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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第57話

Last-modified: 2009-07-27 (月) 18:27:50

『決起、そして』

 
 

 レクイエムの光が、連合軍艦隊を照り付けた。蜜に群がる蜂のようにメサイアを攻撃していた連合軍も、
振るった出来事に我を忘れて立ち尽くしていた。そのレクイエムの光が通過した先には、連合軍の旗艦
艦隊が存在していたはずなのだ。

 

「おい、どうなっている!? レクイエムはプラントを狙ったんじゃないのか!?」

 

 あるウインダムのパイロットが必死に無線機に呼びかける。しかし、その先から聞こえてくるのは砂嵐
の様なノイズの音だけで、彼に応える声は決して聞こえてこなかった。
 混乱。旗艦を失って指揮系統が乱れに乱れる連合軍は、レクイエムの光の意図が分からず、或いは
勘の良い者は自分も同じようにして消されるのではないかと予感して、パニック状態に陥るものも居た。

 

 連合軍の統率は完全に瓦解し、触覚を失った蟻の様に迷走していた。ザフトにとっては、後退する又と
無いチャンスであった。しかし、現在はミネルバとボルテールが臨時で指揮権を司っているだけで、最高
決定権を有するデュランダルの声明が出されない限りは撤退に踏み切ることは出来ない。
 タリアはメサイアへ入っていったアスランやレイがミネルバに帰艦したという報告を受けて、彼らからの
報告を待っていた。彼らなら、デュランダルと接触できたのではないかという期待感を持っていたからだ。

 

「連合軍の混乱具合は顕著です。攻撃の手が明らかに弱くなっています」

 

 アーサーが言う。その通りに、ミネルバの揺れも殆ど落ち着いている。戦場は、小康状態に入ったと
考えても良いだろう。タリアは頷いた。

 

「誤射かどうかは分からないけど、反射衛星砲は味方を撃った。そりゃあ混乱もするでしょうね。
――インパルスとレジェンドは甲板で待機、ヴェステンフルス隊も可能な限り収容して、同時に収容し
きれなかったMSの受け入れ援護を他の艦に呼びかけて――」

 

 言いかけた時、プシュッという空気の抜ける音と共にブリッジの扉が開いた。反応してシートに座る身体
を捻って反転すれば、そこには険しい表情の美男美女――アスランとラクスが立っていた。制服は血に
塗れ、ラクスすらもその限りであった。
 凄惨な姿にブリッジ中のクルーが息を飲み、誰かが喉を鳴らした。その険しい目つきと凄惨な出で立ち
が、メサイア内で何が起こっていたのかを連想させる。

 

「グラディス艦長、ブリーフ・ルームにて議長がお呼びです」
「ギ――デュランダル議長が?」

 

 アスランがタリアに言う。表情一つ変えることなく、その瞳に激しい憤りと悲しみを湛えながら、その声
は今までの彼のイメージを覆すような悲壮感すら込められていた。タリアは、そんなアスランの醸し出す
オーラに気圧され、戸惑いを抱いた。

 

「私は議長から託された任務を遂行しなければなりません」

 

 会話を続けるアスランの横を、ラクスがスッと流れる。2人の沈痛を押し殺したような態度が、タリアに
何かを悟らせた。急ぎシートを離れると、タリアは今しがたアスランとラクスが入ってきたドアからブリッ
ジを飛び出していった。
 アーサーが、副長席から身を横に乗り出して眉を顰める。

 

「ど、どういう事なんだ、アスラン?」

 

 訊ねるアーサーの言葉に、アスランは応えない。その立ち姿には、これ以上の追求を憚らせる様な威圧感
が滲み出ていた。アーサーはそのアスランの威圧に逆らうを良しとせず、すごすごと副長席に座り直した。
 メイリンのところへと流れたラクス。隣に流れてきたアイドルの姿にメイリンは緊張と面映さを表情に
浮かべ、しかしその凄惨な姿と表情に一種の恐怖すら抱いた。――分からないものである、ステージであれ
だけ眩しい笑顔を振り撒いていた少女が、今はまるで修羅のような顔つきに変わってしまっている。メイリン
は戸惑いながら目を白黒させていた。

 

「全艦隊へ通信を送ることは可能でしょうか?」

 

 徐に尋ねるラクス。口調こそ穏やかだが、やはり空恐ろしさのようなものを感じる。メイリンは口ごもりなが
らパネルを操作し、ミノフスキー粒子の影響が殆ど無い事を確認してから再びラクスの顔を見上げた。

 

「ミノフスキー干渉波は弱まっていますから、出来るみたいですけど――」
「では、お願い致しますね」

 

 短くそう告げると、ラクスはブリッジの中央で仁王立ちしているアスランのところへ向かって床を蹴った。
メイリンはそれを目で追いながらセッティングを続ける。
 並び立った、アスランとラクス。プラントではロイヤル・カップルとして衆目を集め、常に話題を提供して
きた2人だ。最近はアスランがザフトで戦っていたせいか、話題はラクスの動向が殆どであった。その2人
が、生でそこに存在しているのである。ミーハーなメイリンなら、その光景に狂喜乱舞しても不思議では
ない。しかし、今並び立っている2人からは、フィアンセと言う関係が持つ和やかな雰囲気が一切伝わって
こなかった。戦場であるという点を差し引いても、どこか冷め切っているカップルのようにしかメイリンの目
には見えなかったのである。

 

「セット、出来ました。いつでもどうぞ」

 

 なるべく平静を装いつつメイリンが報告すると、アスランがマイクを手に取った。
 目を閉じ、大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。それから口元にマイクを当てた。目蓋が上が
り、アスランの瞳は何かを睨みつけているように正面を凝視する。

 

「ザフトの全艦隊に告げる。私は特務隊フェイス、アスラン=ザラ。同時にザフトの最高指揮決定権を故・
ギルバート=デュランダルプラント最高評議会議長閣下より賜った者であります」

 

 怒涛の波が押し寄せたような衝撃が奔った。ミネルバのブリッジはそのアスランの声明に一瞬だけ波を
打ったような静寂に支配され、そしてその内容を反芻すると大きなどよめきが沸き立った。
 その様子をつぶさに視線で確認するアスラン。しかし、毅然として姿勢は崩さず、動揺を鎮めるように、
作った無表情を貫き通す。

 

「そんなバカな! 君はさっき艦長に、議長がお呼びになられているって――」
「デュランダル議長は、ブルー・コスモスのロード=ジブリールによって殺害された!」

 

 アーサーの動揺に揺れる声。遮るようにアスランが力を込めて言い放つ。決定的な一言に、ブリッジ・ク
ルーの手が止まる。いや、影響はミネルバ全体のみならず、ザフト全体に行き渡っているはずである。
アスランはそれを承知の上で、続ける。

 

「メサイア脱出の折です。デュランダル議長閣下は死の間際、私にザフトの総司令官としての責務をお与え
になられました。私は“ザラ”としてではなく、閣下の“平和への意志”を継ぐ者として、彼女と共に謹んでその
重責を担う所存であります」

 

 これで良いはずだ。デュランダルは、自分に何を見ていたのかは分からない。ただ、彼はまるで自分に
こうなる事をずっと望んでいたようにも思える。その瞳に、何が見えていたのか――アスランの決起は、それ
を探す為の旅でもある。
 アスランはマイクをラクスに手渡した。白魚のように透き通った手が、無骨なそれを両手で握り締める。
少し俯き加減で、額にマイクを当てるような姿がまるで祈りを捧げているように見えた。

 

「皆様、ラクス=クラインでございます。この戦いが、地球の方々の総意であると考えるのは早計である以上
に、わたくし達は疲れ切っております。僭越ながら、わたくしとアスラン=ザラがデュランダル議長の代理を
臨時に担わせて頂くに当たり、どうか混乱をお鎮めになられるようお願い申し上げる次第で御座います」

 

 鳥のさえずりの様な声で、ラクスは訴えかける。アスランはラクスをそのままに、メイリンの元へと流れた。
 傍にアスランが寄ってきたことにメイリンが気付くと、目で何かを合図する。分かっていたように彼女の肩
越しに手を付き、前屈み気味にモニターを覗き込んだ。

 

『おい、アスラン! 今の声明は一体どういうことか! デュランダル議長がお亡くなりになられたと言うのは、
本当なのか?』

 

 シルバーの切り揃えられた頭髪に、甲高いヒステリックな男の声。それがモニター越しの男の特徴であり、
性分であるとも言える。その男、イザーク=ジュールの登場に、アスランは眉一つ動かさず、予想していたと
ばかりに応対に出た。

 

「事実だ。俺はこの目でそれを見ていた」
『見ていただと!? 貴様が付いていながら、むざむざやられるのを見ていたと言うのか!』

 

 弁明の余地も無い。護衛に向かいながら、アスランはデュランダルをみすみす死なせてしまったのである。
しかも、もう1人の護衛対象であるラクスですら護り切れたと言える自信が無い。そう、ミーアは死んでしまっ
たのだから。
 ミーアの遺体は、ミネルバの医療主任にだけ事情を打ち明け、デュランダルとは別の、誰にも目が付かな
い安置所にて保管してある。全てが終わった後に、親元へと返すつもりで居た。――その際、事実が明るみ
に出てラクスのスキャンダルとしてマスコミに取り上げられ、彼女が批難されるような事になってもそれは
覚悟の上だった。ただ、今だけはラクスの求心力が低下するのを避けなければならない。
 ミーアに、何もしてやれなかった。アスランの心を深く抉った彼女との思い出は、彼の表情を歪にさせて
いた。
 イザークはそんなアスランの事情は知らず、深刻で陰気な彼の表情に舌打ちをするのだった。

