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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第60話

Last-modified: 2009-07-27 (月) 18:28:48

『光の後』

 
 

 決戦だからだろうか。戦場に渦巻く人々の感情が、シロッコの脳髄に苛立ちを与えていた。しかも、それが
シロッコの勘を鈍らせるように働いているから、一入であった。

 

「フィルターをかけている奴が居る。カミーユ=ビダンか……」

 

 タイタニアのコックピットに入り込み、リニア・シートに腰を埋めてからシロッコはそう呟いた。

 

 ――妙な不快感が、ずっとあった。それは戦いが始まる前から感じていた事で、タイタニアで出撃して宇宙
に飛び出してからその予感は更に強まった。想像以上に手強いザフトに対してではない。ザフトの侵攻方向
とは別の方向から、シロッコに苛立ちを与える何かが接近しつつある。それが何であるのかはまだ判然として
いなかった。
 白兵戦が行われている戦域は、まだコロニー・レーザーとは距離がある。しかし、ザフトが徐々に近づきつつ
ある事が確かな事は、明らかだった。連合軍は、完全に後手に回ってしまっている。
 タイタニアはガーティー・ルーの艦橋部分にマニピュレーターを置き、接触回線を開いた。

 

「敵のペースに乗せられすぎだな。コロニー・レーザーは、いつでも火を入れられる態勢のまま待機だ」
『撃たないので?』
「考える事ではある」

 

 ガーティー・ルー艦長は、少々意外そうに訊ねてきた。ザフトが侵攻してきた事で、連合軍側にコロニー・
レーザーを撃つ義が出来た。勿論、使えば戦争は終わるという事はシロッコにも分かっている。しかし、シロッコ
は艦長の疑問を是としなかった。

 

「しかし、ザフトから来てくれたのならば、使わずに済む方策というものもあろう」
『連中の目論見は、コロニー・レーザーの直接占拠にありましょう。この動きは――』
「そうとも限らんぞ」
『――と、仰いますと?』

 

 含みのある言い方をして、シロッコはコロニー・レーザーの正面宙域へと目を向けた。それから交戦宙域
へと視線を流して、再びワイプの中の艦長に目線を戻す。

 

「前線に赴くのは、その探りを入れる為でもある。コロニー・レーザーの正面宙域からは、目を離すなよ」
『了解です』
「ん――」

 

 ザフトの動きに引っかかるものを感じていた。それは危機意識というものだろう。
 シロッコは操縦桿を傾かせ、タイタニアを加速させた。

 
 

 違う世界を見せられているような感覚だった。レコアの目に飛び込んでくるのは、森林の中を飛ぶ猛禽類が
見るような光景。違うのは、立ち塞がるMSを林立する樹木と擬えれば、その間を飛ぶ猛禽類であるミーティア
は樹木をバッタバッタと薙ぎ倒しながら突き進んでいるという事である。
 セイバーはミーティアにしがみ付き、申し訳程度の支援砲撃を繰り返していた。しかし、体感した事の無い
スピードの中で正確な射撃を行えるわけが無く、レコアの狙いは外れてばかりだった。

 

 MSの操縦を極めた者が見せる世界は、レコアの想像を遥かに超えていた。キラが見せた世界は、それまで
レコアが見てきたどんな光景ともまるで次元の違うものだった。

 

「このスピード感……私の知っている速さでは無いわ」

 

 敵の姿を追うのに必死になる。バッテリー動力のセイバーは無駄撃ちが出来ないのだから、どうしても
消極的になってしまう。そのジレンマもあってか、レコアは瞳にストレスを感じていた。針の穴になかなか
糸が通らない時の感覚だ。眉間の皺はより深みを増し、レコアは鬱憤を晴らすかのように自分のヘルメット
を叩いた。

 

「これが、コズミック・イラ最強と謳われたキラの住む世界か……」
『レコアさん、離れて!』
「えっ?」

 

 叱られるように言われ、セイバーはミーティアから離脱した。――と言うよりも、振り落とされた。それは
有無を言わさない瞬間の出来事で、セイバーが離脱した瞬間、ミーティアの右ビームソードがビームに
一閃され、貫かれた。即座にパージして爆発による二次被害を回避したミーティアだったが、続けて襲い
来るビームが更に左ビームソードをも破壊した。
 キラはミーティアの放棄を即断した。ストライク・フリーダムはミーティアから離脱し、射線元へとカリドゥ
スを放つ。レコアはそれに倣ってアムフォルタスで支援砲撃をした。
 その瞬間、耳元に囁きが聞こえたような気がした。それは撫でられるような感触で、言葉よりも更に
ハッキリとした伝播手段のようにも感じられた。

 

「カミーユ? ――シロッコが来てるという事なの?」

 

 耳元に手を添え、視線を方々に動かす。意識をそちらの方に引っ張られ、セイバーは思わず立ち尽くした。
 反撃のメガ粒子砲が劈く。ストライク・フリーダムがセイバーの正面に入ってビームシールドでそれを防ぐ
と、マニピュレーターを胸部に添え当てて接触回線を繋いできた。頭部が振り向くと、ストライク・フリーダム
の双眸がレコアに正気を取り戻させるように瞬いた。

 

『敵が来ています! シロッコなんですよ!』
「やはりシロッコ……キラも聞いて?」
『聞いて……って? ――はッ!』

 

 キラが驚きの声を漏らすのと殆ど同時に、セイバーのセンサーにも反応があった。オートでワイプが開かれ、
捕捉した機影を表示する。そこに、想像したとおりの白亜のマシンが威風堂々とした出で立ちで姿を現した。
 瞬間、航空機形態のムラサメ3機小隊が、2人を追い越していった。進行方向にはタイタニア。ミサイルを
射出ながら突撃し、集中攻撃を行う。しかし、タイタニアはそのミサイルの雨の中をすり抜けるようにして切り
抜けると、デュアル・ビームガンを1発撃って一撃の下に先頭のムラサメを撃墜した。

 

『後続が? ――そのMSに手出しは駄目です!』

 

 キラが必死に叫ぶも、ムラサメはそのままミサイルを撃ちながらタイタニアに直進した。タイタニアもそれに
応えるように突進する。尚も嘲笑うようにミサイルをかわし、すれ違う瞬間、両肩部のサブ・マニピュレーター
が展開し、袖口からビームサーベルを取り出すと、そのまま並列編隊を組む2機のムラサメを同時に斬り捨てた。
 真っ二つにされて流れるムラサメ。程なく熱球へと変わると、その光をバックに純白を逆行で黒く染めた
タイタニアの姿が浮かび上がった。モノアイだけが紅く滲み、まるで悪魔の出で立ちの様に見える。それが
シロッコの本性だろうか。レコアはその男に従っていた過去を思い出し、そぞろに身を震わせた。

 

『落とされた! ――よくもッ!』

 

 ストライク・フリーダムが飛び出した。2丁のビームライフルを交互に速射しながら、タイタニアの懐に
飛び込む。タイタニアがそれを嫌うようにエルボーで突き放すと、ストライク・フリーダムは即座にドラ
グーンを全展開してタイタニアを狙った。
 背中から薄く青白い膜が蝶の羽のように広がり、破格の機動力を発揮する。ドラグーンが牽制となり、
ストライク・フリーダムは両手をビームサーベルに持ち替えて、再度タイタニアへ接近戦を挑む。
 左のビームサーベルを振り上げ、頭部機関砲を撃つ。タイタニアが体捌きでそれをかわすと、デュアル・
ビームガンで迎撃した。するとストライク・フリーダムはビームシールドでそれを防ぎ、右のビームサーベル
を横薙ぎに振るう。タイタニアが左手のビームソードを逆手に持たせてそれを止めると、眩い干渉波の光を
放ち、2機を光の中に隠した。

 

《戦いに身を馴染ませたな? だから迂闊なのだよ》
《迂闊? ……僕がか!》

 

「何?」

 

 脳に、言葉が走った――ように感じた。傍受音声からも同じ会話の内容が聞こえているから、もしかしたら
気のせいなのかも知れない。しかし、レコアの頭に直接響いたようにも聞こえた2人の声は、通信回線独特
のノイズが全く聞こえなかった。それはテレパシーと呼べるものなのだろう。レコアは驚きに目を丸くし、息を
詰まらせた。
 援護のビームを撃つ。タイタニアはストライク・フリーダムのビームサーベルを弾いて身を退かせた。

 

《より、好戦的になったと言える。下劣な品性を磨いて、何とする?》
《僕のアイデンティティは僕が決める! あなたの干渉など!》

 

「また聞こえた! ――これは、カミーユが私に聞かせている事?」

 

 なぜか、カミーユが近くに迫っている事をレコアは分かっていた。ニュータイプとは、いつもこんな風に
声が聞こえていたのだろうか。初めての経験に狼狽するレコアの目の前で、シロッコの優勢は続く。
 タイタニアがファンネルを放出した。ドラグーンよりも遥かに小型でより機敏に動く。展開している8基の
ドラグーンを一瞬にして駆逐すると、その光景に数瞬窮したストライク・フリーダムへと突撃してビーム
ソードを薙いだ。

