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機動戦士ザクレロSEED_第12話

Last-modified: 2008-04-13 (日) 00:41:34

 カガリの演説のあった日、ウナトは夜遅くになってから帰宅した。
 そこで、今日聞いた、それなりに長い人生で聞いてきた中でも最悪だった演説を再び耳にして、顔をしかめる。
 その演説は、居間の方から溢れてきていた。
「カガリは可愛いねぇ、父さん」
 ユウナ・ロマ・セイランは、居間のソファに身体を投げ出し、テレビの大画面に映し出されているカガリを見つめながら、一人でグラスを傾けている。
 そして、ウナトが入ってきた事に気付くと、先の一言を言ってのけた。
 ウナトは顔をしかめたまま、テレビに目をやる。
「ビデオか?」
「いや? テレビもラジオも、繰り返し同じ放送を流してるよ。演説、カガリが持ってきた記録映像、そしてアスハを讃える識者と芸能人、そしてまた演説。この繰り返しさ」
 オーブは今や、ヘリオポリス玉砕の報で一色となっていた。
 誰もが、オーブの理念を守る為、最後の一人まで戦ったという勇敢なオーブ軍とヘリオポリスの住人達について涙している。
 そして、オーブの理念を捨てようとした、卑劣な者達……例えば、オーブ行政官やヘリオポリス駐屯地司令、そして今になって少しずつオーブに到着している自力でヘリオポリスを脱出してきた人々に、怒りをぶつけていた。
 番組は、そんな今のオーブを忠実に表し、さらに煽り立てている。
 アナウンサーが、カガリが断腸の思いでヘリオポリスから持ち帰った記録映像をテレビで今から公開する事を告げ、映像が切り替わった。
『必ずや、オーブの理念を守って見せますよ』
 市街を背景に装輪装甲車の前で銃を手にする若い兵士の笑顔。
『オーブの理念を守るのは、オーブ国民の義務ですから』
 住宅地の街路に立ち、銃を手に緊張した面持ちで答える中年男。
『僕達にはまだこんな事しかできないけど、オーブの理念を守ってください!』
 陣地構築中の市街で、リヤカーに積んだ弾薬箱を運ぶ少年。
 戦いの前に撮られた映像。兵士、市民を問わず、誰もがオーブの理念を守ろうと主張する。
 そのインタビューが終わった後に続くのは、ZAFTとの戦闘シーン。
 一機のジンが、街を蹂躙する。
 ミサイルや機関砲などの数少ない兵器で果敢に挑む兵士。勇敢にも小火器だけでジンに抵抗し、榴弾に薙ぎ倒される市民。
 ジンは、逃げまどう“無抵抗の”市民にまで銃を向け、市民は榴弾で粉微塵に粉砕される。
 描き出されたのは、ZAFTによる一方的な虐殺と、それを阻止すべく勇敢に戦う兵士と市民の姿。そして、
『放してくれ! アスハのオーブの理念なんて俺には関係ない!』
 怯えて逃げようとする市民。頭を抱えて地面に這いつくばり、カメラから少しでも離れようとするかのようにもがく。
『死にたくない! 俺は戦いたくなんか無い!』
 無様で、惨めで、不道徳な存在として描き出される、オーブの理念に命をかけない市民。
 そして戦闘シーンは、オーブ軍兵士と有志市民による華々しい自己犠牲攻撃の決行と、悲壮たる無惨な敗北を描ききり終了する。
 カガリ・ユラ・アスハが脱出する直前まで記録されてきたその映像に、狂気に陥った市民の姿は無いし、市民を巻き込む無為な戦闘行為も無い。
 勇壮な軍と忠勇な市民達による、美しい理想的な悲劇がそこにあった。
 その映像が、テレビから流される。国民に向け、これが真実なのだと。
「楽しい番組だよ。もう、死ななかったら非国民って感じだね」
 カガリが持ち込んだ記録映像を流し終えたテレビに宇宙港が映った。
