Top > ΖキャラがIN種死(仮) ◆x > lz6TqR1w 氏_第56話
HTML convert time to 0.023 sec.


ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第56話

Last-modified: 2009-05-21 (木) 05:47:36

『生と死の狭間で』

 
 

 視線は男の姿を捉えていた。薄灰色の短髪に病的なスキン・カラー、凍えて変色しているような紫の口唇
に爬虫類のように剥く目。ノーマル・スーツに身を包んだその手には、大袈裟なスナイプ・カメラと先端に
サイレンサーが付いた一丁のライフルが抱えられていた。笑い声は反吐が出るほど汚く、聞くに堪えない。

 

「何やら騒がしいので来て見れば、ハハッ! こうも容易くデュランダルを葬れるとは思わなんだぞ!」

 

 ライフルの銃身を立て、見下すように顎を上げるその仕草が、男の猟奇性を際立たせる。デュランダルを
撃った事に何の感傷も抱かず、ただ狩りで狙った獲物を仕留めたような恍惚を浮かべていた。
 レイの拳が震える。まるで、デュランダルを屠殺されたような気分だ。手にしたサブ・マシンガンがカタカタ
と音を鳴らした。

 

「き……貴様ぁッ!」

 

 喉を焦がすような重くくすんだ声。それは怒号と言うよりも、最早絶叫と呼ぶべきものだった。言葉に
なっているのが不思議なくらい、レイの声は低く、そして歪んでいた。
 男――ジブリールに対して半身の姿勢になってサブ・マシンガンを構える。レイがトリガーを引くよりも
早く、護衛が盾となって立ち塞がった。

 

「うわああああぁぁぁぁッ!」

 

 理性を失くした獣の咆哮で、レイは叫んだ。サブ・マシンガンの砲口が火を噴き、有機物も無機物も関係
無しにひたすらに撃った。着弾で舞い上がる埃、そして銃弾を受けて負傷、或いは絶命するナチュラル。
 ジブリールはそんな鬼の形相のレイを嘲笑う様に口の端を吊り上げた。その様が、細い顎のせいか口が
裂けているように見える。

 

「我々とコーディの共存だと? デュランダルの奴は、そんな事を口走っていたなぁ。――下らん! そん
なゴミのような思想は、この屑要塞と共に宇宙の塵となればいい! 我々が貴様らと共存するという事は、
こういう風にして殺し合うと言う事なのだからな!」
「貴様ぁッ!」
「化け物コーディは須らく抹殺される運命にある! だからこそ、ギルバート=デュランダルは死んだ! 
クソの役にも立たんような愚かな理想と共に!」

 

 立ち塞がる護衛の姿に紛れ込んで、ジブリールは高笑いをしながら姿をくらます。許せない――レイは
それを追って床を蹴った。

 

「待て、レイ!」

 

 制止するアスランの忠告も聞かず、サブ・マシンガンを抱えて低い姿勢で突っ込むレイ。ジブリールの
逃走を援護する護衛の銃撃が、レイの右上腕を掠めた。その切るような痛みに表情を歪め、バランスを
崩す。連合兵士の銃口が、レイの額に照準を合わせた。

 

「くっそぉッ!」

 

 アスランはサブ・マシンガンを投棄し、素早く懐からハンド・ガンを取り出した。そして一瞬で照準を合わせ、
レイを狙う連合兵士の眉間に一発で命中させる。鉛玉を頭に打ち込まれた兵士は、そのまま倒れ込んだ。
 この隙にこちらへ――しかし、銃撃の激しさは増すばかりでにっちもさっちも行かない。レイは物陰に
隠れて事無きを得る事が出来たが、そこから動けないで居る。窮状である事に変わりはなかった。
 アスランとレイの距離、僅か20〜30M程度。銃撃で援護するには近いが、救出に動くにはやや遠い。
アスランが単身であったなら強行突破が可能な距離であったが、ラクスを連れたままでは難しかった。

 

「お2人とも、こちらです!」

 

 歯軋りするアスラン。その時、不意にラクスの声が響いた。いや、実際に声を発したのはラクスではなく
別人だった。即座に振り返ると、そこにはミーアが手を差し伸ばしていた。

 

「ミーアか!?」
「ラクス様をこちらに!」
「頼む!」

 

 脱出と激戦で疲労したラクスの背中を押し、ミーアの元へと預ける。そうして身軽になったアスランは、
壁から剥がれ落ちた3M四方はあろうかという大きな鉄板を隠れ蓑にして連合兵士へと飛び掛った。

 

「な、何だありゃ!?」
「鉄板が人間を襲うものかよ! 構わん、撃てぇ!」

 

 連合兵士も多少困惑しながらもその鉄板に集中砲火した。鉄板とはいえ、それは盾となれる程の剛性を
持っていない。その影に居る奴は、蜂の巣だろう――しかし、ぐらりと傾いた鉄板の先には、そこに存在して
いるはずの死体の姿は無かった。
 不思議な出来事にうろたえる連合兵士。ちょっとしたパニック状態に陥り、落ち着き無く頭を動かした。
そこへ、上方から降り注がれる銃弾が2人の連合兵士を貫く。仲間の悲鳴に気付いて慌てて顔を上げるも、
襲い掛かるアスランは既にもう3発の鉛玉を1発ずつ3人に撃ち込んでいた。
 アスランの銃弾に、次々と倒れる連合兵士。彼が床に足を着いた時、腰の鞘から眩しく光を放つ鋭利な
ナイフが引き抜かれ、神速の如きスピードで一突きする。鳩尾からあばら骨を潜る様に突き込まれたナイフ
は心臓に達しており、引き抜くと同時に吐血して白目を剥いた。その傷口から噴出した血飛沫が、アスランの
制服に付着する。
 残すは1人、恐怖に竦んで身を震わせている。アスランは赤くべっとりとなったナイフの血拭いもせず、間髪
入れずに引き攣った表情でライフルを構える兵士の胸を突き刺す。その正確なナイフ捌きがあばら骨の隙間
を突き通し、同じく心臓に命中した。そうして最後の1人も倒れると、返り血を嫌ったのかナイフを突き立てたまま
遠くへ蹴り飛ばした。

 

「……終わりか?」

 

 乱れた呼吸、しかしそれも直ぐに整え、アスランは他に潜んでいるかもしれない敵を探す。全身の神経を
尖らせ、僅かな空気の揺らぎすらも見逃さない。
 暫く身構えていたが、それらしい気配は感じなかった。どうやら、そのホールには既にアスラン達しか
残されていないらしい。構えを解き、大きく息を吐き出した。
 激しい戦いだった。数多の死体が散在しているそこは、まさしく戦場の跡。血溜まりが球状となって無重力
に浮かんでいる。主を失った銃火器は、僅かな光に頼りなげな鈍色を湛えていた。こうして生きているのも
不思議なくらい凄惨な光景に、アスランは自分の運がまだ尽きては居ない事を確信した。
 敵を退ける事には成功した。しかし、こちらも親衛隊とミネルバの精鋭部隊は全滅、カガリはいつの間にか
行方不明になっており、デュランダルも――

 

「ギル!」

 

 振り返るアスランの視線の先で、横たわるデュランダルの傍で蹲る少年の後ろ姿があった。全身を震わせ
顔を見なくとも泣いている事が分かる声だった。
 ミーアと共に身を隠していたラクスも、事態の収拾を感じ取って姿を現した。アスランもそれに倣うように
デュランダルの元へと床を蹴る。ゴホゴホと、喉から何かを掻きだす様な咳が聞こえた。

 

「ギル!」
「2人は――アスランとラクスは……」

 

 弱々しく伸ばす腕。レイが両手で包み込んで励ますように握り締める。じわりじわりと胸から拡がっていく
コートの赤い染みが、残り僅かなデュランダルの命を削っていく。
 狼狽しきるレイなど、初めて見た。アスランの目には、レイ=ザ=バレルという少年は常日頃からどこか
達観した悟り人のように見えていた。しかし、今の彼は歳相応の何処にでも居るような思春期の少年の顔を
している。彼とデュランダルの関係、それが果たしてどのようなものであるのかは知れない。ただ、2人は強い
絆で結ばれているのだろうな、とは思った。――何故か、父の事を思い出した。
 レイがデュランダルのうわ言の様な声に反応してアスランとラクスを交互に見る。アスランはラクスに目配せ
をして、横たわるデュランダルの顔を覗きこんだ。

