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子連れダイノガイスト_第10話

Last-modified: 2009-03-24 (火) 20:48:27
 

子連れダイノガイスト
第十話『落ち行く墓標の上で』

 
 

 業々と、劫々と、やがて落ち行く墓標はこの世を焼き尽くす地獄の大火の様に赤く燃えて青い世界を紅に染めるだろう。どこまでも広がる暗黒の世界に、ぽつんと孤独に浮かんでいる水玉模様の星が、その始まりの時より久方ぶりに朱に染まろうとしていた。
 この星で育まれた命が、親の元から巣立つ子の様に宇宙へとその版図を広げ、その拠点として築き上げた人造の大地。人の英知を持って作り上げた、母なる大地を模した人造の世界。
 人類の宇宙進出を支え、輝かしい未来の礎となる筈だった自然ならざる世界のなれの果て――ユニウスセブンは確かに、ゆっくりとではあるが、地球から延びた不可視の重力という名の鎖に縛られて、落ちつつあった。
 疲れ果てた子が、最後には父母の待つ懐かしき我が家へ、自分というルーツの始まりの場所へ帰る様に。そして地球はただ、いつもの様に泰然とそこに在るだけだ。ユニウスセブンが落ちる事で右往左往しているのは、所詮人間だけであった。
 いや、一つ、否二つ、人間以外の者達もユニウスセブンの落下を阻止すべく奮闘していた。一つは人間によって作り出され、いずれは新たなる生命ともなる可能性を秘めた鋼の巨人。
 今一つは、想像もつかぬ遠方の地にて、悠久の時を越えて燃え盛る太陽の焔に身を投げ、消滅したはずのエネルギー生命体が、この星で活動するのに適していると判断し鎧った漆黒の巨人。
 ユニウスセブン落下阻止へ奮闘している動機や過程などにあまり共通項の無い二つの巨人達だったが、その目的は同じだ。 
 この数十万の人々の墓標となった悲しみの大地を、青き大地に落とし、億を超す人々へと降りかかる災厄にさせない事。
 二心同体の巨人は穢れ無き正義感と使命感、そしてなにより他者の不幸を黙って見過ごす事などできぬ、ごく当たり前の人としての感情から。
 威風堂々たる鎧巨人は、自らの利益を損なう事を嫌ったために。そして決して口にする事はないが、自らにとって宝と称するだけの価値を持った“思い出”という記憶を守る為に。
 正義と悪。人間がいつの時代も口にしてきたこの二つの言葉を体現する、対極にある二体の巨人達は、しかし、この時確かに自分以外の誰かの為に戦っていた。
 悪の巨人は嫌悪するだろう、否定するだろう。しかし、彼を敢えてこう呼ぼう。自らの命を賭して他者の為に戦うものを――勇者と。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 ユニウスセブンを地球へ落さんと画策したテロリスト達と、『マイトガイン』『ダイノガイスト』『飛龍』『ガオーMS』との戦闘が、徐々にテロリスト達側の敗北へと大きく天秤が傾き始めたころ、ようやくプラントのユニウスセブン破砕艦隊が姿を見せた。
 ナスカ級戦艦『ヴォルテール』の艦橋で、ユニウスセブンで行われている所属不明の機動兵器同士の戦闘の報告を受けた、ジュール隊隊長イザーク・ジュールは、前大戦期よりは幾分落ち着きを纏っていた端麗な美貌を即座に険しいものに変え、声を荒げた。

 

「ダイノガイストだとぉ!? あの宇宙海賊が、一体ユニウスセブンで何をするつもりだ!」
「どうも、ユニウスセブンを落とそうとしている連中と戦っているみたいだけど? それになんかもう一機、見慣れないロボットもいるみたいだし。どうする、イザーク?」

 

