

 

 ミリアリアの声が、背後で格闘を続けるサイとユウナの声にかき消されそうになりながらも聞こえる。カメラでブリッジの様子を拡大してみると、ユウナがサイを振り払って何やら操作をしている。
 ふと気付くと、ゴットフリートの砲塔がこちらに向いているのが見えた。慌ててマニピュレーターを放すと、即座にブリッジ正面から離脱する。ニアミスで発射されたゴットフリートの軌跡が、宇宙の彼方へと吸い込まれていった。

 

「クッ、まだ誰も中に入れて居ないのか?」

 

 状況を鑑みる限り、ブリッジにはユウナとサイ、ミリアリアの3人だけだ。先程の映像を呼び出して静止画にして拡大すると、奥のドアにロックが掛かっているのが見えた。恐らく外には既に何人かが駆けつけていて、今はロックを外すのに四苦八苦している最中だろう。

 

「大体、あの人はどういうつもりでこんな事を――」
『おい、貴様。アークエンジェルは何を血迷ってるんだ? これではボルテークの回頭に支障が出るだろうが』

 

 シールドで無差別攻撃を防ぎつつ後退するΖガンダムに、一機のグフ・イグナイテッドが通信を繋げて来た。ハイネのMSとは違う白いカラーリングのグフ・イグナイテッドだ。それは、アークエンジェルの突然の乱心に業を煮やしたイザークの専用カスタマイズ機。
 カミーユは、イザークの言葉に引っ掛かった。

 

「ボルテークの回頭って――コースを変えるんですか?」
『聞いてないのか? ボルテークはジブラルタルの援護のために、これから地球へ引き返す。それを足付きに言ったら、これだ。貴様はアークエンジェルのクルーだと思うが、何がどうなっているのか説明してもらおうか』
「ボルテークが地球へ引き返す?」

 

 頭の中で、点と点が結びつく感じがした。カミーユの鋭い勘が、どうしてユウナがこんな行為に出たのか、その答を導き出した。いや、寧ろ彼が暴走するのは、これしか考えられない。
 ユウナは、悔しかったのだ。ウナトを失うどころか死に目にも会えず、事実を知らされたのはキラからの口伝のみ。遺言も、果たして本当なのかすら分からないのに、父の最期の声を聞けなかったユウナはさぞや無念だっただろう。
そして、そのウナトの死が直接的ではないにしろ、デュランダルの所業にあるとすれば、ザフトが同胞を助ける為にエターナルやアークエンジェルの護衛を放棄し、離れていくのが許せない。同胞は助けに行くくせに、どうしてウナトは助けてくれなかったのか――
悲しみに暮れるユウナは、それがどうしても納得できなかったのだろう。

 

「だからって、こんな事をしたって――」

 

 心の中が痺れる。やるせないのは、当事者であったカミーユの感傷に過ぎないのかもしれない。周りから見れば、ただ単にユウナが癇癪を起こして我侭に暴れているだけに見えるだろう。
しかし、大切な人を失うという喪失感を痛いほどに知っているカミーユは、そんなユウナに同情してしまうのだ。なまじ強すぎるニュータイプだからこそ、悲哀の感情はおろか、死の波動まで無差別に受信してしまう。
それが、ニュータイプとして目覚めたカミーユの背負った業なのだと言ってしまえば身も蓋も無いが――

 

『おい、この始末はどう着けるつもりなんだ? 事と次第に拠っちゃ、足付きは黙らせるしかないぞ』
「待ってください! もう少しで、誰かが止めてくれると思いますから――」

 

 アークエンジェルの暴走は、留まる所を知らない。オーブ脱出の際の補給が十分すぎた為か、いくら吐き出しても弾薬が尽きない。しかし、いつ果てるとも知れないアークエンジェルが、何と移動を始めた。メイン・スラスターに火が灯り、全速力で加速を開始したのだ。

 

「な、何だ!?」

 

 度肝を抜かれ、カミーユは呆然となってしまった。弾薬をばら撒きながら、アークエンジェルはプラントへの道のりを走り始めたのだ。エターナルが、巻き込まれない程度に間隔を開けて後に続いていく。
 呆然と佇むΖガンダムの横で、イザークの元にボルテークからの通信が入る。イザークは通信スイッチを入れ、オペレーターからの報告に耳を傾けた。

 

「――そうか、分かった。なら、足付きに置いてきぼりを食った2体のGはこちらで使わせてもらうと伝えておけ」

 

 サイは、結局ユウナを取り押さえる事が出来なかった。しかし、彼は機転を利かし、アークエンジェルをボルテークから遠ざけるという非常手段に打って出たのだ。カミーユとロザミアが出撃している事は知っていたが、ユウナを止められない以上はこれが最善の手だと判断した。
 彼は工業カレッジの元生徒という事もあり、更に運用が簡潔になったアークエンジェルのお陰で、何とか動かす事が出来た。エターナルは、そんなサイの判断に従い、ミリアリアからの報告を受けて続いていった。
 イザークはそんな旨の報告を聞き、通信を切った。そしてグフ・イグナイテッドのマニピュレーターをΖガンダムの肩に接触させると、カミーユに告げる。

 

「貴様も、ジブラルタル援護作戦に加わってもらうぞ、カミーユ=ビダン」
『えっ?』

 

 正に青天の霹靂。急に降って湧いたような話に、思わず素っ頓狂な声で返答してしまった。

 
 
 

