Top > 機動戦士ザクレロSEED_第15話
HTML convert time to 0.011 sec.


機動戦士ザクレロSEED_第15話

Last-modified: 2008-09-12 (金) 22:22:54

 歌が聞こえる。
 
 そして、貴方は思い出す。
 
 行うべき、本当に正しい事を。
 
 
 異変は、見張りに付いていた海兵達に察せられた。
 ざわめきに変わり、静寂が広がっていくホール。死体のように動かなくなっていくコーディネーター達。そして、耳に届く歌声。
「何だ? 何が起こっている?」
 ホールを覗き込んだ海兵の一人が、不安混じりの声を漏らす。
 騒ぎ、抵抗の動きがあるなら理解できる。恐怖に錯乱する者が出るのも予想の範疇だ。しかし……これは何だ?
 集められた乗員乗客達はその全ての動きを止めている。歌に聴き惚れていると言うのとはまた違う。明らかに何かがおかしい。
「歌を止めろ!」
 海兵は、群衆の中に銃を向けて叫んだ。
「!?」
 ラクス・クラインは海兵の声に驚き、歌を止めた。歌が止まり、ホールは瞬時に無音となる。
 この異常事態の原因は一つしか考えられない。ならばそれを止めればいい。その考えは正しかったのかも知れない。しかし、その行動は間違いであった。
 海兵は、ラクスに銃を向けてしまっていたのだ。
 自身に銃が向けられている事に気付き、ラクスはその顔に恐怖の色を浮かべた。
 だが……ラクスと銃の間を遮るように誰かが立つ。
「え……?」
 ラクスから戸惑いの声が漏れた。
 そこに立つのは、先ほどまで泣いていた筈の小さな女の子。
 女の子は両手を広げて、銃からラクスを隠していた。その表情に、先ほどまであった恐怖の感情はなく、僅かに笑みさえも浮かべている。
 そしてそれは、その女の子だけではなかった。
 女の子の前に新たな人が立つ。次々に、ラクスをかばう為に、ホール中のコーディネーターが集まってくる。
「ラクス様を守れ!」
 最初に叫んだのが誰かはわからない。だが、その叫びは次々に広がっていき、唸るような怒号となってホールに満ちた。
 
 誰もが叫んでいる。
 
 本当に正しい、唯一成すべき事を。
 
 貴方もまた叫んでいる。本当に正しい、唯一成すべき事を。

 

 

 歌を歌っていた少女に銃を向けた瞬間、状況は変化した。おそらくは最悪の方向へ。
 ホール内のコーディネーター達が一斉に動き、海兵の銃の前に立った。
「ラクス様を守れ!」「守れ!」「守れぇ!」
 一斉に沸き起こる怒号。そして、コーディネーターは動き出す、海兵の居るホール唯一の出入り口へ。
「止まれ! 撃つぞ!」
 海兵の制止の声は無視された。コーディネーター達は動きを止めようとしない。
 もっとも、無重力の中に身を投げ出した後は、慣性で動き続けるしかないのだが。それでも、撃たれまいとする様子が見えても良いはずだった。しかし、それすらない。
「来るぞ撃て!」
 海兵の一人が叫び、自らが持つ銃の引き金を引いた。それにつられて、同僚の海兵もまた同じく引き金を引く。
 アサルトライフルは、弾倉に納められた弾丸を瞬く間に吐き出す。コーディネーター達の先頭にいた十数人が銃弾を受け、身体の一部から血飛沫を弾け出させた。
 しかし……
 血の飛沫をまき散らすコーディネーターの身体に後ろから手がかけられた。その身体は後ろに引き戻され群衆の中に紛れ、代わりに新たなコーディネーターが前に出てくる。
 代わりに先頭に立った者達は、同胞の死をもってしても止まらず、海兵達に……銃に向かって突き進んでくる。
「くそ! こいつら、何故止まらない!?」
「メイデー! メイデー! ホールで暴動発生! 応援を……くそっ!」
 ヘルメット内蔵の通信機に叫びながら、海兵達は新たな弾倉を銃に取り付ける。
 第二射。一塊となって迫り来るコーディネーター達の前面で、血飛沫と悲鳴が上がる。それでも、コーディネーター達は止まらない。
 更なる弾倉交換の暇もなく、コーディネーター達は海兵に襲いかかった。
「畜生!」
 海兵が振り回したアサルトライフルのストックが、先頭に立っていたコーディネーターの男の首を横薙ぎに襲い、首の骨を叩き折る。
 もう一人の海兵は腰から拳銃を抜き、迫る群衆の壁めがけて立て続けに引き金を引いた。
 だが、彼らの抵抗はそこまでで、二人は直後にコーディネーターの群れに呑まれる。
 装甲宇宙服は素手で破れる物ではない。それでも、幾人もにしがみつかれれば身動きは出来なくなる。
「た……助け……」
 海兵達の救助を求める声は、コーディネーターの怒号の中に掻き消された。
 手にしたアサルトライフルがもぎ取られる。一人の海兵の腰のホルスターから拳銃が抜き取られ、そして元の持ち主である海兵に向けられた。
 銃声もまた、怒号に紛れ大きく響く事はなかった。
 
