Top > 機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第十二話
HTML convert time to 0.051 sec.


機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第十二話

Last-modified: 2008-01-18 (金) 08:17:19

撮影前を飛ばして本編へ


撮影前 Edit

 ――第十二話――

 

 1クール目のラストであるこの回が今作で何を意味するかは、シンはもちろん、収録に携わる
人間にとっては常識である。
 そしてミネルバクルーにとっては、あのヘタレが化けたのか潰れたのかという、知りたくないが
知らなければいけない現実に直面する回でもあるのだ。
 既にミネルバは廃墟の一角に停泊し、カメラ音響その他を展開している。
 シンもいつものマントを羽織り、きりりと鉢巻を締め直す。衣装に変化のないルナマリアもまた、
落ち着かない様子でビルの向こうをちらりちらりと眺めやっていた。
 出番のないレイやステラ、ヴィーノ、ヨウランも、妙に口数が少ない。
「そろそろ、時間だな」
「うん……」
 既に主役&ヒロインモードでシリアス顔の二人。元々主役&ヒロインだけどな!
 アーサーは入念にカメラをチェック。タリアはメガホン片手に深呼吸をして、痛み出す胃を
押さえている。何しろあの漢役にあのヘタレを指名したのは自分なのだ。
 メイリンとアビー、二千万ツッコミパワーズも、誰も彼もがツッコミどころのある行動を
しないために、ただ固唾を呑んでいる。
 そして――廃ビルの屋上で座禅を組んでいたドモンが、開眼した。

 

「来たか!」

 

 息を呑むシン。いや、ミネルバクルー全員が言葉を失った。
 夕日の中から現れたように、その男は悠然と歩んでくる。日を浴びてか、それとも纏う
涼やかな気迫の故か、後光が差しているようにも見える。直視が出来ないほどに眩しい。
 やがてその男は、ミネルバのキャンプへと辿り着くと、クルー達に静かに敬礼した。

 

「アスラン=ザラ、ただ今到着いたしました」

 

 かつてキング・オブ・ヘタレと呼ばれた男。その彼が発する迷いなき声は、修行の成果を物語る。
 シンは驚きを隠せず、半ば呆然とその男を見ていた。
 視線に気付いたのだろう、アスランはシンを振り向いた。
 その見開かれた目を見るや、口元に微笑を浮かべ、小さく頷いてみせた。
 黄昏に包まれ行くキャンプを、男の照り返す一条の光が横切った。

 
 

 キャンプが吹っ飛んだ。

 
 

一同『アァァスラァァァァァァァン!!』
アスラン「え? え!? なんで!? 俺何もしてないのにっ!?」
シン「なんでも何も、原因はその頭だろぉ!?
   何故に小型サンアタック発動可能になってんだアンタって人はぁ――――ッ!!」
アスラン「そ、それを言うな! 俺に髪の現実を認識させないでくれぇぇぇ!!」(頭を抱えて首を振る)
(びーっ)ヨウラン「うわ、危ねぇ!?」
(びーっ)レイ「く、この威力、馬鹿には出来ん!」
(びーっ)ステラ「うぇーい! おでこ広い人、レーザー撃てるようになった!」
メイリン「『仕上げ』ってまさかこういうことか変態おさげじじい――――ッ!!
     アスランさんもうやめて! ミネルバキャンプのヒットポイントはとっくに0です!!」
アスラン「め、メイリン……髪は……髪は、まだあるか……?」
メイリン「あります! 大丈夫です! ふさふさです!」
アスラン「そうか、そうだよな! まだ俺の毛根は生きている!」(こくこく頷く)
メイリン「頭を動かすなぁ――っ!!」
(びーっ)ルナ「うわこっち来たっ!?」
(びーっ)シン「あ、アンタは一体なんなんだぁ――ッ!!」
(びーっ)ドモン「ふん!」(バシッ!)
アビー「あ、ドモンさんが指一本でアスランさんのサンアタック(仮名)を受け止めた」
ドモン「この程度でうろたえるな。修行が足りんぞ、シン」
シン「は、すみません! しかしさすがは師匠、全く動じないとは」
ドモン「なに、大したことじゃない。かつて師匠は『サンシャインフィンガー』という技を使っていてな。
    アスランの光線もその派生技だろう。さしずめ『サンシャインブラウ』といったところか」
メイリン「えらく前向きな捉え方してる――っ!?」
アビー「『ヘッド』ではなく『ブラウ』なところにドモンさんの優しさが垣間見えますね」
ドモン「しかしまだまだ未熟だな、必殺技とはとても言えん」
メイリン「これ以上けったいなもんになっても困るわっ!?」
アーサー「か、監督、これじゃカメラが焼けついてしまいますよ!」
アビー「その前にまともな撮影が出来ません」
タリア「ふう……。カモン、シュバルツ!」(パチン!)
シュバルツ「(しゅたっ)御心のままにっ!」
メイリン「さくっと物理法則無視して瞬間移動っ!? アンタいつの間に艦長に忠誠誓ってんだぁ――っ!?」
シュバルツ「甘いぞメイリン! 物理法則無視はゲルマン忍法の基礎!」
タリア「時間がないからさっさと始めてちょうだい。例のアレ、出来てるんでしょう?」
シュバルツ「うむぅ、ようやっと必殺技を会得しようというときに惜しいが」
タリア「撮影できないんじゃ意味がないわ」
シュバルツ「尤もだ。ではアスラン、こちらに来い」
アスラン「へ?」
ヴィーノ「あ、そういやシュバルツさんの仕事って」
マリク「特殊メイクだよ。カツラも自由自在」

 
 

ドモン「さて、アスランが予定外のメイクをしている内にもう一人来たな」
カガリ「たのもー!」
シン「出たな俺の宿敵第二号!」
ルナ「シン、二号って何?」
シン「二号は二号だよ。ちなみに一号はキラ=ヤマトな」
ルナ「納得」
カガリ「みんな収録お疲れさん! 差し入れ持って来たぞ!」(どさっ)
ステラ「うぇーい! でっかいふろしき!」
アビー「よく一人で背負ってきたものですね、推定半径一メートルです」
カガリ「中身はおにぎりだ。モブも含めて全員分あるから安心しろ」
メイリン「カガリさん、またオーブ国民の国税を注ぎ込んだんですか!?」
カガリ「違う! 今回のこれはウチで採れたコメだ」
一同『ウチ!? コメ!?』
カガリ「ユーレンさんが遺伝子工学の知識を生かして農業を始めてな。まあ天然ものじゃないから自然志向の奴には嫌われるかもしれないが、味はいいぞ。キラも手伝ってるしな」
一同『キラが手伝ってッ!?』
シン「嘘だ! あいつにそんな甲斐性があるもんか! 女が絡まない限り戦闘でも遊んでるニート野郎だぞ!?」
カガリ「さ、散々な言い様だな、当たってるから何も言えないが」
ルナ「それじゃ握ったのはヴィアさん?」
カガリ「いや、私だ!」
一同『!!』(ずざざざっ)
カガリ「ちょっと待て、何でみんな一斉に後ずさりするんだ!?」
メイリン「だってカガリさんの味付けって、これまたいい思い出がないんですもん……」
カガリ「大丈夫だ。ヴィアさんのお墨付きだからな。私としてはもっと辛い方が好みなんだが」(ぴらっ)
メイリン「あ、ホントだ。見た感じ普通ですね」
ステラ「メイリン、このおにぎり、真っ赤」
カガリ「ああ、それは私のだ。ハバネロにぎりチリソース和え」
ステラ「うぇ――い!? ステラ辛いのニガテ……」
カガリ「ははは、心配するな、赤いの以外は全部普通の味だ。っと、このワカメはアスラン用な」
シン「…………」
ルナ「シン?」
シン「あ、あり得ねぇ……アスハが普通に俺達に気遣いするなんて……」
ステラ「いただきまーす」
シン「は、ステラ! 駄目だ食うな!」
ステラ「う、うぇい?」
シン「これはアスハの罠だ! 俺たちを収録直前に食中毒にして、強制的に降板させようってんだろ!」
カガリ「誰がするかそんなセコいこと!? お前は私をロケット団か何かと思ってるのか!?」
メイリン「……まあ企みそうな人はいますけど」

 

ラクス「へくち! どなたかわたくしの噂をしていますわね」
ダコスタ「ラクス様はトップアイドルですからね。話題に上らない日の方が珍しいですよ」

 
 

カガリ「とにかくこれは正真正銘、私からの差し入れだ! 文句言うなら食わなくていいぞ」
シン「ああ、こっちから願い下げだね!」
ルナ「それじゃ私はいただきまーす(ぱく)ん、おいしい」
シン「え」
レイ「(ぱく)ステラコーヒーほどではないが、美味いな。懐かしい味がする」
シン「え!」
ドモン「(ぱく)なるほど。高級料理店とはまた違う素朴な美味さだ」
シン「マジですか師匠!?」
メイリン「(ぱく)形がちょっといびつだけど、トンでもハバネロより断然おいしいです」
アーサー「(ぱく)ん、グレイト」
タリア「(ぱく)う〜ん、この感じ懐かしいわね。ヴィーノ、整備班にも持ってってあげて」
ヴィーノ「は〜い」
シン「…………」
ステラ「シン……」
シン「お、俺は騙されないぞっ!」
ステラ「シン、これ」(ぽん)
シン「これ、って海苔おにぎり?」
ステラ「シャケ。ステラとおそろい」
シン「…………」
ステラ「(ぱく)おいしい」
シン「…………(ぱく)…………おいしい」
カガリ「だから言っただろ、本当に差し入れなんだって」

 

アスラン「あれ? いつの間にみんなピクニックシート敷いて輪になっておにぎり食べてるんだ?」
一同『いや、なんとなく』
カガリ「アスラン! お前のためにワカメおにぎり握ってきたぞ! ほら、食え! 遠慮するな!」
アスラン「もぎゅ!? ……もぐもぐ」
カガリ「ど、どうだ?」
アスラン「……美味い」
カガリ「ぃよっしゃあぁぁぁぁっ! ありがとうヴィアさん!」
シン「う、嘘だ! アスハが俺達に差し入れ持ってきて、毒も薬も入ってなくて、
   あまつさえアスランが普通にいいもん食ってるなんて! そんなことあってたまるかぁッ! もぐもぐ」
メイリン「失礼千万言っときながら普通に食ってる――――ッ!?」

 

ドモン「食は確執を超える、か。俺達が拳と拳で語り合うように、料理もまた己の心を伝える手段なのだろう。
    フッ、日の出食堂の面々を思い出すな……」
レイ「さすが師父。綺麗にまとめましたね」

 
 

アーサー「えー、それでは腹も膨らんで気分もなごんだところで。
     本番行きまーす! 3・2・1・Q!」

 
 

第十二話 Edit

 りりりりりり……
 アナクロな電話の音が、夜の寝室のしじまを破る。
「う〜ん……父上、それはご勘弁を……ん?」
 寝言を言いつつ、無理矢理現実に引っ張り出されたその男、ユウナ=ロマ=セイラン。
パジャマにナイトキャップ姿、布団を蹴り飛ばし寝ている姿はとてもネオジャパンのガンダム
ファイト委員長には見えないが、人間、油断していればこんなもんである。
 りりりりりり……
「は〜いはい、出ます、出ますってば……っと」
 寝ぼけ眼で枕元の受話器を取る。
「もしもし? ああクルーゼ君? ネオジャパンコロニーじゃ今は夜時間なんだけど?」
 欠伸交じりの言葉。
 しかし通話先からの一言を聞くや、寝坊助の顔が瞬時に委員長のものへと変わる。
「確かなのかい?」
 それから二言三言会話を交わし、
「分かった。シン君を使って構わないよ」
 その言葉に了解が返され、通話は途絶えた。
 ユウナは受話器を置くと、すぐさまリモコンを操作した。部屋脇のスクリーンに光が灯る。
 映し出されたのは地球の極東に位置する弓形列島、即ち地上ネオジャパンである。
「いくら地上でも、我が国の都市を放っておくわけにはいかないからね。
 それにしてもマイハニー、随分救援要請が遅いんじゃないの?」

 
 

「さて……
 今回はネオジャパンの東京都、新宿シティが舞台。だが、この荒れ果てた町で、
シンは思いもよらぬ人物と出会い、ますますその運命から逃れる事が出来なくなる。
そして今日からは謎に包まれたモビルスーツ軍団、デスアーミーとのデスマッチ……」

 

 ドモンがマントをばさりと脱ぐ。
 下から出てきたのはピチピチの全身黒タイツ、即ちファイティングスーツだ!

