Top > 機動戦士ザクレロSEED_第28話
HTML convert time to 0.008 sec.


機動戦士ザクレロSEED_第28話

Last-modified: 2011-09-16 (金) 00:27:47

 時間を少し戻し――
 レイ・ザ・バレルは、ギルバート・デュランダルと別れた後に格納庫へと向かった。そこにMSシグーが一機だけ残されている事を、レイは密かに探り出していたのだ。
 連合MS護送作戦に参加した艦のどれかが置いていったか忘れていったかした、本来ならば存在しない筈の物である。
 守備隊指令がもう少し情報に気を配っていたならば、員数外であるこのMSの事を戦力として扱う事が出来ただろう。しかし、結局は知られる事もないままに放置されてしまっていた。
 床を蹴って格納庫に飛び出したレイは、スカートの裾を翻しながら宙に漂う。
 格納庫にはまばらに人が居たが、オーブ軍および自軍の守備隊の壊滅という状況故か、あるいは大型輸送船との衝突の危機が迫っている為か、誰もが慌ただしくしており、レイを見咎める者はそこに一人とて居はしなかった。
 そしてレイは、格納庫の一角、壁にもたれる様に立つシグーを見て微笑みながら、漂う勢いのままに格納庫の天井に一旦足をついて、さらにそこを蹴りシグーの元へと一直線に飛んだ。
 レイの体はコックピットに辿り着き、すぐさまハッチを開放するとその中へと身を滑り込ませる。そしてシートに腰を下ろすと、浮き上がるように宙に漂おうとするスカートの裾を掴んでお尻と脚の下へと押し込んだ。
 そして、ポケットから口紅を取り出すと通信用カメラのレンズに塗り、それから自分の唇にもそっと紅を引いた。
「ふふっ」
 楽しげに笑い声を漏らし、ハッチを閉じる操作をすると操縦桿を握る。
「レイ・ザ・バレル! お手伝い、いっきまーす!!」
 突然動き出したシグーに、格納庫に居た者達は混乱を来した。
 ほとんどは単に慌ててシグーから離れ、まだ冷静な何人かが緊急事態を報せようと出入り口横の壁に設置された通信端末に飛びつき、勇気があるのか無謀なのか一人がシグーを止めようとコックピットに突進してきて逆にシグーの手で押し止められる。
 シグーは武器は取らず、格納庫の壁に置かれていたMSの作業用ツールボックスだけを無造作に手に取った。
 そして格納庫の搬入口へと向かい、そこの扉に手をかける。
 MSとの力比べになど対応していない扉は、シグーの手に押されて悲鳴のような軋みを上げながらシグーの前に道を開いた。
 外に出るまでに扉はまだ何枚もあるが、シグーを止める事は不可能だ。おそらく、誰かがそう判断して、施設の被害を減らそうと考えたのだろう、シグーが前に進むと残る扉は勝手に開いていく。
 そして、シグーのコックピットには強制割り込みの通信が送られて来た。
『こちら、ZAFヘリオポリス守備隊! シグーのパイロット、応答してください!』
 通信オペレーターの泣き出しそうな声にレイは、人差し指をそっと唇に添えて考え込む仕草を見せ、それから綻ぶように笑んで見せて通信に答える。
「ヘリオポリスの名において」
 これで良い。
 正直に「ギルバート・デュランダルの身内です」と言う訳にもいかないのだから、オーブ市民の抵抗勢力がMSを奪取したとでも思わせておけば──

 

 

