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機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第九話(中)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:18:43

「驚いたぜ。お前みたいな坊主が、親父の名を知ってるとはな」

 針の音に促されたように、ムウが言葉を搾り出した。彼はようやくそれだけを口に出来た、とレイには思えた。
「世界初のナチュラルファイターの名だ。知らんはずがあるか」
「優勝はしなかったけどな」
「ファイターになったというだけで賞賛に値する。特にナチュラルにとっては」
 レイはムウの混ぜ返しを切って捨てた。
「ガンダムファイトの歴史において、転換点は二つある。一つは四年前のアスラン=ザラの優勝」
 何故か小さくシンが体を震わせた。しかしレイは彼を気にすることなく、言葉を続ける。
「お前の三期連続優勝によってガンダムは重火力型が主流となっていった。
 大戦争、大惨禍を避けるためのガンダムファイトにおいてその在り方は本末転倒。
 流れを見直すべく第十二回大会は四年間延期され、F.C.56、ネオホンコンのアスラン=ザラが優勝し、
 拳一つでも重火力に勝てるということを立証した。
 もう一つはF.C.32、第七回ガンダムファイトにおけるアル=ダ=フラガの出場。
 そう、ナチュラルのファイターの登場だ」

 個人の戦闘能力がものを言うガンダムファイトは、当初はコーディネイターの独壇場であった。
 肉体の素質を先天的に持たされ、それを強化されてきたコーディネイターのファイターに、
 ナチュラルのファイターは駆逐された。
 コーディネイターに強烈な差別意識を持つ政府高官もいたが、彼らが上げるであろう戦果を考えると、
 自分の感情を押し通すことは出来なかった。
 大量の人間が集団で戦闘する全面戦争の時代とは違う。ファイターがたった一人で闘うのだ。
 加えて全面戦争の場合は結末が見えないが、ガンダムファイトは結末は明確である。必ず敗者がいて、勝者がいる。
 最も強いファイターとガンダムがいれば、四年間とはいえ、世界の覇権を得ることが出来る。
 高官たちは自分の感情を押し殺し、コーディネイターをファイターに推した。
 そうでなければ他国のファイターに一蹴されることは明白だった。
 こうして長く『ファイター=コーディネイター』の図式は確固たるものとなっていた。しかし、それを覆した男がいた。

 アル=ダ=フラガ。ナチュラルでありながらネオイングランドのファイターとなった男。
 ムウ=ラ=フラガの父親である。

「そのときの裏事情は、語ることすら憚られる」
 吐き捨てるようにレイは言う。ムウは黙したまま、静かに少年の言葉を聞いていた。
 表情は岩壁の如く固く押し殺されている。
「ともかくアル=ダ=フラガは出場した。
 優勝は出来なかったが、経緯はどうあれ、奴の出場はナチュラルに希望を与えた。
 コーディネイターでなくとも、ナチュラルでもファイターになれる、と。
 アルは第八回ファイトを目前に火災で死亡したが、その息子のお前が第九回ファイトに出場し優勝――
 そしてナチュラルの身ながら三期連続優勝を果たした」
 ムウが静かにカップを置き、指を離す。小刻みに震えているのを、レイは見逃さなかった。
 ムウはそのままゆっくりと手をテーブルの下へと仕舞い込む。
「父親への手向けとでも言うつもりか? 卑怯な手を使ってまでナチュラルとして王座を守り抜くことを」
「そんなんじゃない。俺は、俺として闘ってきただけだ」
 ムウがようやく言葉を返した。
 しかし彼の声は、張りこそあるものの初めのような余裕を持っていなかった。僅かに固い。
 それでも強張った目はレイの氷の瞳を見据える。
「お前はお前の栄光のために闘うと?」
「下らないと思うかい? だがな、他人にどう思われようと、俺にとっては譲れない大事なものなんだよ。俺は…」
「だとしても」
 レイの氷点下の声が遮った。
「お前の行いを見逃すわけにはいかない。誰しもが大切な理由を持っているのだ。
 お前だけに卑怯が許される何の口実がある。お前だけがなりふり構わず勝利を目指せるとでも言うつもりか?」
 
