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機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第一話(前)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:10:44

第一話 Gファイト開始! 地球に落ちたガンダム

地球圏に、戦いのゴングが鳴り響く…
この一年間の意味を否応なしに伝える、夢と絶望とに満ちた鐘の音が…

「鳴りやがった…鳴りやがったぜ! ガンダムファイトのゴングがよぉ!!」
そこは廃墟となった教会。金色の髪を振り乱し、ミゲル=アイマンは叫んだ。
待ちに待った瞬間が、とうとう訪れたのだ。好きに暴れ、好きに戦えるこの至福の一年間をどれだけ待ち望んだことか!
ミゲルは眼下のチンピラどもに獰猛な笑みを見せた。
狩られることを知らない狩人の顔だ。
「お前ら! ファイターと見た奴は、片っ端から殺せ! 殺せなかった奴だけ俺のところに連れて来い!
 なーに相手はコロニーから金もらってるボンボンだ、容赦はいらん!」
『おおおおおおおお!!』
教会は異様な熱気に包まれた。

「どうしたものかな、これは」
トダカ警部は、参った、とばかりにそれを見上げた。
ネオイタリアに突如飛来し、町の残滓を完全に瓦礫と変えてしまった巨大な隕石。
正体はガンダムではないか、と部下は推測した。自分もそう思っている。
であれば、ここ一帯からの避難を勧告するのが筋であり、警察たる自分の勤めである。
だが、自分達が、大人しくここを去るのも理不尽に思えた。
しかしそもそも、そんな理などが通る世であれば、旧世紀の遺産とも言えるこの街がこれほど破壊されることもないのだ。
まあ、とどのつまりは。
「避難勧告と、民間人の誘導を。急げ」
「はっ」
大人しく自分達が去るしかないのである。
トダカは今一度、遠目に見れば花の蕾のような物体を見上げた。精悍な顔が、ふと憎悪に歪む。
「ガンダムファイト、か…」
舌打ちを一つ残し、トダカは身を翻した。

街中の道路が渋滞となった。
激しいクラクションに事故。車を見限った人々は、自分の足で走り去っていく。
巨大な隕石がガンダムであると知れれば、こうもなる。半径五キロ以内は超一級危険地帯に指定され、
そこに残っていては死んでも文句は言えない。
最も、地球に残っている人々の生き死になど、問題にされるわけがないのだが…

「お客さんも、行き場のない人間ですか?」
酒場のマスターは、グラスを磨きつつ、その風変わりな客に声をかけた。
ここがどこだか知らないわけでもあるまいに、カウンターについたその男、どう見ても未成年である。
黒い髪に赤い瞳。瞳と同じ色のマントを羽織り、やはり同じ色の鉢巻を締め、緒は長く背に流している。
本来であれば女性を悶えさせるほどの美男子であるが、ギラギラとした目つきと纏う雰囲気がせっかくの魅力を殺してしまっている。
 
 狂犬。

少年の雰囲気を形容するには、その言葉が一番だろう。
「ま、ガンダムファイトが始まっちまえば、どこに逃げたって同じですけどねぇ」
キュッキュッとグラスを磨きつつ、マスターがぼやく。
一つ息をつき、少年は一枚の写真を懐から出した。マスターに差し出す。
「?」
疑問符を浮かべながら、マスターは手を止め、写真を覗き込んだ。
大きく半分に破れた写真だ。一人の少年が、ふざけあうように誰かと肩を組んで笑っている。
相手が誰なのかは、失われたもう半分に写っているのだろう。
「探し人ですか?」
マスターが問いかけると、少年は静かに頷いた。
「見たことはありませんね…」
「…………」
小さく礼をし、少年は席を立った。無論、写真を懐に戻して。