 守備隊司令室。通信機から返った声にクルー達が騒然となる中、デュランダルはその動揺を押さえ込むのに何とか成功した事を安堵していた。
 オーブ人の少女にMSが奪取されたと騒いでいるクルー達と違い、デュランダルにはわかる。当たり前だ。あんな愛らしいレイの声を聞き間違えるなんて事があろう筈がない。
 あの天上の楽の音もかくやという愛らしく美しい声。
 もうちょっとしたら、声変わりしてしまうのだろうなと思いつつも、老化抑制剤の効果がいつまでも続く事を願わずには居られない。
 いや、刹那の輝きだからこそ美しいのかもしれないな。
 短い時間なのは彼が背負った宿命として受け入れ、それでもなお最後の一瞬まで、レイは美しくあって欲しい。可憐な時期が過ぎても、次にはまた別の美しさをまとう事が出来るはずだ。
 どうしようか、そろそろZAFTに入隊させるためにも普通の少年らしい言動を身につけさせようと思っていたが、計画を路線変更するのもやぶさかでは……
「シグーが宇宙に出ました! 敵MAの方向に向かいます!」
「な、何だと!?」
 オペレーターの声が、デュランダルを現実に引きずり戻す。
 そうだ、レイは何のためにMSに乗ったのか? それはデュランダルの為だろうと予測はつく。ならば何を? まさか、あのミステール1を?
 虚空に浮かぶ間中の姿が脳裏に浮かび、心身を凍えさせる。馬鹿な、アレには勝てない。
 思考が最悪の展開を予想するが、それをオペレーターの報告が覆した。
「敵MA、動きません!」

 

 

「凄い。宇宙に敵意が満ちている……」
 宇宙を飛びながら、レイは何かを感じ取っていた。
「これは怒り? 恨み? 絶望?」
 宇宙。星の光満ちる空間。
 だが、そこに佇む一機のMAから放たれるソレが宇宙を染め上げていく。世界全てを焼き払っても拭えそうにないそれは……
「まるで、お兄ちゃんみたい」
 レイは愛おしげにそう言うと、空を抱きしめる様に胸の前で腕を重ねる。
 兄、ラウ・ル・クルーゼもまたこんな感覚をまとった男だった。世界への憎悪に身を染めた男。しかし、その内にあるのが生まれ故に背負った孤独なのだともレイは察していた。
 故に、レイは兄と同じ感覚を放つMAを愛おしく思う。
 モニターの中央に浮かぶMA……ミステール1に腕をさしのべる。
「抱きしめてあげたいなぁ」

 

 

 トールは戸惑っていた。
 ヘリオポリスの港口から飛び出したシグー。敵を探していたミステール1は、その存在をとらえた。
 それは敵の形をしている。だが、“これは敵ではない”そう感じてしまう。
 敵意も、恐怖もない。貪るべき物が何もない。これは餌ではない。まして敵であろう筈がない。敵とは……
 おかしな思考が巡る。
 ZAFTのMSは敵じゃないのか? トールの知識はそう訴えるのだが、まるで別の誰かが遠く声を上げているかのようで、思考には影響を及ぼさない。
 思考は、接近してくるシグーを意識の片隅においたまま、再び希薄となってモニターの向こうに広がる宇宙に注意を戻させる。
 敵は何処だろう? 餌は何処だろう? 爪で引き裂きたい。牙で焼き滅ぼしたい。
 そんな思考に沈んでいくトールの目の前、モニターに何かの映像が割り込んできた。
 荒廃したヘリオポリス市街。疾走する一台のエレカと、それを追う三両の装甲車。
 それを見た瞬間、トールの口元に笑みが乗った。
 ──ああ、そこに居たのか。
 認識するが早いか、トールはミステール1を駆って走り出す。敵のいる、ヘリオポリスへと……

 

 