 映されたのは、着陸したシャトルから降りてきた人々……裕福そうな家族連れだが、その表情は硬く暗い。
 そんな彼らに、離れた場所に集結した民衆が罵声を浴びせていた。『裏切り者』と。
 レポーターが、その家族にマイクを向け、責める口調で問う。『何故、オーブの理念を捨てて逃げたのですか? 何故、戦わなかったのですか?』と。
 ウナトは質問責めにあっている者が古い友人の一家だった事に気付いて呻いた。
「狂っている。この国は狂っている」
「あはは、今更気付いた訳じゃないよね?」
 そう言って笑いながらユウナは、ウナトにこれ以上のショックを与えないように、チャンネルを変えた。
 幾つかのチャンネルでは、さっきの家族を映している。民衆からの投石が始まったと、レポーターが興奮して嬉しそうに叫んでいた。
 やがて、チャンネルはカガリの演説を映している局にセットされる。
 輝くような強い眼差しで演説するカガリと、感涙しながらも演説を静かに聞くウズミ。
 ウナトは、憎しみを込めて呪いの言葉を吐く。
「この恐ろしい親子が、これ以上、国を荒廃させる前に、死んでくれればと思うがね」
「じゃあ、カガリの死体を漬けておく水槽を用意しておくよ。いや、冷凍保存の方が良いかな? いっそ樹脂で固めて……うん、良いぞ。毎日、眺めて暮らすんだ」
 ユウナが明るく答え、流石にウナトの表情が引きつった。
 そんなウナトの顔を見て、ユウナは芝居っぽく肩をすくめて見せる。
「嫌だなぁ、冗談だよ」
 酷く信憑性の薄いその言葉の後、ユウナは視線をテレビに戻した。
「可愛いなぁカガリは。この理想に燃える目が良いね。抉り出しても綺麗なままかな?」
「お前の趣味の事など知らんよ」
 ウナトは、自分の息子の趣味はどうにもならないと諦めの溜息をつく。そんなウナトの心労など知らず、ユウナはまたカガリを見て、恍惚としながら言葉を漏らした。
「ああ、この目が絶望に染まる所を見てみたいよ。悔しくて、悔しくて、それでも屈服するしかないカガリが、這いつくばりながら憐憫を請うその時の目。見たいねぇ父さん」
「知らんと言っているだろう。まあ……それをしなければならない時かもしらんが」
 もう、オーブは保たない所まで来ているのかも知れない。ウナトはそう考えていた。
 このヘリオポリスでの異変こそが、その前触れではないかと。それを確かめる為として今日、セイランに連なる氏族とセイラン派の政治家達の会合で、一つの決定があった。
「ユウナ。パナマ経由の民間宇宙船を用意してある。今から出立して、ヘリオポリスに行ってくれ。正確な状況を知りたい」
 他氏族に注目されていない重要度の低いメンバーを集め、密かにヘリオポリスへと送り込み、真実を確認する。
「お前に……出来るな?」
 やらせる事は決めていたのだが、ウナトはここになって不安になった。
 ユウナは、普段の言動がアレだけに、ほとんど注目されていない。それでいて実はアレな言動は世を忍ぶ仮の姿で、他氏族の油断を誘う芝居……と言うならウナトも安心なのだが、実際の所は本気でアレなのであった。
 何をしでかすかわからないが、肉親だけに報告に嘘は付かないだろうと信用は出来る。調査だけならきっと大丈夫だろうとウナトは自分を納得させていた。
「調査と言っても、ヘリオポリスは全滅したって泣いてるけど?」
 ユウナは、テレビをさして苦笑して見せる。
 信じては居ないのだ。ヘリオポリスの住人が、一人残らず死ぬまで戦ったなどとは。
 ウナトも信じては居ない。だが、一応の事として言っておく。
「全滅しようが、してまいが、一つだけ成し遂げてくれ。ヘリオポリスには、行政官の遺産があるはずだ。それを手に入れるのだ」
 ウナトは、行政官が手に入れた物の事を知っていた。
「あの力は、セイランにとって必要な物となるはずだ」

