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機動戦士ザクレロSEED_第32話

Last-modified: 2013-07-13 (土) 23:05:52

 ムゥ・ラ・フラガは基地内に足止めとなった。
 その事は、アークエンジェルに伝えられたが、その理由は検疫の為とのみ説明されるに終わる。
 もっとも、地上から上がってきたばかりならともかく、人工的な環境である宇宙空間でいきなり検疫というのも疑わしい話。
 それが真実だと思う者は逆に少なかった。
「……酒飲みに行った所で、何やってんのよー」
 マリュー・ラミアスは今日もシミュレーターで練習中。操縦桿を握り、CGの宇宙に閃光の華を咲かせながら、不満を仮想の敵機にぶつけていた。
「あいつは帰ってこないし、ナタルは引き籠もり気味だし、サイ君は入院中だし!」
 要するに、気軽に話す相手が居なくてつまらないのだ。
 陸戦隊やブリッジクルー他、艦には色々他にも乗っているが、パイロットのマリューはそこら辺との繋がりが無い。
 だいたい一緒に格納庫辺りで働いている整備班とは、どうしても技術的な話になってしまって、それはそれで有意義なのだが、仕事意識が抜けないので気軽にとはいかない。
 ムゥと軽く喧嘩したり、ナタルを弄くったり、サイをお姉さんの色気でからかったり、そんな潤いが失われてみると、どうにも寂しくてたまらない。
 ……迷惑な奴と思うなかれ。ムードメーカーとして少しは役に立っているのだ。
「良いわ! もうこうなったら、ザクレロ、貴方だけが心の拠り所よ! 一緒に強くなって、あいつやナタルやサイ君が戻ってきたら、格好良いところを見せてあげるのよ!」
 マリューは気合いを入れて操縦桿を握り直す。
 その直後、画面端に映っていたナスカ級の120cm単装高エネルギー収束火線砲が自機にヒットし、画面が停止した。
「あ゛」
 画面には続いて、コンピューターが分析した、敗因が表示される。
『注意力散漫 戦闘中は私語を控えましょう』
「…………」
 マリューはしばらくその画面を見つめてから、無言でシミュレーターを再起動する。
 そして起動プロセスの最中、一言だけ呟いた。
「みんな意地悪だわ……」

 

 

 青く輝く地球を海原のように下に広げながら、黒色のドレイク級宇宙護衛艦“ブラックビアード”が宇宙に漂う。
 その船内から一隻のシャトルが産み出され、それはそのまま地球への降下コースを進んだ。
 シャトルは北米大陸を目指して降りていき、しばらくは大気摩擦の火でチラチラと輝いていたが、やがて宇宙からは見えなくなる。
「避難民のシャトルは降下軌道に乗りました。着陸目標、北米ニューヤーク。状況オールグリーン」
 ブラックビアードの艦橋。オペレーターの報告に、艦長席に座していた黒髭は小さく頷く。
 これで、面倒な仕事が一つ片づいた。
 ヘリオポリスを脱出してきた連合国籍民間人は“何も知らないまま”地上へと送られたわけだ。
 暗礁宙域の秘密基地。そこで行われてる作戦やら、なかなか非人道的な何やらはもちろん、その存在ですら明らかになっては困る。無事済んで何よりだ。
「超長距離通信開け。月と“島”を繋げろ」
 黒髭の指示で、月のプトレマイオス基地と秘密基地への超長距離通信が行われる。
 位置が大きく変動しない基地同士では、直接通信すると傍受されたり秘密基地の位置を探られたりする恐れがあった。
 位置が常に変動する艦を挟むと、その危険性は減らす事が出来る。よって、秘密基地から行う緊急時以外の通信は、こうして艦を中継して行われる。
「回線繋がりました」
 オペレーターはそつなく仕事をこなした。
 この通信にて、民間人の地球降下成功に加え、秘密基地内で起こった先のラクス脱走の顛末が月に伝えられる。
 と、即座に月からも秘密基地当てに何か指示が返った様だった。
 その通信文を手元のコンソールで見て、黒髭は皮肉げな笑みを浮かべる。
「よーし、野郎共。“島”に戻るぞ」
 民間人というお荷物は降ろした。だが、次の仕事がある様だ。
 黒髭は秘密基地宛の通信内容を思い返しながら、冗談めかして言葉を繋げた。
「次は、とびっきり厄介な荷物が待っているからな」