 屋敷がしんと静まり返る。昨日の喧騒が嘘のように。
 空気が張り詰めていた。レイも、ムウも動かない。
 プレッシャー、とでも呼ぶべきだろうか。両者の見えない気迫が部屋を圧していた。
 茶会とは本来は和やかな時であるはずなのに、この場は冷ややかな殺気に満ちている。
 固唾を呑むシンには、時の流れすら凍り付いているように思えた。柱時計の振り子の音が、やけにうるさい。
 そこに――

「あ、あのっ」
 場違いな声がした。反射的に振り向けば、ルナマリアが疲れたような顔で席を立っていた。
「すみません、お手洗いを…」
 部屋の空気が一気に暖かくなった。マリューが頬を緩ませる。
「どうぞ。ノイマン、案内してあげて」
「はい」
「あ、いいです! 自分で行けますから」
 とは言うものの、緊迫した空気にあてられたか、ルナマリアはぎこちない動きでドアへと歩いていく。
 ノイマンはドアをそっと開けた。同時に彼女に小さく囁く。
「本当に大丈夫なのですか?」
「そんなに心配しないで下さい、ノイマンさん」
 ルナマリアは疲れた顔でノイマンに笑いかけた。
「まっすぐ行って右ですからね」
 最後に確認するように、ノイマンが声をかけた。
 ルナマリアは最後に無理矢理微笑んで、廊下の向こうへとよろめき歩いていった。
 少しノイマンは迷ったようだが、やはりルナマリアが気になったのか、一礼すると自分も部屋を出て行った。

 小さくドアの閉まる音がする。
 場の緊張の緩んだほんのひとときの間にも、レイはムウから視線を外すことはしなかった。
 そしてムウも、自分にここまでの圧をかけてくる少年を無視することはなかった。
 再び応接間は、湖面に氷の張る如く、冷ややかな緊張に満ちていく。シンはほんの少しだけ、退出したルナマリアを恨んだ。

 かちりと一つ、時計の針が音を立てる。
「随分と律儀な考えをするな。白い坊主クン」
 からかうように、しかし静かに、ムウが再度口を開いた。
「ネオフランスの騎士として当然のことだ」
「騎士、ね。そんなからっぽの称号に惑わされてるとも知らずに」
「議長から直々に賜った名だ。この時世において実体があろうとなかろうと関係ない」
 レイが語気を強めた。
「俺は議長の役に立ちたいだけだ。
 もはや取り戻せない過去の栄光を追うお前と、大切な人の夢のために闘う俺、どちらが空虚と言える?」
 先程からレイは全く表情を動かしていない。氷壁のような面貌でムウを睨みつけている。
 ネオフランス議長・ギルバート=デュランダルの役に立つという目的は、レイにとっては己の存在理由に等しい。 誰にどう揺さぶられようと、その一点においてレイは強固であり、それゆえに彼は迷うことのない人物であった。

 ムウは一つ息をつき、口元だけで笑う。
「やれやれ…頑固な上に随分と口の回る坊主クンだ。そっちの彼とは違って」
「一々俺を引き合いに出すな」
 ぼそりとシンが抗議する。
「だがね…口だけじゃどうにもならないんだよな!」
 ムウの手元が動く。
 シンが色めき立つ。レイもまた目を見開く。
「アンタって人は…!」
 ムウの手に拳銃が出現していた。先程は小刻みに震えていた指先も、銃を握った今は微動だにしない。
 ムウは真っ直ぐにレイの心臓に狙いを定めている。
「栄光が取り戻せない? そんなこと誰が言った。今俺の銃は、お前らの心臓をぶち抜くことだって出来るんだぜ?」
「負けるときのことは考えないもんだろ!」
「そう言って、おととい見事に負けたのはどこの誰だ? 死に急ぐなよ坊主!」
 歯軋りするシン。強く握られた手は噴火の予兆の如く震える。直後――

