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鬼ジュール_オムニバス-15

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:19:19

突然、ミーアが居なくなった。

アカデミーを無事卒業し、そのままザフトレッドとして入隊を果たしたシンは、余りの慌しさにクインティリスに戻る時間も取れず、ミーアとはいつも通信で済ませていた。
アカデミーに入学出来た事を知った時のミーアは泣いて喜んでくれて、沢山の抱擁と沢山のキスをしてくれた。
それに乗じてシンはミーアにきちんと告白し、戸惑うミーアを宥めすかして真っ暗な部屋の中、裸で触れ合った。
シンもミーアも初めての事であれば当然恥ずかしさも有り不安も有り、結局最後まで至る事は出来なかったのだが、シンはそれでも十分幸せだった。
シンにとってはミーアが帰る場所であれば焦る理由は無く、どちらかというとこれで何の心配もなしにMSパイロットへの道を進んで行けるという決意にすらなった。
しかし年月が経てば欲求は増え続け、望みも大きくなるという物で、まずはザフトに入れたという安堵感からミーアとの関係をもうちょっと進めたいと思っていたというのに。
ザフトに入ってからも新人という事で覚える事は山程あり、休日もクインティリスに戻っていられる余裕がなかった。
それをいつもミーアには通信で謝罪していたのだが。

通信が繋がらなくなった。

最初の内はシンが通信を入れる時間がまちまちだった為バイトだろうか、買い物だろうかと気にもしなかったのだが、幾らなんでも3日連続で通信を入れて繋がらないのはおかしいと、半休の日に時間ぎりぎりなのは承知でクインティリスに戻ったら。

テーブルの上に書き置き一つ。

『暫く仕事でクインティリスを離れます。帰って来てたらごめんね。  ミーア』

だったら携帯はどうしたのかと、ミーアの部屋に入ると机の上に携帯が充電器の上に置いてあった。
ミーアは忘れ物が多くて間が抜けているから忘れていったのだろうかと中を確認したら、シンからの着信がずっと溜まっていた。
そんな事ならどうして自分にメールの一つも入れてくれなかったのかと思う。
通信の時間は合わなくてもメールであればそんなのは関係ないのに。

冷蔵庫の中を見ると水の入ったボトルだけがあり、それだけを見ても長期間この家には戻れない事をミーアは理解していたという事が分かる。
携帯の通信が2ヶ月前から溜まっているので、大体その頃からこの部屋には戻って来ていない事になる。

2ヶ月もクインティリスを離れるような仕事って何だよ!
あとどれくらいで戻って来るんだよ!

時間ぎりぎりで戻って来たので十分に室内を確認する間もなくシンは二人の家を出た。
歩きながら不動産屋に確認すると、家賃はきちんと支払われているという。
自動引き落としなのだが、二人で家賃の引き落とし用の口座を作っていたので毎月家賃をこの口座に振り込んでおく必要があった。
それが2ヶ月きちんと行われていたのであれば、ミーアはどこかで元気に仕事をしているのだろう。

だったら、部屋に書き置きなんかせずに通信の一つでも入れてくれればいいのに。

移動の最中、最近活動再開したというラクス・クラインが派手な格好で町中のモニターに映っていた。
軽快に歌う歌声がミーアと同じ物だから、シンは宇宙港に戻るまでの間ずっと不機嫌だった。

ラクス・クラインの歌を聴いてると、無性にミーアに触れたくなった。

<終>

ミーアと音信普通になってからというもの、シンは出来る限りこまめにミーアに連絡を入れるようにした。
恐らくまだ充電器の上に置かれているであろう携帯に。
着信履歴が残っているのだから、気付けばミーアの方から連絡を入れてくれるのはわかっているのだが、それでも一刻でも早く声が聞きたかった。