 アカデミー時代からイザークと腐れ縁のあるディアッカ・エルスマンが、軽薄な口調ながら、あくまでもシリアスな顔つきで自分の部隊の隊長殿の指示を仰いだ。
 ディアッカとイザークに限らず、ザフトの面々にとってガイスター首領ダイノガイストは歓迎できる相手ではない。
 前大戦時、ヤキン・ドゥーエ攻防戦において突如出現し、エターナル・クサナギ・アークエンジェルの、俗にいう『三隻同盟』を相手に激闘を繰り広げたのだが、その際に連合・ザフトの区別なく、視界に入るものは片端から撃墜されて、多大な被害を被ったのだ。
 ディアッカとイザークも、ダイノガイストを相手に当時の高性能機デュエル・アサルトシュラウドと、バスターというMSを持って戦いを挑んだが、一方的に叩きのめされた敗北の土の味を散々に味あわされた。
 気位の高いイザークなど、二年たった今でもダイノガイストの名前を聞くだけで眉間にしわが寄ると言うのに、よりによってこの緊急事態にその怨敵の姿があっては、心穏やかではいられまい。
 まさか、ダイノガイストを撃破しろ、なんて言わないよなぁ、といくらイザークでもとは思うのだが、どうしても一抹の不安をぬぐえぬディアッカは、固唾を飲んで隊長殿の指示を待った。

 

「……えぇい、メテオブレイカー設置作業部隊の発進を一時中断しろ。目標で戦闘が行われている以上、大至急、MSに再武装を施せ! あんな状態でユニウスセブンに取りついても作業にならん!」
「へぇ、ちゃんと隊長してるじゃん」
「うるさい! お前もザクに乗って待機していろ! おれもザクで出るからな」
「ありゃ、藪蛇? で、ダイノガイストとか他の連中は?」
「行動を見る限り、ユニウスセブン落下を防ごうとしていると見ていいだろう。こちらからはしかけるな。だが決して油断はするな。メテオブレイカーはおれ達の艦隊が運んだ分しかないんだぞ」
「了解。流石に地球滅亡なんて冗談じゃないからな」

 

   ▽   ▽   ▽

 

 真っ向から唐竹割に振り下ろされた金色の刃が、黒色の胴鎧を身にまとった古武者の様なジンHM2型の右腕を付け根から切り落とし、返す刃が下方から垂直に伸びて残る左腕も斬り飛ばした。
 その勢いのまま虚空の彼方へと離れて行く腕を、目で追う暇もなく、ジンHM2型は繰り出された左拳に、繊細な電子機器やセンサー類を搭載した頭部を粉砕され、どう、と重々しい音を立てる事も無く仰向けに倒れた。
 黄金の刃に紅の柄、そして三つの動輪を配した両刃の『動輪剣』を右手のみで下げ、だらりと垂らしたマイトガインが、周囲の状況を把握すべく、足を止めた。ユニウスセブンの岩塊の地肌に無数のスペースデブリが突き刺さり、身を隠すのにはちょうどいい。
 現在最も戦闘時間が長く、疲労の兆候が見え始めた舞人は、渇いた瞳に潤いを与えるべく十秒ほど硬く瞼を閉じた。
 その間も聴覚は休まず、ガインが拾っている戦場で交わされる通信を傍受したものを聞いていた。テロリスト側の通信とレーダーの反応から、ザフトの艦隊がちょうど到着した事を悟り、舞人は新たに丹田に喝を入れて、四肢に気力を漲らせた。

 

「よし、ザフトのメテオブレイカーを破壊されないようにテロリスト達の戦力を殺ぐぞ」
『分かった。だが、アズラエルの用意した傭兵達はともかく、あのダイノガイストはどうするんだ? データだけでも今の私達が立ち向かうには相当のリスクを負わねばらない事は検証済みだ』
「確かに。どうやら、ダイノガイストもユニウスセブンを落としたくないのか、テロリスト達と戦ってはいるが、いつこちらに火の粉がかかるか分からないという意味では厄介だな」
『幸い、距離は離れているから、残っている敵機を無力化するべきだろうな』
「そうだな。いくぞ、ガイン!」
『了解だ、舞人!』

 