 正しい事をしましょう。この世にただ一つ正しい事を。
 
 だから全てを投げ捨てて
 だから恐れもなく前へと進む
 過ちは一つもない

 

 

 ラクスは目を見開き、余す所無く全てを見ていた。
 目の前にはホールの出口めがけて殺到する人々。
 銃声が響くと、ややあって群れの中から血にまみれた人が幾人も放り出される。前列で傷ついた人が、新たに前に出た後列の人々によって放り出されたのだ。
 血飛沫をまき散らしながらゆっくりとホールを漂う幾つもの人体。その一つが、ラクスの前に漂って来ようとしていた。
 それはまだ、微かにだが動いている。ラクスはそれを見るや、その場から飛び立ち、その人の元へと向かった。
「あの……嫌……そんな」
 声をかけようとして、その人の身体から溢れ出す血滴の量にラクスは声を失う。
「……離れて。ラクス様が汚れます」
 苦しい息の中で言ったその人は、この船の船長だった。
 被害を出さない事を第一に考えていた男が、自ら最前に立って倒れている。
 船長は、死を前にしながらも晴れやかな気持ちで居た。
 自分は誤っていた……本当にすべき事をしていなかった。
 無事に臨検を乗り越える? 乗客乗員の身の安全? そんな事にばかり目がいって、本当にすべき、この世にただ一つ正しい事が見えていなかった。
 しかし、ラクス様のお陰で……その歌声に導かれ、自分は正しい事を行う事が出来た。ラクス様を、この船から脱出させる事が、本当に正しい事だ。
「さあ……お行きください、ラクス様……道は……皆が……」
 自らの行動に心から満足し、微笑みすら浮かべて船長は、ラクスに逃げるよう促す。
 ラクスは船長の言葉が耳に届かぬ程に狼狽しながら、船長の身体から溢れ出す血を止めようと、無為に傷口を押さえようとしていた。
「ぁ……どうしましょう。血が止まりませんわ」
 両の手を鮮血に濡らして船長の身体を押さえても、押さえきれない他の傷から血は流れていく。
 船長の傷を塞げたとしても、ホールに漂う負傷者の数は増えるばかりで、その傷を塞ぎに行く事は出来ない。
「血が止まらない! ごめんなさい! 血が止まらないの!」
 ラクスの手は小さく、塞がなければならない傷はあまりにも多く、流れ出す血はあまりにも多くて、どうする事も出来ない。誰も救う事は出来ない。
「ラクス様、手を放してください」
 背後からラクスの手をとり、船長から手を放させたのは、船医だった。
「でも、血が止まらないんです!」
「彼は死にました。それより、早く逃げましょう」
 船医はラクスに逃げるよう促す。
 しかし、彼は知っていた。船長はまだ生きている事に。
 限りなく死に近くはあるが、医務室に運び込めば……いや、ほとんど助かる見込みはない。見込みはないがそれでも、以前の船医ならばどんな小さな可能性であっても、助ける為にそれに賭けただろう。
 また、船長はどうにもならないかも知れないが、他の負傷者にはまだ軽い怪我の者もいる。彼らならば、確実に救えるかも知れない。
 しかし、船医はそんな事よりも、正しい事を選択した。
 惑わされてはならない。正しい事は一つ。ラクスを救う事なのだ。
 この先、ラクスが負傷しないとも限らない。その時には、船医の治療が必要になるかもしれない。船医は、ラクスについていくべきであり、そうである以上、他の負傷者を救う事は出来なかった。
「行きますよ。他の皆が道を開いてくれました」
 船医はそう言って、ホールの出入り口を指差す。
「ひっ……!?」
 示されるままにそこを見たラクスは、息を呑んで凍り付いた。
 出入り口の周りは漂う血滴に汚れ、その合間を血滴をまき散らしながら人々が漂い、あるいは苦悶に蠢いている。
「さあ、行きましょうラクス様」
 いつの間にか、船医以外にもたくさんの人がラクスの周りに集まってきていた。
 彼らは迷い無き瞳で、血に溢れる道を指し示す。
「さあ、行きましょうラクス様」

