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紅い死霊秘法_13

Last-modified: 2013-12-22 (日) 20:31:09

 その凶報が舞い込んだとき、シン・アスカの擁する魔導書は小躍りして喜んだ。

 比喩抜きでくるくる回って踊った。白衣を着せて躍らせればトレードで押し勝てるほどに。

 その時、主であるシン・アスカはエアロックからプラントの外、真空の宇宙でノーマルスーツを着た状態でナイトゴーントと格闘訓練の真っ最中であった。

 なお、ノーマルスーツにバーニアはついていないので、宇宙を飛び回るのは魔術師の力に拠る。

「このっ」

 敵の真っ黒な顔面に右ストレートを叩き込んだものの、作用反作用の法則に従いシンはあらぬ方向に吹っ飛んでいった。

 ナイトゴーントは音もなく、宇宙で音が伝わらないのは当然であるが、くるくる回り続けるシンの背後に張り付くと、ゼロ距離から寸頸を背中にうちこんだ。

「あべしっ」

 肩甲骨をしたたかに打ち据えられて呻くシン。こうかはばつぐんだ。

 無重力ではそのまま殴っても有効打は与えられない為、相手の体を掴み、重心点を打ちぬくのが理想である。あるいはバーニアで推力を保持しながら殴る。そして魔術師の力で周囲の物理法則を一時的に塗り替えて、どうにかして殴る。その三つである。


 ナイトゴーントは翼が生えているものの、常識的に考えればどうやっても宇宙で活動はできない。

 その無茶を通しているのが人外の法なのである。シンを殴りつけられるのもそれによる。

 シンはバーニアなしで宇宙を動き回るほどに上達したが、まだまだ魔術師的格闘は訓練不足なのだ。

 そこが従者的に気に入らないらしく、最終的には宇宙で平然と素肌をさらしつつ、モビルスーツと肉弾戦を行ったり、プラントひとつを地球に蹴り飛ばすくらいのパワーを見せて欲しいのだそうだ。


 最終目標は魔導書なしで魔術師と戦闘をして、追い詰められてから、よくぞ余に魔導書を使わせたとか、余裕綽々で振舞って欲しいというリクエストだ。

 そんな無理難題を吹っかけられても一生懸命についていく訓練生シン・アスカ。

 何だかんだ言っても生身で宇宙生存を成し遂げたり、バーニアなしで移動できるようになった辺り、凄く偉いのかもしれない。しかし誰も褒めてはくれない、悲しい14歳だった。


 今日も〜悪夢〜拒食〜痩せる〜そして〜殴られーる〜。

 愚痴る歌を作詞しながら、それでも愛してくれとまでは言わない男の子である。



 相手は訓練ということで、急所を巧く外して殴ってくれる。しかし宇宙空間での殴り合いは一般的な人間の領分を越えているため、梃子摺りっ放しのままで今日もサンドバックにされていた。


 そのため、突如としてもたらされた訓練中止の報をシンは心から喜んだ。

 ほうほうの体でエアロックに飛び込み、バイザーを上げると、篭った空気を吐き出してから思いっきり息を吸う。 そして散々痛めつけられた肉体の叫びに苦悶の声を漏らした。


 相変わらず酷い訓練だ。

 ずるずるとうつぶせに倒れこむと、視界の端をZAFTレッドな少女が掠めた。

 忌々しい、ああ忌々しい、忌々しい。

「吉報よ! ついに我が主の実力を世に知らしめるときが来たのよ」

 嬉しそうに浮かれている魔導書をみつめる視線は冷たい。

 説明しろと訴えようと思ったが、既に訓練後でボロボロであったため、シンは何も言わなかった。

 とりあえず眠りたい。ストレスは回復しないまでも、肉体的疲労は癒える。

「明日聞くよ……」

「そんな暇はないわ、議長から直々のお願いなのに、無視するの?」

 にやにやと見下しながら、偉そうにふんぞり返る本の精霊。

「教えてください」

 シンは折れた。







 非常事態につきシンには休憩も与えられない為、緊急措置として魔導書から魔力を補充してもらってなんとか活動している。エアロックのある施設から街中に移動したシンと紅い少女が魔導文字がびっしり刻み込まれた迎えの装甲車に乗り込むと、議長からの直通回線が開かれた。


「久しぶりだね、シン君。調子は……悪そうだが、大丈夫かね?」

「魔術師は見た目で判断してはいけないわ、ギルバート。

 それより、シンに発破かけてあげて、気力が高まれば任務の成功率も上昇するわ」

 議長の手前、辛いとか駄目だとか言うつもりは毛頭なかったが、自分の返答をさっぱり聞かない魔導書が恨めしい。

「うむ、本題に入ろう。事件の概要だが、ユーラシア連邦からの貨物を載せた民間の輸送船がアブリリウスの宇宙港に入港した。マニュアルどおり貨物の検閲が入ったのだが、そこで異常が発生した。監視カメラの映像から、対象は一見して成人女性の体躯。投網のような非殺傷兵器を射出して、宇宙港警備員、その後に投入された警官隊を全員捕らえた。もしやと思い、魔力探査機を作動させたところ、字祷子振動を検知、怪奇指数が2000を超えていた。


