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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第63話

Last-modified: 2009-07-27 (月) 18:32:02

『帰還』

 
 

「メサイアの方が、騒がしくなっています!」

 

 ダコスタの叫びに、バルトフェルドが駆け寄った。
 アークエンジェルに収容されたアスラン達は、ブリッジに上がっていた。ダコスタはサイの隣に座り、
アビーはミリアリアをサポートしている。当のアスランはチャンドラの反対の席に腰掛け、火器管制の
サポートを行っていた。

 

「騒がしくなっている?」

 

 バルトフェルドがダコスタの肩越しから画面を覗き込み、訝しげに唸り声を上げた。

 

「――ノズルが一つ止まっちまってるじゃないか!」
「1番ノズルです。メサイアの加速に、鈍りが生じ始めています。――若干ですが」

 

 アスランは即座にCICから情報を呼び出してシミュレートする。そしてコンピューターが弾き出した答え
を確認すると、ダコスタの方に振り返った。

 

「しかし、これならまだ作戦は生きている! メサイアは確実にコロニー・レーザーにクラッシュする!」
「今の所は、そうでしょう」
「どういう事だ?」

 

 含みのあるダコスタの返答に、アスランは眉を顰めた。ダコスタはそんなアスランを一瞥すると、艦橋
正面にスクリーンを呼び出して映像を表示させた。それを見て、アスランは益々眉間に皺を寄せる。

 

「これは……!」
「メサイア方面が賑やかになりすぎているんです。万が一、ノズルを全て止められるとなると、コロニー・
レーザーとの併せ技で――」

 

 スクリーンがシミュレート画面に切り替わる。そして、グラフィックス表示のコロニー・レーザーが同じく
グラフィックス表示のメサイアにレーザーを放った。その結果に、アスランは思わず立ち上がった。

 

「メサイアは外れる……!?」

 

 それは、あたかも未来予知のような悪い予感を喚起させていた。苦渋の声を漏らすアスランの目の前で、
スクリーンの中のメサイアはコロニー・レーザーにぶつかることなく素通りしていく。

 
 

 5つあるメサイアのメインスラスターの内、横に4つ並んでいる1番右のノズルだけが光を失っていた。その
各所では戦闘の光が瞬き、ザフトと連合軍の激しい攻防が行われている。
 メサイア衝突の予定時刻まで、残り40分弱となった。今、眼前にまでメサイアに接近して、改めてその巨大
さを認識する。これがコロニー・レーザーに衝突すれば、確かに潰せるだろう。しかし、これだけの質量の
物体を誘導する事は容易くは無いし、もし進路を変えられたりもしたら、この差し迫った時間で修正を施す
事は不可能だろう。プラントが生き延びる為には、メサイアは必ずコロニー・レーザーに直撃しなければな
らないし、外れる事など以ての外だった。
 しかし、その以ての外の事態が起こりつつある。連合軍がスラスターノズルを潰して、メサイアの加速に
よる勢いを殺し、コロニー・レーザーで物理的衝撃を与える事によってその進路に意図的な狂いを生じさせ
ようと画策しているのである。そして、その中心に居るであろう人物を、カミーユは分かっていた。

 

 メサイアの灰色の岩肌に取り付く。それに這うように沿ってΖガンダムをノズルの付近へ向かわせる。
 突如、正面にウインダムの3機編成が躍り出た。浴びせられるビームをかわし、ビームライフルで迎撃し
ながらその間を駆け抜け、置き去りにする。勿論、敵もΖガンダムを見逃すはずが無く、追撃を掛けられて
背後からのビーム攻撃を受けた。
 ビームは当たる事はなかったが、気が削がれる。手間ではあるが、カミーユは身を翻してシールド裏から
閃光弾を発射して追撃を撒いた。

 

「敵がこんなに出ている。すっかり取り付かれてしまったのか?」
「お兄ちゃん、前、前!」

 

 後方を確認しながら呟くカミーユの肩を、ロザミアの手が叩く。それに応えて首をもたげると、ロザミアは
正面を指差していた。
 閃光弾の光に誘われたか、メサイアの内部から更に5機のウインダムが湧き出てくる。すぐさま迎撃の
体勢を取ったが、5機から一斉に放たれたビームに、さしものカミーユも後退を余儀なくされた。

 

「さっきの奴らも!」

 

 背後から迫る複数の気配に気付く。視線を後方に向ければ、閃光弾で撒いたはずの3機が戦闘の光に
気付いて追いついてきた。これで、合計8機のウインダムが集った事になる。
 前後を挟まれ、咄嗟にメサイアの内部に逃げ込んだ。Ζガンダムに集中するビームがメサイアの岩肌を
砕き、細かい破片が飛散する。
 内部は宇宙戦艦のドックで、MSが十分に飛び回れるだけのスペースがあった。カミーユは迅速に遮蔽物
の陰にΖガンダムを隠し、入り口から侵入してくるウインダムをビームライフルで狙撃する。しかし、メガ粒子
砲と言えどもたった一機の手数では高が知れている。しかも、既にエネルギーパックを一つ消費してしまって
いる今、無駄玉を撃てるだけの余裕が無い。何とか取り囲まれる事態だけは避けられたものの、結局はジリ
貧でしかなかった。

 

「クソッ!」

 

 盾となっている遮蔽物に、攻撃が集中する。ビームが乱れ飛ぶ中、カミーユも隙を見て応戦したが、1機を
撃墜するのがやっとだった。
 これではシロッコを止める事はおろか、この場から動く事すら出来やしない。最悪、このままメサイアと運命
を共にする事になりかねないだろう。それならば、多少のリスクを覚悟した上で、ここを突破するしか講じられ
る手段は無さそうだった。
 ふと、上からビームサーベルで襲い掛かってくるウインダムが居た。カミーユはビームライフルを素早く撃ち、
その右脚を破壊。そのまま跳躍して左手に握らせたビームサーベルで胴を両断し、その勢いを足がかりとして
突破を試みた。

 

「――うッ!?」

 

 いかにスペースの広い艦船ドックとはいえ、壁という制限ラインがある以上、攻撃する方は狙いやすく、攻撃
される方としてはかわしにくい。ウェイブライダーに変形して一気に突破してやろうと目論んでいたが、想像以上
の砲撃の前に突破する事はおろか変形する暇さえ与えてもらえない。
 このまま足止めをされたままで居れば、シロッコに好き放題をされてしまう――焦って髪を掻き毟ったその
時、不意にウインダム達の背後から一条のプラズマ収束ビームが劈いた。それは射線上の3機のウインダム
を纏めて撃墜したかと思うと、突如として現れた白いグフ・イグナイテッドが、スレイヤー・ウィップを振り回し
て更に2機のウインダムを切り裂いた。

 

「味方が来てくれた?」
「知ってる人よ」

 

 ロザミアが言うまでも無く、カミーユには見覚えがある。

 

「ジュール隊の人達か」

 

 残ったウインダムは1体のみ。それまで押せ押せだったそのウインダムも、突然の背後からの襲撃にすっか
り混乱してしまっていた。ヤケクソになって特攻を掛けるそれをグフ・イグナイテッドがテンペストソードで両断
すると、一方でΖガンダムのところへブレイズ・ザクがやってきて接触回線を繋いできた。

 

『Ζ――カミーユ、どこへ向かおうとしていたの!』

 

 シホ=ハーネンフース。ジブラルタル支援作戦の折に一時的にボルテールに厄介になった時に、少しだけ
交流があった。彼女はカミーユがメサイアに居た事に頗る驚いている様子だった。

 

「ノズルの一つは、止まったんだ」
『後退命令は出されているのよ! 軍に居るんなら、上からの命令は厳守でしょう!』
「放っておいたら、メサイアは外れるぞ!」

 

 そういう危機感が、カミーユにはあった。ここで退いてしまえば、必ずメサイアは不発に終わる。そんな予感
がしているから、折角のシホの助言も受け入れる事は出来ない。カミーユには分かっている。災禍の芽は、
まだメサイアに根を下ろしたままだ。
 Ζガンダムは煩わしそうにブレイズ・ザクのマニピュレーターを払い除けた。しかし、納得できないシホの
ブレイズ・ザクがΖガンダムを掴み止めようと腕を伸ばす。

 

『だからって――』
「嫌な奴が残ってんの!」
『え? ロザミィが一緒!? ――なんて人!』

 

 後ろ髪を引っ張られるようなシホの愛想を尽かした言葉を聞きながらも、カミーユはΖガンダムを加速させ
た。途中、グフ・イグナイテッドの頭部が振り向いてモノアイを光らせる。指揮官としては非常に優秀ではある
が、癇癪を持った厄介な男だ。故に、カミーユが加速を緩める事は無い。

 

『――貴様! 後退命令が――』

 

 すれ違いざまに一瞬だけ繋がった回線が、ドップラー効果の如くイザークの声を拾った。カミーユはそれ
すらも振り切って進み、出入り口から外に飛び出した。そして、その付近で警戒行動していたガナー・ザク
が、急遽飛び出してきたΖガンダムに驚いてうっかり砲身を向けてきたが、カミーユはそれにも構わずに
先を急いだ。
 後には、ハッと気付いて砲身を下ろすガナー・ザクが、その後ろ姿を見つめていた。

 

「何だよ、あれ?」

 

 メサイアを離脱する様子は無い。ディアッカは呆気に取られて肩を竦めた。

 