 

 

 ヘリオポリスでの戦闘から五日を過ぎ、ヘリオポリスの中は一応の平穏を取り戻しつつあった。
 戦火に焼かれ、建物が幾つも崩壊し、見通しの良くなった市街も、遺体回収の終わった所から瓦礫の撤去作業が行われ、少なくとも緊急車両が市街を走り回るに困らない程度には復旧している。
 とは言え、崩壊した建物が放置されていたり、路面に弾痕が刻まれたままだったりと、戦火の爪痕はまだしっかりと残っていた。
 無論、人々の心に残った傷は、ヘリオポリスが復旧しつつあっても決して消えはしない。

 ヘリオポリス厚生病院。今残っている、設備の充実した唯一の病院。
 入院患者に穏やかに過ごしてもらう為、街の中央から外れた緑豊かな場所に建てられていたことが幸いし、戦火での焼失を免れた。
 現在、この病院にヘリオポリスに残った医師や看護師、有志のボランティアスタッフ、医薬品類の全てが集められ、負傷者の治療に当てられていた。
 しかし、病院の許容量はオーバーしており、外に仮設されたプレハブ倉庫同然の建物の中にまで負傷者が並べられている。
 負傷者の呻き声と悲鳴、怒号に近い医者と看護師達の指示の声、治療の甲斐無く死んだ者にすがる残された家族の泣き声、そんな音で満たされたプレハブ病棟の中をカズイ・バスカークは歩いていた。
 やがて彼は、目指していたベッドに辿り着く。
 そこには、包帯で全体を覆うように包まれた1m弱くらいの長さの芋虫のような塊があった。
 その塊からは無数にチューブが伸び、点滴や酸素ボンベにつながっている。
 カズイはそのベッド脇に置いてあるパイプ椅子に座り、無表情のまま塊に話しかけた。
「お母さん、またお見舞いに来たよ。あまり、来られなくてゴメン」
 塊は動かない。返事もしない。
 それでも、聞こえてはいるのだと医者は言っていた。
 視覚と聴覚に問題はない。今は治療の為に喉にチューブを通しているから無理だが、話す事も出来るだろうと。
 しかし、四肢は失われており、一生、動く事は出来ないのだという。
 あの日、カズイと父母は別の場所にいた。そして、カズイの父母はシェルターに入れず、逃げ回って街を出た所で、墜落してきた戦闘機の巻き添えをくったらしい。
 母を庇った父は、ズタズタに切り刻まれた黒こげの肉片となった。
 カズイがようやく病院で母を発見した時には、父は既に共同墓地の中に他の無数の死者と共に葬られた後。申請すれば骨は返してもらえるらしいが、母の方にかかりきりで、どうするかは決めかねていた。
 それに、今のカズイに、父の為の墓を用意する金はない。
 母の治療費さえも無い。今は危急の時だけに治療費など請求されていないが、ずっとそうというわけではないだろう。母はこれからも病院にかかり続ける必要があるだろうから、いずれは金が必要になる。
 それに、母を治す方法は一つあった。カレッジにいた頃、聞いた事がある。
 機械の義手義足、いわゆる医療型サイボーグだ。これを取り付ければ、普通の人間とほぼ変わらない生活が送れる。
 しかし同時に、それを手に入れるには、見た事もないような額の金が必要な事も知っていた。
 金がいる。どうしても金がいる。金、金、金……
 だが、今のヘリオポリスで、どうやって金を稼ぐのか? 考えはいつも袋小路にはまる。
 何にせよ、この混乱した中で就職も何もあったものではない。アルバイトは幾らでもあったが、それは何時までも続く筈はないものだった。
「……ご飯食べてから、アルバイトに行くよ。じゃあ、また」
 反応しない母に声をかけ、カズイは病棟の外へと出ていく。
 病棟の外では、ボランティアが給食を配っていた。その前には、長い長い列ができあがっていた。その列の後ろに並んで、カズイは一時間あまりを待つ。