と…
「うわ、札束だ! 大もうけだよ!」
「バッカ、そんなのすぐに紙切れになっちまうよ。こういうときは…へへ、こいつさ!」
「宝石かぁ!」
「これならいつでもガンダムファイトやってくれればいいのにな!」
三人の子供達が、客の忘れ物であろうコートを漁っている。リーダー格と思しき子供が、じゃらじゃらとネックレスを腕に巻きつけた。
「浮浪児ですよ、お客さん」
少年の視線に気付いたマスターが、静かに言う。
「ガンダムファイトで親も兄弟もなくして、ああして盗みで暮らしているんです」
「…………」
少年は、じっと子供達を見ていた。いや、正確には、その中の女の子を見ていた。
視線に込められているのは哀れみではない。非行への怒りでもない。
懐旧であった。
それに気付いたマスターは、グラスを磨きながら思いを馳せる。
この少年も、ガンダムファイトに人生を狂わされた者なのだろうか。浮浪の生活をし、今日まで生き延びてきたのだろうか。
「ほらソフィア、やるよ」
「ありがとう!」
ブレスレットをもらい、無邪気に笑う女の子、ソフィア。それを見る少年には、いつしか笑みが浮かんでいる。
目のぎらつきも息を潜め、年相応の魅力を取り戻させていた。
しかし――

「こんなもんをガキが持っちゃあいけねぇな」
ぐい、とソフィアの体が浮き上がる。いつの間にか巨漢が現れ、ソフィアの首根っこを掴んで持ち上げたのだ。
「な、なんだよ! 俺達が見つけたんだぞ!」
「子供には早いんだよ! おめーらにはオモチャで十分だ」
言いつつ、巨漢はブレスレットを取り上げ、ソフィアを突き飛ばした。地面に打ち付けられた痛みか、
ブレスレットを取られた悔しさか、彼女の目に大粒の涙が浮かんだ。
と、そこに新たな影が迫る。
仲間が来た、と思った巨漢、振り向きもせずに言った。
「なあ、お前もそう思うだろ…」
言い終わることも許さず、少年は巨漢を殴り飛ばした。百キロはありそうな体躯が吹っ飛び、
酒場のテーブルや椅子を薙ぎ倒していく。
「な、何しやがる!」
少年は答えない。だが目を見れば、彼の感情は分かる。
燃え盛る憎悪。
「あ、アンタのものを取ったわけじゃねぇだろ! 大体こいつらは人様のものを…!」
問答無用であった。
少年は巨漢にのしかかり、ひたすら殴り続けた。歯が折れ、顔が変形し、それでも殴るのをやめない。
骨のきしむ嫌な音が、酒場に響く。
どれほどの拳を入れただろう?
気がつけば少年は、リーダー格の子供にしがみつかれていた。
「も、もう、やめてくれよ…」
震えながらの声。我に返った少年は、自分の足にしがみつく子供と、酒場の奥で震える子供達を見た。
皆、怯えていた。あのソフィアという女の子も。
少年はゆっくりと身を起こした。瞳から憎悪の炎は消えている。代わりに宿っているのは、
捨てられた子供のような淀んだ光だ。
静かに少年は酒場を出て行った。残された子供達は、呆然と少年の背中を見詰めていた。
煤けている、とリーダー格の子供は感じた。
「け、警察ですか? たった今、ファイターと思しき少年が…」
酒場のマスターは、怯えながら電話をかけていた。

ふと、少年は足を止めた。
目を周囲に走らせる。囲まれているのに気付いているぞ、との意思表示だ。
躊躇うような気配の後、ばらばらと周囲の瓦礫から人が現れた。
全員、警官服を着て、拳銃を手にしている。
「貴様、どこから来た」
警官の一人が声を上げた。
少年は小さく息をつくと、無視をするように歩を進めた。
ざわり、と空気が動く。
カチャカチャカチャ、と銃を構える音。さすがに冗談ではないと思い知ったか、少年は足を止め――一人の男に目を留めた。
トレンチコートを着た、精悍な中年の男。警官達を制止するように、片手を上げている。
「一通りの調査をさせてもらいたいだけだ。すまないが、厄介なことになる前に協力を願いたい、少年」
トダカ警部であった。
少年はちらりと目を走らせた。最初に声をあげた警官は、震える手で拳銃を握っている。
トダカに目を戻せば、彼は苦笑していた。
「どうも街中ピリピリしていてな。原因はアレだ」
目で指したのは、あの巨大な蕾。
少年はつられるようにそちらを見た。蕾を目に映した瞬間、赤い瞳が憎悪に歪む。
「我々は、アレの持ち主にこの街を出て行ってもらいたいだけなのだ」
「…………」
「君がアレに関係ないなら、すぐに釈放できる。協力してもらえないだろうか? 私も、部下を抑えるには限界がある…」
その言葉には、疲れが伺えた。
少年はトダカに目を戻すと、小さく頷いた。

