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紅い死霊秘法_15

Last-modified: 2013-12-22 (日) 20:33:16

「このムシ野郎!」

いえ、シンが潰しているのは虫女です。

「そろそろ飽きないものかしら」

延々と繰り返される惨殺劇にうんざりし始めているSDネクロノミコン、そろそろ帰りたいのだ。

怒りで錯乱しているシンには、これみよがしな独り言も耳に入らない。ひたすら作業に没頭し続ける。

「もうやめてシン! とっくにアトラック=ナチャのライフはゼロよ! もう勝負はついたのよ!」

無力なヒロインっぽく止めてみる。

「は・な・せ!」

駄目でした。

「可哀想なシン……えい!」

ネクロノミコンはマギウススタイルの術衣を締め付けた。これで昏倒したところで片付けようと思っていた。しかし、怒りの臨界点を超えたシンは無意識に締め付け攻撃をディスペルしてしまった。


「何、勘違いしているんだ?」

「ひょ?」

「俺のバトルフェイズはまだ終了してないぜ」

「何言ってるのよ? 貴方の疲労は既に限界じゃ」

「速攻魔法発動! ロイガー&ツァール!」

「双子の卑猥なる者!?」

「この魔法は───」

「惑乱の血を分ける、爆ぜろ」

マギウススタイルの術衣そのものから紅い霧が発生し、近辺を包み込んだ後、大音響と閃光。

全方位からの零距離爆発は流石にどうにもならず、シンは胎児のように力なく地面にうずくまった。

「即席スタングレネード、なかなかに使えるわね」

スタングレネードは音と光で相手を無効化する特殊爆弾である、人間の生理的に防ぐのは難しい。

偉い人に非難されない爆発攻撃の実験は上々、それを自分の主に試すところが、まこと外道である。

「さぁて回収回収♪ アエテュル表に拠る暗号解読……鍵、鍵と」

鼻歌を歌いながらアトラック=ナチャの術式を紐解き、本来の姿へ還す。

「これで……」

ぺったんこに均された肉片が光に包まれ、頁に還る。

それらの欠けた一節はSDネクロノミコンの前に寄り集まり、滞空した。

「ふふ、ようやく還ってきたわね、我が分身。

幸先いいわ、このペースで行けば、半年と待たずに私は完全にもどれるっ!?」

頁を取り込もうと手を伸ばした直後、背後に巨大な字祷子が巻い上がり、氷柱を背中に突っ込まれたかのような怖気、物理的な圧迫を感じさせるほどのプレッシャーが生じた。


恐る恐る振り返ると、焦点の合っていない死んだ魚の目をした主が、殺意と爆発するような気流を纏ってすぐ後ろに居た。

人間、怒りすぎると無表情になるというが、まさしくシンからはなんの感情も読み取れない。

あまりの威圧感に滅法うろたえる小さい従者。ろれつの回らない舌で説得を試みた。

「こ、これはね、えっとね。話を聞いて、そう、話を、話をしましょう、話し合いましょう。

討論を、有意義な討論を、冷静に、そう冷静に」

「その必要は、ない!」

がっちりと従者を掴むと顔面に引き寄せる。無表情なのが余計に怖い。



「遺言は?」

「な、何を怒っているのか解らないわ」

シンはゆっくりと両手を締め付ける、反比例してSDネクロノミコンがスリムになる。

「イタイイタイ痛い鋳たい!」

「遺言か?」

一切の冗談を排した、抹殺モードのシンは容赦が無かった。

「話す、話すから、緩メェ!」

「へぇ、隠し事があったのか。そうなのか、騙してたんだな、そうなんだな」

親指が小さな喉元を押さえつける。縊り殺す気かと、少女は本気で自分の死を憂い始めた。

「包み隠さず話すから、怒らないでね♪」

返答は無言。応とも否とも答えず、視線だけで続きを吐けと脅しつける。

「や、やっぱり、長くなるから、また次の機会にしない?」

「全部聞くから最初から話せ、包み隠さず、話せ」

誤魔化しは何一つ通用しないと観念し、ついにミニサイズネクロノミコンは口を割った。

「実は……その、暴れていたアトラック=ナチャは私の断片なのよ」

進退窮まった少女は一言で告白した。静寂が宇宙港を包みこむ。

バツが悪いを通り越した少女は、むしろふんぞり返って堂々としている。

