Top > 子連れダイノガイスト_第2話
HTML convert time to 0.007 sec.


子連れダイノガイスト_第2話

Last-modified: 2008-09-19 (金) 17:35:33

第二話 お仕事の時間だよ

 

 ――撃てぇーーーー!! マリュー・ラミアス!!!――

 

 あの優しい艦長がよくも決断できたものだと、その時ナタルは、迫りくる陽電子破城鎚『ローエングリン』の輝きを見つめながら思ったものだ。自分でも死微笑を浮かべているのが分かるほど、安らかな気持ちのまま。
 これでいいのだ。軍人としての在り方を求めるあまりに、過ちを犯してしまった自分は、この争いに満ちた世界を生む要因となった男と共に、広い宇宙の中で繰り広げられる狭い世界での争いの中で命を落とす。それでいいのだ、と。
 だが、何者かがナタルの命運がそこで尽きる事を許さなかった。生き恥を晒させるためか、それとも犯した過ちを償わせるためなのか。それは今もナタルには分からない。
 この闇から死出の旅路へ向かうのか、と感傷めいたらしくない思いを抱いたのは、ぼんやりとする意識のまま開いた瞳に移ったのが、薄暗闇に閉ざされた世界だったからだ。罪を犯した自分が行くには相応しい、救いの光が射さぬ場所と思えた。
 だから、その声が聞こえて来た時、自分が落ちた地獄からの責苦の担い手のものだと思った。

 

「どうやら、目を覚ましたようだな」

 

 まだ若い男の声だ。信じた事も無いあの世とやらの住人は人間とあまり変わらないらしい。そんな感慨を覚える余裕がある事が、ナタルには可笑しかった。
 声に出ていたらしく、小人の笑い声にも似た小さな声を、若い男は聞き取ったらしかった。

 

「まだ意識は明瞭としていないようだが、安心したまえ。君はまだ生きているのだよ」
「なん……だと?私が……生きている?」
「そうだとも。もっとも、その口調ではあまり嬉しくはなさそうだがね」

 

 ナタルの驚きを揶揄する男の声は、ひどく耳障りだった。こいつはよほど根性がねじ曲がっているに違いない。なにか硬質の手術台か床に寝かされているらしい体を起こし、電流の様に走る痛みに眉を顰める。
 自分が生きている。ひどく性質の悪い冗談としか思えなかった。戦艦の武装としては最強に位置するローエングリンの直撃を受けたのだ。
 地球圏の如何なる技術がそれの直撃を防ぎうると言うのだ。まあ、たかがMSのアンチビームシールド一枚がやってのけたけれど。
 どうやら裸にされていたらしく、水準並みの乳房の上まで掛けられていたシーツがずり落ちるのを抑え、ナタルは瞳の焦点を結ぼうと何度か瞬きをした。薄暗闇のあちこちに白い照明灯が灯されている。
 その白い光を浴びて、体を起こしたナタルと向かい合う位置に先程までの声の主がいた。金色のかすかに波打った髪を首筋を隠すまで伸ばし、眼元をすっぽりと覆うサングラスをかけていた。
 男の身に付けている衣服が、ナタルが所属していた地球連合の敵であるザフトの軍服――を改造したものと認識すると、ようやくナタルの心の中に警戒の意識が働く。咄嗟に腰のホルスターに差し込んだ拳銃に手を伸ばした。
 とその指が空を掴む。そうだ、自分は裸にされている。銃などあるはずがない。きり、と奥歯を強く噛み締める音が自分の口内に響いた。ずれ落ちそうになるシーツを右手で首まで引き上げ、せめて強い眼差しで男を睨んだ。
 くくっと、喉の奥で男が笑った。ナタルの意志を見透かしどこまで嘲笑っているかの様でより一層不快さが掻き立てられる。

 