 

 そんな時、宇宙に信号弾の色が炸裂した。外の様子を映すモニターに、カメラが捉えた信号弾の光が
鮮やかに瞬いている。索敵班の1人が振り返った。

 

「連合軍の後退信号を確認。メサイアより敵部隊が撤退を開始しました」
「続けて本艦に接近するMSをキャッチ」

 

 立て続けにもう1人が口頭で述べる。アスランはイザークとの応対を一時中断し、身体を起こしてそちら
へと顔を振り向けた。

 

「デスティニーです。帰艦と同時に脱出艇の受け入れを要請して来ています」
「シンが戻ってくる? ――あの中でよくも生き残ってくれていた」

 

 乱戦になっていて、アスランの頭ではどれだけの被害を抑えられるかが焦点になっていた。その中で、
大きな損失もなく戦い抜いたミネルバはよく堪えた方だと思う。

 

「収容を。ミネルバの積載量一杯までは、合流してくる人員は全て受け入れてください」

 

 アスランの命令に、小気味良く返事する。アスランは元々フェイスであった為に、艦長ではない彼の命令
に対してもそれほどの抵抗は無かったようである。
 アスランが再びイザークの応対に戻ろうとした時、メイリンが何かに気付いてインカムに手を添えた。アス
ランはそれが気になり、手でイザークを制する。モニターの向こう側で、もう一度舌を鳴らす彼の不遜顔が
あった。

 

「今度は何だ、メイリン?」

 

 回線に不備が生じているのか、メイリンはアスランの問い掛けにも一切口を開くことなく、集中してインカ
ムの向こうからの声を拾っている。何度か聞き返す場面もあったが、何とか会話を繰り広げるとインカムを
外してアスランに顔を上げた。

 

「月へ向かったダイダロス攻略艦隊から報告です。反射衛星砲の発射の阻止は失敗に終わったとの事です」
「そんなのは、とっくだ」

 

 分かりきった報告に、アスランは不機嫌に顔を顰めた。しかし、レクイエムはプラントに直撃する事は無く、
代わりに連合軍艦隊を飲み込んでいったのだ。アスランが本当に知りたいのは、それが誤射であるのか
狙ってやった事なのかである。

 

「――他は?」
「交戦の結果、連合軍はダイダロス基地を遺棄。オーブ艦隊も作戦行動を終え、以後のザフト本隊への合流
許可を申請してきています」
「誤射は謎のままか。――了解、オーブ艦隊の合流を急がせてくれ」

 

 そう言うと、ようやくイザークへと向き直った。モニターの向こうでは、待ちくたびれたとばかりにストローを
口にしているイザークがアスランに気付いた。背後に立っている女性士官にボトルを押し付けるように渡す
と、シートに腰掛け直す。

 

『――で、どうするんだ?』
「態勢を立て直す。月に向かったオーブ艦隊が合流してくれるが――」
『あぁ。焼け石に水かも知れんが、それでいい。ナチュラルの再侵攻は“ある”と考えるべきだ。再編成は、
こちらで何とかする。それよりも問題なのは、あの大量破壊兵器の存在だ。あれがある限り、迂闊に抵抗
できん』
「コロニー・レーザーか……」

 

 イザークの言うとおり、一番の懸念はコロニー・レーザーの存在である。あれがメサイアを焼き、それが
きっかけとなってザフトは崩壊した。未だコロニー・レーザーは付近の宙域に存在しており、連合軍艦隊は
そこへ後退して行ったに過ぎないのだ。恐らく、射程にはプラントのコロニーも入っている事だろう。

 

「なぁ、イザーク。このまま受け入れられると思うか、この俺が」

 

 問題は山積している。若輩者である自分が、指名されたからといっていきなりこなせる様な役割ではない
し、アスランの台頭に納得を示さない者も居るかもしれない。その不安をを打ち消したくて、救いを求める
ように投げた視線がイザークの表情を曇らせる。アスランの不安そうな視線を、イザークは少し迷惑そうに
していた。

 

『殉死した指導者の代わりに、ヤキンの英雄と稀代のアイドルが起つ――劇的でパフォーマンスとしては
十分だ。評議会も、今はお前たちの人気に肖りたいと考えるだろう。反対する者は、居ないと思うがな』
「それが、今のプラントの状況だというのか……」
『お前には英雄としての名前がある。それでやって見せるしか方法は無いだろうが? ――少しは、前向き
なラクス=クラインを見習うんだな』

 

 不敵に笑うと、イザークは通信回線を切った。不安でどうしようもない、悲壮感さえ漂わせる自分の顔が
嫌だったのだろう。うな垂れて溜息をつく。

 

「イザークの奴、名前だけで大役を務め果せるものだと思っているのか。御気楽者め」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、メイリンが顔を上げた。

 

「プレッシャーを感じていらっしゃるんですね? 大丈夫です、ザラ隊長なら出来ますよ」
「ありがとう。気休めだとしても、女性に励まされれば男は張り切ってしまうものだからね」

 

 メイリンの言葉に対して素っ気無く返すアスラン。まるで激励を皮肉で返されたような気分だ。一寸も
視線を合わせようとせず、じっとモニターの画面を見つめている。次々と送られてくる諸々の報告に顎に
手を当て、思慮深げに眉間に皺を寄せるだけ。メイリンの激励など、聞こえていないかのようだ。
 全く、男というのはどうして自分の事しか考えられないのか。大変なのは分かるが、多少の余裕は持って
然るべきだとメイリンは思う。だから抗議の意味も込めて、不貞腐れたように頬を膨らませもする。しかし
アスランはそんなメイリンの子供染みた可愛らしい仕草にも無頓着で、時に唸り声を漏らすだけだった。
 アスランにメイリンに構っている余裕は無かった。今後の事を考えれば、頭が痛い。かつて無いほど頭を
フル回転させる中、アスランは耳に柔らかな声を聞いた。それは生々しく耳に絡み付いてきて、聞く者の心
を掴んで放さない魔性の声のようである。その声に、数多の人間が或いは癒され、或いは奮い立たされて
きた。彼女の声は、プラントのカンフル剤となっていた。

 

「――どうか、ここで挫けないで下さい。わたくし達には、まだ護るべきものが存在しています。愛する人々
を護る為、わたくし達はここで倒れるわけには参りません」

 

 アスランは不意に後ろを振り返った。ラクスは尚もさえずり、傷ついた兵士達の心を少しでも癒そうと声
を振り絞る。本当なら、ミーアという友人の死をその背で看取った彼女も相当堪えている筈である。しかし
こうして人々を奮い立たせる事がミーアとの約束であると信じて、ラクスは自らを鼓舞するように言葉を紡
ぎ続ける。

 

「コロニー・レーザーは力です。力を持った人は、例えどんな結果が待っていようともその力を試さずには
居られません。それがどれだけ陰惨で残酷な事であるのかを、彼等は知らないのです。それが愚かな
行為であると啓発できるのは、痛みを知るわたくし達ではないでしょうか? ――止めなければなりません。
その先に平和があると信じて」

 

 ふと、ジェネシスを撃ってしまった父を思い出した。忘れようとしていた父の面影が脳裏を掠めた時、ジェ
ネシスの発射が果たして母を殺したナチュラルに対する意趣返しだったのか、はたまたラクスの言うとお
り、その力を誇示したかったからなのか、分からなくなった。真相は結局、父の死によって闇の中である。

 

 ラクスの演説に飽きたからではない。そうでなくとも、アスランは軽い溜息をついた。

 
 

 ダイダロス基地を出港したガーティ・ルーを旗艦とするシロッコ艦隊。コロニー・レーザーに後退した連合
軍本隊との合流に向けて航行中であった。オーブ艦隊の追撃は確認されていない。それどころではないだ
ろう、というのがシロッコの見解であり、その彼の予測は的を射ていた。
 以後の合流までの手はずを艦長に任せ、シロッコは自室へと戻った。広々としたスペースに、中央には
立派なデスクが備え付けられている。多機能なそのデスクの椅子に腰掛けると、空中投影型のモニターを
呼び出した。少し調整を加え、画面を整えるとスーツに身を包んだ老齢の男性の顔が表された。大西洋
連邦の高官である。

 

『シロッコか。よもや、レクイエムを使ってジブリールを排除するとはな。狐が狸を化かしたか?』

 

 レクイエムはジブリールが独自に用意した戦略的大量破壊兵器である。その存在は大西洋連邦内でも
最高機密扱いにされており、シロッコがその使用を任されていた辺り、彼がジブリールから相当の信頼を
買っていたのは疑いようが無い。シロッコは、その信頼を仇として逆手に取り、レクイエムでジブリールを
葬ったのである。そのやり取りを、高官は2人の油断なら無い人物像を揶揄して狐と狸に例えた。

 

「手元が狂いまして。化かすも何もございません」
『そう言って、私にも牙を剥くのではあるまいな?』
「まさか。万が一その様な気でも起こせば、事を起こす前に私が消されるでしょう」

 

 シロッコはそんな高官の言葉にも鼻で笑って謙遜してみせる。しかし、言葉とは裏腹に、その笑いには
嘲笑も混じっているようにも思われた。果たして、それが裏切ったジブリールに向けてなのか、画面越しの
高官に向けてなのかは然として見抜けない。まるで暗闇の中を手探りで歩いているような感覚に、高官の
顔に刻まれている皺が益々深くなった。
 高官は一つ咳払いしてから睨むような視線を投げかけてきた。もう直ぐ60に差し掛かろうかという老齢の
男性が見せるような目では無い。これまで激しい荒波に揉まれて、幾度もの修羅場を潜り抜けてきた男だ
けが持つ眼光の鋭さだ。これには、油断はならない。シロッコは目を細めて態度を改めた。