 

 

 月面、プトレマイオス基地。第81独立機動群。司令室。
 第81独立機動群のネオ・ロアノーク大佐は、暗礁宙域の海兵隊秘密基地アイランドオブスカルから届いた報告書に目を通していた。
 その報告書は、最新の物ではなく、シルバーウィンド襲撃の後に送信されてきた物。やはり、大きな扱いになるのは、船内で起こった不可解な暴動についてだ。
 しかし、その事については今のネオには判断材料が少ない。
 気味が悪い不可解な事件だとは思うが、それが危険なのか、危険ならどんな対応が考えられるのか、それとも何か有益な事なのかなど、まだ判断ができないのだ。
 故に、その対応は別の者に任せている。
 そして今、ネオは、その者を呼び出していた。
「――失礼。何かご用でしょうか?」
 インターホンを鳴らす事もなくドアを開けた白衣の男が、敬礼もせずにいきなり言う。
 彼が兵士なら叱責ものだが、彼はザクレロの開発にくっついてきていた軍属の心理学者だ。
 普通なら、心理学者など兵器開発にはお呼びではないのだが、何故かザクレロの開発には心理学の権威が関わっているらしい。
 ともあれ、何故居るのかはネオにも定かではない人材だったが、今回の件について意見を聞き、とりあえずの対応を任せるには適任だったわけだ。
「シルバーウィンドの件について、そろそろ専門家の見解を聞かせてもらおうと思ってね」
「専門家というわけではないのですが。これはむしろ社会学や、行動主義心理学的な……いや、その辺はいいでしょう」
 ネオに問われて心理学者は迷惑そうな顔を見せた後、そのまま見解を口にする。
「通常の暴動ではない事は確実ですね。
 エイプリルフールクライシスからこっち、地球上では至る所で暴動が起こっています。しかし、この様な暴動は他に類を見ません」
 心理学者は、ネオを前に、まるで学生に講義するかの様に語った。
「人間ならば死を恐れます。なのに彼等は、自らの死以外に先のない暴動を起こした。
 死が確実な暴動なんて、まず発生しません。通常は、生きる為に暴動を起こすんです。例え、結果としてそこに死のみが残ったとしても。
 ですから、ホールを出る辺りまでなら、通常でも有り得ます。ホールを脱出すれば、彼等にも生への道が見えますから。
 しかし、彼等はその後、自分達の置かれた状況をじっくり考える時間があったにも関わらず、死以外には道の無い戦いを続けている。
 船には脱出ポッドがあり、そこから逃げ出す選択肢もあった。しかし、大多数はそれを選ぶ事さえなかった。
 脱出を選んだ少人数も、追っ手が迫ると、ただ一人の少女を逃がす為に全員が死んだ。
 大人だけならともかく、子供までもがね」
「有り得なく、不可解なのはわかっているさ」
 そこまでは最初の報告からでも読み取れる。
 ネオが肩をすくめて言うと、心理学者は何度か頷いて見せながら講義を続けた。
「そうです。有り得なく不可解だ。でも、解釈は、やって出来ない事もない。
 彼等が暴動を起こした理由。それが、たった一人の少女を、脱出させるためだったと考えると辻褄は合いますね。
 議長の娘でプラント一のアイドルだとはいえ、一人の少女。それを自分や家族友人の命よりも優先して救う。それも、極めて多数が意思統一されたかのように迷いもなく……」
「そっちの方が有り得ないだろう?」
 馬鹿馬鹿しいとネオは思う。
 例え、大西洋連邦大統領やハリウッドスターが同じ立場にあっても、それを守ろうと群衆全てが命を捨てる事など無い。
 極少数の英雄が現れる事は否定しないが、圧倒的多数が揃って自己犠牲的行動を取るのは異常だ。
「ええ、有り得ませんね」
 心理学者はあっさりと認め、これ以上話す事は無いとばかりに口を閉ざした。
 彼にとっても理解の外なのだろう。学者だからと言って何でもわかるというものではない。