「そう警戒しなくても良いだろう? 君も私も、この宇宙で数えるほどしかいない同類と成り果てたのだからね」
「何を言っている?」
「君も思っただろう?どうして自分が生きているのか?なぜ死んでいないのか、と?」
「……」
「私が君を同類と言ったのもそれが理由だよ。その疑問を抱いた事、抱かざるを得ない状況にされてしまった事。そして、命を救われた事が、ね」
「命を救われた?誰に?」
「さっきからいるだろう?私の後ろに、だよ」
「誰も……」

 

 それまでの冷淡と陰湿さを合わせた嘲笑を、どこか子供のいたずらめいたものに変えた男が、右手で自分の後ろを示した。天井から降り注ぎ、男を照らす白い光の向こうに広がる闇の中になにかが居る事を、男に言われてようやくナタルは理解した。
 いや、分かってはいたのだ。だが、それが、よもや自分の生命を救うとは、そもそもどのような存在かさえ分からずにいた。それは、ヤキン・ドゥーエでさんざんに地球連合、ザフト、三隻同盟に苦渋を飲ませた、名前しか分からぬ暴虐の機神であった。
 言葉の無いナタルを、ロボット形態のまま見下ろしていたダイノガイストが、やがて言葉を発したのは、それから数秒後の事だった。

 

 

「艦長? どうしたの?」
「ん? ああ、なんでもない。すまないな。少しぼうっとしていた」
「珍しい事もあるんだね。艦長がぼんやりしてる所なんて、マユ初めて見たよ」

 

 くすくすと笑うマユに、少しはにかんだ笑みを向け、ナタルは『ナタル・バジルール』から、宇宙海賊ガイスターの母艦サンダルフォンの『艦長』に戻る。それから、自分の周りを見渡し、しみじみと溜息をついた。
 あのダイノガイストに救われたとアルダに告げられた時、同時にダイノガイストが外宇宙から、地球を訪れたエイリアン、しかも宇宙海賊と実にSF的な存在であると告げられ、自分もガイスターの一員に加えると、拒絶を許さぬ事実を告げられた時は――

 

「一度は死んだ身だ。堕ちる所まで堕ちるのも相応しいかと思ったが、そうでもなかったかな」
「どうしたの艦長? どこか調子悪いの?」
「いや、今日も美味しく出来ているなと思っていただけだ」
「ホント? それならよかったぁ」

 

 途端に不安げな表情からにぱっと輝く笑みに変わるマユに、好もしげな笑みを向けてからナタルはもう一度溜息をついた。サンダルフォンの後部アガメムノン級戦闘空母部分に設けられたダイニングルームだ。
 南海の孤島の地下にあった秘密基地の一角には及ばぬが、それでも人間用に比べると途方も無く広いのは、利用者の中にダイノガイストの名前があるからだ。
 この巨大な部屋を設ける理由になった当のダイノガイストは、専用の馬鹿でかいテーブルの上に乗せられた直径二十メートルほどの大皿の上の、インドマグロの丸焼きを器用に口の中に放り込んでいた。
 その隣では作業用のワークローダーを操ってダイノガイストの為に、合成牛のステーキ3トン分とガーリックライス2トンをよそっていた。ダイノガイスト用以外の分は無論通常サイズだ。
 ダイノガイストとは別に用意された大理石のテーブルの上には、マユ手製のチンジャオロースーや、ピーマンの肉詰、四川風五目炒め、フカヒレの姿煮、くりぬいたメロンに梅の酸味を付けたスッポンの煮凝りを詰めた冷製スープなどが所狭しと並んでいた。

 

「ショーユを取ってくれんかね?」
「はいよ」

 

 と、シンが醤油を上手く発音できないアルダに醤油の瓶を手渡し、アルダはありがとうと小さく言って手元の小皿にとったポテト餃子に垂らしてぱくりと食べた。それからすぐにむ、と眉を顰める。かけすぎたらしい。
 アルダのサングラスの下に隠された表情の変化には視線の一つも送らず、シンは口の中の牡蠣の青蒸を良く噛みながらぼんやりと、ワークローダーで器用にダイノガイストの為に料理を取り分けるマユの姿を見つめていた。
 今度は満足の行く量の醤油を魚肉餃子に付け、ちょっぴりご満悦のアルダがそのシンの様子に気付く。