 

 

 ホール近くの通路は戦場と化していた。
「撃て! 宇宙人共を止めろ!」
 通路の一端、T字路の突き当たり部分に陣取り、海兵隊はそこで阻止を試みている。
 海兵隊の手の中、アサルトライフルは吼え猛り、無数の銃弾を吐き出した。
 対するコーディネーター達は、仲間の死体を盾に押し出して通路を突き進み、海兵に肉薄しようとしている。無論、犠牲は凄まじいが、誰一人、恐れて逃げ出す者は居ない。
 全身を銃弾に穿たれ、生前の姿を完全に失った、赤く濡れた肉塊が海兵達に迫ってくる。
 幾多の戦場で戦ってきた海兵達にとっても、こんな戦いは初めての経験だった。
 この様な戦闘が、ホールを中心とした船内数カ所で発生している。海兵達は、急遽、船内各所に散っていた戦力を集結させ、その対処に当たっていた。
「くそ! グレネードだ! 吹っ飛ばせ!」
 分隊長の言葉に、海兵達は一斉に通路の角に身を隠し、グレネードランチャー付きのアサルトライフルを持った海兵だけが銃を通路の中に向けた。
 ライフル下部のランチャーから、グレネードが射出される。
 直後、迫ってきていたコーディネーターの群れの中にグレネードは突き刺さり、直後に轟音を立てて炎と破片をまき散らした。
 爆風に押され、コーディネーター達の動きは止まる。
 最前列にあって盾となっていた死体はもちろん、その後ろにいたコーディネーター達も、グレネードの破片に切り刻まれてズタズタにされていく。
 しかし、更にその後ろのコーディネーターは無傷か僅かな負傷ですんでいた。人が盾となり、爆風も破片も届かないのだ。
 彼らは、新たな死体を盾として、再び前進を始める。その動きを見て分隊長は舌打ちをした。
「こういうの、昔、映画で見たな」
 歩き回る死者という奴だ。もし本当にそうだとしたら、自分達は奴らの餌になる運命だろう。部下は、どいつもこいつも主人公面じゃないし、悲鳴を上げる以外に能のないヒロインもここにはいやしない。
 幸い、敵はただのコーディネーターで、撃てば死ぬ。ただ、その勢いが尋常ではないだけだ。
 海兵達が再びアサルトライフルを撃ち始めたが、やはり死体を盾にされていてはあまり効果が無い。当たった人体を確実に破壊するよう作られた銃弾は、貫通して後方にまで損害を与えるようには出来ていないのだ。
 コーディネーター達は、じわじわとその距離を詰めてくる。接近されて乱戦になれば、完全装備の海兵といえども、人数の差で圧倒されかねない。
 分隊長は通信兵を呼んだ。
「小隊長に繋げ!」
 通信兵はすぐに通信を繋ぎ、通話機を分隊長に渡す。分隊長はそれを受け取ると、すぐさま通話機に向けて怒鳴った。
「敵の進出を抑え切れません。後退の許可を!」
『お客様には五分お待ち頂いてくれ。後方で歓迎パーティの準備中だ』
「了解、五分後に後退、合流します」
 通信を切り、分隊長は自らも銃撃戦に参加する。
「野郎共、五分だ! あと五分、撃ちまくれ!」

 

 