 

『――まあ良い。これで、空位となったブルー・コスモスの盟主に君を推薦してやれる。君には、過激になり
過ぎたブルー・コスモスの再生を担当してもらう事になるわけだ』

 

 ブルー・コスモスは軍産複合体であるロゴスと密接に関係している。世論は否定的になっているが、強大
な資本を有するロゴスとの関係を維持したい大西洋連邦としては、世論の反発を無視してでもブルー・コス
モスと手を切るわけには行かなかった。だからこそ、過激になりすぎたジブリールの存在を疎ましく思い、
その頭をシロッコに挿げ替える事でブルー・コスモスの印象の回復を図りたいというのが狙いだった。

 

「それで、ザフトへの対処はいかがいたしましょう?」

 

 伺いを立てるシロッコに、高官は口の端を吊り上げ、歯を見せる。含みのある笑みだった。

 

『コロニー・レーザーがプラントに向いている限り、迂闊に手を出すような真似はすまい。連合各国は今、
戦後のプラントの処置について話し合っている最中だ』
「プラントの降服で、戦争は終わると?」
『奴らがユニウスを落とした事で始まった戦争である事を考えれば、それが最も平和的であろう。ただ、
そういう情報を連中もキャッチしているのかも知れんなぁ』

 

 しわがれた声で、喉を鳴らすように高官は笑った。高慢な老人の笑い声は、聞くものを不快にさせるよう
な魔力があるように感じられる。そのまま醜く顔を歪めたまま、シロッコに横目を向けた。

 

『ユーラシアからの合意も得てある。君は軍の総司令としてコロニー・レーザーの防衛に当たり給え』
「ハッ」

 

 シロッコが敬礼をすると、通信が切れてモニターが消えた。腕を下ろし、フッと笑って立ち上がると舷窓の
付近まで身体を流し、そこから宇宙を望んだ。

 

「俗物というモノは、地球という小さな星の重力にさえ魂を縛られるようだが、連中はこの深淵の宇宙を見て
も地球圏の覇権争いから抜け出せないで居る。コーディネイターだのナチュラルだのという些事に拘るの
は、世界を導く天才が不在だからだろう。やはり、この世界にジョージ=グレンは不可欠な要素だったな」

 

 それを暗殺などという手段で簡単に排除してしまえるのが、この世界の不幸だ。その穴埋めを行うために
コズミック・イラに遣わされたのだと、ここに至ってシロッコは確信していた。
 呼び出し音が鳴り響く。舷窓にもポツンとコロニー・レーザーの姿が目に入った。シロッコは私室のドアを
潜って、ブリッジへと向かった。

 
 

 スティングは、食堂の椅子に座っている自分を不思議に思っていた。ふと辺りを見回してみても、かつて
の活気のあるナナバルクの食堂では無い。めっきりと人気が少なくなり、妙に空間が広く感じられて雑然と
していた過去を懐かしく思った。
 本当なら、一緒にジェリドやマウアー、それにライラやアウル、カクリコンも居たはずである。出撃前は
確かにもう一度会えると信じ、こんな物寂しい空虚感に襲われることになるなんて考えもしなかった。しか
し、事実としてファントム・ペインはブラン=ブルタークという頭を失い、また2人のパイロットも散っていった。
 連合軍は、ザフトに勝利寸前まで行った。だのにファントム・ペインが壊滅寸前にまで追い込まれたのは
何故なのか。それが宿命のライバルとも言えるミネルバ隊との決定的な力の差であるのかと、スティングは
自問する。

 

「俺たちは、この程度なのか……?」

 

 備え付けのモニターに、コロニー・レーザーの雄姿が映し出されていた。間接的にでも圧倒的スケール感
を与えるそれは、所々に小さな赤い光を明滅させて虚空に敢然と浮かんでいる。少し目を凝らせば、それを
守るようにして艦隊が集結している光景が確認できた。

 

「畜生」

 

 何に対してなのか分からないぼやき。恐らく、マウアーはもう戦えないだろう。ナナバルクの格納庫に戻っ
てからも、彼女は誰にも顔を合わせる事無く自室へと戻っていった。仲間として声を掛けるべきだとも考えた
が、バイザーの向こうに隠れた表情を思い描くだに、憚られた。
 マウアーだけではない。戦えそうに無いのはアウルも同じだ。あれだけ懐いていたライラが目の前でやら
れたとカクリコンは言う。激情家のアウルの事である。一度MSから降りてテンションが下がってしまえば、
二度とMSに乗る事など出来ないだろう。
 それに、スティングから見て艦長のイアン=リーはリーダーたる器ではない。艦長としての能力は長けて
いるのだろうが、部隊を纏めるようなリーダーシップは見られないのだ。ブランのように自らが率先して部隊
を引っ張るような甲斐性も無く、冷静さが売りであるイアンにファントム・ペインの指揮は柄では無いと感じた。
 ファントム・ペインなどという大袈裟な名称を付けられたこの部隊も、いよいよ終わりだろうか。正直、スティ
ングはこれ以上のファントム・ペインの活動は不可能だろうと思っていた。

 

 照らされる人工的な電灯の光が、妙に煩わしく感じられた。自分の暗くなった気持ちを無理矢理に明るく
しようとしているようで、スティングはいい加減面白くなくなって自室に戻ろうと椅子を押した。その時である、
無骨な手が一本のボトルを目の前のテーブルに置いた。

 

「貴様は、大丈夫のようだな」

 

 小気味のいい濁声に気付き、顔を上げる。やや後退した前髪に、四角い輪郭と見事なケツ顎。その顎に
伸びていこうかという逞しいもみあげが、男らしさを満開でアピールする。肘の辺りまで捲し上げた袖口か
ら伸びた腕には、うっそうと腕毛が生い茂っていた。カクリコン=カクーラー、普段と変わらぬ表情で椅子
に腰掛ける。

 

「中尉か……」
「フン、アウルの奴は自室に篭ったきり、出て来ようとせん」
「そりゃあな」
「強化人間といえども、所詮はガキか」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、カクリコンは徐に食器を手に取り、フォークにスパゲッティを絡め始めた。
 スティングはそれを眺めながらもカクリコンの台詞に不遜に顔を顰め、立ち上がろうとした椅子に再び
座りなおした。

 

「それで仲間かよ?」
「クッ! 何を言い出すのかと思えば、まるで優等生じゃないか」

 

 スティングの言葉にも、カクリコンは一向に態度を改める気配を見せない。自分の台詞に対して鼻で
笑うカクリコンに、眉間に皺が出来る感触を得た。

 

「仲間がやられたんだ。あんたは平気なのかって聞いている」
「めそめそするのは、柄じゃないんでね」
「そんな格好付けで!」

 

 身を乗り出し、カクリコンに迫る。カクリコンはそれを煩わしそうに顔を顰め、目線を逸らすように顔を
横に背けた。

 

「軍はプロフェッショナルの集まりだ。仲間が死のうが何だろうが、俺達は命令とあらばそれに従って
見せなけりゃならん掟がある」
「そう言って、あの2人を戦わせるのか!」
「それが義務だと言っている。そいつを忘れた奴は、軍人じゃあない。ただの民間人と同じだ」

 

 思わず熱くなるスティングとは対照的に、カクリコンは冷静にそう言い切る。フォークに絡めたスパゲッ
ティを口の中に押し込み、ジロリとスティングを見てくる。その目つきに鋭く心を抉られる様な感覚を抱き
冷や水をひっかけられた様にスティングは押し黙るしかなかった。

 

「けどな――」

 

 何とか反論しようと言葉を紡ぎだした時、誰かが食堂の扉を潜ってくる音がした。スティングはそれに
気付き、顔を入り口の方に向けた。

 

「マウアー!?」

 

 驚く事に、食堂へと入ってきたのはマウアーだった。彼女もカクリコンと同じく普段の物腰を崩さず、
毅然とした姿勢でカウンターへと歩を進める。そして食事を乗せたトレイを持って呆気に取られるスティ
ングの後ろを通ると、当たり前のように隣の席に着いた。

 

「マウアー……いいのか?」

 

 スプーンでサッとスープを掬い上げると、その甘美な雰囲気を漂わす口元へ運んで軽く飲み干す。
その仕草を、スティングは不安そうな表情で見ていた。
 するとマウアーは、少し顔を傾けて流し目でスティングを見た。その視線が妙に扇情的で、不覚にも
スティングはそのマウアーの仕草に心をときめかされてしまった。

 

「私は私のすべき事を知っている。あなたが心配することでは無いわ」
「そうかよ?」
「それよりも、寧ろあなたの方が心配かもね」
「そうかよ……」

 

 スティングくらいの年代の少年は、得てして女性は男性より脆弱な生き物であると考えがちになる。
それは、表面しか見られない少年の単純さが、女性をそういう風に見せているからだ。
 しかし、スティングはマウアーの態度を見て、それは間違いだったのだと気付く。スティングの不安を
打ち消そうと笑みを浮かべる彼女を見た時、或いは女性の方が男性よりも精神的に強いのではないか
という衝撃を受けた。

 

「そういう事だ」

 

 ストローを口につけながら、カクリコンが尊大に言ってみせる。その態度が余りにも調子合わせ的なもの
に感じられ、スティングは猜疑心交じりに片眉を吊り上げた。

 