 

「シン、あまり自分の妹を舐めるように見回すのは傍から見て気分の良いものではないのだがね」
「え? ああ。……あのさ、マユってあのワークローダーでダイノガイスト用の料理をつくるじゃないか」
「ふむ? そうだな。特大包丁と特大鍋と特大蒸し器その他調理道具をよくもまあ、あのワークローダーで操れるものだ」
「正直な話……おれだと出来ないんだよ。あの料理。ひょっとしたら、マユの方がMSの操縦は上手いんじゃないかなあ、と。となるとおれのいる意味ってなんなのかなあ、と」
「なるほど。自分の存在意義が危ういことに危機感を覚えたと言うわけか。自己の存在意義に対する懐疑の念と言うものは、君くらいの年ごろなら遅かれ早かれ、また大なり小なり誰もが抱くものだよ。そう気にする事も……」

 

 当たり障りのない口調で、柄に似合わぬ説教でもしてやるかと、アルダが口を開いたのだが、別段答えが欲しかったわけではないシンはふと浮かんだ疑問を口にした。

 

「なあ、アルダは出来るのか? ワークローダーで料理。千切りとか微塵切りとかその他諸々」
「……」

 

 アルダの口はぴたりと閉ざされた。シンに言われた事を自分に置き換えてみたのだ。シンにザフト仕込みのMS操縦技能を叩きこんだのはアルダであるが、その自分が――

 

 鼻歌を歌いながら直径八メートル、高さ十メートルもある超巨大鍋をかきまわし、器用に掬いあげた直径一メートルのオタマの端は、神業的なワークローダーの操作で、必要最低限の力でもって調理者の唇に運ばれて味の品評を待つ。
 アーマーシュナイダーを改造した刃渡り三メートルに及ぶ特大包丁が、軽快なリズムと共に特大培養した巨大野菜たちを切り刻み、刻み残しの一つも無く全く同じ細さで刻まれた野菜の山。
 直径十メートルに及ぶフライパンを器用に振い、乗せた合成家畜の肉や巨大野菜の最も適切な温度に火を調整しつつ、炒め、茹で、蒸し、揚げて行く。一切の停滞が無い調理過程は、その全てが計算されつくした行為である事を意味している。
 調理台の後ろの台に並べられた『ダイノガイスト様用』とマユが愛を込めて書いた大皿に、出来上がった料理が一切零れる事無く盛りつけられ、それには一流のシェフと芸術家の感性に基づく盛り方、飾り方の工夫も成される。

 

 ――と、ここまでコンマ一秒ほどで想像したアルダは沈黙を伴侶に選んだ。
 自分にもできそうにないな、とかなり本気で思ったからである。サングラスの男と兄の二人は、自分達の存在意義を意味の無い物にしているかもしれない、この恐るべき少女――マユ・アスカを複雑そうな瞳で見つめた。
 と、そんなマヌケな危機感に襲われている二人の事など知らず、マユは『大埜牙威州頭』と筆で書かれた特大湯呑に梅昆布茶を注いでいた。実に幸せそうなニッコニコの笑顔であった。
 これこそが、宇宙でも一、二を争う宝なのかも知れないな、と艦長ことナタル。それからもう一度、ダイニングルームでもぐもぐと一仕事前の食事を勧めるガイスターの面々を見てから嘆息した。
 まあ、こういう二度目の人生なら悪くも無いか、とそう思っていたのだ。

 

 