 ミステール1は、レイが乗るシグーを完全に無視して、ヘリオポリスの外壁へとまっすぐに突っ込んでいくと、採光部のガラスを体当たりで砕いて中へと飛び込んでいった。
 レイは、ヘリオポリスの側で漂う様に宙に浮かぶシグーの中で、安堵の息をつく。
「味方を助けに行ってくれた?」
 敵と思われないよう武器は持ってこなかったが、当然のように攻撃される事も覚悟の上だった。しかし、攻撃はなかった。その事への安堵である。
 ミステール1に送りつけたヘリオポリス内の追走劇の映像を見て、仲間の危機を優先してくれたのだと、レイは思い込んだ。
「間に合うかな?」
 レイは、ちらりと大型輸送船の方を見る。ミステール1と比較できる程ではないとはいえ、それも着実に接近しつつある。
 しかし、ミステール1が居なくなり、ZAFTがタグボートや作業用MAを派遣できる様になったので、状況は少しはよくなるだろう。実際、港口の方で既にタグボートが動き出している。
 後は……と、レイはシグーを動かして、ミステール1の後を追う。
 ややあって、盛大に空気を吐き出す採光部の真新しい破口に辿り着くと、レイはシグーにそこをくぐらせた。
「邪魔な人たちは何処かな?」
 レイは、ヘリオポリス内で放送されているニュースをモニターの片隅に映し、それを手がかりにヘリオポリスの中を見渡しながら高度を下げていく。
 ヘリオポリス側との協力。それは降伏の後になるのかもしれないが、邪魔となるだろう守備隊司令はその前に排除しなければならない。
 とりあえずミステール1を焚きつけてはいたが、レイ自身が手を下すのが早ければ、それをするのに躊躇はなかった。
「ん……あらら、二輛はあそこね」
 市街で黒煙が上がっている。
 街路に無数の人々が集まり、その中に装甲車が二輛、取り残されているのが見て取れた。装甲車の一輛からは黒煙が噴き出している。戦闘が行われている様子はないが、そこで何が行われているのか詳しくはわからなかった。
 それは重要ではないし知らなくても良い事だと思い直し、レイは再度辺りを見渡す。
 モニターのニュースでは、まだカーチェイスは続いているとの事だった。
 ならば、それは何処で……
 と、その時、モニターの中を巨大な影が掠めた。
 モニターは自動的にその影を追う。大写しになったそれはミステール1。
 ミステール1も、レイと同じく空中から敵を探していたのだろう。その急降下する先には、道を外れて止まるエレカと、それに迫ろうとする装甲車が見えた──

 

 

