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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第54話

Last-modified: 2009-05-21 (木) 05:46:17

『ソラに消えて』

 
 

 瀬戸際で戦いを強いられているザフトにとって、大西洋連邦とユーラシア連邦という二大強国の攻撃から
身を守らなければならない状況は非常に困窮したものだった。大量の兵力を背景に攻めてくる軍勢が、爪が
食い込むように徐々にザフトの陣営を崩していく。真綿で首を絞められるというよりも、密室にて少しずつ
酸素を抜かれていく感覚と言った感じだろうか。
 何とか渡り合っている。それが正直なところだった。しかし、それも何時まで保てるのか分からない。ラ
クスの声がカンフル剤となって一時的な活力をザフトに与えているが、その効果も永続的ではない。
 ミネルバの艦長席に座しているタリアは、先の事を思えば不安でないわけではなかったが、それでも指揮
官として顔色だけは平静を保っていた。

 

「メサイアのジェネシスは使えないのでしょうか?」

 

 アーサーの不安げな質問が耳に入るものの、タリアは顔を向けようとしなかった。ただ黙し、戦況をじっ
と見つめているだけだった。
 薄暗さが、クルーのブルーな気分に拍車を掛けているようだった。計器類のモニターの光だけが勤しむク
ルーの苦々しげな表情を浮かび上がらせ、ひっきりなしに続く微振動が、ミネルバの置かれている窮状を如
実に表していた。

 

「グラディスかんちょ――」
「一度使ってしまった兵器が今更切り札になるわけないのだから、そう易々とジェネシスの射線軸に敵が入
ってくれるなんて都合のいい展開が、本気であると思って?」

 

 困窮している時にしつこくされると、頭に来る。ヒステリーが無いとは言い切らないが、短絡的に怒鳴っ
たりするのは責任者としての理想的姿では無いと思うタリアは、アーサーに宥めるように返す。勿論、釘を
刺すと言う意味で、その奥にある苛立ちの情念は隠さずに。

 

「しかし、使わない手は無いでしょう。攻勢に出られない事情は分かりますが、リスキーな展開の仕方だっ
て作戦として必要であります。司令部は――」
「アーサー」
「ハッ! ですが――」
「過ぎた口は自らを貶める行為と知りなさい。あなたの座っている椅子は、ミネルバの副長席です」

 

 鈍感な男は何処までも鈍感だ。危機意識が一際強いアーサーは兵としては優秀な能力を持っているが、対
人関係に際した場合、その評価は180度逆転するだろう。
 その時、一際大きな振動が起こった。これまでの揺れとは一味違う。直撃を受けたのかもしれない――
タリアはすかさずマリクに顔を振った。

 

「被害状況、報せ」
「上部甲板被弾! ナイトハルト3番から5番が沈黙です!」

 

 報告に舌を鳴らす。苦渋に汗を滲ませて険しく目を細めると、次にバートへと視線を投げかけた。

 

「ミネルバは微速後退」
「ハッ」
「それから、周辺の部隊にメーデーを――」
「艦長、ヴェステンフルス隊からのコールが入っています」

 

 命令を下そうとしているところへ、若い声がタリアの言葉をカットする様にして割り込んできた。
 視線を声の主へと向ける。そこには、赤毛のメイリンが半分くらい椅子を回してタリアの表情を覗っていた。

 

「ヴェステンフルス隊?」
「はい。ナイス・タイミングですね」
「そうでしょうね。ハイネ=ヴェステンフルスという殿方は、そういう人物と伝え聞いています。――繋い
でちょうだい」
「はい」

 

 ハイネ=ヴェステンフルスを隊長とするオレンジショルダー隊は、フェイスである彼の指揮するザフトの
独立MS戦隊だ。それは精鋭と呼ぶよりも、ハイネ本人の人望によって結束されている部隊であり、その実力
も誰もが認めるだけのものを持っていた。ザフトではその実力を評して、イザークの指揮するジュール隊と
並び称されていた。
 そのオレンジショルダー隊からコールが入ったという事は、タリアにしてみれば幸運だった。勿論、ハイ
ネもミネルバの意味を良く理解しており、それが窮地に立たされている事を知ったからこそ接触してきたの
である。

 

『メーデー、まだ出ちゃいませんが――』

 

 メイリンから「どうぞ」という合図を受け、手元の受話器を耳に当てると、青年のハスキー・ボイスが聞
こえてきた。
 「優秀な人物」という言葉は、痒いところに手が届くような人の事を指す時に使う言葉である。ハイネが
こちらの窮状を分かって接触してきた事が、今の一言で覗えた。

 

「ミネルバ艦長、グラディスです。そちらはハイネ=ヴェステンフルス殿でいらっしゃいますね?」
『分かっていらっしゃるのならば話は早い。ヴェステンフルス隊はミネルバの防御に入らせてもらいます』
「それは――助かります」

 

 スイっと一体のグフ・イグナイテッドがミネルバのブリッジに寄り添うような形でやって来た。全身を派
手にオレンジに塗装し、真っ暗な宇宙にあって必要以上に目立つ。
 自己主張の激しさを連想させるが、それがハイネという人物の自信の表れなのだろう。そういう人物が応
援に入ってくれるという事で、安心は出来る。アスラン不在の今、ハイネのような人材をミネルバは必要と
していたからだ。
 手元の小型モニターに映るグフ・イグナイテッドのモノアイが、カメラ方向に振れた。優しく光を湛える
それが、まるで憔悴しかけていたミネルバを宥め賺しているかのようだった。

 

『ファントム・ペインの狙いは、どうやらあなた方のようです。ミネルバがLフィールドの旗艦であると見
抜かれている。この攻められ方が、それを裏付けているんですよ。面白くない事にね』
「それが戦術というものであると知って居られるのであれば、貴官にはレジェンドとインパルスの統制をお
頼みしたいのです。よろしいか?」
『ミネルバとそのMS隊の意味は、知っているつもりです。タリア=グラディスがそう仰るのであれば、ヴェ
ステンフルス隊はそちらの指揮下に――』

 

 突如、突風のようなビームの奔流がミネルバのブリッジを掠めた。ちりちりと舞う微かなビーム粒子の残
りカスは、しかし直ぐに降り始めの粉雪のように消えた。そんな儚いロマンを感じられる状況では決して無
い事を分かっていても、一瞬でも死の瀬戸際に立たされた人間は逼迫した状況で変に冷静になれたりする。
一時的に騒然となったブリッジの中、タリアもまた、他のクルーと同様に目を丸くしていた。

 

「な、流れ弾?」
『いいえ、どうやらそうでは無いらしい』

 

 射線元へ向けて弾幕を濃くするミネルバ。その傍らで、今のビームで飛び退かされたグフ・イグナイテッ
ドが、各部から姿勢制御用ブースターを細かく噴かして機体バランスを調整している。
 流星が多く瞬いているかのような幻想的な漆黒を見つめるハイネの目には、今のビームの軌跡が焼き付い
ていた。C.E.のものと比べて遥かに強烈なビーム。規格外の威力を誇るそれには、かつてオーブで体験した
出来事に思い当たる節があった。
 サッとハイネはミネルバのブリッジ前にシールドを出し、次弾を警戒する。

 

「この、敵の手馴れ方! ……ミネルバのパイロットは若い者が多いと聞く。ここはグラディス艦長の言う
とおり、前線の支援に向かうべきと見たが――お前たち!」

 

 ジッと先を見据え、レーダーの反応を覗う。――攻撃を受ける気配は無い。警戒の必要が無いと判断する
と、即座に部隊専用の通信回線を開いた。

 

「いいか。ヴェステンフルス隊の指揮権を、一時ミネルバに移譲する。各小隊はミネルバの指示に従って守
りを固めるんだ」
『隊長はどうされるんで?』

 

 ハイネの呼びかけに応えて、ヴェステンフルス隊の小隊長が一斉に彼の傍へと集結した。その数、4体。
3〜4機で構成される4小隊が中隊を形成し、ハイネはその総責任者に当たる。
 ハイネは集った部下達を見回しながら続ける。

 

「俺はミネルバのMS隊と合流して奴らを叩く」
『しかし、核融合炉搭載型を相手にグフでは――』
「貴様達は俺の機体を嘲るのか? このカリカリのチューンド・マシンを、貴様達の乗る機体と同じにする
んじゃない」
『そりゃあ、そうですが……』
「ソラに戻ってから改良も加えられている。こいつには、イザーク坊やの奴よりも金が掛かっているんだ」

 

 言いながらも、警戒は怠らない。首を方々に回し、モニターで360度をカバーする。

 

「ライバルに後れを取るわけにいかんのは、俺のプライドの高さを知っている貴様達ならば分かるだろう。
――見えた、メガ粒子砲の光!」

 

 目に飛び込んできたのは、数多のビームの輝き。ハイネはスロットル・レバーをグイと奥に押し込み、渋
る部下達の言葉を遮るようにしてグフ・イグナイテッドを加速させた。
 それと同時に、肩部をオレンジに染めた様々なMSが続々とミネルバの周辺へと展開していった。ザクやゲ
イツR、それに旧式のジンやシグーがそれぞれにカスタムされており、実に千差万別であった。

 

『――ったく。各員、“ミネルバを守れ”とのお達しだ』
『言いつけは守る。ミネルバの指示には従おう』
『が、やり方はこちらの好きにさせてもらうって事だな?』
『その通りだ。そういうノウハウは、仕込まれちゃ居るからな』

 

 軽い口調は隊長譲りか。しかし、現れた敵の一団をあっさりと撃退して見せたその手並みを見る限り、噂
どおりの実力があることは確かだった。

 
 

 戦場にあって、一際激しい応酬を繰り返す宙域があった。レイのレジェンドとルナマリアのインパルスの
ミネルバ隊に対するは、ファントム・ペイン分隊であるライラの指揮する小隊である。
 パラス・アテネの拡散メガ粒子砲が雨のように降り注げば、アビスのカリドゥスが丸太のような太い軌跡
のビームを伸ばす。バイアランはその機動力を活かしてレイ達の援護に入ろうかというザフトのMSを逐一牽
制し、撃退していた。
 ハイネの瞳には、ライラ達の圧倒的有利に見える。
 レジェンドの操るドラグーンは悉くかわされており、その優位性をまるで活かしきれて居ない。フォース
・インパルスもその合間を縫ってビームライフルで攻撃を加えるも、統率の執れたライラ達の陣形は崩す事
が出来なかった。
 果たして、それが数の不利による結果だとは思えなかった。レイとルナマリアの連携は、ライラ達に比べ
てもぎこちなく見えた。彼等には、統率する人間が居ないのだ。
 それでも何とか渡り合えている辺り、実力の高さを覗う事は出来るが――

 

「敵がフォーメーションを組んできてるってのに、フリーファイトで挑んで対抗できるわきゃねぇだろうに!」

 

 グフ・イグナイテッドはテンペストソードを引き抜き、臨戦態勢となって四連重突撃銃を構えた。

 

「ミネルバのMS隊長は、かの英雄アスラン=ザラという話だが、奴は下に何を教えていたんだかな!」

 

 バルカンのようにビームの礫を連射し、広範囲に渡ってばら撒く。それは、牽制以上の効果は認められな
いような貧弱な火器であったが、敵にハイネの接近を報せるには十分であった。

 

「ビンゴか。こうしてまた遭えたのは、運が良いんだか悪いんだか――」

 