それから柄にも無くシンは日記を書き始めた。
ミーアに話したい事は沢山あって。なのに全然話す事が出来ないから、話したい欲求をぶつけるように。
だからどちらかというとミーアに話し掛けるような書き方のそれは、毎日という訳ではなかったが、案外長く続いていた。
新しく与えられたインパルスの事。
これは他の誰にも与えられておらず、ザフトで唯一の換装式のMSであるということ。
最新式でもあるこれはシンにとってはちょっとした自慢だ。
ミーアならすぐに「凄ーい」と、声を上げていた事だろう。
ミーアは感激屋で、何でもかんでもすぐに感心してしまうから。
シンだって思い切り自慢して鼻高々にミーアからの賛辞を受けたかったのだが、今のところそれは無理で。
「今日はミーアの好きなラクス・クラインの護衛だってするんだからな」
と、思わず声に出して自慢する。
ザフトの端末にも移したミーアの画像を開くと、慌てたシンの背後からミーアが後ろから抱き付いていた。
この頃はまだただの同居人という状態で、自分の方がこういう事は苦手だったのだが、両想いになってからは実はこの関係は逆になっていたりする。
だからミーアに抱き付かれて驚く自分も、そんな事は気にせず無邪気に笑うミーアという図は今は見られなくて、だからこそ懐かしくてくすぐったい。
『シン、時間だ。行くぞ』
「わかった」
廊下からのレイの呼び出しにシンは声を上げてからやはり照れ臭そうに「行って来る」と、画像に声を掛けてから端末を閉じた。

そして初めて生で見るラクス・クラインは「ピンクの妖精」の二つ名に相応しく綺麗なピンク色の髪をしていた。
映像で見ていた時は薄い紫も入っているような蒼い瞳だったが、実物はもう少しオーブの深海を上空から見下ろした時のような深い蒼の瞳で、ミーアと同じ物だった。
綺麗な色だからラクスの親もその瞳の色だったのだろうかとちょっと親近感が持てて嬉しくなる。
そして体のラインがハッキリと分かる衣装は少しイメージチェンジしたのだろうかと思うが、たまたまかもしれないと特に気にしなかった。
「ラクス嬢。私はこれから別の場所の視察があるので此処からは別行動となります。しかし、優秀なザフトレッドの二人がご案内しますのでご安心を」
「・・・わかりましたわ」
隣に立っていたギルバート・デュランダル議長がラクスを見下ろして微笑むと、それに緊張した面持ちでラクスはギルバートを見上げる。
案内が居るとはいえ、男二人であれば緊張して当然かもしれない。
シンがちらりとレイを見ると、レイはそれに気付く前に一歩前に踏み出し敬礼した。
「ラクス様、ご案内致します」
「え・・・あ、はい」
気遣いの出来るレイの事だからてっきり女性隊員も呼ぶように言うのかと思ったのだが。
しかし、シンはそこで自分が気を遣う理由も無いのでそのままレイと同じように敬礼する。

そしてレイがラクスの前を、そしてシンがその後ろを歩いている時、シンは眉を顰めた。

懐かしい匂いがする。

ラクスは香水をつけているようだが、その奥に潜む匂いにシンが気づいた。
シンが知っているこの匂いの持ち主はたった一人で。

シンがこの世で一番愛しいと思う女の子の物だった。

<終>

シンがその匂いに気付いた時、気が遠くなるかと思った。
その匂いはミーアしか持っていない物で、他の誰にももっていない物だった。
ミーアが勤めていた歓楽街の女達に一応確認した事があるし、アカデミーに入ってからも仲の良い女の子には確認した事だってあるのだ。
そこで出た結論は、そういうミーアの特別な匂いはシン一人にしか分からず、そしてまたシンも他の女の子の匂いは分からないという事だった。

なのに、何故目の前のラクス・クラインからミーアと同じ匂いがするのか。
もしかしてラクスもミーアと同じようにシンには分かるというのだろうか。
いや、それでも同じ匂いというのはおかしい。

今直ぐ目の前を歩く体を引き止めてもう一度確認したい所だったが、相手はプラントの大事な歌姫で、迂闊にそんな事が出来る相手でもない。
第一シンとは初対面だ。初対面からそのような失礼な事をしたのでは自分の信用問題にも関わる。
折角日記に「ラクスの護衛だってするのだ」と書き込んだところなのに、今回限りではミーアに対しても格好がつかない。