「わかった。とりあえず、どう対処したら良い?」
 ネオは今全てを理解する事は諦め、取りうる対応について聞いた。
「確か、今は暴動に関わった奴等を個別に隔離して、兵はそれに接触しないように指示を出したのだったな」
「はい。ビデオの映像からは、彼等が集合して相互に接触し合う環境に居た事だけは確実に読み取れますからね」
「歌は関係していると思うか?」
 暴動の中心にいた少女、ラクス・クラインの歌。暴動開始のタイミングからみて、それがきっかけになったという疑いは濃厚だった。
 だが、心理学者は首を横に振る。
「可能性は高いですが、今、それについて先入観を持つのは止めましょう。調べれば確認できる事です。それに、隔離して接触を断てば、歌の影響も封じられます。
 何にせよ、早急に地上へ降ろして、然るべき研究施設で調査を行うべきです。その価値があると、保証は出来ませんが……」
 心理学者が最後に言ったそこも問題なのだと、ネオは考え込む。
 今はただ、奇妙な暴動が一件起こったという事でしかない。
 いちいちほじくり返して調べるより、関係者全員の口を封じて無かった事にする方が簡単だとも言えるのだ。
「いや……何にせよ、アークエンジェルを一度、地上に降ろすんだ。ついでに研究材料を研究機関に提供するのも悪くない」
 ネオは考え直した。それを聞いて、心理学者は頷く。
「そうおっしゃると思いましたので、移送の準備は指示してあります」
「手回しが良いな……さては君も興味があるな?」
 ネオは小さく笑った。
 ともかく、怠惰が勝利をもたらす事はない。それに、手間と言っても自分が払うのは僅かだ。
 また、ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルは、この一件に興味を持つかもしれない。その判断を仰がずに、勝手に無かった事にも出来まい。
「今の所は、全ての情報を渡し、厳重な調査が必要と報告しておこうかね。それで指示待ちとしておこう」
「異論はありません」
 ネオの決定に心理学者は短く返す。
 それから心理学者は部屋を去ろうとしたか身を翻そうとしたが、何か思い出した様子でまたネオと向かい合った。
「ああ、そうだ。つい先程、私の方に報告が上がっていました。件の少女……ラクス・クラインが脱走したとの事です」
「何だと!?」
「報告は事後報告の形でした。一時、基地内は混乱したものの、現地の判断で事態は無事収拾。
 なお、その時、一人だけ接触者が出た模様です。“感染”の疑いがある事から、その接触者も隔離するよう、私の判断の下、返信にて指示を出しています」
 ネオは、自分の知らないところで大事件が起こっていたのかもしれないという事を悟り、肝を冷やした。
 秘密基地で暴動など、起こされてはたまらない。が、事態はそうなる前に収まったようだ。
 そして、その件で一人が貧乏くじを引いたと。
 普段から「階級の割には前線回りの多い不運な男」を自覚するネオにとって、その不幸な人物には同情を禁じ得なかった。
「不幸な奴だな……まるで他人とは思えんよ」
「不幸ついでです。その男に、少女の世話や監視や取り調べを任せるよう指示を出しますか? 感染の疑いがある人物は、少ない方が良いですからね」
「あー……まあ、仕方ないな」
 迂闊に誰かを接触させれば何かへの感染を起こす可能性がある以上、接触する人間を増やすわけにもいかない。
 普段の世話などは、機械に任せる方法もあるのだが、それは管理された研究所で設備が有ればの話であり、捕虜を収監するのが目的である前線基地の監房では無理な話だ。
 放置して衰弱などされても困るとなれば、使える人物を使うのが合理的だろう。
「その辺りは、その不幸な男にも命令として俺から出しておこう。当面は、それぐらいか?」