 それがハイネの未練だと言ってしまえば身も蓋も無い。しかし、そのMSの姿を発見した時、ハイネの中で
湧き上がる何かがあった。オーブ脱出の折、一度だけ交戦したライム・グリーンのMSパラス・アテネ。顔も
知らないパイロットのはずなのに、接触回線から聞こえたその女の声が妙に気になっていた。
 それは、恋をしてしまった感覚に似ている。「敵に対してなんて感情を持ってしまったんだ」と自らを罵
る一方で、ナチュラルとそういう関係を持っても良いのでは無いか、とも考えた。そういう節操の無い心根
を恥と知りつつも、反目しあうだけの関係よりは、余程生産的であると思う。――勿論、相手にその気があ
ればの話であるが。

 

『平和を尊ぶ心は、万民共通であるとわたくしは信じます。ナチュラルの方々、どうか、コーディネイター
の些細な違いに目くじらを立てないで下さい。コーディネイターの皆さん、自らを優勢人種として驕らない
で下さい。ナチュラルもコーディネイターも、争う為だけに存在していたのでは、それは人として余りにも
悲しすぎるではありませんか』

 

 ラクスの演説は続いていた。あわよくば彼女のセイレーンの歌声のような魔性で敵を惑わせようという
デュランダルの姑息な目論見から端を発したパフォーマンスであるが、ハイネはその言葉をそのまま素直に
受け止める。身体に馴染むと言うか、彼女の言葉どおりになって欲しいという気持ちが共感を呼んでいるか
らだ。
 ハイネは、オーブでアークエンジェルを沈めた時の事を未だに引き摺っていて、今もその答えを探し求め
ていた。あのパラス・アテネのパイロットなら、何か教えてくれるのでは無いだろうか――そういった期待
感が、ハイネの原動力の一部ともなっていた。
 ブーストを、また一段上げた。パラス・アテネは宇宙の闇でかくも緑に輝き、まるでハイネの心を引き寄
せる様に視線を独占している。これは運命だ。そう思わなければ、この雑多となった混沌の戦場で再会でき
るなどとは思えなかった。

 

「人種の違いを生物の種の違いとして認識している内は、人は暴力を止めないぜ。なら、どうすりゃ良い?
 お前なら、どう答える!」
『何だ?』

 

 グフ・イグナイテッドの白刃を袈裟に切りつける。狙われたパラス・アテネは、シールドでそれを防ぐと
ビームサーベルを引き抜き、逆水平に薙ぎ払った。光刃がグフ・イグナイテッドのコックピット付近を撫で
るように空振りし、シートに腰を埋めているハイネは顔を引き攣らせた。
 攻撃が鋭い。底冷えするようなこの感覚は、永久凍土に身体を埋めるよりもなお寒い。ただ、それに耐え
られるだけの訓練を、ハイネはこなしてきたつもりだ。

 

「お前はオーブで、ナチュラルもコーディネイターも関係ないと言った! 兵士だから戦うと、そう言った
んだ! じゃあ、戦争が終わった世界で、お前はコーディネイターを等身大の人間として見られるはずなん
だよな!」
『このジオンチックなMSは……! ――オーブだと?』

 

 即座にスレイヤー・ウィップを伸ばして叩きつけるも、パラス・アテネはシールドから小型ミサイルを放
出して逃れていく。ハイネは四連重突撃銃で迎撃すると、ザフト専用のオープン回線を開いた。

 

「こちら、ハイネ=ヴェステンフルス。レジェンドもインパルスも聞こえているな? ミネルバからの要請
で、貴様達の指揮を任された。従ってもらうぞ」
『ハイネって……あのオレンジショルダーで有名な!?』

 

 サブ・モニターに1人の少女が顔を出す。赤い前髪の隙間から覗かせる愛らしく大きな瞳と、返答の声は
まだ少しのあどけなさを残す。
 しかし、その回線元のインパルスは、ビームライフルでアビスを牽制しつつ、左に手にしたビームサーベ
ルで豪快にウインダムを切り裂いて見せた。
 その戦い方は、顔と声に似つかわしくない女傑そのものといった印象をハイネに与えた。成る程、ミネル
バの就航当時、配属パイロットに赤服のルーキーが抜擢されたという話題が昇ったが、どうやら伊達ではな
さそうで安心した。
 実力は十分である。後は、その力を引き出すためのアドバイスをしてやればいい。グフ・イグナイテッド
がテンペスト・ソードを掲げ、ドラグーンで躍起になっているレジェンドに注目を促した。

 

「そうだ。――レジェンドは!」

 

 ドラグーンは強力である。しかも、レイはそれを使いこなせるだけの驥足でもあった。しかし、だからこ
そである。ドラグーンのビーム量は飽和するほどの熾烈さを極め、インパルス以外の味方機が迂闊に動けな
い状態にあった。それはファントム・ペイン以外の敵も同様であるが、レジェンドとインパルスが苦戦して
いるのであれば、それは矯正すべきだ。

 

「周りを見ろ。どうなっている?」
『周り……?』
「ドラグーンの使い方を心得るんだな。パイロットはただMSに乗ってさえ居れば良いというものではなかろう」
『頼りすぎていたというのか? ――了解です』

 

 レジェンドは展開していたドラグーンを自機の周辺に呼び戻し、拡散砲のような使い方に切り替えた。今
までよりもコンパクトな使い方をする事で、敵側への面攻撃を維持しながら味方の戦線を押し上げる事が可
能になる。
 ほんの僅かなアドバイスで即座にハイネの言わんとしている事を実行に移せる理解の早さは、流石はザフ
トのトップ・エース部隊と称されているだけの事はある。しかも、いきなり指揮を執ったハイネの言葉を素
直に受け入れる辺り、中々感心な若者だと思った。これだけ御しやすいのであれば、アスランが指導に手を
抜きたくなる気持ちも分かるような気がする。――勿論、実際はそういうわけではないのだが。

 

「ゲイツ白兵部隊とザク砲撃部隊はファントム・ペイン以外を牽制しろ。ミネルバの双方はアビスに攻撃を
集中、これを叩け」
『他の2体は?』
「パラス・アテネを俺が押さえれば、バイアランはアビスの防御に入らざるを得なくなるはずだ。そうすれ
ば、その分だけ味方が動きやすくなるし、こちらがイニシアチブを握れる」
『了解』

 

 ハイネの指示に合わせ、各部隊が展開する。ゲイツR隊がダガーLとウインダムの敵部隊に突撃を開始し、
それを援護する形でザク・ウォーリア部隊がオルトロスで砲撃をした。それまでミネルバ隊とファントム・
ペインの独壇場で膠着状態だった戦闘エリアが、一気に動き始めた。
 レジェンドがバイアランを追い散らし、インパルスがその隙に後方に陣取っていたアビスへと強襲を仕掛
ける。重火力MSであるアビスに、高機動力装備のフォース・インパルスに接近戦を挑まれれば窮するしかない。

 

「よし、これで後は俺がパラス・アテネを抑えりゃ――」

 

 けたたましくアラートが鳴る。同時に、2つに連なるビームがグフ・イグナイテッドを上から襲った。咄
嗟に雨から身を守るように頭上に掲げたシールドで防ぐ事は出来たが、アラートが鳴るのが後ほんの少し遅
れていたら、今頃は宇宙の藻屑となっていたことだろう。

 

「新開発のメガ粒子砲対応型アンチビーム・コーティングが施されていなけりゃ、今の一撃でお陀仏だった
か。――しかし!」

 

 シールドから小型ミサイルを撒きながら、パラス・アテネが上方から急襲してくる。ハイネはミサイルを
迎撃しながらその隙間をすり抜け、回避した。

 

『お前が司令塔と見た。先に仕留めさせてもらう!』
「自分から来てくれたな。――歓迎するぜぇ!」

 

 接近戦。パラス・アテネが右手に持たせたビームサーベルを逆水平に薙ぎ払う。それを鋭い反応で身を屈
めてかわし、反撃でテンペスト・ソードを振り上げた。パラス・アテネはシールドで下に押し込むようにそ
れを防ぎ、テンペスト・ソードのレーザー刃が切り込まれると同時にそれをパージしてその場から離脱。そ
して、残されたシールドは中身の小型ミサイルが誘爆を起こして爆竹のように炸裂した。

 

「やる……ッ!」

 

 モニター一杯に拡がる爆煙。正面は元より、左右後ろのモニターまでも白く覆われてしまっている。
 直ぐに霧散するような煙幕であるが、それを待っている時間すら惜しい。バーニアの逆噴射を全開にして
煙幕の中から即座に抜け出る。

 

『出てきたな!』
「何ッ!?」
 敵機との間合いを取ろうと後退したハイネ。しかし、ライラはそれを先読みしていた。ハイネの背後には
パラス・アテネが2連ビーム・キャノンを構えて待ち構えていた。

 

『往生しな!』
「まだまだぁッ!」

 

 パラス・アテネのビーム・キャノンがグフ・イグナイテッドをすり抜ける。ハイネの素早い反応が、グ
フ・イグナイテッドを半身にさせてビーム攻撃を回避させた。
 股間が縮み上がる思いは、これで何度目だろうか。しかし、ハイネは怯むことなくスレイヤー・ウィップ
をパラス・アテネに叩きつける。その鞭は、蛇のようにうねって標的を絞め殺そうとその身を伸ばした。
 ぐるりと、パラス・アテネの右腕に巻きつく。熱線のスイッチを入れればその装甲を締め千切る事も可能
であるが、ハイネはそれをやらなかった。その指がコンソール・パネルを弄り、接触回線を開く。

 

『わたくし達は違う星の生き物ではありません。同じ言葉を話し、同じ感動を共有だって出来る。ならば、
互いに蔑み合うだけのこの関係を、良きものとして続けている愚かさを知るべきなのです。コーディネイ
ターもナチュラルも、なぜ自分たちが変われると信じられないのです? 過去を水に流せとは申しません。
ただ、ほんの少し、対話の余地を頂きたいのです』

 

 聞かせたかったのは、ラクスの言葉だった。ナチュラルとコーディネイターの拘りに縛られないライラな
らば、多少の聞く耳と言うものを持ち合わせているのでは無いかと期待したからだ。

 

『どういうつもりだ?』

 

 パラス・アテネから、ライラの当惑したような声が伝わってきた。その当惑はハイネの理解不可能な行動
に対する警戒から生まれたものであるが、ハイネにしてみれば理由はどうあれ、動きを止めてくれただけで
も御の字と言ったところか。この隙に、付け込む。

 

「彼女の言葉、聞いてみる気は無いか」
『聞く? あたしが? プラントの魔女の言葉を?』
「俺は、あんたにその可能性があると思っている。大西洋、ユーラシア以外の連合加盟国の殆どが静観を決
め込んでいる今、世界は新たな時代の流れを生み出そうとしている。俺たちならば、その新しい時代の流れ
に乗ることが出来ると思わないか?」

 

 地球側の世論が反戦へと傾きつつある今、その流れを利用する形で一部の識者達がナチュラルとコーディ
ネイターの共存論を叫び始めている。その尻馬に乗るような形で、ハイネは戦場からそのムーブメントを拡
げようとしていた。
 ライラには、ハイネの言葉を聞き入れるだけの心の余裕的な土壌があると思った。戦場が殺し合いだけが
全てではないと証明したかった。ハイネはライラに賭けていた。

 

『フッ。男ってのは、殺し合いの時でもロマンを語るのかい?』

 