 かちりとまた一つ、時計の針が音を立てた。
 低い低い鐘の音が、重く苦しくこの場に響く。

 ルナマリアは屋敷の中をさまよっていた。
 トイレと偽って応接間を退出した後は、屋敷を探っていたのである。
 確かにあの緊迫感には辟易したが、それだけで抜け出すほどルナマリアは礼儀知らずではなかった。
 シンの話が確かなら、MSの一群の証拠なり何なりあるはずだ。
 この屋敷にはないのかもしれないが、まずは当たってみるしかない。
 音を極力殺し、廊下を小走りに行くルナマリア。ムウら屋敷の人間が応接間にいる隙に――
「ホークさん? どうしました?」
 いきなり声をかけられ、飛び上がる。振り返れば、執事のノイマンが心配そうな顔をしてそこにいた。
 大丈夫だと言っておいたのに、結局追いかけてきたのだろう。ありがた迷惑である。

「ご、ごめんノイマンさん、やっぱり迷っちゃって!」
「ああ、ここをまっすぐ行って左に二回曲がってください」
「ありがとう!」
 とってつけたような礼をして、駆けて行く。
 心臓がまだ高鳴っている。全く彼の気配に気付かなかったのだ。
 仮にもアカデミー卒である自分が。油断していたのだろうか。
 まずは本当にトイレに入り、少し経ってから飛び出す。そして角を曲がり、屋敷の奥へと――
「ホークさん?」
「うひゃあっ!?」
 またも飛び上がる。やはり背後にノイマンがいた。
「そちらは応接間ではありませんよ」
「あ、そ、そうですよね! すみません、この屋敷広くって…」
「ご案内しましょうか?」
「い、いえ結構です! お手数かけるわけには」
「まあ、そう仰らずに」
 かちゃり、という音。
 ノイマンの右手に、拳銃があった。ぴたりとルナマリアの額に向けられる。
 自分の顔が引きつるのを、ルナマリアは感じた。
 何の特徴もない男は、やはり何の変哲もない表情をしている。
「手数なんてお気になさらず。一瞬で済みますから」

「ぐっ!?」
 呻いたのはムウだった。胸を押さえ、拳銃を取り落とす。
「ムウ!?」
 夫を支え、背中をさするマリュー。
「おい、またかよ!? どうしたんだ一体!」
 滾っていた怒りを忘れ、立ち上がるシン。咄嗟に駆け寄ろうとするが、
「余計なことしないでッ!!」
 激しい声でマリューはシンを叱責した。思わぬ人物の強い声に、シンは体を震わせ硬直してしまう。
「あなた…」
「大丈夫だ…マリュー…」
 それは、もはや先程までの張りのある声ではない。

 ムウが息を整える。その間にも、鐘の音は重く響いていく。
 針は四時を指している。しかし壊れた柱時計は、五つの鐘を鳴らした。
「お前ら…若い頃から闘いに染まっちゃいいことないってのになぁ…マリュー!」
「ええ!」
 マリューが力強く頷く。
 ムウはよろよろと顔を上げた。青い瞳に暗い炎を宿し、シンを、レイを交互に見つめ、精一杯声を張った。
「受けてやるよ。その無謀な挑戦をな! ガンダムファイトだ!」
「アンタ…」
 呆然とするシン。対してレイは――彼にしては珍しく――思い切り顔をしかめていた。

 夕日が紅く照らすロンドンの町。そこに二体の巨人が出現した。
 片や白と青の華麗なる騎士ガンダムローズ、片や黒と赤の銃兵士ジョンブルガンダム。
『最初はお前からか、白い坊主クン』
「ああ。だが、ファイトの前に一つ聞いておきたい」
『うん?』
「お前は、あと何年生きられる?」
 一瞬奇妙な静寂が降りた。ムウが虚を突かれたように、レイには思えた。
『どこまで知ってる。坊主』
 それは今までのどの言葉よりも、一際低い声。
 レイはかぶりを振った。
「知っているわけではない。推測しただけだ」
『だったら、お前が気にする必要はない。ガンダムファイトォ!』
「レディ!」
『ゴォォォ――――ッ!!!』

 
 ルナマリアは目を覚ました。額に鈍痛。どうやらノイマンの銃は、自分の銃と同じくゴム弾だったらしい。
 慌てて立ち上がろうとするが、動けない。自分が手足を縛られて床に倒れていると気がつく。
 周りを見れば、そこは戦艦のブリッジかとさえ思えた。壁一面のディスプレイ、そこかしこの機材にシート、
 そして中央のキャプテンシートに座る栗色の髪の、胸の大きな女性――
「マリューさん!?」
 ルナマリアが叫ぶと、マリューは椅子ごと、ちらと振り向いた。酷く悲しげな瞳で。
「ごめんなさい、手荒な真似をして。でもこうするしかなかったの。女の私にはね…」

