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月に花 地には魔法_第03話

Last-modified: 2007-11-15 (木) 22:15:54
 
 

11月下旬

 
 

 2週間振りに返ってきたアースラでリンディ・ハラオウンを待っていたのは、
息子の険しい顔と何枚にも渡る報告書だった。
「フェイト・テスタロッサの裁判準備でお疲れなのは承知していますが、
 どうしてもまずお耳に入れておかなければならないことなので」
 息子が艦上とはいえども、ここまでの口調で話すということはそれなりの事情なのだろう。
「リンディさん、私のことは気にせずに」
「わかりました。後ほど艦長室へ来てください」
 横にいるフェイト・テスタロッサに気を遣わせたことを内心で詫びつつ、
裁判の下準備で疲れている彼女を彼女の使い魔であるアルフに任せると、
母親としての顔ではなく、次元空間航行艦船アースラ艦長リンディ・ハラオウンとしての顔を向けて
時空管理局執務官クロノ・ハラオウンを迎えた。

 
 

「で、この『ターンAガンダム』に時空転移能力は備わっていたの?」
 リンディがクロノからロラン・セアックと『ターンAガンダム』についての報告を受け、
一番最初に聞いたことはそれだった。
 報告内容自体が不明瞭なものであり、質問すべきことは他にもありそうなのに、である。
「いえ、アースラ整備班の調査では時空転移を可能とするようなシステムは備わっていません。
 もっとも『ターンAガンダム』のシステムの5割近くが現在も解析不能ですが」
 ロランの許可を得て、本格的な調査を開始してから一週間。アースラの機材と人員で判明したことは
カメラやレーダーなどのインターフェースに直結する部分はミッドチルダの技術レベルと
大差が無いということ程度であり、それ以外のことはシステムや性能の概要を把握するのが精一杯だった。
 いかに高度に発展した技術があろうとも、自分たちが理解する理論と異なる理論に基づく技術を
解析するのは難しい。

 

「これは由々しき事態よ。仮に『ターンAガンダム』が兵器として、
 私達の想像を超えた力を持っていたとしても、時空を超えられない兵器が
 どうしてアースラに辿りつけたの」
 含みを持たせた言い方が指すところを理解しつつも、クロノは反論する。
「それは第3者が『ターンAガンダム』を時空転移させたということですか。
 しかし、それならどの世界から『ターンAガンダム』が 転移してきたのかが容易に判明するはずです。
 あれだけのエネルギーを放出しておきながら、全く手がかりをつかめないとなると、
 第3者が介入したとは考えにくいのですが」
(むしろ『ターンAガンダム』にロランも知らない機能が搭載されているのではないか?
 そう、あの蝶の羽のように…)
「それなら、多分この蝶の羽が原因を握っているわね」
 まるで自分の考えを言い当てたかのようなリンディに、クロノは思わず動揺する。
「ロラン君が現れた時に『ターンAガンダム』が纏っていた蝶の羽。
 これによる膨大なエネルギーが有り得ない時空転移を可能にした。
 このような仮説が立てられるわ。クロノ執務官、あなたの考えは?」
 その時の映像を眺めながらリンディは息子へと尋ねる。
「確信は持てませんが、自分も同様の仮説を持っています。最もそれが正しいという気はしませんが」

 

 要領を得ない顔の息子に、思わず母親の顔をしてしまうリンディ。
 その顔に気づき、多少不機嫌そうな表情を作りながらクロノは部下として上司に指示を仰ぐ。
「とりあえず、そのロラン君に会って話をしてみましょう。まずはそれからよ」
「わかりました。ロランは今医務室で定期健診を受けているはずです」
 リンディとロランは初対面になる。精神が塞ぎこみがちな彼の気分転換となればよいのだが。
 母親に清涼剤の役割を期待した自分を、クロノは内心で自嘲した。
(自分にそんな度量が無いからって、なにも母さんに任せる必要は無いだろうに)

 
 

 リンディが息子とロランのことについて話している頃、
「よかった、メリーが無事で」
 彼にとって重大な意味を持つ金魚のおもちゃを手に、ロランはベッドで横になっていた。
 本人は既に体力の回復を感じているのだが、
医師に止められればおとなしく横になっているしかないのが 現在のロランの立場だった。
 3日に1度のペースで行われる検診の結果が日に日に良好になっていても、である。
 クロノとエイミィがホワイトドールの調査について様々なデータや詳細を伝えに来てくれるが、
その内容には 大した感心は持てなかった。
 もはや誰と戦うのかということも原因の一つだが、
それ以上に戦いの中で失ったものや変わってしまったもののことが
脳裏に過ぎる度に陰鬱な気持ちになったからだ。

 

 ウィル・ゲイムのこと、テテス・ハレのこと、
グエン・サード・ラインフォードのこと、ハリー・オードのこと。
 そしてソシエ・ハイムのこと、キエル・ハイムのこと、ディアナ・ソレルのこと。

 

 何もすることがない時間など、ロランにとっては陰鬱な気持ちを加速させるだけだ。
 常駐しているはずの医師も、今は検診の結果を調べるとのことで不在である。
 メリーを抱きしめていることが一種の精神安定剤のような役割をロランに果たしていた。
「メリー、お前だけは変わっていない…」

 
 

 フェイト・テスタロッサが微熱を持った頭を抱え、医務室の扉を開いたのはちょうどその時だった。
 彼女自身は何とも無いと主張したが、妹のような使い魔に激しく説得されれば気分も変わるというものだ。
 その部屋にいるはずの医師はおらず、
代わりに浅黒い色の肌をした青年が金魚のおもちゃを抱えてベッドから体を起こしていた。
「あっ、えっと薬を貰いに来たんですけど、先生は不在ですか?」
「あんた、誰?」
 フェイトとアルフはほぼ同時に尋ねた。