「そうですね。ただ、一日でも早く、研究材料の地上への送達を……」
「繰り返すが、アークエンジェルを下ろす時に一緒に下ろす。まあ、それほど時間はかからないさ。今、補給物資を揃えているところで……」
 心理学者に返した所で、ネオの傍らの電話がコール音を鳴らした。
 ネオはすかさずそれを取る。
 心理学者は、もう話す事はないと判断したのか、無言で礼をして後ずさった。ネオがそれに承諾の意を込めて頷いてみせると、心理学者はそのまま踵を返して部屋を出て行く。
 その間にも、電話からは、あるちょっとした仕事についていた者達からの報告は続いていた。
「……そうか第8艦隊の物資の確保は成功か」
 ネオはその報告に満足そうに声を返す。
 第8艦隊は全戦力をもってMS奪回の為に出撃した。とはいえ、全ての物資を持って行ったわけではない。
 そこで、基地に残ったそれら物資を、根回しして自分達の倉庫に入れてしまおうと手を打ったのだ。
 どうせ第8艦隊は帰ってこないと踏んでいるし、万が一もし帰ってきてもMSを奪われた上にその奪還にも失敗という不始末を重ねている状態では誰に苦情を言う事も出来まい。
 MS奪還に成功して帰ってくる事は億が一にもないだろう。
 浮いてしまって倉庫で埃を被るくらいなら、さっさと奪って有効活用すべきだ。
「ん? スカイグラスパー? どうしてそんな物が宇宙に……」
 部下の報告は、その補給物資の中にFX-550スカイグラスパーというMAが二機有ったという事に触れる。
 スカイグラスパーは、MSの支援用にデュエイン・ハルバートンが作らせた大気圏内専用MA。
 大型MAに比べれば戦力は見劣りするし、ストライカーパックとやらの無駄なシステムもついてはいるが、さすがに旧式のF-7Dスピアヘッドよりは性能が良い。
 大気圏内用の機体なので宇宙にあるのは妙だが、おそらくは完成した連合MSを積んだアークエンジェルに渡し、地球上に降下させるつもりだったのだろう。
「まあいい。
 戦闘機でおなじみのP・M・P社。ハルバートンの病気の産物でも、滅多な物は作ってないだろう。そのまま、アークエンジェルへの補給物資を入れた倉庫の方へ搬入を」
 アークエンジェルには、地球降下にそなえてスピアヘッドを配備する予定だった。
 MA二個小隊八機のスピアヘッド。そこに二機のスカイグラスパーを加えても良いだろう。
 アークエンジェルにはエンデュミオンの鷹が乗っていた筈だから、彼の搭乗機にするのも手だ。
 了解した旨を告げて、電話は切れた。
 ネオは着々と整いつつある準備に満足げに頷き、それから電話を置く。
 それから急に思い出して、まいったとばかりに頭に手をやった。
「あー……後は、大型MAだな」
 アークエンジェルからの補給要請の中にあった大型MAの要求。
 とはいえ、如何に第81独立機動群とはいえども、ほいほいと渡せる大型MAなど有る筈もない。
 ならば断ってスピアヘッドでも送っておけば良いかとなると、「ミストラルで艦を守りきった新兵」なんて実に大衆好みなキャラクターを無碍にする事になるので、アークエンジェルの宣伝部隊化に当たっては好ましくない。
 悩み所ではある。何か、丁度良いMAが有ればいいのだが……
 ネオは、アレコレ考えながら、窓際に歩み寄った。
 そこからは第81独立機動群の倉庫が見える。それでも眺めながら、どうにか浮かせられる大型MAが無いか考えようと思ったのだが……
 そこで、ネオの視界にそれが目に入った。
 ちょうど、テスト中だったらしい。
「……そうだ、あれを送ってやろうか。月面での運用テストは概ね終了していたな? 本来は陸戦機だし……むしろ丁度良いかもしれないぞ」
 窓の向こうに広がる、月面の荒涼たる大地。
 そこを、砂煙を立てながら走る大型MAの姿があった。

