Top > 鬼ジュール_オムニバス-16
HTML convert time to 0.009 sec.


鬼ジュール_オムニバス-16

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:19:13

ラクスを抱き、最後のMS格納庫については説明が終わっていないがどうするかとレイが確認すると、彼女は俯いたまま「戻って下さい。説明は最後まで伺いますわ」と、小さな声で答えた。

「じゃあレイ、一度医務室に行って来る。レイは遅くなる事連絡しててくれないか?」
「・・・・・分かった」

応じたレイが意味深にシンを見つめた。
その視線に「大丈夫、足を挫いたみたいだから手当てしたらすぐ戻る」と、シンも力弱く静かに答えると、レイはそれ以上何も言わずに踵を返して連絡を入れる為に内線のある場所に向かった。
シンは何となくその後姿を確認してから歩き出した。
腕の中の少女はずっとシンの腕の中で震えていて、決して上を見ようとはしなかった。
しかし、シンにはそれは関係ないと思えた。
馬鹿な女が居て、馬鹿な事をしたのだ。
ただ腹立たしさが先に立ち、イライラとブーツの踵を床に打ち付けて歩く。
しかし更に気に食わないのは、色んな男達が廊下で擦れ違うラクスに敬礼をして道を譲る事か。
ある者は気遣わしげに、ある者は頬を染めてまるで頭から湯気を出すような程浮かれた様子で。
皆が興味津々に彼女の顔を覗き込み、うっとりした表情でラクスの姿に雰囲気が柔らかくなる。
それにラクスも気付いたのか、泣いた頬を綺麗に拭って擦れ違う兵士に軽く手を上げて微笑み掛けているのだろう。
その姿にシンは更に腹を立て、胸の奥からこみ上げて来る切なさに苛立つ。

昔何度心配になっただろう。
ミーアは可愛い。
体だけでは納まりきれない明るさを全身から発散させる。
その人懐っこい微笑みから相手の顔から笑顔を引き出す事などミーアには簡単な事なのだ。
そうしてクインティリスのあの歓楽街ではミーアの外見をイマイチと評価しながらも、「店に寄って行かないか」と、声を掛けずにはいられなくなる。
そして恐ろしい事に、ミーアは次に会った時にはそんな客寄せの男とも普通に声を掛けたりしているのだ。
ミーアにはそれが普通の事で、もてているという感覚にはなっていないのだろうが、シンには分かっている。皆、ミーアに好感を抱いているのだ。
だから心配で歓楽街まで迎えに行っていたんだと、思い出して・・・・「ミーアの馬鹿」を心の中で連呼する。

無自覚鈍感娘。

シンは「くっ」と唇を噛み締めると、歩く速度を上げた。
これ以上他の男達の目に触れさせたくなかった。

シンは誰も居ない医務室を見つけると、そこのロックを外して入った。
大抵の医務室には医師が常駐している。
しかし、それとは別に危険な薬品などは無く、応急セット程度の設備で無人の医務室もある。
戦時中ならともかく、戦争のない今そこまで怪我人は多くなく、医師の数もそこまで必要ないのだ。

中に入ると一度少女を簡易ベッドに横たわらせると中から扉をロックする。
なるべく厳重に。
それから包帯の置いてある棚を空けて包帯を取り出すと、体を起こした彼女の居るベッドの上に腰掛ける。
思わず体を引いた少女にシンは嫌そうに眉を顰めると、捻った左足に手を伸ばして引き寄せた。

「痛むのか?」

足を掴んだ瞬間顔を顰めるから。
靴を両方脱がすと、靴擦れも起こしていて皮が剥け、血を滲ませていた。

そこまで、お前は俺から逃げたかったのか?