「しかし、アウルは暫くそっとして置く方がよろしいのでは? 繊細な子を急かすものでは無いと思いますが」

 

 マウアーが言う。自分に甘く他人に厳しいのが女という生き物だと勝手に思い込んでいたスティングは、
まるで正反対の人間も居るものだと感心する。恐らくだが、こういう女性の事を「いい女」というのだろう。
アウルは、それとはまた違う、自分にも他人にも厳しい女性をその様に感じていたらしいが――

 

「そんなわけに行くかよ。マウアーだってこうして顔を出してんだ。アイツだけ甘えさせるわけには行かん
だろうが」

 

 食事を続ける2人の傍ら、スティングがテーブルに手を突いて立ち上がる。そう言って、食堂の出口へと
歩を進めた。

 

「どうするつもり?」

 

 出口でマウアーに呼びかけられ、肩越しに振り返った。

 

「アウルの奴に気合を入れてくる。こういう時だからこそ、俺達は団結して見せなきゃなんねーんだってよ」

 

 清々しい顔つきで言い切ってみせるスティング。その姿が閉じるドアに遮られて消えると、カクリコンが
鼻で笑ってまたフォークにスパゲッティを絡ませ始めた。

 
 

 アウルは、ナナバルクの展望室で宇宙を眺めていた。窓の向こうには巨大なコロニー・レーザーと、それ
を警護するミニチュアのような戦艦の数々が浮かんでいる。コロニー・レーザーと戦艦のスケールの圧倒
的な差は、見る者に壮大なスケール感を与える。しかし、アウルの瞳はそんな息を呑むような景観すら目
に入っていないようであった。

 

「ライラ……」

 

 手すりに手を掛け、こつんと窓に額をぶつける。視線の先に大きな宇宙。星の瞬きだけが黒一色の世界
の中で懸命に光を放っている。アウルは、その先にライラの面影を探していた。
 星の輝きが、まるでライラを模っているかのように見える。パラス・アテネの背中に消えていった彼女の
笑顔を思い浮かべると、今にも溢れ出さんばかりにアウルの目は涙に濡れた。
 そんな時、ふと誰かの気配を感じ、慌ててアウルは袖で涙を拭った。

 

「何だよ、外に出てんじゃねぇか、カクリコンのデコめ――よぉ、大尉に助けられたんだってな?」

 

 振り向いた先に、芝生のような淡い緑の頭髪をした少年がポケットに手を突っ込んで流れてくるのが見え
た。スティング=オークレー、同じエクステンデッドとして、研究所時代からずっと一緒であった少年だ。

 

「スティング、テメェ――!」
「すまん、悪気は無い。そういうつもりで言った訳じゃないんだ」

 

 憤りを見せるアウルに対し、至極真面目な顔でそう言うスティングは、ポケットから出した手を上げて争い
の意志が無い事を表現する。しかし、アウルは気が治まらず、いきり立ってスティングに飛び掛った。

 

「許すもんかよ、そんなことでぇッ!」

 

 握り締められた拳が、スティングの頬にめり込む。慣性が働き、スティングは殴られた衝撃で壁に叩きつ
けられ、アウルは反動で後ろにさがる。チラリと後方を見やり、壁を蹴って再度スティングに襲い掛かった。

 

「お、おま――」
「殴ってやろうか! おら! 殴ってやろうか!」
「――な、殴ってから言う事か!」

 

 しかし、スティングとて殴られっ放しというわけには行かない。振り上げられた拳を掻い潜り、肩を掴んで
アウルの身体を固定すると、ボディに膝を突き入れる。アウルが呻き声を上げて身体を浮かせると、スティ
ングは口の端から滲み出している血を親指で拭い、そのまま浮かんでいるアウルを掴まえて天井に押し
付けた。

 

「大尉だけじゃねぇ! ジェリドだって居なくなってんだ! どんな死に方をしたのか、仇は誰なのかも分か
らずにな!」

 

 襟を掴まれ、呼吸が苦しくなるアウル。眼前で怒鳴るスティングの鼻っ面目掛けて、額をぶつける。
 アウルの頭突きを食らい、鼻に炭酸水を入れられたような鋭い痛みが拡がる。突き放され、少しして鼻の
辺りが生暖かい感触に包まれた。手で擦って見ると、大量の血が掌に付着した。手鼻をかんで鼻血を噴き
出させると、再びアウルを睨んだ。

 

「ライラは僕の目の前で死んでいったんだ! 好きな女を死なせちまった男の気持ちが、テメェなんかに
分かって堪るかッ!」
「そういう甘えが、大尉を殺したんだろうが!」

 

 腕を薙ぎ、激しく怒りを表現するアウル。その台詞を遮るように叫ぶスティング。赤い血の玉が無重力を
霧のように弾け、広がった。

 

「分かるか!? 俺達は今までジェリドや大尉に頼りすぎていた! お陰でこのザマなんだよ!」

 

 普段は落ち着いているスティングが、激しく感情を露にして叫んだ。対するアウル。それは違うと、反論
したい。反論したいが、何故か言い返せない。スティングの言う事が正論なのだと、頭の片隅で認めて
しまっているからだ。その行き場の無い敗北にも似たやるせなさが、更にアウルの拳を振り上げさせる。

 

「じゃあ、テメェはどうすんだよ!?」

 

 ただ自己のストレスを吐き出すだけの拳は、敵を殴ることは出来ても打ち負かす事は出来ない。アウル
の拳は再びスティングの頬にヒットしたが、彼の瞳は些かも屈服していなかった。その目が不愉快で、
アウルはもう一度拳を振り上げる。
 その瞬間、拳を振り下ろそうとしたアウルの顔面にスティングの拳がめり込んだ。クリーン・ヒットしたその
一撃は一発でアウルの戦意を削ぎ、彼の身体は噴き出す鼻血と一緒に吹っ飛んで背中から手すりに引っ
掛かった。

 

「グハッ……!」
「腑抜けの拳固が効くかよ!」
「ス、スティングぅぅぅ……ッ!」

 

 アウルは顔面を両手で覆ってのた打ち回った。鼻からはスティングのように鼻血が噴出し、感覚が麻痺し
てしまったように鼻が熱い。

 

「俺は戦うぜ! ジェリド達に甘えていた俺を殺す為にな! お前はいつまでも引き篭もってりゃいい!」
「う…くぅ……ッ! 僕…は……」

 

 敢然と立つスティングの姿を、自分の鼻血が玉となって浮かぶその向こうに見ていた。果たして、スティ
ングとはこういう男であっただろうか。いつしか変わって行ったスティングの変遷を思いだすだに、自分と
てそうであった事に気付く。
 ライラとのやり取りを思い出す。彼女は自分に自立を求めていたように思う。アウルはそれが嫌で、ライ
ラとずっと一緒に居たいと駄々を捏ねた。それを坊やだと詰られるも、愛情の一環だと思って気にも留めな
かった。
 これでは唯のこましゃくれたガキではないか。少し前までの事だが、今さらになって自分がどれだけ幼か
ったのかを思い知らされる。その幼さがライラの心に心配を呼び、彼女は――
 スティングは肩で息をする。無重力を漂うどちらのものとも知れない血の玉が、或いは床や壁に付着して
鉛色の空間に赤い水玉模様を描く。アウルは一度、背後に広がる宇宙を見やり、それから顔を俯けた。

 
 

 ザフトの崩壊、そしてレクイエムによる連合旗艦艦隊の消滅によって、戦争は小康状態に入っていた。連合
軍がコロニー・レーザーまで後退した事で、オーブ艦隊のザフト本隊への合流は比較的容易に済まされた。
 今は沈黙したメサイア。光を失い、かつて宇宙要塞であったその岩塊は、ただ静かに虚空に漂っているだ
けである。作業員がその中から使えそうな物資を引き上げているが、期待するほどの成果は見込めそうに
なかった。

 

 ゴミを排除したドックに、各艦は納まっていた。とてもドックと呼べるような環境ではなかったが、それで
も出来る限りの修理や整備は行われていた。小康状態とはいえ、戦いが終わったわけではないのだから。
 ミネルバとアークエンジェルは、同じドックで寄り添うように並び納まっていた。そして、互いの情報を整理
する為に、ミネルバのブリーフィング・ルームにはアークエンジェルの人員も会していた。

 

「カ、カツが死んだなんて、嘘だろ!?」

 

 厳粛な空気の中、部屋の後方で立ち見していたヴィーノが突如として声を張り上げたのは、エマがカツの
戦死報告を述べて次の報告に移ろうとした時だった。その余りにドライな口調に、思わず聞き逃してしまう
ところだったヴィーノは、怯えきったような表情で肩をわなわなと震わせていた。

 

「エマさん! 性質の悪い冗談なんでしょ、それ? そりゃあ確かにパイロットとしちゃ頼りないとは思って
ましたよ。けど、アイツはこれまで、どんなにやられても必ず帰ってきたじゃないですか!」

 

 ヴィーノと同じ反応を見せる少年がもう1人。黒髪に褐色の肌をしたヨウランである。カツと2人は仲が良く、
エマも何度か3人がつるんでいる所を見ていた。だからこそ、信じられないのは分かる。痛いほどに気持ち
は分かるのだが、しかしエマは懇願するような2人の問い掛けにも、顔を伏せるだけで何も口にする事が
出来なかった。

 

「ち、ちょっと待ってくださいよ! だって、そんな…こと……」

 