 上空から地上に墜落する様な勢いで振ってきたミステール1は、装甲車とエレカの間の地面にその身を叩きつける様に着陸した。
 エルは、突然現れたミステール1に驚き、その瞬間に過去の恐怖の中から解き放たれる。
 靄が風で払われる様に鮮明になった思考が、今の状況を正確に把握させた。
「あ……トールお兄ちゃん? ユウナさん!?」
 エルは、運転席にいるユウナ・ロマ・セイランに改めて気付き、そのドアに手をかける。ドアはあっさりと開いた。そして、タイミングを合わせたかの様にユウナは目を覚ます。
「つぅ……酷い目にあった」
 言いながらユウナはシートベルトを外し、よろめきながら運転席の外に出て、それからミステール1の姿に気付く。
「……エルちゃんが呼んだのかい?」
「え? そんな事……してない」
 ユウナの問いに、エルは戸惑いながら答えた。もちろん、そんな事がエルに出来る訳がない。通信機も持っていないのだから。
「そりゃあそうだ。ともかく、ここを離れよう」
 エルの手を取り、ユウナはそう言ってミステール1から離れるべく走り出す。
「え? トールお兄ちゃんは……」
「装甲越しに話は出来ないし、何より近寄れば戦いに巻き込まれる。通信機を手に入れるしかないよ」
 ユウナがそう言うのを待っていたかのように、ミステール1はスラスターを一瞬だけ噴かし、装甲車に突っ込む様に躍りかかった。そして、ヒートサイズで装甲車を抱え込むと、空へと再び飛び上がる。
 直後そこに吹き荒れた噴射炎の爆風は、離れたところにいたユウナとエルを吹き飛ばして地面の上を転がさせた。
 ユウナはまだ倒れる程度で済んだが、体の軽いエルは文字通りに転がされて、なすすべもなく二転三転する。
 と、そのすぐ側にMSシグーが静かに降り立った。
 エルはシグーの足に体をぶつけ、転がるのを止められる。
「助けに来ましたー!」
 シグーから振り降りたのは、その威容からは程遠い快活な声だった。
 その声にエルが頭上を仰ぎ見れば、コックピットハッチから身を乗り出して微笑むドレスの少女。
「君はZAFTかい?」
 問いながら、いつの間にか側に歩み寄ってきていたユウナが、腕を引いてエルを立ち上がらせる。
 無貌のマスクで顔を隠しているが、その声はいつも通りに飄々として、値踏みするかのような色すら感じられた。
 ユウナは、目の前のMSとパイロットを敵だと見ていない。少なくとも、今のこの段階では。
 殺すつもりなら、遠慮なく踏みつぶせば良い。そうせずにパイロットが姿すら見せたという事は、こちらに何かを期待しているという事なのだろう。
「違いますよー。私、ヘリオポリスの協力者で、名前はレイです」
 パイロットのレイはそう言うと、一瞬だけ空を見て、それから地上のユウナに話しかけた。
「あの……ZAFTの戦力は、この盗み出したシグーで最後です。抵抗勢力も、あのMAがやっちゃってくれると思います。今はそれよりも、外で起きている……」
「衝突コースにある大型輸送船の話だね。わかってる──手伝ってもらえるって事で良いのかな? ヘリオポリスの協力者君」
 問いを返されてレイは笑顔で頷いた。
「はい、もちろんです」
「よし、じゃあ取りかかろう」
 指をパチリと鳴らし、ユウナは傍らに立たせていたエルを体の前に持ってきてシグーの方へと身を押す。
「まず、僕らを乗せて欲しい」
「はい?」
 思いもしない提案だったのだろう。上擦った声で聞き返すレイに、ユウナは続けた。
「トール君と……ミステール1と通信したい。その為にエレカを走らせていたけど、この有様でね。かといって、通信機のある場所までマラソンしてたんじゃあ、手遅れになるかもしれない」
「あ、そういう事ですか。わかりました。今、リフトを下ろします」
 そう言ってレイがコックピットの中に手を伸ばして操作すると、コックピットの脇から一本のワイヤーが下ろされる。
 これはMS乗降用の簡易リフトで、ワイヤーの先には足場となるフックがついており、そこに足をかけてワイヤーの握り手をつかめば、スイッチ一つでコックピットの位置まで引き上げてもらえるという代物だ。
「失礼、エルちゃん」
「きゃ!?」
 ユウナはワイヤーを片手でつかんで引き寄せると、残る腕にエルの体を抱え上げた。
 そして、フックに足をかけ、握り手についているスイッチを握り込む。ワイヤーはすぐに巻き上げられ、ユウナとエルの体は遙か上にあるコックピットを目指した。
 コックピットまで上がってすぐ、ユウナはエルの体をレイに預ける。
「いらっしゃーい」
 レイはエルを受け取り、膝の上にのせるようにしてパイロットシートに座る。
 ユウナはそれを見守ってから、コックピットの隙間に無理に体をねじ込む様に入った。
 MSのコックピットは一人用の空間であり、三人もが入る事は想定していない。エルはもちろんレイがまだ小柄であったとしても、十分に狭かった。
「おや、君は男か」
 ユウナは、収まりの悪い隙間に体を上手く填め込もうと身を揺すりながら、レイに向かって僅かに驚きを見せて言う。
「すごーい。よくわかるね」
 デュランダルによるレイへの“仕込み”は完璧で、事情を知らない者から見破られた事は今までになかったのだけど……と、レイも少し驚いたように言葉を返した。
「え? 男の人? 女の子みたいなのに……」
 エルが一番大きく素直な驚きを見せる。そんなエルにチラリと視線を向けてから、ユウナは薄く笑ってレイに答えた。
「“中身”には詳しいんでね」
「? あ、もててたんだ」
 レイは、ユウナの答を、“服の中身”つまり女性の体をよく知っているからという意味でとる。それでレイは、ユウナとの雑談を軽く流した。
 それが言葉だけなら正しく、意味には大きな隔たりがある事に気づかないまま。
「通信機はすぐに使えるけど、少し近寄ってからの方が良いかな……って、あ、レンズを口紅で潰しちゃったんだ」
 レイはそう言いながらポケットからハンカチを取り出し、通信用カメラのレンズを擦った。厚く塗られた口紅はハンカチに削り落とされるようにしてレンズから離れるが、残る赤い色を完全に拭い去る事は出来ない。
「ああもう、洗剤とかじゃないとダメ。ねえ、映像は使えないけど良い?」
「……元より、声だけで何とかなると期待してるんだけどねぇ」
 問われて初めて、ユウナは苦々しい笑みをマスクの下に浮かべた。
 エルがトールを呼び起こす時、エルは声かけと接触……手や唇での接触と言っておこう。それを行っている。最初の内は、接触が不可欠だった。
 最近は、声だけでも応じるようになったので、通信でも時間をかければいけると踏んだ。
 しかし、状況は最初の想定よりも悪くなっている。
 最初の想定では、オーブとZAFTが出してくる兵器全てを蹴散らした後には、降伏勧告やその受理などの政治的な時間が訪れ、トールを呼び起こすのにエルが働く時間があると思っていたのだ。
 まさか大型輸送船が突っ込んでくるとは、ユウナですら読んでは居なかった。
 だが、今後のヘリオポリス市民の人心掌握の為にも、何もしなかったという結末は許されない。ミステール1にはもう一働きしてもらう必要があるだろう。
 トールがキレている間は、戦闘以外はままならないので、大型輸送船の対応をさせるには何としても覚醒してもらわなければ困る。
「……そうだ、話は変わるけど。君のMSは、ミステール1と同じ空に居たのに攻撃された様子がないね。隠れるのが得意かい?」
「え? ううん、そんな事はないけど……あれ? どうして攻撃されなかったのかな?」
 レイは、ユウナの突然の問いに困惑しながら首をかしげた。
 宇宙に居た時は距離をとっていたからと判断していたが、ヘリオポリスに入ってからはそうではない。
 空から装甲車を探している間、シグーとミステール1は同じ空域にいた筈なのだ。
「特に何もしていないのに攻撃はされてない……非武装だからかな? 何にしても、それなら一つ、手を打てるかもしれないぞ」
 何故はわからないが、トールがこのシグーを敵と認識してない事は間違いない。そう察したユウナは、まるでそれがトイレの後で手を洗うくらいの簡単な事であるかのように言った。
「ミステール1のコックピット側まで行って張り付き、手動でハッチを開放して、中にエルちゃんを放り込もう。大丈夫、戦闘状態にならないならいけるさ」