 勢いよく背に在るスラスターから銀色の噴射煙と推進の光を輝かせながらマイトガインが虚空へと飛びあがり、頭上からこちらを刺殺せんと、右腰だめに斬機刀を構えて最大加速で迫ってくるジンHM2型と交差する。
 宇宙の暗黒に煌めく銀と金の十字交差。映した網膜さえも切り裂くかと見える鋭い両刃。鮮やかなまでの断面を晒して、ジンHM2型の斬機刀の刀身が、ユニウスセブンの岩肌に突き立った。
 同時に片腕とバックパックを断たれたジンHM2型が、バランスを失って倒れ込む。背後カメラに映るその姿に、痛ましいモノを覚えながら、舞人はスロットルレバーを思い切り握り込んだ。

 

「ガイン!!」
『応!!』

 

 失ったものの大きさに、心を閉ざした者達の悲痛さに自身もまた悲しみを覚えても、それでも戦わねば、守れない命がある。その為には戦わねばならない。守るために戦う。守るモノを失ってしまった者達と。
 かつて目の前で両親を失った時の悲しみ、そして憎しみ。今はそれを誰かが味合わないようにと、自分の様な悲しみが世界に広がらないようにと戦う舞人が、一歩間違えていたならば、こうなっていたのだろう。
 ガインは、人に造られた人ならざる存在ながら、誰よりも舞人の心を理解するが故に、ただ黙って舞人と共に戦場を駆け抜けた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

「エールインパルス、発進カタパルトへどうぞ」

 

 漆の様に艶やかな黒を帯びた船体の左舷デッキから、トリコロールカラーの機体にツインアイと、ブレードの様に左右に広がる額のアンテナが特徴の、ザフト最新鋭機『インパルス』だ。
 ザフトから強奪したそれに、以前から回収していたストライカーパックの一つ『エールストライカー』に、量産型エネルギーボックスを使って改造したものである。
 アーモリーワン近海での戦闘で手に入れた『ブラストシルエット』もあったが、ユニウスセブンへ急行する為に、選択肢から外していた。
 MS管制と戦況オペレーターも兼任するマユの声に従って、シンはインパルスの脚部を電磁加速カタパルトに固定する。ガイスターのエイリアンテクノロジーで、コックピットに掛かる慣性やGはほぼゼロに等しい。
 電磁加速し、カタパルトに固定した機体をマッハ五十以上に加速させて射出するリニアカタパルトが利用できる最大の要因だ。
 ダイノガイストに遅れる事数十分、惑星間航行用の超長距離超加速ブースターを装備した漆黒の戦艦『サンダルフォン』がようやく姿を見せたのである。
 艦橋の『艦長』が、険しい瞳でユニウスセブンを見つめる中、マユが小さな背中をかすかに振るわせて、モニターの向こうの兄を見つめた。

 

「お兄ちゃん」
「分かっている。絶対に、あんなものを落としやしないさ」
「うん」
「大丈夫、おれだけじゃない。ダイノガイストだっているんだぜ? 誰にも負けやしないさ。そうだろ? だっておれ達は」
「無敵の宇宙海賊ガイスターだもんね」

 

 シンの励ましの声に、マユは小さく笑って答えた。
 オーブと地球連合の戦いから数か月、幾万もの星が煌めく夜に帰ってきたダイノガイストと共に故郷を離れてから、シン達は数えるほどしかあの地を踏んではいなかった。
 アスハ家の意向で交戦し、まるで巨人と蟻の戦いの様に一方的だったあの戦いで父母を失ってから、オーブはシンとマユに血と苦痛に塗れた記憶を思い出させる場所だったからだ。
 故郷の友人達の安否こそ気にはなっていたが、どうしても目の前で消し炭になった父と母の姿、血と焼ける肉の匂いと、爆ぜる木の枝の音が、じりじりと焼けて行く家族だったモノの音が、シンとマユの心に鋭い爪を立ててくるのだ。
 だが、そんな忌わしさばかりが増した故郷でも、誇張でも何でもなく滅亡の危機にあると聞かされれば、なんとかしなければならないと、そう強く思う。
 父母を失い、心が悲痛の泥濘に塗れた場所であっても、あそこには確かに、幸せだった頃の記憶が今も色濃く息吹いている。

 

「ああ、そうさ。これ以上、オーブに悲しみばかりの記憶を増やしてたまるもんか!!」

 