 

「それではッ!
 ガンダムファイトォォ! レディィ…ゴォォォ――――ッ!!」

 
 

 第十二話「その名は東方不敗! マスター・アスラン見参」

 
 

 地上ネオジャパン・ネオトウキョウ、新宿シティ。かつては高度経済成長の象徴として、
それ以後も栄華を極めた近代都市として名を馳せた都市。眠らない街とさえ呼ばれ、事実丑三つ時に
なっても街の灯は消えることなく、あたかも昼であるかのように人々は生活していたという。
 時代が未来世紀に移り変わっても、その華やかさは維持されている。現在の地上の都市で肩を
並べることが出来るのは、先のガンダムファイト優勝国でありコロニーを持たないネオホンコン
くらいのものだろう。…………

 

 シンは道中、ルナマリアからそう聞いていた。地上の都市でも未だ文化水準を高く保っている
場所があるのか、と内心嬉しく思ったものだ。
 なのに、現地についてみれば、目の前の光景はどうか。
 廃墟。
 見渡す限り、廃墟、廃墟、廃墟。
 黄昏だと言うのに光はなく、ネオンの残骸は火花すら散らさない。地に突き立つはビルの残骸、
まるで雪崩にでも遭ったかのように悉く傾き、半ば瓦礫と化している。無残に砕かれた石畳は
くすんだ色に染められ、幾何学模様の名残が窺えた。崩れた看板は文字ごと表面の半ば以上を削り
取られている。
 信号機の引っ付いた支柱も瓦礫の一部に加わっている。痛ましく折れ曲がった様は、地上から空に
救いを求める腕をシンに連想させた。命令が混乱しているのか、赤と青の電球が二つ同時にぼんやり
明滅する。
 夜空に輝く満月からは蒼白い光が降り注ぎ、無音の廃墟を一層不気味に照らしていた。
「今度の情報は、信用できるかもしれないわね」
 倒壊したカフェテリアを横目に、ぽつりとルナマリアが呟く。
 隣を歩くシンは無言のまま。視線も仕草も返すことはない。ルナマリアもそれ以上何か言おうとは
しなかった。
 二人は視線を交わさない。ちぐはぐな二つの足音だけが、互いの存在を教える。
 道の脇には瓦礫の山。山積みになった鉄筋コンクリートの残骸からは、普通なら赤く錆びた鉄筋が
伸び出しているだろう。しかし奇妙なことに、残骸の断面には筒状の穴が空いているばかりである。
 シンは軽く眉をひそめたが、特に気にすることなく素通りした。
 陰から一対の視線が投げかけられていたことに、シンもルナマリアも気付かなかった。

 
 
 

 不意に、黄昏の向こうに光が灯った。と思えば、爆音と共に凄まじい速度で飛んでくる。
「っ!?」
 咄嗟にシンはルナマリアを引き倒した。
 轟という凄まじい音が、暴風と共に耳元をかすめる。ちらと面を上げれば、遠ざかる小型
スプレンダーの後姿があった。煙を吹きながら低空飛行している。風に煽られ、シンの鉢巻の
尾が吹流しのように踊る。
 程なくスプレンダーは地を削った。それでも止まらず、好き放題に瓦礫を跳ね飛ばしていく。
耳障りな音が散る。
 そしてとうとう、スプレンダーは瓦礫の山に突っ込んで停止した。
 シンは身を起こした。スプレンダーから一つの人影が転げ落ちてくるのが見えた。
「ルナ、手当てだ! 準備しろ!」
 返事も待たずに人影に走る。ルナマリアもそれに続いた。
 中年の男だった。酷く傷ついている。
 シンは彼の体を抱え、スプレンダーから足早に離れた。間もなくスプレンダーは火花を散らし、
爆炎に包まれる。黄昏の廃墟の一角が赤く染まった。
「おい、しっかりしろ!」
 男を地に横たえる。しかし既に胸元にはざっくりと何かの破片が食い込み、服も赤く染まっていた。
血の臭いが鼻をつく。
「あ、あんた……外から来たのか……」
 覗き込む少年の顔を見止めたか、その男は握り拳を掲げた。ぶるぶると大きく震えるその拳を、
シンは力強く受け止めた。
「頼む……偵察……ここに……奴らの数……仲間に!」
 その言葉を最後に、目を見開いたまま男は息絶えた。
 余程強く握り締めていたのだろう、男の拳をこじ開けるのには苦労した。中には小さなメモリー
チップがあった。
 男の遺言通り、シンはチップを懐に仕舞いこむと、静かに黙祷を捧げた。

 
 
 
 

「『奴ら』と『仲間』って、どういうことなのかしら」
「…………」
「やっぱり、デビルフリーダム……」
「かもしれない」
 シンは言葉少なに会話を打ち切った。話しかけていたルナマリアも、それ以上何かを言おうとは
しなかった。
 二人は無言のままに歩を進める。
 高層ビルの残骸の林。その合間に、光の灯った巨大なビルが見える。夜の帳に包まれ、灯を失った
廃墟の街の中で、そのビルだけはかつての姿を保っているようだった。
 互いに何を言うこともなく、二人は自然と足をそちらへ向けた。生気のない街に、じゃりじゃりと
二つの足音だけが響く。
 だが、いくらも経たないうちに、同時に足音は止まった。
「気付いたか」
「ええ」
 シンは目を周囲に走らせる。ルナマリアは懐のコンパクトに手を伸ばす。
 剣呑な気配が辺りを包んでいた。消音は成されているようだが、それなりの訓練を受けた二人には
十分な手掛かりだ。
「囲まれてるわね。夜に乗じて……三機くらいかしら」
「合図でスプレンダーを出す。飛び乗れ」
「了解」
 小声で会話を交わす。周囲の気配が緩慢に動く。かすかな駆動音。
「行くぞ!」
 シンが指を弾いた。瞬間、周囲から光線が二人のいた場所に殺到した。道が砕かれ、土煙が上がる。
 その中から飛び上がるのは青き翼のコアスプレンダー、しかし故障でも起こしたか大きくよろめき、
低空へと落ちてくる。風防も完全に閉まってくれない。
「シンッ!?」
「わ、分からないっ! 被弾はしてないのに……!」
 慌てる二人の目の前、ディスプレイに警告が表示される。
《砂塵詰まり、スラスター・風防収納装置に異常発生》
 二人は唖然とした。
「……あんのマッドエンジニアコンビっ! 何が『地底潜航もバッチリ』だよっ!!」
 苛立ち紛れにシンはアクセルを踏みつける。
 辛うじてホバーは生きている。スプレンダーというよりはランダーのように、小型戦闘機は地を
駆ける。瓦礫を乗り越え、前へ、前へ。

 
 

 背後から光の弾が脇をかすめる。ルナマリアが悲鳴を上げた。
「ちぃ!」
 ちらとバックミラーを見れば、MSが追ってきている。全部で三機。
 金棒を持った一つ目鬼のような上半身、節足動物を思わせる四脚の下半身。丸みを帯びたフォルム
はジンに似ていると言えない事もないが、あちらが剣を持つ甲冑騎士のようなイメージを与えるのに
対し、こちらは四脚の鬼としか思えない。
 金棒の先が向けられる。先端に銃口。
 雹のように光の弾が地に突き刺さる。スプレンダーは蛇行して紙一重でかわしていく。瓦礫が抉れ、
新たな土煙が上がるが、考えなしなのか数撃ち当たるとでも言いたいのか、光の雨は途切れることは
ない。
 重い雨垂れのような音に交じり、MSの足音も迫ってくる。
「追ってきてるわ!」
「だったらやりあうまでだ! 出ろォォォッ! ガンッダァァァァ……」

 
 

 ――待て!

 
 

 大音声と同時、地に淀む土煙を一つの影が突き破った。月光が翳る。
 シンは不意を食らったように振り向いた。聞き覚えのある声だった。
 満月を背に、一人の人間が宙を舞っていた。
 長身の男であった。羽織った赤茶色のマントは靡き、滲み出る威圧感と相まって彼の姿をより
大きく見せる。青い髪に広い額、歳は若い。双眸を隠すサングラス、しかし鋭い眼光はミラー
シェードを越えてシンを射抜く。
 二人が驚く間もなく男は疾走する。冗談のような光景だが、彼は己が二本の足で全速力の
スプレンダーに併走しているのだ。
「ここでガンダムを無闇に動かすんじゃない!」
「何!?」
「先に行け、シン=アスカ!」
「お、俺の名前を……!?」
「借りるぞ!」
 男が吼えると同時、その姿は掻き消えた。シンの額が薄ら寒くなる。
「……え?」
 気がつけば、さっきまで締めていたはずの赤鉢巻がなくなっていた。
 ルナマリアが悲鳴を上げる。何事かと振り向けば、先程の男が軽やかに月夜に躍っていた。シンの
赤鉢巻を片手に、四脚の巨人に対抗するように。

 
 
 