 

《それで何が出来た? 誰を救えた? 人よりも優れた能力を持つ者には、民を教導する義務がある。
それから逃げた貴様に、自らのアイデンティティを決める資格などあると思ってか》
《僕に本当にそんな力があるのなら、僕のやるべき事はあなたを倒して戦争を終わらせる事です!》
《そうやって自らの敵を排除して得られた偽りの平和の果てに、この戦争が起こったのだよ》
《け、結果論だ! そんな事……ッ!》

 

「キラが呑まれる? ――あぁッ!?」

 

 重ねた刃を撥ね退けられ、少し後退したストライク・フリーダムに、隠し腕がその両肩を掴んでホールド
した。そしてタイタニアはデュアル・ビームガンの砲口をストライク・フリーダムの腹部に突きつけたが、
トリガーを引く素振りは見せなかった。
 それは、いつでもキラを倒せるというシロッコの自信をアピールする行為だろうか。そんな余裕を感じ
取ったのか、キラは咄嗟にサブ・マニピュレーターを振り払ってタイタニアの正面から離脱した。そして
ビームライフルを連射したが、タイタニアにはまるで掠りもしない。あたかも、見えないオーラの様なバリア
で守られているようだった。
 レコアはセイバーを突っ込ませ、タイタニアの横合いから追い捲るようにビームライフルを速射する。
タイタニアはファンネルを戻しながら身を退け、簡単にかわして見せた。
 元々当たるなどとは思っていない。キラの傍からシロッコを遠ざけられただけで十分だ。

 

「大丈夫、キラ!」
『れ、レコアさん……? 駄目です! コイツは危険すぎます!』
「シロッコの言葉に耳を貸しちゃ駄目よ。――そうか、だからカミーユは私に……」

 

 言いかけた時、別方向からの銃撃を受ける。どうやら、シロッコの増援らしい。レーダーに引っ掛かった
のはウインダムとダガーLの混成部隊。セイバーが手負いのストライク・フリーダムを庇いながら迎撃をする。
 その時、タイタニアが反転して先を急ごうとした。何か目的があるのだろうか。ただ、先ほどから感じて
いる嫌な予感が、このまま行かせてしまったら取り返しがつかなくなってしまうと警告していた。

 

「あたしがニュータイプになれたのなら、この勘は信じた方が良さそうだけれど――あっ!」

 

 レコアの不安が伝染したのか、キラが咄嗟にタイタニアを追った。

 

「キラ!? ――シロッコに引き摺られているんだわ、あの子。正気じゃない!」

 

 レコアにはシロッコに対する免疫が出来ているのかもしれない。一度その危険性に染まってしまっていた
が故に、今ではシロッコを冷静に見ていられる。しかし、キラはそうではない。責任を人一倍感じてしまう
ナイーブな性格の彼だからこそ、シロッコの術中に嵌りやすい。カミーユは、そんなキラをサポートさせる
為に2人の会話を聞かせていたのではないだろうかと考えた。
 背部モジュールを両脇に抱え込み、連射性の高いフォルティスで敵部隊を散らす。捨て置くようにダミーを
射出し、それにビームを撃ち込んで爆発させた。中身は閃光弾入りである。炸裂した閃光弾は強烈な光を
発し、その光で眩惑した敵の隙を突いて、セイバーはストライク・フリーダムを追った。

 

《私を追う意味を、分かっているのだろうな?》
《叩くべきは……あなただから!》

 

「向こうか!」

 

 索敵を掛ける必要は無かった。頭に響く声が、独りでにレコアに位置を報せるからだ。
 迷わずカメラを感じ取った方位に向ける。漆黒の中に2つのバーニアの軌跡が絡み合うように多角的機動
を描いて飛び回っていた。凄まじいビームの応酬は、しかし追いかけられている方が優勢に見える。

 

《違うな。貴様は、私に知られたくない何かを隠している。だから、追ってきた。違うか?》
《クッ……》
《私としては、訊く相手は誰でもいい。アスラン=ザラでも、ラクス=クラインでもな》
《くあああぁぁぁッ!》

 

 激しい嗚咽のような嘶きが聞こえる。キラの言葉にならない焦りと憤りが、綯い交ぜになった叫びだった。
 決定的ではないが、シロッコはメサイアの存在に感づき始めている。キラの苦悶を聞いて、更にその予感
を深めただろう。

 

「キラ、しっかりしなさい! ――私が!」

 

 キラはメンタル的に追い詰められている。これ以上放って置けば、何を口走ってしまうか分かった
ものでは無い。
 レコアはアムフォルタスを撃ち、キラとシロッコの戦いの間にセイバーを飛び込ませた。ストライク・
フリーダムが一瞬、驚いたように身を仰け反らせる。

 

『な、何で来ちゃうんですかレコアさん! シロッコは僕が――』
「気をしっかりと持って! そんな事ではあの男の思う壺よ!」

 

 タイタニアが不敵にモノアイを瞬かせた。それはこの世ならざる者の輝き。フォルティスを連射して狙う
も、まるでこちらの心が見透かされているかのようにかわされる。逆にタイタニアのデュアル・ビームガン
から発せられたビームに右モジュールを破壊されてしまう。
 モジュールをパージし、即座にビームライフルを取って体勢を立て直す。シロッコは、レコアを見ていた。

 

『私を刺しに来たか、レコア?』
「お前が、一度でもそんな覚悟を持った事があってか!」

 

 中距離では、一撃が重いだけのアムフォルタスは使えない。ビームライフルとフォルティスの連射で
ビームを散らし、飽和攻撃にてタイタニアに反撃の隙を与えない。しかし、バッテリー機のセイバーは、
撃てば撃つだけエネルギーを消費し、その分だけ稼働時間は短縮されていく。長時間これだけの攻撃を
続ける事は不可能だ。レコアはエネルギーの残量にも気を配らねばならなかった。
 その時、ストライク・フリーダムが瞬時にタイタニアの背後に回り込み、一斉砲撃の構えを取った。まるで
瞬間移動をしたかのような機動力に、レコアの目ではその動きを追いきれなかった。そして、そのキラの
常人ならざる動きが、仇となる。
 シロッコが密かに口の端を上げる。キラの殺気は、背中が感じていた。一方、錯乱しかけているキラに、
それを見抜けるだけの冷静さは皆無だった。

 

「いっけぇッ!」

 

 ドバッと吐き出されるビームライフル、クスィフィアス、カリドゥスの一斉射撃。タイタニアはロール回転し、
ストライク・フリーダムの一斉射撃が襲い来る前に、射線から弾き出される様にして回避行動を取った。
 その瞬間、キラの表情が凍りついた。タイタニアが消えたその向こうに、セイバーが姿を現したからだ。
レコアは普通の人間である。キラの超人的な動きには、まるで反応できていなかった。
 それは、シロッコとの戦いに介入してきたレコアが悪いのか、それともレコアの動きに気を配れなかった
キラが悪いのか。考えるべきではない問いが、一瞬の内にキラの頭の中で堂々巡りを繰り返した。

 

「――あぁッ!」

 

 レコアも何とか回避しようと試みたが、結局、左脚部と右腕を貫かれる。ついでにクスィフィアスの直撃を
受け、大きく後方へ吹き飛ばされた。エネルギーゲージはその瞬間に大きく目盛りを下げ、激しく揺れる
機体にレコアは歯を食いしばって耐える。セイバーがフェイズ・シフト装甲でなかったら、今頃、命は無かった
だろう。
 一方、ストライク・フリーダムは構えたまま、硬直していた。

 

『レコアさん……ぼ、僕は……』

 

 キラの声が震えている。混乱していたとはいえ、危うく味方を殺すところだったのだ。自分の仕出かしたミス
が、信じられなかったのだろう。その初めての経験に恐慌し、キラの錯乱は益々混迷の度合いを深めていた。
 サブモニターに呼び出したキラの表情は、精神病患者のようだった。虚ろな瞳は焦点が定まっておらず、
目に見えて揺れていた。半開きの口は打ち揚げられた魚のように蠕動し、唇からは潤いが消えていた。

 

「うっ!」

 

 操縦桿を握る腕に力を込める。その瞬間、刺す様な鋭い痛みが右脇腹の辺りから迸った。思わずレコアは
呻き声を上げ、目を細める。
 激しい熱を持っている感じがする。恐らくは肋骨の何本かをやってしまったのだろう。クスィフィアスの直撃を
受けた時に、衝撃で強く脇腹をぶつけた事を思い出す。

 

『レコアさん!』
「い、いいのよキラ……。何でもないの、気にしないで……」

 