『止むを得ん。俺達は離脱するぞ』

 

 中から顔を見せたグフ・イグナイテッド。イザークが苦虫を噛み潰したような声色でディアッカを促す。

 

「いいのかよ?」
『仕方ないだろ! ――任せるしか』
「チッ……」

 

 シホのブレイズ・ザクも出てくる。3機は編隊を組むと、メサイアを離れていった。

 
 

 ピースメーカー隊の核攻撃によって、1番ノズルは沈黙した。しかし、彼等を総動員しても、一つのノズル
を破壊するのがやっとだった。シロッコは確認の為にノズル付近へ出てきたが、他の4つのノズルは相変わ
らず白い光を吐き続けて、メサイアを加速させている。
 効果は、如何許りか――確認の連絡を取ろうとしたが、電波障害の影響でガーティー・ルーとは繋がら
なかった。シロッコは仕方なしに、タイタニアのコンピューターでメサイアの予想ルートと衝突までの時間を
シミュレートしてみた。

 

「流石に一つだけでは――」

 

 弾き出されたリザルトを確認して、忌々しげに呟く。確かにメサイアの加速は鈍ったが、核の衝撃の分だ
け加速していて、結局は然して大きな狂いを生じさせる事は出来なかった。これでは、コロニー・レーザー
を撃ったところでメサイアとの衝突は不可避である。

 

「侵入に成功した部隊が上手く事を運べば……いや、やはり私も……」

 

 考えるシロッコに、不意にビームが襲った。タイタニアは軽い身のこなしで岩陰に隠れてやり過ごすと、
即座に飛び出して射線元にデュアル・ビームガンを構えた。砲口の先には、スラッシュ・ウィザードのザク・
ウォーリアがビームライフルを構えている。

 

「よくも仕掛けた!」

 

 敵では無い。そのザク・ウォーリアが次弾を発射する前に、シロッコはデュアル・ビームガンを撃つ。ビーム
は見事に敵の砲身を撃ち抜き、破壊した。慌てたザク・ウォーリアは咄嗟に長柄のビームアックスを取り出し
たが、遅い。その間に接近したタイタニアがビームソードを振るい、それを撥ね飛ばした。

 

「効果はあるか知らんが」

 

 サブ・マニピュレーターが、ビームサーベルで正確にコックピットを一突き。ザク・ウォーリアのモノアイの光
が寿命の切れたネオンのように闇に消えると、タイタニアはそのまま2番ノズルに向けて放り投げた。そして、
デュアル・ビームガンでそれを狙撃し、ノズルの根元のところで起爆させる。
 大きな爆煙を伴って、メサイアの岩肌を削る。飛散した岩片がタイタニアにまで飛んできたが、しかしノズル
の火は一向に弱まる気配が無かった。艦船よりも遥かに大きいメサイアのメインノズルである。MS程度の爆発
では、流石に止まる気配は無かった。

 

「やはり、なまじでは駄目か……!」

 

 シロッコの顔に、焦りの色が浮かぶ。気掛かりなのは、今から全ノズルを停止させたとしても微妙なタイ
ミングに差し掛かってきているということ。このままでは、例え全てのノズルを停止してコロニー・レーザー
を撃ち込んだとしても、メサイアの衝突が避けられない恐れが出てきた。
 望み薄であるが、自らもメサイア内部に入り込んで、タイタニアによる直接攻撃によってノズルの制御中
枢を破壊するしか手は無い。しかし、そこをピンポイントで攻撃できれば話は早いのだが、生憎とシロッコ
はメサイアの詳細な情報は持っていない。非常に物臭で泥臭い方法ではあるが、怪しい箇所を手当たり
次第に破壊するしか無さそうだった。

 

「我ながら、賢いやり方では無いかも知れんが――」

 

 そんな贅沢を行っている場合では無い。対策を講じていられる時間があれば別だが、手薬煉を引いている
間にコロニー・レーザーを潰されてしまったら本末転倒である。美学に拘って本分を見失うほど、シロッコは
傲慢では無いつもりだった。

 

「――フン!」

 

 しかも、ノズルの停止だけに拘っている場合でもなくなったらしい。――らしい、というのはシロッコが額の
辺りに疼きを感じたからで、決して目で確認したわけでは無い。しかし、そのシロッコの予感はまるで未来
予知のように現実となる。
 突如、タイタニアを狙うビームが飛来した。シロッコはまるで決められていたかのように後ろへ飛び退き、
そのまま停止した1番ノズルの根元の部分に身を隠した。

 

 その白いMSを目にした時、頭の中が沸騰したかのような気持ちの昂ぶりを感じた。倒すべき敵と認識して
いるからこその、昂ぶりだと思う。そして、同時にそれで全てが終わると確信していた。
 タイタニアの背後からビームを見舞う。しかし、流石に簡単にはやらせてもらえない。タイタニアは素早く
身をかわすと、すぐさま1番ノズルの影に隠れてしまった。

 

「あぁー! ずるっこい!」

 

 舌を鳴らすカミーユに代わって、ロザミアが心の内を代弁してくれた。
 敵が姿を隠したとなれば、網膜に頼る事は出来ない。それこそ、カミーユは自分の直感を信じてシロッコ
の所在を把握しなければならないのだ。しかし、タイタニアにはファンネルという便利な武器がある。自ら姿
を見せずとも、敵を攻撃する手段を持っているのである。それは、Ζガンダムの身一つで挑まなければなら
ないカミーユにとって最大の隘路であった。
 しかし、だからと言って手を拱いていてもシロッコの思う壺である。カミーユは意を決し、Ζガンダムをノズ
ルの根元の部分へと向かわせた。それは、深い暗闇の中に足を踏み入れる事と同義だった。

 

「どこから来るのかな?」
「四方八方からプレッシャーを感じる……」

 

 ロザミアの不安は分かる。ひりひりと焼け付くようなプレッシャーを、身体中で感じていたから。
 ノズルの根元の部分まで下降し、そろりそろりと警戒しながら行く。ピリッとした、痛みの様な感覚がした。
次の瞬間、不意に右の方で爆発が起こる。即座に顔を振り向けた。

 

「そこか!」

 

 操縦桿を傾け、方向転換してスロットルを開く。両手で抱え込むように保持したビームライフルを構えな
がら、感じた方向へ急行する。

 

「何ッ!?」

 

 仰天して、思わず制動を掛けた。辿り着いた場所に、タイタニアの姿は無かったのである。そこに浮かん
でいたのは、注射器の形をした小型ビット――ファンネルが一基のみだった。
 カミーユはファンネルの攻撃をシールドで防ぎ、ビームライフルを連射してそれを撃墜する。そして目線
を上下左右に走らせ、ファンネル以外の影を探した。

 

「ビットが、シロッコの気配を持つ……!?」

 

 それは敏感すぎるカミーユの感性が招いた、皮肉な巡りあわせだった。ファンネルが放つ微弱な思惟に
対しても、それがシロッコそのものであると勘違いしてしまうほどの敏感さが仇となったのだ。
 シロッコは、そういうカミーユのニュータイプとしての能力の高さというものを認めていた。強いプレッシャー
に、高い感応力――それらが、ある意味で自分が踏み込めない領域にある事を知っていた。しかし、だから
と言ってその能力の高さがニュータイプとしての究極である事を、シロッコは認めていなかった。その力は
使いこなしてこそ、意味を持つ――カミーユにとって決定的に欠けている要素は、新人類としての自覚や
覚悟が無い事にあると確信していた。そして、そんなカミーユは宝の持ち腐れであり、ニュータイプの力を
有するに不相応であるとシロッコは断じる。
 だから、こういう単純なトラップにも引っ掛かる。力の制御も出来ない未熟者だから、ファンネルと本体の
気配の違いも見分けられないのだ。

 

「それが貴様の限界だ!」

 

 背後から躍り掛かるタイタニア。Ζガンダムが振り返ってビームライフルを撃ったが、シロッコはそれを
かわして喉元の辺りにエルボーを叩き込む。
 しかし、浅い。まともに決まっていれば頭部センサー系統くらいは殺せただろうが、シロッコが見たΖガ
ンダムの装甲のへこみ具合は、内部にダメージが入っていない事を教えていた。
 タイタニアの奇襲に咄嗟に反応できたのは、それもカミーユの持つ勘の鋭さゆえだった。もし、そうで
無かったなら、今頃シロッコの目論見どおりΖガンダムは目を失っていた事だろう。
 何とかダメージを最小限に抑えた。カミーユは衝撃で浮き上がったロザミアを手で繋ぎ止める傍らで、
絶妙なタッチでペダルを3回ほど踏み、バランスを崩したΖガンダムを奇麗に立ち直らせた。

 

「えぇい、嵌められた! ――ロザミィ!」

 

 カミーユは臍を噛みつつも、浮き上がったロザミアを手繰り寄せる。
 再びシートにしがみ付いたロザミアが、何かに気付いて上を見た。

 

「まだ来る!」
「え?」

 

 ウゾゾッと群がるようにファンネルが襲い掛かってくる。集団で集る様は、まるでピラニアのようだ。その
獰猛さは、シロッコの隠された本性の断片なのかも知れない。
 カミーユは1番ノズルや岩陰を上手く利用してファンネルをやり過ごした。しかし、間断無く弾丸のような
加速でタイタニアが急襲してくる。ビームライフルで抵抗したが、瞬く間に間合いを詰められた。そして、
これ見よがしに振り上げられたビームソードが、カミーユの瞳に映り込む。