少年は大人しくついてきた。ついてきただけだった。
署に入り、尋問を受けているが、一向に口を割ろうとしない。
そう、彼はあの場から今に至るまで、一言も言葉を口にしていなかった。
何故この町に現れたのか? あの物体と関連性はないのか? 一人で来たのか、仲間はいるのか… 全てに対する回答は無言。
加えて持ち物の少なさ。没収できたのは一枚の破れた写真だけである。
ふざけあうように、誰かと肩を組んで笑っている、褐色の髪の少年。隣が誰なのかは、破り取られているために分からない。
写真を裏返せば、五つの国名が走り書きされてある。
ネオイタリア。ネオアメリカ。ネオチャイナ。ネオフランス。ネオロシア。
何かのメモか、と問いただしても、少年は一層目を血走らせて睨み付けてくるだけ。
穏便にことを済まそうとしていたトダカも、徐々に限界に来ていた。
「ピザを食いたくないか、少年」
やはり無言を返される。
「昔からこの街のピザは美味いと評判でな。旅行者なら一度は食べていく。君が素直に話してくれれば、奢ってやってもいいぞ」
恩着せがましい言い方になる。実際にモノで釣ろうとしているのだから仕方ないのかもしれないが、トダカは軽い自己嫌悪を覚えていた。
本来なら、他人に自分の都合の感情をぶつけることなど許さないのだが。
少年は相変わらず無言でこちらを睨み付けている。
トダカは息をついた。もしかしたら口が利けないのかもしれない。ガンダムファイトという大災害の中では、
そんな症状になる人間も珍しくないのだ。
実際に昔、そういう子供を保護したこともある。

グゥゥ〜ッ
盛大に腹の虫が鳴った。
トダカは少年を見た。少年は変わらぬギラギラとした目つきのままで、しかし顔色は急激に赤くなっていく。
ぷっ、と部屋の中の部下が吹き出した。トダカもまた、思わず笑みを浮かべた。
刹那――

ガン!

机が跳ね飛んだ。
少年が机を蹴り飛ばしたのだ。トダカは机に、したたかに胸を打たれた。うっ、と呻いて胸を押さえる。
「貴様!」
警官の一人が少年に掴みかかる。
だが少年は警官の手を受け止めると、そのままくるりと返した。
たまらず地べたに倒れこむ警官。
「やめろ!」
トダカが警官を助けようと、少年を押さえ込む。少年は反射的に抵抗しようとしたが、何を思ったか押さえられるがままになっている。
「……すみません」
少年はぼそりと呟いた。目線を外して。
トダカは目を丸くして少年を見た。
「なんだ、ちゃんとしゃべれるんじゃないか」
笑みを含んで、だが半ば呆れて言ってやると、少年は露骨に顔をしかめ、ぷいと横を向いた。
自由になった部下が、腰をさすりながら起き上がる。
「警部、何なごんでるんですか」
「なごんでるわけではない。私は警察だぞ?」
と言いつつも、トダカの口の端は上がっている。
そこに――
「警部、その少年の身元引受人が来ました」
「何?」
取調室の扉が開く。
その先にいたのは、もう一人の部下と、美貌の少女であった。
ぱりっとした赤い服。それに比べ、赤い髪はてっぺんがぴょんと跳ねており、赤い瞳は丸く、快活さを思わせる。
しかし少女は少年を見止めると、たちまち半目になった。ほとほと呆れた、とでも言いたげである。
扉を開けた部下が、トダカに何かを手渡す。
「……シン=アスカ…ルナマリア=ホーク…国籍ネオジャパン…ただの旅行者?」
ごく普通のパスポート。確かにこの少年の身元保証になる。
だがトダカが気になったのは、パスポートの写真だ。
無表情ながら、まるで地獄の底から現世を憎み続けているような、凄まじい目である。
ふと少年――シンを見れば、彼は写真と同じ目をして、自分を助けに来たはずの少女――ルナマリアを睨み付けていた。