第一級のマジカルハザードと認定し、宇宙港周辺から全住民を退避、対魔術用の兵員を投入して現場の封鎖を行っている。君達には速やかな原因の除去をお願いしたい。

 シン・アスカ君、これはあくまで命令ではなく、要請の域をでない。君は訓練生だ。正式な軍人になっていない者に、前線で戦えとは軍事責任者として言うわけにはいかない。


 だが、現状のプラントでは君達より優れた魔術師はいないのだ。

 だから不甲斐ないプラント議長として、一市民としてお願いする。

 シン・アスカ………アブリリウスを救って欲しい」

 プラントの最高権力者にここまで言われ、乗せられやすいシンの魂に火がつく。

「やります。俺にしかできないって言われたら黙ってられません。

 それに自分もプラント市民の一人です。プラントの安全の為なら力を惜しみません」

「ありがとう………」

 魔導書の精霊は珍しく空気を読んで何も言わなかった。







 議長は根回しをする相手が山ほどいるという事で、通信を閉じた。

 今映し出されている映像は、監視カメラに映ったデータである。そこには件の犯人?、妖気の源たる存在が高速で動き回っていた。はっきりと捉えられたものがないが、それでも資料にはなる。


 目を凝らして映像を確認するが……見れば見るほど美女である、グラマラスなプロポーション、ミスユニバースに出場できそうなボンキュッボンな肢体、エロチックかつ神秘性を漂わせているというか、レオタードで動き回るのは販促というか、まさに蜘蛛女というか、ヨウランあたりの持ち込む15禁性描写媒体と比較してもぶっちぎりの美女である。隣の貧相な肉体の魔導書とは大違いだ。無論口には出さない、知られたら何をされるか───途端、視界に握り拳が飛び込んできた。


「ひでばっ! な、なんで殴るんだよ!」

「失礼なことを考えたからよ」

「な、嗜好を、もとい思考を!?」

「やっぱり考えていたのね、腐ってるわ。このエロ腐乱脳みそ! 蛆虫以下の道化師クラスだわ」

 よく解らない喩えだったが、すさまじい罵倒を受けているのは理解した。しかし思春期の少年の迸る情熱には酷な話だ。





 口論に入ったため作戦会議は遅々として進まず、気づけば狭いプラントを車両は快走し、現場である

 宇宙港に着いてしまった。どうやら先遣部隊、議長の用意した対魔術部隊が展開して立ち入り禁止としているようだ。

 シン達が降りると、赤い制服、オレンジがかった金髪の男が青年が駆け寄ってきた。

「来たな後輩、オレは対魔術特殊任務班アッセンブルEX1、隊長のハイネ・ヴェステンフルスだ。

特務隊のフェイスも兼任している」

「アカデミー候補生のシン・アスカです、宜しくお願いします」

「ネクロノミコンよ」

 シンはすかさず敬礼、候補生として敬意を忘れてはならない。

 従者である筈の少女は腕組みしまま偉そうに返答する。背は小さいが態度はでかい。

 妙な取り合わせの二人組みにハイネの視線が険しい、使い物になるのかといぶかしみ始めたのだ。

 原因である少女は泰然としたものだ。

「ねえハイネ、貴方が相手にするモノは、外見で戦力を測れる程度の代物かしら?」

「悪かった、助っ人が殻のついた雛鳥と、可愛らしい少女だったものでね。つい疑っちまった。

 ネクロノミコンの名前に偽りがなければ、心強いんだけどな」

 厄介払いしたそうな顔のハイネに一瞬で怒り心頭になった少女は、行動を開始した。

「…………灼熱の血を分ける、爆ぜろ」

 少女が片手を振ると紅い霧がハイネの頭部を埋め尽くし、ゼッフル粒子よろしく爆裂した。

 髪の毛が面白いことになるハイネ先輩。傲岸不遜、傍若無人を地で行く少女を挑発するとは、なんて愚かな。シンは心の中で哭いた。

 ハイネはギャグのような髪型を瞬時に直すと、真剣な表情になった。どうやらシン達を変な二人組みからまともな助っ人として見直したようだ。

「実のところオレたちの活動はまだ本格的じゃない。肉のかたまり系の化け物退治とか、ゾンビ狩り程度しかやったことがない。辺境のコロニーならともかく、アブリリウスでの出動も初めてだしな。


一番きつかった事件は化け物ねずみの駆除。その事件後に1割が再起不能、2割が軍人やめて精神科通いになった。という訳で、オレたちは創立から間もないし、経験も人材も不足している状態だ。