無言で突きつけられるその意思表示にシンは言いようのない苦しさに俯いた。
怒りやもどかしさや切なさ、苦しさがシンの体を駆け巡る。

自分が嫌いになるのは簡単で、いくらでも身勝手になれるというのに、相手から嫌われているのだと知るのはどうしてこんなに胸が痛くて相手を責めてしまうのか。

「実は、俺の事嫌いだった・・・・・?」

新たに涙が滲んだ。

<終>

シンの思い詰めた声に、少女は肩を大きく震わせた。
そしてシンの涙が頬を伝ったのを見た瞬間、小さく首を左右に振った。
次第に少女の目にも涙が溢れ、はらはらと流れていく。
シンはそれを見て、少なからずショックを受けた。

認めた。

シンには彼女がミーアであるという確証があった。
断言だって出来た。
しかし、それを最後の最後まで心のどこかで否定して欲しいと願っていたのだ。
彼女をミーアと呼ぶのは全てが自分の思い込みのような物で、此処でラクスが笑って「何の事でしょう?」とでも言ってくれたらどれだけその言葉に縋りたかった事か。

しかし、彼女は認めた。
シンの事が嫌いではないと、自分がミーアだと認めた上で否定したのだ。
その瞬間シンはミーアの足を引き寄せ、自分もまたベッドの上に上がる。
突然シンに足を引かれた事で後ろ手で自分の体を支えていた彼女はその力を無くしてベッドの上に仰向けになる。
その上にシンが覆い被さると、逃れられないように両手を捕らえて口付けた。

舌で彼女の口紅を落としてしまうように舐め、逃げるように顔を左右に振るのを止めたくて片手で彼女の手を捕らえ直すと顎に手を添えて口付けしやすいように固定する。
それから歯を食いしばっているのか、口を開けない事に腹を立てると鼻を摘む。
すると程なくして空気を求めて口が開かれた所を強引に舌を差し入れる。

こんな口付け、ミーアには一度としてした事がなかった。

いつも触れるだけで幸せを感じていた口付けは、今は逃げるように奥に引っ込んだ舌を捜すように大きく口を開かせ、責めるように縦横無尽に歯列の裏を、頬の内側をと舐めて行く。

「んっ・・・ふ・・・・ぁっ。ぁっ・・・」

空気を求めて浅く、早く上下する胸が息苦しさを訴えるが、そんな事で口付けを止められる訳がなかった。
自分の体の下でもがき苦しむ女の姿は、ミーアとはとても似ていなくて、大切に扱う理由などシンにはなかったのだから。
ミーアではない女に優しくするつもりはない。

口付けても、口付けても満たされない。

ただ苦しくて涙を流しながらの口付けは、シン自身にも楽しい物でも嬉しい物でも、幸せな物でもなかった。
その虚しさに飽きると、シンは唇を離す。
二人のキスを名残惜しむのは、間に張った二人の唾液の糸だけか。
シンは上体を起こすとそのまま彼女の足を掴んで肩の方へと押し上げた。

「あ、あの!」

ミーアと同じ声が響くが、そんな声は無視する。
左足の太腿の内側、そこに本当に小さな黒子が二つ並んでいる。
「なんか可愛い」と、昔背中に見つけた黒子をきっかけに、全身の黒子の場所と数を覚えていた自分が恨めしい。
しかし、やはりこの黒子の位置もミーアと同じ物で、きっと背中を見れば丁度臍の裏の所にも黒子がある事だろう。

どうしてミーアと同じ場所に黒子があるのか。

シン自身彼女はミーアであると確信しながらも、認めたくない気持ちからこの太腿の黒子の上に歯を立てて消してしまいたくなる。
ミーアの太腿を抱えていた手を放して俯くと、シーツの上にぱたり、ぱたりと雫が落ちる。
彼女はスカートを調えながら起き上がると恐る恐る手を伸ばしてシンの頭を抱き寄せる。
堪らず縋り付いたシンの腕の強さに、体の骨が悲鳴を上げそうだったが、それは歯を食い縛って堪えて抱き寄せたこめかみに口付ける。

「あたし、シンに相応しい女の子になれたよ・・・。隣に立って恥ずかしくない女の子になったの」

なのにどうして喜んでくれないの?