 

「デュランダル議長、わたくしはここに」
「直ぐに脱出します。ミネルバに戻るまで、今しばらく辛抱してください」

 

 アスランがそう言うと、デュランダルが鼻で笑ったような気がした。それがまるで自分の死期を悟っている
ようで、無性にやるせなくなる。元々白かった肌の色は失血で余計に蒼白さを増し、僅かに開かれている
目の下は徹夜続きのように黒くくすんでいた。
 ヒュー、ヒューと空気の抜けるような音を立てて呼吸をするデュランダルの口が、必死に言葉を紡ぎだそ
うと律動する。アスランとラクスの2人は、体勢を低くして言葉に耳を傾けた。

 

「君達に、プラントとザフトを頼みたい……」
「デュランダル議長……!?」
「アスランと言う英雄の名、ラクスと言う歌姫の名……ザラとクラインの領袖でもある君達なら、きっと
纏められる……」

 

 何がそんなに嬉しいのか、アスランにはトンと分からない。分からないが、デュランダルはそう言って、
まるで少年が将来の夢を語るように瞳を輝かせていた。
 しかし、急にそう言われて戸惑わないわけが無い。英雄と呼ばれていても、それに見合うような器では無い
事をアスラン自身が認めていたからだ。情けない自分を自覚するからこそ、素直に頷けない強情さが顔を
覗かせる。優柔不断な彼の性格が、その場での即答を躊躇わせていた。付け加えて、婚約破棄となったラクス
と今さら手を繋いで矢面に立つ事に抵抗があった。――こんな時にそんな下らない事を考えられる自分の
不真面目さに、私事ながら密かに心の内で呆れていた。
 ラクスはどうなのだろうか。チラリと顔を横に向けて表情を覗う。そこには、デュランダルの意志を引き継ごう
という決意に満ちた顔があった。澄んだ瞳は真っ直ぐにデュランダルを凝視し、キュッと真一文字に結ばれた
口元は有無を言わせない力強さを感じさせた。
 ラクスが、こくりと頷く。アスランも、それに倣って頷いた。正直、彼女のような自信が自分にもあるとも思え
ないが――

 

「ありがとう……これで、プラントは大丈夫だ……安心したよ……」

 

 安心している場合ではない。デュランダルの出血は致死量に至ろうかというほど既に流れ出してしまっている。
決して口には出せないが、アスランは既にデュランダルが助からないだろうということが予感できていた。
 デュランダルはそんなアスランの顔を、意味深な瞳で見ていた。今わの際である事を一番理解しているの
は、もしかしたらデュランダル本人なのかもしれない。細めた目が、一同を和ますように笑ったのを見て、そう
思えた。

 

「それから、ミーア……」
「は、はい」

 

 呼ばれ、まさかの展開に動揺を見せるミーア。気を遣って少し離れた所で佇んでいた彼女も、慌てて駆け
寄ってくる。アスランとラクスが場所を譲ると、それまで2人がしていたように身を被せるように顔を覗きこんだ。

 

「君には、嫌な役をやらせてしまった……それだけは、謝って置きたかった……」
「そんな、私は――」

 

 死に行く人間が、これほどまでに弱々しく、か細い存在であるとミーアは知らなかった。どんな感情が
渦巻いてそうなったのかは分からない。ミーアは、デュランダルの顔が余りにも感傷的過ぎて、独りでに
涙を流していた。
 無重力に玉となって浮かぶミーアの涙。それが瓦礫だらけになったホールに美しく散ったかと思うと、
デュランダルは徐に目を閉じた。

 

「ギル!」

 

 ミーアを突き飛ばし、レイがデュランダルを抱え上げる。力の抜け切った肢体は、そんなレイの腕の中か
ら、今にもするりと抜け出してしまいそうだった。
 泣きながら何度も「ギル、ギル」と呼びかけるレイ。その声が力を与えたのか、デュランダルは残された
力を搾り出すように再び目蓋を上げた。

 

「ギル、大丈夫だ! 少し我慢すれば、ミネルバに辿り着ける! そうすれば――」

 

 レイの頬を、デュランダルの手が触れた。微かに残された最後の力を振り絞り、最愛の息子の温もりを
その掌に感じ取る。幼子のように泣き喚くレイの頬を、宥め賺すかのようにそっと撫でた。

 

「レイ、何も…してやれんで……」
「何を弱気になって――しゃべっちゃ駄目だ!」
「私は…お前の父親たり得ただろう…か……?」
「決まってるじゃないか! それは今までも、これからもずっとそうだ! だから――」
「なら、お聞き、レイ……。お前に、言い遺したい事が…あるんだ……」
「そんな、最期みたいな台詞、止めてくれ!」

 

 死を意識したデュランダル、死を諦めきれないレイ。2人の認識の差が、会話に齟齬を生み出していた。
 デュランダルは、そんなレイの必死の抵抗をかわし、続ける。

 

「レイ、運命に負けるな……お前なら、ラウとは違った人生を歩ける……私は、そう信じているよ……」
「僕はラウのように世界に絶望なんてしない! ギルの言うような人間にもなってみせる! だから、ギル!
 ……お願いだから死なないで!」

 

 それは決意表明ではなく、懇願のようであった。子供が親に対して要求を満たしてもらおうとする駄々に
近いかもしれない。その我侭を言う権利も、今のレイならば世界の誰よりも有しているだろう。
 デュランダルは、そんな息子の幼さが微笑ましかったのか、口元が微かに笑みを湛えた。実に彼らしい、
数多の人々に何度も不敵に笑って見せた彼の、最期の微笑である。

 

「フッ……生き抜いて見せてくれよ……レイ……」

 

 かつて、破滅に向かうクルーゼを止められなかった。友人の戦死を聞いたのは、第2次ヤキン・ドゥーエ
戦役が終結して間もなくの頃だった。
 彼の闇を晴らせなかった自分の無力を悔やんだ。だから、レイと養子縁組を結んだのは、最初はその
罪滅ぼしだったのではないかと思う。しかし、レイを罪滅ぼしの為のエゴイスティックな手段にしてはいけな
かったのだ。それに気付いてからのデュランダルの眼差しは、親のそれと同じだった。
 仄かに触れるくらいで撫でられていたデュランダルの手が、その動きを止めた。刹那、重々しく目蓋が
下がり始め、その目尻からは1滴の涙が溢れた。

 

「タリア……君を、幸せに出来なかった…私の無力を……」
「ギル!?」
「私は……皆が悲しい思いをしなくて済む…世界を、創りたかっただけ…なのに……」

 

 最早、呂律も回らないほどに力が抜け切っている。何を口走っているのか自分でも理解できていないよう
な朦朧とする意識の中で、デュランダルの目が何かを見た。覆い被さるレイの顔は、霞んでしまって既に
定かでは無い。その向こう――光が消えていくその瞳が、誰かの影を見た。
 気付かないレイ。生気が失われていくデュランダルを、ただ涙ながらに抱き締めるしか無かった。

 

「あぁ…ラウの声が、聞こえる気がする……私を、呼んでいるのか……?」
「駄目だギル! 僕を置いてかないでくれぇ!」

 

 くしゃくしゃの顔で呼びかけるレイ。しかし、デュランダルの目は再び開く事は無かった。

 

 メサイアの振動が大きくなる。恐らく、上陸した連合兵士が仕掛けたであろう爆薬が爆発しているのだろう。
現在居るホールも、いつ爆発に巻き込まれるか分からない。アスランはデュランダルの亡骸を抱きかかえた
まま泣き伏せているレイに声を掛けようとした。

 

「ザラ隊長」

 

 出しかけた声を喉の奥に押し込む。レイがデュランダルを肩で担ぎ上げ、立ち上がった。

 

「メサイア内にまだ敵が残っているかもしれません。ここは自分が囮になり、敵の注意を引き付けます。
隊長はお2人を連れて別ルートにてミネルバに戻ってください」
「囮ったって――」

 

 途中まで口に出して、その次を声に出さなかった。レイの言葉が建前だという事は、デュランダルを担い
でいるレイの後ろ姿を見れば分かる。2人の時間を邪魔することなど、無粋でしかない。

 

「分かった。気をつけて――」

 

 言いかけて、また言葉を止める。

 

「――必ずミネルバに帰投しろ。これは命令だ」

 

