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機動戦士ガンダムSeed Destiny -An Encounter with the Trailblazer-_20話

Last-modified: 2015-01-25 (日) 21:56:45

慰霊碑で祈りをささげ続ける人がいた。
海風が強く吹き付けているのに、そんなことに気づかぬまま祈りをささげ続けている。
黒い服と、沈み行く夕日に照らされた姿から、シンはまるで巡礼者のようだと思った。
跪くように祈りをささげていた青年が立ち上がり、シンのほうに振り返る。
浅黒い肌と堀の深い顔立ち。異国を思わせる顔立ちだが、シンはそれよりも彼の瞳に引かれた。
鋭い眼差しの中に、深い悲しみの色が見えた。
もしかしたらこの人も、ここで大切な誰かを亡くしたのだろうか?
素朴な疑問が、シンの心を過ぎる。

 

「……慰霊碑、ですか?」
シンは思わず彼に尋ねていた。
あなたも連合軍の侵攻で、誰か大切な人を亡くされたんですか?
自分と同じような悲しみを、この人は背負っているのではないだろうか?
そうでなければ、こんなところにひっそりとある慰霊碑に深く祈りをささげるなんて、考えられない。
複雑な想いが絡み合ったシンの問いかけに、目の前の青年は首を小さく縦に振り答える。

 

「ああ、そのようだな……」
「え?」
思わぬ答えに、シンは唖然とした。はじめてここに訪れたような、そんな答え方だったからだ。
何度も何度も、ここに来て祈りを捧げていたのではないのだろうか?
それほどまでに、先ほど見入った彼の祈りをささげる姿は、清廉で美しかった。
シンの考えていることが顔に出ていたのだろうか、彼は応える。

 

「この国には、つい先ほど着いたばかりでな」
「来たばかりの国の慰霊碑に、祈りを捧げていたんですか?」
「……死者に祈るのに、理由が必要か?」

 

彼は小さく微笑を浮かべる。
沈み行く夕日に照らされたせいだろうか、ひどく哀愁を思わせる微笑みに、シンには映った。
シンは思わず呟いた。本来、初対面の人間に…………いや、レイたちにも語ったことの無い想いを。

 

「ここで、たくさんの人が亡くなったんです。
俺も、俺の家族も突然攻めてきた連合の侵攻から逃げ惑って、そして……」

 

どうしてこんなことを話しているのか、シンにも分からなかった。
連合軍が攻めてきて、家族で逃げ惑って、突然の攻撃で両親が死んだ。
妹が壊れ、プラントに移住し、軍人になった。
争いが憎いのに、奪うものを憎んだはずなのに、その憎しみの対象である軍人になってしまった矛盾。
どうして、自分はこの人にこんなことを話しているのだろうか。
混沌とした想いが上手く纏まらず、目に付いた花に例えて言葉にする。

 

「こんな風に、花や緑で彩っても、人はすぐに吹き飛ばそうとする」
ユニウスセブンが落下しようとした影響だろうか、潮風を浴び慰霊碑を彩っていた花々が萎れていた。

 

刹那は目の前で懇々と語る少年の言葉に、耳を傾けていた。
言葉の裏側に見え隠れする、複雑に絡まった想い。少年の表情に浮かぶ、様々な感情。
怒り、憎しみ、迷い、悲しみ……戦うことへの忌避。
イノベイターに進化したからといって、全てのことを理解し、分かるわけではない。
言葉足らずで、自分でも混沌とした想いを伝え切ることの出来ない少年。そんな彼に、なにを話しかけていいのか刹那は掴みかねていた。
だから、刹那は自分の思っていること、学んできたことをストレートに伝えることにした。

 

「そうだな……確かに、争いのために失われるものがある−−−−そして、二度と戻らないものも」
刹那の脳裏に、大切な仲間たちの顔がよぎって過ぎる。

 

クリスティナが、リヒティが、Drモレモが、アニューが、そしてロックオン・ストラトスが。
もう、二度と会うことの出来ない仲間たち。奪いもした。奪われもした。
戦争根絶を願い、未来のためにと戦い続けてきた。

 

自分の言葉が、想いが、この少年の救いになるかどうか分からない。
それでも、伝えずにいられなかった。刹那の言葉を受け、シンは一瞬顔を綻ばせる。
自分の悲しみに共感してくれた刹那の言葉が、嬉しかったのだろうか?
しかし、刹那の続けた言葉を受け、少年の瞳に怒りが宿り反発する。

 

「だが、戦いの中から生み出すこともできる」
「いったい、いったいなんだって言うんですか!何が出来るって言うんですか!!?」

 