 メカニックの少年と主任は、二人で船の整備用通路を進んでいた。
 太いケーブルや配管が走る、薄暗く一人通るのもやっとな程に狭い通路には、海兵の姿は見えない。
「おい、何処に行くんだ!?」
 主任は、先に立って走る少年に問いただした。
 とは言え、だいたいの想像はつく。この通路の先には、倉庫ブロックがある。そしてそこには、漂流中に回収され、少年が修理したMSがある……
 嫌な予感がしていた。そしてその予感が正しかった事を、振り返った少年の口から告げられる事になる。
「ラクス様を助けるんです! 僕が修理したあれなら、ラクス様をお守り出来ます!」
 少年は瞳を輝かせて、本当に正しい事を叫んだ。
 主任はそれを聞き、声を荒げる。
「いったい、どうしちまったんだ!? あのホールでの騒ぎから、お前は……いや、みんながおかしいぞ!?」
 主任には理解出来なかった。
 あの血みどろの一斉蜂起。
 船長は人命第一に、抵抗しないよう命令していたのではなかったのか?
 ホールの人々は恐怖に震え、抵抗の意思など持てずにいたのではなかったか?
 そして、何があっても生き残る事を約束し合った少年までもが、今、危険極まりない考えを実行に移そうとしている。
「止めろ! ここで、騒動が収まるのを待とう。何があっても生き残ろうと、俺と約束しただろう!」
「何を言ってるんですか!」
 少年は、主任の言葉を受けて怒りの表情を表した。
「ラクス様を助けないでここで隠れているなんて! そんな事、許される筈が無いじゃないですか!?」
「ラクス? だから、何故だ!? 歌姫を守る事がそんなに大事なのか!? メカニックになりたいって言う、お前の夢よりも大事なのか!?」
「当たり前ですよ! 僕なんかの夢と、ラクス様を助ける事を、比べて良い筈がない!」
 少年の返答に、主任は即座に少年を殴り飛ばした。
 硬い拳は少年の頬を捉え、少年は壁に身を打ち付けながら飛ばされ、やや離れた所で止まる。
「……お前が、そんな事を言うなよ」
 主任は耳を疑っていた。確かに、海兵に殴られたショックで、今は耳が聞こえづらい。ホールで歌姫とやらの歌も聞こえなかった位だ。だが、この距離で少年の言葉を聞き逃すはずがない。
 しかしそれでも、主任は今の少年の言葉が間違いであって欲しいと願っていた。
「お前の夢だろう!? 俺は、お前がその為に努力していたのを知って居るんだぞ! それなのに、どうしてだ!」
 もう数発殴ってでも、その考えを改めさせてやろうと、少年に近寄っていく主任。
 その時、少年が立ち上がって叫んだ。
「どうして、わかってくれないんですか!? 僕が正しくて、主任が間違っているのに!」
 それはただ一つ正しい事。他の全ては誤りで、間違っている。
「邪魔なんてさせない……」
 邪魔をする者は敵でしかない。
 少年は、正義の怒りに燃える瞳で主任を睨み付け、そして踵を返すと倉庫ブロックのある方向へと壁を蹴って飛んでいった。
「……何が」
 主任は惑う。少年を変えた物が何なのかがわからなくて。
 その一瞬の惑いの時間は、少年と主任を大きく引き離してしまった。二度と手が届かない程に……

 

 