 地上――ジブラルタル基地では、ザフトの地球駐屯軍が集結していた。連合地上軍に比べればささやかな規模かもしれないが、それなりに立派な規模にはなったと思う。
 ヘブンズ・ベース攻略から、まだ10日も経っていない。ザフトの一部では士気の上がっている者も居たが、オーブが陥落し、カーペンタリア基地までも失うことになった今、遠征に於ける補給線の確保が難しくなったザフトの地上での作戦行動は、殆ど無意味になってしまった。
折角ヘブンズ・ベースでブルー・コスモスの大半を拘束できても、結局は首謀者であるジブリールには逃げられ、悪戯に戦力を消耗させられただけだったのかもしれない。

 

 オーブ陥落――その報告を聞いたとき、アスランの顔から血の気が引いたのを、シンは見ていた。普段は落ち着いていて、隊長として頼りになる彼も、この時ばかりは小さな人間に見えてしまった。
それもそうだろう、彼にとってザフトへの復隊はオーブを守るという意味があったからだ。この無情な知らせを聞いて、誰が気丈に振舞えるのだろう。自らの無力さを思い知る以外に感じることがあるのなら、誰かに教えて欲しいものだとシンは思った。
 一方で、シンの気持ちも複雑だった。確かに、数ヶ月前までならオーブは嫌いだった。しかし、彼が本当に嫌っているのはアスハなのだ。オーブは、両親や妹と過ごした思い出の場所――だから、国それ自体にシンは悪意を抱いていない。
彼の最も嫌悪する相手は、あくまで本国を戦場にし、家族を巻き込んで死亡させたアスハそのものなのである。以前、アスランはそう告白するシンに向かって、カガリはそんな人ではないと言っていたが、未だに彼はカガリを信用する事が出来ない。
彼女は、父親であるウズミを信じ、そのせいで死んだ人の事を忘れてしまっていると思っているからだ。
 そんな折に追加で報告されたのが、カガリの生存の報告である。オーブは連合軍の侵攻を予測し、その前に国民の避難を開始させ、国それ自体を空き家にする事で逃亡を図ったのである。現在、カガリはラクスと一緒にプラント本国へと亡命中ということだ。
 少しは、2年前の教訓を活かしたと言えるだろうか――しかし、難民として国を追われたオーブ国民が、何の苦労も無く亡命先で暮らしていけるわけが無い。こんな事態をまたも引き起こしておいて、アスハという家系の何と愚かな事か。
オーブに国としての欠陥があるとすれば、アスハを国家元首に戴いた事だとシンは思う。

 

「このバランスが、扱いにくいのよね〜」

 

 狭いコックピットの中、パイロット・シートに座るルナマリアの横で、シンはふと我に返った。シンがデスティニーを使うようになって、余ったインパルスはルナマリアが担当する事になったのだ。
その引継ぎのような形で、怪我から復帰したルナマリアに色々と教えているところだ。

 

「ルナは、スロットルの入れ方が雑なんだよ」

 

 そう言って、シンはレバーを握るルナマリアの手の上から自分の手を添え、ゆっくりと押し込んでいく。ルナマリアが振り向き、顔を突き合わせた。

 

「インパルスはシンに合わせて調整してあったんでしょ? あたしの勝手じゃないわ」
「だから、ルナのためにセッティングに付き合ってやってるんじゃないか」
「当然でしょ? あんたの癖が染み付いちゃってて、使い難いったらありゃしないんだから」
「じゃあ、何で自分からインパルスの後継パイロットに志願したんだよ? 嫌なら他のMSにすりゃあ良かったんじゃないか」
「何言ってんのよ。あんたの癖が染み付いたインパルスになんか、誰も乗りたがらないわ。それじゃあ、インパルスがもったいないでしょ。あたしが犠牲になってあげてるんだから、感謝しなさいよね」
「あのなぁ――」

 

「よっ、お2人さん。仲いいところ悪いんだけど、ちょっとシンを貸してくれよ。デスティニーの整備が仕上がったんだけどさ、シンに確認してもらいたいんだ」

 

 コア・スプレンダーの縁から顔をひょっこりと覗かせたヨウランが、言い合いをする2人のやり取りを遮って割り込んできた。妙にニヤニヤした、いけ好かない態度。邪魔をしにきたと言わんばかりに、シンを急かす。

 

「確認が必要なほど難しかったか?」
「お前の扱い方は荒っぽいからなぁ。妥協して、下手こきたくないからな」

 

 ひらりと飛び降りたシンの背中を押して、ヨウランは言う。

 

「ほら、御覧なさい」
「うるせっ」

 

 そんなヨウランの言葉に同調するルナマリアに、シンは不貞腐れてデスティニーの元へ向かっていった。

 

 ヨウランの運転で移動者に乗り込み、デスティニーの足元までやってきた。そして昇降機に乗ってコックピット付近まで上がってくると、中に入り込んだ。下では、ヨウランがマイクを片手に通信を繋げてきている。

 

『よし、先ずは右腕を動かしてみてくれ』
「分かった」

 

 言われたとおりに、シンはデスティニーの右腕を動かした。ゆっくり、慎重にその動きを確かめるように操作する。そして、マニピュレーターの指先を細かく動かし、調整が正常である事を確認する。
 MSにとって、武器を携行するマニピュレーターは生命線である。これが器用に動かないようでは致命傷だし、特にアロンダイトや高エネルギー長射程ビーム砲、更にはパルマ・フィオキーナを備えるデスティニーにとっては、特に重大な部分を占めていた。

 

「異常なし、ヨウラン?」
『じゃ、次は左な』

 