少年が叫んだ。悲痛な叫びだ。
おそらく、不条理な争いに巻き込まれ、大切な何かを失い、奪われたのだろう。
先ほどの途切れた言葉からも、容易に想像できる。それほどまでに、赤い瞳をした少年の叫びは痛々しいものだった。

 

「戦いは、人の命を奪って、何かを破壊するだけじゃないですか!憎しみが憎しみを呼んでぐちゃぐちゃになって!」
大粒の涙が、少年の瞳からあふれてこぼれる。
悲しみに溢れた少年の言葉を受けても、それでも刹那は語った。
「出来ることはある。命を−−−−仲間を、守り、救うことだ」
ゆっくりと、力強く刹那は語った。
怒りと悲しみでぐちゃぐちゃだった少年の顔に、一瞬戸惑いが見られた。
言葉にはしなかったが、少年の強い想いが脳量子派に乗って、刹那に伝わる。
『砕くしかないってんなら、やってやる!それで、地球に住む人が助けられるんなら、俺がやってやるさ!』
溢れていた涙を手の甲でゴシゴシと拭い、少年は刹那に問いかけた。
「本当に、出来るんですか?戦うことで、誰かを守ることが」
「ああ……数は少ないがな」

 

刹那の表情に、柔らかな笑みが浮かぶ。先ほどまでの笑みと違い、本当に柔らかな微笑だった。
シンは彼の表情に胸打たれた。きっと、本当に何かを助けることが、命を救うことが出来たのだろう。
自分にも出来るだろうか?奪われることの悲しみと憎しみを胸に秘め、軍人を続けている自分にも。
シンは問いかけたかった。どんな風に助けられたのか?誰を助けることが出来たのか?
だが、シンはそのことを口にすることが出来なかった。何故なら柔らかな女性の声が、小さな慰霊碑に響いたから。

 

「刹那ぁ」
淡い桜色の髪をした女性が、右手に花束を抱えて、左手を大きくゆっくりと振っていた。
綺麗な人だとシンは思った。花束を抱え夕日に照らされながら微笑む姿は、本当に美しいと思えた。
名を呼ばれた青年のほうに、シンは視線を向ける。
夕日を背に、彼は穏やかな表情をしていた。嬉しそうに微笑んでいるわけではない。
それでも、シンには伝わってきた。この人は、きっとあの女性のことが好きなのだろう、と。
女性が両腕で大切に花束を抱えながら、小走りに二人の下に駆け寄ってくる。
彼女はシンのことに今気付いたのか、困ったような表情をしながら話しかけた。

 

「あの、邪魔しちゃったかしら?」
「い、いえ……大丈夫です」

 

不意に話しかけられて、シンはドキッとした。綺麗に整った顔立ちに、柔らかく、でも困った表情。
年上の女性にこんな表情をされたことのないシンは、内心気が気でなかった。
そんな少年の心情を知ってか知らずか、鋭い眦に戻った刹那がフェルトのそばによる。
傍らに寄り添う刹那に、フェルトは嬉しそうに腕の中に抱いている花束を見せた。

 

「綺麗な花が売っていたわ、刹那」
「そうか……フェルト、その花束を彼に」
「え?」

 

シンは驚いた。何故花束を自分に渡すのだろうか。
思っていたことがシンの表情に浮かぶ。刹那は穏やかに花束を渡す理由を伝える。
「この国を知らない旅人より、この国を知っている……愛しているものが捧げたほうが、きっと喜ぶ」
「そうだね、刹那」
刹那の思いを受け、フェルトは穏やかに微笑みながらシンに花束を差し出した。
彼女の白い腕に抱かれていた花束を、シンはそっと受け取る。
花束を受け取りながら、シンは戸惑った。本当に、自分にこの花束を受け取る資格があるのだろうか?
この国のことはよく知っている。生まれてから2年前まで、ずっと暮らしていたのだから。
だが、愛しているかと問われると、「はい」と素直に答えられなかった。
確かに好きだった……2年前までは。あの日、あの時までは。
おぼつかない足取りで、こじんまりとした慰霊碑とシンは向き合う。

 

シンが背を向けたことで、刹那は瞳を閉じた。
(GNドライブ、リポーズ解除。プライオリティを刹那・F・セイエイへ)

 

刹那の脳量子派によって、00クアンタのツインドライブが再稼動する。
遠く離れた小島に秘匿しているクアンタのGN粒子が、一時的に開放され溢れた。
自分たちのいるほうに粒子が流れるよう、刹那は指示を与える。
こうすることが、今必要に思われた。イノベイターの直感などではない。
今のシンに必要なものを、きっとGN粒子は見せてくれるはずだ。刹那はそう信じ、少年の背を見つめた。