 先頭の一機が金棒のようなライフルを掲げる。それより早く、男が赤鉢巻を振るった。
 するとどういう手品か! 細い布は途端に何尺にも伸び、MSの頭部に幾重にもなって巻きつく!
「かあっ!」
 男が腕を捻るや、MSの頭部は鈍い音を立てて、布切れである鉢巻に引き抜かれた!
「嘘ぉ!?」
 ルナマリアが目をひん剥く。
「あの技は!」
 シンもまた瞠目する。だが驚くのはまだ早かった。
 残りの二機がライフルを発射する。二つの光の弾が青年に迫る。熱量を存分に持ったハンドボール
大の弾丸、地に突き刺されば破壊と衝撃波を振り撒くだろう。だがそれらを男は片手で受け止めた!
 弾丸を両手に掴んだまま、再び男は地を蹴る。一機のライフルの銃口に弾丸を二つとも装入、
瞬時に離脱し掻き消える。ライフルは暴発を起こし、MS自身をも爆発に巻き込んだ。
 残った一機がモノアイをめぐらせる。きょろりきょろりと移動するモノアイは、しかしついに男の
姿を見つけることは出来なかった。何故なら――
「ここだ!」
 その宣言と同時に、MS自身が乗っていたアスファルトそのものが持ち上がったのだ!
「でぇぇぇらぁぁぁぁぁっ!」
 足場を崩され、MSが倒れこむ。全てを持ち上げていた男は、駄目押しとばかりにアスファルトの
ボードをMSに放り投げた。アスファルトが割れてブロックと化し、落盤の如くMSを押し潰す。
 もうもうと上がる土煙、と思えば男の姿はみたび掻き消え、今度は瓦礫の上に着地。
「はあぁぁあっ!」
 気合と共に型を決める。
 粉塵交じりの爆発が巻き起こった。

 

 スプレンダーを止め、すっかり観戦モードに入っていたシンとルナマリア。
 サングラスの男は、土煙を背に悠然と歩いてくる。
「ま、間違いない……東方不敗、マスター・アスラン=ザラ!」
 シンの呻きに、呆けたままルナマリアも首を縦に振る。
「アンタの師匠で先代のキング・オブ・ハート……第十二回ガンダムファイト優勝者……
 ハイネの友達で、そしてメイリンの……」
「けど、どうしてこんなところに!」
 シンがまともな思考を取り戻すとほぼ同時に、男の後ろで土煙が盛り上がった。
 中から一つ目のMSが姿を見せる。既に金棒を振り上げ、男に狙いをつけていた。
「後ろです!」
 シンが焦ったように叫ぶ。しかし金棒が振り下ろされることはなかった。
 スプレンダーの後方から無数の銃弾が放たれ、一つ目のMSを蜂の巣にする。固い音がばらばらと
続き、やがてMSは体に無数の穴を開けて崩れ落ちた。
 驚いて二人は振り向く。いつの間にか、新たなMSが数体後方に展開していた。こちらは資料で
見た覚えがある。ネオジャパンの防衛用MS、ストライクダガー。
「どういうこと? MS同士で戦闘なんて」
「いや、それよりも!」
 はたと前に向き直れば、どこにいったのか、あの男の姿がない。シンはスプレンダーから飛び降り、
辺りを見回した。ルナマリアも気付き、きょろきょろと首を振る。
「どこを見ている!」
 そんな二人に降ってくる声。
「俺はここだ。ここにいる!」

 
 

 二人は夜空を振り仰ぐ。そして息を呑んだ。
 光あるビルを背に、シンの赤鉢巻を片手に。風にマントをはためかせ、青髪の男は崩れかけた
首都高の上に屹立していた。
 腕組みをした姿は威厳を滲ませ、サングラスを外した双眸は落ち着いた緑の瞳を宿す。露わに
なった容貌は女性と見紛う程の美青年。青い髪は夜風に揺れ、広い額は僅かな光を照り返していた。
紫の中華服に身を包み、腰には白布を巻いている。比較的細身ではあるが鍛え抜かれた筋肉、
纏う気迫はどこか超然とした雰囲気を醸し出している。
 シンの表情が輝いた。
「師匠!」
 応えるように、青年の目がくわっと見開かれた。
「喝ぁぁぁぁぁつ!!」
 大音声の咆哮。青年はマントを脱ぎ捨て、宙に身を躍らせる。

 
 

「答えろシン! 流派・東方不敗はぁ!」
 鉢巻をシンに投げ返し、地に立った青年が拳を向け、

 

「王者の風よっ!」
 鉢巻を受け取ったシンがきりりと締め直し、構えを取る。

 

「全新!」
 青年が拳の無数の残像を作りつつ迫れば、

 

「系裂!」
 シンもまた拳を乱れ打ちながら走り、

 

『天破侠乱!』
 両者の拳は両者に応えるように乱打、互いにぶつかり合い、

 

 ガッ!
 青年の右拳とシンの左拳が鏡合わせのように打ち合う。

 
 

『見よ! 東方は赤く燃えているぅぅぅッ!!』

 
 

 燃えていた。本当に二人の周りは燃えていた。傍らで見ていたルナマリアにははっきりと見えた。
 大声で漢詩を詠唱しながら演舞を披露した二人、彼らの拳が突き合ったとき、確かに炎は彼らの
背後に燃え上がり、夜の廃墟を赤く照らしていた。
 しかしその炎も、二人の気迫が収まった途端に幻の如く掻き消える。

 
 

「久しぶりだな、シン」
 青年の低い声は、やはり威厳を湛えていた。
「いや、俺が認めたキング・オブ・ハート……ん?」
 聞いていなかったのか、それともまともに聞くことが出来なかったのか。
 シンはがくりと膝をつくと、青年の手にすがりついた。体は小刻みに震えていた。
「し……師匠……!」
 いつもなら刃物の如き鋭さと怒りを宿す赤の瞳。
 それが今は涙を一杯に溜め、青年を見上げている。

 

「お会いしとうございましたぁぁぁ……っ!!」

 

 出会うや否や手にすがり、恥も外面もなく泣き崩れる弟子に、師は何を思ったか。
「どうした。男が何を泣く」
 口調を和らげ、微笑みを見せ、アスランは腰を落とす。シンはただ嗚咽するばかりで、何も言葉に
ならない。
「シン……」
 傍に佇むルナマリアもまた、瞳を潤ませていた。

 
 
 

「母上は撃たれ、父上は冷凍刑、妹御は片腕だけ……
 そうか……俺がお前と別れた後、そんなことになっていたのか……」
 ここは都庁の展望室。
 あの後シンとルナマリアは、唯一明かりのついたビル、即ち都庁へと案内された。道中見かけた
のは瓦礫のみ、生活の臭いの欠片もしなかったが、このビル付近では人々は細々と生活しているよう
だった。
 都庁ですっかり空いているのはこの展望室くらいのもので、他の部屋は簡易寝所として使われている。
「はい。それで、俺は兄を追うために、ガンダムファイターになるしかなかったんです……」
 全ての事情を話してしまったのは、アスランがシンにとっては親兄弟同然の間柄だからだ。加えて
ハイネの事例もある。下手に隠して手遅れになるよりは、先に話して対策を練った方がずっといい。
 アスランが長い息をつく。
 シンの説明の最中、彼はずっと二人に背を向け、ガラス張りの窓の外を眺めていた。
 弟子の身の上を聞き、何を思ったのか。
「シン」
 首だけで振り向く。
「やはり、俺とお前は師弟の縁というものでつながってるらしいな」
「え?」
「俺がここにいるのも、お前が言うデビルフリーダムと関係があるんだ」
『!!』
「見ろ、この街を!」
 今度ははっきり振り向くと、アスランは興奮したようにガラス窓を後ろ手でぶち叩いた。

 
 

「かつて経済大国の中枢と言われたこの街が、ここを残して廃墟と化してしまった!
 人々は助けを求め合うように、唯一残ったこの都庁エリアに集まった。それでもただ震えるだけの毎日!
 何もかも奴らのせいだ。あのデスアーミー達、そしてそいつらを操る謎の巨大ガンダム!
 恐らくお前の言うデビルフリーダムだろう……!」
 シンもまた顔を引き締める。
「俺は今回もネオホンコン代表としてファイトに参加している。
 お前も知っている通り、前大会でもネオホンコン代表として出場したからな。引き続き、だ。
 そして俺は対戦相手に呼び出され、この新宿に来たんだが……それこそ奴の罠だった!
 甲虫の下半身にガンダムの上半身――あの異形は、俺にガンダムに乗る間すら与えなかった。
 俺を襲い、更にはこの町までも無差別破壊し始め、瞬く間にこの有様だ!
 いつの間にか奴は姿を消したが、代わりにデスアーミーの大群がどこからともなく湧き出てくる。
 残された俺達は防衛用MS・ストライクダガーを武器に、ここを砦として守り、戦っている……
 そういうわけだ」
 ふ、とまた一つ息をつくアスラン。深い呼吸には心労が窺えた。
「立て篭もるための食料やエネルギーは運良く確保されていた。
 だが問題は皆がこの状況に耐える事が出来るかだ」
 シンは頷く。極限状態で何日も生活していては、トチ狂って敵陣に突っ込む人間がいつ出ても
おかしくない。
「あのっ、マスター・アスラン」
 ルナマリアが緊張した声を上げた。
「その……妹のこと、何かご存知ありませんか? ひょっとして……」
「ああ、メイリンならネオホンコンにいる。心配するな」
 こともなげな返事に、ルナマリアは間抜けに口を開けた。
「俺もさすがに驚いた。まさかコロニーから追いかけてくるなんてな」
 アスランもまた苦笑する。
 メイリン=ホーク。ルナマリアの妹である彼女は、姉と共にアカデミーを卒業した直後、
アスランを追いかけホーク家を出奔してしまっていた。旅費を稼ぐためにコロニーでバイトを
していることまではルナマリアも知っていたが、既に地上に降りていたとは。
「あの子、どうしてます?」
「今はアナウンサーの勉強中だ。決勝大会に間に合えば、彼女が実況を担当できるかもしれない」
「アイツの実況ですかぁ!?」
 思わずシンも声を上げた。
 アカデミーにてツッコミクィーンの異名を欲しいままにした彼女がファイトの実況をすれば
どうなるか。輪をかけて『賑やか』な決勝大会になるだろうことは想像がつく。
「置いてきて正解だった」
 アスランの声が再び低音を帯びる。二人はアカデミー時代から現実へと引き戻され、面持ちを
引き締めた。
 教え子たちの様子にか、アスランは曖昧に微笑んだ。元のように窓越しの風景を振り返る。
「巻き込むわけにはいかないからな」
 こくり、と隣りのパートナーが喉を鳴らすのを、シンは聞いた。

 
 
 