「……来ました」
「前列は死体が半分だ。その後ろの生きた奴らが来るまでスイッチは待て」
 ホールから溢れ出たコーディネーター達に未来は無かった。
 一時は海兵達を圧倒し、進撃を続けた彼らにも終わりの時が来る。
 海兵達は、コーディネーター達の進行方向にある十字路にてキルゾーンを作り、待ちかまえていた。
 コーディネーターの一群が十字路に足を踏み入れ、隊列の半ばがそこを通り過ぎようとしたその時、四方の角に巧妙に仕掛け置かれていた爆薬が炸裂する。
 船体を破壊しない為、爆薬の量は抑えられていたが、それでも爆風で彼らを吹っ飛ばすぐらいの威力はあった。
 四方からの爆発により、十字路の中にいた者は中心に向けて圧縮されるように吹っ飛ばされる。
 爆風が身体を押し潰し、砕いていく。盾としていた死体、共に進んできた仲間、それらが鈍器となって、潰れ砕けた身体を更に叩き潰す。
 くしゃくしゃに潰されて人の形を成さぬ絞りかすのような姿になった男。叩きつけられた身体の部品が刺さり込み、まるで一つの生き物だったかのように身体から余分な手足をはやす女。千切れ砕けた肉片となり、その姿を無くした者も数多いだろう。
 十字路を通り過ぎていた者。あるいは足を踏み入れる前だった者。彼らもまた、十字路に近い位置にいた者は似たような状況にあった。爆風で壁に叩きつけられ、その上に死体や生きた人が重なるように叩きつけられ、潰れていく。
 凄惨な状況。それでも、離れた場所にいた者には生存者が居た。無傷の者はほとんど居ないが、それでも再び動き出そうと身を捩る。
 直後、コーディネーター達から見て前方と左方の通路、その奥の角を曲がって海兵達が姿を現し、容赦のない銃撃を浴びせかけた。
 十字砲火の中で、まだ生きていた不運なコーディネーター達と宙に漂う不格好な肉の塊は銃弾を浴びて踊る。
 それでも何人かは、射撃を逃れて今来た道を……あるいは、海兵の居ない右方の道に逃れる事は出来た。
 しかし、今までは数の多さで押して進んできた道だ。今や、その数を減らしたコーディネーター達に、何が出来る筈もない。
 逃げ出した先には、既に海兵達が回り込んでいた。
 宙を漂うように通路を逃げてきたコーディネーターの前に、海兵達の銃が並ぶ。
 それでもコーディネーターは最後の抵抗をしようとした……いや、もしかすると降伏しようとしたのかも知れない。何にせよ、僅かな動きを見せたその瞬間に、海兵達の射撃が容赦なくその身体に穴を穿っていた。

 

 