「行け! ローゼスドラグーン!」
 ローズのケープを跳ね上げ、無数の紅いバラが飛び出していく!
「オールレンジ…空間認識能力か!?」
 驚きと共にジョンブルは大きく後ろに飛び、ライフルを構え乱射する。
 高出力のビームが中空を裂く。さすがに小銃やバルカンとは威力が違い、一つドラグーンを破壊しても
 まだ貫通する。次々にドラグーンが爆発する。
 しかしドラグーンは、単調に飛ぶミサイルとは違うのだ。
「逃がさん!」
 レイの喝に応じ、ジョンブルの横手から、後ろから、光の奔流を逃れたバラが突撃していく。
 しかし次の瞬間、レイは我が目を疑った。
「うひょーッ!」
 どこか楽しげなムウの声。それと同時にジョンブルは、生き残ったドラグーンを全て回避した。
 後ろから、斜め上から、横から、避けきれないはずの放火を、僅かに身をずらしよじることで。
 近場にあったドラグーンは手とライフルの銃床で撃ち払った。
 無論、ファイターとは言え当たり前に出来ることではない。
「空間認識能力…! やはりお前も!」
 レイが呻く間に、ジョンブルはドラグーンを全て撃ち落としてしまった。
 通信を繋げるレイ。ディスプレイにムウの顔が映る。双方、自分の驚きを隠さなかった。
「やるな、坊主! 初めて見たぜ、俺と同じような能力持ってるファイターは!」
「初めて、か。そうかもしれんな…」
 僅かに自嘲の色を見せたが、レイはすぐに真顔になった。
「だがこれで分かっただろう。どんなにお前が撹乱しても、俺にはお前の位置が分かる。
 討たせてもらうぞ、ムウ=ラ=フラガ! 誇りを失ったかつての英雄!」
「さあて…そう上手く行くかね?」
 ムウは壮絶な笑みを浮かべると、通信を切った。

「煙幕装置作動。MS部隊、出撃!」
「了解」
 事務的な声を聞き、ルナマリアはそちらを向いた。
 シートの一つに、ノイマンが座っている。座って、機材を操作している。
「ノイマンさん!?」
 やはり、ちらりと振り向いただけで、ノイマンはすぐに操作に戻った。

 霧が街に立ち込めていく。旧世紀に既に消え去ったはずの霧が。
「これか、シンが言っていた霧は…!」
 確かに計器が全て振れていく。メインカメラ、レーダー、赤外線モニター、全てがブラックアウトする。
 ローズの装甲越しに響いてくるのは無数の金属の重低音。シンの情報を信じるならダミーMSどもの足音だろう。
「だが、俺には通用しない!」
 レイは目を閉じた。意識を空間へと拡大させる。ムウ=ラ=フラガの存在を捉えるために。
 しかし――
「馬鹿な」
 レイは闇の中で愕然とした。
 見えない。ムウの気配が見つけられない。いや、正確には、複数の気配に紛れ込んで、どれがムウなのか判断がつかない。
「馬鹿な! 生命体の感覚をECMで惑わすことなど!」
『ECM? 違うな。一流の戦士は殺気を隠すことを知ってるってだけだ』
 声が聞こえる。どこからだ。分からない。捉えられない。
『俺と同じ能力者なら、自分の気配くらい誤魔化せるようになれよ。白い坊主クン!』
 声と同時に、ダミーたちが銃を構える気配がする。
「ち…!」
 レイは思わず目を見開くと、後ろに飛び、建物に隠れた。ちょうど一昨日のインパルスと同じように。
 直前までローズがいた空間を、無数の光が貫いていく。