 言い直したアスランの言葉に、レイは一度だけ頷いてみせた。それを確認すると、アスランはラクスと
ミーアの手を取って脱出を急いで行った。

 

「ありがとうございます、ザラ隊長……」

 

 呟き、生命体としての活動を終えたデュランダルを担ぎ直す。まだ、ほんのりと人の体温を感じる。
これから、少しずつ冷たくなっていくのだろう。デュランダルの手を握り締め、レイは床を蹴った。

 
 

 メサイアの崩壊が、早まってきたように思う。ミネルバへと戻る道中、何度か大きな振動が脱出中である
アスランたち3人を襲った。無重力の分だけ、崩れた鉄材に押し潰される心配は少ないが、何処に潜んで
いるかもしれない見えざる敵に、アスランの神経は磨り減らされていた。
 アスランはチラリとミーアを見た。ラクスと並ぶその顔は、同じはずなのにミーアの方が魅力的に見えた。
それはラクスに対する個人的なマイナス・イメージと、気落ちしていた自分を救ってくれたミーアのプラス・
イメージが生み出した主観に過ぎないのかもしれないが。

 

「ミーアさんは、どうしてこんな所に?」

 

 ラクスがミーアに訊ねた。それは、アスランも感じていた疑問である。彼女のような戦う力を持たない女性
が、軍事要塞丸出しのメサイアに居た事が不思議だった。ミーアは、ラクスの問いに少しばつの悪そうな
表情で俯いた。

 

「……万が一の場合、あたしがラクス様の身代わりになれればと――」
「デュランダル議長が……?」

 

 被せるようなラクスの言葉に、ミーアはふるふると頭を振る。

 

「あたしがデュランダル議長にお頼み申し上げたんです。もしもの時に、あたしが囮になる事でラクス様を
お助けできるようにと」
「そんな事――」
「あたしの存在って、その為にあるものだと思っていますから」

 

 平然と笑顔でそう答えるミーア。その態度にラクスが険しく表情を変化させると、ミーアはそれが分かって
いた様に視線を落とした。

 

「何故その様な事をあなたが思う必要があるのです? ミーアさんは、この世に2人と居ない人間なのですよ?
 わたくしに友人を盾にして逃げろと仰るのですか」
「今、ラクス様があたしを友人と仰ってくださりました。それだけで、十分です」
「お黙りなさい。その様なミーア=キャンベルなど、わたくしは許しません」

 

 厳しいラクスの口調を、アスランは諌める事は出来なかった。ここは流石にラクスの言う事の方が正しい
と思ったからだ。ミーアがラクスの代わりを演じていたとはいえ、そこまで思い詰める事は無い。いくらラクス
の熱狂的ファンでも、そこまで卑屈になる道理など何処にも無いのだ。特にアスランは、ミーアを1人の魅力
的な女性として見ているだけに、彼女の破滅願望的な思考が面白くなかった。
 しかし、ここでミーアに説教をしている余裕は無い。アスランは少し不貞腐れた表情をしながらも、通路の
角の先に居る敵の存在を感知した。

 

「え……?」

 

 アスランが無言で腕を出して2人を制止させる。口を閉じたままのラクスと、微かに声を上げるミーア。
険しいアスランの瞳に、意図を察して慌てて両手で口元を押さえた。アスランが指で角の先の敵の存在を
示唆すると、2人はそれに応えて頷いた。
 アスランが軽く床を蹴って先行する。敵はそのアスランの接近を今か今かと待ち構え、ライフルを構えて
いた。果たして、アスランが浮遊していた誰のものとも知れないヘルメットを掴んで放り投げると、ライフル
の銃弾がそれを砕いた。

 

「メットだけ――何ッ!?」
「甘いな!」

 

 虚を突かれ、錯乱する連合兵士。アスランが天井を蹴って死角から飛び掛ると、一瞬にしてハンド・ガン
の狙いを定め、2発の弾丸を確実に撃ち込んだ。

 

「ど、どういう事だこれは!? ラクス=クラインが2人も居るなんて聞いてないぞ!」

 

 絶叫し、倒れる連合兵士。その刹那、背後から――ラクスとミーアを待たせている方向から別の男の声が
響いた。

 

「しまった!?」

 

 甘かったのは、自分の方だった。敵が複数存在していたという事を、なぜ考慮しなかったのか。アスランは
自らが犯した信じられないようなイージー・ミスに、表情を醜く歪めた。

 

「くっそォッ!」

 

 振り向いた時には、既にライフルを構えた連合兵士が2人を照準に収めていた。間に合うか――アスラン
も即座に銃を持つ手を上げる。乾いた2発の銃声が、重なって木霊した。

 
 

 メサイアからは、まるで水責めに遭ったアリの巣のように脱出艇が次々と発進していた。しかし、その
脱出艇の半数近くが、群がる連合軍の前に敢え無く撃沈されてしまう。
 クサナギは、あるメサイアの港湾出入り口付近で艦体を横たえていた。そしてそれを守るオーブのMSと
デスティニーの姿があった。
 戦闘ブリッジのトダカは、獅子奮迅の活躍を見せるシンの頑張りに身を締め付けられるような思いに
なっていた。2年前、自分が勧めたプラントへの移転は、決して間違っていなかったのだと。

 

「レドニル=キサカから入電。2、3分後に出てくるそうです」
「了解した。――間に合いそうですな」
「間に合うのかい?」

 

 オペレーターからの報告を聞き、顔を振り向けてくるトダカに懐疑的に視線を返すユウナ。クサナギの揺れ
は、メサイアに取り付いてから激しさを更に増していた。既に幾つかの砲門は沈黙しており、艦載機のMS隊
とて半分以上はやられている。シンのデスティニーがいくら頑張ってくれていても、1機のMSがカバーできる
範囲には限界がある。明らかに不利であるこの状況で、ユウナは不安で仕方なかった。

 

「ここで沈んではオーブ軍人の名折れ。必ず持ち堪えて見せます」

 

 トダカはそうは言うが、クサナギの損壊も拡がっており、果たしてカガリを収容できたとしても連合軍の
追撃から逃げ切れるのかという疑問があった。

 

「光信号を確認! キサカです!」

 

 ユウナが考え込んでいると、唐突にオペレーターが叫んだ。トダカの目が見開かれる。

 

「よぉし! カガリ様を収容後、当艦はメサイアを離脱する!」

 

 ちかちかとライトを断続的に光らせ、小型艇がメサイアの出入り口から顔を覗かせた。トダカの号令に
応えてクサナギのハッチが開かれると、受け入れの体制に移った。
 しかし、その行動が敵に何かを悟らせるきっかけとなってしまったのかもしれない。クサナギが収容の
準備を始めた事と、メサイアから脱出する小型艇の存在が、それに重要人物が載せられているのでは
ないかという憶測を呼んだのである。それまでクサナギとそのMS隊を攻撃していた連合軍MSも、次第に
ターゲットを小型艇へとシフトし、クサナギの収容作業は困難を極めた。

 

「何やってんだ! カガリが狙われているじゃないか!」
「収容を焦ったのが裏目に出た? ――デスティニーは!?」

 

 絶叫するユウナ。キサカが極限状態の中でも必死にコントロールしてくれているお陰か、小型艇は何とか
攻撃を受けずに済んでいる。しかし攻撃に晒される小型艇はフラフラと揺れ、いつビームが命中して沈むか
分からない危機的状況に陥っていた。
 シンが、オペレーターの呼びかけに応じる。ブリッジのモニターに、表情を歪めるシンの顔が映し出された。

 

『何なんです!?』
「アスカ君! クサナギの裏にカガリ様の小型艇がある! 向かえんか?」
『自分たちで何とかしてくださいよ! そういう場合じゃないって、こっちも数が多くて――うわっ!?』
「アスカ君!?」

 

 別のモニターが交戦するデスティニーの姿を映し出している。複数の敵に取り囲まれ、埋もれる様にして
抵抗を続けていた。いくらシンでも、直ぐにあの状態からは切り抜けられない。デスティニーの援護は見込め
そうに無かった。
 そうこうしている間にも、小型艇への攻撃は止む事は無い。キサカがどれだけ頑張ってくれても、攻撃を
受け続けて無事に済むとは思えなかった。
 クサナギのブリッジは、静かに揺れていた。音の無い恐怖が、これほど精神的にきついものだとは、思わな
かった。ユウナは、いつしか空気が冷え込んでいた事に気付いていた。それは肌で感じる気温の変化ではない。
雰囲気が、変わったのだ。