『おい、何やってる!』
 外で新たな声が響き渡る。低いが女声だ。拡声器で増幅され、展望室のガラスがびりびりと震えた。
「カガリ!?」
 アスランが血相を変えた。窓に駆け寄ると一気に開く。
 外の冷気が、ごおっと部屋に吹き込んでくる。
『もう我慢できねぇんだよ!』
 今度は男の声。これもまた増幅され、展望室にまで響いてくる。
 シンもルナマリアも窓辺に駆け寄った。地上を見れば、一機のダガーのカメラアイに灯が入っている。
「そこのストライクダガー! 何をする気だ、戻れ!」
 アスランが叫んだ。さすがに張りのある声は拡声器なしでもよく響く。パイロットにもしっかり
聞こえていたらしい。
『このままじゃやられるだけだ! 俺は生き延びるぜ。あばよ!』
 その声と同時に、ダガーはスラスターの白い光を吹き上げた。
「待たないか!」
 アスランの制止を聞かず、ダガーは夜空に舞い上がり、一直線に駆けていく。
 その姿が闇に紛れ、光の点にしか見えなくなった頃、地上から無数の光線が上がった。光点は数回
眩く光り、音もなく爆発。赤い炎となって落ちる。
「あ……」
 シンは思わず声を洩らした。ルナマリアが小さく悲鳴を上げた。
 がん、とアスランが窓枠に拳を打ちつける。
「馬鹿野郎が……」
 呻き声は震えていた。
『あの馬鹿っ! 焦ったってどうにもならないって、ずっと言ってただろーっ!』
 地上でも先程の女の声が嘆いている。
 そちらに目をやれば、執務服を着た金髪の少女がわめき散らし、近くにいる男がそれを宥めていた。
「カガリ=ユラ=アスハ。ここの市長だ」
 シンの視線に気付いたアスランが答える。
「市長!? あんな若いのに!?」
「前市長ウズミ=ナラ=アスハは現在行方不明。彼が消えてからは、娘である彼女がこの新宿を
治めている」
「でも、あれじゃまるで普通の女の子じゃないですか!
 政治家があんなに取り乱していいんですか!?」
 言い募るルナマリアを、アスランは振り返りもしない。
「元々政治向きの気質じゃないんだ。なのに娘と言うだけで祭り上げられた」
「そんな……」
「その上状況がこれだ。今見た通り、防衛隊の者でさえ耐え切れずに暴走する。彼女に圧し掛かる
重圧は計り知れない」
 ふ、と息をつくアスラン。と、シンに向き直り、しっかと見つめてきた。
「シン、今は一人でも多く戦力が欲しい。共に戦ってくれないか」
 一瞬シンはぽかんとしてしまった。戦力として期待されるのは予想していたし、自分ももとより
そのつもりだった。だが意外だったのは――
「そう、この東方不敗、マスター・アスランが頼む」
「師匠……」
 シンが呆然と呻いてしまったのも、仕方のないことであろう。

 
 
 
 

 夜の気温は低い。
 都庁ビルの中では、人々が毛布に包まって座り込んでいた。暖房が効いている大ホールでは、
様々な色合いの毛布が山並みのように広がり、凹凸を見せている。
 ルナマリアはそれを横目に、都庁ビルを降りていった。内部の階段には、ホールや他の部屋に
入れなかった人々がやはり毛布に包まって眠っている。足の踏み場がない。
 非常階段を使うべく非常扉を開けた。吹き込む夜風に、避難民の一人がくしゃみをする。
ごめんなさい、と小声で言いながら、ルナマリアは外に出た。
 夜空が広がる。今日は見事な満月だったはずだが、徐々に雲が垂れ込めてきていた。
 外はやはり肌寒い。
 未来世紀初頭の大戦争で、地球の気候は様変わりしたと聞く。ネオジャパンの四季というものは、
既に資料かコロニーの人工気候にしか存在しないのだそうだ。
(暦の上じゃ、まだ夏なんだけどな……)
 漠然と考える。
 眼下には広場。男の子が走っていく。手に持っているのはドライフルーツの袋。彼が仲間であろう
子供達の輪に飛び込むと、わっと歓声が上がった。早速もみくちゃにされている。
 やっと生気のある避難民を見た気がして、ルナマリアは軽く微笑んだ。階段をゆっくりと降りて
いく。数歩降りたところで、突然甲高い子供の泣き声が聞こえてきた。
 見れば、女の子が道路にはいつくばって大泣きしている。転んで膝をすりむいてしまったのだろう。
傍にはドライフルーツの欠片が砂に塗れて転がっていた。
 ルナマリアは急いで階段を降りていった。やっと地上に降り立ち、駆け寄ろうと顔を上げたが。
「こら! それくらいで泣くんじゃない、情けないぞ!」
 金髪の、執務服に身を包んだ少女が、子供達の輪の中に入っている。
「それでも地上ネオジャパンの人間か! コロニーの奴らに笑われちまうぞ」
 そう言って彼女は中腰になり、女の子に笑いかけていた。
 カガリ=ユラ=アスハ。展望室で聞いたばかりの名前が、ルナマリアの脳裏に蘇った。
「ふ、ふえ……」
「大丈夫だ、お前はそんな弱い子じゃない。私もお父様も知ってる。お前はもっと強くて、元気に
笑える女の子だ」
「でも……フルーツ……」
「大したことはないさ」
 ドライフルーツを拾い上げると、カガリは砂を手で払い落とした。
「これくらい私でも平気で食べられる」
「ちょっと待って下さい、アスハ市長」
 ひょこりと跳ね髪が揺れる。ルナマリアは子供達の上から顔を覗かせた。
「お前は、コロニーの……」
 驚いたようにカガリが振り向いてくるが、ルナマリアはちらりと笑顔を返しただけで、すぐに
しゃがんだ。
 見たところ、女の子の傷は確かにかすり傷だ。放っておいても治るだろうが、菌が入ったら膿んで
厄介なことになる。

 
 

「はーい、ちょっとだけ我慢してね」
 営業用の柔らかい声で、ルナマリアは女の子の手当てを済ませた。ついでにドライフルーツを
カガリから借りると、携帯していたミネラルウォーターの残りで洗う。
 済んだ液体が地に落ちていく。上で息を呑む気配がした。ルナマリアは内心びくりとしたが、
顔には出さない。
 女の子はそろそろと泣き止んでくれた。
「……ありがと」
 呟くようなお礼に、ルナマリアはにこりと笑顔を返して立ち上がった。
 だが間髪入れず、腕を叩かれる。
「おい、お前」
 カガリだった。先程とは打って変わった厳しい顔である。
 くい、と彼女は近くの廃アパートの階段へと親指をしゃくった。

 
 

「無駄に水を使うんじゃない」
 階段へ連れて来られて第一声がそれだった。
「いつ奴らの襲撃が終わるかも、私たちがここを脱出できるかも分からないんだぞ?」
 不機嫌なカガリに、ルナマリアは困ったように眉をひそめた。
「だけど、衛生上は……」
「あれくらいで不衛生なんて言うのか、コロニーの奴は? 地面に埋もれたわけじゃあるまいし。
あいつらだって少し砂かじったくらいで腹壊すような軟弱な奴らじゃない。余計なお世話だ」
「……すみません。気をつけます」
 都庁はともかく、周囲のライフラインは機能を停止している。淡水は貴重なのだ。たった一欠けの
フルーツを洗うためだけに水を垂れ流したことを、カガリは怒っている。
 状況の認識が甘かったのだ。そう了解して、ルナマリアは頭を下げた。ただでさえコロニー育ちの
自分の感覚は地上人とずれていることも多いのだ。
「ま、分かるけどな。お前なりの親切心だってことは」
 ぷい、と広場を振り返り、腕組みをしてカガリは言う。
 ルナマリアもまた広場を見やった。
 電気がついているのは都庁ビルだけだ。あとの光は焚き火の赤。いくらビルが大きくても、避難民
全てを収容できるほどではないのだろう。周りには毛布に包まった人々が座り込んでいる。
 その、生気を失いかけた人々の合間を、子供らは走っていく。あの女の子も、さっきまでの
ベソかきはどこへやら、元気に仲間たちと走り回っている。
「あの子達、親はいないんですか?」
「いない。全員死んだか行方不明だ」
「デスアーミーのせいで……?」
「半分はな。もう半分はガンダムファイトだ」
 ルナマリアは弾かれたように振り向いた。
「ここがファイトの現場になったことがあるんですか!?」
 途端にカガリのまなじりが吊り上がる。
「やはりそういう認識なのか、お前達コロニーはっ!!」
 びくりとルナマリアは震える。鋭く振り向いた金髪の少女は、満面に率直な怒気を宿していた。
雌獅子を思わせる険しい表情。

 
 

「お前らが勝手にひとの庭をゲーム盤にしているんだろうが! 寝惚けたことを言うな!」
「で、でも、ここはそれなりに人口も多くて近代的だって……」
「ああ、『それなりに』な! ファイトの被害が0だと本気で思ってるのか!?
 確かにここまで酷くはなかったさ、それでも孤児も被害者も出てるんだよ!
 いくらこっちが復興してもお構いなしに好き勝手バカスカやりやがって!」
 カガリが手すりを殴りつけた。呆然とするルナマリアに、若き市長は尚も食ってかかる。
「今回のこれだってそうだ、何度も救援要請を送ったのにずっと無視し続けて!」
「無視!?」
「大方ユウナのバカは自分の保身ばかり考えてるんだろ!!」
 ルナマリアは答えられなかった。
 保身のために地上に目を瞑る――人命を考えれば許されないことだが、地上の人々の安否が
コロニーでどれほど問題になるだろうか。特にあの委員長には、テストと称してシンを殺しに
かかった前科がある。
「私も自分がバカなのは自覚してるが、お前は私以上にバカだ! 自分達が何を食い物にしてるか
考えもしてないんだろ! ファイターなんて疫病神の補佐をしているくらいだしな!」
 一転、今度はルナマリアの表情が険しくなる。
「そこまで言うことないじゃないの! ファイターが疫病神!? シンはちゃんと地上に理解を
持ってるわ! それにアスランはどうなのよ、あの人だってファイターじゃない!」
「アイツはそのへんのファイターとは違う!!」
 カガリの語気が更に跳ね上がる。
「同じコロニー出身でも、アイツだけは別だ! アイツはちゃんと地上を理解してる。こっちが
どういう状況で、資源がどれだけ大切なのかも知ってる。無駄に水を垂れ流したりなんか、
絶対しない!」
 ルナマリアは露骨に顔をしかめた。しかしカガリは構わず続ける。厭味を言った自覚がないのかも
しれない。
「それにな、アイツはいい奴なんだ。私たちを見下してない。でもだからってコロニーを嫌ってる
わけでもないぞ! 大抵のコロニー連中は私たちのことバカにして、私たちはコロニーの奴らを
嫌うか、恥ずかしいけど妬むかしてる。でもアイツはどっちでもないんだ!」
「中立の見方をする人くらい、他にもいるわ!」
「いいや、いないな! 中立に立とうとしても、心底じゃ蔑みとか鬱憤がたまってるんだ。
 そういう奴らは、ギリギリ限界になればなるほど化けの皮がはがれてくる!」
 心臓が高鳴った。
 胸を鷲掴みにされた思いがする。荒げていた息がしぼむ。
「……そういう人、いたんですか」
 カガリは即座に言い返そうとしたようだった。しかし相手の様子を見て取ったのか、直前で声を
押し留め、代わりに一つ咳払いをする。
「……ああ。私の部下にな。手を貸すって言ったアスランを信用しないで、何人か引き連れて勝手に
ダガーで逃げ出したんだ。さっきの奴みたいに」
 クールダウンした声は、年頃の少女にしては低い。
「今はもうみんな、どこかでミンチより酷くなってるだろうな……」
 金髪の少女は、辛そうに付け足した。