 ラクスと船医、そのほか数人の女性……そして、子供達。女性は全て母親で、子供達の手を引いている。
 彼らは、最低限の人数で脱出ポッドを目指していた。
 他の多くのコーディネーター達が、無謀な進撃で時間を稼いでいる。彼らが全滅する前に、脱出ポッドに辿り着かなければならない。
 それは難しい試みだった。
 脱出ポッドは船内の各所にある。しかし、海兵達も馬鹿ではないので、そこへ行くルートには全て見張りを付けていた。
 コーディネーター達の蜂起で、海兵達の注意はそちらに向けられている。しかし、完全に見張りが居なくなったわけではない。
 危険を避ける為、見張りの居ないルートを探して進まなければならなかった彼らは、既に多大な時間を費やしてしまっている。
 それでも彼らは、何とか脱出ポッドのある避難スペースへと辿り着いていた。
 そこは小さなホールになっており、船の外殻に向けて幾つも扉がついている。これが、脱出ポッドの入り口だ。
 船医はその内の一つに取り付き、扉脇のコンソールの操作を行った。空気の抜けるような音と共に扉は解放される。
 開いた脱出ポッドの入り口。ラクスはその前で震えていた。
「ぁ……ぁの……他の皆さんは……」
「後から行きます」
 船医はそれだけ答えて、ラクスに中に入るよう促す。
「どうぞ、中へ」
「……他の皆さんを待ちます。私より先に、子供達を」
 ラクスはそう言って、子供達の方を見た。しかし、子供達はラクスをじっと見返すだけで、脱出ポッドに乗り込もうとはしない。
 子供達は、恐怖の表情を浮かべてはいたが良く耐えていた。ホールでは多くの子供達が恐怖を堪えきれず泣いていたというのに。
 泣き叫べば、ラクスの命をも危険にさらす可能性がある。それがわかっているかのように子供達は恐怖に耐えている。
「ラクス様が乗らなければ、この子達も乗れませんから……」
 母親の一人が、困ったような笑みを浮かべる。
 母親達は、自分の子供よりもラクスを気にかけていた。無論、そうしなければならない。それが正しい事なのだから。
「……わかりました」
 全員に無言で促され、ラクスは当惑しながらも脱出ポッドの中に足を踏み入れた。
 次に入ったのは、ラクスにずっとついてきていたピンクのハロ。
 そして、ラクスが入った事に安堵して、子供達と母親達が後に続こうとする。その時だった。
 突然に鳴り響く銃声。
 母親達の内、数人の身体が踊るように回り、辺りに血飛沫をまき散らす。
 ラクスは銃声がした方を見た。この避難スペースへ繋がる通路の奥から、海兵達がアサルトライフルを構えてやってくる。
「は……早く、皆さん乗ってください!」
 ラクスは危険を感じて叫んだ。そして、子供達を何人かでも引き込もうと脱出ポッドから身を乗り出そうとする。しかし……
「らくすさまをまもれぇ!」「まもるのぉ!」
 歓喜の色さえ感じさせる子供達の声。
 そして、子供達は床や壁を蹴って飛んだ。海兵達のいる方向へ。
 海兵達は、襲い来る子供達を前に一瞬の戸惑いを見せたが、すぐに銃を構えた。
「やめてえええええええええぇっ!!」
 ラクスは叫ぶ。同時に、新たな銃声が高らかに響く。
 子供達の身体の各所が爆ぜて血飛沫が舞う。穴を穿たれ、砕かれた子供達の身体が、糸が切れた操り人形のように宙を漂う。
 それでも、子供達は笑みを浮かべていた。最後の瞬間に浮かべた表情そのままに。
 生き残りの母親達は、子供の死にも取り乱さなかった。ただ、怒りを海兵達にそのままぶつける。
「どうして、正しい事なのに邪魔をするのよ!?」
 子供を殺された母の叫ぶ言葉。子供を殺された怒りよりも強い、正しい事を妨げようとする悪に対する強い怒り。
 そして母親達は、通路を塞ぐように立ちはだかった。
「ラクス様、逃げてください!」
 海兵達の撃ち放つ銃弾が、母親達の身体を穿つ。彼女らが盾になったお陰で、ラクスの元へ銃弾は届かない。
 ラクスは全てを呆然と見ていた。
 どうして母親達が。どうして子供達が。それ以外にも多くの人々が、自分を守ると叫びながら死んでいくのか。どうして? 疑問に答えは返らない。
 しかし、心の何処かに、こうなった事を安堵する自分がいた。
 願いは……叶えられる。
 願い? ささやかな願いだ。
 あのホールの中、ラクスは怯えていた。そして救いを求めて願った。誰かが自分を救い出してくれる事を。
 それは、人間である以上、誰もが持っていたもの。あのホールの中、恐怖を感じぬ者はいなかった。そして、同じように救いを求めてもいただろう。
 ただ一つの不幸は、彼女がラクス・クラインであった事。彼女が歌ってしまった事。
 願いは成就する。
 無数の命を糧にして。
「ラクス様!」
 最後に残っていた船医が、ラクスの身体を突き飛ばすように押して、ラクスを脱出ポッドの中に押し込んだ。
 そして船医は、素早くコンソールを操作する。
 脱出ポッドの扉は素早く閉まり、ラクスを船内から隔てた。
 直後に、脱出ポッドの扉を無数の銃弾が叩く。
 子供達と母親達の亡骸を排除し、海兵達がこの避難スペースに突入してきていた。
 海兵達の放つ銃弾は、船医の身体も貫いていく。
「ぉああああああっ! ガッ!?」
 船医は、最後の力を振り絞って、コンソールの脱出ポッド射出ボタンを叩いた。同時に、一発の銃弾が船医の後頭部から額を貫き、頭を爆ぜさせる。
 吹き付けられた鮮血に濡れたコンソール。その赤い血の下で、射出完了を示す青いランプが点灯した。

 

 