 ハイネに返ってきたのは、しかし、嘲笑だった。そして突然右手のビームサーベルを伸ばしたかと思う
と、巻き付いたスレイヤー・ウィップを切断し、佇むグフ・イグナイテッドへとその刃を叩きつけてきた。

 

「貴様……!」

 

 泡を食ってシールドでビームサーベルを受け流す。そのハイネの様子を笑うように、パラス・アテネのモ
ノアイが徐に光った。

 

『戦場で口にする事と違うんだよな、そういうの』
「戦場だからって、戦いが全てというわけでは!」
『そうだよ。しかし、現実を直視できずに反感を抱くだけのあんたは、何時まで経ってもオールドタイプの
ままだ。そういう奴は、自分の都合ばかりで相手を見ようとしない』
「俺はそのつもりは! ……なら、どうすれば――」
『受け入れな! さすれば、何か見えるかもしれないね!』

 

 再び振り上げられるビームサーベル。袈裟斬りが空振りすると、腕を引き絞ってグフ・イグナイテッドの
左肩口に光刃を突き刺した。

 

「ぬ…ぐぅ……ッ!」

 

 パラス・アテネが突き立てたビームサーベルを振り上げる。切り裂かれた損傷部分が小爆発し、左腕が根
こそぎ千切れ飛んだ。
 結局、こうなってしまうのか。ハイネの理想は夢想でしかなかったのか。ラクスの言葉はただの妄言に過
ぎないのか。

 

「畜生ッ!」

 

 分からないまま、ハイネはテンペスト・ソードを振るった。斬撃は虚空を斬り、パラス・アテネはビー
ム・キャノンを構える。悔しさを抱えたまま、グフ・イグナイテッドの左足がパラス・アテネの右腕を蹴り
上げる。

 

『結局、あんたも戦うんじゃないか』

 

 ライラの嘲笑が聞こえる。抗えるだけの反論が出来ないのは、彼女の言葉が図星であるからだ。詰まる
所、ハイネとて戦うしかない。ナチュラルとコーディネイターの融和を夢見ようと、ハイネはザフトであ
り、ザフトにはプラントを守ると言う使命がある。それを捨てて戦場に立つことなど出来なかった。

 

「譲れない事情がある! 俺は――」

 

 敵は、倒さなければならない。しかし、出来うる限り可能性は追いかけたい。その理想と現実の狭間に直
面した時、ハイネが選択したのは「敵を倒す」という現実であった。

 

「そうさ。互いに守らなければならないモノがある。ナチュラルとかコーディとか、そういうものとは関係
ないところでね」

 

 ライラに出来た、守らなければならないこと――護るべきもの。不敵に笑う少年が脳裏に浮かんだ時、ハ
イネの説得など一瞬にして蒸発した。敵の一方的な理想の押し付けなど、ライラに戦いを止めさせる理由に
は一切なりえなかったのだ。

 

「だから、あたしはあんたを倒す!」

 

 逆手に握りなおされたビームサーベルが、グフ・イグナイテッドの胸部に突き刺さる。
 ハイネの左側が小破し、スパークが迸った。それが彼の左腕を切り裂き、鮮血が珠となって飛び散った。

 

「くぁ……ッ!」

 

 損傷部から、黒い煙が溢れ出る。目を細めたハイネの前で光が消えていき、コックピットの中は緊急事態
を告げるブザーが鳴り響いた。コンソールパネルには「CAUTION」の文字が点滅し、機体ダメージチェック
の表示が真っ赤に染まっている。
 一挙に絶望が押し寄せた。絶対的に孤独なMSのコックピットの中で、ハイネはパラス・アテネに敗北した
事を悟りながら人生のカウント・ダウンが始まっている事を感じていた。

 

「ぷ、プラントを守り通せずに……!」

 

 これ以上の任務遂行は出来ない。無念がハイネの心の中に去来した。しかし――

 

『何ッ!?』
「だがな……ザフト・レッドとしての意地だけは通させてもらう!」

 

 明滅していたグフ・イグナイテッドのモノアイが鋭く煌き、ライラの目を疑わせた。それは、ハイネの命
の刃が煌いた瞬間だったのかもしれない。
 瀕死のグフ・イグナイテッドが決して手放さなかったテンペスト・ソード――それが、パラス・アテネの
左腕を断ち切り、脇腹から刀身を食い込ませる。

 

「……浅かったか。――お前たち、後の事は頼んだぜ」

 

 致命傷足り得なかった。しかし、それをMSの性能差のせいとは考えなかった。ハイネのグフ・イグナイテ
ッドには彼の無茶な意見が取り込まれており、一部の伝達系や駆動系にはデスティニーやレジェンドが使う
ような希少品が非正規に使われていた。その無理を聞いてくれたメカマンたちには感謝こそが本心だった。
 最期に想った事は何だったのか――黒煙に包まれていくコックピットの中、ハイネは微かに顔を俯けた。

 

 その様子が、まるで恋人同士が抱き合っているように見えたのは、アウルの深層心理にライラを独占し
たいという欲があったからだ。それは嫉妬と呼ぶには激し過ぎ、義憤と呼ぶには余りにも感傷的過ぎるも
のだった。

 

『ライラ! 母さんが――あっ……!』
「アウル! 何……しまった!」

 

 カクリコンが気付いた時、既に発作は始まっていた。アビスは唐突に動きを止め、襲い来るインパルスの
存在にすら気付けて居ないようであった。
 カクリコンはドラグーンをかわしながらインパルスにメガ粒子砲で牽制を掛けた。

 

「一時凌ぎだが、えぇい! こんな時に――!」

 

 最悪の状況で最悪の展開。アウルは自らブロック・ワードを口にし、恐慌状態へと陥った。アビスの回線
からは、彼の激しい嗚咽が聞こえてくる。その様子から鑑みるに、とてもMSの操縦が出来る状態ではなさそ
うだった。
 カクリコンは視線をパラス・アテネに向けた。グフ・イグナイテッドの爆発に押し出されるようにして吹
き飛ばされたパラス・アテネのモノアイは、壊れたネオンサインのように不規則に明滅を繰り返していた。

 

「大尉! ライラ大尉! 聞こえていないのか大尉!」

 

 カクリコンは、必死にライラに呼びかけた。刹那、球面のスクリーンに嵐のようなビームが降り注ぎ、リ
ニア・シートに座している彼を囲う。

 

「――おのれ、ザフトガンダムめ!」

 

 悠長に呼びかけている暇すら与えないレジェンドのドラグーン。戦艦の残骸を盾にしつつ退避した。
 アビスの援護に向かおうとしたカクリコンを、レイはドライな瞳で見つめていた。
 ミネルバの戦いの始まりとなったアーモリー・ワンでのセカンド・シリーズ3体の強奪事件――アビスは
その中の1機であった。そして、その時からの因縁の相手であるファントム・ペイン。長きに渡って凌ぎを
削り合ってきた同士であるが、レイはそこに感傷的な感情を抱くほどセンチメンタリズムな性格をしては居
なかった。ただ、冷徹にハイネの作戦を遵守し、敵機の分断を図る。
 目に付いたのは、アビスだった。

 

「アビスの動きが止まった――何故だ? 或いはブロック・ワードとか言う……」
『レイ、ハイネ機が!』

 

 ルナマリアがハイネに気付いた事に、レイは舌打ちをした。インパルスが彼の様子を気にして動きを止め
たのは、彼女の甘さでもある。それによって折角のチャンスをフイにする事態になるかもしれないことに、
レイは危機感を募らせた。

 

「分かっている! だが、この好機を活かせればプラントを守りきれそうな気がしないか」
『え……?』
「ここでどうするかはお前次第だ。だが、俺なら戦局を優先する。勝つ為にな!」
『――分かった。そうする!』

 

 強制したところで、純な女性型の思考を動かせるわけは無い。レイはルナマリアに自発的に考えさせ、レ
イの思ったとおりの行動を取るような誘導的な言葉を投げかけた。それが功を奏したのは、朴念仁のレイの
最大のファイン・プレイだったのかもしれない。
 ともかく、インパルスは戦場で迂闊にも動きを止めたアビスへとビームサーベルを振り上げて躍り掛かっ
た。わざわざビームサーベルを使う辺り、シンの性格に影響されての事なのかもしれないが――
 そのルナマリアの選択は結果的に失敗だった。アビスに飛び掛った瞬間、何者かが脇腹にタックルをかま
してきたのである。

 

「何で――」

 

 ルナマリアの視線の先、組み付いたMSのモノアイが瞬く。それは大きく迫り出した肩部アーマーが特徴的
なバイアランのものだった。

 

『誰が易々と!』
「離れなさいよ!」

 

 抱きかかえられたまま、インパルスはバイアランに連れて行かれてしまった。レイはその様子を見て、ル
ナマリアの迂闊に苛立ちを募らせる。

 

「ライフルで狙撃していれば無様な事には――しかし!」

 

 バイアランも迂闊であった。レイがルナマリアにアビスの撃破を指示したのは、彼がバイアランを牽制す
る役割だったからである。だからインパルスを阻止したところで2人の役割が入れ代わるだけの事であり、
結局アビスが無防備である事には変わりないのだ。

 

「確実に仕留める……!」

 

 レジェンドのビームライフルの砲口が、アビスに向けられた。焦る事は無い。ハイネの指揮のお陰で戦況
は有利に働いており、レイにはゆとりがあった。
 メットバイザーに反射する照準の奥で、細めた彼の目が鋭利にその先を見つめていた。

 

 酸欠なのか過呼吸なのか分からないような苦しみ方をしていた。ヘルメットの中では垂れ流しになった唾
液が飛散しており、口の端には細かい粒子状の泡が吹き出ていた。大きく見開かれた血走る目は、しかし何
も見えていないようである。喉の奥から絞り出される喘ぎ声は、まるで声帯を高熱で焼かれてしまっている
かのような掠れた声で、それが嘆いているようにも怒号を発しているようにも聞こえた。苦しみから逃れよ
うと全身で暴れるが、ベルトのセーフティがガチャガチャと立てる音が響くだけで、振り回す手と足がコッ
クピットの中のそこかしこを当たり構わずに叩きまくった。
 アウルに、既に理性と呼べるものは無かった。怒り狂った獣のように、本能の赴くままに暴れる事しか頭
に無い。しかし、MSのコックピットという檻の中に閉じ込められている今のアウルには、その暴走すらも虚
しいだけの抵抗であった。

 

「母…さん…母さ……あああぁぁぁ――ッ!」

 

 猛り狂うアウルの瞳に、モニターの先で銃身を構えているMSが見えた。彼の命は風前の灯であるにも関わ
らず、しかし今の彼にはその事が全く理解できていなかった。
 体力尽きるまで、アウルの慟哭のような叫びは止まない。レジェンドがゆらゆらとビームライフルを揺ら
して照準を合わせていた。そして、遂にその砲口がピタリと動きを止めた。

 

 その光は、あまりにも突然の出来事であった。メサイアの影、その向こう側――ちょうど、Rフィールド
と定めた方角である。まるで太陽が飛来したかのような強烈な閃光が、メサイアに直撃して弾けた。

 

「何なのよ今度は!?」

 

 振り返るルナマリアの視線の先、逆光でまっ黒く塗りつぶされたメサイアと大きく伸びる影。それを生み
出しているのは、あたかも宇宙に朝を迎えさせたかのような弾ける白であった。

 

「な…何よこれ……?」
『コロニー・レーザーが発射されたぁッ!』
「こ、コロニー……レーザー!?」

 