 同じ様にシンはデスティニーの左腕を動かした。こちらも異常なし、シンは次の確認事項を待った。

 

「次は?」
『特に問題は無さそうだな。それじゃ、ちょっと待ってろよ』
「ん?」

 

 確認とは、これだけなのだろうか。シンが不思議がっていると、目の前の昇降機が降りて行った。怪訝に思って身を乗り出してみると、下からヨウランがその昇降機に乗って上がって来るのが見えた。

 

「狭いけど、ちょっとお邪魔しますよぉ」
「お、おい――」

 

 むさい男2人で狭いコックピットの中なんて、ヨウランは何を考えているのか。有無を言わせず乱入してくるヨウランに迷惑しながら、シンは益々意味が分からなくなった。

 

「もうちょい詰められねーか?」
「お前なぁ、MSは一人乗りだぞ」
「気にするなって。そんなことより、ハッチ閉めろよ」

 

 妙な悪寒が背筋を奔った。滅多に働く事の無いシンの勘が、無駄に無意味に働いたのである。
 まさか、これはもしかして貞操の危機なのか――ヨウランは、自らのモテなさぶりに嫌気が差し、遂にあっち側の世界に逝ってしまったのだろうか。冗談ではない、こっちはそんな気は微塵も無いのに、無理矢理あっちの世界に連れて行かれてたまるものか。

 

「じょ、冗談は止せよ!」
「何だよ? ハッチのスイッチ、これだろ?」

 

 ヨウランを制止しようとするシンの肘が、何かのスイッチを入れてしまった。シンはそれに気付くことなく、一方でヒョイと腕を伸ばし、ヨウランがコックピット・ハッチの開閉スイッチを押した。シンが阻止する前に、無情にも閉まるコックピット・ハッチ。
 どうする――力では純粋な兵士である自分が有利だが、この狭い中では状況がどう転ぶか分からない。

 

「モニターは――っと、これだな」

 

 緊張に身を強張らせるシンを余所に、ヨウランはデスティニーのモニター・ディスプレイに光を灯した。カメラが周辺の景色を映し出し、それぞれに整備や調整に勤しむ人々の姿が見える。

 

「こうやって見ると、分かりやすいな」
「はぁ?」
「で、お前とルナは何処まで行ったんだ?」

 

 目を丸くして、シンはにやけるヨウランの顔を見た。どうも、シンの覚悟は無駄な労力だったようだ。緊張して身構えていた自分が、少し恥ずかしくなった。

 

「別に――」
「別にって事は無いだろ? 正直に言えよ、最近仲良いの、みんな知ってんだぜ」

 

 つまり、そういうことか。シンの機体の整備を担当しているヨウランが、代表してシンに真相を聞きにきたのだろう。まったく、こんな非常時だというのに、考えている事は幼稚だ。呆れて溜息をつく。

 

「ルナの事、好きなんだろ?」
「そりゃあ――」
「だったら、もうする事はしちまってるって事だよな? ったく、お前ばっかりいい思いしやがって――」
「馬鹿! ルナはついこの間まで怪我してたんだぞ! そんな事…出来るわけないじゃないか!」

 

 くわん、くわんと響くコックピットの中。ヨウランは両手で耳をふさいで顔を顰めている。

 

「急に大声を出すなよ! 耳が潰れちまうだろうが!」
「へ、変な事言うからだろ!」
「ったく、分かったよ。初心(うぶ)なお前が、こんな短期間に蓮っ葉なルナとの関係を進展させられるわけがねーんだ。生暖かく見守っていてやるよ」
「余計なお世話だ」
「それでよ――」

 

 ヨウランが身を乗り出し、カメラを操作し始めた。映像が移動していき、ある地点でスクロールを止めると、画像を拡大していく。そこに映っているのは、アスランとエマの姿だった。

 

「問題はこの2人だよ。いつの間に――ってのはどうでもいいんだけどさ、ザラ隊長って、ラクス様とオーブのお姫様と二股掛けてるって話じゃなかったっけ?」

 

 二股かどうかはさておき、確かに、モニターの中の2人は仲が良さそうに並んでこちらを見ていた。とはいえ、それまでの様子からはエマはアスランにとっての良き相談相手といった感じで、ヨウランが邪推しているような関係には到底見えなかったのだが――

 

「さぁ。ザラ隊長も、ミネルバ暮らしが長くて、2人の事を諦めちまったんじゃないのか。戦争だっていつ終わるのか分かんないんだしさ」

 

 そうなってくれれば、どれだけいいだろう。シンにとって、アスランに対して唯一ネックと思っているのは、カガリの存在だった。アスハにさえ関わっていなければ、もっと尊敬できるんだけどな――そう思ってしまうのは、自分の我侭かもしれない。
しかし、そう思わなければアスランを心の底から尊敬することは出来ないし、ここまで面倒を看てくれたアスランをもっと身近な存在に感じたいという気持ちもある。
 正直に言えば、カガリの存在さえ関わらなくなれば、シンは満足なのである。それは、アスラン本人にとっては酷な事なのかもしれないが――

 

「俺としちゃあ、隊長はこのままエマさんと一緒になってくれたほうが助かるんだけどな」

 