盗人猛々しいとは、まさにこのことか。

シンがゲロされた内容を理解するまで5秒、正気に返って口を開いたのがさらに5秒後。

「つまり」

「つまり?」

鸚鵡返しに死霊秘法。

「犯人は?」

「私☆」

可愛らしく死霊秘法。

「元凶は?」

「それも私」

真犯人のように死霊秘法。

「真実は?」

「いつも一つ!」

名探偵の如く紅い死霊秘法。

プチンという音がシンのこめかみから聞こえたのは多分幻聴ではない。

「悪いのは…………………お前かああああああああああああああッ!」

「のぉぁ〜〜〜〜〜!?!?!?!?」

切れたシンは手の中の従者をめちゃくちゃに振り回した。アトラック=ナチャに向かっていた怒りがそのまま自分の従者に転化されたらしく、SDネクロノミコンの頭部は残像を起こしながら前後左右上下に振られまくり、数秒でエクトプラズムを吐き出しながら気絶した。




ハイネ・ヴェステンフルスは無線が途切れた後、外道関連でかかりつけと化した国立病院へ大量の救急車の手配をこなしつつ、やきもきしていた。次は勝利の報告だと聞いたものの、それから音沙汰がさっぱりない。


あれから返り討ちにあったのではないかとか、相打ちで身動きが取れなくなったのではないかとか、次々と湧き上がる想像を振り払いつつ、彼は信じて待ち続けていた。

そうして、後輩の姿がゲートから現れたとき、彼は心の底から安堵し、直後にいぶかしんだ。

シンはマギウススタイルが解かれており、現場に到着したときの訓練生の衣服のまま。

顔は項垂れたまま歩いてくるので見えない。左手には数枚の紙切れを握り締め、そして右手で通常サイズのネクロノミコンの首根っこをひっつかんで引き摺っていた。

少女は気を失っているらしく、死体と間違いそうなほどぐったりして、両足を地面に擦っている。

ハイネはすぐに駆け寄って話を聞きたかったが、経験がそれを押し留めた。腰のホルスターからリード&ヴォーン92型・五十口径エンチャントマグナムを抜き放つと、シンの頭にポイントする。


「止まれ! 顔を上げろ、正気なら何か言え!」

じっとりと汗ばむ右手でトリガーに指をかける。引きたくは無い。しかし、狂った魔術師が市街に飛び込み大暴れでもすれば、被害の規模など想像もしたくない。

「…………犯人と黒幕を……確保しました」

幽鬼のように顔を上げたシンは、もともと痩身になっていたこと、魔力の使いすぎと疲労で死人と見間違う人相だった。

「犯人? あの網を出す女は?」

「左手にあります」

人を確保しておいて、ありますと答えるのもおかしなものだ。

ハイネは一時混乱したが、紙切れが魔導書の一部と看破して納得した。

「魔導書が実体化して暴れていたのか、なるほどな。………それで黒幕ってのはなんだ?」

シンは引きつった笑みを浮かべて、右手を高く上げた。

その右手には口から変な気体を漏らしながら、目を回した少女がぶら下がっている。

「黒幕です」

ネクロノミコン、写本、犯人、断片、化け物、魔導書、黒幕、魔導書と断片、黒幕と犯人。

しばらくハイネの頭の上にクエスチョンマークが飛び交ったが、理解に及んだ。及んでしまった。

気まずい沈黙が二人に襲い掛かった。



きっかり一分後、ハイネが口を開いた。

「自作自演、ってやつか?」

「身から出た錆びを、騙して他人に掃除させたことを、そう言うなら」

「……人間、色々あるよな」

「そう、ですかね?」



「………、とにかく事件は収束、後片付けの段階だな。シン、オマエは今日は帰って寝ろ」

「えっ、でも被害者の搬送とか、コイツの扱いとか」

「いいから、今日は休め。お前は誇張無しに良くやった。オレの部隊に犠牲者もない。被害者にも死者はでなかった。満点だよ。だから、今日は休め。明日も訓練が待ってるんだろ」


「だけど」

困ったように頭を掻くと、優しい目と厳しい口調でハイネは言い直す。

「良く聞けよ、オマエがこのままいても邪魔だ! 命令だ、訓練生。 後始末できるような技術も、段取りの仕方も分からないのに、口をだすな。
オマエにできることは、一刻も早く体力を回復して次の有事に備えることだ。復唱しろ!」

