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機動戦士ガンダムSeed Destiny -An Encounter with the Trailblazer-_12話

Last-modified: 2013-08-26 (月) 01:42:53
 

背筋がゾッとするほど底冷えする声。怒りと憎しみと哀しみを綯い交ぜにした瞳。
シンはその瞳でカガリを見つめ、静かだがどこか危うさをはらんだ声で話しかけた。
カガリの肩がビクッと不自然なほどに大きく動く。知っているからだ、彼女は。
憎しみと哀しみを綯い交ぜにしたあの瞳を。
何度この瞳を見なければならない……胸のうちで湧き上がる悲しみにカガリは心が軋むように痛んだ。
理不尽に怒鳴られていたヨウランはもとより、レクルームに居た全員が一斉にシンのほうに振り返る。

 

「な、何を言うんだ、私はただ」
「ヨウランは俺たちの肩に力が入り過ぎないように言っただけだ。
 あんたが勘違いしたような意味じゃない。なのになんでそんな風に言われないといけないんだ?」
「シン、言葉に気をつけろ」

 

すぐ傍らに居たレイが、シンのことをすぐさま取り押さえるように言葉で遮った。
シンの二の腕を掴み、グッと自分の方に引きよせ囁きかける。
「お前の気持ちも分かるが、ここは抑えろ」と告げる友の言葉に、シンは自分の想いを押し殺すように俯く。
言ってやりたいことは、山のようにあった。
自分の家族を奪ったオーブの首脳陣……あの日見た父と母の死に様は、忘れようにも一生忘れられない。
目を覚まさなくなったマユの最後の叫び声が、今もシンの耳に残っている。
滅茶苦茶にしたんだ、こいつらが。
シンは憎しみで狂ってしまいそうだった。

 

だが、激情に飲まれかけたシンを現実に引き戻したのは他でもない、カガリであった。

 

「……すまない」

 

心からの謝罪。余計な言葉など必要なかった。
ただただ深く頭を下げるカガリの姿は潔く、憎しみで溢れていたはずのシンですら、一瞬言葉をなくした。
目を細め、シンはやり場のない怒りを爆発させることが出来ないでいた。
なんで……もっと嫌なヤツなら良かったのに。
自らの過ちを認めようとせず、みっともない姿を晒すような人物であれば、
シンもためらうこと無く今まで溜め込んでいた呪詛を吐き出せたはずだった。
だが、今のカガリの姿を見てしまえば、それすらも叶わなかった。
自らの過ちを素直に認め、深く謝罪の意思を示す今のカガリには、清廉とした美しさすらあった。

 

ギリッ……認めたくない、でも認めざるを得ない。奥歯を噛み締め怒りを、憎しみを堪える。
だが、ここに居たのはシンたちだけではなかった。そう、彼は認めることができなかった。

 
 

何故、謝らなければならない。何故、認めなければならない。
このような瑣末なことで、何故彼女が苦しみ、謝罪しなければならないんだ。
その想いを表すように、彼はシンとカガリの間に割り入った。

 

「キミはオーブのことを恨んでいるようだな。どうしてなんだ、理由を教えてくれないか」
「アレックスッ!」

 

オーブを守るために奔走し、成果も出せぬままに傷つき、恨み辛みをぶつけられた。
何故だ、彼女は故国を守るため精一杯やっているではないか。
なのに、憎しみをぶつけられ、嘆くことすら許されないというのか。
アレックスの瞳が険しさを増す。目の前にいる少年、シン・アスカが疎ましかった。
元オーブ国民たちが疎ましかった。彼女のことを理解しようとしない彼らが疎ましかった。

 

「アンタが……アンタたちがそんなことを言うのか」

 

シンの瞳に絶望が奔った。
知らないのか。故郷を焼け出され、逃げ出したオーブ国民たちがいったいどんな想いをしてきたのかを。
激しい怒りがシンを襲った。

アレックスの言葉が足らなかったのもある。だが、シンは誤解した。
彼女たちは知っているのだ。オーブを追われた国民が、いったいどんな思いを抱いたのか。
怒りを、憎しみを、嘆きを飲み込み生きてきたことを。
だが、そんな想いなど今のシンには届かない。

 

「じゃあ、教えてやるよ…………」

 

シンの口元に小さく笑みが浮かぶ。いびつに歪んだ表情。
彼の顔は憎しみと怒りとで口元だけが微笑み、瞳は一切笑っていなかった。
ルナマリアはそんなシンの顔が見ていられなくて、目を背けた。

 

「俺の家族はアスハに殺され、壊された!」

 

シンは憎しみにとらわれ、禍々しく凶悪な顔立ちになった。
本来の彼の姿を知っている。だからこそ、ルナマリアは目を背けてしまう。
眠ったまま目を覚まさない妹を想い、か細い少女の命を必死に繋ぎとめようとしている姿こそ、
本来のシンのはずなのに。
妹思いの優しい兄であるのに。