 ガルナハンでの修正が強烈に効いているせいで、未だにシンはエマが苦手だった。あれが無ければ、今でもエマの事を唯のオーブからの転向者として侮っていたかもしれない。しかし、カガリとアスランがくっ付いているくらいなら、エマの方が何百倍もマシだと思えた。
 実際に、エマはアスランの師匠的な立場にあった。補佐役といった方がこの場合は適切かもしれないが――ともかく、アスランは作戦の決定を下す際にも、必ずエマの意見を伺う。
そのやり取りが重なって、2人の感情に恋が芽生えたというヨウランの考えも分からない話ではない。犬猿の仲だと思っていた自分とルナマリアですら、そういった感情を抱けるようになれたのだから――

 

「何でだよ?」
「隊長はエマさんの方が似合ってるだろ。隊長って、意外と内気で悩み事とか多いみたいだからさ、年上のエマさんは丁度いい組み合わせだと思わないか?」
「それは正直友達思いの俺としては歓迎したくない事態だな。ヴィーノの恋が、砕け散っちまう」
「ヴィーノ、そうだったのか?」
「一目惚れだとさ。理知的だけど少し世間知らずなところがいいんだと」

 

 いつの間にやら、デスティニーのコックピットの中は合宿の消灯後のような会話で少年二人が盛り上がっていた。どうせ、コックピットの中の会話は外に洩れやしない。ある種、今のデスティニーのコックピット内は治外法権である。
誰に咎められるわけでもなく、ヒート・アップする馬鹿少年2人組みは、会話を続ける。
 しかし、その油断が2人を奈落の底へと突き落とした。

 

『何やってんのよ、あんた達ぃッ!』

 

 耳に突き刺さってくる怒号。誰かがマイクを片手に、デスティニーに呼びかけを行っているようだ。鼓膜が破れんばかりの大声の主は、カメラが直ぐにキャッチした。まるで刃物のように鋭い“アホ毛”をいきり立たせている、ルナマリアだ。
 そこへ、エマが駆け寄ってきて珍しく乱暴な手つきでルナマリアからマイクを奪い取った。

 

『貸しなさい――そこの2人、とっととコックピットの中から出てきなさい! 勤務時間中にサボって猥談なんて――』

 

 何故、デスティニーのコックピットの中の様子が外に洩れてしまっているのだろうか。ハッチを閉め切っていて、外から中の様子を確認する事など出来ないはずなのに――モニターで怒りの声を上げるエマに釘付けになっているヨウランに対し、シンは周囲を見回した。

 

「あっ――」

 

 すると、どういう事か、外部スピーカーのスイッチが、オンになっていた。つまりは今までのヨウランとの会話は、全て筒抜け。格納庫に居る全員が、2人のやり取りを聞いていたのであった。

 

 強制的にデスティニーから排出された2人は、エマからのキツイ修正を受ける事となった。黙々と作業を再開した2人の頬には、鮮やかな紅葉が。

 

「ったく、シンのせいでよ――」
「お前がいけないんじゃないか!」

 

 パソコンで確認作業を続けるシンを尻目に、ヨウランはデスティニーの脚底に潜り込んで、スパナを片手に作業をしていた。叩かれた左頬が、痺れを残していて違和感を感じる。
 そういえば、ヨウランはシンに聞きたい事がもう一つあったような気がする。若年性痴呆症ではないと思うが、たまに思いついたことを直ぐに忘れてしまうのは何故だろう。

 

(誰の事を聞きたいんだったっけ?)

 

 どうしても思い出せない。答えは喉元まで出掛かっているのにも関わらず、あと一歩がどうしても思い出せないのである。確か、シンの周囲の人間の事を聞こうと思って――

 

(カツ――じゃないな。アイツは俺達と同じモテない組だしな。と、なると……)

 
 

 病院の一室。ネオは、ヘブンズ・ベースで再びザフトの捕虜になって以来、一歩たりともベッドから動けない状態に陥っていた。それでも怪我のほうは快方に向かっているらしく、とても普通のナチュラルの回復力ではないと医師を驚かせたほどである。
 そんな彼を、毎日訪れてくる人物が2人居た。一人は、あどけなさを面影に残す少女・ステラ=ルーシェ。ネオと共にザフトへと身を寄せる事になった彼女は、保護観察の身ではあるが、自室とネオの病室への移動は監視付きの条件で許されていた。
 そんなステラの監視員を自ら買って出たのが、レイだった。

 

 今日もレジェンドの整備を終えたレイがステラを部屋に呼びに行き、ネオの病室までの短い散歩をする。無邪気にはしゃいで先を行くステラの後ろ姿を、レイは不思議な心地で見ていた。
 自分は、どうしてステラの監視役など買って出てしまったのだろうか――面倒な事は、他のクルーにやらせて置けばいい事。パイロットであるレイは、緊急時に代わりが利かない貴重な人員である。事情を考えれば、わざわざレイがやるような事ではない。
 しかし、ステラの無邪気にはしゃぐ後ろ姿が、誰かの影と重なる。背丈はそれ程高くなく、ステラと同じブロンドの髪を風に弄ばれながら駆けて行く少年の後ろ姿――

 

(あぁ、そうか――ラウに会いに行くときの俺だったのか)

 

 振り向くステラの仕草に、幻の少年の姿も同じ仕草を重ねた。振り向いた少年時代の自分は、何と穢れなく無垢な表情をしているのだろう。この時は、まだあの幸せが永遠に続くかと思っていて、自分の心がこんなに荒むとは夢にも思ってなかった頃だ。
 あの頃に戻って、もし自分の運命を知らないまま時を過ごしていたならば、果たして今の自分はどうなっていただろう。少なくとも、戦争なんかしていなかったかもしれない。

 

「どうしたの、レイ?」
「あ……?」

 