 

 

 暗礁宙域。連合軍秘密基地『アイランドオブスカル』。その最奥。
 手にかけられた重い手錠も気にせずニコニコと微笑むラクス・クラインを前に、ムゥ・ラ・フラガは面倒な事になったと小さく溜息をついた。
 ここは尋問室。ムゥの背後には、装甲宇宙服を着た海兵が二人並んでいる。
 もしもの時はムゥをカバーしてくれるという話だが、装備しているのが短機関銃であるところを見るに、最悪のケースでは部屋の中の全員を瞬時に殺せるという事だろう。
 その中にムゥ自身が含まれている事は、想像に難くない。
 その背後にあるだろう事情をムゥは知らないが、海兵達はラクスとの接触を厳重に避けているのはわかった。
 ここにいる海兵達も、部屋の内部の音を拾うマイクを作動させていない。
 室内の声はマイクで外部に伝えられているのだが、その音声はコンピューターを通されて無害な別の声に置き換えるという手間のかけようだ。
 だから、話しかけても反応に多少のタイムラグがあると、ムゥは注意されている。
 そしてどうも……ムゥは、彼等がそこまでして避けているラクスの声に、汚染されたと見られている様だった。
 検査の結果、“消毒”される程の変調はなくて助かったが、一度接触しているのだからとラクスと直接交渉する任務を与えられている。
 おそらくは、繰り返し接触させて、ムゥの変化の様子を見るという意味もあるのだろう。実験動物の様な扱いに呆れ、もはや憤慨する気にもならない。
『尋問を開始せよ』
 ムゥの耳にはまった小さなイヤホンから、本当の尋問官の声が聞こえる。
「俺はパイロットなんだがなー」
 愚痴めかして呟いてみるが、それで状況が変わるわけもない。
 仕方なしにムゥは、それでもただ思い通りに動いてやるものかと、努めて親しげにラクスへ話しかけた。
「久しぶり。また会えたな」
 挨拶のつもり……だが、ラクスは笑顔のまま口を開かない。
 ムゥは、その反応を少し不審に思う。ラクスなら、普通に挨拶を返してきそうなものだったが……
 黙秘を貫くつもりか?
 しかし、ラクスの笑顔に抵抗の意思は見受けられない。
 軽く反応を窺いながら、ムゥは気楽なポーズを装って話を続ける。
「少し、お話ししようぜ。聞かせてもらいたい事が幾つかあるんだ」
 と、ラクスはここで初めて口を開いた。
「もうお話ししてよろしいんですのね? 良かったですわ。フラガさんに喋るなと言われてから、ずっと黙っていましたの」
「あれから、ずっと黙ってたのか!?」
 ムゥは驚きに声を漏らす。
 確かに、黙るように指示は出した。しかし、あの日からもう幾日か過ぎている。
 その間、ずっと黙り通しだったのか? ムゥの言う事に従って?
「はい」
 ラクスは笑顔で答えた。
 そこに何一つ疑いの様なものはない。ただ無心にムゥを信じて従ってたのだと言う様な。
「そ……そうか」
 ムゥは少し気圧されると同時に、このような少女を必要ならば追いつめなければならない自分の立場にやるせない思いを抱いた。
 が、そこに無粋な命令が水をさす。
『尋問を開始しろ。まず、監房を脱走した理由と方法を聞き出せ』
「…………」
 ムゥは苛立ちを覚えるが、すぐにそれを噛み殺す。
 何せ、自分は彼等と同じ側の人間なのだ。腹を立てたところで何の意味もない。
 いかんな……と、思う。
 どうやら、自分はラクスに感情移入しすぎているらしい。
 惚れたか? そんな事を冗談混じりに考え、それからラクスの胸元を見て、それはないなと確信を新たにした。
 それよりも仕事だ。
「……出会った時、どうして勝手に部屋から出ていたんだい?」
「あら、勝手にではありません。私、ちゃんとお部屋で聞きましたのよ。出かけても良いですかー? って。それも三度も」
 手始めにと聞いた事に、ラクスは罪悪感の欠片も無しに答える。
 海兵隊が接触を恐れていた事を考えると、おそらく収監後は完全に放置されていたのだろう。監房の鍵の確認も疎かだったか?
 出てきた後に酒場へ来た事からして、監房を出た理由は空腹が原因というのも確かか。