時はもはや黄昏。
「まーったく! 忘れずに持ってれば、疑われずに済んだのに」
パスポートを手渡し、赤い跳ね髪の少女は呆れたように言った。
警察から解放されたシンは、パスポートを受け取ると、静かに引き裂いた。
ぽかんとする少女。シンは元パスポートを地面に捨てると、闇に包まれ行く瓦礫の町を歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
これじゃ環境破壊よ、環境破壊! …そう言いながらパスポートの残骸を回収し、少女はシンを追う。
環境破壊。瓦礫の街を目の前にしながら、そんなセリフは質の悪い冗談でしかない。
「余計なことをするからだ」
「何が余計よ。それじゃあのまま警察に捕まってた方が良かったって言うの?」
「…………」
「ほらー! そうやって都合が悪くなれば黙る!」
「うるさい」
「どうしたのよ。今日は一段と機嫌悪いわよ」
「……知った顔に会った」
「は?」
またもぽかんとするルナマリア。
「知った顔…って、まさかさっきの警察?」
胡乱げにシンがルナマリアを振り向く。その目は先程までのように憎悪に満ちてはおらず、まるで捨て犬のようだった。
ルナマリアは知らないが、酒場を出たときと同じ目である。

二人はホテルに泊まることにした。
と言っても、ホテルの支配人も従業員も逃げ出した後だ。勝手に設備を使わせてもらうだけである。
明かりはつかない。電気が供給されていないのだ。
闇のエントランスを、二人は進んでいく。
と、シンの目が引き締まる。
ルナマリアも同じく身構えた。
「やあこんにちは、どこかのファイター君」
中二階、闇の中から金色の髪が覗く。
軽薄な笑み、豪奢だが安っぽいトゲ突きの特攻服。ミゲル=アイマンその人であった。その隣には、顔が包帯だらけの巨漢がいる。
「何か用か?」
「おいおい、ファイター同士が出会ったら、やることは一つだろ?」
「フン…」
シンは構えを取った。ミゲルもまた。
「ルナマリア、下がってろ」
「はいはい」
素直に従い、ルナマリアは距離を取る。だが…
「正直者が…バカを見るってな!」
ミゲルの表情が豹変した。獲物を前にした狩人の目。
シンの周囲の闇から、無数の殺気が飛び出してきた。ミゲルの配下のチンピラたちである。
ルナマリアの表情が引きつった。