 ヴィーノが首を回して他のアークエンジェルの面々の表情も見た。一様に押し黙るだけで、誰もが目線を
落としている。嘘をついているようには見えなかった。
 エマの報告するカツの死――それが疑いようの無い事実なのだと知り、ヴィーノもヨウランも力なく床に
座り込んでしまった。友人の死に、自然と涙を流す2人の姿が、痛ましかった。

 

「戦争だからって、死ぬことなんて無いんだよ……ねぇ、そうでしょ……?」

 

 涙声のヴィーノ、鼻を啜るヨウラン。2人の悲痛な声を余所に、エマの報告は淡々と続けられていった。

 

 粛々と進められた情報交換は、とりあえずレクイエムの脅威が無くなった事と、新たにコロニー・レーザー
の脅威が浮上した事、それから多くの死傷者が出た事を口頭で纏め、解散となった。それで判明した事と
いえば、相も変わらずザフトは窮地に立たされているという事である。
 キラはブリーフィング・ルームを退室した後、ミネルバの居住区へと足を運んでいた。そこにかつてカツが
使っていたという部屋があるとエマから聞き出したからだ。
 キラがカツの私室に辿り着いた時、既にドアは開かれていた。誰か、先客が居るのだろう。そっと入り口か
ら覗き込むと、中には少年が2人居た。1人は前髪に赤いメッシュを入れていて、ベッドに腰掛けて項垂れて
いる。もう1人の褐色肌の方は、写真立てを手に佇んでいた。目を凝らして見れば、写真にはどこかの港町
の風景を背に、3人が肩を組んで仲良さげに笑っている画があった。
 キラは覗き込んでいた顔を引っ込め、壁に背を預けた。部屋の中からは、いつしか2人のすすり泣く声が
聞こえてきた。在りし日のカツを偲ぶ2人の悲痛に、キラは軽く首を振ってその場を後にした。

 

 アークエンジェルに戻った頃には、標準時の深夜を回っていた。それにも拘らず、キラは自室に戻ること
なく展望室からメサイアの無機質なドックを見つめていた。まだ寝る気分にはなれなかった。
 深夜でもドックで修理に勤しむ整備員達の活気は些かも変わる事は無かった。時間は圧倒的に不足して
いるし、寝食を惜しんで仕事を続ける彼らの戦いは今がピークを迎えている。この中に、あの2人も居るのだ
ろうか――ふと、そんな事を考えて溜息をついた。

 

「まだ起きてたのか、キラ」

 

 呼びかけられて、顔を後ろに振り向けた。ストローの飛び出したカップを片手に、ウコン色の眼鏡をかけ
た青年が無重力を流れてきた。

 

「サイの方こそ」
「シフトの交替でな。寝る前に、ここで少し落ち着こうと思って」

 

 サイはキラの隣まで来ると、静かに足を付けた。そうして、何も言わずにボトルをキラに差し出した。

 

「…ありがとう」

 

 受け取り、ストローに口を付け、吸い上げる。ボトルの中身は甘めの紅茶だった。一口飲んで、ボトルを
返す。サイはやはり無言でそれを受け取った。
 電灯の明かりは、就寝時間だからか最低限の光しかなかった。寧ろ、外のドックの方が遥かに明るい。
 サイが窓に背を向けて、その縁に腰掛けるように背中を預けた。

 

「気にしているのか?」

 

 少し顔を横に向けて、サイの顔を見た。何の事を言っているのかも、それなりに長い付き合いのある間柄
だけにキラは分かっているし、サイの方も一言で通じると思ったのだろう。キラはそのサイの問いに、首を
縦に振った。

 

「ラクスが連れて来た3人組――ドムのパイロットだった人達と会ったんだ」
「裏切りなんだろ? 聞いている。けど、悪いのはラクスじゃない。お前が気にする事じゃないさ」
「うん…それは分かっているけど――」

 

 キラはカツを助けられるはずだった。――それは思い上がりなのかもしれないが、助けなければならなか
ったと言う方が正確な表現なのかもしれない。自分が特別な存在として生まれてきたのならば、せめて自分
の感知できる範囲の人くらいは救って見せるべきだと思っていた。彼の眼前で大切な人を失ったのは、カツ
で3度目であった。
 キラは窓に手を当て、爪を立てた。

 

「トールや……フレイの事、思い出したのか?」

 

 キラが顔を横に向けてサイを見たとき、彼の顔もこちらを向いていた。光の反射具合で眼鏡の奥の瞳は
隠されている。表情は読めなかった。

 

「カツを助けられなかったのは、進歩のない僕の不徳のせいだ。あの人達をこのままで済ませるつもりは
無いよ。けど…そうやって気持ちを切り替えてしまうと、忘れていってしまいそうで、何て言うか――そうい
うの、フレイやトールに対しても薄情なんじゃないかって、そう思えたんだ」

 

 キラに向いていたサイの顔が、思案するように少し顔を逸らした。眼鏡の奥は相変わらず覗えない。

 

「キラ、お前は変わらないよな」
「えっ?」

 

 サイの横顔、隙間から彼の瞳が垣間見えた。その瞳は、妥当な表現が見つからないが、敢えて言えば
懐かしんでいるような感じだった。

 

「誰よりも他人の事を考えて、自分の事は二の次でさ。死んでしまったフレイに対してだって、今でも遠慮
してくれてる。俺にだって、気を遣ってくれてさ」

 

 つらつらと、サイは語る。フレイを思い出しているのだろうか。サイのなだらかな言葉と空調の音が重なっ
てキラの耳に響いていた。

 

「そういうところが変わりさえしなければ、フレイもトールも何も言わないんじゃないかな。みんな、あの頃
の一生懸命なキラを知っているんだしさ」
「サイは、どうなの?」

 

 聞くべきではないと思ったが、聞いておきたかった。フレイを巡った三角関係は、結局サイが一番割を
食ったような感じだった。アフリカの砂漠での一幕を思い出しても、よく彼が自分を許してくれたものだと
思う。サイは、人差し指で鼻を掻いて少し笑った。

 

「俺はお前を信じてるよ。でなけりゃ、アークエンジェルにもう一回乗りはしなかったさ」

 

 何を今さら、という顔をしていた。

 

「ありがとう」

 

 サイが友達で良かったと思った。キラは、はにかんだ様に笑った。

 
 

 戦闘の疲れは、残っているはずである。それなのに、色々な事が起こりすぎて興奮状態になっているの
か、自室のベッドに横になっても眠る事が出来なかった。仕方無しにミネルバ艦内を散歩がてら移動して
いると、ラウンジから人の話し声が聞こえてきた。シンは入り口付近で壁を背にしてしゃがみ込み、こっそり
と中の様子を覗った。

 

「小言を言ってくれる人間が居なくなると、寂しいものだな。何だか、心にぽっかりと穴が開いたような気がするよ」

 

 伏せ目がちに椅子に腰掛ける女性を気遣うように、男性が傍らに立っている。男性は見紛う事無くアスラ
ンであり、ブロンドの髪を肩甲骨まで伸ばした女性は、見慣れないながらもカガリであると判別できた。
 カガリの様子は、小型艇に乗っていた時のものと大分違う印象を受けた。激昂して喰いかかってくる頑固
者の面影はなりを潜め、今は心静かに物思いに耽っているようであった。そんな一面もあるのだと、シンは
カガリに対する見識を少しだけ改めた。

 

「そうか、カガリはあの人に命を拾ってもらったんだな……」

 

 アスランがカガリに向けていた視線を逸らした。複雑に揺れるその目の動きに、アスランが何かに遠慮し
ているような気がした。人の死に対してセンチメンタルになっているのかもしれないが、それ以外に理由が
あるような気がしたのは、自分の勝手な思い込みではないはずだ。
 そんな時、シンの肩にポンと手が乗せられた。喉から心臓が飛び出そうになったのは、自分の行為が
やましい事であると自覚していたからだろう。絶叫を必死に喉の奥に押し込め、首を回した。

 

「何やってんのよ、シン――って覗き?」
「シッ!」
「ザラ隊長とオーブのお姫様……?」

 

 口元に人差し指を当て、興味深そうに覗き込むルナマリアを制する。シンの肩越しにアスランとカガリの
姿が見えると、ようやく状況を理解したのか、ハッとして掌で口を塞いだ。シンが慌ててルナマリアの頭を
掴み、自分と同じ様にしゃがませる。

 

「――ん? 誰か居るのか?」
「気のせいだろ」

 

 目敏い――もとい隙の無い男、アスラン=ザラ。シンとルナマリアの気配に気付いたらしく、キョロキョロ
と首を回す。それを鈍い――もとい大らかな女、カガリ=ユラ=アスハが切り捨てる。そのお陰でアスラン
は気を取り直して姿勢を改めたが、シンにしてみれば生きた心地がしなかった。

 

「――ってか、何であたしまで隠れなきゃいけないのよ! 覗きなら1人でやんなさいっての!」

 

 小声で怒鳴るルナマリアを無視し、シンは2人の様子を覗う。やましい気持ちはあるが、決して不純な動機
でこんな事をしているわけではない。既に覗きという行為自体が不純で弁明の余地など一切無いわけだが、
シンはどうしてもカガリが気になった。
 許したわけじゃない。確かに彼女を救出した自分の行為は、数ヶ月前までなら絶対にしなかった事だろう。
その絶対にしなかった行為をしたという事は、少なからずカガリに対する蟠りを解いた証拠である。それを
否定するつもりは無いが、ただもう一声カガリからの反応が欲しかった。あのトダカが命を賭して守り通した
彼女が、果たして本当にクサナギの犠牲に値するだけの人物であるのか――その見極めの機会を、シン
は欲していた。
 ラウンジは、暫く静かだった。ルナマリアを抱くようにしてじっと息を潜めているシンは、彼女の頬がほん
のり赤く染まっている事にも気付かないで、じっと2人の様子を見つめていた。
 沈黙の重々しい空気に耐えかねたのかどうかは分からない。カガリは両膝をパァンと景気良く叩くと、徐に
立ち上がってアスランを見た。シンの視角からは丁度カガリが後ろ向きになっていて、表情がどんなもので
あるかを窺い知る事は出来ない。何か話さないかと、ヤキモキしながら固唾を呑む。