 隙を狙ったようにビーム攻撃。その間隙をすり抜けてかわすと、ビームサーベルを手にバイアランが急襲
してくる。
 ルナマリアもビームサーベルで応戦。ビーム刃が干渉して眩く輝きを増すが、それもメサイアの向こうの
閃光に比べれば微々たる物でしかなかった。
 バイアランのビームサーベルが、インパルスのそれを弾く。そのまま蹴りで突き放すと、一目散にアビス
へと進路を向けた。
 光は、未だに戦場を白く染めていた。

 

 アウルが多少の正気を取り戻せられたのは、その光のお陰だったのかもしれない。ショック療法みたいな
ものだ。圧倒的な光景が苦しみを忘却の彼方に追いやり、彼の意識を光に釘付けにさせた。
 光は、徐々に治まっていく。地平の彼方に沈む太陽のようなロマンチックなものでは無い。ただ、ふと先
程ビームライフルを向けられていたことを思い出した時、未だ五体満足である自分を不思議に思った。
 徐に、目線を正面に戻す。その眼前、中央モニターで彼を待っていたのは、更なる驚愕だった。

 

「な、何で……」

 

 左腕を失い、その身に刀剣を埋め込んだまま、そのMSはアウルの眼前に敢然と立ち塞がっていた。それは
まるで窮地から我が子を守る親のように。
 ライム・グリーンの背中に、ふと女性の顔が浮かぶ。それは憔悴しきったアウルの脳が見せた幻覚に過ぎ
なかったのかもしれない。振り返ったその顔は、彼の最愛の女性――ライラだった。
 口元が微かに笑みを湛えていた。瞳はとても温かだったが、反面、とても寂しげでもあった。

 

「ライ…ラ……」

 

 全身を小刻みに震わせながら、アウルが手を伸ばした。その瞬間、パラス・アテネは内から膨れ上がる火
球に押し出されるようにして四散した。

 

「あ…あぁ……ッ! 待ってくれ!」

 

 目の前で塵芥になっていく。アビスが両手を広げて分散を防ごうとするが、何一つ手に掴む事が出来なか
った。
 やがて、爆発の煙の向こうから1体のMSが姿を現す。それは地獄からの使者のように双眸の緑を滲ませ、
アウルを見ていた。ダーク・グレーに塗られた全身には、禍々しく燃え滾る鮮血のような赤と絶対零度の凍
て氷のような青がアクセントとして配色されている。その背に背負われたバック・パックが円形のシルエッ
トを浮かび上がらせ、不自然なまでに黒く見えたアウルの瞳に日食の太陽のような不吉を予感させた。

 

「――やった…やったな……やったんだ……」

 

 しかし、どれだけ空恐ろしく感じても、闘志は寧ろ反比例するように激しく燃え上がった。震える足が、
操縦桿を強く握る手が、血が滲むほど固く食いしばった歯が、アウルに戦えと命じている。その身体の反応
を我慢する道理など、どこにも存在しなかった。

 

「てめぇがぁッ! ライラをぉッ!」

 

 最早、刺し違える事も辞さなかった。いや、それ以上に玉砕でも構わなかったのかもしれない。ただ、こ
の心の底から湧き上がる怒りを、どうにかして敵にぶつけたかった。
 ブロック・ワードによる禁断症状など、既に問題ではなかったのかどうか――アウルは後に当時を思い出
した時、それがどうしても思い出せなかった。ただ1つ確かな事は、何も出来ずに逃げ帰った事だけ。
 アビスにビームランスを構えさせた。長柄のそれを両の腕で握り締め、アウルがスロットルを全開にしよ
うと操縦桿のグリップに置いた手に力を込めた時だった。グイと、機体が何かに引っ張られた。

 

「何だ…何!? カクリコン、てめぇッ!!」
『ここは後退だ!』

 

 いつの間にかやって来たバイアランが、腕をアビスの肘に絡めて引っ張っていた。

 

「嫌だ! ライラを殺されたんだ! このままじゃ引き下がれねぇんだよ!」
『ガキだからってガキみたいな事を言うんじゃない!』

 

 愚図るアウル、暴れるアビス。カクリコンは今にも飛び掛って行かんばかりの彼を必死に制止しつつ、母
艦であるナナバルクへの後退ルートを算出する。

 

「ここを切り抜けられれば――」
『逃がさん!』

 

 後退の余地も与えるつもりが無いのだろう。レジェンドはカクリコンたちが弱り目であると見抜くと、一
挙に決着をつけようとこれまで以上に激しい攻撃を加えてきた。

 

「ぐおおぉッ!」

 

 ドラグーンの一斉砲撃が、間断無く放たれる。バイアランが肩と脚部に直撃を受け、アビスと共にもんど
りを打って吹き飛ばされる。
 単独であったならば、被弾する様な事は無かっただろう。しかし、重MSであるアビスを抱えている今、ド
ラグーンの砲撃の中を無傷で潜り抜けられるだけのMS性能としてのキャパシティが、バイアランには無かった。

 

「クソがぁッ!」

 

 アウルが叫ぶ。ドラグーンは尚も2人を狙っており、このままではカクリコンまでも撃墜されかねない。
 アビスはバイアランから離れ、単独で後退を始めた。カクリコンがそれに気付いてくれたのか、メガ粒子
砲でレジェンドを牽制しながら後に付いて来る。
 利用できるものは何でも使った。デブリは勿論の事、時には撃沈された味方の艦船の残骸をも盾にした。
それが功を奏したのか、やがてドラグーンの攻撃が止み、追撃を振り切ったことを確信した。

 

「くっ…うぅ……」

 

 苦しい、苦しい呻きだった。アウルの声帯から発せられる詰まった音には、無念以外の感情は込められて
いなかった。
 正直、心は決まっていなかった。ただ、ここでカクリコンと共倒れになる事だけは、絶対にしてはならな
い事だと思った。そうでなければ、ライラが身を挺して守ってくれたことが無意味なものになってしまう。
 心は空虚だった。そして、ライラを殺され、それに対して何も出来なかった自分自身が、果てしなく情け
なかった。
 復讐――その言葉だけが脳に浮かんでいた。しかし、そうしたいにしても、アウルの心は余りにもボロボ
ロになり過ぎていた。

 
 

 連合軍艦隊の旗艦には、作戦総司令官を差し置くようにして我が物顔で鎮座している人物が居る。銀の短
髪にパープルの病的なルージュを口唇に彩ってある細身の男である。とうに中年に差し掛かっている年齢で
あろうが、仕草や外見は女性的であり、男性として則しているとは言い難い風貌であった。ブルー・コスモ
ス盟主、ロード=ジブリールその人である。
 コロニー・レーザーは発射された。彼にとって、それが本当に最後の切り札である。
 実は、コロニー・レーザーはプラント側に察知されていた。それはオーブ艦隊がレクイエムのステーショ
ンに、調査に赴いた時の事である。ジブリールにとっては運良く、オーブ艦隊はステーションの方にガサを
入れたのだが、その時モルゲンレーテの技術主任であるエリカ=シモンズは、それに並行するように浮かん
でいたコロニー・レーザーの存在を認知していたのである。
 しかし、レクイエムの詳細が分からない以上、コロニー・レーザーの詳細までもつぶさに調べている時間
的な余裕は無く、結果的に詳細不明のままその調査は蔑ろにされた。そして、メサイア攻防戦とダイダロス
攻防戦が同時に展開される事となり、その存在が公になる事無く現在に至ってしまった。つまり、ザフトは
レクイエムの察知には成功して対処できたが、コロニー・レーザーの諜報には失敗したのである。
 本来は先のレクイエムの発射で決着を付けようと目論んでいたが、予想外のシロッコの失態でそれは失敗
に終わった。そこで、保険で用意していたコロニー・レーザーの出番と相成った。
 レクイエムの件でジブリールはやや慎重気味になっていたが、無事に作戦は成功した。これまでのストレ
スが少しだけ和らいだような気がして、彼の気分は頗る良い。その表情は恍惚に歪み、慌てふためくザフト
に対して嘲笑を浮かべていた。

 

「コロニー・レーザーの発射により、このフィールドに於ける敵対戦力は激減。それと同時に敵機動要塞を
覆っていた光波防御帯の消滅を確認。これにより、白兵部隊の敵機動要塞への上陸が可能となりました」
「フッ、そうだろうな」

 

 オペレーターの報告を喜々とした表情で聞くジブリール。ご満悦のまま、首を伸ばして隣に座している艦
長へと顔を向けた。

 

「――艦長」
「ハッ」
「この艦もザフトの棘付きアーモンドに付けろ。我々も乗り込む」

 

 衝撃的な宣言が飛び出した。しかし、ジブリールは歪な笑みを浮かべ、平然とした顔で言ってのける。
 いきなり何を言い出すのか――驚かされたのは艦長だけではなく、総司令官もそうだった。思わず取り乱
し、無重力に身体が浮かび上がる。

 

「な、何を仰っておられるのです、ジブリール卿?」
「言葉の通りだ」
「冗談を仰らないで下さい。閣下自らがそのような危険な真似をなさらずとも――」
「私、自らがデュランダルとのケリを付けようと言っているのだ」
「コーディネイターの特殊部隊が配置されている可能性があります。閣下の命をわざわざ危険に晒す道理が
ありません。そのような事、末端の兵にやらせれば済む話であります」

 

 バランスを戻し、天井を軽く手で押して総司令官はシートに戻った。その様子を見ながら、不遜そうに顔
を顰めたジブリールが呆れたように溜息をつく。

 

「口を開けば危険、危険だ。今さら何を恐れる必要がある? 我々は今日までその化け物を相手に戦ってこ
られたのだぞ。それに敵はコロニー・レーザーの一撃で瀕死だ。いくら化け物が相手でも、ここまで来て我
々が負けるものかよ」
「それは仰られるとおりでありますが――」
「蛮勇と茶化すか?」
「い、いえ。滅相もございません」

 

 最早、大西洋連邦大統領のジェゼフ=コープランドでも彼の暴走を止める事が出来なかった。実質的な軍
の最高決定権は金の力によって官僚を買収した彼のものとなっており、流石に閣僚にまで手を出す事は出来
なかったが、それ以外の大西洋連邦国内の主立った反抗勢力は秘密裏に排除し終えていた。
 世論は、どうでも良かった。ジブリールは一番のストレスであるコーディネイターの排斥が叶えばそれで
万々歳だし、ブルー・コスモス盟主という影に隠れている彼にとって、世論など隔世の出来事だ。政治的責
任などは、ジョゼフにいくらでも被せてしまえば良いのだから。
 ぬるりと、爬虫類のようにジブリールの眼球が横にスライドする。見つめられた総司令官は時が止まった
ように身を硬直させた。まるで毒蛇のような獰猛さを感じつつ、或いは自分が蛙にされてしまったのではな
いかと錯覚するほどに、ジブリールの瞳は欲望に餓えていた。

 
 

 2機のゲイツRに抱えられ、インフィニット・ジャスティスがミネルバに帰還した。ミネルバはダメージを
負いながらも、思った以上に深刻でない事に安堵し、それがヴェステンフルス隊の活躍のお陰である事を
知ったアスランは、その隊長であったハイネの顛末をレイとルナマリアから伝え聞いて静かに目を閉じた。

 

「俺の迂闊が、彼を殺してしまったのか……」

 