 
 

静かに跪き、花を供えて祈る。静かに、ただ静かに両親が眠れるよう願いを込めて、シンは祈った。
瞳を閉じて祈っていたシンは気がつかなかった。夕日の赤い輝きだけではない。
淡く、今にも消え入りそうな温かな光が、彼らのいる慰霊碑に漂っていることを。

 

『シン……シン』
微かにだが、シンを呼ぶ声が聞こえる。
慰霊碑にいる彼らにまだ名前を告げていない。だとしたら、今聞こえている声は幻聴だろうか?
恐る恐るシンは瞼を開いた。彼の視界に映ったのは、2年前にここで亡くなったはずの両親がいた。

 

(父さん!母さん!!?)
『シン……すまない』
(どうして謝るんだよ、父さん!)
手を伸ばそうとするが、どれだけ伸ばしても父のいるところまで手が伸びない。
すぐ傍にいるはずなのに!シンの瞳に涙が溢れた。会いたいと思っていた。会えるなんて思わなかった。
『シン、マユのことお願いね。あの子にはもう、あなたしかいないのだから』
(母さん、そんなこと言わないでよ!
マユにも、俺にだって、父さんと母さんはいてくれないとダメなんだ!)
『シン、負けるなよ』『無理しちゃダメよ、シン』
両親の姿が薄れていく。居なくなってしまうのだと直感したシンは、必死に手を伸ばし続ける。
遠く遠く、離れて消えていく両親。行かないで、行かないでと手を伸ばす。

 

「待ってよ、父さん、母さん!!?」
瞳からは涙が溢れ、慰霊碑に向かってシンは手を伸ばしていた。
慌てて周りを見渡す。夢というにはあまりにもリアルで、掛けてくれる言葉の一つ一つに、父母の想いが詰まっているのを感じた。だが、あたりを見渡せば日の沈んだ慰霊碑に自分と、先ほど花束を渡してくれた彼らしかいない。
シンは瞳に溢れた涙を拭い、刹那たちのほうに振り返る。

 

「今、ここで亡くなった父さんたちが見えたんです。おかしいですよね、もう会えないって分かってるのに。
夢を見たみたいに、はっきりと見えたんです」
自嘲するように、シンは刹那に話しかける。見えるはずのなかったものを見た自分を笑ってほしい。
シンの願いとは裏腹に、刹那は小さく頷き穏やかに語りかける。

 

「おかしいことなんて、何もない。俺も、似たような経験があるからな」

 

刹那の口元に、小さく笑みが浮かぶ。
ELSとの意識共有を果たそうとし、彼らの情報量に押しつぶされそうになったときのことを思い出す。
『なにしてるんすか。みんなまだ、必死に生きてるっすよ』
いつもとぼけた表情をしていた彼が、厳しい表情をして刹那に告げる。
『世界を変えようとしてる』
弱気になっていた刹那を叱りつける様に、彼女が諭す。
『言ったはずだぜ、刹那。……お前は変わるんだ。変われなかった、俺の代わりに……』
いつも飄々とした笑み浮かべていた眼帯をつけた青年が、鋭い眼差しで語りかけた。
『生きている−−−−そうだな。お前はまだ、生きているんだ』

 

リヒティが、クリスティナが、ロックオンが、背を押してくれた。
変わるのだと、生きるのだと、肯定してくれた。だからこそ、今こうして自分はいる。
目の前の少年にも、きっと必要なものは肯定してくれる他者だ。
刹那は鋭い眼差しを和らげ、シンに語りかける。

 

「戦うことを無理に肯定することはない。だが、生きろ。生きて−−−−生き抜いて、明日をつかめ」

 

何故、この人は初めて会ったばかりの自分に、こんなに親身になってくれるのだろう。
掛けてくれる一つ一つの言葉が、染み入るようにシンの心を満たしていく。
否定ではなく肯定。
言葉足らずで、うまく自分の想いを伝えられない。それなのに、不器用ながらも対話してくれる。
嬉しかった。自分の気持ちを慮って語ってくれる言葉が、ただ嬉しかった。
気がつけば、シンは泣いていた。みっともなく、まるで駄々を捏ねる幼子のように。
クシャクシャにして泣き続ける恥ずかしい姿。それでも、刹那は笑うことなく、シンが泣き止むのをただ静かに待ち続けた。傍らに待ち続ける姿は、まるで彼の兄のようにフェルトの瞳に映った。

 
 

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