ルナは耳をふさぎたかった。だが、必死にその思いを堪える。
シンが、どんな思いをしてきたか知らなければならない。
だって、ルナマリア・ホークはシン・アスカのことが……。

 

「国を信じて、あんたたちの理想とかってのを信じて、そして最後の最後に、オノゴロで殺された!
 死んだ父さんたちを見て、妹の心は壊れた!」

 

あふれ出す憎しみが、想いが抑えきれず、言葉がとまらない。
叩きつけるようにシンの言葉が、カガリに投げ掛けられる。

 

「−−−−だから、俺はあんたたちを信じない! オーブなんて国も信じない!
 そんなあんたたちが言うきれいごとを信じない!
 この国の理念を貫くって……アンタたちだって、自分たちのその言葉で、理想で、
 誰が死ぬことになるのか、ちゃんと考えていたのかよ!」

 

シンの脳裏に、前代表、ウズミ・ナラ・アスハが演説していた光景が思い返される。

 

『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』
『我らオーブはこれを理念とし、様々に移り変わっていく永い時の中でも、
 それを頑なに守り抜いてきたのはそれこそ、我々が国という集団を形成し暮れしていくに当たり、
 最も基本的で大切なことであると考えるからです。
 今この状況下にあっても、私はそれを正しいと考えます。今陣営を定めねば撃つという地球軍。
 しかし、我々はやはりそれに従うことは出来ません』

 

そんな言葉を掛けるくらいなら、どうして……どうして!
あふれ出していた憎しみが、次第に悲しみに、嘆きに変わる。
息苦しい思いに、シンは胸元をかきむしるように握った。

 

「返せよ……父さんを、母さんを。返してくれよ、妹を……あいつの笑顔を、声を」

 

中途半端に伸ばされたシンの手。苦しくて、誰かにすがりつきたくて、助けを求めているようで。
いつの間にか、彼の瞳から涙があふれていた。溢れ出す涙が止まらない。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらシンは続ける。

 

「なんで戦争を回避してくれなかったんだよ。
 なんで、もっと早く避難警報を出してくれなかったんだよ。
 なんで、あいつは、あの機体は!」

 

シンの脳裏に、大空を我が物顔で戦っている蒼いMSを思い出される。
なんで、あんなところで戦っていた。あのとき、逃げ出している民間人がたくさん居たはずなのに。
黒のMSと切り結び、緑のMSと砲撃の打ち合いをしていた。その流れ弾で死んだ、殺された。
人の死に様とは思えない父と母の遺体が、シンの瞳に飛び込んでくる。

 

「どうして、どうして……」

 

泣き咽びながら、シンは崩れ落ちそうになった。
レイがスッと手を差し出し、シンの体を抱き支える。
いつもの冷ややかな面差しで、レイはカガリたちに告げる。

 

「申し訳ありません。これ以上は任務に支障が出ますので、退席させて頂きます」
「あ、ああ……」

 

カガリはあまりにショックが大きすぎて、レイの言葉など聞いていられなかった。
憎しみと怒りに駆られていた少年が、悲しみに押しつぶされ泣き咽ぶ。
自分たちの行いが、父の決断が、彼らに悲劇を巻き起こしたかと思うと、
冷静に思考することが出来なかった。

 

『プシュッ』

 

シンとレイがレクルームから出て行く。冷たく息苦しい雰囲気が、部屋を満たした。
彼らが退席した直後、カガリの瞳から涙が零れ出した。
重力の無い宇宙で、真珠のように美しい球体を描くそれが無数に宙に浮かぶ。
分かったはずなのに、理解したはずなのに、どうしてこうもあふれている。
オーブの目指したものは間違っていなかったはずだ。
ナチュラルもコーディネイターも互いに手を取り合い、平和に暮らす。
理想を貫き理念を優先したが故に犠牲になってしまった人たちがいる、犠牲にしてしまった人たちがいる。
その事実が悔しくて、悲しくて……。

 

「……すまない、すまない」
「カガリッ!」

 

口元を手で隠し、涙をこらえ切ることが出来ず、カガリもまたレクルームから飛び出した。
一人残されたアレックスは、先ほどのシンの言葉が本当なのかどうなのか気になり、問いかけた。

 

「先ほどの話は本当なのか、オーブに殺されたというのは」

 

うかつな一言。その言葉を聞いたヨウランが、ムッとした表情で答える。

 

「本当もなにも、ウソ言ってるように見えたのかよ」

 

アレックスは言葉に詰まった。どう考えてもウソを言っているように見えるはずも無い。
どうやら彼も動揺しているらしい。だからだろうか、部屋に漂う空気に気付かず、思わず零してしった。