気のせいかもしれないし、はっきりとするまで無茶な行動は控えようとシンは心に決めた。

それにしてもラクス・クラインとは歌っている画像しかミーアには見せられた事は無いのだが、ミーアと同じようにテンションが高い女の子のようだ。
何を見せても「凄い凄い」と声を上げる姿は無邪気で、「もしミーアを案内していたらこのような反応を見せるだろう」というシンの予測通りに動いてくれる。
そしてやはり香水の奥に潜む懐かしい匂いとミーアと同じ声がシンの感覚を麻痺させる。
もう随分とミーアの声を聞いておらず、その体に触れていない事がシンにとって欲求不満になっていたのだという事実を痛烈に叩き付けて来る。
目を閉じてしまえばミーアと全く同じそれに、シンは体の奥底から揺さぶられる欲望を自覚してしまう。
それでも目を開けるとその歌姫はミーアでは無いのだと思い知らされて・・・・ただ、辛い。
説明はレイに任せてシンはただ後ろを付いて歩いているだけなのだが、もうさっさと終わってしまえばいいのにと願った。

最後にMSの格納庫に向かったその時、シンはこれで漸く終わるのかと思っていた。
時間を確認してもそろそろラクスはデュランダル議長と合流の時間に近付いている。
これで終わるのだと思った時、ふとラクスが振り返り、シンに声を掛けているのに気付いた。
すっかり上の空だったシンに眉を寄せたラクスは、腰に手を当てて上体を僅かに前に傾ける。

「もぅ、シンったら聞いてるの?」

よくミーアが言う言動に、はっとシンは目を見開いた。
そのシンの反応を見てラクスもまたざっと顔を蒼褪めさせ、体を起こすと手を口の前に持って行った。
またその行動をみて不思議に思ったシンは「ラクス・クラインがどうして俺の名前を知ってるんだ?」という事に気付いた。
「何で・・・?」
「あの・・・あ、だって、さっき、この人が・・・」
ラクスはレイの方を指し、レイがシンを呼んだと言った。
しかし、シンが覚えている限りでそのように呼ばれた記憶が無い。
真っ青になったラクスの肩が小刻みに震えている。
睨み付けるようにラクスを見ると、シンの視線の強さに耐えられなくなったラクスが後退りした後、「もう、帰りますわ」と、身を翻した。
最初は早足だったのが次第に駆け足になって。
「ちょっと!待てよ!」
シンはその後ろを追い駆けた。
軍用のジープなどが縦横無尽に走っている中を突っ込もうとしている姿に驚いて。

そして、どうしても確かめなければと思った。

<終>

ラクス・クラインの姿を得たミーアは、ザフトの軍施設に行くのは余り好きでは無かった。
ラクスの仕事は主に表舞台に出て平和への訴えをするものだと思っていたのに、案外ザフトとも接点がある事を知った。
元々ラクスはザフトの前身である黄道同盟の設立者シーゲル・クラインの娘であり、父の良きプロパガンダ的な所があったのでザフトに関わる仕事が多かったようだ。
が、それは説明上、便宜上の物だけで、どちらかというと政治的な部分での関わりだと思っていたのだが実は裏ではラクスもザフト施設を回ったりしていたという事実に驚いた。

しかし軍施設何処に行っても歓迎されるのは嬉しかった。
自分の・・・ラクスになったミーアの姿を見てザフトの兵士が老いも若いも関係なしに頬を染めて恥ずかしそうにされるのが楽しかった。
ミーアである時には考えられなかった男達の熱を帯びた視線と女達の羨望の瞳。
そのどれもがミーアには真新しい玩具のような感覚だった。

ただ、心の何処かでシンに出会ってしまうのではないかという心だけがミーアのザフトに行こうとする気持ちを戸惑わせた。
しかし契約にあるのだから仕方ないと実際にザフトの基地を訪れてみると「赤」の数は本当にごく少数である事をミーアは知った。
シンがアカデミーでどれだけ頑張っていたのかをそれだけでも知れて嬉しくて、シンがその場に居れば沢山キスをしてあげたい所だった。
両想いになってからというもの、シンはどんどん格好よくなっていった。
それまでは年下の、いつ壊れてしまうのか分からないような危うさを持つ放っておけない同居人だったのに、アカデミーに入ってからは自分の身長に追いついて、追い抜いてしまって。
体もアカデミーで相当鍛えられたのか、初めて触れた時は余り筋肉のついていない薄い胸が綺麗だと思ったものだが、たまに帰って来る毎に胸板が厚くなり、二の腕の筋が太くなり、
腕から手にかけての筋も大きく浮き立って見えると自分の知らない所でシンが大人の男になろうとしているのだと思うと切なくて、そしてどきどきした。