 

 

「ひっ……あっ……ぅあああああああっ!?」
 激震に揺れる装甲車内。ガンナーシートに座った守備隊司令は、モニターに映し出されるミステール1の単眼センサーを魅入られたかのように見つめ返しながら、裂けんばかりに開かれた口から悲鳴をあふれ出させ、機関砲のトリガーを引き続けていた。
 ガンナー用のサブモニタには既に、弾切れを示す警告が、鳴り響く警告音と共に示されている。それでも、守備隊司令はトリガーにかけた指から手を放す事は出来なかった。
 ──死ね。死ね。どうして死なない?
 凍り付いた頭の中に、そんな言葉だけがぐるぐると回り続ける。
 ほんの少し前まで、彼は狩人だったはずだ。哀れな獲物を追い詰め、銃を構え、引き金に指をかける側だった。
 だが、今は違う。彼はそれを認めまいと、狂気にすがった。
「あー──っ! ぉああああああああああああああああああっ!」
 死ね。死ね──
 指がへし折れるほどに力を込めてトリガーを引く。そうする事で悪夢を殺す事が出来るのだとばかりに。それが全く無意味な事だと気づかぬまま。
 ガンナーシートの背に車内を転がってきた兵士の体がぶつかり、重く鈍い音を立てる。
 それは守備隊司令に席を譲った砲手。車内に立っていた彼は、先ほどからずっと車内を転がっている。その体のあちこちをあり得ない方向に曲げ、戦闘服を点々と赤く濡らした砲手は、恨めしげにガンナーシートの背を抱いた。
 しかしそれも僅かな瞬間の事。止まる事のない振動に砲手の体は引きはがされ、後部の兵員収容スペースに転がり落ちていく。その後に、他も兵士達の悲鳴が僅かに上がった。
 兵員ベンチに体を固定した兵士達に、勢いをつけて転がってくる重たい死体を避ける事など出来ない。肉の塊をたたきつけられ、苦痛に悲鳴を上げる。
 まだ兵士のほとんどが死んではいない。だが、それは幸福ではなかった。先に死んだ砲手こそが、最も幸運だったと言えるのかもしれない。
 モニターに映っていたミステール1が不意に消えた。
「やった! 殺した! 殺したあ!」
 守備隊司令が狂喜の声を上げる。
 彼は気づいていなかった。モニターはゆっくりと、遠い位置にある地面を映し出そうとしている事に……

 

 