 ふと我に返ると、そこは目的地であるネオの病室の前だった。そのドアは、いつもレイがロックを解除していた。呆然と立ち尽くすレイをステラが急かしているようだった。レイは視線を泳がせて景色を見渡すも、少年時代の自分は既に見えなくなっていた。
 気を取り直し、レイはポケットの中から預かっていたスペアの電子キーを取り出し、それを鍵穴に差し込んでドアのロックを解除した。ドアは静かに開き、病室の中の薬の匂いが鼻腔をくすぐった。
 薬の匂い――レイにとっては嗅ぎ慣れた匂いなのかもしれない。

 

 扉が開ききると、ステラが真っ先に病室へと入っていった。頭に包帯を巻き、リクライニング式のベッドで上半身を軽く起こして読書に耽るネオに駆け寄っていった。ステラの嬉しそうな仕草が、堪らなく羨ましく思える。
 少し遠慮がちに、レイは遠目から2人を見守っていた。ステラの訪問に表情を緩めるネオ、同じく笑顔満開のステラ。昔の記憶の中に埋もれていった、過去の自分とラウを見ているような気分になる。

 

「どうだ、連合は、ジブラルタルの攻略に乗り出したか?」

 

 適当にステラの相手をした後、ネオはレイに話しかけた。すこし眉間に皺を寄せ、他人事なネオに対して不満を露にするレイ。

 

「そうだな。諜報部からの報告によると、明日明後日にでも連合軍の総攻撃が始まる見通しだ。イベリア半島の周辺は、ジブラルタル攻略部隊が展開されている。今のここの戦力と互角かそれ以上の戦力がな」
「そうか。それはご愁傷様だな。で、ザフトは何か策を練っているのか?」

 

 ザフトは、宇宙への脱出を図っている。それはつまり地上での作戦行動を放棄し、プラントの防衛に徹するという事だ。
連合軍がその強大な軍事力を武器に、世界を武力によって統一しようとしている昨今に於いて、地上で不利な作戦行動を繰り返しても益は少ないと判断したのだ。
 そこで、各地の連合軍の圧力によってジブラルタル基地へと流れてきたザフト地上軍は、そこから宇宙に上がる、地上での最終作戦を展開中だった。既に第一陣の先発艦隊は宇宙へと旅立って行き、今日明日にも第二陣と第三陣の打上が完了する予定だ。
 しかし、問題なのは艦隊の全てを打上げる前に侵攻が予想されている連合軍である。交戦は止むを得ないが故に、確実に連合軍の第一波攻撃は食い止めなければならない。
とりあえず周辺海域には機雷を、陸地にはトーチカが備えられているが、それもどれ程の意味を持つのかは分からない。とにかく、一説には連合軍の規模は師団クラスだと出ているのだ。数の暴力で攻め立てられれば、策も何もあったものではない。
 そんなザフトの苦しい裏事情を、連合軍大佐であるネオに話す気になどなれない。表情には出さないように口を噤んでいると、そんなレイの思惑が分かったのか、ネオはフッと一つ鼻で笑った。

 

「まぁいいや。それよりも、そんなところに突っ立てないで、お前もこっち来いよ。監視っつったって、見てるだけじゃつまんないだろ?」

 

 ドアをくぐって入ってきてから、微動だにしない佇まいを怪訝に思った。ネオの呼びかけにレイは呻くように一言応えた後、視線を床に落として何事か考えてから、ベッドのネオのところに歩み寄った。

 

「何故、俺を近くに呼んだ?」

 

 問いかけるレイに、ネオは眉を顰めて含み笑いする。

 

「何となく――な。何か知らないが、お前が私に話したいことがあるんじゃないかと思ってな」
「俺が、お前に?」

 

 煩わしいと思っている感覚は、相変わらず続いている。レイがその感覚に疑問を抱いている事は、直接ネオの本質に触れるきっかけになるような気がした。それは、極めて危険で不自然な事。何せ、死んだ人間を引き合いに出そうというのである。
リアリストのレイとしては、あまり褒められた考察ではない。しかし、ネオが唯の人間ではないと判明してしまっている以上、可能性として考えられる論理は、それしか残されていないのだ。
 目線をチラチラとステラに向ける。ネオは何かを納得したかのように頷くと――

 

「あぁ、もう一人欲しいな。誰か呼べないか?」
「レコア=ロンドが空いているはずだ」

 

 ジブラルタル基地の病院を退院し、久方ぶりに復帰したレコア。レイが備え付けの通信端末でレコアの部屋へと直通回線を開いた。

 

 5分後、レコアがネオの病室へとやってくる。包帯もすっかり取れ、以前のような艶のある健康的な姿を見せた。

 

「少しの間、ステラの監視をお願いします」
「男同士で内緒話? 私は、感心しませんけどね」

 

 そう言われても、大事な話だけに途中で腰を折られても困るし、だからと言ってステラの監視を怠るわけにも行かない。適当に応えてレコアにステラを任せると、静かな病室にレイとネオの2人きりになった。
 レイは監視カメラのレコーダーを切り、椅子を手繰り寄せてその上に腰を下ろした。

 

「いいのか?」
「これは尋問ではない。それに、あまり他人に知られたくない事もしゃべってしまうかもしれない」

 

 レイは、覚悟を決めたように鋭い眼差しをネオに投げかけた。まるで心を突き刺すような視線は、対するネオに迫力を与えていた。
 病室は、完全なる密室と化した。突然の来訪者が入ってこないようにロックが掛けられ、部屋の窓はブラインドで完全に閉まっている状態だ。カメラと通信端末も先程レイが電源を落とし、外部からの覗きは一切不可能。
ともすれば、レイがネオを殺そうと手を振り上げようとも、誰も助けには入って来れない。レイの鋭利な眼差しは、一体何を意味しているのか、ネオは身構えて言葉を待った。