 気丈に振舞ってみたが、生理現象だけは隠せない。激しい痛みに次々と溢れる冷たい汗は、キラに更なる
不安を与えてしまった。レコアの様子を見て、キラは余計に狼狽するだけだ。
 その時、上方から数発のビームがストライク・フリーダムを襲った。しかし、キラは激しく動揺しながらも
反応し、ビームシールドを展開してそれを防ぐ。それは戦士としての性か、強い生存本能か。身体に染み
付いた危機意識が、条件反射的にキラの身体を動かしたようだ。しかし、反撃をする素振りは見せなかった。
 そんなキラの不甲斐なさに苛立ちながらも、即座に射線元へと視線を上げる。そこに居たタイタニアが、
小ばかにする様にこちらを一瞥したかと思うと、身を翻して何処かへと行き去ろうとする。その不審な行動に、
レコアは眉を顰めた。

 

「背を向けた……? 本気で艦隊へ仕掛けようっての? ――キ、キラ!」

 

 シロッコがザフトの目論見を知りたがっているのは間違いない。そして、先程のキラとのやり取りを鑑みれば、
行き先が後方の艦隊である事に疑いは無い。シロッコを行かせてはならないと判断した。
 タイタニアが駆け出す。レコアはそれを認めると、直ぐにキラへと視線を向けた。

 

「行かせないで! シロッコはエターナルに……クッ!」
『し、しかしレコアさん!』

 

 声を出すだけで怪我に響く。思わず呻いてしまい、それを見かねたキラが駆け寄ろうとした。
 そんな時間は無駄でしかない。レコアは歯を食いしばって痛みを我慢し、モニターの中のキラを睨んだ。

 

「男の子でしょう! 私を怒らせないで! このまま、ラクスを危険に晒すつもりなの!?」
『あ……は、はいッ!』

 

 レコアの剣幕に煽られたのか焦ったのか、即座に青白い軌跡を残してストライク・フリーダムは飛翔した。
その華麗な姿とは裏腹に、キラの歯切れの悪い返事は余りにも頼り無い。あんな状態で大丈夫なのかと、
レコアは心配を募らせる。

 

「大丈夫よ、こんなの――平気なのよ、レコア! あなたは、この程度の痛みで立ち止まってはいけないの!」

 

 痛みを我慢できるかどうかは精神力の問題だと、自らを発奮させるように言い聞かせる。涙を堪え、呼吸を
震わせながら時間の経過と共に増す痛みを抑え込んだ。キラを一人だけで行かせてはならないと感じたから
だ。そして、レコアは噛み合わせた歯を擦り合わせ、ゆっくりとスロットルを開けた。

 
 

 タイタニアが立ちはだかるザフトを薙ぎ倒しながら突き進む。キラがそれに追いつく事は、簡単だった。
 射程距離にタイタニアを捕捉し、背後からビームライフルを撃って足を止める。気付いたタイタニアが
振り返って、忌々しげにモノアイを瞬かせた。――とても不愉快な感じがした。

 

「止めてみせる! 僕の全てを賭けてでも!」

 

 キラの声を聞いて、シロッコはコックピットで鼻を鳴らした。

 

「身命を賭す、か? 笑わせてくれる。それでは賢いとは言えんな、少年!」

 

 タイタニアがファンネルが放出する。圧倒的な火線がキラに向かって降り注ぎ、彼の視界を光のシャワー
で埋め尽くす。鳩尾を拳で押し込まれたような重苦しいプレッシャーを受け、激しい精神的ゆさぶりを受ける。
少しでも気を抜いた瞬間、火線の全てが身を貫く事になるだろう。
 ギリギリに張り詰めた緊張の糸が、キラの精神的な最終防衛ラインを支えていた。光輝溢れる熱線の中を、
ストライク・フリーダムは紙一重で潜り抜けていく。
 ファンネルの砲撃を抜け、ビームライフルで牽制を掛ける。同時に左手にビームサーベルを抜かせ、勢いの
ままに突っ込んだ。タイタニアが反撃のビームを撃つが、ビームシールドで防いでそのままビームサーベルを
振るった。

 

「うおおおぉぉぉッ!」

 

 繋がれた枷から逃れたがっている獣の様な咆哮を上げるキラ。しかし、タイタニアの隠し腕が伸び、斬撃は
いとも容易く受け流される。即座に撃とうとしたビームライフルはタイタニアの左腕に押さえ込まれ、次の瞬間、
キラの瞳にビームサーベルを振り上げる隠し腕が映りこんだ。思わず息を呑み、その光景に視線が釘付けに
される。
 ザザッ――不意に回線のノイズが耳に入った。そして、何故かタイタニアはビームサーベルを振り下ろす
素振りを見せなかった。

 

『こんなナチュラルとコーディネイターの戦争など、下らぬものと思わんか?』
「な、何……!?」

 

 回線から聞こえてきた声。その声に、キラは意識を吸い込まれそうな感覚を抱いた。

 

『貴様には、ポテンシャルがある。私と同等のな。ならば、今からでも遅くない。私に従え』
「従え――何だって!? こんな時に勧誘!?」
『その気があるのなら、私が貴様にその力の正しい使い方を教授してやろう』

 

 その物言いは、本気に聞こえた。しかし、キラにはシロッコをまるで信用できなかった。

 

「何が目的だ! 僕を悪の手先にしようって言うのか!」
『悪だと? ――フフッ!』

 

 その瞬間、タイタニアのモノアイが強い光を放った。それは反逆を決して許さないような、容赦の無い光の
ように思えた。

 

『所詮は、才ある俗物に過ぎんか。さればこそ、そういう輩を生かして置く事は出来んな!』

 

 逆手に握られたビームサーベルが、振り下ろされる。回避する手立ては無い。キラの眉間に皺が寄り、
一層の輝きを増す光の刃を凝視した。万事休す。シロッコの言ったとおり、キラは迂闊だった。接近戦に
於いて、4本の腕が使えるタイタニアに2本の腕しか使えないストライク・フリーダムが敵うわけが無かった。
 その時だった。タイタニアが、突如として眼前から消えた。ふと見えた赤い影。即座に目で追うと、横合い
からタックルをかまされているタイタニアが目に入った。タックルをしているのは――

 

「セイバー!?」

 

 キラは驚きのあまり、身を前に乗り出して目を剥いた。

 

 激しい熱を帯びている。身を焦がすような灼熱だ。それは脇腹から広がり、全身を蝕み始めている。
 最大の加速を掛けてタイタニアにぶつかった。負傷しているレコアに、その衝撃は耐え切れるものでは
なかった。一瞬、気が遠くなりかけ、しかし強靭な精神力がそれをさせなかった。

 

『特攻か!?』
「キラをやらせはしない!」

 

 タイタニアをクッションにして、岩に激突する。そこでも強い衝撃がレコアを襲い、激しい痛みに苦悶の
声を上げた。しかし、耐えてギュッと瞑った目を再び開け、モニターの先のタイタニアを睨み付けた。

 

「あの子は、お前の様にはならない!」

 

 先ほど攻撃をし過ぎたせいで、エネルギーが危険領域に入る。パワーダウンを起こし、セイバーの鮮やか
な赤が化石のような灰色に変わっていく。タイタニアの腕の一薙ぎが、弱体化したセイバーを簡単に引き
剥がした。
 その瞬間を狙っていたストライク・フリーダム。しかし、シロッコはキラに攻撃をさせる前にデュアル・ビーム
ガンで牽制を入れ、そのまま銃口をセイバーへと差し向けた。

 

「愚劣だな、レコア。君は、もっとまともな女だと思っていたのだがな」

 

 1発2発と連続で撃ち放ったビームが、セイバーの左肩と右大腿を貫く。吹き飛んだ左腕と右脚が、キラの
眼前を宇宙を漂うデブリとなって通り過ぎた。

 

「や、止めろ! 止めろおおおぉぉぉッ!」

 

 キラは死に物狂いの形相でセイバーへと向かった。しかし、結局は自らの無力を思い知らされただけだった。
 キラが伸ばしかけた手の先で、セイバーは2発のビームにその身体を貫かれた。

 

「あ…あぁ……!」

 

 パリパリと放電しながら、ボロボロになったセイバーが虚空を舞う。緩やかに回転しながら、それはさながら
人魚が優雅に宇宙を泳いでいるような光景にも見えた。
 ――違う。それはキラの脳が現実から逃避する為に生み出した卑怯な妄想なのだ。耳にザラザラと砂を
噛むようなノイズが聞こえた時、フッと我を取り戻され、改めて認識する現実に愕然とした。

 

『自分を勘違いした人間は、1人のエゴで全てを支配できると考えてしまうものなの……。分かるわね……?
キラには、たくさんの仲間が居る……。シロッコの様な男に、負けては駄目よ……』

 