 ミステール1は、装甲車をヒートサイズで抱え込んだまま一気に空へと上がっていた。
 そこでトールは、地上に何もない事を精査したあとに装甲車を手放す。
 コロニーの特性上、上空は重力が小さい。だがそれでも、装甲車はゆっくりとその前面を地へと向けながら、高度を落とし加速していく。
 ヒートサイズで引き裂く事も、ビームで焼き貫く事も出来た。だが、トールはそれをせずに、装甲車を地面に投げ落とすという選択をする。
「ダメか。戦いが長引けば、君を感じられると思ったのに」
 モニターの中の装甲車はゆっくり落ちていく。それを見守りながら、トールはうつろに呟いた。
 戦いの中で“あの娘”の存在を感じられるなら、少しでも長く戦いを続けたい。そう思って試してみたのだが、どうやらこんなつまらない事をしても無駄らしい。
 装甲車はくるくると錐揉みしながら落ちていく。
 トールは既にそれへの興味を失い、空にミステール1を止めた。

 

 

「ころひた……ころしゅた……」
 激しく回転する装甲車の中で吐瀉物をまき散らしながら守備隊司令は呟く。振動で舌を噛み砕かんばかりに何度も噛んでいたが、言葉にならずとも呟きを止めない。
 彼の背後、兵員収容スペースではもう音は聞こえない。
 跳ね回って兵士達を叩き潰した砲手の死体は、最後にパイロットシートの背もたれを運転手の首ごとへし折ってから、メインモニターに突き刺さって燃え燻っていた。
 一人生き残った守備隊司令は呟く。
「私の手柄だ……」
 最後に何を思い浮かべたのか。
 守備隊司令が僅かに笑みを浮かべた瞬間、地面に叩き付けられた装甲車は中に詰まった肉と共に粉々に砕け、自ら発した爆炎の中に消えた──

 

 

 シグーが飛び上がった時には既に装甲車は地面で燃え上がり、ミステール1は空で沈黙を保っていた。
「ああっ! やっぱり凄いよ。あのMA!」
 レイが嬌声を上げて身をよじる。
「?」
 エルは、お尻の下で何か堅い物が持ち上がり、座り心地が急激に悪化したのを感じた。
 お尻を動かして持ち上がりつつある突起をどうにか出来ないか試してみるが、堅く大きくなる一方なので、あきらめて押さえ込むようにその上に腰を据える。
 レイはそんなエルを気にする事も出来ない様子で、顔に喜悦をにじみ出させながら言葉を紡ぐ。
「憎悪が……満ちてる」
「……なるほど、これは変わってるな」
 ユウナは興味深げにレイを観察して頷いた。
 “恋愛”は有り得ないにしても、このレイを身内に引っ張り込めば楽しくはなりそうだ。
 そんな事を考えつつも、今はそれにかまっている時間がないと判じて、ユウナはレイの肩を叩いて注意を引きつつ言った。
「背面前方。だいたい頭頂部の辺りにコックピットがハッチがある。まず、取り付けるか試してみてくれ」
「あ、はいっ」
 色々と没頭していたらしいレイは身を跳ねさせるようにしながら返事をし、そして上気した頬を自らの手で軽く叩いた。
「降伏信号を発してるんだから、問答無用とかやめてね」
 言いながらレイは慎重にシグーをミステール1へと向かわせる。何か動きがあれば、すぐに回避運動をとれるように操縦桿を握って。
 だが、空に止まるミステール1は、ゆっくりと向きを変えてシグーを見たもののそれ以上の反応を示す事はなかった。
「受け入れてくれてる?」
 何となく、そんな気がする。レイは嬉しくなってシグーの速度を上げた。
「あぁっ! 大好きになっちゃいそう!」
 シグーはまるで恋人に抱きつく少女のようにミステール1の鼻先に飛びつく。そして直後に、レイはシグーのコックピットハッチを開放し、膝の上のエルをしっかり抱えるとミステール1の装甲の上に飛び移った。
「ひゃっ。ひやあああああああああっ!?」
 エルが悲鳴を上げる。
 ミステール1の背中は広いとはいえ、空中に支えもなく止まっているMAの上である。決して安定しているとは言えず、僅かに揺動してさえいた。
 その上をレイはエルを抱えたまま危なげなく走り、ミステール1のコックピットハッチに駆け寄る。そしてレイは、エルを抱えたままその脇に寝そべると、そこにつけられたパネルを開き、中のコンソールを素早く操作してから解放レバーを引き下ろした。
 その操作でコックピットハッチは強制解放され、幾枚もの装甲板が動いてコックピットへの道……位置的には穴にしか見えないそれを開く。
「がんばってね?」
「え? あ、あの? きゃあああっ」
 そう言ってレイは、エルをその穴の中に滑り込ませた。
 悲鳴を上げてエルが落ちていったが、どうせたいした深さはない。レイは、笑顔でエルを見送ってから、再び立ってシグーへと駆け戻って行った。