 
 

 ステラと部屋の外に出て、レコアが2人でやってきたのは食堂だった。時間帯にして午後3時を廻っている。席に着く人間もまばらで、これから夕食までの時間は食堂のちょっとしたブレイク・タイムのようなものだ。閑古鳥が鳴いているとは、間違っても言ってはいけない。
カウンターで飲み物を注文すると、ステラにはホット・ミルクを、レコアは自分用にコーヒーをそれぞれ手に持って、席に着いた。カップから香り立つ湯気が、仄かな甘みを鼻に運んでくる。

 

 ステラがレコアの正面の席にちょこんと座っている。あどけなさの残るその少女は、どう考えても戦争をするような少女ではなく、奇抜に肩から二の腕を露出させた連合の制服は、余りにもステラには似つかわしくないものだった。
 ステラの事は、レコアも知っている。エクステンデッドという、一種の強化処理を施された戦闘兵士。主に精神的な強化を施されているらしいが、それはレコアの居た世界の強化人間も同じだった。思い起こせば、ロザミアの不安定さに何処と無く近いものがある。

 

「どうしたの?」

 

 ステラに見入っているレコアに気付いたのか、両手でカップを支えるステラが怪訝そうに尋ねてきた。レコアがハッとして気付くと、ステラは手にしたカップを口につけてホット・ミルクを少しだけ口に含んだ。

 

「いえ――」

 

 ロザミアのカミーユを求める様、ステラのネオを求める様。彼女達の依存の仕方は、果たして同じなのだろうか。2人の起こした行動は、どちらも依存主を求めるがゆえの脱走。
自然に見えるのは寧ろステラの方だが、ロザミアは強化人間として過度に強化されすぎている印象が否めない。彼女達を比べるのは違うかもしれないが――

 

「あなた、ネオを追ってきたのでしょう? どうしてそんなに彼の事が好きなのかしら」
「ネオは、ステラに優しくしてくれるから。ステラがピンチの時、いつだって守ってくれるもの」

 

 レコアの問い掛けにあっさりと即答するステラ。エクステンデッドにはブロック・ワードというものがあり、ロドニアのラボで得た資料からステラのそれが“死”である事は分かっている。
なるほど、確かにその様な爆弾が深層心理に仕掛けられていたのなら、頼りになる青年に強く依存するステラの性格は良く分かる。死に対する脅迫観念から自らの自我を保つ為に、ネオを絶対の存在としてステラの中で成り立たせているのだろう。
 しかし、レコアにはそれが危険に思えた。何の疑いも無くネオを信用しきるステラは、レコアの持論上、幸せな結末を迎える事が出来ないと感じた。

 

「無条件でネオの事を信用しているのね。でも、それで本当にいいのかしら?」
「なんで?」

 

 それは、ネオを失ったときの可能性としてのステラではない。その可能性は、既にデストロイの件で証明されている。ステラは、ネオを失えば生きていけない。
 しかし、ネオが居たとしても、ステラは幸せにはなれない。ステラの純粋で一本気質な純情は、それは可愛らしいものとしてレコアも感じ取っている。ネオも、それに心動かされる事もあるだろう。それでも、ステラの一方通行な純情では、危険なのだ。
 ステラの様子や話を見聞きしている限り、彼女は裏切りというものを知らない。だから、ここまで純真な姿で居られるのだ。汚れや裏切りといったものを知ってしまえば、如何に純粋なステラでも、きっと今のままの姿ではいられなくなってしまう。
 何故なら、男という生き物は女を道具にする事しか頭に無いからだ。
 そのレコアの実感は、地球連邦政府に対するゲリラ活動をしてからエゥーゴに参加し、ティターンズに移籍してからも感じていたことだ。基本的にエマとも和解して、昔の仲間と行動を共にしてはいるが、その考え方だけは変わる事が無かった。
甲斐性無しのクワトロに業を煮やし、フェミニストであるシロッコの本質を分かっていながらも、その見かけの優しさに傾倒していったレコアは、ステラの純潔が眩しく見えたのかもしれない。その眩しい彼女の前で、ジャブローで受けた汚れを晒す事は出来ない。
 レコアはテーブルの上に腕を乗せ、少し前のめり気味にステラに凄んだ。

 

「ネオだって、あなただけをずっと好きで居られないかもしれない」
「え……っ」
「男の人ってね、自分を中心に物事を考える生き物なの。だから、必要なものは手に入れるし、必要がなくなれば捨てるわ。女の扱いだって同じよ。男って、そういう生き物――危険なのよ」

 

 妙な迫力と説得力を感じさせる。ステラの眉尻が下がり、表情に不安が表れた。果たして、今の自分は人に見せられる顔をしているのだろうか、レコアは少しだけ不安に思った。しかし、気を取り直し――

 

「それでも、ステラはネオという男を信用できるの? ずっと好きで居られるの?」

 

 ステラは泣きそうな顔で、若干怯えている。それは、単純にレコアの顔が怖かったからとは、思いたくない。レコアとて、それなりの容姿を気取っているつもりだ。
 暫くの間を挟み、2人は対面に座って見詰め合ったままになった。空調の一定の単調な音と、カウンターの奥の厨房から食器洗いをする水の音と食器の重なる音がしている。
 やがて、ステラの震える唇が言葉を紡ぎ出した。