 自動航行で進むサンダルフォンを、目標のヴァルデマール金貨の持ち主である金持ちB氏の屋敷まで百キロメートルの距離で停めた。
 屋敷は都市の郊外にあり、実に百平方キロメートルにわたって近隣の土地が、ヴァルデマール金貨の持ち主の所有になっている。
 その土地をそっくり囲う高さ七メートルの強化コンクリートの壁の内側ではm品種改良によって主人お言いつけを忠実に守る知性と、侵入者の喉笛に容赦なく喰らい着く獰猛さを付与されたドーベルマン、それに短機関銃を堂々と晒すガード達が埋め尽くしている。
 それが従来の警備のし方なのだろうが、今回の場合はそれらをMSが代行していた。多くて四機ほどで大小のグループを作り、さんさんと太陽の輝く時刻を、やがて来る宇宙海賊迎撃の為に浪費していた。
 やがて停止したサンダルフォンの旧ドミニオン蹄鉄部にある格納庫で、ジン・アサルトシュラウドにシンは搭乗した。
 ノーマルのジンに、複数のスラスターやバーニア、マシンキャノンやグレネードを内蔵した追加装甲を装着したものだ。すでに前大戦時旧式化しつつあったジンも、アサルトシュラウドの装備によって後の量産機や高級機とも互角に近い性能を獲得している。
 既に艦橋に戻った『艦長』が、目標の屋敷の周囲に展開したMSの姿を手元のコンソールで確認した。

 

「シン、MSの数は23機。ジンタイプが12、ザウートが3、ストライクダガーが4、それにM1が3とブルーフレームがいる」
「23機、ってどこの軍隊? ていうかブルーフレームってあのサーペントテールじゃないか!? おれじゃ太刀打ちできないですよ!」
『安心したまえ。シン。今回は数が数だからな、私も出よう』
「アルダが? じゃあアレ使うのか?」
『いや、アレを出すまでも無いさ。今回はゲイツで出る』

 

 シンのジンASが搭載されている右蹄鉄部とは反対の左側の格納庫の中で、出撃の用意を整えたアルダが、これまで相手にした事のない数と強敵に慌てるシンを宥める。
 こちらはよほどの修羅場をくぐってきたのか、ダイノガイストを含めても八倍近い戦力差を屁とも思っていないらしい。
 ダイノガイスト印のエイリアン・テクノロジーで強化された機体は、従来の純地球製MSを上回るスペックを誇る。シンには勝つ戦い方よりも生き残る戦い方を叩き込んであるから、まあ、圧倒的な数の不利もしばらくはなんとかなるだろう。
 いざとなればダイノガイストという最高最強の切り札がある。アルダは、その身で知るダイノガイストの戦闘能力を正確に評価していた。
 現行のMSでは最高の性能を誇る核動力MS――フリーダム、ジャスティス、プロヴィデンスそれぞれを単体でははるかに上回る力を持った化けものなのだ。

 

「さて、我らのボスが戦うにふさわしい敵か、試させてもらおうか? サーペントテール」

 

 そうなる事が愉しみで仕方ないと、アルダの唇の両端は吊り上がり笑みを刻んだ。

 

 

「来たみたいだぞ、劾」
「ああ」

 

 75mm重突撃銃を構えたイライジャのジンからの通信に、同じく迫りくる敵機の反応を捉えた劾が、静かな声で答える。鉄の強さに凪ひとつない湖面を思わせる静かな声であった。男なら、一度はこうなりたいと思う男の声だ。
 劾の乗機は以前、連合の造り出した戦闘用コーディネイター《ソキウス》との戦いで大破したブルーフレームを、知り合いのジャンク屋の手によって改修した《ブルーフレームセカンドL》だ。
 イライジャのジンと肩を並べて背のバックパック兼実体剣兼実体弾とビームを撃ち分けるタクティカルアームズを地面に突き刺して待つ。
 二人の目的は宇宙海賊ガイスターの首領と同じ名を持つダイノガイストだ(今の所地球人に、ダイノガイストという機体が同時にガイスターの首領である、という認識はない)。
 それ以外の手合いならば、ここに集められた傭兵連中で足止め位は出来るだろう。レーダーレンジに入り込んだ数は二機。真正面から堂々と戦いを挑むつもりらしい。

 