 途中、割り込みをしようとした男が、先に並んでいた連中に袋だたきにされるのを見た。いつもの光景なので、カズイは動揺などしない。
 カズイの前に並ぶ人数が数える程に少なくなった頃、食器類を乗せたテーブルがある場所にさしかかる。お盆をとり、プラスチックのボウルとスプーンを乗せた。
 そして、もう少し待ち、カズイはようやく食事をもらえる段になる。
 岩で出来ているんじゃ無かろうかというような武骨で無愛想なオバハンが、寸胴鍋からお玉で一杯、カズイの持つ盆の上のボウルに注ぎ込む。
 もう一人の、カマキリのような骨張った長身の無愛想なオバハンが、小型のパンが詰まった箱からトングで二つ挟んで盆の上に置く。
 それでお終い。カズイは、さっさと列を離れて座る場所を探す。
 ……無い。病院の庭は、どこも人で一杯だ。
 それでも幸運に、カズイは病院の壁に空きを見つけ、壁に背を預けて立ったまま食べ始めた。
 具のほとんど無いスープに、パンを浸して食べる。美味くはないが、不味いと騒ぐほどでもない。ただ、もっと量が欲しい。
 一回食べた後に、再び並ぶ者も居ないわけではないだろうが、カズイはそんな風に時間を無駄にしている暇はなかった。
 小さいパン二つを食べ終え、残ったスープをボウルを掴んで口を付けて飲み干す。スプーンは結局、使わなかった。
 ごちそうさまとか、お世辞にも言う気にはならないので、カズイは無言で後始末にかかる。
 使い終わったお盆とボウルを、食器返却場所として用意されたテーブルの、うずたかく積まれたお盆とボウルとスプーンの中に乱雑に突っ込んだ。カズイの後に入れた奴が、うっかり山を崩して、お盆の雪崩にあって悲鳴を上げていたが、カズイは気にしなかった。
 そして、病院を離れるべく正門を目指す。門の所には、バスが待っているのだ。
 バスの横には長机が置かれ、そこに病院のスタッフであろう男が座って、仕事をしてくれる人を待っている。そこへ一声かければ、仕事を紹介してくれるというわけだ。
「あの……」
 声をかけるカズイに、スタッフは無表情で問い返した。
「どうも。遺体回収の仕事をご希望ですか? 遺体の回収は初めてですか? 日にちも経ってますから、かなり酷い状態の物も有ると思いますが、遺体にはお強い方ですか?」
「昨日もやりましたから」
 そう答えて、カズイは慣れた様子で、スタッフの前に置いてある申込者リストの名前の列の最後に、自分の名前を加えた。
 と、スタッフは手元のメモと、カズイの名前を見比べた。そして、得心がいった様子で頷き、カズイに言う。
「ああ……カズイ・バスカークさんですね。昨日来たので、今日も来るかと思い、待っていました。放送で流すと、他の方への印象が悪いと思ったものですから。実は、ZAFTから出頭命令が出ています。今日は、このまま港湾部の方へ向かってください」
「え? 身に覚えがありませんけど」
 ZAFTに呼び出される覚えなど無い。カズイはそう言うが、スタッフは気の毒そうな顔をして肩をすくめた。
「呼び出された理由は知りませんね。でも、無実なら無実と言うしかないのでは?」
「はぁ……」
 レジスタンスの疑惑でもかけられたのか? そう考えると、怖くなってくる。
 全くの無実だが、拷問でもされたら、やってない事までやった事にしてしまうに違いない。
 カズイが顔色を青くしている前で、スタッフはメモを眺めた。他にも連絡事項がある。
「呼び出したのは……キラ・ヤマト。ZAFTの将校か何かでしょうか」
「キラ? どうして、あいつが?」
 カズイは、どうしてそこで友人の名が出るのかわからなかった。