 

 

 遠く地上に踊る炎。墜ちた装甲車が発する炎。トールは、ただそれだけを見ていた。そこにあの娘が居るような気がして。
 モニターには警告メッセージが踊り、コックピット内には警告音が鳴り響いている。接近してくるMSの事を報せているのだが、何故かまるで気にならない。
 一応、向きを変えて相対してはみたものの、それ以上の事をする必要を感じなかった。
 敵ではない。何故かそう思う。
 敵意も恐怖も感じられないのだから……
 感じられない? そもそも、どうやったら、そんな事を感じられる? そんな疑問をふと抱いたが、その疑問に答えを見いだす事のないままに、疑問を抱いた事さえもが意識の中から消え去っていく。
 感じない。恐怖を感じない。
 餌が居ない。敵が居ない。贄が居ない。
 トールは飢餓感と言っていいほどの現状への物足りなさを感じた。
 探すべきか? どうやって? 巣穴を焼き払えば、土虫だって飛び出して来る。
 あの娘に会えるかな? 破壊し尽くし、焼き尽くし、殺し尽くせばきっと、あの娘はずっとずっと側に居てくれる。そうかな? そうしたら言いたい事が……
「きゃあああっ!?」
 そんな思考を、トールの頭上から落ちてきたものがいきなり中断させた。
「痛ぁ……あ、お兄ちゃん」
 それは、トールの膝の上で身を起こすと、トールの両頬に手を添え、引き寄せるようにして唇を重ねる。
 柔らかな感触。そして……知っているようで知らない少女の姿が脳裏をよぎり、トールの意識を狂気の淵から引き上げた。
 ぼぅっとしていたトールの目に光が戻り、そして目の前に居る者の事を思い出す。
「あれ、ミリィ?」
「お兄ちゃん!」
 エルはトールの体にすがるように抱きつく。その体を抱き返してやりながら、トールは通信が送られてきている事に初めて気づいた。
「うわ、いけない」
 すぐにトールは通信機のスイッチを入れる。通信モニターには赤く滲んだ映像が映り、そしてユウナの声が飛び込んできた。
『上手くいったみたいだね』
「あれ、ユウナさん? どうしてミリィが……そうだ、作戦は終わったんですか?」
 まだ混乱しているトールに、ユウナは静かに話した。
『いや、もう一仕事して欲しいんだ。まずは、コックピットハッチを閉じてから聞いて欲しい。何せ、これからまた宇宙に出てもらわないとならないからね』
「宇宙へ?」
 言われるまま素直にコックピットハッチを閉じ、トールは聞き返す。
「あの……ミリィは? 下ろさないと」
『もう戦闘は無い筈だから、今はそのままで。それにすぐに理解すると思うけど、今はヘリオポリスに残るよりも、君と一緒にミステール1の中にいた方が安全だ。
 この通信が終わり次第、通信チャンネルをヘリオポリスの公共放送に合わせて。事情は、繰り返し放送されてるからそれで察してもらうとして……目の前に居るシグーは敵じゃない。今から先導するから、ついてきて欲しい』
「了解しました」
 トールは、言われたとおりに目の前に居るシグーの後を追う様に操縦を始める。
 降伏信号を出しているとはいえ、敵機にこんな近くまで寄られて気づかないなんてと不思議に思いながら。
 そしてトールは、ユウナに言われた通りに通信のチャンネルをヘリオポリスのテレビ番組に合わせる。するとそこには、宙を進む一隻の大型輸送船が映し出された──