 よって、今回の完全人間型の相手は戸惑ってる。敵戦闘力を予測できるか?」

「繁殖力は無いけど、単純な力比べで敵を怒らせちゃったら、たぶん貴方達に犠牲がでるわね。

 仮に銃弾で穴だらけにできても、殺し方が分からないでしょう?」

「オレたちの手持ちじゃ、無理か?」

「見なくても分かるわ、武装にある種の神性を讃える文字を刻んだりしているようだけど焼け石に水。

 安心しなさいな。マスターオブネクロノミコンがさっくりと片付けるから。ねぇ、マスター」

「俺が習った事で手に負えるんなら」

 シンが身に着けた魔術は、宇宙空間で生身で生存する。推進装置無しに宇宙で移動する、ただし生身では無理。知覚の鋭敏化と単純な肉体強化、そしてロイガーとツァール、『双子の卑猥なるもの』に冠する記述を用いた魔術武器の具現化である。ただし、それぞれ別々に訓練しているため、同時にやれと言われてもできない。小剣を具現化することはできても、その状態で戦闘が行えるほど錬度は高くない。




「大丈夫よ、やりたくないけど奥の手があるわ。」

 不快感たっぷりに告げると、少女の形が崩れ無数の頁となって乱舞する。いつぞやの書庫を思い起こす光景。頁はシンに纏わりつくと服と一体化し、色と形状を多少変化させた。その姿は


「随分と赤が似合うじゃないか、後輩」

 ハイネが茶化した通り、シンの格好はザフトレッドとなっていた。注視すればハイネの着る赤よりなお深い、ブラッドレッドと呼べるような血濡れのザフト軍服だった。


「なんだ、これ!?」

「驚いてくれたみたいね。これぞマスターオブネクロノミコンの誇るマギウススタイルよ。

 本来のはダサイからザフト風にアレンジしておいたわ。試しにロイガーをだしてみなさい」

「いや、それよりその小さい姿のほうが驚いた」

 魔術云々よりも、シンの目の前で小さくなってる少女の方がずっと注意を引く。手の平サイズにデフォルメされた従者がふわふわと目の前で滞空していた。SD(スーパーデフォルメ)ネクロノミコンと呼んでやるべきだろうか。


「機能のほとんどをバックアップに使ってるからこの姿になるのよ、本当に不本意なんだけどね。

 それよりさっさと魔術を使ってみなさい」

「分かったって」

 ロイガーに関する記述を呼び起こしながら、集中する。

 普段ならば召喚するだけで全身汗だくになり、剣の形を保持するだけで疲れるのだが───

「できた。こんなにあっさり」

 予想に反し、最短新記録で剣はシンの右手に収まった。

「どう? 私のチカラが多少なりともわかってくれたかしら」

「……………最初からこの姿で訓練した方が、ふぐぅっ!?」

 シンが文句を言い終える前に纏っていたブラッドレッドが拘束具となって全身を締め付ける。

 空気が残らず肺から締め出され、目の前が暗転する、意識が遠くなっていく。

「まさか我が主が! この私の、私の名前……もう、とりあえず私の主たる魔術師が!
そんな情けないコトを言うなんて。いい? そんな向上心の低い有様じゃあ、アイツに、精神の集中が甘い。感情の制御がなってない。反応速度が遅い。勘も鈍い。術の錬度が低い。術の強度も脆い。そもそも術衣を纏わなければ、大した魔術も紡げないって見下されるわよ」


「かっ、け、こ、殺す気……」

 ざんねん、しかばねのようだ。ではなくて、瀕死のシンは既に話を聞いていなかった。

「とりあえずソイツ死ぬぞ」のんきなハイネ先輩の声と、

「あれ?」すっとんきょうな従者の声を聞きながらシンは失神した。





「ぎゃあああああ!」

 全身に電撃が走り、シンは飛び起きた。まともに起こすのが面倒で電気ショックを使ったのだろう、まっこと恐ろしい従者である。

「とりあえず議長が助っ人を呼ぶって仰った意味が分かった。オマエたちなら期待できそうだ。

 通信機を渡すから報告をしながら探索をしてくれ。もしも標的と戦闘になった場合、やばいと思ったら援軍を呼べ、及ばずながらオレたちも突入する。それと後輩、オマエ近接武器はいいが、飛び道具は出せるのか?」

「一応この剣は投擲もできますけど、あくまで接近戦主体です」

「だと思った。こいつを持ってけよ、後輩」

 ひょいとハイネが手渡したサブマシンガンは、ずしりとシンの手に重量感を伝えてくる。

「弾丸はミスリルチップ・ハローポイント。人間の頭部ぐらいなら一秒でトマトにできる威力で、化け物相手にも多少は効果を見込めるはずだ。牽制にでも使ってくれ、邪魔と感じたら即捨てろ。


 恥ずかしい話、俺たちの部隊で正式採用されてる魔術武器はこれと同じ弾を使う、マグナムだけだったりする。あとは火炎放射器と、液体窒素と、既製品のショットガンぐらいだ。


 まだまだ組織として不十分でな、碌なバックアップもできなくてすまない」

「十分ですよ。促成栽培ですけど魔術師のはしくれです。役目を果たしてきます」

「気をつけてな、頼むから五体満足で帰ってきてくれよ、後輩」

「はい!」

「いい返事だ。この件が片付いたら、オマエの配属先が融通利くように掛け合ってやるよ」

「期待してます、それじゃ行きます!」

 魔術を使い疾風となって港に突入するシンとSDネクロノミコン、その姿を頼もしそうにハイネ・ヴェステンフルスは見送った。







つづく。







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