 

「危ない!」

 

 その時、咄嗟にロザミアが操縦桿をカミーユの右手ごと掴み、思い切り奥に押し込んだ。
 瞬間、Ζガンダムは突風に煽られたように跳ね上がった。お陰でタイタニアの斬撃は空振りし、Ζガンダム
もあらぬ方向へ吹っ飛んでいった。
 それはロザミアが咄嗟に行った事で、カミーユは当然、予期していなかった出来事。機体を制御する事も
出来ず、そのまま背中からノズルに激突してしまった。

 

「失敗しちゃったぁ!」
「い、いや……命拾いをした!」

 

 衝撃に顔を顰める。しかし、そのロザミアの咄嗟の行動が無ければ、斬られていた。だから、彼女が反省
する理由など無い。カミーユは軽く手を上げてロザミアを諌めた。

 

「ん――うわっ!」

 

 気付いて、思わず声を上げる。ロザミアにかまけている場合ではなかった。休む間も無く、タイタニアが
斬り掛かって来たのだ。慌てて操縦桿を握り直し、構える。
 内臓まで押し潰されているような強烈な圧迫感だった。あっという間に再びタイタニアの接近を許してしま
うと、激しい衝撃がコックピットの2人を襲った。

 

「クッ…ぅ……ッ!」

 

 辛うじてロング・ビームサーベルで受け止めた。コックピットの2人は、ビーム刃同士の干渉による激しい
光に包まれる。Ζガンダムは、強力なパワーに押し込まれて身動きを封じられた。
 それをシロッコの執念の力と取るかは、カミーユの匙加減一つだったのかも知れない。しかし、カミーユ
には目の前に敢然と立ち塞がるタイタニアの姿が、シロッコの怨念や妄執そのものが具現化したかのような
ものに見えていた。
 シロッコもカミーユも、戦争の終結という観点から見れば目指す所は同じだ。しかし、その意味は180度反対
であると言っても差支えが無い。彼等2人にとって、平和という単語が持つ意味がまるで違うのである。
 思い起こされるのは、グリプス2の劇場跡での一幕。シロッコ、ハマーン、クワトロの3人がそれぞれに思想
をぶつけ合う中、シロッコは本音を吐露した。
 常に世の中を動かしてきたのは、一握りの天才だ――カミーユは、それを真っ向から否定した。

 

「あなたは――」

 

 しかし、そんな事は今はどうでもいい。それ以前に、カミーユにはシロッコに言いたい事があった。
 タイタニアのモノアイが瞬く。眩惑されそうな光の中でも、ハッキリと分かる赤を煌々と宿していた。それは、
漏れ出た頑ななシロッコの執念の象徴のようにも感じられた。

 

「いつまでも、ここに居座るつもりで!」
『うん?』

 

 Ζガンダムが、一瞬だけ赤い光を帯びた。シロッコがその光に一寸、気を取られた瞬間、Ζガンダムが押し
返してビームソードを弾いた。そしてバルカンでタイタニアを牽制する間にビームライフルのモードを通常に
戻して、すぐさま構える。

 

「余所者である僕達は、この世界に対してもっと誠実でなくてはいけなかったんです! それなのにあなたは、
その傲慢でナチュラルとコーディネイターの憎悪までも利用し、世界に混乱を拡げてしまった!」
『戯言を! 反骨の子供が感傷でモノを口にするのか?』
「悪い事してるって、思わないんですか!」

 

 タイタニアの撃ったビームがΖガンダムの右肩を掠める。少し掠ったらしく、粉のような火花が散った。
カミーユは目を細め、相容れない「相手」の姿を睨みつける。

 

『いつの世も、歴史は定められし人間の手によって紡がれてきた。私は、そういう事をしている!』
「地球は、1人の力では持ち上がらないでしょう! それを認められないから、あなたは!」

 

 すかさず、反撃をお見舞いする。しかし、カミーユの撃ったビームはタイタニアに掠りすらせず、メサイア
の岩肌を無駄に砕いただけ。それが、カミーユとシロッコの力の差だった。
 シロッコは他人を認めようとする謙虚さを持たない。それ故に他人からの干渉を極端に嫌い、現実的には
孤独だ。彼はそうやって生きてきたのだろうし、そういう生き方がベストだと確信していたのだろう。だから、
誰の言葉も聞き入れないし、勿論カミーユの言う事も理解しようとしない。
 そういう「相手」に対して、どうすれば良いのだろうか――しかし、今という状況にあっては叩かねばならな
い時。それは、ここでシロッコを止めなければならないと言う使命感に似た想いである。カミーユは、その
想いに駆られていた。
 タイタニアは、4基程度の足止めのファンネルを残して姿を眩ました。すかさずカミーユはファンネルの
砲撃の中を掻い潜って、それを追う。切羽詰ったような、焦燥感があった。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 シートにしがみ付きながら、ロザミアはカミーユに起こりつつある異変に気付いていた。それは、敏感な
彼女だからこそ感じ取れた異変だろう。普通の感性を持つ人間では、まず気付かない。
 カミーユの顔にはびっしりと汗が浮かんでいた。苦境に立たされている事と、シロッコの強烈なプレッシャー
を浴び続けている事が重なったが故だろう。普段はカミーユの傍に居ると安らぎを感じるロザミアも圧迫感
というものは感じているし、それ故にカミーユが感じる苛立ちというものも分かる。しかし、彼女が感じた異変
は、そういう事ではなかった。
 もっと、観念的なものだろう。ロザミアにはそれを言葉で言い表す事は出来ないが、カミーユに何かが集い
つつあるという事だけは理解できた。それは力となるようなものなのかも知れないが、本質的には敵を討ち
滅ぼすような類のものでは無いと感じる。そして、得体が知れないと言えば恐ろしいもののように思えるが、
しかし、ロザミアは何故かそこから暖かな空気を感じた。とても優しいと思えたのだ。
 その感じ方が、果たして正しいのかどうかさえ知れない。ただ、その集いつつある何かは、カミーユを求め、
或いは力を貸そうとしているようではあった。

 

「誰? お…兄…ちゃん……?」

 

 それは、不意に口を突いて出てきた言葉だった。不思議な感覚に包まれたロザミアは、「誰か」を呼んだ。

 
 

 それは、彼等の人生観すら変えてしまうような衝撃的な感覚だった。最初はゾクリとする背筋の悪寒を
感じたものの、それは直ぐに立ち消え、次第に暖かな毛布に包まれているような空気を感じた。
 五感で把握することでは無い。それは第六感的な閃きに似た印象だった。脳の神経に直接触れるような、
抽象的でありながらも具象的であるという、矛盾した感覚。しかし、2人はそれを恐れたりはしなかった。

 

 キラがそれを感じ取ったのは、既にメサイアが目と鼻の先にまで迫った時だった。オーブでカミーユの声に
導かれた時よりも、もっと観念的であり、しかし、具体性は無くとも何故か瞬時に理解できる不思議があった。

 

「フレイ……トール……? 僕を呼びに来たの?」

 

 キラを促している事は確かだった。そして、特定の場所に導こうとしている。

 

「――カツ!」

 

 不意にイメージの中に浮かび上がった。警告――キラは即座に注意を後方に向けて、ストライク・フリー
ダムを反転させた。

 

「レコアさん? ――そういう事か!」

 

 存在を教えてくれている。ビームライフルを向けた先には、艦船か何かの残骸である巨大な鉄板が漂って
いるのみ。しかし、キラは迷い無くそれを狙撃した。
 ビームが鉄板を貫く。手応えあり――すると、鉄板の裏から剥がれる様にして一体のストライク・ダガーが
姿を現した。しかし、それは既にコックピットを貫かれていて、MSとしては死んだも同然であった。そして、
その手には長距離狙撃用にアグニが握られていた。つまりは、そういう力が宿ったという事である。

 

「カミーユを感じる……まだシロッコと接触できていないのか?」

 

 1番ノズルが停止したという報告は受けている。メサイアはいよいよコロニー・レーザーに迫り、衝突の時ま
でいま少しという時間になってきている。
 焦燥感というか、ハラハラする気持ちがキラの胸で早鐘を鳴らしていた。そして、恐らく最後になるであろう
シロッコとの決戦の時も迫っているように感じる。そういう緊張を和らげるように、キラを取り囲む感覚は、彼
に優しかった。
 今は進む時。ストライク・フリーダムは遂にメサイアに辿り着き、その岩肌を滑るように目標地点に急いだ。

 

 時を同じくして、同じ感覚を味わうもう1人の男が、別の場所に居た。

 

 シンのメサイアまでの道程には、まだ少し距離がある。敵と交戦するとき以外は操縦桿のスロットルは常に
一番奥に押し込んだままで、それを固く握る手がシンの逸る気持ちを如実に示していた。そんな中で感じた
違和感――シンにとっては、ジブラルタル基地でデストロイと対峙したとき以来の感覚だった。

 

「コニールに――マユだってのか、これが!?」

 

 あの時と同じ、具体的な言葉は無いのに何故か分かってしまう矛盾した感覚。しかし、そこに不信感は
無かったし、勿論、恐れたりもしなかった。ただ、シンの単純な激情は逸る気持ちに拍車を掛け、いま少し
あるメサイアまでの道程に苛立つ気持ちは消しきることはできなかった。
 そういうところがシンの持つ「らしさ」とも言えるし、それが強さへの貪欲に繋がり、彼をここまでの戦士に
至らせた。しかし、その自信は、時に彼を陥れる落とし穴になるのかも知れない。