 シンの援護に向かい、レイとルナマリアを御座なりにしてしまった結果、ハイネという優秀な人物を失う
事になってしまった事に対し、アスランは自責の念を抱いていた。
 ミネルバの周辺では、今もヴェステンフルス隊の面々が護衛に入ってくれている。隊長を失っても尚、忠
犬のようにその遺志を守る健気な姿は、傷ついたミネルバを必死に励ましているかのようでもあった。
 一方、格納庫には応急修理に入るインフィニット・ジャスティスの他にも、補給と整備を行っているレジ
ェンドとインパルスもMS用ハンガーに並んでいた。
 メカニック達の威勢の良い声が響く中、それを階上から見下ろせるレスト・ルームで、アスランを中心に
レイとルナマリアが会していた。

 

「しかし、ザラ隊長とシンがジ・Oを撃破し、パラス・アテネが沈んだ今、ファントム・ペインの戦力が大
きく低下した事は確かです。その結果、このLフィールドにミネルバと抗し得る敵対戦力は実質、存在しな
くなったと言えます。結果的にハイネ=ヴェステンフルスの死は無駄ではなかったと――」
「仲間の死に対してそういう言い方をするな、レイ。俺達はパイロットだ、作戦参謀じゃない」

 

 淡々と口にするレイに対し、アスランは呆れたように溜息をつきがてら、飲料のボトルを持った手で叱る
様に指差した。

 

「ヴェステンフルス隊は、今もミネルバを守ってくれているんだぞ……」
「……申し訳ありません」

 

 外の様子が覗えるモニターには、警護を続けるヴェステンフルス隊のMSが映されている。レイが横流しの
視線でそれを垣間見ていたが、果たして本当に反省したのかどうか。長い髪から覗く彼の瞳は、どこか虚ろ
に見えた。その一方で、ルナマリアはストローを口に咥えてもごもごと動かし、瞳が落ち着き無く方々を見
渡していた。彼女はレイとは対照的にそわそわしている様に見える。

 

「……そういえば、シンを見ないですけど。ご一緒ではなかったんですか?」

 

 ルナマリアがタイミングを計ったようにボトルから伸びるストローを口から離すと、アスランに問い掛け
てきた。口調こそ普段どおりであるが、若干強張った表情と内腿を擦り合わせている仕草が彼女の内心を如
実に示していた。
 アスランはパイロット・スーツの襟を指で直すと、汗で濡れた前髪を片手で掻き上げながら振り向いた。

 

「Rフィールドのイザークのところへ向かわせた。ルナマリアが言っていたコロニー・レーザーのお陰で、
向こうは戦力を欲しがっているんだ」
「シンは、その……大丈夫なんですか?」

 

 ルナマリアの心中を推し量るくらい、恋愛下手のアスランだって容易く出来る。

 

「あぁ。イザークにはシンとデスティニーの面倒を看て貰う様に言ってある。信頼できる男だ、大丈夫だ」

 

 柔らかく微笑む。隊員のストレス・コントロールも、隊長である自分の役目であろう。

 

「そうですか……」

 

 ベンチに腰掛け、ルナマリアは手にしたボトルを両手で包み込んだ。今の言葉と表情で理解してくれたの
だろうか、それとも気を遣ってくれているのだろうか。彼女の表情が、ほのかに柔らかくなったような気がした。
 それから3人は口数も少なく、静かに補給と修理が終わるのを待った。疲労は確実に蓄積されており、次
の出撃の時までの間、3人は体力の回復に全霊を傾けていた。

 
 

 Rフィールドに於けるコロニー・レーザーの被害は、ミネルバには正確に伝わっては来なかった。メサイ
アが被害を受けた事で、最高司令部からの情報や指令が途絶えてしまったのだ。Rフィールドからメーデー
を求めて駆けつけてきた伝令も、突発的な出来事による混乱と私見による抽象的な表現が殆どで、危機的
状況である事以外は具体的な詳細は何も判明できなかった。

 

「艦長、ミネルバを動かすべきではないでしょうか?」

 

 眉間に皺を寄せたアーサーが、タリアに具申する。彼の意見に、タリアは珍しく考え込んだ。
 ミネルバがLフィールドの旗艦である以上、現場を離れられない事はいくら彼でも分かる事だ。しかし、
ザフトは未曾有の危機に陥っており、そんなセオリーが既に通用しない次元にまで状況が逼迫している事は
タリアにも理解できていた。アーサーの言っている事は、決して軽率から出た言葉ではなく、現実として選
択肢に含まなければならないものであった。
 考えを纏める時間が欲しい。タリアは無言を貫いて必死に頭を回転させていた。

 

「ですが、それではLフィールドの統率が乱れます。こちらまで突破を許してしまったら、勝敗が決してし
まいます」

 

 チェンが言う。確かにその通りだと思う。しかし、ボルテールが健在である事以外、Rフィールドの具体
的な状況が判明していない以上、ここでの判断ミスがプラントの存亡を左右する可能性は十分にあった。仮
にチェンの言うように、セオリー通りにミネルバをLフィールドの旗艦として固定させておくとしても、そ
れが正しい判断かは分からないのだから。
 圧倒的に判断材料が不足している。タリアの眉間に皺が増えていく。そんな時、ふと食い入るようにコン
ソール・パネルに向かっていたメイリンが顔を上げた。

 

「ちょっと待ってください。受信範囲を広げて傍受した友軍の通信によると、Rフィールドを突破したエネ
ミーはメサイアへの上陸を開始したそうです。光波防御帯発生装置であるバリア・リングは機能停止状態に
陥っているらしく……」

 

 難しい顔をしながらも、メイリンがインカムを耳にめり込むように押し当て、そう述べる。
 僅かながら判明した状況――タリアの頭の中で2択に揺れる天秤が一方に傾いた。

 

「それは、確かなの?」
「ノイズ交じりなので鮮明ではありませんが……。ラクス様の演説も途絶えたままですし」

 

 確認を取るタリアの質問に、小首を傾げながらそう返すメイリン。アーサーが副艦長席から覗き込むよう
に顔を出した。

 

「白兵部隊投入による、ザフト総司令部の直接制圧が目的では無いでしょうか」
「何てこと! あそこにはギルやラクス=クライン、それにオーブのカガリ代表も居る! ――最初からそ
れが目的だったのね……!」

 

 ぎりっと歯を軋ませ、ストレスを発散するように激しくアーム・レストを叩いた。
 連合軍は、効率よくザフトを制圧する術を持ち出してきた。それは、本来なら物量に劣るザフトが採るよ
うな作戦だった。司令系統を失ったザフトは統率が乱れ、連合軍に蹂躙されるのを待つばかりである。それ
がジブリールのやり方と分かっても、到底受け入れる事は出来なかった。
 タリアは怒りに我を忘れそうな自分の理性を取り戻すために大きく深呼吸をした。そうして指揮官として
の冷静さを取り戻させると、メイリンへと顔を向ける。

 

「メイリン、ボルテールには繋げられて?」
「可能ですけど――まさか艦長!?」

 

 タリアの声色で察したのか、それとも単にメイリンの勘が良かったのか。それは分からないが、彼女はタ
リアの言わんとしている事が分かっているようであった。
 タリアは目を丸くするメイリンに対し、一つ首を縦に振った。

 

「Rフィールドの戦力が激減している状況で、両方から迫る敵を分散して対応していたのでは余りにも不利
よ。こちらの艦隊と向こうの艦隊を合流させて、ボルテールになら旗艦を任せられる」
「それじゃあ……」

 

 メイリンの言葉に、タリアはもう一度首を縦に振った。

 

「総司令部がその機能を停止させた今、緊急事態措置方策としてタリア=グラディスのフェイス権限を発動
させます。これにより、臨時にLフィールドに於ける最高指揮決定権をミネルバのブリッジが有するものと
し、これを以って以後の対応に当たる事とします」
「了解。――Lフィールド各艦とコンタクト!」
「伝令、ただ今の旨をLフィールド各艦に通達。当艦ミネルバは現作戦空域を離脱し、メサイアに侵入した
敵白兵部隊の駆逐任務へと作戦を移行します。――待機しているアスラン達にも、そう伝えて」
「は、はい!」
「進路反転、目標メサイア。後続に後退支援要請、出せ」
「ハッ。発光信号、上げ!」

 

 ミネルバがその身を翻し、メサイアへの行程を取る。同時に信号弾が打ち上げられ、眩い光を炸裂させた。

 
 

 シンのデスティニーがRフィールドに到着した時、連合軍は既にメサイアへの上陸を果たそうと動き出し
ている時だった。
 何が起こったのかなど、ずっと戦場で戦っていただけのシンには分からない。ただ、レクイエムに似た光
がその戦場を焼いたであろう事と、ボルテールが健在であったという事だけが確定情報として伝わってきて
いた。

 

「少しは休めたけど……」

 

 シンは一旦ボルテールに収容され、デスティニーの補給とそれから僅かな休憩をとった後、再び戦場へと
繰り出していた。
 今シンが指揮下に入っている人物は、かつてアスランと同じ部隊で活躍したというイザーク=ジュールと
いう男だった。白いグフ・イグナイテッドのカスタム機に搭乗する、少し癇の強い白服の男だ。確か、ユニ
ウス・セブン破砕作戦の時に一度協力してもらった事があったはずだ。
 元々は評議会議員の母を持つボンボンであったと言う話だが、第二次ヤキン・ドゥーエ戦役後に彼の母エ
ザリアがクーデターによって粛清されたという事を鑑みる限り、どうやら親の七光り――というわけでも無
さそうだ。若年で最高位にまで上り詰めた背景には、先の大戦の功労と一時期、最年少評議会員と騒がれた
という事もあっただろうが、それ以上にシンはイザークの戦士としての力強さに感銘を受けていた。
 アスランとは違う迫力を感じる。ジュール隊の隊長として率先して前線に赴く勇者であり、彼自身のパイ
ロットとしての能力も高い。尤も、部隊の長が進んで前線に出ること自体はそれほど芳しくない事なのであ
るが、しかし、シンの場合は寧ろそういう勇猛さを示してもらった方がモチベーションを上げやすかった。
 そのイザークのグフ・イグナイテッドを、2方向からのビームが襲った。バーニアで細かく姿勢制御を行
いながら、しかし後退することなくかわしてみせる。

 

『ディアッカ!』
『おう、任されて!』

 

 グフ・イグナイテッドの背後から、劈く複相ビームが射線元へと伸びていく。大きな砲身のオルトロスを
構えたガナー・ザクが、グフ・イグナイテッドの影に隠れるようにしてスナイプした。

 

『チッ! 外した!』
『隊長!』

 

 ディアッカの放ったオルトロスの一撃は、そのまま虚空へと消えていった。手応えは無い。その間隙を狙
う様に、側面からのビーム攻撃がイザークを襲った。しかし、その間に滑り込んだブレイズ・ザクがシール
ドでその攻撃からイザークを防御する。

 

『済まん、シホ』
『いえ。――もう一撃、来ます!』
『散開だ!』

 

 ディアッカのものとは違う複相ビームの輝きが、3機を襲った。イザークの掛け声と共に一気に散らばる
と、デブリである岩を砕いてその光は消えていく。

 

 シンはジュール隊と少し距離を置いて、遊撃行動を取っていた。慣れない環境で完全にイザークの指揮下
に入るよりも、ある程度融通が利く遊撃手としてジュール隊に参加した方がストレスも少ないだろうとディ
アッカが取り成してくれたからだ。尤も、イザークは良い顔をしていなかったが、お陰でシンは戦闘行動に
ある程度の自由を与えられていた。
 傍から見て、ジュール隊のコンビネーションは見事だと思う。シン達ミネルバ隊と比べても、遥かに意思
の疎通が出来ている。流石はアスランが信を置く男の部隊だけの事はある。ただ、敵方の小隊もそれに匹敵
するほどの実力を備えているようであるが――
 イザーク達を狙うMSは、3機確認されている。その内の同機種である2機の甲殻類の様な形をしたくすんだ
ブラウンのMAは初対面だが、それと連携を組んでいるカオスの姿を見て確信した。