 

「ユウナ様……」
「ん……」

 

 トダカの視線に何かを感じ取ったのか、ユウナの表情が恐怖に引き攣る。しかしユウナは気を取り直すよ
うにノーマル・スーツの首元を指で軽く緩めると、シートに埋める腰を掛け直した。トダカはその様子を眺め
ながら、恥を隠すように制帽の唾を指で抓んで目深に被り直す。

 

「本来なら、あなた様を脱出させなければいけないところなのですが……」
「緊急時である。僕の事は構わずに、君は最善と思われる行動を取りたまえ」

 

 制帽の唾の影から、ユウナの様子を盗み見る。どっしりとシートに腰掛けているように見えても、肘掛け
に乗せる腕はカタカタと小刻みに震えているし、その瞳も動揺を隠し切れなくて落ち着きが無い。額には
脂汗が浮かんでいて、唇は極度の緊張で乾ききっていた。それでも気を張って構えているユウナを見る
だに、以前に比べれば遥かに逞しくなったと思う。

 

「ユウナ様はお強くなられた。ウナト様も、満足しておいででしょう」

 

 世辞や気休めではない。トダカの心からの賛辞を、ユウナも肌で感じ取っていたようだった。
 トダカの言葉に応える人間は誰も居ない。覚悟を決めた彼らに、最早言葉は必要なかった。

 

 ビームの光が、こんなに怖いものだとは思わなかった。カガリの瞳に次々と明滅するビーム攻撃の光の嵐
は、MSのコックピットの中で見るそれとは全く違うものだった。戦闘用のMSとは違って武装の類を一切持た
ない小型艇の、何と心許無いものだろう。果たして、自分は戦場を甘く見すぎていたのだろうか。綱渡りのよう
なこの状況で、そんな事を冷静に考えられる余裕など無かったのも確かだった。カガリは、自分の表情が
恐怖に引き攣っているであろう事を意識した。
 小型艇の運動性能など、フレキシブルに設計されているMSに比べるべくも無い。遥かに鈍重である小型艇
の操縦に四苦八苦しながら、キサカは歯を食いしばって一縷の望みに賭けていた。しかし、そんなキサカの
頑張りも圧殺せんばかりの攻撃の前に、遂に1機のMSの銃口がピタリとこちらに向いた。
 時間が止まったような感覚。なまじMSのパイロットをしていただけに、それが不可避であると嫌でも思い
知らされる。そのMSのビームライフルの銃口がビームを吐き出そうと輝きを灯す瞬間、全ての努力が徒労
に終わろうとしている事を実感した。
 ところが、その視界を遮って巨大な物体が間に滑り込んできた。キサカは勿論、カガリも良く知るその
シルエットは、2年前からオーブ軍宇宙艦隊の象徴とも言える戦艦――クサナギ級の1番艦だった。

 

「な、何をしている!?」
「クサナギが、盾になる? ――トダカ一佐!」

 

 クサナギに潜り込むような形になった。艦底からの姿では、どんな状況になっているのかが分からない。
その向こう側でビームの光が煌く度、クサナギのシルエットを逆光となって黒く染める。推進装置がビーム
に貫かれると、一際大きな爆発を起こした。飛び散る破片が、クサナギの残り僅かな寿命を表していた。

 

「止めろッ! 何を考えているんだ!? そんな事をして命を粗末にすることは無い!」

 

 クサナギの無謀な行為に、カガリは叫ばずにはいられなかった。クサナギが撃沈を厭わずに盾となって
くれている事が、分かってしまったからだ。
 自分というオーブの偶像1人を助ける為に、戦艦1隻の人員が命を散らす。――オーブへの貢献度で考え
たならば、彼等の方が遥かに適っている。彼等が死ぬ必然性が、どこにも見当たらないのだ。
 涙が出てきた。弱さを隠し切れない自分は、何処まで未熟なのだろうと悔しくなる。
 その時、突如として通信モニターが開かれた。クサナギからの電波だ。激しく乱れる映像の先に、うっすら
と青年の顔が見える。薄青紫の癖の強い頭髪と特徴的なもみあげで誰なのかは直ぐに分かった。カガリは
モニターにかぶり付いた。

 

「ユウナ!」
『デスティニーがそちらに向かってくれるだろう。辿り着くまでは持たせるつもりだ』
「何を!? ――今すぐクサナギを退避させろ!」
『キサカ、カガリの事を頼むよ』

 

 カガリの言葉など、聞く耳を持たないとばかりにユウナは話をキサカに振る。キサカはそんなユウナの決意
を汲んでか、無言で重々しく頷いた。

 

「聞いているのかユウナ! これはオーブ国家元首の命令だ! こんなバカな事は今すぐ止めて、逃げろ!」

 

 ユウナの顔が、笑っているような気がした。それが精一杯の強がりであることを、彼の軟弱さを知っている
カガリは見抜いていた。そして、インテリを気取る彼は常にカガリを見下していた事も知っている。しかし、
今この場に於いては、そんな彼の性根の悪さは微塵も見られなかった。

 

『カガリ。僕の一番好きな人。――でも、君が一番好きな人は僕じゃないって事を、僕は知っているんだよ』
「ユウナ……!?」

 

 ユウナの抵抗。見えているようで見えていないような、酷く曖昧な敵としてアスランと戦い続けていた。
そんな彼の、唯ではカガリを渡さないという、最期の意地。俗に言い換えれば、鼬の最後っ屁である。
カガリの人情深い性格は分かっている。こう言えば、不惑の彼女の心も揺れるという事を、ユウナは見抜い
ていた。

 

『長く伸びた髪、素敵だよ、ハニー』

 

 ハッとして触れる自分の髪。気付けば肩甲骨の辺りまで伸びていた髪の滑らかな触り心地。そして乱れる
モニター、辛うじて判別できたウインク。その台詞を最後に、通信は遮断された。

 

「ユウナ、ユウナ!」

 

 喚き、何度も再接続を試みるカガリ。しかし、通信機器の不具合か、或いは拒否されているのか、クサナギ
との通信回線は二度と繋がる事は無かった。

 

 ブリッジが生き残っている事が、奇跡のように思えた。それほどクサナギの被害は広がっており、最早
戦艦としての機能など望むべくも無いまでに疲弊しきっていた。クサナギに残された役割は、小型艇を守る
ための防御壁としてのみである。
 ユウナは、不思議と落ち着いていた。いや、怖い事には怖いのだが、誇らしげに胸を張れるこの心地よさ
と言うものは、一体何なのだろう。好きな女性の為に命を懸けられる自分の、男としての甲斐性の発現と
発見が、目新しいものとしてユウナを励ましているようであった。
 ビームの雨あられが、光のシャワーとなってユウナ達を照らしていた。鉄を容易く溶かすその光の中でも
トダカを始めとしたみんなが付いていると思うと、不思議な一体感を得て心強ささえ感じた。
 ふと、綯い交ぜになった感情がユウナの瞳から熱いものを流させた。それがどんな意味を持って溢れてき
たのかは、彼自身にも分からない。ただ、自然と感情に委ねて流す涙は、父・ウナトを失った時とは違う静か
な興奮を覚えた。

 

「カガリ……。結局、僕は君にこの程度の事しかしてやれなかったけど、どうか僕の事を忘れないで居て
おくれよ……」

 

 ユウナの呟き。トダカが制帽を整えた。クサナギのブリッジが、一際強い光に包まれた。

 

 迸るビームの光が、鉄を溶かし貫く。艦体を貫いて、爆ぜた破片が飛び散る瞬間は何時見ても無残だ。
それが味方のものであるとなれば、尚一層の悲壮感を覚える。クサナギのブリッジにビームが直撃した
瞬間を、シンの目が見ていた。

 

「他にも……他にもやり様はあったかもしれないのに……!」

 

 煙を噴くクサナギのブリッジを見て、シンは操縦桿を握る手を震わせた。モニターを通して映し出される
クサナギの艦体が、ヘルメットのバイザーに反射して映されている。見開いた瞳は、瞬きを忘れてそれを
凝視していた。

 

「どうして“オーブ”(あんた達)はいつもそんな風にしかやれないんだッ!?」

 

 命を賭して誰かを守る。それが、自爆して散っていったウズミの行為と重なる。シンの気を吐く咆哮は、
悪戯に自分の耳を刺激しただけだった。

 