 耳には、そんなレコアからの忠告ともエールとも取れる言葉だけが残った。
 キラは、腫れ物を触る様に恐る恐る頷いた。慎重さを忘れると、何故かその瞬間にセイバーが消えてしまい
そうな気がしたから。それは、何とか助かって欲しいという、キラの願懸けだった。
 しかし、願いなど儚いものだ。願うだけで誰かが助かるなら、世界はもっと平和だったはず。そういう非情な
現実もあるからこそ、人は戦いを止められないのかも知れない。セイバーが閃光になってキラが心の中の
憎悪を認めた時、不覚にもそんな事を考えてしまった。そしてそんな自分に絶望し、心の中には失意だけが
残された。

 

 ストライク・フリーダムは身動ぎしない。失意に暮れ、コックピットで項垂れているキラの様子を感じ取った
シロッコは、一つ鼻を鳴らした。
 いくら才能があっても、それを行使するに値する絶対的に正しいと思える覚悟が無ければ、結局はこの
程度で終わってしまう。そういう存在は、放置しておいては世界にとって害悪だ。中途半端に暴れられて実害
を及ぼされる前に、排除する必要があると考えた。
 シロッコはデュアル・ビームガンを向けて、ストライク・フリーダムに照準を合わせる。

 

「ム……!」

 

 瞬間、敵の接近を察知する。強いプレッシャーだ。即座に攻撃対象をストライク・フリーダムからプレッシャー
の方に移す。誰が来たのかなど、考えるまでも無い。この下劣な感情を伴ったプレッシャーの持ち主など、
1人しか居ない。

 

「――来たか、カミーユ=ビダン!」

 

 劈くビームの軌跡。攻撃を放ったパイロットの意思を乗せて、シロッコを圧迫する。
 彼方から姿を現したウェイブライダーは、タイタニアの姿を確認した瞬間にMSへと戻った。そして、タイタニア
のデュアル・ビームガンが火を噴くと、それを避けて左手に握らせたビームサーベルを斬りつけてきた。その
斬撃を飛び退いてかわすタイタニアを、Ζガンダムの頭部機関砲が追う。

 

『シロッコ! 貴様、よくもレコアさんを!』
「一時の感情で! ――そこも!」

 

 飛び退いた先に、待ち伏せ。ギャプランが二刀のビームサーベルを構え、振り回す。

 

『お前か、お兄ちゃんの敵は! 嫌いだ、鬱陶しい奴!』
「この女も――! 出来損ないのニュータイプの分際で!」

 

 その斬撃を掻い潜り、2本のサブ・マニピュレーターでギャプランの両腕を肩から切り落とす。そして腕で
ハンマーの様に叩いて殴り飛ばすと、ファンネルで追い討ちを掛けて両脚部を破壊した。

 

 けたたましく鳴り響くアラート。ギャプランのコックピットでロザミアは、今までに無い計器の反応を見て
目を白黒させていた。どうしようもない。スイッチを弄ってみてもまるで反応を示さず、モニターやスクリーン
には「CAUTION」の文字が無数に踊っている。

 

「何なのさ!?」

 

 全天のスクリーンは表示が乱れ、次々と灰色の砂嵐に変わっていく。狼狽して遮二無二に操縦桿を押し
引きしていると、突然前方のハッチが吹き飛んだ。ロザミアが目を丸くして驚いていると、次にシートごと
外に放出された。緊急脱出装置が作動したのだ。ギャプランのダメージは、それほど深刻なものだった。
 ギャプランのコックピットハッチの装甲が炸薬によって吹き飛び、中からロザミアが飛び出す。ギャプラン
は四肢をもがれ、漂うのみになっていた。シロッコはそれを一瞥し、視線をΖガンダムに向ける。警戒は
しているが、仕掛けてくるような気配は感じない。恐らく、ロザミアやキラの事が気になって仕方ないのだ
ろう。それは甘さでしかないと、シロッコは鼻を鳴らす。
 一方で、シロッコの感じている違和感は、益々強くなってきていた。戦いは混戦の具合を強めていると
いうのに、戦場は拡大するどころかコロニー・レーザーの東側に偏っている。その傾向を見る限り、ザフト
が陽動であることには間違いないが、しかし、それにしても本命が未だ見えない。

 

「接触する相手を間違えたか。――私の不覚だと?」

 

 それは苛立っているという事なのだろう。シロッコはその自分の感情を理解し、操縦桿を傾けた。今は
些事に構っている時では無い。タイタニアは反転すると、ザフト艦隊へと進路を取った。

 

 タイタニアが去っていく。カミーユはチラリとロザミアを見やった後、ギャプランに視線を移した。ロザミア
を以ってしてもあっさりと破壊されてしまったギャプランは、コックピットから噴煙を出しながら漂っていた。
爆発の危険性がある。

 

「ロザミィ、こっちへ!」

 

 カミーユはコックピット・ハッチを開き、中から身を乗り出してロザミアに手を伸ばした。ヘルメットの
通信機は故障していないはずだ。それを裏付けるかのように、ロザミアは背中にノーマル・スーツ用の
バーニアを装着してカミーユのところに向かってきた。

 

「レコア、本当にやられちゃったの……?」

 

 その手を掴んで、中に引き入れる。答を示さずとも、ロザミアなら分かっているはずだ。
 カミーユは彼女の不安げな問いに対して無言を貫き、ストライク・フリーダムを見やった。

 

 跡形も無く消えたセイバー。コックピットで操縦桿を握り締めるキラは、激しく肩を震わせていた。
 敵に対する怒りも、当然あった。しかし、何よりも許せなかったのが自分自身だった。レコアを死なせて
しまったのは、自分のせいだ。悔やんでも、悔やみきれない。何故セイバーに誤射をしてしまったのだろう
か、何故もっと冷静にシロッコと戦えなかったのだろうか――そんな後悔だけがキラの脳裏を去来し、自分
の無力を呪った。

 

『キラ!』

 

 カミーユの声が聞こえた。振り向いたΖガンダムの双眸が、キラを和ますように光を滲ませる。彼なりに
気を利かせてくれているのだろう。しかし、キラはそんなカミーユの気遣いに応えてやれるほどの心の余裕
が無かった。

 

「カミーユ……僕は……」
『いいんだ。今はシロッコを追う』

 

 何故だろう。カミーユとレコアは、イレギュラー同士である以上にもっと強い絆で結ばれた関係だと思って
いた。それは、レコアが記者として訪れたオーブでカミーユと再会した時に、あっさりとその職を投げ出して
しまった事からも覗う事が出来る。それなのに、対するこのカミーユのドライとも思える態度は何だろう。
キラは訝しげに眉を顰める。

 

「どうして? だって君は……」

 

 ふと、ふわりとした風に撫でられたような柔らかな感触がして、視線を上げる。幻覚か――ウェイブライダー
に変形するΖガンダムの後ろ姿に、レコアの影が重なる。彼女だけではない、カツもだ。それに――

 

「トールに……フレイもだなんて!」

 

 信じられない光景に、驚きと共に目を見開く。見紛う事は無い、確かに2人の姿だった。
 2人の名を叫んだ瞬間、ウェイブライダーは青白い推進剤の光を伴って加速した。重なる彼等の影は、キラ
を誘うように後ろ手に手を伸ばす。その意図を理解する事に、何故か時間を必要としなかった。キラの脳が、
直感的に事情を理解したからだ。

 

「……分かったよ、みんな。僕もカミーユを信じる」

 

 操縦桿を握る手に力を込めると、パイロット・スーツの手袋がキュッと音を立てる。それは、失くしかけていた
戦う力を再び取り戻した音だった。

 

「このまま――」

 

 顔を上げ、前を見る。動揺を鎮め、代わりに沸き上がる敵への憎悪や憤りは燃える闘志に変える。

 

「――負けたくないんだ……あの男だけには……!」

 

 静かな呟きだった。キラは、シロッコに一度たりとも勝った事など無い。戦いで遭遇した時は、いつも翻弄
されて終わりだった。3度目の正直である今回でも叶わなかった今、最早シロッコに勝利する事など不可能
なのかもしれない。しかし、キラには立ち向かう力がある。
 まだ、終われない。キラは決意を固め、スロットルを全開にして後を追った。

 
 

 敵陣にその身を突っ込ませる事で、混戦でも戦場の拡大を防ぐ。ザフトが最も警戒している事は、敵に
メサイアの動きを察知される事である。だからこうして艦隊ごと敵陣に突っ込ませてザフトの目論見がコロ
ニー・レーザーの奪取にあるように見せかけ、連合軍の注意を引き付ける。
 しかし、それは退路を断った決死の特攻と同じようなものである。連合軍の猛攻を受け、ミネルバも当然の
如く逼迫していた。

 

「後部装甲被弾! トリスタン2番、沈黙!」
「敵MS接近! またあの黒い3匹です!」

 

 クルーの報告に、タリアが舌打ちをする。苦境に自然と身体に力が入り、思わず前のめりになった。

 

「迎撃! ――クッ!?」

 

 大きな揺れがブリッジを襲う。少し腰を浮かしていたタリアは、その煽りを受けてバランスを崩した。
 コンピューター制御のCIWSは敵に掠りもせず、代わりにビーム・キャノンの攻撃を受けてしまった。黒い
3機のMAは、桁外れの機動力でミネルバを翻弄していた。