 

「ファントム・ペインだからって! ジ・Oはもう居ないんだぞ!」

 

 機体性能の差なのか、可変型の3機は、イザークの小隊を翻弄していた。高機動力の機体のみで編成され
たファントム・ペイン――ジェリド隊に対しては、白兵能力に主眼を置いたグフ・イグナイテッドやブレイ
ズ・ザクでは相性が悪いのだろう。
 そうでなくとも動力炉の差であったり、機体設計の差であったりと、根本的とも言える部分で性能格差が
大き過ぎる。恐らく、あの新型のMAと真正面から渡り合えるのはシンのディスティニーを含めた一部の機体
のみであろう。
 言うまでも無く援護は必要だ。しかし、メサイアへと足を速める敵の存在もある。Rフィールドの要であ
るイザークを援護するか、それともこれ以上の敵部隊の侵攻を少しでも食い止めるべきか――
 一兵卒であるシンに、戦局を変えるような力は無い。彼の判断が与える影響は、微々たる物であろう。そ
れは分かっている。分かっているが、「しかし」である。

 

「味方に任せるべきか? けど、ジュール隊がやられればこのフィールドは潰滅しちまう。――クソッ! 
どうすりゃ良い……!」

 

 迷えるシンに天からの啓示は無かった。その苛立ちをぶつけるように、敵増援のウインダムに対してパル
マ・フィオキーナを叩き込む。
 イザークからの命令が無い以上、自らの判断を信じるしかない。シンは少しでも自分の判断に自信が持て
るように、つぶさに周辺状況へ目を配った。

 

 コロニー・レーザーの照射は、Rフィールドでの趨勢を決定付けた。殆どのザフト兵は戦意が低下し、そ
の反面で連合軍の勢いは増すばかりである。しかし、その中にあって些かも戦意を落とすこと無く抵抗を続
ける3機編隊を相手にした時、ジェリドの頭の中でそれがザフトの中心部隊であると言う推理が働いた。
 イザーク隊の連携は、大したものだった。並みのザフトMSよりはカスタムされているようだが、所詮は限
界性能の底上げを行ったに過ぎない。基本性能の違いがあるガブスレイとここまで無難に戦ってみせるザフ
トのパイロットは、さぞかし名のある猛者なのだろう。

 

「ヘッ! こういう相手を挫けば、俺達の勝利が近づくってね。――マウアー!」

 

 MAからMSへとロール回転しながら変形。砲身の長いフェダーイン・ライフルを両腕で抱えるように持ち、
前進しながら連射する。マウアーのガブスレイが付き添うように機動し、絡み合いながら入れ替わり立ち代
りの連携行動を見せる。カオスの機動兵装ポッドが細かな牽制を放つと、いよいよ以ってイザーク達は苦し
くなった。時折アクセントを加えるように輝くカリドゥスの光は、恫喝しているようにイザーク達の後退を
促進させていた。

 

「スティングの牽制が効いている。俺は大砲持ちに掛かる」
『ハッ』
「スティングはでしゃばっている前の2機に攻撃を続けろ。マウアーは援護だ」
『任せろ』

 

 後方のガナー・ザクを庇うように前列に出ている2機が、接近を仕掛けようとするガブスレイへ牽制砲撃
を掛けてくる。しかし、その行為もジェリドにとっては苦し紛れの抵抗でしかなかった。
 軽くアポジ・モーターを噴かしてその牽制弾幕を潜り抜ければ、きらりと光るオルトロスの砲口。ロック
オン警告が耳に危険を報せるよりも早く、ジェリドは既に回避運動を始めていた。
 身を捩じらせてオルトロスの一撃をやり過ごす。スティングの牽制も相俟って、グフ・イグナイテッドと
ザク・ウォーリアのバリケードを突破すると、赤く瞬いたガブスレイのモノアイがガナー・ザクを完全に
キャッチした。
 ターゲット捕捉――ジェリドの腕がスロットル・レバーを力強く押し込むと、バーニア・スラスターの光
を一段と大きくしてガブスレイが加速度を上げた。

 

「貰った!」
『俺にダイレクトかよぉッ!?』

 

 オルトロスを下ろすガナー・ザク。ミサイル・ポッドから大量の弾頭を吐き出す。噴煙の尾が煙幕になる
ように散り、ガブスレイに迫った。

 

「ぬるいってんだよ!」

 

 アポジ・モーターと四肢を連動させ、まるで踊るように機動するガブスレイ。ミサイルの嵐の中をビーム
サーベルで切り払いながら突き進む。ビーム・キャノンで撃ち落したミサイルの爆発によって一瞬の煙霧状
態になったが、構わず突き抜けてその先の敵へ向かって脚を伸ばした。
 脚部クローアームがガナー・ザクの左肩を掴んだ。ビーム・キャノンで掴んだ肩部を攻撃し、ガナー・ザ
クの左腕吹き飛ばす。ガナー・ザクは焦燥して被損傷部を庇いながら間合いを広げた。しかし、それをみす
みす逃すようなジェリドではない。

 

「ここまでだ! 止めを刺す!」
『却下だ!』

 

 ガナー・ザクの男とは別の男の声が聞こえた。その瞬間、たなびくスレイヤー・ウィップがジェリドを襲
い、ビームサーベルを片手にガナー・ザクへと追撃を掛けようとしていたガブスレイの足を止めた。
 見ればグフ・イグナイテッド。漆黒の宇宙で真っ白に施された塗装は、嫌でも目に入る。余程敵に狙われ
たい性質のドMパイロットが乗っているらしい。

 

「チッ。邪魔が入ったか。――貴様から先にやられたいか!」
『後方を狙うとは、この腰抜けが! 貴様の相手はこの俺が――』

 

 その身をしならせて、再びグフ・イグナイテッドのスレイヤー・ウィップが唸りを上げる。
 ところが、そのスレイヤー・ウィップも横合いからの狙撃によって切断されてしまった。

 

『クッ――!』

 

 苦虫を噛み潰したような呻きと共に、グフ・イグナイテッドは後退する。ジェリドがフイと視線を火線元
へ向けると、マウアーのガブスレイがフェダーイン・ライフルを構えてそれを追っていった。
 ならば、と援護に失敗したグフ・イグナイテッドと入れ替わるように前に出てきたブレイズ・ザクであっ
たが、こちらはカオスの攻撃の前に防戦一方にされていた。

 

『私とスティングでこいつらは抑える。ジェリドは先程の作戦通り、砲撃ユニットの撃破を』
「おう! ――スティング!」

 

 マウアーからの通信。視線をずらせば、カオスも了承したように左腕をを軽く上に掲げた。今の通信のや
りとりを聞いていたのだろう。それを確認するや否や、ジェリドはガブスレイをMAに変形させてガナー・ザ
クの追撃に入った。

 

 追われる身としてのディアッカは、とてもではないが冗談ではない。砲撃戦能力に特化し、運動性能と機
動力を犠牲にしているガナー・ザクは、他の汎用機と併用する事でその真価を発揮する。それは、逆の言い
方をすれば、単機ではその性能の半分も活かせないという事になる。このイザーク達と分断された状況、し
かも脅威の新型に狙われているとなれば、誰に言われるまでも無くピンチだった。

 

「ナチュラルのMSがやる事か! ――ちっくしょう!」

 

 ディアッカは歯を食いしばると、即座に反転してバーニア・スラスターを全開にした。後ろを振り返って
敵の姿を視認している余裕など無い。かく乱するように不規則に機動し、なるべく進行方向を悟らせないよ
うな動きをとった。しかし、機動力が売りのガブスレイから鈍重であるガナー・ザクが逃げ切れるわけが無
かった。

 

 ジェリドの表情には確信の色が浮かんでいた。
 それは、こうしてガナー・ザクを追撃していることで分かったことである。敵小隊を分断して個々の相手
をする事で、その性能とパイロットの能力がハッキリと浮き彫りになった。その結果、ジェリドは各個撃破
が作戦として望ましいと判断した。

 

 確かに3機纏まっている時こそ手強かった。しかし、その分断に成功した今、マウアーやスティングが他
の2機に後れを取るような事は無いだろう事は容易に想像できた。
 指でコンソールの摘みを弄り、周波数を合わせる。カオスへの、ピンポイントの通信だった。

 

「スティングはマウアーを頼む。俺はこのまま砲戦タイプの追撃に掛る」
『了解。後でだな』
「あぁ――」

 

 今では兄弟のように思っているスティングの声を、ジェリドは微笑ましい表情で聞いていた。
 若干の青臭さは残すものの、スティングはジェリドが思っているよりも大人の性格をしていた。果たして
自分が彼と同じ年の時、同等の冷静さを持ち合わせていただろうか――回顧するだに、少し気恥ずかしくな
った。ともかく、彼ならば安心してマウアーを任せられるだろう。
 そうしてジェリドは視線を再び前に向けた。

 

「俺は、前の世界で手に出来なかったものを全て手に入れて見せる――全部だ! それを邪魔しようって言
う輩は、どんな奴であろうと叩き潰す!」

 

 プライド、師、友、恋人――かつての世界でジェリドが失ったモノは余りにも多すぎる。その全てが1人
の少年に集約されていた。そして、その復讐を果たそうとして返り討ちに遭い、何も成し遂げられぬままジ
ェリドの最初の人生は幕を下ろした。
 しかし、どんな因果が働いたのか、新たに新生した世界で、ジェリドは失ったものの大半を取り戻した。
唯一、プライドだけは今も取り戻せないで居るが、しかし、それを補って余りある新たな絆を手に入れた。
 今のジェリドは満たされていた。しかし、だからと言って幸福に腑抜けになったわけではない。かつて、
ティターンズを掌握してみせると意気込んだ野心は、捨てたわけではなかった。さすがにティターンズはも
う無いが、今は大西洋連邦という新たな組織がある。ジェリドの次なるターゲットは、そこでのし上がる事
だった。

 

 RフィールドにもLフィールド同様に連合軍の侵攻を妨害する人工の暗礁宙域がある。ガナー・ザクはそこ
へ紛れ込み、姿を隠した。

 

「かくれんぼかい」

 

 その往生際の悪さを、ジェリドは嘆息交じりに嘲った。呆れたように軽く肩を竦め、袋のネズミを追い込
むようにしてガブスレイをその中に飛び込ませていく。
 ガナー・ザクの行方は、バーニア・スラスターの光で逐次確認している。いくら逃げようとも、ジェリド
がその行方を見失うようなことはない。

 

「諦めたか?」

 

 ある大きな岩で動きを止めた。それを確認したジェリドは、フェダーイン・ライフルを構えて突撃した。

 

「――何ッ!?」

 

 しかし岩の裏側はもぬけの殻だった。そこに存在しているはずのガナー・ザクの姿は何故か無く、ジェリ
ドは面食らって慌てて周囲を見回した。
 ピピピッ――突如として鳴り始める警告音。その音がジェリドの耳に入って脳が判断し終えるのとほぼ
同時に、上方から突き立てられる槍の様にして劈く一閃のビームが、眼前の岩を貫いて二つに割った。

 