 
 

 少しいたたまれなくなって、ルナマリアは何か声をかけようとした。だがそれより早く、
カガリは顔を上げる。金色の瞳には、元のように芯の強い光が宿っていた。
「お前も気をつけろ。ていのいいこと言って善人ぶってる奴ほど、胸の中で何考えてるか
分からないんだ。こういうせっぱつまったときになって、初めて中身が見えてくる」
「そう……ですね……」
 ルナマリアは目を閉じる。
 ハイネは『薄汚い地上人』と確かに言った。DF細胞によって性格が歪められていたと考えれば
それまでだ。しかし、コロニーに根強い地上蔑視は、そう簡単に克服出来るものではない。
 実はハイネもアスランも、ルナマリアやシンとあまり歳は変わらないのだ。せいぜいが三・四歳
年上。アカデミーは実力主義のため、若輩が教官の地位につくことは、頻繁にではないが、ある。
 ふと気がついて、ルナマリアは目を開いた。
「どうしてアスランは、そういうのがないのかしら」
「は?」
「あ、ええと……地上だから、コロニーだからっていう意識がないんでしょう?」
「ああ、ついでに言うとナチュラルとコーディネイターの差別もしてない」
「どうして克服出来ているんでしょうか」
「……さあな」
 意味ありげな間があった。ルナマリアは訝しげにカガリを見やったが、彼女は答える気は
ないらしい。カガリは強く首を横に振った。
「すまん。したかったのは、本当はこんな話じゃないんだ」
「話、ですか?」
「ああ。お前達、ネオジャパン本国から言われて、こっちまで回ってきたんだろ?」
「え、ええ……」
 歯切れの悪い返事を返す。確かに、本国のクルーゼから言われてこの地にやってきたのは事実だ。
 どう受け取ったか、カガリは深々と一礼した。
「ありがとう。我々新宿の人間は、お前達を歓迎する。……って今更言っても、信用してくれない
かもしれないけど」
 身を起こし、ばつの悪い顔でカガリは頭をかく。
「だけど助けは本当にありがたいんだ。アスランだけじゃ、そのうち限界が来てた。アイツ確かに
強いけど、溜め込み癖があるから」
 ルナマリアはきょとんとする。
「お知り合いなんですか? マスター・アスランと」
「ああ。昔ちょっとな」
 何故か寂しげに、カガリは笑った。

 
 
 

 噂をすればなんとやら、向かいの道路にアスランが姿を見せる。傍らには見慣れた赤マントに
赤鉢巻の姿。
「シン」
 ルナマリアは目を丸くした。
 あれは本当にシンだろうか。あのナイーブなパートナーが、あんな表情を見せるのか。
 シンとアスランは、何事か談笑していた。ふざけあうようにアスランがシンの肩に腕を回す。軽く
関節を決められたシンも、笑顔でアスランを見上げ、何事か口にした。二人は共に体を起こして笑う。
 ああ、そうか。心中でルナマリアは納得した。
 いくら狂犬でも、子犬は子犬なのだ。
「アスラン……」
 隣から、呆けたような声が上がった。
 師弟の会話の欠片は、風に乗ってこちらに届いてくる。
 ……見てみるか。はい、是非…………
「あいつら、仲いいんだな」
 振り向けば、カガリの横顔は少しだけ元気を取り戻していた。
「ええ。シンはアスランの弟子ですから」
「そうか、アイツが……。それなら地上を分かってるのも頷ける話だ」
 カガリは得心したようだった。弟子の存在を聞いたことはあるのだろう。何度か頷き、手すりに
寄りかかる。
「しかしまるで兄弟だな」
 笑みを含んだ言葉に、ルナマリアは何も答えなかった。
 パートナーのあんな自然な笑顔を見るのは、一体何年ぶりだろうか。
 シンの義兄であるキラは、今や許されざる敵である。ネオメキシコ、ネオエジプト、ネオトルコ
……おそらく他の地でもDF細胞は事件を起こしているだろう。
 加えて、実のところネオトルコの一件があってから、シンとはろくに話をしていない。交わされる
会話は必要事項の伝達や確認のみ。食事も気まずかった。
 以前のような一方的な刺々しさとは違う。余裕がないのは自分も同じだ、とルナマリアは自覚
している。
 理解してしまったのだ。復讐に駆られる者の心境、というものを。
 ルナマリアの中では、今までデビルフリーダムは仕事上の敵、同僚の敵でしかなかった。シンとは
言うまでもなく、実際に交戦したクルーゼと比べても動機が薄かったのである。
 話を聞いただけでは、脅威を実感することは出来ない。ネオメキシコなどで事件に遭遇してからも、
所詮他人の厄介事という意識がどこかにあった。だからこそ第三者に近い者として、シンの逸る心を
引き止めていられたのかもしれない。
 それがネオトルコの一件で様変わりした。
 デビルフリーダムは、ルナマリアにとっても仇となってしまった。
 この新宿に来るまで、ブッドキャリアーの中で何度も想像したものだ。今の自分がもしも
ネオカナダのサトーに会ったら、かつてのように啖呵が切れるだろうか。
「結局、奇麗事を言えるのって、満ち足りてる間だけなのかしらね」
「ん? 何か言ったか?」
「独り言です。聞き流して下さい」
 いつの間にか師弟の姿は消えていた。どこかに行ってしまったのだろう。

 
 
 
 

 シンはアスランに連れられ、防衛隊エリアの一角に来ていた。
 即席のMS整備場だった。あくまで即席、露天の上に機材をとりあえずそろえてみただけという
有様だったが、贅沢は言えない。
 光を宿さぬストライクダガーが立ち並ぶ中、それの姿は格別に目を引いた。
 全身は赤。ガンダムフェイスのツインアンテナとは別に、青と白の角を一角獣の如く生やしている。
全体的に鋭角的なフォルム、人で言えばウエストに当たる部分は際立って細い。足先にナイフの
ような突起をつけ、背には牙のような四枚羽を背負っている。
「イージス……」
 シンはアスランの隣りで、ぽつりと呟いた。
「ああ。四年前と同じ機体だ。少々古いが、まだまだ現役だよ」
 腕組みをし、アスランは不敵に笑う。
 イージスガンダムは、足元の二人を見ることはなく、ただ静かに佇んでいる。
 ライフルもシールドもない。四年前と同じなら、元々あったという変形機構も撤去されて
いるのだろう。
「やはり、大切なのは武装よりもファイターの力量ですよね」
 シンは呟いた。アスランはちらと振り向いてきたが、すぐにイージスに目を戻した。
「ハイネのことか」
「……はい」
 シンはアスランに事情を説明する際、ネオトルコの一件も話していた。彼があの狐目の青年と
親しかったのは、シンもルナマリアもよく知っていた。
 あのときアスランはずっと背中で話を聞いていた。友人の死を聞いて彼がどんな顔をしたのか、
シン達には知るよしもない。
「俺がもっと強ければ、助けられたかもしれない」
「…………」
「俺はみんなを守るために、師匠に教えを乞いました。
 力を手に入れたと……思っていました。なのに……」
 ふ、と隣で溜息がした。
「ルナマリアとギクシャクしているのは、それでか?」
「なっ!」
 シンは驚いてアスランを見上げた。彼はシンよりも頭半分背が高い。
「そ、そんなこと!」
「喧嘩友達のお前たちが、互いの目を見ようとしてない」
「あ……」
「確か彼女はハイネの教え子だったな」
「……はい」
 観念して、シンは小さく俯いた。
「師匠は、何とも思わないんですか? 友達が死んだのに」
「そんなわけがあるか」
 強い口調だった。顔を上げれば、そこには展望室で見たような厳しい横顔がある。
「だがな、死んだ者は帰ってこない。何も言わない。
 生き残った者はそれを自覚しなければならないんだ」
 アスランは己の機体を真っ直ぐ見上げていた。
「……割り切れって言うんですか」
「ああ」
「……しかし……」

 
 

 シンは再び視線を落とす。守るはずの力で知人を殺してしまったのだ。相手が根っからの敵や
裏切り者であったなら、まだ気持ちも楽だったろうに。
「俺、みんなを守るって誓ったのに」
「お前はアイツの魂を守ったさ」
「だけど!」
「それは都合のいい勝手な解釈、か?」
 シンは口を半開きにしたまま、半ば呆然とアスランを見上げた。まさに自分が今言おうとして
いたことを、先に言われた。
「だが……だったら、生き残った者が死者に出来ることは他に何がある?
 墓を立てることか? 豪華に葬式でも上げるか?」
「何って……そんなの……」
「分からないさ。誰にも。死者は何も語らないんだ」
 どこか自嘲気味に、アスランは言う。イージスを見上げたまま。
「よく言うよな。故人の遺志を継ぐ、って。だが人の遺志なんて分かるものか?
 本当は何を考えていたか、どう思っていたかなんて、本人以外に誰が分かる?」
「…………」
「俺達は、好き勝手に解釈することしか出来ないんだ。先人の言葉も、先人の死も。
 昔を思い出して、『彼ならこうするはずだ』と推測するしか出来ないんだよ」
 アスランは少しだけ頬を和らげ、振り向いてきた。
 緑の瞳は落ち着いていた。記憶の中の師そのままに。
「そして俺は、アイツであれば、操られた末に教え子を手にかけるよりなら自ら死を選ぶ、と。
そう思う」
 シンは小さく俯くと、ぐっと両の拳を握り締めた。
 本心であれ、気遣いによるものであれ、師の言葉はあまりに強引で甘美に思えた。
 心地よく聞こえる言葉でも、ただ闇雲にすがりついてはいけない。そう教えてくれたのは
誰だったか。
 アスランの言葉を受け入れた瞬間、自分は自分の決意を放棄してしまうのではないか。
漠然と、シンはそう思った。それはやってはいけないことだ。
 二の句を継げない弟子を、師匠は何と思ったか。かすかに笑い、新たな言葉をかける。
「強くなりたいか、シン」
「はい」
 シンは頷いた。不壊の盾の名を冠したガンダムを見上げ、決然と。
「もう誰も失いたくないんです」

 
 

 その直後、レッドランプが点灯し、サイレンが鳴り響いた。
『緊急事態。緊急事態発生! 防衛隊各班は、防災センターへ集合! 緊急事態!』

 
 
 
 