 

「エマさんの言う事も分かるけどぉッ!」

 

 鞭は必要だ。窘める事で、少しでもその落とし穴の幅を狭められれば良いと思う。
 行く手に、2体のウインダムが立ち塞がる。シンはビームライフルで牽制しながら、一切の減速をせずに
その2体に向かって突っ込んだ。当然、攻撃は受ける。しかし、シンに――デスティニーに抜かりなど無い。
絶対的な防御力を誇る光の盾が、その両手甲に備わっているからだ。
 淡い青い膜が、マニピュレーターの甲から広がる。それはウインダムの撃つビームを、あたかも水を弾く
ように防いだ。スピードは勿論、緩めない。そのまま2体の間に入り込むように突撃した。
 両腕を引き絞る。そして両手でそれぞれのウインダムの腹部に掌底を叩き込むと、パルマ・フィオキーナ
で一気に撃破した。

 

「トダカさん……? ――そっちか!」

 

 雄々しく猛る。敵に立ち向かおうという激情は、シンの何よりもの力だ。それを後押しして、更に力を発揮
させるように、その感覚は作用していた。それは、彼を「解っている」からこその事である。
 デスティニーはその狂おしいまでに美しい翼を広げ、光の軌跡を残して飛翔した。

 
 

 継続的な振動が起こっていた。メサイア内部は、まるで占拠されているかのように多数の連合軍MSが入り
込んでいた。それらは当り構わずに破壊行為をしており、カミーユが内部に入った時には、既に見るも無残
な光景に変わり果てていた。
 狙いは、ノズルの制御中枢の破壊で間違いないだろう。粉塵と残骸が舞う中、破壊行為に躍起になってい
るウインダムに向けて、カミーユはビームライフルで攻撃した。

 

「いっぱい出てきたぁ!」
「ロザミィは、しっかり掴まっているんだ! このまま突っ込む!」

 

 ビームがウインダムに直撃し、爆散した。その爆発を皮切りとして、奥の方から湧き出るように多数のウイ
ンダムが姿を現す。数など、数える気は無かった。ウインダムの爆散によって視界が更に悪くなると、そこ
からはカミーユの独壇場だった。
 確かに、視界は悪い。カミーユにとっても、お世辞にも良い環境であるとは言えない。しかし、カミーユの
方が連合兵よりも遥かにハッキリと敵の姿が見えていた。
 「それ」は、網膜に映ることは無い。「それ」は、視覚が得た情報が脳で処理されている時に、後付けで加味
されるものだからだ。カミーユには、敵対する意思の塊と呼べるものが、見えて(把握できて)いた。
 ビームライフルで進路上の敵を排除しつつ、Ζガンダムは視界が煙る中を突き進む。ウインダムは微かな
バーニアの光を頼りにΖガンダムを攻撃したが、それが命中する事はなかった。

 

「へへん! 見たか、お兄ちゃんの力を! 一昨日きやがれってのよ、ベぇーッ!」

 

 ロザミアは置き去りにしたウインダムの集団を振り返って、舌を出していた。
 そんな風にして鼻を高くしているロザミアの一方、カミーユはしっかりとその波動の行方を追跡している。

 

「気配が近い……? キャッチできるのか?」

 

 いよいよ気が抜けない空気を感じた。通路は手当たり次第に破壊され尽くしていて、MSが侵入できないよ
うな狭い分岐路に対してもビームが撃ち込まれた形跡がある。その、要領の悪い手口であったり雑な破壊の
痕跡から、シロッコにも余裕が無い事が覗えた。
 焦っているのは、シロッコも同じだ。細かい振動は尚も続いており、緩いカーブが続く通路の先からは明滅
する光と飛散する金属片が埃と共に舞っていた。

 

「――居るな!」

 

 シロッコの波動が強く感じられる。カミーユは操縦桿のスロットルを限界まで手前に引き、一気にΖガンダム
に最大加速を掛けた。

 

 その背後から迫るプレッシャーを、シロッコは感じていた。しつこい追跡者には、呆れるばかりだ。しかし、
鬱陶しくてもそれにかまけていられる時間が無いのが、今のシロッコの置かれた状況であった。
 背後を振り返って足を止めている場合では無い。再び足止め用に数基のファンネルを差し向け、シロッコ
は先を急いだ。

 

「外の様子は見えんな――えぇい!」

 

 勘が頼りでしかなかったが、怪しい箇所は全て潰した。出口はもう直ぐそこまで迫っている。現在、ノズル
がどうなっているのかは、電波障害のお陰で全く把握する事が出来ない。様子を知りたくてヤキモキする
気持ちはあっても、今は天の采配に全てを任せるしかないのがシロッコの現状だった。

 

「ん……出口か!」

 

 まるで拒むものが無いかのように大きく開いた出口。その先に、コロニー・レーザーの影が見える。その
発射口から煌々と漏れ出る光が、エネルギー・チャージが完了寸前である事を教えていた。
 しかし、背後から迫るプレッシャーは益々その勢いを加速させている。タイタニアは脱出寸前で身を翻し、
デュアル・ビームガンで出口を塞ぐようにビームを撃ち込んでから飛び出した。

 

「どうなっている、ガーティー・ルー!」

 

 メサイアはコロニー・レーザーに接近している。連合軍にも撤退命令が出されているとは言え、コロニー・
レーザーのコントロール艦であるガーティー・ルーはその付近に留まり、タイタニアとの距離も接近している
はずである。
 シロッコはすかさず通信回線を回したが、耳に聞こえてきたのは酷い電波ノイズだけだった。

 

「電波障害の影響が消えない? ――いや、来たか!」

 

 辛うじてガーティー・ルーからの画像が送られてくる。シロッコは即座にそれを表示した。

 

「何ぃ? ――おお!」

 

 ブロックノイズが酷くて、最早メサイアの形もへったくれも無いような粗末な画像だったが、何とかノズル光
だけは確認できた。それは、シロッコの表情を確信の笑みへと変貌させた。

 
 

「――止められた!?」

 

 アスランは驚きのあまり立ち上がり、不覚にも無重力の中でバランスを失ってしまった。
 プラント出身のアスランは、軍での訓練もあり、無重力下での身体の制御は骨身に沁みるまでに叩き込ま
れていた。そうでなくとも、普通の宇宙生まれは自然と無重力の中でのバランス感覚を養うものである。そん
な彼が地球上がりの素人のようにバランスを崩してしまったのは、それだけ受けた衝撃が大きかったからだった。

 

「ノズルから光が見えないって――本当なのか!?」

 

 無様に姿勢制御を行おうとするアスランの手を取り、ダコスタが自分の所まで引き寄せた。アスランは取り
繕う時の癖のように髪をかき上げると、席に腰掛けるダコスタの背後からスクリーンの映像を見上げた。
 愕然とさせられた。スクリーンに映るメサイアは少しずつコロニー・レーザーに迫っているというのに、その
ノズルの全てはすっかりと光を失くしてしまっている。

 

「ボルテールからです。信じられませんけど――」

 

 嘘だと思いたかった。しかし、それは厳然としてそこにある事実で、アスランには変えようが無い。もう、
メサイアはコロニー・レーザーの直ぐそこまで迫っているのに、ここに至っての致命的な打撃。安堵しか
けていたアスランを絶望させるには十分な画像だった。

 

「すぐにシミュレートし直してくれ! 時間的な背景も考慮して――」
「アスラン、ミネルバだ!」
「何……?」

 

 バルトフェルドの声に促されて反対側を見やると、そこにはいつの間にか合流していたミネルバがあった。
アスランはすぐさまミリアリアの所に上がり、差し出されたインカムを受け取って耳に当てる。

 

「何か! ――ん? まだ出しちゃいない。――そうだ、これから――何だって!?」

 

 見守るミリアリアの前で、アスランの表情が変化した。

 

「そうなのか! ――い、いや、分かった。アークエンジェルはギリギリだ。レイを連れて、逃げ遅れている
味方の後退支援をしてくれ。――ん、タリア艦長によろしく頼む」

 

 アスランはそう言うと、ミリアリアの手元のコンソール・パネルを弄ってチャンネルを変えた。

 

「レイ、聞こえているな。君はミネルバと行け。――大丈夫だ。アークエンジェルは先に現宙域を離脱する」

 

 ミリアリアにインカムを返却すると、アスランは徐にブリッジの中央に降り立った。レジェンドは双眸を光ら
せてアークエンジェルからの離脱の合図を送ると、転進して離れ行くミネルバに随伴していった。
 アスランの額には、汗が浮かんでいた。じりじりとひり付く様な空気を感じ、胃が痛くなるような思いを味わっ
ているのだろう。しかし、毅然とした姿勢を崩さないのはザフトの最高指揮権を持つ者としての責任の表れで
ある。そして、その口元には希望的観測に縋るような微かな笑みが浮かべられていた。

 
 

 全てのノズルが停止した今、コロニー・レーザーを撃ち込む事によってメサイアが衝突コースを外れる事が
確定的になった――筈だった。これがまさかのぬか喜びに終わる事になるなど、シロッコの性格では想像でき
なかっただろう。
 懸念が、的中してしまったのだ。確かに全ノズルは停止し、メサイアの加速は著しく鈍った。そこに可能なだけ
出力を高めたコロニー・レーザーを叩き込めば、全ては上手くいっていたかもしれない。しかし、ノズルの停止は
遅すぎたのだ。