「トダカさん、あんた卑怯だよ……。こうして見せれば、俺がアスハを助けに行くしかないって、考えてた
んだろう? ヘッ、俺の気持ちの準備もさせない内にさ……クッ!」

 

 自嘲した瞬間、歯を軋ませた。ギュウッと操縦桿をきつく握り締め、ガクッと首を前に落とした。
 シンの脳裏を、一瞬、家族の姿が過ぎった。オノゴロ島での、無残な記憶。飛び散った姿は深く記憶に
刻まれ、永遠に色褪せる事は無い。

 

「――死んで、誰が喜ぶものかよ……ッ!」

 

 吐き出した言葉。直後、シンはデスティニーに鞭を入れて全速力でクサナギの陰に居るであろう小型艇の
救出へと向かった。未だ何とか形になっているクサナギの艦体――そう呼ぶよりも、最早スクラップに近い
姿となっていたが、それを回り込んで目標を探す。

 

「見つけた……ッ!」

 

 クサナギの影に隠れて立ち往生している小型艇をその視界に捉えた。そして、同時にそれに仕掛けようと
いうMSの姿も捕捉した。チッとシンが舌を鳴らすと、デスティニーが双眸を瞬かせてフラッシュ・エッジを引き
抜いた。光の翼がデスティニーの存在を誇張するように開かれると、駿足の機動が一瞬にしてそのMSとの
距離を詰めた。そしてこちらの接近を感知させる間も与えず、背後からコックピットを一突きする。
 MSの爆散と同時に光の粒子を振り撒いて小型艇へと急行するデスティニー。クサナギが、今にも爆発し
そうなスパークを放っていた。クサナギの限界が近い事を悟ったシンは、急ぎ小型艇にマニピュレーターを
接触させた。

 

「この場を離脱します! ミネルバまで辿り着ければ――」
『クサナギを……クサナギを見捨てて行けと言うのか、お前は!』

 

 カガリの声。耳に煩わしさを覚える。極限状態に我を忘れそうになっているのか、言葉が余りにも子供染
みている。恐らく、クサナギがどういう状態なのかも理解できていないのだろう。
 カガリの台詞は、身勝手にしか思えなかった。シンは歯軋りをして苛立ちを胸の奥に押し込む。

 

「見りゃ分かるだろ! クサナギはもう無理だ!」
『そう言って誤魔化すのがシン=アスカの私への復讐のつもりなら、それは鬼畜生だ! 外道だ!
 人でなしのすることだ! ユウナ達は、まだ生きているかもしれないんだ、助けたいんだ!』
「何を言って――」
『彼の言うとおりだ、カガリは大人しくしているんだ!』
『うるさいキサカ! お前の出る幕ではない!』

 

 従者と思われる男との喧騒も聞こえてきた。いよいよ以って、カガリの短所でもある頑固者の一面が顔を
覗かせる。
 カガリの必死な声。しかし、シンはそれを彼女にとっての都合の良い希望的憶測に過ぎないのだと切り
捨てる。その我侭を、シンは決して許さない。

 

「いい加減にしろ、あんたは! こんな所でうだうだやっている暇なんて無いんだって、分かれよ!」
『何だと、貴様!』
「あんたは生かされたんだろ! それがどういう事なのかも考えずに――トダカさん達がどんな思いで死ん
でいったのかを考えろ!」
『死んでいっただと? ――決め付けるな!』
「あんたがオーブの一番偉い人なら、トダカさん達が託した想いが分かるはずだ! 奇麗事だけじゃないって
 ――二度と俺のような人間を生み出さないような決断を下してくれよ! 頼むから!」

 

 シンは故郷への憎しみを持ったまま生きてきた。家族の死に納得できず、それでも仲間のお陰で蟠りを
少しずつ解いてきた。最後に残った蟠りは、カガリのみである。2年前にウズミが行った、自決による責任の
取り方など望んではいない。今こそ生き延びてオーブを復興させ、国家元首としての責任を果たすべき時
では無いだろうか。そうしてくれれば、シンは最後の蟠りを捨てられるかもしれないのだ。

 

『うッ……わあああぁぁぁ――!』

 

 耳を劈くような喚き声が聞こえた。カガリの、心からの絶叫。それはシンの心の脆い部分を突く様に刺激
した。女の子の号泣が感傷的だったからではない。カガリの無念が、シンの心に響いたからだった。

 

『……行こう、デスティニー』

 

 次に聞こえてきたのは大人の野太い男の声だった。先程カガリを諌めようとした男だろう。

 

「……了解です」

 

 返答すると、小型艇が動き出す。デスティニーがそれを護衛し、周囲の敵に対して威嚇を繰り返し、或い
は襲い掛かってくるMSを撃墜した。
 少し移動したときだった。クサナギの艦体が遂に限界を迎え、誘爆が酷くなってくると、やがてその身を
巨大な熱白球へと変えた。

 

「トダカさん……」

 

 恩人の名を、ポツリと呟く。シンは後ろ髪を引かれる思いを振り切るように操縦桿を押した。

 
 

 無重力の中を、アスランは残骸を手で退かしながら進んでいた。後ろには、同じ顔をした少女を背負う
少女。背負われている少女の脇腹からは、赤い血が滲み出していた。苦しそうに息をし、額には大粒の
汗がびっしりと浮かんでいる。

 

「くそッ……俺がもっと注意して敵の存在を感知できていれば――!」

 

 鉄屑を掴んで、力いっぱい投げ放る。崩れかけの側壁に、カツンと言う金属音を響かせて遠い闇の中に
消えていった。
 臍を噛むアスランの言葉にも、少女は言葉を発さなかった。彼を責める権利など誰にも無いと知って
いるからだ。

 

「ラクス…様……」

 

 苦しそうな声で、か細い声が少女の耳元で囁かれる。肩に乗る少女の顔を、横目で追った。

 

「しゃべらならないで下さい。ミネルバまでは、もう直ぐですから」
「約束、を……」
「少し急いでください、アスラン。いつまでもメサイアの中をうろついていられる場合ではありません」

 

 背負う少女、ラクス。背負われる少女、ミーア。ラクスは足を止めることなく、通路を進み続ける。一刻
も早くミーアに治療を受けさせてあげたくて、辛辣にアスランを急かした。
 今のような責め立てる様な要求は、ラクスは生まれて初めてかもしれない。誰に対しても慈愛を投げ
かけるような、聖女のような彼女が、今だけは俗な感性を持つ普通の少女に成り下がっているのである。
いや、寧ろそれが彼女の本音の姿なのかもしれない。

 

「分かっている。だから、こうして懸命に道を作っているんじゃないか」

 

 浮遊する残骸が多くて、進むべき道には困難が要されている。苛立つ気持ちは、アスランも同じだった。
 アスランとて、早急にミーアに治療を受けさせたい。それは単純に他人を助けたいという気持ちではなく
特別な情が絡んだ想いだった。もしかしたら、今はカガリ以上にミーアの事をいとおしんでいるのかも知れ
ない。その想いが死に瀕している彼女を見たからでは無い事を、苛立ちだけでは無い別の恋心的な感情を
意識する事でハッキリと確信していた。
 ラクスも珍しく感情が先行しているのか、そんなアスランの弁明も一蹴するような厳しい目をしたままだった。
穏健な2人が喧嘩する場面など、この先もう二度とない事だろう。

 

「口を動かす前にやるべき事が――」
「喧嘩は、止めて……お2人とも、大好きなんです……喧嘩するのは…辛い……」
「ミーアさん……」
「お願い、です…ラクス様……聞いて……」

 

 前に向けた顔を、再びミーアに向ける。目蓋を下ろし、苦しそうな吐息が継続的にラクスの鼻に血の臭い
を運んでくる。先程、一度咳をして吐血していた。口を良く拭いたつもりであったが、ミーアの口の端からは
また一筋の血が流れていた。僅かに開いている口の中は、血で真っ赤に染まってしまっている。

 

「一緒に……歌、を……」
「傷口に障ります。その話は、後ほどゆっくり――」
「今…今、歌って欲しいんです……後悔したく、無いんです……」

 