「戦艦の援護だと!? 一体、どこから――」

 

 素早くその場を離れ、コンソールを弄ってカメラにその姿を探させる。全天モニターの左右に、次々とワ
イプが浮かび上がっては消えていく。そして、MSの影をカメラがヒットすると、それを正面に表示させてジ
ェリドは敵の姿を確認した。

 

「違う! あれはミネルバのMS! 羽付きのデスティニーとかっていう――」

 

 カメラが捕捉した方向へガブスレイが振り向く。翼のようなバーニア・スラスターの光を輝かせながら機
動するMSと、それに抱えられるように先程のガナー・ザクが行く。

 

「脅しやがって! 逃がすか!」

 

 ジェリドがフェダーイン・ライフルで狙撃すると、デスティニーがガナー・ザクを手で押してその場から
離脱させた。そうすると、今度はガブスレイに向けてもう一度高エネルギー砲を放った。

 

「そうかい。キサマが相手になるってか!」

 

 直撃を受ければ、ガブスレイとて一撃で終いだろう。その複相ビームは岩を砕きながらも、しかし減衰を
殆どすることなくガブスレイを襲う。バーニア・スラスターの推力と岩を蹴った反動で機敏にかわして反撃
するも、こちらの攻撃は邪魔な岩に阻まれて碌に効果も無い。ジェリドは苛立ちに舌を鳴らすと、不利な
フィールドであるデブリ帯の中から飛び出した。
 ガナー・ザクには逃げられてしまったか。しかし、ジェリドのターゲットは既にガナー・ザクではなく、
現時点で相対しているデスティ二ーへとスライドしていた。こういう大物を仕留められれば、また一歩、野
望に近づく事になる。
 デスティニーの光の翼が、更に大きく広がった。派手さと比例するデスティニーの機動力は、更にコロイ
ド粒子による残像をも生み出して、あたかもイリュージョンを披露しているような芸達者な一面を見せる。
しかし、それは芸という生易しいものでは決してなく、人の視覚を惑わせる魔性のリンプンであった。美し
い輝きは、これから屠られるであろう哀れむべき者へ向けられた餞別なのかもしれない。
 デスティニーが肩から柄の様なものを取り出した。ビームダガーと呼ぶべき短刃を発生させて、サイド・
スローで投擲してくる。投擲武器など、ビームライフルが全盛の現代に於いては子供の玩具のようなもので
ある。ガブスレイが、子供騙しに過ぎないような攻撃を防げないわけが無かった。
 回転して襲い来るそれを、ビームサーベルで一笑に付すように弾き飛ばす。敢えてかわさなかったのは、
余裕を見せることで相手にプレッシャーを与える為だ。
 ところが、それにも拘らずデスティニーはもう片方の肩からも同じ柄を取り出して、同じ様に投擲の姿勢
を見せた。プレッシャーが通じないほど鈍感なのか、それともジェリドの事を侮っているのか。どちらにせ
よ、舐められている事には違いなく、ジェリドは腹に据えかねない苛立ちを感じた。

 

「2度も同じ事をさせるか!」

 

 脇構えのフェダーイン・ライフルをロング・ビームサーベルにしてデスティニーに急襲する。もう一度投
擲をさせるつもりは無かった。下から掬い上げるようにして振り上げられる逆袈裟斬りが、デスティニーを
完全に捉えていた。
 デスティニーが投擲モーションを止め、手にしたビームダガーを構えた。敵はリーチ差も考えられないの
か――先程の投擲で、ビームダガーの刃渡りの長さはロング・ビームサーベルに遥かに及ばない事は了解済
みだ。防げるわけが無い。
 ところが、そのジェリドの予想を覆すかのように、ビームダガーはその刀身を伸ばした。それも、思った
以上に長く伸び、一般のビームサーベルのそれと同等の長さになる。意図して出力を絞っていたと言う事な
のか――この時点で、ジェリドの間合いは崩された事になる。
 ビーム刃同士がぶつかり、反発力を起こす。長得物の分、ロング・ビームサーベルのガブスレイの方が硬
直が大きくなり、その隙を突いてデスティニーが先に二撃目を振るった。
 デスティニーの水平斬りが、フェダーイン・ライフルの砲身を薙ぎ切った。更に返す刃でビームサーベル
を振るうデスティニーの斬撃をかわしつつ、ガブスレイは両肩部のビーム・キャノンを2連射する。しかし
デスティニーは素早い反応でビームシールドを展開し、それを防いだ。その隙にガブスレイはビームサー
ベルを引き抜き、振り下ろされるデスティニーのビームサーベルにそれを重ねた。

 

『あんた達のやり方ぁッ!』

 

 若い少年の声だ。激しく激昂するのは戦闘中ゆえの興奮のせいか、はたまた未熟な感性によるものか。ひ
たすらに青く生臭い声は、腹に据えかねる誰かを想起させる。

 

『戦略兵器を幾つも持ち出して、そうまでして俺達を滅ぼしたいのか!』
「馬鹿め。ガキの声で、何を言う!」
『ガキが口にしちゃいけない事なのかよ!』

 

 拮抗。光り輝く刃は輝度を増し、迸る2人の情熱を表現しているかのように燃え盛る。流動的に形を変え
る刀身はまるで有機物のように揺れ曲がり、滾る2振りの朧はしかし一体化するように絡み合う。
 譲れないものが互いにあるからこそ、退かない。退けば、それは自らの敗北を意味し、守るべきものはそ
の瞬間に音を立てて崩れ去る。己の正当性を証明するためには戦って勝利する、ただそれだけしか方法は存
在しない。2人の意地だった。

 

『そうやって聞く耳も持たずに、一方的な虐殺を繰り返してぇッ!』
「ほざけッ!」

 

 ビームサーベルでデスティニーの斬撃を防ぐ。左手にもビームサーベルを握らせ、デスティニーのコック
ピット目掛けて突きを放った。ところが、デスティニーはそれをマニピュレーターの掌で叩き除けた。まる
で武術の達人が相手の拳を受け流すように弾き、ジェリドは狐につままれた様な気分にさせられた。
 そのような武器が搭載されているとは聞いていた。一種の暗器であると取っていたが、驚くべくはそれを
この様に使いこなすセンスか。コーディネイターだからという理由だけでは無いだろう。それは、パイロッ
ト・センスの顕現である。
 ガブスレイがビームサーベルを2本構えた事で、デスティニーが無理矢理にバーニア・スラスターの推力
を上げて強引に突き放してきた。ガブスレイの二刀流を警戒しての事だろう。
 デスティニーが左手に持つビームライフルの砲口が、コックピット・シートに腰掛けるジェリドを目掛け
るように光り瞬いた。全天モニターの画面に、幾条ものビームの軌跡が降り注ぐ。

 

『地球を追い出して、ソラで虐めて――それで楽しいのかよ、満足なのかよ!』

 

 デスティニーには、絶対に負けられないと思った。こちらの感情を逆撫でするような癇の強い声と、その
言い回しがカミーユを連想させるからだ。
 幾度となく苦杯を舐めさせられた因縁深き相手――それと同じ匂いのする手合いに負けるわけに行かない
のが、ジェリドだった。もう、敗北は十分であった。
 このパイロットとして大きな可能性を秘めた敵が、やがて大きな脅威となって身に不幸を振り掛ける様な
予感がしていた。カミーユに似ているから、という理由からだろうか。そういう敵を捨て置いたままでいれ
ば、いずれまた仲間の命を奪われてしまうような気がしていた。
 ビームライフルの攻撃を掻い潜って再接近を試みる。今ならまだ、対抗できる。ここで後顧の憂いを断っ
ておくべきだと思った。

 

「ヘッ! 戦場で説法か? チャラけて居られるのも、今の内だぜ!」
『チャラけであって堪るか!』

 

 逆水平、袈裟、突き――2本のビームサーベルから繰り出す斬撃を、デスティニーは残像で誤魔化しなが
ら避ける。反撃のビームライフルが撃たれたが、ジェリドは見事な体捌きで掠らせもしなかった。逆に間隙
を縫って距離を詰め、再びビームサーベルを交わす。ジェリドのヘルメットのバイザーが目まぐるしく光を
反射し、眩しさにその目を細めた。

 

『衛星砲と言い、先程のレーザー攻撃と言い、根絶やしにしようっていう魂胆が見え見えなんだよ!』

 

 少年の声は、怒りと絶望が綯い交ぜになっていた。気持ちは分からないでもなかったが、だからと言って
遠慮してやる道理は無い。

 

「だから、どうした!」

 

 戦術レベルの戦いで種がどうのこうのと言った大局的な話はジェリドの趣味では無い。しかし、彼がティ
ターンズで手に入れられた確たる信念が、一つだけあった。

 

「この世は弱肉強食だ! 力ある者が全てを制し、力の無い者はそれに従うんだよ!」

 

 デスティニーが一瞬、虚を突かれた様に弛緩した。ガブスレイはビームサーベルを弾き、斬撃と突きを何
度も繰り出し、デスティニーを圧倒する。

 

『力……俺が求めていた……! それが、世界の理だと!?』
「権力、体力、知力、気力――“力”のある者だけが、高みへ昇る資格がある! この戦いは、俺達とお前
達の力比べだ! 負けた方が勝者の言う事に従う――当然の事だ!」
『馬鹿な! そんな奴らが支配する世界で、誰が生きていけるものか!』

 

 デスティニーが窮している。こちらから繰り出す攻撃に、防戦一方になっていた。言葉で押されて、動揺
してしまっているのだろう。つい先程の調子に比べ、若干覇気が弱くなっていた。パイロットとしての能力
の高さとは裏腹に、精神的にはまだ脆弱な部分があるようだ。
 ここは、一気に押し込める――そう確信したジェリドは更に語気を強めてデスティニーに襲い掛かった。

 

「強者だけが生きていける世界になる! それこそが、この世界の真の姿だ!」
『――ンなわけあるか! そんなんで平和って言えるのかよ! おかしいだろ、絶対に!』
「なら、教えてやる!」

 

 強がってはいるが、デスティニーに本来のキレは無い。左右のビームサーベルでそれぞれ袈裟、逆袈裟と
斬りかかると、続けて放った右のハイキックがデスティニーの右腕にヒットし、その手に持っていたビーム
サーベルを弾き飛ばした。

 

『クッ! ――なら、こいつで!』
「遅いッ!」

 

 デスティニーが左手のビームライフルを差し向けた。しかし、ガブスレイは右腕を差し込んでデスティ
ニーの左腕をかち上げる。ビームライフルは虚空しか存在しない上方に向られ、虚しくビームの軌跡を伸ば
した。
 がら空きだ。この至近距離で、デスティニーはあられもないほど無防備な姿を晒している。

 

「終わりだ!」

 

 ガブスレイのモノアイが瞬いた。それはジェリドが勝利を確信した証。しかし、何故か頭の中には仲間の
顔が走馬灯のように浮かんでいた。ブラン、アウル、ライラ、カクリコン、スティング――そしてマウアー
が微笑んだ。時間の流れが、急に停滞し始めた。
 左のビームサーベルを振るう。その切っ先が間違いなくデスティニーの胴体部へ伸びるのが、ハッキリと
確認できた。そして、この不思議な感覚は達人の境地なのだと確信した。何故なら、デスティニーの撃破は
火を見るより明らかだったからだ。
 MSのパイロットとして、遂にここまで自らを昇華させる事が出来た。正に、これ以上無いという境地だ。
今なら苦杯を舐めさせられ続けたカミーユにだって勝てる気がする。――間延びした刻の中で、ジェリドは
歓喜の表情を浮かべていた。