彼女がその姿を得た理由に自分が関係している事に気付いたシンは、何も分かっていないこの愚かな女の子に何を言えばいいのか分からなくなった。

怒りが、込み上げて来た。
自分の彼女に対する想いは、彼女には今まで伝わっていなかったのだ。

「俺にとってはミーアが一番可愛い。誰の目にも触れさせたくない」と、何度も想いを篭めて、愛を篭めて伝えていたのに。

「ありがとう」

と、頬を染めて嬉しそうに微笑んでいたミーアは、その微笑みの裏でそんな自分の言葉を、想いを信じていなかったのだ。

裏切られたと、思わずにはいられなかった。

<終>

シンは顔を上げ、目の前の少女から僅かに離れると肩をぽんっと押した。
そして何の感情もない表情で手当てを始めると、「痛いと思ったら言って」「じゃあ此処で固定する」「両足とも足首柔らかいみたいだから捻挫まではいってないけど、今夜は痛くなる。足首鍛えないとまたすぐにこける」と、必要最低限だけを口にする。

「シン・・・?」

一度だけ、彼女が声を掛けて来たが・・・・・・それは綺麗に無視された。
手当てがもう少しで終わる頃、二人の戻りが遅い事を心配したレイが通信を入れて来た。

『シン。まだ手当ては終わりそうにないか?ラクス様にはもう次の予定がある。今日の続きはまた後日行われる事になった。早急にラクス様を連れて戻るように』
「レイ、悪いけど俺急用を思い出したんだ。今手当て終わったから彼女迎えに来てくれないか?」
『・・・・分かった』
「頼む」

最後に包帯を固定すると、その上にネットを被せて救急箱の中にあった湿布を一袋渡した。
「これ、換えの湿布」
「シン・・・!」

縋るように呼び掛けられる声に、シンは心底嫌悪感を覚える。
改めてラクスを見下ろして、その頬に流れる涙を見ても胸が痛む事が無い。
何の感情も湧かない。

「悪いけど、俺アンタとは初対面なんだけど、気安く呼ばないでくれないか?・・・・さっきは悪かったな。人違いしたんだ。俺の知り合いと声が似てたから」
「シン!あたし・・・あたしミーアだよ!シンの為に綺麗になったの!あたしラクス様にそっくりでしょう?綺麗でしょう?」
「俺のミーアはクインティリスに居る。癖のある黒髪で馬鹿みたいにお人好しで、綺麗な声で歌うラクス・クラインにも負けない歌姫なんだ。皆がミーアを好きで、俺もお人好しで馬鹿で間が抜けてて何にでも一生懸命になれるミーアが大好きで。
今ちょっと仕事で家に帰って来てないけど、あの家で待ってたら絶対帰って来る。だから、あんたじゃない。あんたはミーアじゃない」

その偽りの姿を捨て、また元のミーアに戻ったら家に帰って来い。
そうしたら許してやらない事もない。

そんなつもりで言い終えると、医務室のロックを解除した。

「もう、会う事なんてないだろうけど」
「シン!」

ぷしゅん・・・と、ドアが開き、シンはもう振り返る事無く退室した。
廊下の先でレイの姿が見えて少し気まずくてシンは反対側に逃げるように走っていく。
今は誰にも会いたくなかった。

レイが医務室に入ると、ベッドの上にラクスは座り込んで泣いていた。
その傍らに立ち、「ラクス様、もう次の予定の時間が迫っているとの事です。行きましょう」と、声を掛けると弱々しく首を左右に振った。

「出来ない・・・。あたし、出来ない・・・・。なんで?・・・・あたし・・・」

混乱し、一杯一杯になった頭では何も考えられなくて指一本動かす事が出来ない。
力を無くした彼女の姿と、先程のシンの言葉を聞けば大体どんな会話をし、結論に至ったのか大体の想像は出来たが、彼女のこの姿は予定外だった。
シンが彼女を見捨てる筈がないと心の中のどこかで願っていたのだが、それ以上にこの姿はシンに不快感を与えたようだ。
これなら二人きりにしない方が良かったと、レイは上体を屈めて彼女の耳元に唇を寄せた。

「・・・・ミーアさん」
「・・そんなの、・・・・知らない」

自分の正体をばらされてぴくりとも動かない姿に危機感を覚える。
彼女には自分の存在に興味を無くして貰っては困るのだ。
それはラクスにならない。
ミーアは自分の存在を強く外に主張したいというエネルギーを強く持つ少女だ。
だからこそ自分の姿にコンプレックスを持ち、変わりたいと願った。
声が似ているというだけではない。ラクス以上に周囲を巻き込めるだけの力を持った少女だと判断したからこそ彼女は選ばれた。
今彼女を失う訳にはいかないのだと、レイはベッドに腰掛けて俯き、震える少女の体を抱き締めた。