 防災センター・会議室。
「この光が全部敵だって!?」
 ざわめきが上がるのも無理はない。前方の巨大スクリーンにはリアルタイムで外の様子が
映し出されている。朽ち果て、闇夜に呑み込まれたビル街のさらに向こうに、無数の赤い光点が
浮かび上がっていた。こうして見ている間にもその数を増していく。
「いよいよここへ集中攻撃をかけるつもりではないでしょうか!」
 その言葉がざわめきを更に広げさせる。しかし――
「だったら全部倒せばいいんだろ!」
 逸るような少年の叫びが、会議室の喧騒をぴたりと鎮めた。
 一同の視線が、席を立ったシンに集中する。
「あっちから来てくれるなら好都合じゃないか。あいつら全部倒して、親玉を引きずり出して、
そいつも破壊すれば終わりだ」
「ちょっと、シン!」
 傍らのルナマリアが袖を引っ張ってくるが、シンは座るつもりはない。会議室はしんと
鎮まりかえっている。
 ……と思ったのも束の間。
「正気か!?」
 議長席に座るカガリが口火を切るや、再び会議室はどよめきの渦。
「現状が分かってんのかこのガキは!」
「あの数だぞ! こっちのMSにゃあ限りがある!」
「あんな大軍勢に飲み込まれたら、いくらなんでも……!」
「落ち着いてください、皆さん」
 喧騒に包まれる会議室を、今度は若く穏やかな声が収めた。
 前方スクリーンの傍らに立つのは誰あろう東方不敗、マスター・アスランである。
「シン、落ち着け。確かにそれが出来れば一番いい、だが彼我の戦力差を考えろ。
 相手の数はほぼ無尽蔵だ」
「やれますよ、やる気になれば!」
「ほう。じゃあやってくれるか?」
「う?」
「俺達はここで待っていればいいんだな? 全滅させたら知らせてもらおうか」
「あ、いや、それは……」
 あっという間に劣勢になるシン。間の抜けた顔をしていると、隣で溜息がした。むっとして
パートナーを振り向くが、何も言うことなく席に座る。
「とまあ、馬鹿な話は置いといて」
 アスランの声と顔が引き締まる。

 
 

「私に全て任せていただきましょう。幸い、ここに我々の仲間が命と引き換えに届けてくれた
データがあります」
 彼が手にしているのはメモリーチップ。
 シンはあっとなった。
「そう、お前たちが受け取ってくれたチップだ。これで俺たちは生き延びることが出来る」
 頷いて、再びアスランは会議室全体に視線を戻す。
「これによれば、敵は一点を狙って集中攻撃してくるようです。つまり、真っ直ぐこちらに
向かってくるということ」
「それじゃ守りきれないじゃないか!」
「馬鹿正直にぶつかり合えば、ね。ここは奴らの習性を利用します。まずは念の為、ダガーを
都庁エリアの前方に配置」
 スクリーンが都庁エリアの模擬地図に変わった。アスランが手元の教鞭で位置を示していく。
「ここで重要なのは、傍をうろつくデスアーミー達を相手にしない事。何故なら、奴らは自分への
敵意に対して異常に敏感だからです。そこで――」
 教鞭がすすっと動き、都庁エリアから南の東京湾方面へと離れていく。
「私の一隊が攻撃をしつつ奴らを逆の方向に誘い出し、海へと沈めてしまう」
 どよめく一同。ほとんどが驚きと、降って湧いた希望への嘆息である。
「なるほど!」
 ぽん、と手を打ったのは議長席のカガリだった。
「つまり、ハーメルンのバイオリン弾きというわけだな!」
「笛吹きです」
 即座にルナマリアは訂正したが、議員席の小さな呟きが議長席まで届くわけがない。
暢気な動機で赤毛の少女が溜息をついている間にも、どよめきは広がっていく。
「待てよ! 俺たちはアンタみたいな命知らずのファイターじゃないんだ!
 そんな危険な真似でき……」
「馬鹿野郎!!」
 無茶だという声を、アスランは一喝した。どよめきが瞬時に霧消する。
「このままでは座して死を待つのみだ。事態は一刻を争う!
 戦う意志のある者だけがついて来い! 良いかぁっ!!」
 その一瞬、アスランの顔は何にも増して巨大に見えた。

 
 
 
 

 準備は迅速だった。アスランの気迫が全体に伝播したのかもしれない。
 飛翔の合図を待つ囮部隊。その先頭で身を伏せているのは赤き巨人イージスガンダム。
後ろに並ぶはストライクダガー達と――
「シン」
「何でしょうか、師匠」
「気持ちは分かるが、焦るな。力の使い所を間違えれば、守れる人間も守れなくなるぞ」
「っ!?」
「今はこの街を守ることに専念するんだ。自分の立ち位置と目的を見失わなければ、
お前は優秀なファイターだ」
「師匠……」
 目を一杯に見開くシンに、アスランは一つ頷いてみせ、インパルスとの通信を切った。
 こちらに向かって溢れ出してくる赤い光点の群れを、イージスは睨みつける。

 
 

「頼むぞ、アスラン、みんな……」
 祈るように両手を握り締め、カガリは呻く。
 この作戦が失敗すれば、この新宿エリアは終わりだ。だが空を飛んで敵陣を突っ切ることが
いかに危険であるかは、時折出る脱走者のおかげで、カガリだけでなく新宿の誰もが知っている。
 最終的には包囲網の薄い海側へ誘導するとはいえ、囮部隊は捨て身と言えた。
「シン……」
 ルナマリアもまた、巨大スクリーンを前に固唾を呑む。

 
 

「全機! 出撃準備いいか! 作戦を開始する!」

 
 
 
 

 白い光を背に、鋼の巨人達は飛び立った。
 下から対空砲火が上がる。都庁エリアを取り囲んでいるデスアーミー達だ。
『うわっ!?』
 ダガーの一機が足先を撃ち抜かれた。大した損傷ではないが、バランスが崩れ、全体の陣形が
一時歪む。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ、まだ飛べる」
 シンとダガーパイロットの通信の間にも、眼下の闇からは幾本もの光条が上がってくる。
ほとんどがかわされるか外れるかするが、時折当たりを食らう者もいる。
「あいつらぁっ!」
 インパルスは単身高度を落とした。フォールディングレイザーを両手に引き抜き、デスアーミーの
間を駆け抜ける。幾重にも切り刻まれ、デスアーミーの数体が爆発した。
 軽く笑みを浮かべるシン。しかし次の瞬間、更に前方からビームが数条飛んできた。慌てて
飛びすさると、ナイフを構え直して地を駆ける。数機を爆炎と変えるが、まだ闇の奥から光条は
襲ってくる。
 シンはビルの陰に身を潜め、舌打ちをした。これではきりがない。
『何をやっている、シンッ!』
 不意の声と同時に、ぐいと左手を引っ張られる。あっという間に宙に持ち上げられた。
 浮き上がる足のすぐ下を数本の光条が貫いていく。
「師匠!?」
 イージスだった。ビームクロスをインパルスの腕に巻きつけ、引き上げたのだ。
『言っただろう、今はこの街の防衛に専念しろと! 目的を見失うな! こいつらに構って、
増援部隊の誘導に失敗したら元も子もないぞ!』
「はっ……すみません!」
 慌てたようにインパルスがスラスターを吹かす。もう大丈夫と判断したか、イージスは
ビームクロスをほどいて収納した。
『全機に通達! 下には構うな! 増援部隊のみ叩けばいい!』
 既に陽は没して長い。前方、眼下に広がるのは全くの闇に光点の群れ、廃墟のために人は
住んでいない。つまり存分に戦っていいということだ。
 先程の比ではない密度で対空砲火が上がって来る。
『攻撃開始だ!』
 アスランの号令と共に、空を往く一団は次々に地上へと突撃した!
 先陣を切ったイージスが地を駆ける。姿が掻き消えた、と思えばデスアーミーの数体が
体のどこかしらを砕かれ、炎に包まれる。
「でぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
 インパルスがナイフを両手に突撃する。ライフルが放たれる前に迫り、胴を一閃。何も
出来ぬままにそのデスアーミーは爆発した。
 ストライクダガー達も、各々が連携を取って一機ずつ確実に仕留めている。
 装甲といい、反応速度といい、デスアーミーの性能は高くはない。だが脅威なのはその数だ。
一機にかかっている間に他の数機が銃撃してくる。仲間を巻き込むことなどなんとも思って
いないようだ。

 
 

「くそ、数だけは多い!」
 シンは悪態をつきつつ、ナイフを閃かせて目の前の一体を切り裂いた。しかし崩れ落ちる
機体の陰から、新たな敵機が顔を見せる。
 ライフルを棍棒のように振り上げ、殴りかかってきていた。だがシンは冷静に、流れるような
動きでそのモノアイにナイフを突き立てた。デスアーミーの棍棒は虚しく宙を斬り、ぐらりと
崩れ落ちる。
 どうやら頭部に制御装置の全てが詰め込まれているらしい。ガンダムと同じ構造だ。
「はあっ!」
 一方イージスの手からもビームクロスが伸びる。光の布は研ぎ澄まされた刃となり、デスアーミー
を数体まとめて貫いた。崩れるのも待たずイージスは赤い旋風となって戦場を駆ける。周りに
集まっていた他の数機もモノアイに手刀を叩き込まれて停止した。
 それでもビル林の向こうから、モノアイの光は迫ってくる。いくら叩いても増援は止むことがない。
「シン!」
「はい、師匠!」
「一機一機に構っていてもしょうがない! あれをやるぞっ!」

 

 師弟は共に構えを取り、自らの内なる気を燃やす。
 モビルトレースシステムの影響か、はたまたこれも人に許された力なのか。彼らの機体からもまた、
炎の如く闘気が吹き上がる。
 流派東方不敗は王者の風。雑兵の群れに遅れを取るなど以ての外! 

 

「超級ゥ!」
「覇王ォ!!」
『電・影・だぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!』

 

 廃墟の一角に、突如として竜巻が発生した。ただし上向きではなく、横向きに。
 アスランとシン、師弟の放つ闘気はイージスの四肢を胴を全てを包み、一つの竜巻を形成したのだ!
「撃てぇぇぇ!! シィィィィン!!」
「はいィィッ!!」
 アスランの叫びにシンが応え、後方から掌底を打ち込んだ!
 まさしく強弓に射られた矢、あるいは撃鉄を引かれた弾丸――いや、それを人の手になる
道具に喩えることは出来ないだろう。赤き竜巻イージスの飛ぶ先、触れる全ては流され砕かれ、
ただ光の華を咲かせるしかなかったのだ!
「かああああああああっ!!」
 猛りを上げる東方不敗、その気迫はイージスの顔にも表れる。輝く額を振りかざし、
まるで津波か洪水のように、破壊の嵐は全てを巻き込み押し流していく!
 天から見れば一目瞭然、赤き竜巻は闇を突っ切り、光点の野を真っ二つに分けていく。
頃合と見たか、イージスは闇夜に飛んだ。中空で型を決めるや、仕上げとばかりに一声叫ぶ!
「爆発ッ!!」
 線に分かたれた野の光点、それら全てが一挙に爆発。地上は一時昼となった。

 
 
 

『敵軍団は進行方向を変えました! 作戦は成功の兆しを見せています!』
 物見の伝達に、呆けていた会議室は一転、歓喜に沸き返る。
「話には聞いてたけど……想像以上の規格外……っていうか本気で全滅させられるんじゃないの?」
 久々にマグロの目になってルナマリアが呟く。
「……無茶苦茶だ」
 傍らに立つカガリは目を点にしていた。
「あら。今までこういうことなかったんですか?」
「非常識なくらい強いのは知ってたが……ん?」
 スクリーンに新たな光が映る。赤い光点が真っ直ぐこちらへと向かってくる。
 二人の少女は窓辺に走った。光が近付くにつれ、その四脚の鬼のようなフォルムが明らかになる。
「デスアーミー! こっちまで入り込んできたの!?」