 

 

 ヘリオポリス。ZAFTの押さえる宇宙港。ここに、本来ならばクルーゼ隊の所属艦である、後続のローラシア級モビルスーツ搭載艦ツィーグラーが合流していた。
 その格納庫内。
「やっと俺専用が戻ってきたか」
 ミゲル・アイマンが嬉しそうに言う。彼の目の前には、オレンジ色の塗装のジン……ミゲル・アイマン専用ジンがあった。これは以前の戦闘で破損し、修理していた物だ。
「正確にはジン・アサルトシュラウドになります」
 整備兵は、ジンにアサルトシュラウドという追加装備を付けた事を説明した。
 このアサルトシュラウドは追加装甲として働き、また高出力スラスターを追加する事で機動力の向上も果たしている。そして、右肩に115mmレールガン「シヴァ」、左肩に220mm径5連装ミサイルポッドが装備され、火力を大幅に強化してもいた。
「ミサイルはともかく、レールガンはあの化け物にも効きそうだな」
 ミゲルは、強力な武器を手に入れた事に安堵する。攻撃が効かない敵と戦いたい訳がない。
 如何にも強力そうな砲を見て喜んでるミゲルの横で、オロール・クーデンブルグは整備兵に聞いていた。
「俺のは? どっかの蜜柑色が壊した片腕のジンじゃ、どうにもならないぞ」
 オロールのジンは中破しており、しかもそのまま動かしていたのでかなりガタが来ていた。可能ならば、工場に戻して修理した方が良いほどに。
 その点は整備兵も話を聞かされており、代替機は既に考えられていた。
「……あれはどうですかね?」
 整備兵が指をさして見せたのは、格納庫の奥に固定された白のジン・ハイマニューバだった。
「これって……」
 心当たりのある機体を見て、オロールは言葉に詰まる。
 整備兵は、何でもない事のように言った。
「ラウ・ル・クルーゼ氏の予備機ですよ。シグーの前に乗っていた。でも、パイロットが居ないのに余らせていても仕方ないですし」
 クルーゼは既にほぼ死亡扱いとなっている。つまり、彼の為の機体は余っていた。だから、使える人間に渡そうという算段なのだ。
「やったぜ! あ、でも、色はノーマル・ジンに戻してくれよな。どっかの蜜柑色みたいに、エースを主張して狙われたくないんでね」
「蜜柑色、蜜柑色、うるさいんだよオロール!」
 調子に乗っているオロールを、ミゲルは後ろからチョークスリーパーに固めた。
「うわ! ギブ! ギブだ!」
 バタバタと二人して楽しそうなミゲルとオロールに、整備兵は溜息をつく。
「遊ぶ暇があるなら、自分の機体の調整してくださいよ。で、自分の艦に持って行って」
「あ……そうだな」
 ミゲルがそう言われればと腕を放し、解放されたオロールが苦々しい表情を作る。
「確かにそうだけど、めんどくせぇ」
 二人はそのまま、各々の機体へと向かった。

 

 

 ガモフのブリッジ。
 ガモフ艦長のゼルマンは、ツィーグラーの艦長からもたらされた情報に眉を寄せていた。
「月から?」
『ああ、第8艦隊が出撃した。コースを見るに、確実にこちらへ来る』
 ツィーグラーの艦長が通信越しに言って、持ってきたデータをゼルマンに送る。
 ゼルマンが手元のモニターにそのデータを表示すると、簡易的な宇宙地図と、月から出た第8艦隊とその航跡が表示された。
 月から出撃した連合軍第8艦隊が、ヘリオポリスに向かってきている。確実に、奪われた連合MSの再奪取が目的だろう。
「いやはや、動けなかったとは言え、長居しすぎたか」
 溜息をつくも、それでどうにかなる筈もない。
「嘆いてもしかない。合流で戦力は揃ったが、一艦隊相手はきついな」
『いや、本国から迎撃艦隊が出された。敵は大艦隊な分、足が遅い。迎撃艦隊は高速艦で編成すると言っていたから、ここに辿り着く前に一戦ある筈』
 ツィーグラーの艦長が、さらにデータを付け加えた。
 宇宙地図の上に、プラントから出た艦隊と、その航跡が記される。
 ゼルマンが予定コースを表示させた所、第8艦隊とプラントの艦隊は、ヘリオポリスの手前の宙域で激突する事になるのがわかる。
 連合側が大艦隊の派遣ではなく、少数精鋭による速戦を選んでいたなら、ゼルマン達はヘリオポリス内で身動きとれないままやられていたかも知れない。敵の判断ミスに助けられたか。
 もっとも、MSを擁するZAFTに、数しか取り柄のない連合が少数精鋭で挑む選択をする事は難しいだろうが。
「なるほど、これならば最悪でも、抜けてきた残存戦力や別働隊を迎え撃つだけですむか」
 どれだけ残して戦場を抜けるか、どれだけ別働隊としてくるか、それが問題だ。今までの連合なら、たいした事は無いだろうが……
『ついでというわけではないのだろうが、連合MS回収用の艦隊と、占領統治の為のスタッフもヘリオポリスに派遣されてくるそうだ。警戒は必要だが、焦る事はないのじゃないか?』
 余裕を見せているツィーグラーの艦長に、ゼルマンは少し考えてから言った。
「敵に新型MAが含まれていなければな」
『MAごとき、何を心配している? MSの敵ではないだろう』
 ツィーグラーの艦長は通信の向こうで笑った。
 だが……ゼルマンは決して笑わなかった。