詭弁だと理解しながら。
それでも、ギルバートの為に。

「貴女が無事で良かった。貴女と連絡が取れなくなったとシンに聞かされた時には・・・」

此処で最後まで言わずにわざと余韻を残して抱き締める力を僅かに強める。
そんな事を頭で計算しながら行動する自分の姿にレイは奇妙な感覚を覚えながら、しかし自分の思いつく限りでミーアを陥落しに掛かる。

「あたし・・・もう、あたしじゃないの」
「いいえ。貴女はラクス・クラインで、ミーア・キャンベルです。貴女には貴女にしか出来ない役割がある。そして、どんな姿であろうとこの世でたった一人の貴女である事に変わりない」

ミーアはその言葉に縋るようにレイに向き直り、恐々とレイの背中に手を回した。

レイはその感触に安堵感を覚える。
養父の物とも違う細く繊細な腕が抱きしめる感触は酷く頼りないと思うのに、それとは別にこの儚さが強く女性を意識させられる。
細いのに不思議と柔らかな肢体に肌から伝う甘い匂いが肉食獣のような餓えを呼び起こす。

「シンが・・・羨ましかった」

吐息の多く混じる声で囁いて、体を僅かに離した隙間を惜しむように顎を引いて距離をおかずに見つめ合う。
どういう意味かはさて置き、レイにとってこの言葉に偽りはない。
僅かに視線を落として、直接見詰め合っている訳ではないのだが、互いを意識しながらレイは顎を上げる。
唇を、寄せるように。

暫く彼女がそれに逃げる様子を見せないので、それを了承と取って口付ける。

2度3度と繰り返し、レイは彼女の背をしっかりと支えてベッドに優しく押し倒した。

それからというもの、レイは2日に一度、3日に一度とラクスに呼ばれて訓練が終わった夕方6時頃から許可を得て宿舎を抜け出し、日が変わった頃か、翌朝戻って来る。
シンはレイの出掛けて行く姿も、戻ってくる姿も遠くから何も言わずに見ていた。
レイがラクスと会って何をしているのか、想像した日には気が狂いそうになった。
もしかして彼女の素肌に唇を寄せ、触れているのではないかという最悪な事まで考えた時にはその嫌な絵を打ち消すように壁を殴り続けた。

しかし、彼女を見捨てたのは自分だ。
自分がそう決めたのだ。

そう何度も繰り返して思い、何度も決意するが、心の何処かで彼女が元の姿に戻ってくれる事を望んでいた。待っていた。
だからこそこのどうしようもない怒りを持て余し、シンはただ我武者羅に訓練に取り組んだ。
それでも今日もどこかでラクスは歌っている。

「最近のシンちょっと怒ってない?」
「別に」

心配するルナマリアの声も簡単に突き放し、シンは以前にも増して目つきがきつくなっていった。

気を緩めてしまえば溢れてしまう涙をただ、堪える為に。

<終>

訓練終了後、今日も早々にレイは着替える。
その後姿をいつものように追っていると、レイがシンを振り返ったのでシンは反射的に顔を逸らす。

「シン」
「・・・何?」
「今日代わらないか?」

真っ直ぐ見つめるレイの瞳にシンは言葉に詰まる。
しかし、直ぐにレイはミーアの事は知らないのだと、彼女をラクスと思ってレイは接している筈なのだと思い出してシンは少し肩の力を抜く。
レイは「ラクス」の要請を受けて「任務」に着いているだけなのだ。
それに対してシンがレイに当たるのは間違えている。

「いや、俺も用があるから」
「・・・そうか」

レイは納得したのかそのまま着替えを続ける。
シンもその隣でいつものように着替えようとして・・・・何故今日になってレイが自分に仕事を代わって欲しいと言ったのか気になって動きが止まる。

「レイこそ何か用事が・・」

そう言ってシンがレイに声を掛けた時、着替え途中のレイの鎖骨の上にある赤い痣に目が止まる。
前回のラクスの呼び出しが二日前だったと思い出して、かっと頭に血が上る。

「レイ!お前!」

胸倉を掴みロッカーにその体を押し付けるとシンは力の限りでレイの体を持ち上げようとする。
レイはそんなシンの行為をじっと見ていた。

「どうした?シン」
「・・・・・っ!」
「何でもないなら手を放してくれないか?」

淡々とした声に腹立たしさを感じるが、レイにとってはシンの行動は理解出来ないものだろうと思うとシンは諦めて手を放す。
しかし込み上げる怒りは簡単に収まる物ではない。