 

「メーデーの部隊はまだなの!?」
「Mk-供▲ぅ鵐僖襯耕瓩蠅泙后 映像、出します!」

 

 苛立つタリアの傍ら、メイリンが報告する。表示された映像には、ビームライフルで応戦するガンダム
Mk-兇販章咾鮗困こタГ北瓩辰討靴泙辰討い襯ぅ鵐僖襯垢了僂あった。

 

「お、お姉ちゃん!」

 

 口元に手を当て、悲鳴を上げるメイリン。一瞬だけ怯み、職責を忘れてホーク家の次女としての顔に
戻ってしまう。
 その様子を見かねて、アーサーがすかさず受話器を取った。回線を繋いだ先は、MSデッキ。

 

「副長のトラインだ。チェストとブラストのスタンバイ、急ぎで。――そう。タイミングはこちらで出す」

 

 告げると、アーサーは受話器を置いてタリアに振り返った。

 

「デュートリオン・ビームの照射準備、させます。よろしいですね、艦長?」
「任せます。――チェン」
「ハッ」

 

 瞬時の的確な判断が、越権行為であるアーサーの行動にタリアを頷かせる。そのすぐ後、メイリンが
アーサーのフォローに気付いて顔を振り向けた。

 

「も、申し訳ありません、トライン副長」
「戦場である。無駄口は後にせよ」
「は、はいっ!」

 

 メイリンの感謝の言葉を無駄口と切り捨てるアーサー。真剣な横顔は、普段の迂闊な彼とはまるで
正反対の顔つきだった。
 黒いMS――ハンブラビは、ヒット・アンド・アウェイでミネルバに攻撃を仕掛けていた。そのナチュラルとは
思えないような動きを見る限り、情報どおり元ドム・トルーパーのパイロットが乗っていると見て間違い無さ
そうだ。彼女達に遭遇した時、事前に決められた対処法は殲滅である。ラクスも、その条件は呑んでいた。

 

「トリスタン、イゾルデの艦砲射撃は継続。CIWS、エマ機に当てるな」
「艦長、MSデッキからのOK来ました。チェスト・フライヤー、ブラスト・シルエットとも射出準備完了です」
「早いわね。――了解」

 

 再びミネルバへハンブラビが向かってくる。ガンダムMk-兇腰部にマウントしていたハイパーバズーカを
取り出し、散弾で牽制をして攻撃を凌いだ。ハンブラビは先程まで居なかったガンダムMk-兇梁減澆剖辰、
一旦ミネルバを離れていく。
 その間にタリアは考える。これまでの行動パターンから予測すると、彼女達が再攻撃を仕掛けてくるまで
には数分のタイムラグがある。インターバルの時間に規則性が無い為に毎回、神出鬼没であったが、しかし
最低でも3分程度の余裕の確保が見込めるはずである。タリアは頷いた。

 

「次の接触後、インパルスの換装を行う。デュートリオン・ビーム、セット。ミネルバはそれまでインパルスを防御」
「了解しました。Mk-供▲ぅ鵐僖襯抗撞,膨銘。ミネルバは――」

 

 メイリンがインカムを手で押さえながら声を出す。タリアはそれをチラリと見やって、彼女が冷静さを
取り戻したのを確認すると、再び視線を正面に戻した。
 それにしても忌々しいのはハンブラビである。戦いに秀でたコーディネイターであるからこそ、手強い。

 

「厄介な事よ……」

 

 顎を引き、歯を軋ませる。ミネルバの正面には、次のハンブラビの来襲に備えてカートリッジを交換する
ガンダムMk-兇慮紊躬僂あった。

 

 予想以上に動きが速い。反応の早さだけなら、ヤザン以上のものを持っているかもしれない。それが
コーディネイターのアドバンテージなら、ガンダムMk-驚影箸3機の連携を止める事は難しい。それ故に
今のエマに出来る事は、散弾で少しでも攻撃の命中率を上げる事だけだった。

 

「敵はミネルバの弾幕の中でも攻撃を仕掛けられるほどの手練。当てる事は――」
『インパルスが換装に入る! Mk-供』
「了解!」

 

 換装の最中は、インパルスもミネルバも無防備になる瞬間。エマは更にシールド裏に装備してあるカート
リッジを取り出し、交換する。そして、ミネルバに攻撃を加えて通り過ぎていくハンブラビの編隊の背後から、
バズーカの散弾を装填してる分だけ全て撃ち放った。
 拡散する細かい礫を全てかわし切るのは、流石のヒルダ達でも不可能だった。何発かの礫はハンブラビの
装甲にめり込み、コンピューターが損傷を報せる。それは装甲をへこませた程度の傷でしかなかったのだが、
ナチュラルであるエマに攻撃を当てられた事自体がヒルダには腹立たしかった。

 

「セコイ手を――!」

 

 ふと振り返って、気付いた。ミネルバの砲撃が止んでいる。ヒルダ機が翻って反転すると、それに倣って
マーズとヘルベルトも続いた。

 

『どうしたヒルダ? ミネルバを黙らせなけりゃ、エターナルは前に出てきてくれないぞ。いくら俺達でも、
ザフトのど真ん中に仕掛けるのは無理なんだからな』
「気付かないか、マーズ?」
『何が?』

 

 マーズは気付いていないらしい。きょとんとするマーズの顔が表示されているワイプの下に、眼鏡を光ら
せるヘルベルトが顔を見せた。

 

『キャッチした。――インパルスは換装中だぞ』
「フン。あたしらの行動パターンを読んでの事らしいが――」
『ミネルバが無防備と分かれば、ここで仕掛けない手は無い』
「その通りだ、ヘルベルト。分かったね、マーズ?」
『沈められるって事だろ!』

 

 歯を見せてマーズが応えると、ヒルダも口元に笑みを浮かべて操縦桿を引いた。

 

 チェスト・パーツの交換を終え、ブラスト・シルエットへの換装も終えた。後はデュートリオン・ビームに
よるエネルギーの回復を行うだけ。

 

『軸合わせ……完了! デュートリオン・ビーム、照射!』

 

 糸のように細い一筋のレーザー光が、インパルスの額――ブレードアンテナ基部へと伸びる。それと同時
に、ルナマリアの目の前にあるエネルギーゲージの目盛りが、上昇を始めた。ほぼ空の状態であったから、
満タンになるまで多少の時間が掛かるだろう。
 その時、不意にミネルバをビームが襲った。別働隊が抜けてきたのか――射線元へと視線を投げかける。
違う、ハンブラビが再び戻ってきたのだ。

 

「何で!? 早すぎるんじゃないの!?」

 

 インターバルが短すぎる。ハンブラビは予想よりも遥かに短い時間でミネルバに戻ってきた。理由など
分からない。分からないが、現実として再襲撃を受けたミネルバは、衝撃でデュートリオン・ビームが逸れ
てしまい、インパルスのエネルギーは殆ど回復する事ができずに妨害されてしまった。インパルスのエネ
ルギーゲージは申し訳程度の量が回復しただけに過ぎない。これでは、フェイズ・シフトも展開できないし、
ブラスト・シルエットの火力をまともに使う事も出来ない。

 

「こ、こんなんじゃ――」

 

 戦う姿勢だけは見せる。しかし、使えそうなのはミサイルと数発のレールガンだけ。ケルベロスに至って
は、一発撃つだけでエネルギーを使い切ってしまうかも知れない。とてもまともに戦える状態ではなかった。
 再び張られるミネルバの厚い弾幕の中を、ビームを撃ちながら飛び回るハンブラビ。数発が当たり、また
ミネルバの損傷度が上がる。

 

「――やるしか!」

 

 このままではミネルバは撃沈される。メイリンの乗る艦を、好きにさせるわけには行かない。ルナマリア
は必中の心構えでケルベロスの照準を合わせた。
 出し惜しみをして倒せる相手ではない。ハンブラビのパイロットの技量は、3人ともザフトレッドである
自分よりも上である。そういう前提がある以上、彼等がミネルバに攻撃を集中している今、奇襲の狙撃を
掛けるなら一撃必殺の覚悟が必要だ。僅かに回復したエネルギーは、ケルベロスに全て注ぐしかない。
 左右から2つのターゲットマーカーがにじり寄る。それがひとつに重なって1体のハンブラビを範疇に収め
ると、赤く色が変わって「LOCKON」の文字が浮かび上がった。

 

「撃ち時――当たれぇッ!」

 

 クワッと目を見開き、トリガースイッチを押し込む。インパルスが両脇に抱えた2門の砲口から、巨大な
赤と白のプラズマ収束ビームが吐き出された。
 ルナマリアの渾身の一撃――しかし、運命は彼女に味方をしなかった。ハンブラビはケルベロスの発射
直前にルナマリアの殺気に気付き、回避運動を始めていたのだ。ケルベロスの光跡は、ハンブラビの左腕
を消し飛ばしただけだった。