「AS履きのジンにゲイツか。二人子供のメンバーがいるらしいけど、どっちも乗り込んできたのか?」
「あるいは、知られている以上の人員を抱えているか、それとも依頼人同様傭兵を雇ったかだ」

 

 ほどなく、屋敷の間近の二人のはるか前方で、ガイスターのマークを左胸に描いたジンASとシグーが、待ち構える傭兵達と交戦し始めた。
 ザフトの飛行用トランスポーターである“グゥル”から飛び降りたジンASが、両手に持った重突撃銃から75mm弾をばらまく。こちらを見上げていた黄色いジンとノーマルカラーのジンの頭部と首の辺りに着弾し、その二機がどうっと仰向けに倒れた。
 脚部のスラスターをふかして柔らかく着地し、シンはモニターの端から端まで映る敵機の影に、うへえ、と気弱な声を出した。これまで何度かMSで戦闘をこなした事はあったがこれほどの戦力差は初めてだ。
 それでもどこか余裕が見えるのは、これまでの宇宙海賊暮らしが並ならぬものであった事を告げている。良くも悪くも肝が太くなるような暮らしだったらしい。
 ザフトのパイロットスーツを着こんだシンに、こちらはいつもの普段着姿のアルダが通信を繋げた。

 

『シン、無理はするなよ。サンダルフォンの援護も無いしな。今は派手に囮の役をすれば良いだけだ』
「分かってるよ。でも、うわ、人が話してる時に撃ってくんな!」

 

 とシンの文句を言う声の後に重突撃銃の銃声が重なり、それが20発を数えてからシンが通信に意識を戻した。

 

「でも、この上サーペントテールまでいるんだろ? 叢雲劾って、最強の傭兵って言うし、大丈夫なのかな?」
『なに、彼らが出てきたとしてもそれに勝つのが我々の目的ではない。いざとなればゴッドフリートやローエングリンでも撃ち込んでもらって撤退すればいい』
「そりゃまあ」
『それよりもマユの安全を祈ったらどうかね? 彼女の方がある意味危険な仕事をしなければならないのだからな』
「言われなくたって」

 

 シンは、三機目のジンに両肩のマシンキャノンを撃ちかけて牽制しながら、一人別行動のマユの安否を祈った。

 

 

「始まった始まった」

 

 と小高い丘でシンとアルダを迎撃する傭兵達の戦闘を眺めていたマユが零した。サンダルフォンから一人降り、足の爪先から首筋までをピッチリとしたタイツと装甲板で埋めた黒い戦闘服姿だ。
 厚さ五ミリのタイツの中にMSも裸足で逃げ出す超精密な機械を内蔵し、着用者の肉体の保護と強化を行う特注の機械仕掛けの品だ。
 網膜投影型の、コンタクトレンズの形をした情報ツールからシン達の状況を逐次把握し、マユは望遠モードにしたレンズ越しに屋敷をつぶさに観察する。
 ダイノガイストか、あるいはシンとアルダによって傭兵達が一掃され、屋敷から金貨の持ち主が逃げ出した際にそれを追撃するのがマユの役割だった。
 その役割を忠実に果たすべく観察していると、何やら慌ただしく屋敷の中からガードらしき黒服と、年配の老人が乗り込んだリムジンが走り出てきた。よほど急いでいるらしく、いきなりアクセル全開で大理石を敷き詰めた道を走破しだす。

 

「あれ? もう逃げ出しちゃってる。もう少し待つと思ったんだけどなあ」

 

 と可愛らしく小首をかしげて、後を追わなくちゃと跨っていた鋼の愛馬の手綱を握る。マユが跨っているのは子供のおもちゃで見掛ける小さな二輪バイクだ。ただし表面は黒く塗られた鋼の艶を持っている。

 