「はっ、はい。シン・アスカは寮に戻り体力を回復して有事に備えます!」

「よしっ! お疲れさん。あとな黒幕と犯人を置いてけ、こっちでたっぷり絞った後に返すから」

「分かりました」

シンは荷物をハイネに引き渡すと途端に緊張が解けたのか、ふらふらとした足取りで送迎の車両に乗り込み、寮まで送られていった。おそらく車内で泥のように眠ってしまうだろう。


「さってと、もう起きていいぞ、黒幕のお嬢ちゃん」

「バレてた?」

「オレの眼力はごまかせないぜ」

寝たふりを解くと首の調子を確認するネクロノミコン。本当に首の骨がへし折れるかと思った。

「随分とまあ、怒らせたもんだな。大事なパートナーなんだろ?」

「ただのコミュニケーションの一環よ、臨死体験するとは予想外だったけれど」

「ああいう生真面目なのは怒らせると手がつけられないからな。何事もほどほどにってこと」

「身に染みたわよ」

首を揉みながら、ちょっぴり反省する少女であった。



ストレッチをしている最中、おもむろに少女は何かを閃いた。

ハイネは彼女の頭の上に電球が現れて、点灯するのを見たと後日語ったそうだが。

「ねえハイネ、アカデミーの寮へ通信を繋げられて?」

「可能だが、用件は?」

「教育」

話をしながらも、てきぱきとハイネは寮へ手続きを踏む、



「管理人に繋ぎはしたが、シンはまだまだ到着しないぞ」

「いいのよ、用があるのは別人。レイ・ザ・バレルって訓練生を出して頂戴」

「今は寝てるだろうに、はた迷惑な話だ」

『もしもし、レイ・ザ・バレルという訓練生に至急取り次いでくれ。

軍務だ、寝てようがたたき起こしてさっさとつれて来い』

「………どうやら起きていたようだな、取り次いだぞ、代わってくれ」

受話器を受け取ると、レイの声が聞こえてきた。

『もしもし』

『レイ? 事件があらかた片付いたから、援軍はいらないわよ』

『……読んでいたのか』

『友達思いだものね、レイ・ザ・バレルは』

『……』

『折り入って頼みたいのだけど、シンがくたびれて帰って来るから。追い込みかけて欲しいのよ』

『何の話だ?』

『肉体的、魔力的、精神的、魂的に疲れ果てているから。寝る前に躾けると効果抜群ってことよ。

この機に徹底的に啓蒙してあげれば、いい魔術師になるわ』

『それは、躾ではなく悪質な洗脳だと思うが』

『表現は何でもいいの。とにかく、お前が世界を救えとか、議長を守れとか、俺は寿命が短いから後を頼むとか、プラントの未来はお前の双肩にかかっているとか、適当なこと言ってやる気を出させればいいの、得意でしょう、そういうの。
気力が充実すれば毎晩の悪夢も吹き飛ばせるし、食欲も戻るし、訓練にも身が入る。 シンの健康の為にも、くれぐれもお願いね』

言いたいだけ言ってから、プチッと返答を聞く前に通信を切った。やりたい放題である。



ふと気がつくと、聞き耳をたてていたハイネがにやにやしている。

「意外と過保護じゃないか、オレも心配されたいね」

「はっ、べっ、別に心配してるんじゃないわよ。

私を扱う人間がいつまでも死にかけの病人だったら困るからよ」

「ま、そういうことにしておくかな。それじゃ仕事に戻るか。

救急車が来る前に被害者を助け出す。君には事件の責任者として、糸を片っ端からディスペルしてもらう」

「どれだけあると思ってるのよ」

「手伝わないと頁は返さない。それに、真摯に働けば君のパートナーへ良く手伝ってくれたと言い含めてやるぜ。破格の条件だ、拒否権はない」

「むぅ」

「ぼやいてる暇は無いぜ。救急車の搬送能力より早く助け出さないと効率が悪い。

それにオカルトの証拠隠滅、被害者の精神ケア、宇宙港全体の洗浄、カバーストーリーの発表。

他にも仕事は山積みだ。丸一日は拘束させてもらうぞ」

「うえっ!」

自分の断片を取り戻すため、ネクロノミコンは似つかわしくない地味な作業に没頭することになるのであった。

同時刻、レイ・ザ・バレルは生まれて初めて、発作が起きないものかと願っていた。







つづく。



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