 ひょっとしたら、海兵隊がちゃんと食事を出していれば、防げた事件だったのかもしれない。
「なるほどなぁ。じゃあ、仕方ないな。
 でも、危ない事だから、もう勝手に出歩いちゃいけないぜ?」
 ラクスを責めるつもりはないが、釘は刺しておく。
 まあ、喋るなと一言いっただけなのに、ずっと口を閉ざすほどなのだ。逆らう事もないだろう。
 ムゥはそう思ったのだが、ラクスは困ったように笑みを浮かべた。
「このピンクちゃんは……」
 言いながら、ラクスは傍らに浮かんでいたピンク色の球体を手に取る。
「ハロー」
 驚いた事に、そいつは電子音で喋った。
 ラクスは愛おしげにその玉を撫でつつ、困った様子を見せながら言葉を続ける。
「お散歩が好きで……というか、鍵がかかってると、必ず開けて出てしまいますの」
「な!? この玉っころが、鍵を開けたってのか!?」
「ミトメタクナイ!」
 思わず声を上げたムゥの台詞に、玉の台詞が被さる。
 それが何故か、ムゥの内心を代弁したかのようで、ラクスは華やかに微笑んだ。
「まあ、ピンクちゃんたら……」
 楽しそうに玉に話しかけるラクス。
 それを前に、ムゥは笑えない気持ちでいた。
「おいおい、電子ロックだとはいえ、監房のドアだぞ……」
 スリッパで殴れば開くような安ホテルのドアじゃない。敵を放り込んでおく檻なのだ。本職が専用の道具を持ち込んでも、そう易々とは開けられない。
 それを、こんなちっぽけな玩具が開けたと言うのか?
 それこそ確かに「認めたくない」。
『それを没収しろ』
「っ!? それは……」
 与えられた指示が、ムゥを思考の内から引きずり戻す。
 ムゥは苦々しい表情を浮かべ、ラクスに聞こえないよう囁くように、見られる事もないようそれとなく手で口元を隠し、自らに付けられた隠しマイクに話しかけた。
「あの子の心の支えかもしれないんだぞ」
 敵地で収監されているという状態で、あれだけ親しげに扱う玩具が、どれほど心の支えとなるだろうか? だが……
『解錠ツールと一緒に収監など出来るわけがない。違うか?』
 言い返されれば確かにその通りで反論の余地がない。
「そうだな……」
 重々しくそう呟き返してムゥは、体の一部を欠いて広げた耳をばたつかせながら宙を泳ぐ玉を捕まえる。
 そして、ラクスが何か問う前に、ムゥは言い訳をするように言葉を並べた。
「あー……この悪戯ボールに、勝手に出てこられると困るんだ。しばらく、預からせてもらえないかな?」
「……はい」
 ラクスは僅かな沈黙の後、笑みを浮かべて答える。
「良い子なんです。可愛がってあげてくださいましね」
「あ、ああ。……大事にするよ」
 後ろめたい思いを感じながら、ムゥは捕まえた玉を後ろ手に回し、背後の兵士達へと渡した。
 玉は無造作に掴み取られ、それをした兵士は部屋を出て行く。
『……異常なほど、大人しいな』
「逆らえる状況かよ」
 イヤホンから聞こえた尋問官の独り言に、ムゥは呟き返す。
 が、尋問官は何処か解せない風で言葉を続けた。
『君とあの少女は親しい。少女も君が攻撃してくるとは夢にも思っていないはずだ。ならば、もう少し抗っても良いんじゃないかな』
 なるほど、それは道理だ。道理だが……と、ムゥは敢えて尋問官の言葉に反論してみる。
「信頼して預けたってのもあるぜ?」
『……君はどうだ? 無条件に彼女を信頼するのかね? 疑念は欠片も無いか?』
 尋問官の声が、ムゥに対する詰問調に変わった。返事によっては、何か拙い事になりそうな予感……これは、ムゥへの疑いが強まってしまったか?
「……いや、それ程の事じゃない。だが、ママに女の子は大事にしろと教わったクチでね」
 ムゥは惚ける様にそう返した。そして、あまり下手な事は言うまいと心の中で決める。
『……そうか、何か気になったら……いや、何も気にする事が出来なくなっても報告しろ』
 尋問官は、ムゥの反応から「まだ大丈夫」と判断した。
 もし、ムゥがラクスに対して完全な信服を示したなら、それはムゥの汚染と、ラクスが暴動の源であるという事の証拠となっただろう。