「マリューさん、ノイマンさん! アンタ達、何やってるか分かってるの!?」
「分かってるわ、それくらい!!」
 声を荒げるルナマリア。彼女以上の迫力で叫び返すマリュー。
「分かってるわ…だけど…」
 彼女は震えながら、ディスプレイを見ていた。
「あの人の身体は、度重なる闘いでもうボロボロなのよ!
 でも一度体に染み付いた硝煙の匂いを拭いさる事は出来ない…だから…」
 画面の中で、本物のジョンブルガンダムが飛ぶ。
「あの人は最後の一瞬までファイトする事を求めているの…あの薬もそのため!」

「落ち着け…ダミーの気配が分かる以上、まだシンよりも有利のはずだ。ドラグーンを使って、全て破壊すれば!」
 レイは再びローゼスドラグーンを射出した。バラたちは一時ローズの周りを漂い――
「行け!」
 主の命に従い、敵の気配へと飛んでいく。
 数瞬の間を置いて、爆発音。気配が一つ消える。
「よし、次…に…!?」
 ぐらり、とレイの視界が揺れた。頭が重い。明確に感じていた気配が拡散したように分からなくなる。
 霧の向こうで、コントロールを失ったドラグーンはあさっての方向に飛び、爆散した。

「ルナマリアさん…男達はね、好きな時に命を懸け、惜しげもなく捨てる事を美しいと思い込んでるの」
「え…」
「でもね! 私は決めたの。あの人の決めた通りについていこうって!」
「マリューさん…」
 呆然とするルナマリア。視界の隅で、ノイマンが小さく俯く。
 そんな勝手な話で、ルール違反が許されるわけはない。
 だが、それを分かっていてやっている彼女らに、一体何を言えるというのだろう。

『空間認識能力。こいつは厄介でね。ドラグーンを使うだけならまだいい。
 視力の補助として気配を探るなら負担も少ないさ。だが、攻撃も探知も完全に能力に頼るとなりゃ、
 簡単に脳に限界が来る』
 どこからだろう。ムウの声が頭にがんがんと響いてくる。
『じゃあ、限界を超えるにはどうするか? 手っ取り早いのは薬だ。
 ま、習慣性も副作用も強いから、使う奴はほとんどいないが』
 レイは目を見開いた。
 自分の推測は外れていたのか。あの薬は、自分が普段使っているものではなく、むしろ逆の効用。
 であれば、ムウ=ラ=フラガは、ごく普通の――

『ヒトはそんなに便利な代物じゃないんだよ。どんなに遺伝子弄くったってね』
 ぎり、とレイは歯を噛み締めた。
 何も知らない男がよくも言う。そう思った。
「言っておくがな…ムウ=ラ=フラガ…」
『うん?』
「俺はナチュラルだ! お前と同じ、ナチュラルだッ!!」
 激しい頭痛をこらえてレイは天に叫ぶ。怒れる獅子の如く髪を振り乱し身を跳ね上げ、サーベルを引き抜いた。
同時にドラグーンの制御を閉じる。
 頭痛が和らぐ。しかしレイの形相は、より激しいものになっていた。
 普段の彼からは想像も出来ぬほどの獣の如き顔。議長にすら見せたことのない、心の底から滾る激情。
 近場に僅かに気配がする。
「答えろムウ! 長い寿命をわざわざ削って、何のためにお前は闘う!?」
「いきなり何言って…」
「答えろォッ!!」
 魂の底から咆哮し、レイはサーベルを叩きつけた。金属音と共に、確かな手ごたえ。そのまま突き刺し、横に払う。
「……なら、俺に追いついて来れたら教えてやるよ。白い坊主クン」
 若干呆れたかのようなムウの声がする。斬ったのはダミーであったと知り、レイは僅かに冷静さを取り戻した。
 しかしもう遅い。ムウの声は完全に消えてしまった。
(どこにいる…ムウ=ラ=フラガ!)
 レイは心に強く念じた。ケープを閉じ、ドラグーンを完全に封印し、空間へと全感覚を解放した。
 敵の気配が見える。近場に、弧を描くように包囲して――
(囲まれている!?)
 先程の混乱が命取りになったのだ。冷水を浴びせられたように、感情の昂ぶりが一気に冷める。
 急いで一点を突破しようと走るレイ。しかしダミーたちは一斉にライフルを構える。
 銃口の狙いが定まる。はっきりと感じる。
(議長、俺は!)
 レイは最期を覚悟した、そのとき――