 主任を振り切った少年は、整備用通路から倉庫スペースの点検口へと至った。
 少年は、音を立てないようにゆっくりと点検口を開ける。
 一応の床部分にポッカリと丸い口を開けた点検口。そこから、少年は顔を出して周囲を伺った。
 倉庫スペースの入り口に、海兵二人の背中が見える。しかし、他に海兵は居ない。
 少年は、海兵に気取られないように点検口から這い出て、ここに置き捨てられているシグーを目指す。
 下半身が破壊されている為、ジャンクのようにしか見えない事が幸いしたのか、シグーは監視がつく事もトラップを仕掛けられる事もなく放置されていた。
 少年はシグーのコックピットハッチに辿り着くと、ハッチを開くべく操作した。
「ん? 何だ?」
 海兵の一人が、ハッチが開く音に気付いてシグーを見る。そして、海兵はシグーに乗り込もうとしている少年を見た。
「敵!?」
 アサルトライフルを撃ちはなった海兵の判断は速かったが、位置が悪かった。少年は、海兵から見てシグーの影に身体のほとんどを隠している。
 少年が動くよりも早く銃弾が放たれたが、そのほとんどがシグーの装甲表面で弾け、残りは倉庫スペースに置かれた資材に当たった。
 少年は、銃撃の後に自分が生きている事に気がつくと、慌ててコックピットの中へと飛び込んみ、すぐにハッチを閉じる。
 ハッチを閉じてしまえば安全だ。少年は恐怖による震えと早くなった鼓動を抑える為に息をつき、MSを起動させる操作を始めた。
 一方、海兵達は、少年がシグーに乗った事に気付くと、射撃を止めて倉庫スペースの外へと走り出た。
「緊急事態! 倉庫スペースの廃棄MSが奪われた!」
 一人が通信機に怒鳴る傍ら、もう一人は倉庫スペースの扉を閉鎖する。
 海兵二人でMSは止められない。外に出た後に、MAに片を付けて貰うしかないだろう。
 そう判断して海兵達は、シグーに乗った少年が船内を破壊し始めるような暴挙を起こした時に巻き込まれないように、通路の各所に設けられた緊急用の隔壁を下ろしながら、大急ぎで倉庫スペースの前を離れていった。
 取り残された倉庫スペース内、シグーは起動する。少年の修理によって、シグーは良好とは言えないもののそれなりに動く状態にはなっていた。
 少年は操縦桿に手をやり、シグーを動かす。身じろぎすると、シグーを固定していたワイヤーが次々に弾け切れ、シグーは自由を取り戻す。
 その後、シグーと共に回収され、これも床にワイヤーで固定されていたMMI-M7S 76mm重突撃機銃を手に取る。ぐっと引っ張るとワイヤーが千切れ、重突撃機銃はシグーの手の中に収まった。
 次は、外に出る……少年がそう考えて、倉庫への物資搬入口でもある大型エアロックの扉の方に目をやった時、少年は重厚なその扉がゆっくりと開いていくのを目撃した。
 エアロック脇の操作コンソールに立つのは、後を追ってきていた主任。
「どうして……」
 どうして協力してくれるのか? 先ほどまでは止めようとしていたのに。そんな疑問が口をつこうとした。だが、この疑問の答えは簡単だと少年は思い直す。
「わかってくれたんですね? 本当に正しい事を」
 ああ、本当に正しい事は、必ず理解されるのだ。主任は、正しい事を邪魔しようとする悪人などではなかった。そんな考えに少年は喜んだ。
 もっとも、少年が主任をもっとよく観察していたら、そんな感想は抱かなかったかも知れない。いや、観察していたとしても、同じ感想に至っていただろうか。
 ともあれ、主任の顔に浮かんでいたのは、苦い諦めの表情だった。
 主任は、遅れてこの倉庫スペースに辿り着き、少年がシグーに乗ってしまった事を知った所で諦めた。もう止める事は出来ない。ならば……
 エアロックの扉が開く。シグーはゆっくりと前進し、エアロックに入っていく。
「……生きて帰って来いよ。お前はまだまだメカニックの修行が足りてないんだ」
 主任は、すぐ横を行き過ぎていくシグーに向けて言った。その言葉は、少年には届かない。
「主任、行ってきます! 必ず、命に代えてもラクス様を守ります!」
 少年は外部スピーカーを通して主任にそんな言葉を残した。そのままシグーはエアロックに入っていく。
 主任は、無言でエアロックを閉鎖する。こちらの扉が閉まれば、続いて宇宙側の扉が開き、シグーは宇宙に放たれる。
「馬鹿野郎。そうじゃないだろうが。お前は……そんなじゃないだろうが」
 主任は、いつからか涙を落としていた。無数の水滴が、球となって主任の顔の周りを舞い飛ぶ。
 主任は、少年を止められなかった無力さに泣いた。行かせてしまった後悔に泣いた。
 それでも……少年が生きて帰ってくる事を祈った。

 

 