 

 2人を見つめる砲身が、煌いた。

 
 

 グフ・イグナイテッドとブレイズ・ザクは、スティングとマウアーにとって敵ではなかった。接近戦に特
化したグフ・イグナイテッドとスタンダード・タイプのブレイズ・ザクは、相性が悪い。砲戦タイプのガナ
ー・ザクが揃ってこそのイザーク小隊は、トリオの1機が欠けただけで脆弱になった。
 対してマウアーのガブスレイも自分のカオスも高速戦闘が得意なカテゴリーのMSである。MS形態とMA形態
を巧みに使い分ける術は誰よりも心得ている自信があった。既に長く愛機としているカオスの特性は、身体
に染み込むまでにスティングは把握している。
 ブレイズ・ザクがビームライフルで牽制。スティングはMA形態のカオスで大きく弧を描いて優雅に回避す
る。間髪入れずに下方からエネルギー反応を察知。急制動を掛け、MSに変形して四肢を大きく振るAMBAC制
御でこれをやり過ごす。

 

『食らえッ!』
「ム……ッ」

 

 スティングの背後から鉄線がしなって襲い掛かる。振り返ると同時に、マニピュレーターにビームサーベ
ルをスタンバイさせた。
 スバッ――そんな音が聞こえてきそうな一コマだった。振り返りざまに水平に薙ぎ払おうとしたカオスの
ビームサーベルを差し置いて、スレイヤー・ウィップを切り飛ばしたのはマウアーのガブスレイだった。カ
オスの上方から降ってきて、ビームサーベルでスレイヤー・ウィップを一刀両断したかと思うと、そのまま
のスピードで駆け抜けていく。

 

「マウアーは俺の保護者気取りか? ――逆のつもりなんだがな!」

 

 そんな文句を口にしながら、グフ・イグナイテッドを睨み付けた。スレイヤー・ウィップを斬られて、お冠
であるらしい。そんな事は知った事かと、スティングは鼻で息を鳴らした。
 この流れなら、余所見をしている余裕すらある。スティングは機動兵装ポッドを1基飛ばすと、ガブスレ
イが向かった先にカメラを向けた。マウアーは既に別の敵に取り掛かっており、フェダーイン・ライフルで
次々と敵MSを葬っていく。その爆発の軌跡が、数珠繋ぎとなって瞬いては消えていった。
 言葉など交わす必要は無かった。チームとして成熟した自分たちには、状況を見るだけで互いに何が必要
なのかを察する事が出来る。それは、仲間という枠を超えた、家族のような信頼関係だった。

 

「お偉方連中はコーディの粛清だとか地球圏の統一だとか息巻いているようだけどな! 俺達は最高のチー
ムだ、それだけで十分だぜ!」

 

 ザフトの増援が現れた。しかし、スティングには問題ではなかった。ビームライフルで一瞬にして撃破す
ると、「よっしゃあ!」と快哉を上げた。
 ジェリドは自分の大切な人を任せてくれた。それは彼が自分に相応の信を預けてくれていなければ出来な
い芸当だ。そういう信頼関係で結ばれているからこそ、実感できる充足感というものがある。他人に必要と
されているという実感が、スティングをより強くさせていた。

 

 何処からともなく信号弾が紛れ込んできた。派手に煙を撒き散らしながら、かく乱するように自由奔放に
掻き乱したかと思うと、鮮やかな閃光を放って戦場を照らした。それは、連合軍の信号弾の色ではない。ス
ティングの記憶の中には、その信号弾の色は無かった。

 

「この発光信号……マウアーは知ってるのか?」

 

 ふと、交戦していたグフ・イグナイテッドが大きく腕を仰いで何かを指示している。そして、それに呼応
してザフトのMS部隊が続々と後退を開始した。やはり、ザフトの後退命令だったようだ。
 バーニア・スラスター光の尾びれが、吸い込まれるようにしてメサイア方面へ向かっていく。それはザフ
トのものも連合軍のものでもある。戦線が、メサイアの周辺にまで上がっているという事の証左であった。
 イザーク隊も後退命令に従って退いていった。急に周辺が閑散とし出し、スティング達の戦闘状態は解除
された。
 友軍部隊は休むことなく進撃を続けている。追い越していくMSやMAを眺めながら、スティングは戦闘状態
に緊張して強張っていた身体を解す様に軽く深呼吸をした。

 

「メサイアへの上陸命令が出ているからな。けど、俺達は――なぁ、マウアー」

 

 コンソールパネルのスイッチを弄って通信回線を繋ぐ。カメラがガブスレイの姿を探し、スティングは労
うような声でマウアーに呼びかけた。

 

「……マウアー?」

 

 様子がおかしい事に気付いたのは、呼び掛けて10秒ほど応答が無かった頃だった。再度、呼びかけて見る
も、反応が返ってくる気配は無い。
 怪訝に思って通信回線の周波数を確認してみた。間違いない、確かに繋がっている。
 ピピッという音と共にカメラがガブスレイの姿をキャッチした。そこには、続々とメサイアへと向かうMS
の群れの中で不自然に直立したまま動かない姿があった。不思議に思って眉を顰め、スティングは軽く操縦
桿を傾けて徐にガブスレイの所へ向かった。

 

「どうした、マウアー? 早くしないとジェリドがうるさいぜ」
『スティング……』

 

 アポジ・モーターを細かく噴かせて傍らに寄り添うと、そっとマニピュレーターをガブスレイの肩に置い
た。ところが、ようやく返ってきたマウアーの声は普段の彼女からは想像できないほど弱々しく、か細いも
のだった。

 

「どっかやられたのか? 見た目はそんなに……損傷は見えないが」

 

 ガブスレイに損傷らしい損傷は無い。目を凝らせば装甲が少しへこんでいたり、細かい傷も多数見受けら
れるが、その程度の傷はどんなに優れたパイロットであろうとも免れる事は出来ないし、そういう傷が原因
でMSが機能不全を起こしたなどという事例は無かったはずだから、動けないはずは無い。
 ただ、どこか動くのを拒否しているようなマウアーのガブスレイが、何故か不安だった。

 

『……そうだな。ジェリドが待っている』

 

 次に返ってきたマウアーの声は、普段どおりだった。しかし、後に思い返した時、その時のマウアーは無
理に平静を装っていたのだと気付いた。それは、遅すぎる理解だったのだが。

 

「なら、合流だ」

 

 何の気なしに、スティングはマウアーを促した。その時のマウアーが何を感じていたのか、その時点のス
ティングには知る由も無かった。
 しかし、ある宙域で胸部から上だけになった、そのMSの残骸を発見した時、思い知らされた。

 

 頼りなげに宇宙という虚空に浮かぶスクラップ。本来は甲冑を纏ったような装甲を持つ人型のロボットで
あった。見事に腹部を狙われていて、下半身部分は既に何処かに流されて見当たらない。一直線の溶断面で
ある事から、一撃でやられていることが分かる。溶断面付近の装甲は焦げていて、褐色を黒く汚していた。
 付近に敵は存在していなかった。恐らく、到着前に決着が付いて、その後に先程の後退命令に従って去っ
て行ったのだろう。周辺は不自然に岩が浮いている、いわゆる暗礁宙域であり、「これ」をやった敵MSのタ
イプが砲撃戦タイプであると推測する事が出来る。岩を隠れ蓑にしてかく乱し、隙を突いて狙撃したのだろ
う。下半身部分が喪失してしまっているので言い切ることは出来ないが、他に損傷が無い事を鑑みるに、勝
負は一瞬で決まってしまったらしい事が覗える。
 まさかと思うが、あのガナー・ザクなのだろうか。敵を出し抜けるほどの狡猾さを持っていたとするのな
ら、目測を誤ったと言わざるを得ない。「これ」のコックピットを正確に狙撃するその手並み、単機で行っ
たとしたら、これは驚異的だ。鈍重な砲撃戦MSで、高機動型である「これ」を相手取って勝利を収めてしま
うのだから。

 

 ――だから、どうしたと言うのか。残骸と化した「これ」の現場検証を行ったところで、それは現実逃避
に過ぎない。しかし、そうやって適当な事を考えていなければ、この受け入れ難い現実に頭が錯乱し、どう
にかなってしまいそうな自分が居た。
 光の灯らないモノアイ。まるで、人が死んでいるように「これ」は静かに浮かんでいた。全ての機能を停
止し、二度と動く事の無いMS――ガブスレイ。これで、パイロットが生きているはずが無いのだ。

 

 スティングは無言のまま物言わぬガブスレイの残骸を見ていた。耳には無線が傍受している、友軍の連絡
を取り合う声が幾重にも重なって聞こえていた。彼等が仲間の無事を確認しあう度に、溢れ出しそうな涙を
堪える。
 マウアーを見た。佇む彼女のガブスレイは、微動だにしない。ただ、吸い込まれるように同じ姿をしたMS
の残骸を見つめているだけだった。
 何か声を掛けようと、コンソール・パネルに手を伸ばした。しかし、今のマウアーは誰にも声を掛けて欲
しくないだろうと思い、直前で思い留まった。彼女は、自分以上に堪えているはずだからだ。――尤も、励
ましの言葉が見つからなかったと言うのが本当の事であったが。

 

「いや、違うな……」

 

 或いは、慰めの言葉が欲しかったのはスティングの方だったのかも知れない。最も親しい仲間を失ったや
るせなさをどうにかしたいが為に。虚無に沈んでいきそうな心をもう一度奮い立たせたいが為に。そして、
何よりもマウアーが大丈夫であるという確証を得たいが為に。
 マウアーは動かない。スティングはその痛ましい姿から目を逸らすように、周辺状況へと注意を向けた。

 

「メサイアへの上陸作戦は進行中、か……」

 

 補給へと母艦に戻るMSや、逆に発進してメサイアを目指すMSがそれぞれ居た。艦隊は進撃を強め、ザフト
の最終防衛ラインである岩の要塞にバーニア・スラスターの尾を伸ばしていく。
 戦局に、一人の兵士の死など取るに足らぬものなのかもしれない。軍は大事の為に動かなければならない
と分かっていても、しかし勢いづく連合軍の士気とメランコリックな自分の気分のちぐはぐさが、理不尽さ
を感じさせていた。
 スティングは呟くと、唾を吐き捨てるような舌打ちをした。

 

「マウアー、ナナバルクへ戻ろう。俺達、休む必要がある」

 

 返事を聞かないように、言葉を投げ掛けた瞬間に通信を切った。泣きじゃくるマウアーの声を聞いてしま
えば、自分も絶対に号泣してしまうだろうと分かっていたからだ。今はまだ泣くべき時では無いと、スティ
ングは本来の形を失った残骸に背を向ける。
 ゆっくりと、操縦桿を押す。背後を映すカメラに目を向けながら、そのガブスレイであった残骸に別れを
惜しむようにスティングは目を瞑った。その少し後、マウアー機が後ろ髪を引かれながらも機体を反転させた。

 

「何故だ、ジェリド……マウアーのこと、どうするんだ……」

 

 少し前、死ぬつもりは無いと見得を切っていたのを思い出す。あれは、結局何だったのだろうか。ジェリ
ドに裏切られたという気持ちは無かったが、あれはある種の約束であったと思っていた。

 

「法螺吹きジェリドめ……」

 

 顔を上げる事などできなかった。スティングは俯いたまま、カオスを母艦へと向かわせていく。