その腕に抱かれる自分が何も変化していないように感じられて切なくて。
しかし変わらぬ笑顔で、「好きだ」と告白してくれる声に胸が高鳴って。

自分を置いてどんどん格好良くなっていくシンが、ミーアには怖くて仕方がなかった。

自分もラクス様みたいに綺麗だったらシンの彼女として胸を張って生きられるのかな。

その願いを叶えた時、ミーアはただ純粋に喜んだ。
楽しくて嬉しくて仕方なかった。
すっかり変わってしまった自分の姿を見て、シンが喜んでくれると信じてもいた。
しかし手術後に顔の包帯を取った時、医者に「すっかり別人ですよ。どこからどう見てもラクス・クラインです」と、にこやかに言われた瞬間、シンにも自分だと気付かれなかったらどうしようとその時になって恐怖した。
「そんなまさか」と聞けば誰もが思ったかもしれないが、ミーアは自分がミーアであるとシンに伝えたら直ぐに信じて貰えるのだと思っていたのだ。思い込んでいた。
ただシンが喜んでくれる姿しか考えられなかったのだ。

変えたのは、顔と髪だけなのだから。
瞳の色も、声も体も変えていないのだから。

シンに会えない間に日記を書こうと思っていたのだが、その恐怖だけはどうしてもそこに記す事は出来なかった。
向き合えなかった。

ザフトには各コロニーに駐屯地があり、宇宙にも拠点がある。
ミーアが訪れる場所にシンが居る可能性なんてとても低いに違いないと思い始めたその時、まさか自分の護衛として目の前に現れた。
縋るようにギルバートに視線を向けたが、ギルバートはミーアの交友関係までは把握していないのかもしれない。
ただ穏やかに微笑まれると、ミーアも自然と「大丈夫」と思えた。
自分が完璧に「ラクス」を演じていればこの場は凌げると思った。
そしてもし二人きりになれる時間が取れたならその時に事情を伝えれば、シンならすぐに信じてくれると言い聞かせた。

しかし・・・・・。

「もぅ、シンったら聞いてるの?」

シンやレイのような綺麗な男の子に案内されて行くのはどきどきしたが楽しかった。
物語のヒロインにでもなれた気がして夢心地でもあった。
だからつい、浮かれて言ってしまったのだ。

その言葉はこの場では決して言ってはならない一言で。

シンのきょとんとした表情に、自分の気が緩んでいた事に気付いた。

たちまち全身の血が凍ったような感覚になり、自分の言葉が簡単に誤魔化される物ではない事にも気付いた。
レイとシンとミーア自身しかいないというこの状況下で話を誤魔化してくれる人はいない。
まるで警戒心を剥き出しにするシンに、「違うの・・・」と、心の中で何度も言い訳をした。

あたしはミーアで、ラクス様じゃないの!

しかし、シンと二人きりであればともかく、レイも居るこの場でそれは決して言えない。
震える体を必死に押さえつけ、ミーアは助けてくれる人を求めて身を翻し、走り出した。

何処に行けば「その人」に会えるのかなんて分からなかったが、とにかくすぐにギルバートと合流して相談しなければとそれだけで頭の中は一杯だった。

だから今自分が何処に居るのか、何処に向かっているのか、目の前の景色が何であるのかさえもミーアには判断出来なくなっていた。

「ちょっと!待てよ!」

聞こえたシンの声が嬉しい筈なのに。
どうしてこの声から逃げなくてはならないのだろう。

どうしても、シンにだけは嫌われたくなかった。

<終>

ラクスはMSの格納庫から飛び出し、明るい光差す表に出た。
そこは軍用ジープやバイクが走っていて、MS格納庫という事で多くのザクが出入りしている。
ラクスも飛び出した瞬間ジープが急ブレーキを踏み、思わずその場に固まっていた姿を見てシンもぞっとした。

馬鹿か!?