 

「直撃できなかった!? ――ハッ!」

 

 突如、ルナマリアの正面モニターにエイの頭部が映し出された。2つの三日月を上下に向かい合わせた
ようなモノアイ部分から、赤い光が地獄のマグマを思わせる輝きを放った。

 

『マーズなら落とせると思ったか、インパルス?』
「あ、あんた達……」

 

 男の声。冷静さを装っているが、その裏に激しい気性を隠し持っている事が分かる。
 ハンブラビの背部ビーム・キャノンが肩から迫り出す。何の躊躇いも無く撃墜するつもりだ。彼等は
裏切りに何の迷いも持っていない。大人でありながら幼児のような無邪気さを持っているのだ。そんな
彼等の無自覚さは、憤りの対象であると同時に恐怖の対象でもあった。彼等は、目的のためならば
手段は選ばない。何が起ころうとも、目的達成の為には味方すら平気で撃つだろう。――現に、そう
なっているわけだが。
 エネルギー残量はケルベロスを撃った事でほぼゼロ。動く事は出来るが、この状況はそれ以前の
問題だろう。ルナマリアに出来る抵抗は、相手を睨み付ける事だけだった。

 

『アスラン=ザラに従った己の愚を悔いるのだな。奴がこんな無駄な戦いを起こさなければ、少なくとも
お前のような女がこんな所で死ぬ事は無かった』
「ひ、人を裏切って傷付ける人が、そんな事を言うの? 冗談じゃないわ!」
『下衆な小娘が。この期に及んで目先の感情か。そういう先見性の無さが、今日のコーディネイターと
ナチュラルの対立構造を生んだのだ! 自らを変えられぬ者に、コズミック・イラの明日は訪れぬ!』

 

 高説をのたまっているつもりだろうが、中身の伴わない言葉に説得力などあるわけが無い。ヘルベルトの
言葉に、ルナマリアは欠片も同意できる部分が無かった。しかし、自分の生死の決定権を握られていては、
それ以上何も言い返せない。
 ハンブラビのビーム・キャノンの砲口が光を湛える。それを睨みながら、裏切り者の言葉に窮さなければ
ならない情けなさに、唇を噛んだ。それは、軍人としてザフト一筋で戦ってきたルナマリアにとって、屈辱
でしかなかった。

 

「――こんな奴なんかにぃーッ!」

 

 それは、諦めたくないルナマリアの一心が呼び寄せたものだろうか。彼女が悔しさ紛れに雄叫びを上げた
瞬間、突如ハンブラビがお辞儀をした。何事か――ハンブラビが視界から消えると、続けてルナマリアの眼前
を凄まじい勢いで上から下に通り過ぎるガンダムMk-供L椶把匹Δ函▲ンダムMk-兇貿愧罎鯑Г澆弔韻蕕
たハンブラビがあさっての方向にビームを撃っていた。

 

「エ、エマさん!」

 

 ガンダムMk-兇和元のハンブラビを踏み台にして跳躍すると、右肩に担いだハイパーバズーカと左手に
持たせたビームライフルの両方を交互に連射し、他の2機のハンブラビを牽制する。弾数の少ないハイパー
バズーカが早々に弾切れになると、それを投棄して空いた右手にビームサーベルを握らせた。

 

『敵の言葉に耳を貸すのはお止し! 戦場で大儀を振りかざすような輩に、碌な手合いは居なくてよ!』

 

 ガンダムMk-兇敵に対してビームを撃ち続ける。ハンブラビは散開して回避運動に入っていた。
 心臓がかつて無い鼓動の速さを示していた。ルナマリアがパチクリと大きな瞳で瞬きをすると、呼び出し
の通信音が鳴り響く。コンソールのボタンを押して、回線を繋げた。

 

『お姉ちゃん、今の内にミネルバに下がって! もう一度デュー・ビームでチャージを!』
「メイリン……? けど、エマさんが!」

 

 サブモニターに妹の顔。同時にガンダムMk-兇陵融劼眷舛Α6貔錣靴討い詬融劼ら、気が逸る。

 

『落ち着いて! 今のインパルスじゃ、足手纏いになるだけだよ!』
「そんな事! ――で、でも、そうか……その通りか……」

 

 反論しかけて、冷静になる。メイリンの言うとおり、今のインパルスにまともな戦闘能力は無い。このまま
ノコノコと出て行っても、的にされるだけだ。それでは自分にとってもエマにとってもデメリットにしかならない。
 ルナマリアは後ろ髪を引かれながらも、エマが持ち堪えてくれる事を祈りつつインパルスをミネルバに
後退させる。気持ちだけは戦いから離れないようにしようと、気を引き締め直した。

 

 ヒルダ機が、被弾したマーズ機を庇って前に出る。流石に隊長機だけあって他の2人に比べてやや動きが
速い。エマの撃つビームはまるで当たらず、ビームサーベルを振り上げて襲い掛かってくる。エマはそれを
シールドでいなしながら後退し、更にビームライフルで牽制した。

 

『あたし達が碌な手合いでないだと? よくもほざいてくれた!』

 

 しかし、ハンブラビは尚も追随してくる。攻撃に対する反応が、素早い。

 

『貴様もカミーユやキラと同じか! 我々の大儀を理解しようともせず、見掛けだけで人を判断する!』
「何? 恨み節……?」
『ザラ派だったあたし達は、クラインに馴染もうと必死に努力してきた! けど、いくら努力したところで奴ら
はあたし達を癌細胞としか見做さず、決して認めようとしなかった! あたし達の内面を知ろうともせず、
上っ面だけを見て厄介者扱いをしていたんだよ! 志は同じはずなのに!』

 

 よくある話。ある一派から別の一派へと移るという事は、それなりの屈辱を覚悟しなければならない。
それも、落ち目からの転身となれば尚更である。エマの場合はエゥーゴが柔軟で懐の広い(勿論、人手不足
も理由の一つだっただろうが)組織だったから、ティターンズからの転身も寛容な待遇で迎えてもらえて救わ
れたが、ヒルダ達の場合は違ったのだろう。それは巡り合せが悪かったとか、運が無かったとかの話で、
それに同情を寄せる気持ちはある。しかし、彼女の言葉を聞いていると、何かが違うような気がした。
 そんな事を考える傍ら、一方で目線はチラリとミネルバを見る。エマは確認してから、口を開いた。

 

「けど、今さらそれを理由にしたって――!」

 

 目も眩むようなスピードで、ガンダムMk-兇離咫璽爐鬚わすハンブラビ。懐に潜り込まれると、振り上げ
たビームサーベルがガンダムMk-競咫璽爛薀ぅ侫襪鯲消任垢襦

 

『そんな中でも、あの方だけは違った。ラクス様は仰ってくれたんだよ、あたし達が必要だって。嫌な顔一つ
せず、無責任だ弱腰だと散々貶してきたあたし達を、当たり前のように許してくれたんだ!』
「クッ……!」

 

 素早く返される光の刃に、こちらも光の刃を以って対抗する。コックピットの中を明滅する光が広がり、
エマは眩しさの中で細めた目で、再びミネルバを見やった。
 ヒルダは自分の語りに自己陶酔している。他の2機はエマを逃がさないように周囲を飛び交っている。

 

『過ぎるほどに優しい御方だ。その時、あたしは確信したのさ。誰に対してでも分け隔てなく慈しみを与えて
くれるこの御方こそ、妬みと蔑みとが同居するこの争いの世に、最も必要な人物だとね』

 

 エマが一層の険しい瞳でハンブラビを睨む。ヒルダはそれを知ってか知らずか、朗々と言葉を紡ぎだす。
 エマにとっては都合のいい展開だった。インパルスのエネルギーチャージは、順調に行われている。ヒル
ダのような自分の思想に自己陶酔している人間は、打てば打つほどに必要以上の反応を返してくれるもの
だ。そういう相手には、時間稼ぎがやりやすい。エマは更に言葉を引き出すため、口答えを続ける。

 

「だからって、それと裏切るって事は――」
『ラクス様を利用するだけのデュランダルに、コーディネイターそのものを排除しようとするジブリール。
こんな害虫が偉そうな顔をしてのさばっている世の中じゃ、ラクス様の清貧なお人柄では割を食うだけだ。
だから、新たな時代の下準備として、奴ら俗物どもを排除する必要があった。何もかもが上手くいって、
これからって時だったのに……アスランの馬鹿が余計な事を仕出かしてくれたお陰で!』
「デュランダル議長はナチュラルとコーディネイターの融和を訴えていたのに!」
『流石は見せ掛けのヒューマニズムに騙された者の言う事。貴様の様な人の本質を見抜けない人間がのさ
ばっているから、ラクス様のような方を平気で戦争に利用してしまうんだ!』
「それが、ザフトを裏切ってシロッコに所に走った理由なの?」
『ラクス様はやがて救世主となられるお方だ。あの御方は、貴様ら薄汚い俗物どもが好きにして良い御方で
はない。それは、シロッコも同じだ。あの御方は――んッ!?』