 

「アスラン、私はオーブに全てを捧げる。だから…お前とはもう、青春は出来ない」

 

 以前から噂には上っていた。アスランは、婚約者であるラクスとオーブのカガリとで二股を掛けているの
ではないかというゴシップが、ミネルバ内ではほぼ事実として流れていた。しかも、アスラン自身もそれに
対する弁解を一切しなかったものだから、真実であると信じる人が大半であった。
 しかし、これでハッキリした。アスランは間違いなくカガリと関係を持っていて、その関係がたった今、目の
前で解消された。

 

「……それでいい。君は、それでいいんだ」
「ごめんな、アスラン……」
「いいんだ。俺も、やるべき事を見つけてしまった。これ以上は、カガリと並んで歩く事は出来そうにない」
「うん……」

 

 何かを確かめ合うように2人は抱き合った。その抱擁も、惜しむようなしつこさは無い。意外なほどあっさ
りと、2人は身体を離した。

 

「君に会えて、良かった」
「私こそ、今までありがとう」

 

 信じられないほど後腐れの無い別れに、それを見守っていたシンやルナマリアの方が呆気に取られていた。
そして、それが油断に繋がったのかもしれない。呆然としているところに、退出しようとカガリが出入り口にやっ
て来てしまったのだ。2人は慌てて隠れようとしたが、時既に遅しだった。
 はたと目が合って、時間が止まる。冷たくて嫌な汗が背中を伝い、2人は身を硬直させてしまった。

 

「……見ていたのか?」
「べ、別に――」
「いいだろう。――ん」

 

 険しい顔で腕組をしていたが、怒っている風では無い。カガリは一瞥すると、2人を手招きして少しラウンジ
から離れた。

 

「あ、あんた――」
「あんたではない。私はオーブ連合首長国代表、カガリ=ユラ=アスハであるぞ」

 

 キッと睨まれ、シンは思わず萎縮してしまった。これほどの覇気を、よもやカガリから感じるとは思わな
かった。今までの彼女と、明らかに雰囲気が違う。覚悟を感じた。
 たじろいだシンを見ても、カガリは些かの気色も示さなかった。威厳に満ちた表情は、シンを見下す風で
もなく真っ直ぐな瞳で見つめていた。

 

「――無礼は許そう。お前にはこの命を繋いで貰った恩があるからな。だが、次からは気をつけてもらう」

 

 シンはカガリの尊大な物言いにも、ただ首を縦に振るだけだった。迫力に負けて声が出なかったからだ。

 

「ですが代表、私達に何用があってお誘いになられたのでしょうか。先程の盗み見の件でしたら、然るべき
場を持って平身低頭謝罪申し上げますから――」

 

 完全にカガリに呑まれてしまっているシンの代わりに、ルナマリアが前に出た。しかし、カガリは頭を振っ
てルナマリアを諌めた。

 

「いい。他言無用だが、その件も許す。――けど、今のやり取りを見ていたお前達には、事情を知る義務が
あるという事だ」
「事情、でしょうか?」
「そうだ。事情だ。――おい、お前も良いな」

 

 カガリがルナマリアの後ろに立っているシンに訊く。チラリと振り返ると、シンは渋い表情のまま小さく頷いた。

 

「よし。遂に一人身になったアスランの事だ。部下なら、親身になってやれ」

 

 そう言って、カガリは後ろを振り返ってラウンジの方向を見た。ルナマリアはその様子を怪訝そうに見つ
め、眉を顰めた。

 

「どういう意味でしょうか? 失礼ですが、ミネルバではアスラン=ザラがラクス=クラインと代表に2つの
股を掛けていたという噂がございます。ですから、例えそうであっても、御2人の関係が内密であったなら
ば、ラクス様との婚約関係までは――」
「そんなゴシップがあったのか? アスランも大変だったんだな……私は笑うが」

 

 そう言って笑うカガリが、どこか他人事のように見えた。この元首は、自分がプラントに対してどれだけ
影響力のあるスキャンダルを起こしていたのか分かっているのだろうか。その、他人を馬鹿にしたような
態度に、ルナマリアは一段と表情を険しくした。
 その気配に気付いたのか、カガリは顔の向きを改めてルナマリアを見た。

 

「――いや、済まない。だから、事情なんだ。ラクスとアイツは、もうそういう関係じゃないんだ」
「えっ!?」

 

 透き通るようなハニーブラウンの瞳が、ルナマリアを見ている。黄金色の髪と相俟って、不思議と雄々し
さを感じた。純粋な眼差しは、嘘をついているようには見えない。戸惑いつつ、ルナマリアは口を開いた。

 

「じゃ、じゃあ一体――」
「これも他言無用だぞ。ラクスはな、キラなんだ。キラ=ヤマト。2年くらい前からな」

 

 自室に戻った時、シェアしている妹のメイリンが不思議な事を言っていたのを思い出した。アスランと
ラクスから、カップルのような雰囲気を感じなかったという事――その時ルナマリアはメイリンの勘違い
であると笑って流していたが、そういう事情があったのならば辻褄が合う。何故なら2人は仮面カップル
を演じていたのだから。

 

「そ、そんな、どうして……」

 

 納得を示しかねているルナマリアを見るカガリの心持ちは、いかばかりか。そんな様子をおくびにも出さ
ずに、カガリは柔らかく笑みを浮かべ続けていた。

 

「だから、アイツが浮気をしてたとかそういうんじゃない事だけは、分かってくれ。それで、支えてやって
欲しい。アイツ、見た目どおりナイーブな奴だから」

 

 こみ上げる何かを、我慢しているようにも見えた。同じ女としてのシンパシーなのだろう。心で泣いてい
る事を察して、ルナマリアは頷いた。

 

「それは勿論……でも、代表もお一人になられた事は同じです」
「ありがとう。けど、蓮っ葉な女というものはそういう事を気にしない傾向にあるらしいな」

 

 カガリは少しはにかんだ様に笑って、徐に背を向けた。自分は大丈夫だ、心配は無用だと語る背中が酷く
不憫でもの悲しく思え、ルナマリアは思わず口元を手で覆ってしまった。同じ女性だから分かる哀愁のよう
なものを、感じたからだろう。

 

「待ってくれ!」

 

 今まで口を挟まずに居た、シンの声。その場を去ろうとしていたカガリの足を止めさせた。

 

「あん――代表は、隊長の事を本気で好きだったのか?」

 

 シンの質問に、カガリの背中が電気を流されたように震えた。
 少し、間が出来る。カガリの手が、何かを握り潰した。湧きあがる感情を、押さえ込んだのか。

 

「……大好きだったさ」
「だったら!」
「けど、もう、戻れないんだ」

 

 声は、震えていた。カガリはそう言い残すと、シンとルナマリアの前から去って行った。
 残されたのは、ビーズのような涙滴。電灯の光に、ジュエルのような輝きを放っていた。

 

 再びラウンジ前に戻って中の様子を覗きこむ。そこにはまだアスランが居た。ベンチに腰掛け、力なく
項垂れている。そんな彼に、ラウンジの静寂は優しかった。これが、一つの恋の終わりという事なのだろう。
切なく、侘しく、寂しい。今、思い出に立ち返っているアスランの心境を思うと、胸が締め付けられた。
 それを見守る事しか出来ないシンとルナマリアは、アスランの佇まいから醸し出される哀愁を、ただ悲し
く思うだけだった。

 
 

 メサイアは、戦艦の修理と生き残った資材の引き上げに掛りきりになっていた。ミネルバは、今やザフトの
総指揮を担う事となったアスランが搭乗する戦艦であるという事で、現場の担当を任されていた。
 艦長のシートには、代理としてアーサーが座っていた。これまで副長のシートが指定席であった彼だが、
ブリッジ中央の艦長席の新鮮な座り心地にやや上機嫌になっていた。非常時に不謹慎であるとは思うが、
ブリッジの中央に堂々と座れるこの爽快さは、一度体験したら病み付きになりそうである。一気に偉くなった
ような高揚感を得て、興奮する自分を抑えるのに苦慮する始末。クルーにもそのアーサーの高揚感は伝わっ
ているようで、まるで見ていられなかった。
 手元のモニターにマッドの顔。ノーマル・スーツに身を包み、背後では若いメカニックたちがひっきりなし
に働く姿と、何体かのMSが作業を手伝っている様子が覗えた。アーサーは口元がにやけない様に内頬を
噛んで表情を引き締めていた。

 

『アーサー=トライン艦長代理、ベースジャバーを引っ張り上げりゃ良いんですね?』
「そうだ、ありったけだ」

 

 アスランからの指示は、メサイア内のベースジャバーの回収である。MS単体の航続距離を伸ばすため
に使用されるそれを、なぜアスランが必要としているのかは分からない。しかし、彼の命令とあらば従わね
ばならない。アーサーはアスランから伝えられた事を鸚鵡返しのようにマッドに伝える。

 

『しっかし、こんなもんを今さらどうしようってんですかね? こんな状況じゃ、こちらから仕掛けるわけには
行かないでしょうに』
「詮索されても、何も答えられんよ。私だって、とんと理由が分からないんだから」