 

「確率は五分五分か……!」

 

 珍しく歯噛みするシロッコは、タイタニアで計算した結果を見つめて忌々しげに呟いた。
 ノズルの停止が遅れた分、メサイアは予想以上にコロニー・レーザーに近付き過ぎていた。そして、その計算
の狂いにより、必要出力のチャージ完了時刻が、メサイアの衝突回避可能ラインである時刻から僅かであるが
遅れる事となった。その結果、予測不能の事態も含めたコンピューターが弾き出した答は、どっちつかずの50%
であった。

 

「しかし、賭けてみるしかあるまい。あと15分強か――」

 

 衝突予定時刻まで、あと僅か。メサイアはコロニー・レーザーの眼前にまで迫っており、うかうかしていれ
ばシロッコも大破壊に巻き込まれかねない。
 最早、運を天に任せるしかない。そういう不確かなものに頼らざるを得ない自分が、醜態を晒しているよう
で、滑稽に感じられた。

 

「無様な……!」

 

 自らの恥を隠すように、既に用済みとなったメサイアに背を向ける。後は、事の成り行きを見守るしかない。

 

「ん……プレッシャーだと?」

 

 メサイアを離脱しようとした時、不意にピリッとした疼きがした。しかし、それはカミーユのものでは無い。
別の人間、それも複数感じられる。ニュータイプと同じ波動を持つ人間が、この世界に多く存在している
はずが無いのだが――シロッコは怪訝に眉を顰めて、プレッシャーを感じる方向に視線を投げた。

 

「――何だと!?」

 

 プラズマ収束ビームがタイタニアを襲う。それはタイタニアを掠めて、メサイアの岩肌を派手に砕いた。
 見上げた先――そこに敢然と立っていたのは、ストライク・フリーダムだった。

 

「しかし、この感覚――奴1人だけのものでは無い……?」

 

 それはシロッコに理解できるはずも無い感覚だった。本質的に孤独なシロッコには、キラを取り巻く意思の
力を認める事が出来ないのだ。だから、その信じられない現実に直面して、初めてシロッコはキラに驚愕さ
せられた。
 身体が、拒否反応を起こしているかのように強張る。似たような感触を、以前のカミーユから感じた事がある。
その時に聞こえた女性の幻聴の記憶が、自然とシロッコに警戒心を喚起させているのだろう。
 しかし、いくら相手が未知の力を発揮していても、恐れる事は無い。なぜなら、ストライク・フリーダムは既に
その豊富な火器の大半を失ってしまっているのだから。見掛け倒しの威嚇に当てられて冷静さを失うほど、
シロッコは単純では無い。

 

「愚かな!」

 

 果敢にも、ストライク・フリーダムは自らタイタニアに挑みかかって来た。それは無謀と呼べるものだろう。
何度も苦杯を舐めさせてやったのに、キラという男には学習するという能力が備わっていないらしい。シロッコ
はキラの出生の秘密を知っているが、これではカミーユと同じ宝の持ち腐れだ。

 

「貴様も、所詮は出来損ないのコーディネイターだったな!」

 

 ビームライフルで迫撃してくるストライク・フリーダム。シロッコは罵りながら、それをかわす。
 しかし、腕を一本失っているとはいえ、流石は伝説に刻まれるだけの腕を持っている。射撃の正確さは、思った
よりも容易ではなかった。――あくまでも、「思ったよりも」である。

 

「その能力を、もっと有意義に使うことが出来たなら、完全であったものを――」

 

 独楽鼠のような身のこなしでビームをかわしながら背後に回りこむと、その巨体でタックルをかましてメサイア
の岩肌に叩き付けた。そして、そのまま両脚で挟み込むように上に圧し掛かると、ビームソードを突きつけた。

 

「それでは、ジョージ=グレンにはなれん。完璧なコーディネイターとして生まれてきた意味が無かろう」

 

 今さらストライク・フリーダムの1機程度、一蹴できる事など火を見るよりも明らかだった。
 もう、キラにも興味が失せた。これ以上放置しておいても邪魔になるだけだし、そろそろ終わらせるべき
だ――シロッコがそう考えていた時、頭部を振り向けたストライク・フリーダムの双眸が、黄金色の光を
湛えた。

 

『出来損ない、完全、完璧――』

 

 耳に接触回線が繋がった時のノイズが走る。シロッコは片側の眉をピクッと吊り上げた。

 

『あなたはシビアな人だ。けど、人はどう足掻いても完全無欠になることなんて出来やしない。だから、
人は他人(ひと)に完璧を求めちゃいけないんです!』

 

 気に食わない声だった。追い詰められている立場の者が口にする台詞と声色では無い。
 普段ならせせら笑って受け流す所だが、何故か今は腹立たしい。矛盾を感じたからだ。

 

「貴様という存在が、そう言うのか?」
『僕自身が証拠だ。僕の生まれがどうであっても、結局はこのザマだ。肝心な所で仲間を助けられず、
あなたに勝つ事すら出来やしない。それでも、こうしてみんなと支え合って生きて来られたから、これから
も生きていけるんだ! 男と女が番いになるって、そういう互いの弱さを認め合えるから――!』

 

 虫唾が走る。こんな生ぬるい言葉で、キラは自らの才能を潰してきたのだ。それが、世界に対してどれだ
けの損失になるのかも理解できずに。
 タイタニアは脚でストライク・フリーダムの背中を踏みつけた。途端、キラの苦しそうな呻き声が響いた。

 

「しかし、今の貴様は1人だぞ」

 

 罵るように言うと、更に体重を掛ける。ストライク・フリーダムは喘ぐようにその身を震わせた。
 しかし、その双眸の光は、決して消える事は無い。寧ろ、何故か輝きを増していた。シロッコは、それが
気に食わなかった。

 

『寂しい人だ。あなたには、見えないのか?』
「何?」

 

 その時、また脳に疼きが走った。それは背後から突き刺されるようなゾッとする冷気で、シロッコは思わず
ストライク・フリーダムから飛び退いた。
 振り向いたシロッコの視界に入ってきたのは、長大な大太刀だった。刃に赤いレーザーを走らせ、それは
容赦なくタイタニアに振るわれる。

 

「デスティニーだと!?」

 

 キラと同じく、複数の意思の力を感じた。そして、そのパイロットの意思が、とりわけ鋭い。それは鈍色に
煌く片刃の反り返った刀剣――いわゆる日本刀と呼ばれる刃を想起させられた。
 大太刀アロンダイトの切っ先が、コックピットに座るシロッコの眼前を縦に掠めた。一瞬、肝を冷やしたが、
どうやら辛うじて外れてくれたらしい。

 

『1人なのは、唯我独尊を気取るあんただけだ!』

 

 考えるよりも先に身体が動く――そんな典型的単細胞の衝動だ。敵を見るや否や、猪突猛進に攻撃を
仕掛けるデスティニーは、シロッコにとっては最も好物と言える相手。確かにデスティニーの動きはタイタ
ニア以上に鋭いが、それ故に太刀筋は容易に見切ることが出来る。
 再びアロンダイトを振りかぶって斬りつけて来るデスティニーに対し、タイタニアはビームソードと2本の
ビームサーベルを重ねてそれを防いだ。

 

『あんたは自分だけが完璧だと思ってて、だから守りたい人の1人も居やしないんだろ!』
「コイツ……?」

 

 何故か、キラとの会話を知っている風な口調だった。しかし、それはあり得ないのだ。メサイア周辺は
コロニー・レーザーと接近している影響か、電波障害が特に酷く、シンがキラとシロッコのやり取りを聞いて
いた筈が無いのである。
 この苛立ちは何だ。その言葉は青臭く、反吐が出るほど陳腐なものの筈なのに、シロッコは初めて経験
する抑えようの無い激しい苛立ちに顔を顰めた。

 

『そうだろうが!』
「守られるだけの低俗を生かしておいたところで、何の意味がある? そういう輩が自らを勘違いして付け
上がり、世の中を腐らせるのだ!」
『ふざけんなよ! そんな理屈で例え罪の無い人が殺されても、それが正しいからで許されて、同じ事が
ずっと繰り返されんのかよ! あぁ――ふざけんなよ!』

 

 論理にもなっていない、感情が先行しているだけの子供の理屈だ。こういう相手に何を言っても通用しない
事は、遥か過去の歴史から連綿と続いている事だ。大人と子供の対立は、いつの世も絶える事が無い。そし
て、大抵は子供の方が愚かだ。
 デスティニーとは、そういう子供が操っているMSである。故に、負けることは無い。愚かな子供は、しょせん
賢い大人に勝つ事など出来ないからだ。

 

「俗物め。貴様の様な感情に任せるだけの子供が居るから、人は親殺し子殺しをする動物から一向にステップ
アップ出来んのだ。それでは、いつまで経っても人類は衆愚のままでいるしかない。それは、許せんな」

 

 苛立ちの理由に納得がいった。だから、感情が理性を上回ってしまっているデスティニーは排除しなければ
ならなかった。しかも、こうも力があるのだから尚更だ。
 シロッコは力任せにアロンダイトを弾いて、デュアル・ビームガンを連射した。しかし、流石にこの状況の中で
メサイアまで辿り着けただけあって、戦闘センスは抜群だった。相手の思考を読むシロッコの射撃を、紙一重
でかわすのだから。