 同じ連合軍兵士に犠牲が出る事は望まないが、事態がはっきりするのはありがたい。
 だが、まだだ。まだ確信は持てない。
『では、次にあのシルバーウィンドの中で何があったかを聞け』
「わかったよ」
 そこで起こった惨劇の事を考えれば、少女にぶつけるには酷な質問……
 いや、これから先に用意されてる質問のどれもが少女には酷なものに違いない。
 逆らう事は無意味だ。
 それに、先の尋問官の口ぶりからして、ムゥがラクスに感情移入しすぎる事は警戒されているようだ。逆らうべきでもないのだろう。
 ムゥは投げやりに返事を返してから、ラクスへと問いを投げた。
「君が乗っていた船……シルバーウィンドだったか」
「ええ、とても良いお船でしたわ。乗組員の方も親切でしたし……」
 問いの途中で何処か懐かしそうに話し出すラクスをそのままに、ムゥは台詞を続ける。
「最後は覚えていない。そう言ったよな? あれは、本当かい? 何か、覚えている事は無いか? どんな些細な事でも良い」
「……覚えておりませんわ」
 ラクスは僅かに沈黙を見せた後に答えた。そして、不可解な言葉を付け足す。
「私は食べられてしまいましたから」
「あん?」
 “食べられた”その奇妙な言葉の意味が分からなくて、ムゥは変な声を漏らす。
 暴行を受けた事の隠語かとも思ったが、そもそもがここまで厳重に隔離をしている海兵達が、ラクスに手を出すはずがない。
 なら、その言葉の意味は何だ?
 困惑するムゥを前に、ラクスは夢見るように、恋に恋するように、情熱さえ感じさせられる様な口調で言葉を吐いた。
「でも、ちょっとだけなんですよ? 味見なんです、きっと。だから私は、いつか全部食べていただくのですわ。その時までに、より美味しくなっておかないと……」
 気が触れた。そう表現すべきなのかもしれない。
 それほどにラクスの言葉は唐突で、そして常軌を逸していた。
 ラクスの瞳は何処までも澄んでいて……無に通ずるかのように虚ろで、その奥には存在してはならないものが潜んでいる様に思えて――
 ――見るな。
 ムゥの中の何かが囁く。
 ラクスの瞳の奥。ムゥの意識が宇宙に放り出されたかの様に広がっていく。
 しかし、その宇宙に共感も敵意もありはしない。
 なにもない――あってはならない。
 まるで自分に言い聞かせる様に強く思う。
 いや、これは願いか?
 何もない。そうあって欲しいと?
 何がない? 何を恐れている?
 恐れるな。呼ぶぞ。
 しかし。しかし――
 ああ、宇宙が光り輝いて……
「……フラガさん?」
「――っ!?」
 ラクスの声に、ムゥは尋問室に居る自分を再発見した。
 そんなムゥの前、ラクスは何事もなかった様に穏やかな笑顔で言う。
「いきなり黙り込んでしまわれたので、少し心配になってしまいました」
「あ? ああ……いや、君の瞳に見惚れただけだよ」
 努力して、軽口と笑顔をひねり出す。
 普段なら意識もせずにやってのけるそんな事で、ムゥは自分の消耗を感じた。
 背中が水を浴びた様に冷や汗で濡れている。動悸も激しく落ち着かない。
 今のは何だったのか?
 もう一度、ラクスの瞳を見てみるが、そこにはぎこちない奇妙な笑顔を貼り付けた自分の顔が写り込むだけだ。
 今のは……戦場でラウ・ル・クルーゼを察知する時の感覚の様だった。
 だが、クルーゼの存在は不快なだけだ。
 今の様な幻覚を伴ったりはしない。
 ――幻覚?
 そうなのか?
「…………っ!?」
 ムゥは知らず身震いした。
 何故かはわからない。しかしそれは、自分にとって酷く恐ろしく感じた……

 

 その後もラクスへの尋問は続けられたが、現段階ではこれ以上の収穫はなく、終わる。
 結局、シルバーウィンドで起こった暴動について、得られた情報は無かったわけだ。
 尋問は継続的に行う事とされ、ムゥはその役目を降りられぬままとなった。
 しばらくは、アークエンジェルにも帰れない。ひょっとすると、これから先もずっと。
 ――そしてムゥは、ラクスの瞳の奥に見たものを誰かに話す事は決してなかった。