 携帯用バイク――全高47センチ、全長80センチ、重量20キロ。搭乗者に合わせて1/100ミリ単位でシートとレバーが微細に角度を変え、風防を務める半楕円形のフードがスライドしてマユの目の前に展開する。
 搭載された小型バッテリーによって時速80キロで36時間の連続走行を可能とし、最大時速320キロを誇るミニ・モンスターだ。バッテリーのみで稼働する為排気音や排煙が発生しない点も注目すべきだろう。
 マユの体格に相応しい鋼の暴れ馬は、乗り手を時速70キロに引き込んで勢いよくモーターを回転させて発進する。
 マユは、望遠モードのツールが告げる状況を理解し、やばっと声を洩らす。ヴァルデマール金貨の持ち主が逃げ出したのはガイスターの襲来もあるが、それとは別の賊に狙われたからであった。
 しかもあの慌ただしい逃げっぷりからして、金貨を手に入れる寸前までいっているらしい。マユはハンドルを握りしめてミニバイクを時速二百キロに加速させた。

 

「駆けよ、トロンベェ!」

 

 遊園地のジェットコースターにでも乗っているようなノリで、マユは独逸語で「竜巻」を意味する言葉を口にして、一気にリムジンとその護衛の車両と、それを追う一台のジープ目掛けてミニバイクの機首を巡らした。
 ジープとリムジンの護衛車両との間で盛大な銃火が応酬されているのを見て、マユは右太もものホルスターに収納した銃を意識した。
 16連発のオートマチックタイプの麻酔銃には、地球上のあらゆる生物に効果のある特製麻酔弾『スリーピング・ビューティー』を装填済みだ。
 対人戦闘を想定したボディ・アーマーの分厚い生地も、問答無用で貫く特殊加工したタングステンの針から体内に投与される麻酔薬は、一切の副作用なしで安らかな眠りを十二時間ほど約束する。
 ど、と地面に着地する衝撃は驚くほど少なく、マユは襟元にある通信機でサンダルフォンの艦長に連絡を入れた。
“自分達とは別の賊、たぶんトレジャー・ハンターがお宝を狙って持ち主を追っている”、と。
 マユからの連絡を、艦長はそのままダイノガイストにつなげ、新たな指示を待った。マユには甘い傾向のあるダイノガイストがどう言った指示を出すか、多少興味はあった。
 アガメムノン級部分の格納庫で、歪な玉座にかけたダイノガイストは、意外にもマユにそのまま金貨を追うように指示を出した。

 

『マユにはそのまま追わせろ。シンとアルダも傭兵共を黙らせるのだ』
「それで本当によろしいので?」

 

 これは艦橋の艦長だ。万が一を考えてマユの援護を出さなくてよいのか? と暗に聞いている。

 

『構わん。今のマユならその程度はこなせる。追っているトレジャー・ハンターが例の奴らでなければ取り逃がしはせん』
「了解」

 

 マユの事を信用しているのか、それとも失敗してもどうでもよいと考えているのか、艦長はモニターの向こうのダイノガイストをしばし見つめたが、やがて通信を切った。
 一秒前までダイノガイストの恐竜顔が映っていたモニターを見てから、やがて艦長は小さく笑った。それを、隣のコンソールに下半身を埋めてサポート中のテレビロボが、画面に『?』マークを浮かべた。
 なぜ笑ったのか? という意味だ。

 

「いや、なんなんだかんだ言って、あの娘の事が気になるのだなと思ってな」

 

 艦長は見たのだ。ダイノガイストの尻尾が上下に振られて床を叩いているのを。それは苛立たしさを表す動作と言うよりは、マユの事を心配して無意識のうちに行った動作の様に思えた。
 それに気付いてなんだか微笑ましい気持ちになり、つい笑みを浮かべてしまったのだ。

 

「思ったより宇宙海賊も悪くなかったな」

 

 不意に、艦長――ナタル・バジルールにそう言われたテレビロボは、当たり前だ、とばかりに右の触手を左右に振った。
 さて、現実の方で後問題なのは、宝を追っているのが『例の奴ら』かどうかと言う事だった。

 

「がんばれ、マユ」

 

 艦長は、一人宝を追うマユに、せめてもの声援を送った。

 
 

 ――続く。