『パルマッ! フィオッ!! キィィィナァァァァァッ!!!』

 聞き覚えのある声が、敵の気配の一つを吹き飛ばした!
 ダミーたちの狙いが一瞬それる。AIが予想外の敵に混乱をきたしている、とレイは感じた。
「シン=アスカ!?」
『ボケるなよレイ! ピンチなのは変わってないんだ!』
「……ああ!」
『よし! どけ、お前らぁぁぁぁ!!』
 霧を割って現れたインパルスは、闇の中でなお光輝く右手を掲げ、ダミーたちを薙ぎ払っていく。
 その光景が、レイの脳裏にありありと見えた。
 レイもまたサーベルを振るう。元より議長直伝の剣、奥義会得には至っていないものの、まともに戦えばAIに遅れは取らない。
 ほどなく、二人の暴れた一角には、ダミーの瓦礫が山と積まれることになった。
「礼を言う、シン」
『それを聞くのはまだ早いぜ、レイ。ムウの場所は分かるか?』
「残念だが……!?」
 言いかけて、レイは一際強い気配を感じた。

 これはAIではない。生きた人間の気配だ。しかも、明確に自分を呼んでいる。
 俺はここにいる、と。
『おい?』
「……いや、たった今捉えられた。もう見失わん」
『なら、雑魚は俺に任せろ! 今回の主役は譲ってやる!』
「フッ…」
 小さく笑い、レイは飛んだ。
 一路、英雄の待つ場所へ。

 陽は既に没していた。
 夜と霧、二重の闇に覆われたロンドンを、浩々と輝く満月が見下ろしている。
 レイは己の感覚を頼りに月下の闇を走り抜ける。背後にビームの発射音と金属の破砕音を聞きながら。
 邪魔をしてくるダミーMSはいない。皆シンのインパルスに狙いを定めているのだろうか。
 しかしレイは心配などしなかった。ひたすらムウの気配を見定め、駆けた。
 唐突に、メインカメラが回復した。
 霧を抜けたのだと了解する。各種センサーも次々に復調し、ローズは視力を取り戻した。
 足を止める。霧のない、満月に照らされたそこは郊外の荒野だった。
『昔はここも、立派な街だったんだがね』
 荒野の真ん中に、ジョンブルガンダムが佇んでいた。ダミーではない。本物だ。
 長いライフルを肩に担ぎ、無防備のまま、ローズの到着を待っていた。
 銃兵士を象った機体は蒼白い月の光を浴びてなお赤く、黒い。
『何年か前のガンダムファイトでこの通りだ。これが意味するもの、分かるか、白い坊主クン?』
「ガンダムファイトは地球にとっては破壊活動でしかない。議長がよく言っていた」
『ああ、半分正解だ』
「半分?」
『ファイトだけじゃない。闘いってのは、後には荒野しか残らないもんなんだよ』
「何を…!」
 反論しかけたレイの元へ、通信が送られてきた。

 一瞬、レイはディスプレイの映像が理解できなかった。
 次には、これは本当に現実なのかと思った。
 また虚偽の映像を送っているのではないかとさえ疑った。
 そこには、大量のカプセルを手づかみで貪るムウの姿があった。
「よう、坊主」
 にやりと笑うムウ。レイは声が出なかった。
「おかしいか? ここまでして闘い続けるのが…」

「もう、終わりね。ノイマン」
「了解です」
 ディスプレイの向こうで、霧が消えていく。ダミーMSたちも次々に機能を停止していく。
「終わりって…」
「終わりは、終わりよ。私に残された仕事は、たった一つ」
 マリューはディスプレイを見続けている。
 ノイマンが静かにシートを立ち、音もなくルナマリアへと歩いてきた。そっと手足の戒めを解いていく。
「すまなかったな、ルナマリア」
 それは執事の口調ではなかった。

 エネルギー残量を度外視してダミーを蹴散らしていたシンも、異変に気がついた。
 センサー類が全て回復し、ダミーMSが全て動作を止める。
 反応が残っているのは、荒野の二体のみ。
(レイ!)
 シンもまた、決戦の荒野へと駆ける。