「シン!」
「怖気づいたか、ルナマリア!」
「あたしが心配してるのは…!」
言い終わる前に、乱闘が始まった。いや、闘いと呼べるものだっただろうか?
巨漢が殴りかかってくる。すっと体をずらし、難なくかわして腹に一撃。
小男のチェーン攻撃を素手で弾き返し、カウンターで蹴りを入れる。
前と後ろの挟み撃ちを、またも動き一つでかわして裏拳肘打ち。
少年が一つ動くたび、血しぶきと悲鳴が上がる。
「……こうなると思った」
顔に手を当て、溜息をつくルナマリア。
「ぼ、ボスぅ! こいつ強すぎますぅ!!」
歯をまとめて数本折られたチンピラが助けを求める。
「まったくもう、シンってば容赦ないんだから!」
ふっと彼女は顔を上げ、金髪の男を見た。男は眼下の惨状を見ながら、笑みを浮かべている。その目はらんらんと輝いている。
いい獲物を見つけた。そう言わんばかりに。
「ねー、あんた! これ以上やっても部下の皆さんがダメになるだけよ! やるならさっさとファイトしてよ!」
時々トチ狂ったようにかかってくるチンピラをあしらいながら、ルナマリアは叫ぶ。
男はルナマリアを見た。にぃっ、と笑う。
ぞくり、と背筋に悪寒が走るのをルナマリアは感じた。
「よし、お前ら、もういい!」
ボスの号令以下、チンピラたちがざっと身を引く。
腕を折られた者、鼻を潰された者、様々である。
シンは一つ舌打ちをした。
「俺よりもボスの方が怖いってのかよ」
「そりゃそうだろう? この『黄昏の魔弾』ミゲル=アイマンを恐れない人間なんて、ネオイタリアのどこを探してもいないさ」
「……あんた、付き合いが広いのか?」
「それなりに」
「だったら聞きたいことがある」
「なら俺とガンダムファイトしろよ、コロニー野郎。お前が勝ったら、何にでも答えてやるさ」
「こんな騙し討ちを企んだ男が言うことかよ」
「俺は、わざわざ弱い奴を狩りたくないんでね」
シンは目を丸くした。ミゲルは笑っている。自分が敗者になることなど考えてもいない、傲慢な笑み。
知らず、シンの口元にも笑みが浮かんだ。ミゲルのそれと同種の笑み。
「獲物がハンターを喰らい尽くすことだってあるんだぜ?」
「だったら期待させてもらうぜ。まずはここを生き延びてみな!」
ミゲルが高々と右手を掲げる。
「撃て! ネロスガンダム!!」
ホテルの壁が衝撃と共に崩れ去った。空いた穴から覗くのは、アンテナと人型フェイス、まぎれもなくガンダムの顔だ。
一斉にバルカン砲が放たれる。
『ぎゃあああああ!?』
ミゲルの部下は急いで逃げ出した。倒れた者も背負いつつバルカンの弾幕を潜り抜けている。
その退却の動きに、シンは退避しつつも目を剥いた。こいつらは逃げ慣れている。
まさかいつもいつもこんなことをしているのか!?
「おい、コロニー野郎! 生き延びてたら明日七時にコロセウムに来い!!」
「き、聞こえてないんじゃ…」
「バルカンに当たる奴は素人だ! 当たらない奴は訓練された素人だ!
 まぁったくガンダムファイトは地獄だぜぇ!! ひゃーっはっはっはっはっ!!」
「ボス、意味不明です…」
ぼそりと突っ込み続ける巨漢だが、ミゲルは聞いていない。
「よぉーし、ネロスよぉ、景気よくぶち壊せ!」
主の命に従い、ネロスガンダムは拳をホテルに叩き付けた。
たまらずホテルは倒壊し、瓦礫の山と化していく。
「シン!」
「ルナマリア!」
二人は互いの名を呼びつつ、駆け寄った。
そこに天井が落ちた。

「ボスー! 退避完了しましたぁ!!」
「点呼取ったかぁ!?」
「はい! 全員いまーす!」
「よっしゃ、引き上げるぞぉ!」
『おおーっ!!』
怪我をした一団が、ぞろぞろと動いていく。
ネロスガンダムの手の上で、ミゲルはふと後ろを振り返った。
そこが元は高級ホテルであったことなど、もう誰にも分からないだろう。
「これくらいで死にはしないだろう? 俺はアンタの名前すら聞いてないんだぜ?」
不敵に嘯く。
隣には腰を抜かした巨漢が尻餅をついている。
それを見たミゲル、意地の悪い笑みを浮かべ、巨漢の背中をぽんぽんと叩いた。
「いやー、驚いた? ウチはいつもこんなもんだから。それでも入りたいってんならいいけど、新入り希望者君?」
「え、遠慮しときます、ミゲルさん」
「よろしい」
ニコニコと笑いながら、ミゲルは頷いた。
「ああ、それと、浮浪児に手を出したって言ってたな」
「は、はい」
「コロニー野郎にお仕置きされてるみたいだから今回は何もしない。だが今度同じことやったら…」
ミゲルの顔が豹変する。
「俺がてめぇを殺す」
巨漢は壊れた人形のように、こくこくと頷いた。