 

「カガリだって、父親を亡くし辛い思いをしてるのに、何故、彼女のばかり責められなければならない……」

 

愛しているが故に、カガリのことを擁護する言葉を思わず零してしまった。
だが、この優しさと甘やかすことを取り違えた一言は、思わぬ事態を呼ぶ。

 

「あんたは!」

 

先ほどまでシンから目を逸らし、沈痛な面持ちで片隅にいたルナマリアが吼えた。
憤怒の形相でアレックスに掴みかかり、締め上げるように襟首を持ち上げる。
思わぬ事態に目を白黒させ、反応の遅れたアレックスは無様に壁に叩きつけられた。
後頭部をしたたかに打ちつけ、アレックスの視界がチカチカする。
しっかりと見えるようになったときには、怒りと嘆きで満ち溢れたルナマリアの顔があった。

 

「シンは、マユちゃんは、本来守られるはずの存在だった!
 自分も父親が死んでるから、辛い思いしてるから、それでチャラだとでも言いたいの!あんたは!」

 

ギリギリと万力のように力を込めるルナマリア。
首が絞まり、息苦しそうにしているアレックスの姿を見ると、さすがにヨウランとヴィーノが止めに入った。

 

「ちょ、やばいってルナマリア、死んじまうぞ!」
「そ、そうだよ。落ち着けってルナ!」

 

ヨウランとヴィーノの二人掛りで、羽交い絞めにするようにアレックスからルナマリアを引っぺがす。
フーフーと鼻息荒くしているルナマリアは、苦しげに首元を抑えるアレックスのことを見ると熱が冷めた。
アレックス・ディノのことを見下すように見つめ、辛辣な言葉を残しその場を立ち去る。

 

「もう、アスラン・ザラなんていう英雄はいなかった。
 ここにいるのはアレックス・ディノという現実から逃げた臆病者だわ」

 

吐き捨てるように言うと、ルナマリアはシンたちのことを追いかけるようにレクルームを飛び出した。
アレックスは射殺すようにルナマリアに視線を向けるが、視界の先にはもう彼女はいない。
残されたメイリンたちは、居心地の悪いレクルームから全員逃げ出すように持ち場へ戻っていった。

 

「俺が何をしたって言うんだ」

 

苛立ち混じりのアレックスの声が、虚しく響いた。

 
 
 

「大丈夫か、シン」
「ここは……」

 

自室に運び込まれたシンは、レイによってベッドに横たえられていた。
水で濡らしたタオルがシンの目元に当てられている。
その当てられているタオルを少しだけずらし、シンはレイのほうを見る。
いつもの表情に乏しいレイの顔をがそこにあった。

 

「ごめん。オレ、またレイに迷惑掛けたな」
「気にするな、オレは気にしていない」

 

スッと手を伸ばし、シンがずらしたタオルをレイが直す。
冷たく濡らされたタオルがシンの瞳を優しく癒した。

 

「でも」
「おそらく数時間以内に作戦行動に入る、それまで少しでも休め。
 そんなに気になるんだったら、貸しにしておいてやる」
「ありがとう、レイ」

 

小さく感謝の言葉を継げると、静かな寝息が聞こえてきた。
レイは小さく苦笑する。
(まったく、強情で直情的で、見ていて危ないな、お前は)

 

スヤスヤと寝ているシンをその場に残し、レイは立ち上がる。
休んでいるシンに代わり、レイは艦長のタリアの元へ現状を確認しに行こうとした。
ドアを潜ると、そこには何故かルナマリアが口を尖らせていた。

 

「どうした、ルナマリア」
「べっつに〜。あんたとシンが仲いいのは知ってるけど、ちょっとアレなんじゃないかって思っただけよ」

 

レイは小さく首を傾げる。何が言いたい、この同僚は。彼の仕草は言外にそう言っている様であった。
不貞腐れている様子のルナマリアに一声掛け、彼はその場を立ち去ろうとする。

 

「シンなら今、仮眠を取っている。傍にいるぐらいなら大丈夫と思うが」
「うぇ、あ……うん、そうさせてもらう。入っていいのよね」
「ああ、許可する。召集命令がかかったら必ず連れて来い」
「わかったわ−−−−ありがとう、レイ」

 

頬を赤らめ、ルナマリアがしどろもどろに頷いた。
シンたちの部屋へと入っていくルナマリアを見送り、レイはその場を後にする。
おそらく、数時間もしないうちに作戦が始まるだろう。地球滅亡を回避するための作戦が。
世界の命運を掛けたあまりも大きすぎるミッション。だが、それでも成し遂げなければならない。
ひとつでも何か新しい情報が無いか、厳しい表情でレイはブリッジを目指した。

 
 

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