「・・・・悪い」
「いや・・・。用事というのは」
「・・・明日から3日間クインティリスの家に帰ろうかと思って・・・」
「誰も居ないのに?」

インナーを脱ぐ手が止まった。
頭を袖口の中に入れて後は両手を抜けば脱げる筈なのだが、涙が流れそうに顔をくしゃくしゃに顰めてしまっては脱ぐ事が出来ない。
泣いている顔をレイにも、誰にも見られたくはないから。
しかし、ここではっと気付く。

どうしてレイはクインティリスに誰も居ない事を知っているのか。
誰にも言っていない筈である。
誰かに相談したいと思った事は何度もあった。
しかし、ミーアは帰って来るのだと信じていたからこそ誰にも言わなかった。
言って誰かに「もう帰ってこないんじゃないのか」と、言われるのが怖くて誰にも言えないと思っていたのだ。
それが、友達であるレイだったとしても。

「・・・どうしてレイがクインティリスに誰も居ない事知ってるんだ?」
「・・・」

一気にインナーを脱ぐ。
もう涙の気配もない。
レイは一度シンを見たが、その後は黙々と着替えていた。

「レイ!」
「もう彼女に未練が無いのならクインティリスの家を出ろ。アプリリウスに部屋を改めて借りた方が便利だ。誰も居ないクインティリスに何がある」
「そんな事言われたくない!」
「彼女はもう昔の彼女じゃない」
「ミーアは・・・・!」

そこで着替え終わったレイがロッカーを閉めると同時にシンに向き直った。

「俺は彼女の外見がどうであろうと気にしない」
「俺は・・・」

俺だって!

そう言おうとして、今一番ミーアの外見に拘っている自分の姿を自覚した。
しかし、勿論簡単に自分の姿を捨てたミーアが一番悪いという気持ちに変わりは無い。
ミーアは自分が変わったのだと言っていたが、そうではないのだ。
外見をただ変えただけじゃない。
他人に成りすまそうとしているのだ。
それはミーアが変わったのではなくて、ミーアがミーアを殺して他人の歴史を奪ったのだ。
同時に、シンも捨てたのだと感じたからこそどうしても許せなかった。

だから、自分が一番正しい筈なのに・・・・・・!

「彼女の心根は変わらない。彼女がまた自分の姿を捨て、別の誰かになったとしても、彼女は俺を抱き締めてくれる。俺が求める限り」
「レイ・・・・。お前・・・・」
「シン。中途半端な気持ちなら過去の彼女ごと捨てた方がいい。過去にしがみ付いても無益だ」

全てが確信に変わった。
レイはその腕に抱いたのだ、彼女を。
あの蕩けそうな甘い匂いに脳髄まで焼け焦がし、本能のままにミーアを手に入れたのだと知った瞬間。

何かを考えるよりも先にレイを殴り飛ばしていた。

レイは防御も取らずに左頬に拳を受けると顔を顰めるでもなくシンを見た。
乱れた髪の隙間からシンをじっと見つめるレイの視線は鋭かった。
しかしシンはその瞳に怯む事無く睨み返す。

「代わってやる。仕事」
「・・・・・セントラルホテルだ。63階」

レイは制服を寛げ、内側の隠しからカードキーを取り出してシンに渡した。
シンはカードキーを受け取ると制服を肩に引っ掛けただけの姿でロッカーにすべて押し込むと部屋を飛び出した。
レイはそれを目で追いかけ、扉が閉まった頃に殴られた左頬を押さえ、ロッカーに凭れ掛かるとそのままずるずると床に座り込んだ。

彼女を抱いた手を見つめ、瞳を閉じる。
抱き締められた感触を思い出す。
彼女と過ごした時間を振り返る。

「・・・・・・ミーア・・・・」

頬を伝った涙に計算も偽りも無かった。

きっと望んではいけないのだろうが、シンが再び傷付き戻って来る事を心のどこかで願っていた。

<終>

【前】【戻る】【次】