なのに追い駆けて来るシンを一度振り返ると「ごめんなさい!」と、謝罪し更に走り出す。
合流場所とは全然違う「関係者立ち入り禁止」と書かれた看板にも目もくれず、「KEEP OUT」のテープが張られた所も潜って行く。
そんな場所に入り込めばシンが益々追い駆けるに違いないのに、ラクスはそれでも構わずに突き進んでいく。
高いヒールで走るのが苦手なのか、時々小石に躓いて足を取られる。
そこでバランスを崩すのだが、何とかこけるまでは至らず走り続ける。
ヒールを履いた女の子に追い付くのに軍で鍛えたシンがそんなに時間が掛かる筈もない。
阻むジープに戸惑いはしたが、シンもラクスを追ってテープを飛び越し追い駆ける。
先程躓いた時に足を捻ったのか、左足を庇うように走っているのが少し痛々しい。

「待てよ!」

制止の声を上げると、シンが着実に追い付いている事に驚いたのかラクスは肩を跳ね上げ振り返ったと同時に再び足を捻ってしまう。

「きゃぁ!」

足を縺れさせ前倒しに倒れるのをシンは飛び出して手を伸ばし、その体を抱き寄せて体を反転させるとシンの肩から滑るように倒れた。
それなりに勢いがあった為、肩が熱い。

砂埃を大きく立てながら制止すると、叫んだ。

「馬鹿ミーア!」

きつく抱き締めればすぐに分かる。
鼻腔を擽る花のような、いやそれよりもお菓子のような甘ったるい、ただ一つシンが特別に分かる匂い。
そして彼女の体。
何回も、何十回も何百回もこの腕に抱いた体をシンが間違う筈が無かった。
離れていてもずっと求めていたのはこの体だけで、全てを無くしたシンが手に入れたたった一つの生への執着だ。
その体の温かさにシンは彼女の体を引き上げてもう一度きつく抱き締め直した。
数ヶ月振りの温もりに、やっと見つけた安堵感にシンは腹の底からこみ上げて来る熱に押されるように涙を流した。

これがラクスだと言われても今のシンには到底信じられる物ではなかった。
傍から見れば、もしくは客観的に考えたのであればラクスだと名乗り、確かに外見もラクスの容姿をしていればミーアと断言するシンの感覚の方が異常だと判断されそうなものだが、それを忠告する者も居なければ、シン自身彼女がミーアではないと疑う余地が無かった。

「何・・・こんな所で遊んでるんだよ。何してるんだよ・・・・・馬鹿、ミーア」
「あ・・・」

シンの腕の中の体が体を起こした。
シンの胸に手を着いて起こした体を逃すまいとシンは抱き締める手の位置を背から腰に移動させたがその強さは変わらなかった。
少女の瞳は沢山の涙の跡で濡れていた。
嗚咽で唇が震え、眉は痛そうな程寄せられている。
その中で彼女は口を開いた。

「ご無事でしたか?ラクス様」

しかし、発せられた声は彼女の物ではなく、追い付いたレイの物で。
その声に肩を大きく揺らした彼女はレイを振り返った。

「え、えぇ。ご心配をお掛け致しましたわ」

レイの視線がシンに移ると、その無言の圧力にシンは涙を拭うと体を起こし、抱き締めた手を一度は放して一人立ち上がると軍服に付いた砂埃を払い落とす。
それから彼女の体の砂も簡単に叩き、手を自分の首に回させるとそのまま抱き上げた。

「足、痛いんだろ」
「はい・・」

レイの声を聞いた瞬間、シンは現実に強制的に呼び戻された感覚がした。
そして突然腕の中の少女がミーアではない、ラクスでもない酷く中途半端なものに見えた。

シンの感覚では考えられないような、醜く、汚らわしい、モノに。

なのに、どうして涙は、流れ続けるのだろう。
どうして、腕の中で静かに涙を流す少女を決して放したくないと思うのだろう。

<終>

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