 シルバーウィンドの船体から脱出ポッドが射出される。
 ドレイク級宇宙護衛艦ブラックビアードの艦橋、モニターに映し出されるそれを見ていた艦長の黒髭は、すかさずオペレーターに指示を出した。
「ザクレロに追わせろ! 捕獲最優先だ!」
 その指示を、オペレーターは通信でザクレロに伝える。
 黒髭は、今の状況について考えていた。
 ホールで起こった暴動。そして、脱出するわけではなく、逆に攻撃を仕掛けてきた暴徒。たった一機だけ撃ち出された脱出ポッド。
 有り得るとしたら、暴動は陽動で、本命は脱出ポッド。
 だがそれにしても解せない。暴徒達は、軍人などの命令に命を賭ける事も辞さない人種ではなく、いわゆる一般市民だ。彼らが無為に命を捨ててまで逃がそうとしたのは誰か?
 仮に、ここに現議長のシーゲル・クラインが居ても、こんな異様な暴動にはならないはずだ。
 船内の戦況は、既に山場を超えた。今は、抵抗を続ける暴徒を鎮圧して捕らえ、降伏した者はそのまま捕虜にするといった、後始末の段階にある。
 なお、ホールでの暴動に加わらず、逃げ隠れした後に降伏した者は多くはなかった。本当なら、もっと居ても良いはずなのだが……
 そして、当時ホールにいなかったコーディネーターは、暴動に同調する気配すらない。
 暴動の事を聞かせた後も、そんな暴動が起こった事が信じられない様子だったと報告が来ている。
 また、一般市民であるコーディネーターが、命を捨ててまで逃がそうとするようなVIPにも心当たりは無いとの事だった。
 だが、誰かが逃げ出している。誰かが。何にせよ、それは脱出ポッドを捕獲すればわかるだろう。
 黒髭がそう思考をまとめたその時、ブリッジに緊急通信が入った。
「艦長、船内で中破していたMSが起動したとの連絡です!」
「ちっ!」
 オペレーターの報告に、黒髭は舌打ちしながら顔を歪めた。
 今、ブラックビアードはシルバーウィンドに接舷しており、身動きが出来ない。外に出てきたMSが攻撃を仕掛けてくれば一溜まりもないだろう。
「メビウス・ゼロに連絡! 出てきた所を叩かせろ!」
「艦長!」
 黒髭が指示を出した直後、今度はオペレーターではなく索敵手が声を上げた。
「直上方向、MS二機接近中! ばらまいておいたセンサーに引っかかりました! 望遠映像出ます!」
 報告と同時に、モニターにジン長距離強行偵察複座型と通常型ジンの姿が映し出される。
 その二機は、まっすぐにこの宙域を目指してきていた。

 

 

「大型熱源感知! 三つです!」
 ジン長距離強行偵察複座型の中、後部座席の情報収集要員の部下が声を上げる。それを聞いて、パイロットシートに座る偵察小隊隊長は、読みが当たっていた事に苦々しい思いを感じていた。
「やはり、連合の目的はシルバーウィンドか! 民間船を狙うとは、卑怯な奴等め!」
 だが、既に襲われていたとは。来るのが遅かったか……と、隊長は悔恨に奥歯を噛みしめる。部下の報告は続いた。
「望遠で捕らえました。敵、ドレイク級一、艦種不明一! ドレイク級は、シルバーウィンドに接舷中!」
「接舷中なら、まだ船内に生存者が居るかもしれん! 救出するぞ!」
 接舷中と言う事は、敵はまだ船内で活動中と言う事だ。中で殺戮が行われていたとしても、まだ生き残りが居るかも知れない。
「ドレイク級には捕虜が乗せられている可能性がある! 迂闊な攻撃は出来ない。まずは艦種不明の奴を撃沈するぞ!」
『了解です! あいつの仇を討ってやる!』
 隊長に答えて、通常型ジンのパイロットが殺された仲間の復讐を叫ぶ。
 隊長はその叫びを受けて、自らもまた叫んだ。
「そうだ、復讐だ! 俺達には奴等が殺した仲間達がついている! 敵に後悔の二文字を教えてやれ! 全員、突撃!」
 ジン長距離強行偵察複座型と通常型ジンは速度を上げ、艦種不明……すなわち、アークエンジェルへと突っ込んでいった。