 

「だ、大丈夫だもん……ステラは、ずっとネオと一緒に居るんだもん……」
「彼は、そうは思わないかもしれない。ステラを邪魔に思うかもしれない」
「そ、それでも、ステラは大丈夫……」

 

 瞳に溜まっていた涙が、遂に堪えきれなくなって溢れ出してしまった。透き通るようなステラの白い肌、それを仄かに赤く染め上げる頬を、幾重もの涙の筋が駆け下りる。ぽろぽろと流すステラの涙は、テーブルの上で水溜りを作っていた。
 目を閉じ、全身に力を入れて涙を堪えるように体を振るわせるステラ。レコアはそんな彼女に、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いた。

 

「意地悪なこと言って、ごめんなさいね……」

 

 レコアの表情が柔らかみを帯び、優しくハンカチでステラの頬を撫でる。少し言い過ぎたと、レコア自身も反省していた。
 ステラは、何があってもネオを信じると言った。レコアにとっては、それは汚れを知らないがゆえの無知だと断定する事も出来るが、本当は羨ましいのかもしれない。もう、二度と戻る事の出来ない純白の少女時代。
いや、一年戦争後からゲリラ活動に明け暮れていたレコアに、果たして青春時代と呼べるものが存在したかどうかは定かではない。勿論、ステラはエクステンデッドで、彼女自身も戦争という理不尽に青春を奪われた犠牲者なのかもしれない。
しかし、ステラのネオを慕う姿勢は、レコアが知らぬ内に失っていた純粋さを垣間見たような気がしてならなかった。その純粋さが、少しでも自分の中に残っていたならば、裏切りを知られたときのカミーユに対しても、もう少し対応の仕方もあったのかもしれない。
 涙を拭き終わり、それから軽く頭を撫でた。繊細でボリュームのある髪の毛が、掌に柔らかな弾力を与えている。

 

「あなたは、私みたいな女になっては駄目よ」

 

 それは、ファにも言った台詞。ある種、ティターンズへの移籍を決定付けた一言だったのかもしれない。ファは、それに対して“はい”と応えた。駄目押しだった。目の前のステラも、頷いた。

 

「う、うん……」
「いい子ね」

 

 しかし、今回は違う。ファにもステラにも純粋さを感じたが、それに嫉妬して仲間を裏切る行為は人としてもっとも残酷な事だと知ってしまっているからだ。
 オーブでサラに痛烈に批判されたとおり、レコアは自らの女としての性の充足のためにシロッコの元に走った。エゥーゴのメンバー達には、単なる個人の我侭にしか見えなかっただろう。
そのせいで何人の人間が傷つき、悩もうともレコアは既に戻れないところまで来てしまっていた。
 だが、今度も同じ事をするわけにはいかない。若い人員が多いミネルバに於いて、レコアは大人の対応を取らなければならないのだ。子供のように個人の我侭を振り回していては、レコアは単なるお荷物になってしまう。

 

 レコアは席に腰を落ち着かせた。ステラは、気持ちを落ち着けてからホット・ミルクを飲み始めた。蛍光灯の下、いつの間にか食堂に居るのは2人だけになっていた。ステラの、鼻を啜る音がした。

 
 

 ネオの病室、レイと2人だけの空間。離れていてもお互いを感知できる不思議な間柄にある2人は、この狭い病室の中でお互いの距離の間隔がつかめなくなってしまっているのかも知れない。視覚は相手を近くに認識しているのに、頭の中は遠い存在として意識しているのだ。
この奇妙な矛盾が、しかし逆にお互いの言葉をより鮮明にさせているような気がした。
 この、シンクロするような感覚は、一体なんだ――考えるネオに投げかけられた名は、またしても“ムウ”という知らない男の名前だった。

 

「お前も、俺を“ムウ”と呼ぶか」
「違うのか?」
「違うな――と言いたい所だが、正直なところ、私にも良く分からん」

 

 閉め切られた病室の中は、薄暗かった。電気は灯さず、ブラインドの隙間から洩れてくる光だけが部屋の中の明るさを保っている。その部屋に、時計は無い。しかし、ブラインドから洩れる光は仄かな黄土色を宿していた。
時間帯にして、そろそろ日が傾き始める頃だろうか。ネオは、そんな時間の変化を感じながら、ブロンドの髪の少年を見た。相変わらずの鋭い眼光。彼のような少年が決して出来るわけが無い、修羅の瞳だ。彼は、一体世界に何を求めているのだろうか。

 

「分からないだと?」

 

 決して、ネオはレイを馬鹿にしているわけではない。本当に、ネオには分からないのである。前のめりに激しい剣幕を向けてくるレイに対し、ネオは少し落ち着けとばかりに軽い溜息をついた。

 

「お前のせいでな。クレタ島海域で私が捕虜にされた時の事を覚えているか? 変に私と繋がるその能力のせいで、私は自分の記憶に疑問を持った。それからかな、私が本当は“ネオ=ロアノーク”ではないのかもしれないと、心の片隅で考え始めたのは」

 