 
 

 四本の脚をゆっくりと動かし、そのデスアーミーは悠然と進んできた。まだ光のある街並を
きょろりきょろりと見やりながらも足は止まらない。建物を縫い、道なりに、真っ直ぐ都庁ビルへと
歩み寄ってくる。
 避難していた人々が顔を引きつらせ、怯えた声を上げる。そのたびモノアイは動き、人々に
無機質な視線を向けた。警戒しているのか、嘲笑っているのか。
「くそ、よりによってアスランのいないときに!」
「ないものねだりしてもしょうがないじゃないですか! 早く避難させないと……!」
 という女性二人の会話を遮るように、
「ま、待て! 今はまだ……ええい、落ち着け!」
 防衛隊員の一人が通信機に何か叫んでいる。
「どうした!?」
 カガリの鋭い問いに、その隊員は焦りと共に言葉を吐き出した。
「それが今、ダガーが一機……!」

 
 
 

 進軍を続けるデスアーミーの前に、一機のストライクダガーが立ちはだかった。
 街を防衛していたダガーだ。既に実弾マシンガンを構えている。
「たかがMS一機! ストライクダガーで仕留めてやる!」
 戦闘に逸る声は震えている。
『ストップ、やめてください! 何やってるんですかあなた!』
『落ち着け! 敵意を見せたら仲間を呼ばれるんだぞ!?』
「だったらその前に倒すまでです!」
 再度の制止を女たちがかける前に、ダガーはマシンガンを発射した。
 実弾の雨は狙い過たず、デスアーミーの四脚を蜂の巣にした。脚部を破壊されたデスアーミーは
ゆっくりと崩れ落ちていく。
 勝利を確信するダガーのパイロット。しかし――

 

 キィィィィィィン!

 

「くっ!?」
 ルナマリアが耳を塞ぐ。
「な、何だこの音!?」
 カガリもまた耳を塞ぎ、かくりと膝をつく。防衛隊員も次々に地に膝をつき、耳を塞いだまま
動けなくなっていた。
 デスアーミーは目を赤く染め、この頭に突き刺さるような音を発している。
 ストライクダガーは動かない。大音量の高周波を間近で聞いたために、パイロットは
コクピットの中で悶絶してしまっていた。
 音は都庁一帯に鳴り渡り、さらに遠くへと飛んでいく。
「可聴域すれすれの高周波……これって、まさか……!」
 ルナマリアは震える手で懐からコンパクトを取り出した。シンに通信を入れようとするが、
つながらない。電波が阻害されている。

 
 
 
 

 アスラン率いる囮部隊は、既に海上を飛んでいた。
 地を這うしかないデスアーミー達は、間近の敵意に反応し、自ら海へと歩を進めては沈んでいく。
「よし、このまま連中を誘導する」
 作戦は成功。誰もがそう思った。
 だがそのとき、耳をつんざくような音が都庁から飛んできた。レミングのように海へ海へと
行進を続けていたデスアーミー達は、音を聞くや目を赤く染め、脚を止める。そしてくるりと反転、
地上へと進撃を開始する!
「なっ!?」
 驚くシン、そこにアスランから通信が入る。
「シン、どうやら原因はこの音だ。地上に奴らを呼ぶ者がいる」
「!」
「おそらく都庁で何かがあったんだろう。こちらは俺に任せろ! お前は戻ってこの音を絶て!」
「分かりました!」
 インパルスは単機部隊から離れ、月夜を飛んでいった。白い噴射光が尾に引かれる。
 白い巨人の後姿を見送り、アスランは一人頷く。
「さて……」

 
 

 会議室のスクリーンに、赤い光点が再度次々に映し出される。海へと誘導されていた光は一斉に
進路を変え、都庁へと迫りつつあった。
 高周波に苛まれながら、それを見た防衛隊員の一人が怯えた声を上げる。
「や、奴らが来るぞ!」

 

 悶絶していたダガーパイロットは、その声を聞きつけた。
「な、何だと……!?」
 脳に突き刺さるような激痛をこらえ、操縦桿を握る。だが遅かった。
 デスアーミーは破壊された四脚を自らパージ、背部スラスターを吹かして上半身のみで
浮き上がった。
 パイロットに驚く間すら与えず、そのままダガーに体当たりする。
 棒立ちしていたダガーはひとたまりもなかった。パイロットの悲鳴が上がる。
 けたたましい音を立てて地に倒れたダガーを、宙に浮かんだデスアーミーの上半身が無機質に
見下ろす。不意に背部スラスターユニットが変形、脚部に降り、新たな二本の足となった。棍棒
片手に地に屹立する姿は、まるで昔話の一つ目鬼。
 棍棒が再び振り上げられる。狙いは倒れたダガーのコクピット――
 しかし!

 

「パルマッ! フィオッ!! キィィィナァァァァァァッ!!!」

 

 一撃まさしく雷光の如し! 夜を裂く身は矢にも似て、悪鬼の首を捉えるは、光る右手の
インパルス!
「これ以上好きにさせるかよっ!!」
 シンは右手に力を込めた。情け容赦のない一撃は、デスアーミーの頭部を完膚なきまでに粉砕した。
 同時に辺り一帯を苛んでいた音も消える。

 
 
 

 都庁へと進軍していたデスアーミー達は、またもや次々と転進。海へ海へと、彼らにとっては
破滅の行進を再開した。
 会議室のスクリーンにも、光点が離れていく様子が映し出される。
「敵軍が下がっていく……!」
 そしてしばらくの後、伝令からその報告がもたらされた。

 

『敵増援軍、東京湾へ水没! 作戦は成功です!』

 

 会議室は一気に沸き返った。歓喜の波は先程の比ではない。
「や、やった……!」
 カガリの呆けたような、それでも喜びに満ちた呟きを、ルナマリアは背中で聞いた。
 窓の外にはインパルスが佇んでいる。ルナマリアの手元に転がるコンパクトは、インパルスへの
コール画面のままで止まっていた。
「シン……」
 会議室の興奮も手伝って、胸の中でこごっていたものが動き出す。
「あ、おい?」
 カガリの声に構わず、ルナマリアはコンパクトを引っ掴むと、会議室を飛び出した。

 
 

 シンはインパルスを降りた。ほっと息をつく。
 傍らにはデスアーミーの残骸。まるで自分の意志を持たない――自らにとっての死地すら
認識できないMS。
 闘っていても、異常性は明らかだった。こいつらは防御を知らない。
「お前らは一体何なんだ……?」
 呟きは、街に広がる歓喜の声にかき消された。
 街を振り返る。もう朝日が上がってきていた。闇が徐々に群青へと薄らいでいく。
 人々は歓声を上げ、互いの無事を喜んでいた。ある者は抱き合い、ある者は肩を叩き合っている。
 ほんの一時であれ、皆が生気を取り戻している。その思いがシンの頬をほころばせた。
 守れたという実感が虚ろな胸を満たしていく。陽の光が無性に暖かくて、シンは全身で貪るように
深呼吸をした。
「シーン!」
 朝日の向こうからルナマリアが駆け寄ってくる。
「お疲れ! やったわね!」
「ああ!」
 パン、と互いに右手を上げて打ち鳴らした。そのまま顔を見合わせ笑う。
 笑ったままで、シンは少しだけ驚いていた。随分久しぶりにルナマリアの笑顔を見た気がした。
 そういえばこいつ、こういう顔で笑うんだっけ。

 
 
 

 そんな二人をカガリは窓から見ていた。二人の様子が微笑ましくて、にっこり笑う。
 会議室を振り返れば、防衛隊員たちは皆腰砕けになっているか、歓喜に震えている。
「ほら立て、お前たち!」
 隊員たちに活を入れるように、カガリは腰に両手を当てて宣言する。
「へばってる場合じゃないぞ! これからみんなを出迎えに行くんだからな!」
 勝鬨を上げたように、会議室は賛同の声でどよめいた。
 いつ終わるとも知れない篭城。だからこそ一つ一つの勝利を見逃さずに喜ぶ。
 心が折れた時、それが彼女らの敗北の時なのだ。

 
 

「まるで英雄よ、ピンチの時に来てくれるなんて」
「よせよ、ルナ。これはヒーローごっこじゃないんだぜ」
「あら。それって誰の受け売り?」
「お、お前! すぐにそう疑うの、悪いと思わないのかよ!」
「じゃあアンタのオリジナルなわけ?」
「師匠の受け売りです。ごめんなさい」
「よろしい」
「……何でお前に偉そうにされなきゃならないんだ」
 などと言いつつシンも本気で落ち込んではいない。二人は軽口を叩き合い、笑い合う。
『シン!』
 赤いガンダムもまた、近くへと降り立ってきた。
『よくやった! こちらも敵軍を追い払えたぞ!』
「いえ、師匠の作戦が凄かったんですよ。俺は師匠に従っただけで」
 晴れやかな顔でシンは言う。ルナマリアは目を丸くしたが、すぐにまた笑顔になった。
 アスランの笑い声が爆発する。
『ははははははっ! 何言ってる、お前がいて初めて成功した……ん?』
 笑みを含んだ声は途中で途切れる。
 イージスのコクピットが開き、アスランが身を乗り出してきた。
「シン! 後ろだ!」
 鋭い声に弾かれたように、二人は振り返る。
 倒れたデスアーミーのコクピットがひとりでに開いた。中から銀色の指が現れ、縁にかけられる。
 のそりとコクピットから這い出してきたのは、人の形をした何かだった。
 ノーマルスーツのようなものに身を包み、骨格の浮き出た皮一枚の顔はまるで髑髏。眼球の
代わりなのか、チューブが虚ろな眼窩の奥に突き刺さっている。その他にもチューブが各所に
突き刺さっているが、何より異様なのは全身を覆い尽くしている銀色の鱗。
「DF細胞……!」
 ルナマリアの呻きを、シンはどこか遠くの声のように聞いた。そうして呆けている間にも、
兵士は外へと這い出てくる。

 
 

 不意に、呼気が風を切った。
 アスランが腕を振るったのだ。気の刃は空を裂いて飛び、鱗に覆われた身に炎を灯す。
痛覚がまだ残っているのか、炎に包まれた兵士は苦悶の声を上げた。
「マスター・アスラン!」
 ルナマリアが振り向けば、ちょうどアスランは地上に降り立ったところだった。
「油断するな、二人とも。ここがアカデミーなら減点ものだ」
「すみません」
「まあ反省は後でいい。しかし……」
 歩み寄ってきたアスランが呻く。
「こいつらも犠牲者だということなのか、これは……」

 