 

 アーサーは、ふんぞり返ってそう言ってみせる。偉そうに言えた台詞でもないのに、何処からそんな自信
が溢れてくるのか、マッドは呆れ返って首を傾げた。

 

『何て自信だ。頼りになる艦長代理様だな、あんたは』
「そうか? やはり、いよいよ私の時代が――」
『……こりゃあ“白”は当分お預けのようで』

 

 額面どおりに受け取り、マッドの皮肉にも気付かないで単純に喜んでみせるアーサー。画面の向こうで
深い溜息をつくマッドの通信回線が切断された。
 同時に、誰かがブリッジに入室してきた。開閉するドアの機械的な音がすると、しなやかな女性の手が
アーサーの座るシートの背もたれを掴んで傍らにやって来た。

 

「ご苦労です、アーサー。少し休んで良いわよ」
「グラディス艦長!?」

 

 思わぬ人物の登場に仰天するアーサー。女性らしくきちっと整えられた制服と、気の強そうな攻撃的な
内巻きのブロンド・ショートカットがアーサーの目に飛び込んでくる。ただ、その目は赤く充血していてウサ
ギのようになっていた。
 タリアとデュランダルが関係を持っていた事実は、一部では有名だった。噂では、今でも愛人関係にある
のでは無いかという憶測が飛び交っていたりもして、アーサーの耳にも当然その噂は入っていた。
 彼女が顔を見せたのは、アスランにデュランダルの訃報を匂わされ、血相を変えてブリッジを飛び出して
以来だった。だからこそ、アーサーは驚いていた。そこに、愛人関係にあるという噂の裏付けが見て取れた
ような気がしたからだ。

 

「大丈夫なのですか? もう暫くお休みになられた方が――」
「何かしてないと、落ち着かないのよ。大丈夫、ここに来る前にアスランには用事を聞いておいたから」

 

 アーサーはタリアを気遣いながらも、艦長席から腰を浮かせた。天井に手を添え、艦長席から退くとタリア
が入れ違いになるようにふわりと腰を落ち着かせた。アーサーはそれを見ると、天井に添える手に力を入れ
て床に足を着ける。

 

「せめて、引き上げ作業の間だけでも――」

 

 タリアに不満があるわけではない。寧ろ、デュランダルとの関係でミネルバ艦長に抜擢された経緯につい
て陰口を叩かれていた事に対しても、不言実行を貫いた彼女を尊敬してすら居る。それなのにアーサーが
休息を推すのには、もう少し艦長気分を味わって居たかったからという陳腐な理由ではなく、尊敬している
が故に純粋に気遣う彼の優しさだった。
 しかし、タリアはアーサーの身振り手振りの気遣いに応えようとしなかった。自分がミネルバの艦長である
と言う自覚を持っていたからだ。尤も、「アーサーに心配される云われは無い」という彼女なりの意地もあった
のだが。

 

「気は済んだわ。レイが、私にあの人とのお別れをする機会をくれたから。もう大丈夫よ」

 

 そう言って、タリアは笑う。その疲れ切った笑みは、ますます憐憫を誘った。
 レイは、デュランダルの遺体をミネルバに連れて来た。土気色の肌をしたその姿はあまりにも生々しく、
「デュランダルが死んだ」という現実を鋭くタリアの心に刺した。それからプラントへと移送されるまでの間、
レイと共に片時も傍を離れる事もなく、その死を悼んでいた。
 つい先程まで泣き伏せていたのだろう。普段よりも厚めのメイクは、少しキツ目のパープルのアイシャドウ。
それが、目蓋の腫れを誤魔化すようにあしらわれていた。
 タリアは気丈な女性だ。それを見るだに、アーサーはそれまでいい気になって艦長席に座っていた自分の
能天気さを情けなく思った。頬を叩き、浮かれかていた気持ちを引き締めるように制帽を整える。

 

「いえ、お供します」

 

 キュッと口元を締め、いつもの指定席へ。ひらりと飛び乗るように腰を下ろし、妙に落ち着く感触を得て舞い
上がっていた自分の能天気さを恥じる。やはり、自分の居るべき場所はまだここなのだという実感を得て、
アーサーは冷静になった。

 
 

 機材が散乱するアークエンジェルのハンガーに、以前のような整然とした印象は無い。各所から引っ張り
出されてきた様々な資材や、これから改修に掛かろうかというMSで埋め尽くされている状況なのだ。

 

 そのMSの中に、黄金に輝く一際目立つ機体があった。ネオはそのMSのコックピットの外から中を覗き
込み、シートに腰掛けているエリカの作業を見つめていた。その手つきや、流石は技術者であると思う
以上に、余りの手際の良さとスピードに、彼女は実は隠れコーディネイターでは無いかと推測した。そう
感心させられるほどに、エリカの指は出鱈目に見えるほどに素早くキーを叩く。

 

「殿方に見られれば、女は張り切ってみせるものだと思っているようですね」
「そんなこと、言ったかな?」
「“目は口ほどにモノを言う”って言ってね」
「オーブの古諺かい?」

 

 視線は絶えずモニターを注視している。息つく間もなく流れる文字の列を全て理解しているのか、表情は
至ってクールそのものである。それでもネオの視線が気になったのか、エリカは嫌がらせのように言って
みせ、ネオはネオでとぼけた様に視線を斜め上にあげ、後ろ頭を掻いておどけて見せた。

 

「いや、俺さ。今まで捕まえられてた立場の人間だろ?」
「知りません」
「ドラグーンが使いこなせるのか、自信なくってさ」
「レジェンドのは使えたのでしょう? 基本的にはあれと同じです」
「コイツのシステムは、世代が旧いと聞いている。レジェンドのような新型よりも扱いが難しいらしいじゃ
ない。だからさ、実戦で使えなかったらと思うと、不安でさ……」
「アカツキはドラグーンだけではありません。あなたがボンクラでも、簡単にやられはしないわ」

 

 一心不乱とは、言い難い。エリカはひっきりなしにパネルを叩くが、口を動かす余裕はあるのだ。ネオは
そんな彼女のエキスパートぶりと辛辣な言葉に、辟易したように顔を背ける。弱気を吐露して女性の母性
本能を刺激し、気を引く作戦は見事に失敗したわけだ。

 

「そりゃ、金ピカは並みのMSとは違うんでしょうよ」

 

 邪険にされれば、しつこく食い下がるのは得ではない。エリカの身持ちの固さと言うべきか、ネオはちっと
も靡く素振りを見せない彼女の態度に飽きて、アカツキを離れた。
 片隅では、ステラがカミーユと一緒に塞ぎ込むロザミアを気遣っている様子が見えた。ネオは壁を蹴って
方向転換し、そちらへと向かう。

 

「優しいのね、ステラ」
「ロザミィは1人じゃないもの。カミーユに心配させちゃ駄目」
「そうよね……。でも、もうちょっと……」
「うん。いいよ」

 

 人差し指でサッと涙を拭き、目の前の豊かな胸に顔を埋めるロザミア。そんな彼女を包み込むように抱い
て、髪を梳きがてら頭を撫でるステラ。
 その光景を目の当たりにした時、ネオは驚かされた。ステラが他人を慰めるシーンなど、今まで見た事も
無かったし、聞いた事も無かった。そんな彼女がこういう行動に出ているのは、ロザミアにある種のシンパ
シーを感じ取ったからだろうか。ロザミアを抱く彼女は、初めて他人に尽くそうとしている様に見えた。

 

「驚いたな。ステラが他人を気遣うなんて」
「助かってます。ロザミィ、月からこっち、ずっと調子を落としてましたから」

 

 無重力を泳ぎ、床に足を着けるとカミーユが話しかけてきた。ネオはステラとを交互に見やりながら、
感心した風に頷く。

 

「いや、こういうステラの成長を見られたのは、運が良かったのかも知れん」

 

 捕虜とされていた事で、ステラは戦いから遠ざかった。ザフトの扱いも思ったほど悪くは無かったし、
そういう環境で今日まで来れたミネルバの対応には、感謝する気持ちがあった。ネオがアカツキに乗る
気になったのは、そういう感情もあったからだろう。

 

「ややこしい敵が居たんだって?」

 

 徐にカミーユを見て、訊ねる。カミーユは少し表情を曇らせて、視線を落とした。

 

「ロザミィの場合、味方が敵になるような事もあるって話です」

 

 ロザミアが元ティターンズの強化人間と言う話は、おおよそであるが聞いていた。カミーユが言うような
事は、ネオもザフトとして戦う以上、覚悟しなければならない問題だ。そういう経験を、彼女が先にしただ
けの話。
 カミーユは視線を前に戻しながら、続ける。

 

「でもね、僕は、ゲーツは最後には分かってくれたと思っているんです」

 

 不思議と頷かせられる雰囲気だった。そういう力が、カミーユの言葉にはあるような気がする。
 神経質な雰囲気は繊細な性格を予感させた。眉間に寄せた皺が彼の隠し持った凶暴性を垣間見せて
いるように感じられる。その一方で、人の心を盗み見るような曇りの無い瞳は、純粋さゆえの脆さをも孕ん
でいるような気がした。
 ネオは立ち尽くすようにロザミアを見守っているカミーユの隣で、腰に手を添えて姿勢を崩した。中肉
中背といった出で立ちのカミーユは、長身の自分よりもハッキリと分かるほどに背が低い。彼を見る時
は、少し見下すような視線になる。カミーユの表情はハッキリと見えず、旋毛ばかりが良く見えた。

 

「勝手…ですかね? 僕」

 