 

 ロランは軽く混乱していた。
 アースラ内でまともに会話をした相手はクロノ、エイミィ、医師の3人のみであり、
彼ら以外とは「機密保持」ということで 会話が制限されていた。
 もっとも制限される以前の問題として、ベッドから中々出させてくれないのだが。
 そんな彼にいきなり質問をぶつけて来た少女と女性。
 答えなければ、と息を吸い込んだ瞬間に目の前の女性の耳に意識が集中した。
(あの耳は…。これも魔法って奴が関係してるのか)
 その女性の容姿に首を傾げながらも、言葉を吐き出す。
「先生なら今は検査結果を調べるとのことで、席を外していますよ。そろそろ戻ってくると思いますが」
「ありがと。で、あんた誰?」
 5メートル程あった距離が一気に縮まり、奇妙な耳をした女性がベッドの縁に腰掛ける。
「こら、アルフ、いきなり失礼でしょ。すいません、失礼な聞き方をしてしまって」
 明らかに年下の少女が女性をたしなめる姿を見て、ロランは思わず微笑んでしまった。
「いえ、気にしないで。僕はロラン・セアック。色々あってアースラに10日ほど前から保護されています」
 笑みと共に自己紹介を簡潔に述べるロラン。
「あ、私はフェイト・テスタロッサ。こっちは使い魔のアルフ。アルフ、挨拶を」
「私はアルフ。フェイトの使い魔だけど、姉妹みたいなもんさ」
 同じように笑顔で挨拶をする2人。
「でもフェイト、せっかく裁判も順調なんだから風邪なんて引いちゃダメだよ」
「わかってるって。だからこうして薬を貰いに来たんだよ」
「裁判?」
 年端もいかない少女に縁があるとは思えない単語に、思わず聞き返してしまうロラン。
 途端に間の悪そうな顔になるアルフに気づき、すぐさま詫びる。
「ご、ごめん、聞かれたくないことだったんだね。悪いことをしたよ」
「いえ、確かに喜ばしいことではありませんでしたけど、お陰で大切な友達に出会えましたから」
「友達?」
「はい。彼女と出会えたことはとても大事なことでしたから…」
 そう言うとフェイトはとても優しい顔になった。
 その顔を見ると、訳も解らず先ほどまでの陰鬱な気持ちが霧散するのがロランには感じられた。
(友達か…)

 

「あの、ロランさん。どうかしましたか」
 惚けている様なロランに思わず声をかけてしまうフェイト。
「いや、2人ともお優しい人なんだなぁって思っただけですから」
「当たり前だよ!フェイトは優しいんだから」
「ア、アルフってばぁ」
 2人のやり取りを眺め、ロランは自分の心が立ち上がり始めたのを自覚した。

 

 変化は全て悪い方向へ向かうとは限らない。
 キース・レジェはパン屋の娘さんとパン工場の火事から立ち直っているはずだし、
フラン・ドールはお腹に新しい命を宿している。
 目の前のフェイトという少女も辛いことを経験したらしいが、
そこで大切な友人との出会いを果たしている。
「良い方向へ進めばいいんだ。今からでも構わないはずですよね、ディアナ様…」
 ロランは自分自身に問いかけるように声に出していた。
「ディアナ様?」
 尋ねるフェイトにロランは真正面から向かい合った。
「これから少し長い話をしようと思います。もし良かったら聞いてくれませんか」

 
 

 以前、自分が泣いているロランをモニターで盗み見ていた時、
端から見ればこう見えたということをクロノは思い知った。
「うーん、私が出るまでもなさそうね。ロラン君はフェイトちゃんに色々と話してくれるようだし」
「それが終わり次第、ロランに会ってくださいよ、艦長」
「わかっているわ、クロノ。色々と話さないといけないこともあるでしょう?」
 モニターに映る3人を見ながらリンディは
「あの子達はいいお友達になれそうね」
 と嬉しそうな声を出した。

 
 
 

「ページが自動的に増えている?」
「ええ、ペースは微々たるものだけれど。ヴィータちゃんとザフィーラが確認してるし、
 何より収集しているリンカーコアとページ数の上昇が一致しないの」
 何の変哲もない一軒家のリビングで真剣な顔で会話をする二人の女性と一匹。
 彼女達の主が騎士の一人と共に眠っている間に持たれたこの場で、
 彼女達を生み出し、彼女達の主にとっての希望でもある
『闇の書』に起こっている問題が話し合われていた。

「最初に確認した時は字数が5,6字程増えていた。
 それから日に日に増え具合が加速して今では1日に2、3行は増えているぞ、シグナム」
「この調子で進めばページ単位で増えていくのも時間の問題か。しかし」
 狼の様な動物の言葉に答える紫髪の女性は簡単に事実を述べる。

 

「それは裏を返せば『闇の書』が自ら完成に向けて進みだしているということだ。それを止める理由は無い」
「でもリーダー、原因がわからないのは問題よ。
 せめてそれが判明するまでリンカーコアの収集を休止するべきだわ」
「主の体がそれまで耐えられるという保証があるのか」

 

 その一声で場は決した。
「シャマル、お前はこの原因を追究していてくれ。ザフィーラ、収集行くぞ」

 
 

 こうして騎士達は戦い続ける。
 希望の中に浸み込んだ意志に気づかずに。
 その希望だけが主を救うと信じて。

 

 そして少女達が悲しい騎士達と出会うまで、あと一週間。