 

「無駄に戦い慣れしているようだが――」

 

 しかし、それもここまで。ファンネルを放出して、それらを一斉にデスティニーに襲い掛からせる。

 

「私の目からは逃げられるものか!」

 

 デスティニーはビームシールドで防いでいたが、時間の問題である。シロッコはタイタニアを突撃させ、ファン
ネルの攻撃でデスティニーがバランスを崩した所へ斬りかかった。

 

「沈め! ――うッ!?」

 

 ――振り下ろす寸前、タイタニアの眼前をプラズマ収束ビームが劈いた。シロッコは思わず後ずさり、その隙
にデスティニーは肩から取り出したフラッシュ・エッジを投擲して間合いを開いていった。
 下から狙われた。視線を向けると、メサイアから飛び上がったストライク・フリーダムが、ビームライフルを
連射しながらタイタニアの周囲を、一定の距離を保ちながら周回し始めた。

 

「どういうつもりか……?」

 

 狙いは正確でも、シロッコが直撃を受けるような距離では無い。キラは怖じ気づいているのか――ストライク・
フリーダムが縦横無尽にタイタニアの周囲を飛び回る煩わしさに眉を顰めた時、ふと背後からの殺気を感じた。
 デスティニーの強襲。振り下ろされる大太刀を軽い身のこなしでかわすと、続けてデスティニーは左手に握ら
せたビームサーベルで突きを繰り出してきた。シロッコはそれをビームソードで難なく受け止める。

 

「クックック……!」

 

 含み笑いをして肩を揺らす。酷く不愉快だった。2人の目論見は、余りにも浅はかだ。

 

「その程度で私に勝てると、思っているのか!」

 

 2人での連携なら何とかなると思い込むのは、半畜の人間が悔しさ紛れに取る悪足掻きに過ぎない。
 シロッコは普段は出さないような大声で怒鳴り、デスティニーに蹴りを突き入れる傍ら、デュアル・ビームガン
でストライク・フリーダムをも狙撃していた。デスティニーはメサイアに衝突し、ストライク・フリーダムは左腰部
を撃ち抜かれ、左脚を根こそぎ失った。

 

「あ゛おッ……!」
「くぅッ……!」

 

 背中から突き上げる強烈な衝撃にシンは危うく嘔吐しそうになり、キラはストライク・フリーダムの左半身が
使い物にならなくなった事に歯噛みした。
 シロッコは笑った。メサイアの衝突まで残り僅か。コロニー・レーザーは今にも発射しそうな光を湛えている。
後は、高見の見物を決め込んでもいい。

 

「2人で私を倒そうという貴様等の目論見は、残念だったな?」

 

 抵抗するストライク・フリーダムを殴りつけて、メサイアで喘ぐデスティニーの近くに叩きつける。そして、自機
の周辺を囲うようにファンネルを集結させた。全ての砲口が、2人を見下す。
 シロッコの口の端が釣り上がった。それと連動するようにタイタニアはモノアイを光らせ、シロッコはトリガーに
添える指に力を入れる。

 

《2人だけじゃない!》

 

 ――瞬間、一閃のビームが数基のファンネルを撃墜した。シロッコは慌てて後ろへ飛び退き、敵襲に備えて
警戒を強める。すると、更に続けて数発のビームがタイタニアを襲った。何れも、紙一重である。
 メサイアは内部の破壊が進んでいて、所々から火を噴き出していた。ビームの出所は、そんなメサイアの
港口の内の一つからだった。シロッコの頭が、かつて無い程の疼きを感じている。

 

「――来るのか!?」

 

 僅かに畏れる心がある。それは、その相手を自分よりも上位にあると感じてしまっているという事。それが、
シロッコの無意識下の潜在意識であり、偽らざる本音であった。
 火を噴き出すメサイアの港口から炎を引き摺り落としながら、そのMSは姿を現した。

 
 

 メサイアとコロニー・レーザーが衝突するまで、もう殆ど時間が無い。安全圏にまで離脱したアークエン
ジェルからでは、既にメサイアとコロニー・レーザーはぶつかってしまっているように見えていた。

 

「殿のミネルバ、ボルテール両艦から離脱完了の報告です」
「これで、全ての艦隊が安全圏へ避難できたという事なの?」

 

 ミリアリアの報告に、ラミアスが訝しげでありながらも安堵したような表情で言葉を漏らした。
 アスランは、ふと視線を正面スクリーンに上げた。そこに、メサイアがコロニー・レーザーに衝突しようと
している様子が映されている。

 

「キラ達は、どこかの部隊に回収されたのか?」

 

 徐にそんな事を呟いて、顔をミリアリアとアビーに向ける。2人は顔を見合わせ、交互に頭を振り合って
確認すると、アスランへと顔を戻した。

 

「その様な報告は入ってきていませんけど――」

 

 アビーの一言に、アスランの顔が驚愕に歪んだ。
 考えたくない可能性が、残されている。しかも、そうであるという確率が一番高い。その可能性が脳裏を
過ぎった時、嫌悪感に似た不幸な予感を抱いてしまった。

 

「あいつ等、まさかまだ――!」
「コロニー・レーザーが発射されるぞ!」

 

 バルトフェルドの声に当てられ、アスランはスクリーンに顔を振り向けた。
 映像の中のコロニー・レーザーは、かつて無いほど眩く発光している。その光に、目を釘付けにされた。

 

「戻らないつもりなのか……!?」

 

 愕然とした。何も手出しする事が出来ないアスランには、そこで呆然と眺めている事しか出来ない。
 アークエンジェルのブリッジが、沈黙に包まれる。凍りついたような空気の中、計器の音だけが機械的な
テンポを刻んでいた。

 
 

 心身に力が漲ってくるのが分かる。その時が迫っているからこその、テンションだろう。炎の波を掻き分け
て外に飛び出した時、宇宙(そら)で必死に生き行こうとする命の力を感じた。
 メサイアから見るコロニー・レーザーが、圧倒的な存在感を感じるまでに大きくなっている。既に、鼻と鼻を
突き合わせんばかりに接近していた。コロニー・レーザーの口からは今にも溢れ出しそうなエネルギー光が
盛り上がりを見せていて、発射の時が直ぐそこまで迫っている事を示している。

 

 視線を投げ掛ける。その先に、倒すべき敵、倒さなくてはならない敵が居た。網膜がその具体的な姿を
映し込んだ瞬間、カミーユの思惟は更なる拡がりを持った。
 傍らに佇むロザミアが、その激しすぎるパッションを感じていた。まるで自分の心の鬱屈までも吹き飛ば
すかのような、爽快ですらあるそのパッションに、無意識に身震いが起こった。何が起こるのかは、分から
ない。しかし、それはきっと悪い事では無いと思う。何故か、そんな気がした。

 

「シロッコ!」

 

 身体の内側にある全ての鬱憤を吐き出すように、カミーユは叫ぶ。そして、そのままΖガンダムをタイタ
ニアに突っ込ませ、ロング・ビームサーベルを振るった。

 

「分かるんだ! ここが俺達の居るべき場所じゃないって事を、いい加減に!」
『知った風な口を利いたところで!』

 

 ビームソードで防がれる。激しいスパークが飛散し、カミーユの目を細めさせる。

 

「これ以上、お前の妄執にこの世界を付き合わせるんじゃない!」

 

 反発して間合いが離れると、即座にファンネルの集中砲火を受けた。対するカミーユのリアクションは
早かったが、回避運動の最中にビームライフルを破壊された。
 途端に、シロッコの眼光が鋭くなる。Ζガンダムがメインウェポンを失ったとなれば、このアドバンテージ
を利用して一気に勝負を決める事が出来ると確信したからだ。
 しかし、ファンネルへと指令を送ろうとした瞬間、シロッコの額に疼きが走った。

 

「――むっ!」

 

 右から、ビームが劈いた。顔を振り向けると、一瞬だけストライク・フリーダムがビームライフルを構え
ている姿が見えたが、すぐさまシロッコの視界から消える。
 その次の瞬間、今度は背後からの衝撃を受けて、シロッコは思わず前のめりになった。

 

「おのれ!」

 

 サブ・マニピュレーターを作動させて、背後の敵にビームサーベルを振るう。しかし、シロッコが振り向い
た時には既に姿は無く、微かに残る赤い粒子だけが鱗粉の様に舞っているだけだった。

 

「何だ……?」

 

 息つく間も無く、今度は左からの急襲を受ける。Ζガンダム。ビームサーベルを振りかぶって、飛び掛って
くる。ビームソードで斬撃を防いだが、途端にΖガンダムの双眸がシロッコを幻惑すかのようにぼんやりと
輝いた。その輝きに、不覚にも一寸、目を奪われた。

 

「な、何を見ているのだ、私は?」

 

 輝きの奥に、ぼんやりと人の影が見えた気がした。あり得ない、そんな事があるわけが無い。シロッコは
必死に自分に言い聞かせる。
 徐にコックピットが揺れた。シロッコがその衝撃に我を取り戻した時、タイタニアの左肩ファンネル・ポッドは、
既にΖガンダムの頭部機関砲の連射によって潰された後だった。

 

「小癪なぁッ!」

 