 

 

 カズイは、キラ・ヤマトに呼ばれ、ZAFT占領中の港湾部に出頭していた。
 港に用意された応接室で、カズイは何日かぶりに友人と出会う。
「ZAFTに呼ばれた時は、青くなったよ。キラが何で、ZAFTを動かせるんだ?」
「ゴメン、アスランに……ZAFTの軍人になった友達に、力を借りたんだ。友達を見つけて、呼んで欲しいって」
 カズイを笑顔で出迎えたキラは、応接セットのソファにカズイを座らせた後、対面に自分も座り、そしておもむろに悲しそうな顔をした。
「でも、君以外は、見つからなかったんだ」
 フレイ・アルスターは連合の戦艦と一緒に行ってしまい、サイ・アーガイルはその前後から連絡が取れなくなり、トール・ケーニヒとミリアリア・ハウはコロニー内で起こった最後の戦闘の後は行方不明。
 キラが探し出せたのはカズイだけだ。
「もう、僕達だけなんだな……たくさん死んだからね」
 カズイは、人ごとのように呟く。正直、今のカズイには大した事ではなかった。
 居なくなった友人より、もっと重い現実がある。
 キラは、申し訳なさそうに目を伏せた。
「ああ、その……ご両親の事、聞いたよ」
 捜査の中でカズイが見つかったのは、彼の母親が入院していたからだ。
 カズイは薄く笑って答える。
「……参ったよね」
 キラに同情して貰っても何もならない。いつものキラの様に、中途半端にわかった様な口をきかれるのは耐えられそうにない。
 だから、カズイは無理矢理話題を切り替えた。
「そんな事よりキラ、お前の方はどうだったんだ?」
「僕の方は両親とも無事だったよ。それに、アスランとも仲直り出来たんだ」
 嬉しそうにキラの顔がほころぶ。
 カズイは冷めた目でそれを見ていた。今更、このキラの反応に腹を立てても仕方ない。
 敵の侵攻で不幸になった人間の目の前で、敵と仲直りした話をするような奴なのだ。
 だからキラは、カズイの前で単純に喜んでいた。
「アスランとプラントに行く事にしたよ。その方が良いって、言ってくれたんだ」
 そう言った後、キラはカズイをまっすぐ見つめて言う。
「カズイも一緒に行かない? 僕の友達だって言えば、アスランもきっと一緒に連れてってくれるよ」
 その申し出を、カズイは少しの間だけ考えた。しかし、答えは決まっている。
「僕はコーディネーターじゃないから。プラントで生きていくのは無理だよ」
 カズイは首を横に振った。
 プラントで働き口があるとは思えない。能力差も有るし、ナチュラル差別も有ると聞く。
 まさか、そのアスランとやらが、一生養ってくれるわけでもあるまい。
 今のカズイには働き口が必要だった。
「でも、キラが行くのは良いんじゃないの?」
 元の鞘に帰るだけだとカズイは判断する。
 コーディネーターのキラなら、プラントで立派にやっていけるだろう。
 それに、敵であるZAFTと仲の良い事を隠さないキラは、もうこのヘリオポリスでは生きて行けまい。
「応援するよ」
「でも、みんなを見捨てていくようで辛いんだ」
 キラは、辛そうな表情を浮かべる。このヘリオポリスが大変な時に、まだ比較的には安全なプラントに行くのは後ろめたいのだろう。
 そういえばキラの美点は仲間を大事にする事だったなと、カズイは笑って言ってやった。
「キラがプラントに行っても、皆は友達のままだよ」
 お人好しばかりだったからと付け加えるのは止めておく。
 カズイだって、プラントに行ったからといって、それだけでキラを敵だとは思えないのだ。
「平和になってから、会えたら会って、それで謝れば良いんじゃない? 今は混乱してるけど、きっとみんな無事で見つかるよ」
「そう……だね。うん、必ず、皆に会いに来るよ」
 キラは、安心した様だった。そして、平和になって皆に会えたらと、とりとめのない話をし始める。
 その話を聞いて少しだけ笑いながら、気休めだなとカズイは心の中で自嘲した。
 今のヘリオポリスで行方不明だという事が示す事実は、大方一つでしかない。
 キラは、そんな事実に気付いていない様子で、無邪気に話をしていた。
 そんな彼を見るカズイの表情から、いつしか笑みが消える。
「なあ、キラ……」
 カズイは、キラの話を遮った。
「何?」
 怒るでもなく聞き返すキラに、カズイはまた少しだけ笑みを見せる。
「キラは……キラだけは変わるなよ。きっと、みんな変わっていくんだ。この戦争は、全部をぶち壊した。でも、キラだけは変わるな。お前だけはさ……お前だけは、変わっちゃいけないんだ。勝手な願いだけどさ」
 キラは、カズイの言葉の意味を計りかねたようで、少しの間だけ考え込んでいたが、ややあってから笑顔で答えた。
「わかったよ。僕は、いつまでも、皆の知っているキラ・ヤマトでいる。皆がどんなに変わっても、僕はずっと皆の友達だったキラ・ヤマトで、変わらずに友達でいるよ」
「それを聞いて安心したよ」
 カズイは言って、寂しげに目を伏せた。
 次に会う時……その時、どんなに堕ちた自分であっても、キラが変わらずに接してくれるなら、その時だけは以前の自分で居られそうな気がしていた。