 シンは呆然と、燃え行く兵士を見ていた。
 かつて闘った三人の顔が脳裏をよぎっていく。ミリアリア=ハウ、ジョージ=グレン、
ハイネ=ヴェステンフルス。彼らはまだ幸運だったのかもしれない。症状がここまで進行する前に
『処置』を受けたのだから。
 脳まで侵された者はDFの完全なマリオネットと化す。事前に受けていた説明を、シンは
改めて思い出した。自分は甘く見ていたのだ。完全に操られるとはどういうことなのか、
分かっていなかった。
 自己防衛本能すら消された傀儡。DF細胞に侵された人間の成れの果て。
(それがこいつらの正体か!)
 シンは両の拳を固く握り締めた。
 間違いない、奴は近くにいる。人を平然と踏みにじり、どこかで笑っている。
「待ってろ、必ず俺が見つけ出す……この手で叩き潰してやる……!」
 怒りの声が届いたか。全くの青天に突如雷鳴が轟いた。
 黒い雷が青空を奔る。ほんの一瞬、あの禍々しい巨体の幻影が浮かび上がった。
 実体はなくとも、強大なプレッシャーは地上の三人を容赦なく襲う。

 

 アスランは腕組みをし、鋭い双眸を幻影に向けた。
 ルナマリアは喉を鳴らし、無意識に体をシンに寄せた。
 シンは何ら臆することなく、幻影を睨みつけた。怒れる瞳はかつてない熱を抱いていた。

 

「デビルフリーダム!!」

 

 少年の叫びは天を衝く。宿敵の幻影は、空に溶けるように消えていった。

 
 
 

次回予告!
「みんな、驚きだ!
 イザーク、フレイ、レイ、ソキウス。恐るべきパワーを身に付けたライバル達。
 なんと彼らは正体不明のガンダムと共に、シンを攻撃してきたのだ!
 次回! 機動武闘伝ガンダムSEED DESTINY!
 『大ピンチ! 敵は五大ガンダム』にぃ!
 レディィ… ゴォォォ――――ッ!」

 
 

舞台裏 Edit

 

タリア「はいカット! OK!」
三人『だぁぁぁ〜〜〜〜〜〜…………』(ばたばたばたっ)
シン「一生分の緊張感を使い切った気がする……」
アスラン「まだまだこれからだぞ、シン……今回は始まりにすぎないんだ……」
シン「あー、アンタのまともなセリフ聞くのも久々だよ……」
ステラ「シンとおでこ広い人、二人で大の字になって寝てる」
レイ「太陽が落ちるまで殴り合い、背中を大地に合わせる。なるほどな」
ルナ「そして似たもの同士と笑うわけもぐ」
シン「それだけはやめろ」
アビー「やりますねシン、たくあん一本まるごとルナの口にぶち込むとは」
アスラン「いや、似てるだろ。お前と俺は」
シン「俺はアンタみたいな凸でも蝙蝠でもヘタレでもねぇ!!」
アスラン「グハッ!!」
シン「え?」
ステラ「うぇーいっ!? おでこ広い人、血ィ吐いた!?」
アスラン「そ、そうだよな……どうせ俺なんか……(ぶつぶつ)」
シン「おいっ!? 何だよ、アンタ生まれ変わったんじゃ……」
メイリン「そこでイジけるな――――ッ! アスランさん修行の成果はどうしたのっ!?」
アスラン「は、しまった! 俺としたことがヘタレに戻りかけているッ!?」
アビー「メイリン、ナイスです。GJ」
ルナ「戻るも何も(しゃりしゃり)最初からヘタレじゃ(もぐもぐ)」
レイ「ルナマリア、しゃべるか食べるかどちらかにしろ」
メイリン「アスランさん、自信を持ってください! アスランさんは本当は素敵な人なんです!
     あの辛く苦しい修行を乗り越えて、髪への執着を断ち切ってまでここに来たんじゃないですか!
     何より東方不敗さんの弟子じゃないですか!!」
アスラン「そ、そうだ! 俺は東方不敗の弟子、俺は東方不敗の弟子、俺は東方不敗の弟子……
     よし三回唱えた。これで大丈夫」
ルナ「なんだそのお手軽立ち直りストーリーは――――ッ!?」
レイ「気にするな。アスランとメイリンはいつもこんなだ」
アビー「ルナマリアも段々ツッコミが板についてきましたね。さすが姉妹です」
レイ「だがたくあん粒を吹き出しながら叫ぶのはやめてもらいたい」
シン「あ、あのなぁっ! こっちだってアンタにいじけられるとすげー困るんだよ!
   一応その、アンタは現時点じゃ俺の壁なんだからな!?」
アスラン「!!」
シン「せめて撮影中は覚醒してろよ! 俺まで自分の価値が分からなくなっちまう!」
アスラン「シン……」
ヴィーノ「人それをツンデレと言う」
アビー(びくっ)
アーサー「いや。この場合本心から困っているのでデレはないぞ」
ヨウラン「おおっ、なるほど」
アビー(なんだろう、嫌な記憶が忍び寄ってくる……)

 
 

カガリ「お疲れだ、みんな!」
メイリン「あ、カガリ様も外に来たんですね」
カガリ「撮影って思ってたより楽しいな! これが終わったらオーブでも何か作ってみたいもんだ」
ルナ「なんかこの人に怒鳴られるの、ものすごーく違和感あったんだけど。ものすごーく」
アビー「物語と現実は別物です。偉い人じゃないんですからルナにも分かるはずです」
ルナ「……アビー、ちょっと後でお話しましょうか」
アビー「丁重にお断りいたします」
メイリン「そういやカガリ様、オーブのごたごたは収集がついたんですか?」(←第七話舞台裏参照)
カガリ「ごたごた? なんだそりゃ」
メイリン「え?」
カガリ「我がオーブは平穏そのものだぞ。撮影が終わるまでサハクとも休戦協定を結んだ」
メイリン「ええぇぇ――――っ!?」
ルナ「それじゃ第七話でキラが来なかったのは何でなのよっ!? オーブで面倒が起きてたんじゃないの!?」
カガリ「なんだってぇぇぇ!?」
メイリン「何でカガリ様が知らないんですか!?」
カガリ「おのれ国家元首の私を差し置いて騒動など許さんッ!!(ぴっぽっぱ)」
メイリン「微妙に怒るポイントずれてる――――ッ!?」
カガリ「(ぷるるる…ぷっ)おいキサカ、ちょっと前にオーブで厄介ごとが起こってたって……何にもない? じゃあ第七話は………………」
メイリン「か、カガリ様? どうしたんですか、石みたいに固まって」
カガリ「…………そういうことか。分かった。キサカ、後で覚えてろよ(ぷつっ)」
ルナ「何だったの?」
カガリ「奴め、セイランと共謀して余計な気遣いをしてくれたらしい。まったく」
アビー「セリフとは裏腹に顔は笑ってますが」
カガリ「そ、そんなことはないぞ!」
タリア「えー、そろそろいい? ひとまず撤収するわよ」
ルナ「はいっ! 寝てる男どもも起こさなきゃね」
カガリ「グラディス艦長、話は来ていると思うが……」
タリア「ええ、新宿編終了まで代表の身柄はこちらで預かります」
カガリ「よっし! それじゃ早速厨房に行くぞ! ヴィアさん仕込みの料理の腕を見せてやる」(ぐるんぐるん)
メイリン「腕振り回して…や、やる気だなぁ…」
カガリ「家庭的な女の一面をアピールし、アスラ…じゃなくてオーブ国民の支持率を上げるチャンスだからな!」
アビー「このやりとりは放映されないんですけどね」

 
 

タリア「さて、次はあなたを…」
ドモン「またどこかに『お使い』か?」
タリア「ええ。ごめんなさいね、あなたにばかり頼って」
ドモン「構わん。俺は比較的溜め撮りしやすい役だからな」

 
 
 

その頃のヒビキ家

 

ユーレン「キラ、次はこれの解析を頼む」
キラ「はい……(なんでカガリが先に離脱するんだ……)」
ヴィア「頑張ってるわね、二人とも。一息入れたら?」
キラ「!!(やった、休みだ!)」
ユーレン「いや、もう少し進めておきたい。あと少しでササニシキ解析も終わるからな」
ヴィア「でも昨日からずっとやっているじゃない」
ユーレン「そういえばそうだな。キラ、きついか?」
キラ「だ、大丈夫だよ。これくらいどうってことない」
ヴィア「本当?」
キラ「うん。夜更かしには強いから」
ユーレン「お前は休んでもいいぞ。若いうちは寝るのも仕事だ」
キラ「大丈夫だって。これが終わったら休むからさ」
ユーレン「そうか……。正直ありがたいよ」
ヴィア「キラ、こんなに真面目に育ってくれて……」
キラ「あはは……(チクショウ、僕の馬鹿)」

 
 

その頃のオーブ

 

ユウナ「それで、キラ君の出番は第十六話で確定なのかな?」
キサカ「はい。代役も相当ストレスを溜め込んでいるようですし、カガリを行かせた以上第七話のような口実は使えません。これ以上の延長は無理かと」
ユウナ「そうか。あと三回か……」
キサカ「あと三回の期間で、どれほど更生させられるかですな」
ユウナ「しかし君が協力してくれるとは意外だったよ。僕は君に嫌われてるもんだと思ってたけど?」
キサカ「私はカガリの補佐ですから。カガリのためになるならば協力いたしますよ」
ユウナ「……やれやれ。本当にオーブはバカばっかりだ」

 
 
 
 

でもってその頃の傭兵部隊X

 

カナード「はーっ…… はーっ……」
メリオル「隊長、少しお休みになった方が。ファイター用とは言え覆面越しでは呼吸も……」
カナード「うるさい!
     タイムリミットは近いんだ! 第十六話にて俺は正式に登場する……!
     それまでに奴を捕らえられなければ、俺は『このまま』撮影に臨むことになるんだぞ!?」
メリオル「しかし、消耗した体力であれを捕らえられるとは思えません」
カナード「俺が休めば奴にも休息を与えることになる!!」
メリオル「隊長……」
カナード「フィールドは船一隻と限定されている。
     壁抜けの術に気配探知、内蔵警備機器を駆使すれば捕らえられぬ条件ではないっ……」

 

  ひゅっ

 

カナード「そこかぁぁぁっ!!」

 

  どんがらしゃ!

 

メリオル「熱源反応確認、きわめて微弱」
カナード「ち、デコイかっ!」
シュバルツ『ふはははは! 甘い、甘いぞカナード!
      その程度ではこの私の影すら捕らえることは出来んぞ!』
メリオル「音響発信源不明」
カナード「ゲルマン忍法はそういう流派だ! 次の探知に移れ!」
メリオル「了解」

 

カナード「待っていろ、シュバルツ=ブルーダー!
     あと三回の内に必ずや貴様を捕らえてみせる! このカナード=パルスの名と顔にかけて!
     そしてこんなこっ恥ずかしい三色覆面とは永遠におさらばだッ!!」
メリオル(似合ってるのに……)

 
 

                第十三話舞台裏へ続く

 
 

前(第十一話) 前(Interval Phase)