 即座に、離脱しようとするΖガンダムにデュアル・ビームガンを差し向ける。しかし、またしても額に疼きが
走ると、追撃ちを妨害するようにビームが劈いた。それは、ストライク・フリーダムからの牽制攻撃。続いて
しつこく疼きを感じると、今度は別方向からもビーム攻撃を受けた。射線元へ視線を投げると、そこにはデス
ティニーの姿あった。

 

「クッ!」

 

 流石に翻弄されている事を認めなければならなかった。それは許し難い屈辱でしかなかったが、現実とし
て受け止めなければ敗北を喫する恐れがある。それは、御免だった。
 しかし、受け止めきれない現実もある。それは、シロッコにとって最も信じ難い感覚だった。

 

「三位一体――いや、それ以上だと……?」

 

 3人の意思を感じるのに、何故か1人の意思のようにも感じられた。いや、それよりももっと大勢の人の意思
がこの場に集中しているようにも思える。
 この矛盾のロジックを解く事は、彼にには絶対に不可能だ。何故なら、それはシロッコには絶対に認められ
ない力だったから。

 

『俺達を繋げているもの、感じているもの、孤独なシロッコには信じられないだろう』

 

 不意に、諭されるような声で語りかけられる。タイタニアの正面にはいつの間にかΖガンダムが佇んでいて、
その左右をストライク・フリーダムとデスティニーが固めていた。

 

「繋げているもの、だと? ――んっ!?」

 

 幻覚なのか、コックピットに座る3人の姿が透けて見えた。それだけでは無い。彼らの周りを護る様にして
何人もの人影が見えた。そして、その中にデュランダルの姿を発見し、眉を顰める。
 他にも、仮面の男だったりオーブの政治家だったり赤服のザフトだったり、或いは赤毛の派手な女だったり
黒髪の地味な女だったり栗毛の幼い少女だったり――そこにヒルダ達の姿を見つけた時、シロッコはいよいよ
自分の目が信じられなくなって、思わず深い瞬きをした。彼等はコズミック・イラに生まれ、生きた人達だった。
 それは、今この時だけの特別な力。散っていった彼等がカミーユに共鳴し、力を貸す事で3人の思惟を完全
にシンクロさせていた。

 

「それは、人の可能性を信じなければ、永遠に感じる事が出来ない力なんだ!」

 

 カミーユの思惟の中に、シンの考えている事、そしてそれを受けてキラがやろうとしている事が入り込んでくる。
2人とも、玉砕覚悟だ。カミーユが2人の覚悟に合わせて自分の行動を決めると、その瞬間に全てが伝播して、
2人が一斉に行動を開始した。
 次の一手で、全てが決まる。カミーユは傍らで蹲るようにしてシートにしがみ付いているロザミアの頭を、そぞろ
に撫でた。

 

「ステラにさよなら、言えなかったよね」
「でも、あたしはお兄ちゃんと一緒よ」

 

 だから大丈夫だと、屈託の無い笑顔を見せてくれたロザミアに少しホッとした。そう、迷い子達は在るべき世界
に還らねばならないのだ。ロザミアは、それを理解してくれている。
 そんな彼女にカミーユはフッと笑い、操縦桿を引いた。

 

「ロザミィはお利巧さんだな――」

 

 3人がタイタニアを囲い込むように展開する。
 最初に右側に回り込んだキラが仕掛けた。ビームライフルで牽制しながら迫撃し、そのまま組み付こうと
飛び掛った。狙いは、腹部のカリドゥスによるゼロ距離射撃。
 しかし、組み付く寸前にデュアル・ビームガンが右脚を貫くと、バランスを崩して前につんのめったストライ
ク・フリーダムは、タイタニアにその太い脚で蹴り飛ばされてしまった。

 

「クッ! けど、最後の意地くらいは――!」

 

 結局、シロッコには負け通しだった。しかし、ただでは引き下がれない。きりもみ回転しながらもストライク・
フリーダムはビームライフルを連射し、その正確な狙いで多数のファンネルを撃墜した。

 

「これで最低限の陽動は――シン、頼む!」
『任せろぉッ!』

 

 無念のキラ、応えるシンの雄叫び――ストライク・フリーダムが敗れた直後、シンが背後からアロンダイト
でタイタニアを急襲し、その直上から大太刀を振り下ろした。しかし、ここでもシロッコの反応は鋭い。アロン
ダイトは交差した隠し腕ビームサーベルによって防がれてしまった。
 ところが、シンはアロンダイトをすぐさま手放すと、マニピュレーターをタイタニアの左肩に添え当てた。そして、
その掌から発するパルマ・フィオキーナで、左腕を根こそぎ吹き飛ばした。

 

「もう一発ぅッ!」

 

 吼えるシン。更に右腕も吹き飛ばそうとデスティニーが腕を伸ばした時、タイタニアが信じられないような速さ
で反転して、そのモノアイの輝きをシンの瞳に焼き付けた。

 

「子供が、図に乗ってぇッ!」

 

 激昂するシロッコ。右肩の隠し腕がビームサーベルを振るい、デスティニーの右腕を切断する。そして、続け
て差し向けたデュアル・ビームガンの放ったビームが、デスティニーの左肩を貫いて背部メインスラスターまで
も破壊した。

 

『くっそぉ! 後は――カミーユ!』

 

 悔しがるシンの声が、カミーユの耳に届く。片翼をもがれたデスティニーは力尽きたように後方に仰け反った。
 キラとシンが命がけで開いた血路、これを逃す手などある訳が無い。カミーユはΖガンダムに鞭を入れ、タイ
タニアの背後から最大加速で迫った。
 シロッコが、Ζガンダムの接近に気付く。タイタニアは素早く身を翻し、デュアル・ビームガンでΖガンダムを
撃った。ビームが左肩に直撃し、左腕を吹き飛ばす。その衝撃で、バランスを崩した。しかし、タイタニアは直ぐ
そこまで肉薄しているのだ。

 

「うおおおぉぉぉ――ッ!」

 

 最後は気迫。一息に懐に飛び込み、ビームサーベルをその左胸部に突き込んだ。
 しかし、シロッコも黙ったままではいない。隠し腕が振り上げたビームサーベルが、Ζガンダムの左胸部
に突き立てられる。

 

「まだだ!」

 

 カミーユが声を轟かせる。その瞬間、Ζガンダムは赤い光を纏い、タイタニアのパワーを凌駕し始める。
 それは、シロッコが敗北を喫した光。そして、カミーユが自らを崩壊させた光。

 

「馬鹿な!? Ζにこんな力があるはずが――」

 

 シロッコは焦燥した。既に致命的なダメージを与えているにも拘らず、Ζガンダムのパワーは増すばかり。
必死になって抵抗するが、ビクともしない。言い知れぬ不安がシロッコを襲い、嫌な汗ばかりが流れる。ふと、
操縦桿を握る掌がびっしょりと汗をかいている事に気付いて、歯を軋ませた。
 全く以って尋常では無い。余りにも常軌を逸している。これは、最早MSが単体で発揮できるようなパワー
ではなかった。
 この感情が、戦慄しているということなのだろうか――震えている自分の腕を見ても、シロッコはそれを
認めようとはしなかった。

 

「空事で! 私が二度もこんな子供に――」

 

 その時、不意に誰かの気配に気付く。顔を上げた。その先にシロッコが見たものは――

 

《パプテマス様……》
「サラ!?」

 

 Ζガンダムに集う、光たち。それは、イレギュラーとしてコズミック・イラに迷い込んでしまった者達の命の
輝き。カミーユは唯一の生ある思念として、自らの世界に還ろうとする彼等の媒体となる存在だった。
 ロザミアも、例外ではなかった。しかし、何が起こっていて、自分がどうすれば良いのかが分からない。
カミーユの腕にしがみ付きながら、不安そうに目を泳がせているだけである。

 

「え……?」

 

 それは、羽毛で撫でられた様なこそばゆい感触だった。

 

《ロザミア、カミーユは連れて行ってくれるぞ》
《そう。だから、あなたも一緒に》

 

 不意に頭に響いた声。それは、1人は最後の最後で兄と認めた男のものであり、もう1人は知っているよう
で知らない女性のものだった。ただ、女性の声はとても儚げで、妙に印象的だった。
 突如、少女がロザミアの前に姿を見せ、美しく微笑んだ。淡い碧の髪に、物憂げで優しい瞳。口元に引か
れたアダルトなパープルのルージュは、その少女の纏う雰囲気のせいか、寧ろ爽やかですらあった。
 その一瞬で、ロザミアはその少女が今しがたの儚げな声の持ち主である事を理解した。その微笑みはとて
も優しく、恐れる事など何も無いと諭してくれているようだった。

 

《カミーユに任せれば、大丈夫》
「そうか。あぁ――そうなんだぁ!」

 

 何も不安になるような事は無い。全ては、カミーユを信じれば良いのだ。彼はずっと、優しかったのだから。
全てを理解した瞬間、ロザミアは光となり、カミーユの中に溶け込んでいった。

 