 生命力が抜け落ちていくように、弾痕から血が流れる。激しい痛みは決して治まることなく、著しく弱った
ミーアのメンタルを攻撃して体力を奪っていく。それでも尚、彼女は言葉を紡ぐ。それは決して後悔したく
ないという彼女の意地であった。
 ミーアが一番恐れている事は、死ぬ事ではない。治療が間に合うかもしれないという可能性を考えられ
ないわけでは無いが、間に合わないかもしれないと考える事で怖いと思うのは、ラクスと一緒に歌を歌うと
いう夢を果たせなくなってしまうのではないかという不完全燃焼感である。その夢を果たすまでは、死んで
も死にきれない。痛みを堪えながら声を振り絞るのは全て、その夢を叶えたいという一心からであった。

 

「ですが……」
 静かなこの夜に――

 

 有無を言わさずにミーアが歌いだす。ラクスは驚きに目を見開いた。

 

 あなたを待ってるの――

 

 ラクスは、抜け落ちていく生命の残酷をその背と耳で感じていた。弱々しく震えるミーアの、何と頼り無い
事だろう。歌い出した彼女を止める術を持たず、眉尻を下げるしか出来ない自分の無力が、呪わしい。

 

 あの時忘れた――

 

 吐息混じりの細い歌声。以前、ミーアの歌を聴いた時は、もっと張りのある威勢の良い声をしていた。
それが、こんなにも弱々しくなってしまうなんて。

 

 微笑を取りに来て――

 

 笑顔など、浮かべられなかった。ただ、こうして背負うだけの自分の、あまりの無力が悔しかった。

 

 あれから少しだけ時間が過ぎて――
「あれから少しだけ時間が過ぎて――」

 

 できる事は、願いを聞き届けてあげる事だけ。それも、一緒に歌うというだけの、他愛のない事である。
果たして、それが本当にミーアの心からの願い事であるのかは分からない。ただ、ラクスはせめてミーア
の心に響くようにと、できる限りの想いを込めて歌い始めた。
 ラクスが歌い始めると、苦しそうにしながらも、ハッとして口が笑う。ミーアは痛みで燃えるような身体の
熱を気力で我慢し、残された力を歌声に全て注ぐ。

 

 想い出が優しくなったね――

 

 声帯が似た2人のハーモニー、合唱がアスランの耳にも聞こえてくる。それは「静かな夜に」と名付けら
れた、2年前からアイドル・ラクス=クラインを代表する楽曲である。ミーアがラクスの代わりを演じ始めて
からも、大幅なアレンジを加えられて今でも親しまれていた。

 

 星の降る場所で――

 

 サビの部分。歌の中で最も盛り上がる部分でも、一つ一つの歌詞を噛み締めるように2人の歌声は
紡がれ続けた。それは、まるで過ぎ行く時間を惜しんでいるかのように、ゆっくり、ゆっくりと。
 重なる歌声が無性に胸に沁みる。ミーアの声なのか、ラクスの声なのか、そんなのはどうでもいい。
2人の――ミーアの歌い続ける健気さが、アスランの琴線を激しく揺らすのだ。

 

 あなたが笑っていることを――

 

 自然と目に熱いものが浮かぶ。ミーアの歌声が、次第に小さくなっていくのが分かるのだ。直ぐに空間
に吸い込まれて消えてしまうような声で、必死に歌い上げようとしている姿を想像すると、とてもではない
が辛すぎて振り返る事など出来なかった。

 

 いつも願ってた――

 

 ラクスとミーア、2人のデュエットを独り占めしている自分は、世界にたった1人の果報者なのだろう。
柔らかく、滑らかにゆっくりと紡がれる歌が、このままずっと続けば良いのにと願う。

 

 今遠くても――

 

 願いは願い、現実を変えられる力を持たない。山の端に沈み行く夕日のように、ミーアの歌声が消えて
いく。アスランはギュッと目を瞑った。

 

 また会えるよね

 

 最後はラクスの独唱だった。耳が静かになると、アスランは顔を上げて涙を拭った。

 
 

 死に際のザフト。ジブリールは、最後の止めを刺すのはレクイエムしかないと考えていた。最終防衛ライン
であるメサイアがほぼ落ちた事で、ザフトは瓦解が始まっている。ミネルバやボルテールが中心となって
必死に統制を取ろうとしているが、如何せんザフトの損害が大きすぎて動揺の方が遥かに大きい。統制を
失ったザフトは規律が乱れ、酷く緩慢になっている。止めを刺すのなら、今しかない。前回のような失敗は
繰り返さない――ジブリールは月のシロッコに連絡を入れる。

 

 相も変わらず、シロッコは司令室で鎮座したままであった。時折、何かを感じ取るように眼球を動かすも、
それ以外は殆ど指揮棒を手で遊ばせているだけで、指揮らしい指揮などは特に見られなかった。
 シロッコは、機を覗っていた。ザフトが崩壊する事は疾うに予見済みであり、後は如何にしてジブリール
を蹴落とすかである。

 

「メサイア攻撃部隊旗艦より入電。ロード=ジブリールブルー・コスモス盟主閣下より通信が入って居ります」

 

 オペレーターからの報告に、待ちわびたように立ち上がる。大スクリーンにジブリールの顔が映し出され
ると、シロッコは敬礼を決めた。
 そのまま無表情を装いながら、ジブリールの表情を深く観察していた。彼も無邪気にはしゃぐ様な歳では
ない事だし、馬鹿みたいに間抜け面を晒したりはしない。しかし、悦びを隠しきれない彼は、顔の端々に僅か
な感情を覗かせていた。シロッコはそれを見逃さない、それだけで作戦が成功したのだと悟る。

 

『パプテマス=シロッコ。貴様の用意したコロニー・レーザーのお陰で、メサイアの陥落は目前となった。
それと同時に、デュランダルの始末も完了した。これで、コーディネイター殲滅の為の橋頭堡が築かれた
事になる』

 

 言わずもがな、そんなことは口にされなくとも分かっている。本来なら、愚者の自慰に一々付き合って
喜んだりなどしないシロッコであったが、ジブリールの調子に合わせるように笑顔を見せた。

 

「おぉ、それはおめでとうございます。これで、閣下の理想の世界に、より一層近付いた事になりますな」

 

 両腕を広げ、少し大袈裟に祝辞を述べる。しかし、そのわざとらしさが逆に不快であったのか、ジブリール
は渋く表情を引き締めた。

 

『そんな下らない台詞を聞くために連絡を入れたのではない。レクイエムはどうなっているのかと訊いて
いるのだ、私は』
「それは勿論、健在でございます。閣下のお達しどおり、敵の侵入は1機たりとも許しては居りません」
『フン、首の皮一枚で繋がったな』

 

 鼻で一笑すると、ジブリールは顎を上げた。尊大な性格の彼が持つ癖の一つである。

 

『止めを刺す。目標は、分かっているのだろうな?』
「勿論でございます。ターゲットは、必ず殲滅して御覧に入れます」

 

 胸に手を添え、深々と頭を垂れるシロッコ。口元に不敵に笑みを浮かべ、その眼光が鋭く光を放った。

 
 

 カツとサラが昇天した。その頃から、カミーユの思惟の拡大が止まらなくなった。同時刻、違う場所で
それぞれに失われていく命に、カミーユは敏感に反応していた。
 固く握り締める操縦桿、球体の全天モニターの先に黒光りする巨躯のデストロイ。その周りをビーム
サーベルを抜き、スライドしながら砲撃を加えて隙を覗おうかというギャプラン。カミーユが全身に力を
込めると、その思惟がプレッシャーとなって拡散されていく。

 

 ずっと、呼びかけられているような気がしていた。攻撃を仕掛けられる度、訴えかけてくるようなプレッ
シャーを感じていた。最初、それはサイコミュ・システムの誤認では無いかと感じた。それほどに、相対
するΖガンダムとギャプランが自分に求めてくるものが攻撃的なものではなかったからだ。ゲーツは迷い、
それがデストロイの動きにも反映されていた。

 

「な、何だこれは? 敵のパイロットが目に見えるなんて……?」

 

 飛び交うΖガンダムとギャプラン。それが正面を向いて仕掛けてくる度に、それに乗っているであろう
パイロットの幻のようなイメージがゲーツを襲う。それがニュータイプ的なプレッシャーだと無理矢理に
解釈しても、身に受け続ける事で何らかのメッセージが含まれている事が分かって、別物であると気付く。
 そのニュータイプ的なものは、観念的過ぎて言葉になど言い表す事は出来ない。出来ないが、何を訴え
かけようとしているかは理解できていた。

 

「敵は私を知っている――私も敵を知っているだと……?」

 