 何故か、アークエンジェルで出会った女艦長や少年は、自分を見知っている風だった。そればかりか、“ムウ”という別人の名前で呼んできたのである。記憶の片隅で引っ掛かるその名前は、果たして誰のものなのか。
或いは自分にそっくりな誰かと勘違いしているのか。世界中には、同じ顔をした人間が大体3人はいると言う噂話もある。あながち可能性の無い話ではない。
 しかし、実際にネオ=ムウなのだろうか。その場合、ネオとしての記憶は全てまやかしとなる。
 そんな事は、認めるわけにはいかない。そうでなければ、ステラやスティング、アウルと過ごした日々は、本来なら存在しない人間の、でっち上げられた過去になってしまう。それは、余りにも酷すぎる。もし、記憶が戻ったとしても、二度と立ち直れないかもしれない。
 ネオは少し、視線を下に向けた。その仕草が、酷く気の毒に思えたレイ。自己の存在を確立できない苦しみは、既にレイが通った道。自分が誰か分からなくなったら、誰かに縋って行くしか道は残されていないのだ。
 縋れる相手が居なくては生きられないのは、エクステンデッドだけではなかった。ネオ本人も、エクステンデッドという支えが居てくれなければ生きていけないのだ。彼等は、互いに支え合って生きていた。

 

「やっぱり、私は“ムウ”なのだろうか……っつっても、お前なんかに分かるわけないか」

 

 俯き、自嘲気味に呟くネオ。しかし、本心ではまだ冗談のつもりだ。

 

「いや、可能性はある」

 

 そんなネオを、即座にレイが否定した。驚いて顔を上げた先で見たレイの表情は、何か確信めいた表情をしていた。知らない何かを知っている――ネオの直感が、閃いた。
 ゆっくりと開かれるレイの口元に、ネオの視線は自然とそこに吸い寄せられた。この少年、何を言うつもりなのか。ネオの心臓の鼓動が、加速を始めた。

 

「私は嫌だぞ。私は実は記憶を失っていただけで、本当は“ムウ=ラ=フラガ”でしたなんていうベタな落ちなんて、冗談ではない。お前の言う可能性が何なのかは知らないが、ちゃんとした確証があって言っているんだろうな?」

 

 眼光を鋭くして、レイを睨み付けた。落ち着き払った佇まいを見せるこの少年が、邪推だけで悪戯に人を惑わせるような事を口にするとは思えないが、彼の自分に対する嫌悪感というものは酷かった記憶がある。
だから、意地の悪い冗談を言っている可能性だって考えなければならない。
 レイは、表情を崩さない。ただ、真っ直ぐにネオを見ているだけだ

 

「フラガの血筋に連なる人間には、同族との交感ができる不思議な能力が備わっている。お前が俺を感じられるのも――」
「ムウは死んだのだろう? 死人を持ち出してくるなんて、どうかしてるぜ」

 

 認められない。そんな安っぽいドラマの主役になど、なりたくは無い。ネオは、例えムウだったとしても、昔の自分には戻りたくなかった。そうでなければ、ステラ達との記憶はどうなってしまう、マリュー=ラミアスという女艦長の事はどうなってしまう――
失くしたくない過去と、償えない罪をどうすればいいのか。ネオがこれから都合よく生きていく為には、ネオ=ロアノークとしての方が遥かに良い。
 レイは、そんな苦笑いをするネオに対し、“残念ながら”と続け――

 

「お前は、ムウ=ラ=フラガとしか考えられない。何故なら、お前は俺と交感できる能力を持っているからだ。今だって、感じているだろう」
「じゃあ、お前は――」
「俺は、ムウの父親、アル=ダ=フラガのクローンだ」

 

 笑うネオの肩の揺れが、止まった。まるで、時が止まったかのように表情を固まらせ、ネオは微動だにしなくなった。頭の中が、少しの間を開けて今のレイの言葉の検証に入った。

 

 それから、暫くの時が流れた。2人は微動だにすることなく、病室の中に洩れてくる太陽の光だけが、少しずつその色を茜色に染めていった。
 やがて、空の色が茜色から群青色に変わり始めた頃、ネオの口が陸に揚げられた魚のようにぱくぱくと動き始めた。

 

「それは、本当なのか……?」
「医学的根拠もとれている。間違いない」
「じゃあ、私は――俺の正体は“ムウ=ラ=フラガ”でなければいけないのか……?」

 

 つうっと、ネオの目から涙が零れた。信じられないといった表情をしながら、一粒溢れると立て続けに次々と涙が流れ出た。涙はベッドのシーツを濡らし、外気に冷やされてほんのり冷たい。
 こんな事、聞きたくは無かった。出来ればずっと、ネオのままで居たかった。しかし、疑問が全て線で繋がってしまった今、記憶が戻らないとはいえ、認めざるを得ない。
レイと感覚を共有する意味、ラミアスやキラが自分をムウと呼んだ意味、定かでない記憶があった意味――全て、自分がムウで記憶を失っていたとすれば片付いてしまう。寧ろ、それ以外に謎を解く理由が見つからないのだ。
 愕然とし、ネオは痛みもそっちのけでブラインドの紐に手を伸ばした。その紐を引っ張り、ブラインドが窓の景色を覗かせると、そこには沈みかけの壮大な夕日が雲の切れ間から宝石のような真っ赤な光を放っていた。一日の終わりだ。

 

「は…ははは……俺は、とんだ間抜けなピエロだったようだな……。おかしいと思わんか? 実感も湧かない、記憶も戻らない――なのに、俺は別人の振りをしているだけだって? 笑うしかねぇよ、もう……」

 

 顔を窓に向け、レイからはネオの表情を窺い知ることは出来ない。レイは無言のまま、監視カメラと通信端末の電源を入れると、そのまま退室していった。

 

 イベリア半島は、連合軍の大部隊に囲まれている。明日は、晴れるだろうか。