 思いついたように呟き、カミーユは苦笑した。都合の良い解釈をする自分を嘲っているのだろう。その
力の無い笑みが、酷く疲れた表情に見えた。
 こういう時、人生の先輩として出来る事は言葉で励ましてあげる事だと思う。ネオはナーバス気味の
カミーユの気持ちを和らげる様に、フッと微笑んだ。

 

「それでいいさ。そういう考えを持てなきゃ、振られても、また次の女を口説こうなんて思えないもんな」

 

 軽口を叩いたつもりは無い。しかし、カミーユには茶化されているように聞こえたのだろう。途端に表情
を険しくさせ、軽蔑するような眼差しでネオを睨んできた。どうやら、裏目だったらしい。

 

「それが、娘を持つ大人の言う事なんですか」

 

 分別の無い大人と思われてしまったようだ。しかし、この程度で怒って仏頂面をするカミーユは、随分と
お堅い少年だと思う。――きっと、ずっとこんな調子で戦い続けてきたのだろう。疲れて当然だ。
 ネオは不快を示すカミーユに構わずに、陽気に肩を組んだ。顔が露骨に嫌がっていたが、気にしない。

 

「肩に力を入れすぎなんだよ、お前さんは。そんなんで戦争やったって、辛いだけだぜ?」
「考え過ぎないようには、しているつもりです」
「そりゃ誰だってそうだ。けど、俺は緊張するのは女を抱く時だけで良いと思っている」
「――ったく……僕もそうありたいですね。努力はします」

 

 同意の言葉とは裏腹に、カミーユの表情は渋いまま。邪険にネオの腕を払い除けると、床を蹴って無重
力のハンガーを昇っていく。取り残されたネオは、頭の後ろを掻いてそれを見送っていた。

 

「もうちょっといい加減になれりゃ、楽なのにな。――戦争か」

 

 戦争には、人の心を荒ませるという無視できない部分がある。そういう時代に生れ落ち、戦いに巻き込ま
れた多感な時期の青少年は、不幸だ。特にカミーユのような少年には、力の加減が難しい世の中だろう。
 ネオはステラとロザミアを見やった。相変わらず、ステラがロザミアの頭を撫でている。
 彼女達の行為は所詮は慰め合いに過ぎないが、そういう関係を持てる人間が傍に居るだけで大分違う。
カミーユにそういう存在が居ない事が、彼を疲れさせている要因になっているような気がした。

 
 

 ミネルバの通路を進み、指定された部屋の前に立つ。ドアが自動で開くと、中で待っていたアスランが席
を立って迎えた。中に足を踏み入れれば、円形のデスクを囲んで他にも2人の少女と、それぞれの後ろに
ボディーガードのように屈強な男が立っていた。1人はガタイの良い大柄な男で、もう1人は長身で隻眼の
男だった。
 隻眼の方は、2年前にアフリカの砂漠に降下した時に一時的に共闘した事がある。どうやら、「砂漠の虎」
ことアンドリュー=バルトフェルドのようだ。一方、大柄な方はまるで知らない顔だ。大方、オーブの元首の
付き人か何かだろう。大柄な分、目に入りやすいが、不思議な事に特に気にならなかった。

 

「来たか、イザーク」

 

 自分が最後らしいが、時間には間に合わせた。他の連中は先にやってきて勝手に待っていただけだ。
 イザークは特に悪びれる様子も無く、堂々と席につく。目の前に水の入ったコップが置かれていて、それ
は他の席も同じだった。

 

「それで、どういった用件なんだ?」

 

 少し姿勢を崩して、デスクに肘を置いて頬杖を突く。妙に緊張するのは、ラクスも同席しているからだろう。
昔から気にはなっていたが、今でも何となく意識してしまうのは未熟な証拠か。無意識的に、少し格好付け
てしまう自分を浅ましく思った。
 アスランが席に腰掛け、全員を見回した。かつて無いプラントの危機だというのに、嫌味なくらい落ち着い
た物腰だ。優秀だからか何だか知らないが、昔からアスランは常に話題の中心に居た。目上からは何かと
目を掛けられ、後輩からは慕われる。それは、ザラの嫡男だったからだと、イザークは今でも思っていた。

 

「先ほど、最高評議会から作戦遂行の認可が下りた。コロニー・レーザーへの奇襲作戦だ」

 

 淡々とした口調で、アスランは言う。声に抑揚が無く、無機質な感じに受け取れた。

 

「ザフトを動かす? 評議会の性質は知っているつもりだが、よくもこんな短時間で説得できたな」

 

 訊ねると、アスランはしっとりとした目でこちらに視線を向けた。感情が見えないのは、ザフトの総指揮
を任される者としての姿勢作りのためだろうか。優柔不断であるよりかは幾分かマシだが、どうにも覇気
が感じられない。こんな調子でザフトを率いる事が出来ると思っているのだろうか。

 

「時間が惜しいからな。俺とラクスが全責任を負う事で即決させた」

 

 アスランはしれっとそう言って退けた。
 一寸、視線をラクスへ向けた。彼女はアスランの言葉を聞いても些かの気色も見せず、変わらぬ美し
い姿勢のまま座している。彼女は既に了承済みということか。

 

「ジブリール艦隊の消滅が謀殺だった件と、連合が降服勧告を出すかもしれないという情報が同時に入っ
たんだ。敵は、パプテマス=シロッコという男だ」
「ジブリールの子飼いだったという、噂のイレギュラーか? だから、評議会は焦っているのか」

 

 再び視線をアスランに戻す。イザークは頬杖は止めて、今度は腕を組んだ。アスランは説明を続ける。

 

「それもあるが、コロニー・レーザーを潰してこちらの力を見せれば、連合は降服勧告を諦めるはずだ。何
しろ、決定的な決戦兵器を失うのだからな。だから、その上で休戦を持ち掛け、戦いを終わらせる。奇襲を
選択したのは、今のザフトでそれを可能にするにはそれしかないからだ」

 

 その態度に疑問を持つ。アスランにしては強引にも思えるし、行動も素早い。こういう強引な手法は寧ろ
イザーク好みの展開であるが、実にらしからぬアスランの態度が、イザークの頭に疑問符を浮かべていた。
 そんなイザークの考えもお構い無しに、アスランは顔をカガリへと向けた。

 

「御覧の通りです。オーブはザフトへの協力を続けて下さいますか?」
「オーブは既に腹を括っている。それに、コロニー・レーザーは潰しておきたいな」
「ありがとうございます。助かります」

 

 似合わぬ言葉遣いを笑ってやりたかったが、生憎今はそんな状況に無い。アスランはそんなイザークの
視線の先で一口、水を含んだ。見た目以上に緊張しているのか――口唇を舐める仕草を見て、そう思った。

 

「やるのか、アスラン?」

 

 再び訊ねると、似たような視線を向けてきた。しかし、その瞳には先ほどとは違う何かがあった。

 

「あぁ。明日、明後日にでも出たい」
「明日だと!? 無理だ!」

 

 思わず声を荒げて立ち上がった。

 

「言った筈だ、イザーク。奇襲を掛けたいと」
「軍の再編だって終わっちゃ居ない!」
「相手の予想しないタイミングで仕掛けてこそ、奇襲だ。そうでなければ、意味が無い」

 

 静かだが、力のある声だった。視線は射抜くように鋭く、イザークが声を荒げても微動だにしない肝の
据わり方が、今までのアスランと一味違う事を示していた。
 その威圧するような迫力に負けて、黙るしかない。椅子に座り直し、コップの水を一気に呷った。

 

「チッ。分かった。間に合わせる」
「済まない、頼む」

 

 タン、と音を立ててコップを置くイザークに、アスランはそう言って微かな笑みを見せた。

 

「――で、ネックになっている問題のコロニー・レーザーの件なんだが、これをどうするんだ?」

 

 バルトフェルドが当然の疑義を提起する。彼の言うとおり、それが一番の懸念だ。コロニー・レーザーが
プラントを狙っている限り、ザフトは首根っこを掴まれた猫のようなもの。アスランの返答次第では、再び
異議を出さねばならない。
 アスランはバルトフェルドの質問に対しても、毛ほどの動揺を見せない。どうやら、何か考えがあるらし
い事は見て取れる。

 

「勿論、メサイアを使います」
「ネオ・ジェネシスは使えないと聞いているが?」

 

 バルトフェルドの言うとおりだ。その事は、既に伝えてある。アスランが知らないはずが無い。

 

「その通りです」

 

 あっさりと即答するアスランに、少し拍子抜けをさせられた。どうにも、今のアスランは捉えどころが無い。
バルトフェルドは狐につままれた様な間抜け顔を晒しいて、イザークも流石にイラっとして、口を挟もうと
軽く腰を浮かした。

 

「だったら――」
「しかし、移動用のスラスター・ノズルは、まだ生きている……そうだよな、イザーク?」

 

 バルトフェルドを見るアスランの顔が、徐にこちらへ向けられたかと思うと唐突にそんな事を訊かれた。
 不思議と確信に満ちた表情を見て、口を止め、思考を巡らせる。アスランの目論見のヒントが、今の一言
の中にあった。それは、とても単純な事。ピンと来て、本格的に腰を上げた。
 考えられる作戦は、1つしかありえない。

 

「まさか、アスラン貴様!」

 

 ハッとして目を丸くするイザーク。アスランは、その抑え難いほどの激しい感情を、能面のような顔の
下に隠していた。
 アスランは、尚も表情を崩さない。イザークは思わず生唾を飲み込んだ。

 

「あぁ。メサイアをコロニー・レーザーにぶつける」