 身体を貫かれるような感覚。ゲーツは自分の意識の中に他人の思惟が入り込んでくるような感覚を得た。
それは酷く不愉快な事であるはずなのに、自分の中に封印されている何かがその思惟を求めているような
気がした。
 ギャプランのマシン越しに、女性の影を見た。意識の中に浮かび上がる幻影に、ゲーツは得体の知れない
ものを感じて恐怖を抱いた。

 

『ロザミィ、無理だ! 迂闊に近付こうとするんじゃない!』
『お兄ちゃんはあの人を助けようとしているわ! だったら、あたしはそのお手伝いをするまでよ!』

 

 兄妹の会話に、いつかそんな関係が自分にもあったのでは無いかという錯覚を抱く。その自分の歪んだ
記憶を一瞬でも意識してしまうと、ゲーツはいよいよ自分が何者なのかが分からなくなってきた。ミノフスキー
粒子の希薄化にも気付かずに、操縦桿を掴もうとした手が1回、空振りをする。

 

「レクイエムを止めに来た敵が、どうして私に拘るのだ? どうして――」

 

 機首を向けて突っ込んでくるギャプラン。無我夢中でトリガー・スイッチを押し、迎撃する。何故か分かる
その動きに、ゲーツの腕が自然と連動した。ギャプランがデストロイの5本指から放たれるビームを制動を
掛け、機体を沈ませて回避して見せると、それをなぞる様にして下げられた腕が、ギャプランの動きを捉えた。

 

『え……?』
「この頭痛が、あの女の考えている事を報せていると言うのか?」

 

 開かれたデストロイの5本指。それが扇状に5条のビームを放つと、ギャプランはその光に脚部を破壊され、
月面に墜落していった。

 

『ロザミィィィッ!』

 

 癇癪のような少年の悲鳴が、耳に痛いほどに響く。
 自分の信じられない反応に、ゲーツは慄いていた。いくら強化されて反応速度が上がっていても、今の
ギャプランの動きには付いていけるはずが無いのだ。サイコミュ・システムの補助があるとはいえ、デストロイ
の鈍重さでは目で追うように動かす事は出来ない。自分の奥深くに自分の知らない何かが隠されているような
気がして、目を見開いた。
 ハッとして、Ζガンダムを見やる。その双眸の輝きが、憤りとも哀れみとも取れるような不思議な輝き方を
していた。それはまるでΖガンダムがパイロットの意志を汲み取って人間のように感情を表現しているかの
ようで、ニュータイプとはマシンにそこまで擬人的にさせるものなのかと驚愕させられる。

 

《このままで良い訳が無いだろ!》

 

 頭の中で銅鑼を鳴らされたような衝撃を受ける。その力強い声は、回線を通してなのかテレパシーなのかは
分からない。ただ、衝撃波のような強い意志の波動をその身に受け、思わずゲーツの身体が反応して痙攣を
起こした。

 

《ロザミィを忘れてしまって、戦闘人形にさせられたゲーツ=キャパ! あなたが本当に求めていたものを、
思い出すんだ!》
「思い出す? ロザミィ……ロザ……?」

 

 ゲーツの眉間に、皺が寄った。ロザミィという単語の、何かが引っ掛かる。
 ふと、Ζガンダムからオーラの様な波動が放たれているような錯覚を覚えた。ゲーツはそれから目が逸ら
せず、吸い込まれるように凝視していた。

 

 いつしか浮遊感を得て、ゲーツの意識は不思議な空間の中に迷い込んでいた。立ち尽くすゲーツの目の前
には、蹲り、身体を震わせている少女が居た。見覚えのあるような姿だ。ふと上げたその顔に、ゲーツの口が
自然とその名前を発した。

 

「ロザ…ミア……?」
《お兄ちゃん……?》

 

 泣き崩れていた少女が、途端に口元を綻ばせた。頬を伝う涙が美しく、綿雲の様な髪は弾むように揺れる。
少し大人びた少女の、不相応なほどに無邪気な笑顔。立ち上がって飛びついてくるその肢体を受け止めた
時、ゲーツの思惟が弾ける様な広がりを見せた。その広がりが、記憶の封印されていた扉を無理矢理に
こじ開ける。
 意識が現実空間に戻ってきた時、Ζガンダムから放たれていたオーラの様な波動も消えていた。錯覚だった
のか――現在視界にあるのは、荒野の月面と静かな闇の中に星の煌きを宿す宇宙だけた。ゲーツが意識を
別の世界に連れて行かれていた間、現実の空間で変わったことは一切無かった。――ゲーツの記憶を除いて。

 

「な、何と言う事だ……!」

 

 徐に、ゲーツの身体が震えだした。自らの中で覚醒した記憶が、彼の身体を震撼させていた。

 

「私は――俺はロザミアを……」

 

 見開かれた瞳が、月面のギャプランを見る。脚部を失ったギャプランは、モノアイを明滅させながら横た
わっていた。まるで患者がベッドに横たわるような姿に、ゲーツはそれが自分がやった事なのだと認識する
と、その自らの行為に戦慄した。自分は、あれほど渇望していたロザミアという妹を、その手に掛けようと
したのである。

 

『ゲーツ!』

 

 耳に聞こえてくるは喧しい少年の声。カミーユ=ビダンという名の、彼もロザミアの兄を自称している。
いや、忘れてしまっていた自分よりも彼の方が、ロザミアの兄に相応しいのかもしれない。しかし、それは
心の中で認められても、口に出すのは憚られる。ゲーツにも、プライドと言うものがあるからだ。
 記憶を取り戻せたのは、ほぼ間違いなくカミーユのお陰であろう。その事は素直に感謝する。ただ、だから
と言って彼にロザミアを渡すわけには行かなかった。認めてしまえば、自分のアイデンティティが崩壊する。
戦闘人形と揶揄される強化人間である自分が真のニュータイプへと至る為には、ロザミアは必要な存在だ
からだ。ゲーツは、カミーユへと敵意を向けるようにデストロイの腕を持ち上げさせた。

 

「カミーユ=ビダン! 俺は戦闘人形なんかでは無い! ロザミアの兄、ゲーツ=キャパである!」
『ゲーツ、ロザミィを思い出したのか?』
「ニュータイプが、御人好しだけで人を救えるなどとは思うな!」
『止めろ!』

 

 放たれる5条のビーム。Ζガンダムはそれをひらりとかわして見せる。撃つタイミングも、照準も分かって
いたような回避運動だ。
 それを見るだに、ゲーツはカミーユに対して対抗心を更に燃え上がらせた。彼を倒さない限り、自分に
明日は無いと思えた。――尤も、それが間違いであると気付ける余裕があったならば、ゲーツはもっと違う
道を選べたのかもしれない。

 

『あなたはあたし達と一緒に居ればいいのよ! あなたがカミーユお兄ちゃんと争わないって言うなら、
あたしはあなたの事もお兄ちゃんと呼ぶわ! それでいいじゃないか!』
「それでは意味が無いのだ、それでは――!」

 

 ロザミアの声を、久しぶりに聞いたような気がした。その声色に、人間らしい感情が込められていると
感じ取った時、果たして自分が彼女をここまで人間らしくする事が出来ただろうかという疑問が浮かび
上がった。カミーユだから出来たのではないかという劣等感が、ゲーツの歯を食いしばらせる。
 ギャプランを見る。ギシギシと駆動部を軋ませながら、身を起こす。あくまでカミーユに味方しようとす
るその姿は、もはや誑かされたとかそういう次元の話ではない。彼等の絆に、自分の入り込む余地が無い
と悟った瞬間、ゲーツに残されたのは強化人間という業からの逸脱であった。

 

 月面に埋め込まれているレクイエム。デストロイの股間の間から見える、クレーターのように人工物が
隆起しているところから、仄かに光が洩れている事がロザミアには分かった。

 

「あれは――」

 

 見開く瞳、固く握り締められる操縦桿。宇宙を劈いた最悪の光の記憶が、フラッシュ・バックしてロザミア
に警告を与える。その輝きがこれから起こそうという悲劇を想像するだに、彼女の頭を痛みが襲った。
 レクイエムの発射が、今にも行われそうになっているのである。そう気付いた時、ロザミアはギャプラン
を浮き上がらせてMAに変形させた。片脚を失った事でバーニア・スラスターの推力バランスは著しく崩れ、
しかしそれを持ち前のテクニックで修正しながらレクイエムへと突撃した。デストロイの頭部がこちらに
振り向いて驚愕している風であったが、歯牙にも掛けずに加速させる。