 その時、遂にメサイアがコロニー・レーザーに接触した。刹那、コロニー・レーザーも火を噴き、レーザーは
メサイアとゼロ距離で衝突した。レーザーは巨大な球状の閃光となり、宇宙の黒を切り抜いたように白く輝く。
そして、レーザーによって砕かれたメサイアの岩肌は、四方八方へと好き好きに飛び散っていき、しかし、
それでもメサイアはその身を無理矢理に捩じ込ませるようにコロニー・レーザーに食い込ませ、更に破壊規模
を拡大させた。
 途方も無い光景だった。全長がキロメートル単位の規模である物体同士が、それぞれに激しく衝突したのだ。
それが発生させる破壊の衝撃は尋常ではなく、飛散する岩や残骸は互いにぶつかり合い、若しくは別の物体を
巻き込んで更なる凶器を増産する。無重力の中でデブリは慣性に乗った勢いのまま、減速する事無く飛散し、
連合軍、ザフトの区別無く無差別に襲い掛かる。そして、MSだろうがMAだろうが艦船だろうが、メサイアとコロ
ニー・レーザーの付近に存在していた全ての物体はデブリの仲間入りをするか、或いは衝撃で吹き飛ばされた。

 

 しかし、その中でΖガンダムだけは逆を行った。吹き荒れる衝撃に逆らい、タイタニアと絡んだまま、グングン
と赤い光の尾を伸ばしながら閃光の中心へと迫っていた。

 

「カミーユ、行っちゃうのかよぉッ!」

 

 嵐の様な衝撃の中、デスティニーはストライク・フリーダムに抱えられながら吹き飛ばされていた。シンはその
最中で閃光の中に飛び込もうとしているΖガンダムを発見し、それを止めようと腕を伸ばす。しかし、傷ついた
デスティニーに力は残されていないし、いつの間にか思惟がシンクロする感覚は消えていた。今、カミーユがどう
いう状態になっているのか、シンには分からない。

 

「帰るって……帰るってそういう事だったのか、カミーユ!」

 

 キラはシンを諌めながら、ミネルバでの一幕を思い起こしていた。カミーユがラウンジを出る時に口にした「帰る
んだ」という台詞――遠くへ旅立って行くように感じられたのは、今にして思えば、こうなる事を予見していたから
だったんだと理解した。
 キラもシンも、手を拱いている事しか出来ない。Ζガンダムがタイタニアと絡んで閃光の中に消えて行く瞬間を、
彼等は目にする事は無かった。

 

「うわあああぁぁぁ――ッ!」

 

 どうにも出来ない。2人は悲鳴を上げながら、衝撃の波に呑まれ、遠くへと弾き飛ばされて行ってしまった。

 

 ――しかし、カミーユの行為はシロッコの妄執を道連れにするという行為でしかなかったのかも知れない。
ただ、コズミック・イラに対して出来るせめてもの誠実な行為は、こうする事であると確信していた。

 

《貴様は、意趣返しで私を道連れにしてぇッ!》

 

 シロッコの呪詛のような言葉が頭に響く。しかし、カミーユの気持ちと目は、前だけを見ていた。
 眼前に迫る、吸い込まれそうなほどに眩く輝く閃光。光が、カミーユの視界を白く染める。

 

「在るべき世界に還るんだ!」

 

 髪を振り乱しながら、カミーユは叫んだ。そして、Ζガンダムとタイタニアは絡み合ったまま、溶け込ませるよう
に光の中へと身を投げ込んでいく。
 次の瞬間、コックピットが白い光に覆われた。それはまるで、透明のような白だった。
 そこは、既にΖガンダムのコックピットではなかったのかも知れない。自分の身体の感覚はあるのに、
コックピットの機械らしい物質的な触感は一切感じられなかった。この光も、きっとコロニー・レーザーの
光では無いのだろう。カミーユは、何故かそう思った。
 どうなったんだ、と首を振る。自分の姿すら見えないほどの眩しい世界で、カミーユは1人だった。

 

《呼んでるよ》

 

 声が聞こえた。瞬間、目の前に姿を現した少女を見て、カミーユは顔を綻ばせた。ずっと、カミーユの中で
彼を見続けて、励ましてくれていた存在。フォウ=ムラサメの姿を目の当たりにしたのは、久方ぶりだった
かも知れない。
 フォウが、背中を見せて弾むように駆け出した。途端、何処かから現れたのか、大勢の人が唐突に姿を
現した。それはエマ、レコア、カツ、サラ、ロザミア、ゲーツ、ジェリド、マウアー、ライラ、カクリコン等々――
コズミック・イラに迷い込んでいた人達が、一様に同じ方へ向かって進みだした。

 

 ――カミーユ

 

 とても懐かしい声だった。その声で何度もそう呼ばれ、呼ばれ慣れていた。
 耳に残る声の感触を、しみじみと噛み締める。カミーユは微笑み、一歩を踏み出した。

 
 
 

 遠くからでも分かる、メサイアとコロニー・レーザーの衝突の光。大きく膨れ上がった閃光は、あたかも
宇宙(そら)に咲いた花火のよう。それは、戦いの終結を告げる福音となり得るのか。

 

「あの光……」

 

 コックピットから出て、その光景を眺めるスティングとアウルには、そんな事はどうでも良かったのかも知れ
ない。ただ、彼等にとっての戦争は終わった。そして、エクステンデッドは先の見えぬ明日を生きていくしか
ないのだろう。
 スティングはカオスのハッチに背中を預けていた。アウルはアビスの上に腰を落として塞ぎ込んでいた。

 

「アウル。あの光の中に、ジェリド達が居ると思わねえか?」

 

 不意にスティングに問い掛けられ、アウルはそぞろに顔を上げた。
 途端、アウルの瞳に強烈な光が差し込み、その瞬間、涙が堪えられなくなった。

 

「本当に、さよならだぜ、ライラ……」

 

 宇宙に朝を迎えさせたかのような眩い光は、やがて収束していく。そして、再び漆黒が支配すると、それ
まで光で見えなかった色々なものが見えるようになってきた。

 

「ん? ありゃあ――!」

 

 スティングが何かに気付いて身を乗り出した。アウルは視線をスティングの見ている方へと向けると、彼方
から金色に煌く派手な物体が流れてくるのを見つけた。それは、徐々に2人の所に近付いてくる。
 MSの残骸のようであった。両腕は既に無く、土左衛門のように虚空を漂っていた。
 2人が銃を取り出すと、そのコックピット・ハッチが徐に開く。いよいよ警戒を強めて手にした銃を構えると、
その中からは――……

 
 

 光が収束していく間、ストライク・フリーダムもデスティニーも流されていた。その姿は、見るも無残に
傷つき、今は力無く虚空に身を委ねている。

 

「メサイアはコロニー・レーザーに直撃――これで、終わったのか?」

 

 シンはデスティニーのコックピットから出て、彼方にある光景を見つめながらそう呟いた。
 メサイアは徐々にコロニー・レーザーから離れつつある。コロニー・レーザーはと言うと、ゼロ距離での
レーザーの衝撃とメサイアの質量によって上半分が抉られてしまった様に潰れていた。

 

「少なくとも、戦いは終わるかも知れないね」

 

 キラもコックピットから這い出て、誰に向けてかも知れないシンの問いに答えた。

 

「本当に、終わるんですか? あんなにたくさんの人が死んで、また恨み合いになるんじゃないんですか?」

 

 自分がそうだったからと、シンは疑義を提起する。今さら彼自身が復讐に囚われる事は無いが、しかし、この
戦争で過去の自分の様な人間が、新たに生み出されてしまったかも知れないという可能性は、否定できない。
そう思うと、シンはキラの言葉を素直に受け取る事はできなかった。

 

「そんなに悲観する事は無いよ。僕達がこれから頑張って行けばいい事じゃないか」
「でも、人はそんなに簡単に賢くはなれないです」

 

 キラがいくらポジティブな事を言っても、シンは悲観の立場を変えない。それだけ、オノゴロ島で受けた彼の
心の傷は深かったからだ。復讐の心から抜け出すのに、2年もの時間を要した。だから、シンはどうしても
懐疑的にならざるを得なかったのかも知れない。
 キラは、そんなシンの傷を癒す術を持たないし、例え術を持って居たとしても、癒してあげようとは思わな
かった。何故なら、それは別の人の役目だと思うから。
 しかし、シンが人を信じられなくとも、彼がそれではいけないと思った。あの経験をしたシンは――

 

「駄目だよ、シン。信じなきゃ。僕達なら出来るっていう――ほら!」

 

 徐に、キラが遠くを指差した。シンはそれに促されて、顔をそちらに向けた。

 

「みんなとなら出来るって、信じよう。カミーユの言っていた、人の可能性って奴をさ――」

 

 キラの指し示した先から、ミネルバとアークエンジェルが近付きつつあった。途端、ヘルメットのスピーカー
から仲間達の安堵や心配の声が矢継ぎ早に飛び出してきた。
 手はあるか、足はあるか――あまりの騒がしさに、思わず顔を顰める。――が、とても嬉しかった。

 

「ね?」

 

 キラに顔を振り向けると、彼も苦笑していた。どうやら、同じらしい。

 

「はい……!」

 

 小さく、返事をする。しかし、それは重々しく、噛み締めるように搾り出された。

 

 耳からは、アスランの声が聞こえてくる。全周波通信による連合軍への呼びかけが、行われていた。

 

『――地球の方々には、我々からの休戦の提案を受けて頂きたく思い、どうかお聞き届け下さるよう、お願い
申し上げる次第であります。先ず双方の武力による戦闘行為を全面的に停止し、その後、話し合いによって
地球、プラントの休戦協定の締結を――』

 

 その少し後、アスランの言葉通りに武力による戦闘行為は全面的に禁止され、地球とプラントは和平への
道を歩み始めた。