かちり、とスイッチを切る音がする。
途端に生成されていたビームシールドが消え、シンとルナマリアが姿を現した。
「ヨウランとヴィーノも、いいもの作ってくれるわよねー」
コンパクト型ビームシールド発生器を弄びながら、ルナマリアは気楽に言った。
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン」
「お前何歳だよ…」
「いいじゃない、夢見たって」
「いやそういう問題じゃなくてだな…」
息をつくシン。どうしてコンビを組むのがコイツになってしまったのだろう、と思ってしまう。
ルナマリアの優秀さは自分もよく知っているのだが…
「でも、まさかファイト前にガンダムを動かすなんてねぇ。委員会に直訴してみる?」
「やめとけよ。お役所仕事の連中にこんなこと言ったって時間の無駄だ。それに叩き潰した方が早い」
「あー、それはごもっとも」
パートナーの揺ぎ無き自信に曖昧な笑みを浮かべ、ルナマリアが肩をすくめる。
それをどう受け取ったか、シンは僅かに顔を歪めた。
「とにかく、明朝七時にコロセウムだ。それまで整備を…」
「ちょっと待った」
新たな声がかかる。
二人が振り向くと、そこにはあのトダカ警部がいた。三人の子供達も一緒だ。
「やっぱり君はファイターなんだな?」
確認するように、トダカが言う。
静かに頷くシン。隣ではルナマリアがばつの悪そうな顔をしている。
「今すぐこの街を出て行ってもらおう」
「出来ません」
シンは即答した。
「俺には、戦い抜くことしか残されてないんです」
「君は地球の人々のことを考えたことがあるか?」
トダカは銃を向けた。シンはそれを悲しげに見た。
「六十年前、力のある個人は皆宇宙に、コロニーに上がってしまった。地球に残されたのは、経済力のない弱者だ。
 首脳部が上がってしまった以上、我々はコロニーの植民地民も同然。その上ガンダムファイトで、
 細々とした生活もすぐに破壊されてしまう」
「知ってます」
「だったらよくもそんな口が利けるな!」
怒号が放たれる。トダカにくっついている三人の子供達は、緊迫した空気に怯えたように、固まり震えていた。
「あ、あのっ」
ルナマリアが口を挟む。
「一戦でいいんです。終わったら、すぐに出ますから」
「その一戦が大災害なのだ、こちらにすれば!」
「……!!」
「ルナマリア、黙ってろ。よけいに話がこじれる」
「し、シン…」

不満そうな顔をするものの、ルナマリアは口を閉ざした。
所詮生粋のコロニー育ちである自分に地球の人の心は分からない、そう思ったのかもしれない。
「何と言われようと、俺はやるしかないんです。だから、みんなをコロセウムの周辺から避難させてください」
「君達が出て行けば早いことだろう」
「ミゲル=アイマンが外に出てくれれば、俺も出ます」
トダカの顔が翳った。
「あいつ、やっぱり問題なんでしょ?」
「……強いからというだけでファイターに選ばれた男だ。奴は狂っている。国家のファイターだから、
 あからさまな犯罪をしても逮捕できない」
「このあたりのマフィアのボスなのよ」
うつむいて、ソフィアが呟いた。
「お兄ちゃんがやっつけた、あのゴリラみたいな奴も、あいつの部下」
ふと、シンは思い出す、ミゲルの隣にいた、包帯まみれの巨漢。
ソフィアに目を戻す。
「ああ、そうみたいだね」
柔らかい声。
トダカも、子供達も、ルナマリアでさえ、それがシンの声だとは瞬時には理解できなかった。
見れば、シンの目からは険しさが消えている。
思わずソフィアはシンの元に走りたくなった。緊迫したトダカよりも、シンの方が優しく受け入れてくれると思えた。
それを頑張ってこらえる。酒場での出来事を思い出して。
「トダカさん、俺がミゲルを倒します。そうすればミゲルはファイターじゃなくなる。逮捕できるでしょ」
「……だが、街は」
「コロセウム周辺だけで戦うと約束しますから」
「出来るのか?」
「ええ」
力強く、シンは頷いた。
つ、と赤毛の少女を見ると、彼女もまた頷いた。こちらは、何を当然のことを、と言わんばかりであった。
「……終わったらすぐに出て行けよ」
「はい」

トダカは子供達と共に去っていった。
署までの道も半ばに差し掛かったところで、彼は気付いた。
(何故、彼は私の名を知っていた?)
彼の前で、部下が自分の名を呼んだ事があっただろうか。