 

 ヒルダが何かに気付いたように声を上擦らせると、ハンブラビのモノアイが揺れた。気付かれたのか――
エマは思わず振り返り、インパルスの様子を探り見た。

 

「まずい!」
『貴様はぁ! あたしを利用して、欺いていたのか!』
「自分で勝手に始めた事でしょ!」

 

 激昂するヒルダ。呼応して勢いを増すハンブラビが、力任せに重ねたガンダムMk-兇離咫璽爛機璽戰襪
弾き飛ばす。ハンブラビは更に攻撃の手を緩めずにビームサーベルを振りかざしたが、ガンダムMk-兇僚海
上げた爪先がマニピュレーターにヒットし、ハンブラビのビームサーベルもまた、その手から弾かれた。
 隙を見逃さず、ガンダムMk-兇脇瓜に左マニピュレーターをもう一本のビームサーベルの柄に伸ばす。
しかし、柄を掴もうとした瞬間、左肘をビームで撃ち抜かれる。見上げれば、別のハンブラビがこちらに向かって
発砲をしていた。

 

『小賢しい真似を! ――マーズ、ヘルベルトはインパルスとミネルバを潰せ! 仲間が死ぬところを、
コイツに見せ付けるんだ!』

 

 2機のハンブラビがヒルダの号令に応え、ミネルバへ向かう。

 

「させない!」

 

 インパルスはまだエネルギーチャージが完了していない。阻止しようとエマも追随しようとしたが、背後から
ビーム攻撃を受けて足止めをされてしまう。ヒルダのハンブラビはまるで親の仇でも見ているかのように、
爛々とモノアイを輝かせていた。
 ハンブラビが突っ込んでくる。エマは向き直って後退する。

 

『あたしの大儀を土足で踏みにじった事、死ぬほど後悔させてやる!』
「自分の迂闊を他人の所為にするのではなくてよ!」

 

 凄まじい突進スピード。ヒルダの気迫も相俟って、鬼気迫るものを感じる。しかし、その動きはあまりに
直情的に過ぎた。
 ハンブラビが右腕部のクローを振り上げる。ガンダムMk-兇吠いと錣気襪茲Δ砲靴独瑤啌櫃蝓∪いよく
右腕を振り下ろした。
 その瞬間、後ろ手に伸ばしたガンダムMk-兇離泪縫團絅譟璽拭爾先程弾き飛ばされたビームサーベルの
柄を掴み、ハンブラビが腕を振り下ろすのよりも早く斬り上げた。リーチの差。ガンダムMk-兇離咫璽爛機
ベルが、ハンブラビの右腕を斬り飛ばす。

 

『ナ、ナチュラルなんかにこのあたしがッ!?』

 

 ヒルダが自身で語った事とは矛盾したような叫びに、エマの眉がピクリと動く。謹厳実直な彼女は、その
様なダブルスタンダードは許さない。

 

「あなたの様な人に、理想を語る資格はありません! 反省なさい!」

 

 怒鳴ると、ハンブラビのコックピット付近目掛けて蹴りを叩き込んだ。ハンブラビは吹き飛ぶ。
 エマは急ぎ反転すると、スロットルを全開にしてガンダムMk-兇魏誕させた。
 攻撃を受けるミネルバ。そのダメージは深刻になりつつある。操縦桿を握るエマの手が、硬くなった。

 
 

 迎撃のCIWSが絶え間なく弾幕を張っている。並みのMSであれば、そこへ飛び込むような馬鹿な真似はしな
いだろう。しかし、例外は常に存在する。2機のハンブラビは、その例外の中の一部だった。
 ルナマリアに焦りの色が浮かぶ。エネルギーは満タン手前で打ち切られた。それ以上はハンブラビが待って
くれなかったからだ。

 

「敵はミネルバを盾にする? ――シン、何やってんのよ。ミネルバがピンチなんだよ……!」

 

 チラチラと見え隠れする黒い影。ルナマリアの目でも追いきれない。ミネルバの陰に潜んだり飛び出した
りして、まるで的を絞らせてもらえない。敵は攻撃し放題、こちらは誤射が怖くて迂闊に撃てない。
 状況は圧倒的不利。ミネルバの損傷もそろそろ楽観視できなくなってきた。ジレンマだけが募り、敵を探して
首ばかりが良く回る。このままでは埒が明かないと、徐にインパルスを艦首側面付近へ背中を預けるように
して後退した。

 

「どうすりゃいいっての? このままじゃ――!」
『お姉ちゃん、後ろ!』
「えっ?」

 

 メイリンの声に当てられ、咄嗟に振り返った後方やや斜め上。ちょうど3連砲のイゾルデが備えられている
ところは、既に砲塔が破壊されていて、ひしゃげた無残な鉄屑が不細工なアップリケのようにくっついてい
るだけだった。その影から、ヌゥッと黒いシルエットを覗かせる1機のハンブラビ。黒い尖がり頭に、笑っている
ような一つ目がこちらを見下ろしていた。

 

「しま――」

 

 身構える間もなく、ハンブラビはビームサーベルを掲げて飛び上がった。反転する暇さえ与えてもらえない。
ハンブラビの凶刃が、インパルス目掛けて突き出される。ルナマリアの瞳は、我を忘れたようにそれを凝視して
いた。それは、これ以上の抵抗が無意味と悟った、諦観の目だった。

 

『お姉ちゃああぁぁんッ!』

 

 キュッと目を瞑る。メイリンの悲鳴が耳に痛いほどに響いた。終わった。もう、どうしようもない。
 ――不思議なほど、静かだった。メイリンの悲鳴が聞こえてから、5秒以上経っている筈。しかし、ルナマリア
がいくら待っても、その時がやって来ない。死ぬ時とは案外そういうものなのかも知れないが、どう考えても
おかしかった。

 

『ルナマリア……』

 

 ふと、柔らかな声に呼ばれた。恐る恐る目蓋を上げる。――息を呑んだ。

 

「エマ…さん……!?」

 

 バック・パックからビームサーベルの先端が飛び出していた。それは、ガンダムMk-兇稜愧罅

 

『こ、コイツ……! ヒルダがしくじっただと……!?』

 

 驚愕する男の声。徐にガンダムMk-兇亮蠅インパルスを押した。慣性に流されて離れていく。ザラッと
した砂を噛んだ様な不快なノイズが、通信回線から聞こえてきた。
 隻腕のガンダムMk-兇留ο咾、ハンブラビの下半身を抱くようにして絡みつく。
 振り返るガンダムMk-兇硫4蕁人の瞳に相当するサブカメラが、仄かに緑色の光を湛えた。それは、
見た事も無いような優しい光だった。

 

『シンと、仲良くね……』

 

 エマが言葉を遺すと同時に、損傷部から火が噴き出す。
 そのまま、美しく散る。それは、あっけないほどに一瞬の光を伴って消えていった。

 

「エマさあああぁぁぁん!」

 

 視界が霞む。心の底から湧きあがる感情が、涙となって表れたか。ルナマリアの金切り声が、木霊する。

 
 

 駆け出したヴィーノに気付いたのは、モニターの中のガンダムMk-兇料光が消えてからだった。いつの
間にか隣から消えていた僚友の影を探し、ヨウランは首を回した。

 

「どこへ行くつもりだヴィーノ!? 誰かアイツを止めろ!」

 

 メカニック主任であるマッドの怒鳴り声が耳に入った。同時に視界に入るノーマル・スーツ。両手でライフル
を抱え込むその姿を見て、ヨウランは思い切り壁を蹴った。
 後ろから掴みかかり、制止する。ヘルメットがぐるりと回り、バイザーの奥の横顔がヨウランを睨んだ。

 

「邪魔するな!」
「馬鹿! そんな玩具で、MSと戦えるわけ無いだろ!」
「うるせぇッ!」

 

 暴れるヴィーノを必死に抑える。振り回したライフルのグリップの底が、ヨウランのこめかみに当たった。
鈍い痛みに顔を顰め、思わず離れる。ヴィーノは詫びもせず先を行く。
 グリップの底をぶつけられた辺りが、じんわりと熱くなる。ヨウランは少し俯き、打撲箇所を指で擦ってみた。
そしてその指の腹を確認してみると、血が少し付着していた。

 

「放せぇッ! 放してくれぇッ!」

 

 悲鳴のような声に気付き、顔を上げたヨウランが次に見たのは、複数のメカニックに囲まれ、壁面に押さえ
つけられているヴィーノの姿だった。尚も抵抗していたが、しかし屈強なメカニック達に埋もれてもがくのみ。
ライフルは既に取り上げられていた。

 

「後生だ! 俺は死んでもいい! 仇を討ちたいんだ! 討たせてくれよ! ちくしょおおおぉぉぉ――ッ!」

 

