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月に花 地には魔法_第01話

Last-modified: 2007-11-15 (木) 22:03:56
 
 

 11月中旬

 
 

 次元空間航行艦船アースラのブリッジは混乱の様相を呈していた。
 本来の艦長であるリンディ・ハラオウンが「PT事件」に関する裁判の準備のため、
重要参考人と一時的に艦を降りている時に突如大規模な次元震の予兆を感知。
 すぐさま時空震発生予想点へ向かったアースラを待っていたのは
大規模な次元震ではなく、膨大な光の渦だったからだ。

 

「次元震反応、認められません。ですが依然として高エネルギー反応を目標から感知」
 執務官補佐兼管制官であり、個人的な友人でもあるエイミィ・リミエッタからの報告を聞き、
執務官クロノ・ハラオウンは困惑していた。
「高エネルギー反応?魔力じゃないのか、エイミィ」
「うん。詳しいことは解らないけど、周りの光とその中心部でエネルギーの質が違うんだよ」
 役職やファミリーネームではなく、名前で呼ばれたことで少しばかり緊張から解き放たれたエイミィは
曖昧な答えになることを知りつつも、答える。
「周りの光は魔力に近い生命的なエネルギーだけど、
 中心部からのエネルギーは何かの動力機関で生み出してる感じ」
「機械か何かを、誰かが時空転移させているのか…。でもこのエネルギー量は普通じゃない。
 エイミィ、どこの次元世界から転移しているかを調べられるか?」
「任せてクロノ君。今すぐにって、ちょっと待って!中心部のエネルギーが急速に増大してる!」
「何だって!」
「このエネルギー量、何かの冗談でしょ…。中心部から何かが飛び出してきます!」
 先ほどまでの空気は雲散霧消し、再び緊張がブリッジに充満する。
「危険です、艦長代理!」
 光の中から何が飛び出すかは皆目検討もつかないが、
艦を預かる身としては無闇に危険に艦を曝す必要は無い。
「解ってる!アースラは現空域を緊急離脱する。転移用意!」

 
 

 光の渦は輝きを増していたが、その輝きは渦の光が強まったのではなく
内部からの光に拠るもののようだった。
 内部からの光は、先ほどの報告を否定するかのように脈動し、
命の鼓動をアースラのクルーに感じさせた。
「ダメです、転移間に合いません!高エネルギー反応来ます!」
「くそっ!各員衝撃に備えろ!!」

 
 

 光の渦が一瞬消えたかと思われた瞬間、そこには極彩色の巨大な蝶の羽が在った。
 光り輝く蝶の羽は大破した白い巨人から生えており、その巨人の存在を主張するかの如く羽ばたいた。

 
 

「各ブロック状況報告急げ!」
「蝶の羽?怖いけど、何だか綺麗…」

 
 

 やがてその輝きは消え、蝶の羽も気づけばその残滓を周囲の空間に残すだけとなった。
「こ、高エネルギー反応消失しました。現在、前方の物体からは微弱なエネルギー反応を感じるのみです」
 エイミィは自分の仕事に集中しつつも、震えている己の声に動揺していた。
「さっきのは一体何だった。蝶の羽?何がどうなってる」
 アースラのブリッジは安堵感と共に困惑の空気に包まれていた。
 光り輝く巨大な蝶の羽。それに伴う膨大なエネルギー反応。一体アレは何なのか・・・
「艦の被害は!」
「いえ、艦の損傷はありません。あっ、艦長代理!前方の物体に生体反応があります!」
「人が乗っていると言うのかい、エイミィ」
 混乱の色が強く残る彼女を見て、クロノは若干の落ち着きを取り戻しつつあった。
「人間かどうかはわかりませんが…」
「もしかすると中からたくさんの蝶が飛び出すかもしれないぞ」
「か、艦長代理…。それより!あ、あれ何でしょうね?頭らしき部分にヒゲみたいなのがありますけど」
「ヒゲか…。ヒゲをつけた白い巨人とでも呼べばいいのかな?」
 いつまでも動揺している訳にはいかない。前方の物体が一体何なのかは回収して調べればわかることだ。
 そう結論付けて、彼はクルーに白い巨人の回収指示を出した。

 

「鬼や蛇が出るならともかく、蝶が出てきたらどうするかな」

 
 
 

 その少女は戦っていた。
 赤い甲冑を身に纏い、手に持った鉄槌を武器として、彼女の身の何十倍はあろうかという巨大な生物と。
 やがて、鉄槌の一撃が生物の急所を直撃し、その巨体を地に沈める。
「しぶとい奴だった…。これでやっとリンカーコアを収集できる」
 少女はそれなりに傷ついた自分の体を一瞥しつつ、彼女が抱えられる程度の大きさの本を取り出す。
 その本を開くと同時に生物の体内から一筋の光が溢れ、本の新たなページへと変わる。
「4ページ分か。思ったよりも上出来だった」
 戦いの結果に満足し、本を閉じようとしたその時、空から白い粒がゆっくり降り注ぎ始めた。
 その光景に思わず空を見上げる少女。
 そして多くの雪の粒に混じって、一片の意志が本に浸み込む。
「雪か…」

 
 
 

 人類の英知と智恵を永遠に繋ぐために、時代の揺り戻しを否定する力
 歴史を真実を断定し、人の永遠を豪語する傲慢な力
 そして己の意志を完遂せんとする果てしない力

 
 
 

「よし!早く帰ってはやてのおいしいご飯を食べなきゃ!」
 主が用意してくれているであろう暖かい食事を思い浮かべ、
思わず顔が綻んだ少女はふと本に目を落とした。
「あれ、行が少し増えてる?まぁ、今はご飯が先だ!」

 

 アースラが巨大な蝶の羽に出くわすという混乱に見舞われた数日前、11月の始めのことであった。