 

 

 ヘリオポリスでの戦闘から一週間。
 今のところはヘリオポリスの責任者である、ZAFTのガモフ艦長ゼルマンによって、ヘリオポリスからオーブ本国への超長距離通信が許可された。無論、ZAFT側の監視下においてであるが。
 送られる通信内容は、ヘリオポリスの現状報告と、事件経過の報告。それらは、多分にZAFT側の視点が盛り込まれていたので、先に戦ったオーブ軍やレジスタンスを悪と断じた論調の物となっていた。
 しかしそれは、現在のヘリオポリスの住人達の見解とほぼ一致するものである。ZAFTを必要以上に讃えるプロパガンダは含まれていない。
 そしてもう一つ、オーブ本国への救難要請。医療関係者や救援物資といったものはすぐにも必要としていたし、レジスタンス残党を追いつめる為に警察の増援も欲しいと。
 通信が送られてから数時間後、オーブからの返答が届いた。
 この超長距離通信は、アメノミハシラを経由するので、口こそ挟まなかったがサハク家も同じ通信を聞いた事だろう。
 また、ガモフのブリッジでも、同じ通信を確認していた。
 期待して通信を待っていたヘリオポリス市庁通信室の通信技師達が通信モニターの中に見たのは、怒りに燃える金色の髪の少女、カガリ・ユラ・アスハの姿。
 後にヘリオポリスを震撼させるこの通信は、オーブ本国でテレビ中継されていた。
 ヘリオポリスで玉砕した真の愛国者達を裏切り、オーブの理念を捨て、ZAFTにヘリオポリスを明け渡した悪しき者達に対して、気高い怒りを燃やす高貴な姫獅子の姿としてカガリはオーブ国民の前にその姿を見せつける。
 彼女は、大いなる怒りのままに叫んだ。
「何故、お前達は生きている!? オーブの理念を捨て、戦わず逃げた裏切り者が!」