 

『何をするつもりだ、ロザミア! いかん、戻れ!』
『1人じゃ――ロザミィ!』

 

 スピーカーからゲーツとカミーユの声が聞こえた。しかし、ロザミアはそれを振り切る形で操縦桿を更に
押し込む。バランスが崩れたギャプランは直進性能が著しく低下し、ロザミアの思ったとおりの機動を成さ
ない。それを操縦桿を抉らせて言う事を聞かせ、劣悪な振動の中で歯を食いしばった。

 

「あれは、絶対に撃たせちゃならないんだ!」

 

 激しい揺れにリニア・シートが上下左右に振れ回る。そこに力の限り腰を押し付け、両手は操縦桿を固く
握り締めて体が転げ落ちないように固定する。
 全天モニターに表示されたワイプに、背後から追ってくるΖガンダムが映し出される。ロザミアは見向き
もせずに、ひたすらギャプランに鞭を入れる。何度も呼びかけられる声が聞こえるが、ロザミアの意識は
レクイエムの光に吸い寄せられていた。
 レクイエムまで、もう少し――徐々にその月面に埋まったレクイエムの巨大な砲身の全容が明らかに
なってくる。上空からその筒の中を覗き込めば、眩い光を溢れんばかりに輝かせ、モニター越しにその
光を受けるロザミアも、その絶望の光に全身を照らされていた。
 こんなもの、損傷しているギャプランがたった1機でどうにかなるような代物ではない。いくらロザミアでも、
レクイエムの光の前には無力であることを悟らざるを得なかった。それでも、何とかしなければならない
という使命感を抱き、メガ粒子砲をその中心に向けて発射した。
 ところが、メガ粒子砲の光はレクイエムの中枢に届ききる前に掻き消された。減衰して消えてしまったの
ではない。放水を壁に打ち付けるようにして拡散したメガ粒子砲の光は、明らかにバリアによって弾かれた
と分かった。レクイエムの防御に、万事抜かりはなかったのである。

 

「そんな! どうすればいいの――」

 

 ヘルメットを外し、泣きそうな表情で両手を頬に添える。下から照り付けられる光が、ロザミアの堀の深い
顔にくっきりと影を作り、その光の当たり加減が、彼女の心中の絶望感を表現しているようであった。
 慄きに身を竦ませるロザミアは瞳を震わせ、成す術もなく茫然自失とする。救いを求めるように、乾きか
けの唇が言葉を紡ぎだそうと震えた。

 

「――お兄ちゃん!」

 

 縋るように呼びかけた時、ギャプランを大きな振動が襲った。ロザミアは転げ落ちそうな身体を必死で
リニア・シートにしがみ付かせ、悲鳴を上げて目を瞑る。
 カミーユがレクイエムの発射口で呆然とするギャプランに組み付こうとした時、不意にモニターの横を
黒い影が駆け抜けた。一瞬の出来事で、それが直ぐに何であるかというのは分からなかった。気を取ら
れて横に向けた顔を正面に戻すと、巨大な腕がギャプランを掴んでいるのが見える。

 

「何ッ!? これは――ゲーツ!」
『貴様は退いていろ、カミーユ!』

 

 レクイエムから盛り上がってくる光。発射間際のそこから、デストロイのシュトゥルム・ファウストが
ギャプランを掴んで離脱する。直後、レクイエムは大きな光の柱を天に向かって吐き出した。

 

「あぁっ!」

 

 遂に発射されてしまったレクイエム。後続は遂に間に合わず、悪魔の光が目標を殲滅しようと放たれる。
 眼前の光景に絶望し、思わず立ち尽くすカミーユ。光の柱が、いつまでもそこに存在しているような感覚
すら抱いた時、その脇を黒い巨躯が通り過ぎていった。

 

「ゲーツ!?」
『貴様はロザミアを連れてここから去れ!』

 

 デストロイがレクイエムへと突っ込んでいく。それと入れ違いになるように、シュトゥルム・ファウストが
ギャプランをΖガンダムの元へと運んできた。そして、陽電子リフレクターを展開しているデストロイが
レクイエムの中に消えていく。

 

「駄目だ、ゲーツ! 止めろ、デストロイでどうなるものでもない!」
『レクイエムがロザミアを苦しめるのなら――』

 

 レクイエムの口から、スパークする光が洩れた。通信が乱れ、ゲーツの声がノイズに変わる。
 ギャプランを掴んだシュトゥルム・ファウストが、ゆっくりと月面へと降りていった。カミーユもデストロイ
の様子を気に掛けながらそれを追って降下する。

 

《戦闘人形が、こんな事をするか!? 俺はロザミアの兄、ニュータイプ・ゲーツ=キャパだ!》

 

 ゲーツの叫び、抗い、願い。彼にとって、ロザミアは全てだったのかもしれない。そのロザミアの障害を
排除する事に、或いは願いを叶える事に、ゲーツは自らの命を惜しまなかった。
 ゲーツの思惟が弾ける様に四散すると、レクイエムで大きな爆発が起こった。途端にシュトゥルム・ファ
ウストが糸が切れたように月面へとゆっくりと落着した。

 
 

「メサイアからの離脱、完了いたしました」

 

 連合軍旗艦ブリッジ。ストローを口に咥えながら、ジブリールは恍惚の笑みを浮かべてシートに座していた。
シロッコとの通信を終えた後、程なくしてレクイエムの発射が行われたと言う連絡が入ったからだ。

 

「レクイエムは、約30秒後に本艦正面10000m、向かって3時から9時に掛けて通過する予定です」
「こちらから見えるか?」
「光度を抑えたモニター越しであれば」

 

 うむ、と応えてジブリールはCIC席のところまで身体を運んだ。担当員が彼に見易いように拡大した
モニターを上部に表示させると、いよいよジブリールの顔が悦びに歪んだ。

 

「さて、奏でておくれよ、レクイエム――」

 

 釣り上がる口。口角が上がり、頬の盛り上がりで山形になる目。手にしたボトルを、まるでプラントの
コロニーを破壊するように捻り潰した――その時だった。

 

「エ、エネルギー反応が本艦に接近! これは――」

 

 CIC担当の1人が、尋常では無い反応を示した。上擦る声にジブリールは怪訝に顔を振り向けようとした。
そのモニターから逸らした横顔に、強烈な光が照らされる。ジブリールの瞳が、その光に反応して横に向いた。
煌々とした光に、自然と目を剥く。
 瞬間、ジブリールの乗る連合軍旗艦は光の中に飲み込まれた。何が起こったのかも分からず、レクイエム
の直撃を受ける連合軍旗艦艦隊。劈く光の中に、ジブリールはその野望と共に消滅していった。

 
 

 もうもうと煙を噴き上げるレクイエム。デストロイの自爆がレクイエムの自壊を誘い、更なる爆発が
起こった。それは連鎖するように幾度も炎を噴き上げ、まるで火山の噴火を思わせる光景を示した。
 レクイエムが朽ちていく。それがまるでゲーツの叫びが巻き起こしたもののように思え、カミーユは
唇を噛んだ。

 

『お兄ちゃん、ごめんなさい。あの人もあたしのお兄ちゃんだったのよ……』
「いいんだ。ゲーツはロザミィに優しかったんだから――」

 

 ロザミアの涙声がノイズ混じりにカミーユの耳に届く。レクイエムはロザミアの台詞を皮切りにしたように、
一際大きく火柱を上げた。月面から天を突くその火柱が、まるでゲーツの魂が昇天していく最後の送り火
のようで、幻想的な感覚すら抱かせた。

 

 ニュータイプとは、死の間際でしか分かり合えない人種なのだろうか。分かり合えても、それはいつも
少し遅かったりする。――そういう経験を通じて、カミーユはニュータイプ的感性を磨き上げてきた。
 やるせない結末であるとは思う。それをどのように解釈しても、結局は悲哀が残るだろう。その悲哀と
どのように向き合うか、またどのように扱うかは、当人に委ねられた部分でもある。

 

 レクイエムは破壊された。同時に、ガーティ・ルーを始めとするシロッコの部隊がダイダロス基地を出港
し、オーブ艦隊は敗北と勝利を同時に手にした。
 帰艦命令の信号弾が月の空に炸裂する。レクイエムの火柱はやがて細くなり、消えていった。