 泣きながら叫ぶ。駆けつけたマッドが人波を掻き分けてヴィーノの所に歩み寄り、ヴィーノの被るヘル
メットを外した。バチン――平手を張る壮絶な音が、密閉されたハンガー内に反響する。そして、拘束から
解放されたヴィーノは、そのまま蹲って慟哭するだけだった。

 

「カツといい、エマさんといい――クソッ!」

 

 呟き、立ち尽くすヨウラン。エマの死に対し、ヴィーノを手伝った彼は深く責任を感じていた。
 メカニックとは、パイロットに対して他のクルー以上に責任を感じてしまう職種だ。それは、彼等が直接
命を預けるマシンに、メカニックは最も深く関わっているからだ。だから、パイロットとメカニックの間には
信頼関係が不可欠だし、それだけに彼らの絆は深い。
 ヨウランも、ヴィーノの気持ちは痛いほどに分かっていた。しかし、どうしようもないのだ。
 ヨウランは拳を振り上げ、力の限り鉄の壁を叩いた。それが、切りの無い「たら」「れば」に対して彼に
出来る、精一杯の抵抗だった。

 
 

 ヘルメットの中に散る涙を、拭っている余裕は無かった。ガンダムMk-兇稜煙の中から、黒い影が飛び
出す。それは両脚を失いながらも生き残ったハンブラビ――ヘルベルト機であった。目撃した瞬間、ルナマ
リアの全身の毛という毛が逆立つ。
 全身の血液が沸騰したように身体が燃え上がる。それは憤りに燃える感情が身体に及ぼした影響だろう。
こみ上げる衝動を抑え切れず、無意識に身体が動く。インパルスが構えたケルベロスとレールガンが、一斉
にヘルベルトに向けて放たれた。

 

「よくも、よくも、よくもぉッ!」

 

 感情任せに、何発も何発も撃つ。燻る遣る瀬無さに、当てる事よりも、とにかく撃つ事だけを考えていた。
しかし、そんな出鱈目な攻撃が自分よりも高度な技術を持ったパイロットに通用するわけが無い。ハンブ
ラビは嘲笑うかのようにヒラリヒラリと舞い踊り、掠りもしなかった。
 手にしたビームサーベルを掲げ、ハンブラビが迫る。ルナマリアは後退したが、機動力では遥かに劣る。
エマを亡き者とした凶刃が次に狙う獲物は、インパルス。激昂したルナマリアは、しかし怯まない、退かない。

 

『Mk-兇僚は道連れを計って犬死に。貴様は貴様で無駄な抵抗を繰り返す。ミネルバの女とは、全く度し
難いな!』
「言いたい事はそれだけかぁッ!」

 

 ヘルベルトの挑発にも敢然と返す。赤服に袖を通す者のプライドに懸けて、エマを殺したこの男にだけは
背を見せてはならない、負けてはならないのだ。
 遠心力を加えられてしなるビーム刃を、潜り抜けるように身を屈ませてかわす。ハンブラビの下に潜り込む
形になり、その腹に一気にタックルをかまして引き剥がした。
 バランスを崩すハンブラビ、すかさずインパルスがケルベロスを構えた。

 

「これで――うあッ!?」

 

 トリガーを押し込む瞬間、背後からの強い衝撃を受けてルナマリアは前のめりにベルトを身体に食い込ま
せた。コンソールモニターにダメージチェックの表示が出て、ブラスト・シルエットに直撃を受けた事を告げら
れる。ルナマリアは舌打ちがてら、すかさず左後方に顔を振り向けた。

 

「別の敵!?」

 

 右腕部を失っているハンブラビが、背中のビーム・キャノンでこちらを狙っている。
 更にそれを確認している内に、間断なく新たな敵の接近を告げる警告音が鳴った。首を回し、今度は
右後方に視線を投げる。

 

「残りの1機まで……!」

 

 そちらからは、左腕を失ったハンブラビ――マーズ機が接近していた。
 ルナマリアの表情に焦燥の色が浮かぶ。いくら気持ちが前のめりになっていても、本能的に感じ取った
危機が一時的にルナマリアの火の点いた感情に冷や水を浴びせる。ふと冷静になった瞬間、頭の中に
「後退」の文字が浮かんだ。
 しかし、何処へ逃げると言うのだろう。一寸、後退する素振りを見せたが、そうはさせじとヒルダのビーム
攻撃が注がれ、動きを阻害された。

 

「敵は、あたしを逃がさないつもりで居る? なら、敵の本命は――」

 

 忌々しげにヒルダ機を睨んでから再び正面へ視線を戻す。マーズ機はビームサーベルを構え、尚も間合い
を詰める。その上、先ほどタックルをかまして追いやっていたヘルベルトまでもが復帰し、いよいよ逃げ場が
無くなった。3方向から取り囲まれている状況であるが、四面楚歌――そう表現しても差し支えない。

 

「囲まれた!?」

 

 まごついている暇は無い。敵が襲い掛かってくる以上、対応するしかないのだ。このまま見す見す命を
奪われてしまうなど、冗談では無い。せめて、一矢報いるチャンスが欲しかった。

 

『左腕をやってくれた礼だ。たっぷりと償ってもらうぜ!』

 

 粗野な声の主は、恐らくはマーズという男のもの。先ほどタックルをした冷淡な声の男が、確かそんな名で
呼んでいた筈だ。確かな事は言えないが、彼の性格がこの粗野な声の通りであれば、付け入る隙はある
かもしれない。自信があるわけではないが、頼れる手段がほかに講じられない以上、今はその曖昧な推測に
縋るしかない。。
 即座にビームジャベリンを取り出し、突きを繰り出す。リーチ差で、こちらの攻撃の方が先に敵に届く。
敵が油断していれば、決定的な一撃になり得るはず。

 

『迂闊、迂闊ぅッ!』

 

 しかし、伸ばした矛先が敵を貫く事は無かった。ハンブラビは信じられないような反応と瞬発力で自機の
軌道を変え、アクロバティックにインパルスの上方に跳ね上がったのだ。

 

「そんな!」

 

 予想以上に高かったパイロット能力。そして、憔悴して切羽詰っているルナマリアとは違って、マーズには
余裕がある。ルナマリアは当然その動きに反応する事が出来ず、突き出したビームジャベリンは虚しく空を
切るだけだった。
 慌てて、顔を上げる。視線の先、ハンブラビの振り上げるビームサーベルの黄金色が、それを見上げる
ルナマリアとインパルスの瞳に映り込む。見下すハンブラビのモノアイが、確信めいた輝きを放った。

 

『終わりだぜ、インパルス!』
『終わりなのは、あんたの方だ』

 

 ――瞬間、敵の通信とは別の回線から、声が響く。ルナマリアの耳に飛び込んできたその声は、彼女の
身体中の神経を一瞬にして伝い、まるで電撃を流されたかのように身震いをさせた。
 同時に、ハンブラビの背中から紅の翼が生える。見覚えのあるその色、形――猛き一対の光翼は、まるで
空想上の天使を思わせる神々しきもののようにルナマリアには見えた。
 ズリッ――途端、ハンブラビの左脇腹に大太刀が斬り込まれた。それは薙ぐ様に横にスライドすると、
ハンブラビの腹を容赦なく両断する。振りぬかれた大太刀は、刃の部分を赤く光らせていた。
 上下2つに分断されたハンブラビは、不規則にモノアイを明滅させた。既に死に体。バチバチと切断された
部分から放電しながら、虚空を舞う。

 

『な、何だ!? どうして俺のハンブラビが真っ二つにされてやがんだ!? どうなってやがる、いつの間に
背後に、誰がこんな事をしやがった!? 一体、俺は――ぐわあ――……ッ』

 

 悲鳴が聞こえると、その瞬間にハンブラビは爆発し、回線は途切れた。その声は、最期まで粗野。マーズ
は自らの敗北の理由を知ることなく、宇宙の闇へと飲み込まれていった。
 霧散する爆煙。その中から現れる影。「それ」は手にしている大太刀を背中にマウントして、代わりに肩から
ビームサーベルを抜き出した。
 大きく広げられた紅の翼は、怒りの象徴だろうか。後ろ姿からは、オーラのような怒気が立ち上っているよう
に見えた。ルナマリアはその姿に畏怖を覚えながらも、ピンチに駆けつけてくれた少年の頼もしさと、エマを
失った悲しさとを綯い交ぜにして、頬と鼻の頭を赤く染めていた。

 

『お前達はルナを虐めたな……!』

 

 確かに聞こえた少年の声が、目の前の光景が夢幻では無い事を意識させてくれた。「運命」の名を冠する
そのMSの登場を、ルナマリアはずっと待っていた。
 思わず気が緩んだ。また、視界が霞む。されど、それは先ほどとは違う種類の涙、安堵の涙だった。

 

「シン……!」

 

 一段と翼が大きくなる。散る粒子が、まるで赤い羽根が抜け落ちているようにも見えた。
 そして、それが突撃の合図。途端に、目も眩むようなスピードでデスティニーが加速した。