 ビームライフルとアンチビームコーティングシールドを装備し、シンは、慣性制御システムと自身の肉体の許す限り機体を加速させ、ジュール隊の参戦で混迷さを増す戦場へと踊り込んだ。

 

   ▽   ▽   ▽

 

『ぬん!!』

 

 それ自体が途方もない質量を伴った声と共に振り下ろされた銀刀二刃が、ジンHM2型の両腕を付け根から斬りおとした。この戦場において、いや地球圏において間違いなく最強の称号を冠せられるべき黒金の巨人ダイノガイストである。
 瞬く間に数キロをセンシングし、順調にメテオブレイカーの設置作業が進んでいるのを確認する。ダイノガイストに加え、マイトガイン、飛龍、ガオーMSという規格外の存在が複数存在するのだから、当然の事といえただろう。
 ニュートロンジャマーの存在を問答無用で無視するセンサーが、新たな反応を捉えた。歓迎せざる敵の反応であった。苛立たしげな様子も露わに、ダイノガイストが虚空を睨む。
 血を結晶化させたようなバイザー状のメインカメラの視線が、星の瞬きの中の異物を正確に射抜いていた。
 その傍らに、シンの駆るエールインパルスが降り立った。アルダに徹底的に鍛えられ、時折シミュレーターや実機でダイノガイストに叩きのめされた成果は、前大戦からのベテランぞろいのテロリスト相手にも見事戦う事が出来ているようだ。
 やや興奮した様子のシンが、ダイノガイスト同様のセンサーシステムを装備させたエールインパルスの捉えた望遠映像に息を呑む。
 そこには、アーモリーワンで奪われた筈のカオス、ガイア、アビスの姿が映っていたのだ。

 

「こんな時にあの連中が!? まさか、メテオブレイカーを壊す気かっ」

 

 シンの予想が的中している可能性はあまり高くはないだろうとダイノガイストは判断していたが、制止する前にシンは飛び出していた。
 仮にもザフトの最新型MSを強奪したのだから、一応プラントに敵対する立場のものであろう。ならば、ユニウスセブン落下という地球滅亡に近いシナリオを良しとはすまい。
 もっともこちらの行動をザフトの仲間割れと判断し、全て撃墜しようとはするかもしれない。その時は、面倒だが破砕部隊を守りながら迎え撃たねばならないのが面倒ではある。

 

『できれば、奴らの実力も試しておきたかったがな』

 

 テロリストらベテランのザフト兵らと比べても際立った動きを見せる真紅の飛龍や、威風堂々たる威圧感と共に戦っているマイトガインと、直接刃を交え好敵手たるか試す余裕が無いのが、ひどく惜しまれた。
 まあいい、機会はいくらでもあるだろう。そう思いなおし、彼方で暴れまくっているガオーMSもセンシングした。巧妙に隠してはあるが、随所にダイノガイストが齎したエイリアンテクノロジーが使われている。
 ほんの一、二年の短期間でダイノガイストも驚くほど技術を解明し応用してきた、あの男の顔が脳裏(?)に浮かんだ。いつもどこか皮肉気で自信に満ちた振る舞いをするあの男。どうやら、思った以上に遣り手だったようだ。

 

『どうやら思った以上に楽しい事になりそうだな。ふ、ふふふ』

 

 この先に待ち受けるモノを思い、ダイノガイストは愉快気に低く忍び笑いを漏らした。それもほんの三秒ほどでやめ、残るテロリスト達の掃討へと意識を向ける。
 背水の陣どころか、すでに命を投げ捨てたも同然のテロリスト達は、自分達の悲願成就の為にと、死の物狂いの抵抗を見せ、半ば相討ちに近い形でメテオブレイカーの輸送部隊や護衛MSの数を減らしていた。

 

『その気迫だけは買うが、このおれの宝に傷を付けるような真似をしたのが貴様らの不幸だ……』

 

 風の無い水面の様に静かな呟きは、むしろ胸中で溢れるダイノガイストの怒りを表すようで、ユニウスセブンに揺れが走ったのは、大気圏に近づいた影響よりも、この墓標に眠る死者達がダイノガイストの怒りに慄いたからかの様だった。