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子連れダイノガイスト_第4話

Last-modified: 2008-10-14 (火) 08:58:48

第四話 『運命』へ
 
 
 
 ざあ、と波の引いては寄せて、岩礁にぶつかって砕ける音が絶え間なく続いている。青く輝く海が誕生して以来、片時も止む事の無かった音が耳に心地よい。そよぐ風は暖かく、潮の香りの中に、たわわに実った南国の果実の甘い香りをかすかに乗せている。
 鼻をくすぐる香りと共に頬を撫でて行く風の感触は、例えようも無く優しい。きゃははは、と木霊するのは、溌剌とした元気さに満ちた子供達の声だ。ぱしゃぱしゃと波の寄せる砂浜を走り、遊んでいるのだろう。
 青い空に吸い込まれてしまいそうな声は、水着を着た十五、六歳の少年と、フリルのついた白いワンピースの水着を着た、こちらは十歳前後の女の子だ。
 少年は相当に過過酷な訓練を積んでいるのだろう。その体にはおおよそ無駄な脂肪や、肥大な筋肉もついていない。束ねた鋼線を骨格にし、戦士に必要な最低限の筋肉を纏った体つきだ。
 対して少女の方はいかにも子供子供した、凹凸の極めて乏しいつるぺた体形だ。臍が浮かぶくらいピッチリとした水着を着こみ、若々しい活力に満ちた肢体が、少年との戯れによく弾んでいる。
 何時開くのかと誰をも魅了する小さな花の様に透き通った雰囲気だ。そして黒髪の少年と栗色の髪をした少女の顔立ちにはどこか同じ面影を見つける事が出来る。
 シン・アスカとマユ・アスカ。この世に立った二人きりの肉親になってしまった二人である。
 C.E.71年に勃発した赤道直下の中立国家オーブと地球の諸国家の連合体、『地球連合』の間で起きた戦闘で両親を理不尽にも奪われ、とある世界で敗れた『悪』によって救われた二人であった。
 そしてその『悪』と共に兄妹が一員として活動している組織の名は宇宙海賊ガイスター。その活動範囲のほとんどを地球圏に留める、現在地球圏で最も有名な武装海賊である。首領ダイノガイストを筆頭に、少年少女二人のみが確認されていた最小規模の宇宙海賊だ。
 だが、規模の小ささに反して彼らの保有する謎の巨大MSダイノガイストの圧倒的戦闘能力から、軍事関連企業や各国家軍部の注目を集めている。
 最も古い記録ではオーブ戦にて総数五十機のMSを破壊した。
 その数ヶ月後に姿を見せたヤキン・ドゥーエ戦では、当時最強とされた核動力MSフリーダム、ジャスティス、プロヴィデンスの三機とそれぞれ互角以上に戦い、地球連合・ザフト・三隻同盟全てに牙を剥いた最凶の機体であるためだ。
 MS・巨大戦闘機・恐竜と複雑かつ必要性があるとは思えない形態を含めた可変機構。当時MSとして最大の出力を誇っていた核動力機を圧倒するパワー。
 頭部の長短四本の角や胸部の金色の装甲から放たれる、発射機構がよく分からない武装。人間が乗っているとは思えない、まるで機体そのものが肉体の様な動き。
 前大戦中、頭抜けた戦闘能力を持っていた核動力機に比肩するかそれ以上の武力を持つこの機体に、各国の目が向くのも無理はなく、そしてまたなぜこれほどの兵器を一介の宇宙海賊如きが所有しているのか、という疑問は今もなお湧いて尽きる事を知らない。
 その背後になんらかのアンダーグラウンドに属する組織が関与しているのではないか?
ブルーコスモス? それとも名も知られぬ秘密結社? 数十年先を行く技術を持った謎の私設武装組織?
 ゴシップじみた無責任な噂を巻き込み、ガイスターに対するあらゆる考察や噂、推測が行き交っていた。
 いまだそういった好奇心と欲望と陰謀が入り混じった目を持った人々が見つけられずにいるガイスターの秘密基地の一つが、今シン達のいる南洋の孤島であった。
 旧世紀に放映された豚の飛行機乗りが主役の映画に出てくる、その豚の飛行機乗りが家代わりにしていた孤島の様に、周囲を岸壁にぐるりと囲まれている。
 真ん中をきれいに円形に刳りぬかれた島の中央に、ぽつんと建てられた簡素な小屋の他に、真っ白い砂浜に刺さったパラソルとチェアーがひとつ。
 リラックスしきった姿でチェアーに寝そべっているのは青いサマーセーターを着込み、左手には白い絹の手袋をはめた二十代前半の女性だ。ゆったりとした服装は、均整の取れた大人の女の体のラインを慎ましく隠している。
 紫をわずかに混ぜた紺色のショートヘアーに、首筋から左眼の眼元まで大きく走る火傷が特徴的だった。
 今はサングラスをかけてパラソルの影でトロピカルジュースを片手に、文庫本に目を落としていた。時折波と戯れるアスカ兄妹に目を向けて、ふっと目元を和ませる。二人の保護者代わりの、宇宙海賊ガイスターの知られざるメンバーの一人『艦長』だ。
 
 澄みきった海水をすくいあげて、お互いにかけ合って遊ぶシンとマユが、太陽がさんさんと輝く青空の彼方からやってくる光の玉に気付いた。淡い紅色の球体で、シンの頭位の大きさだ。
 内部ではまるで炎の様に光が揺らめき、時折人の形の様に動いている。シン達も初めて見た時は度肝を抜かれたエネルギー生命体だ。かつてダイノガイストが活動していた宇宙の版図からは大きく外れたこの『地球』に、たまたま辿り着いた宇宙商人が、その正体だ。
 球体はちょうどシンとマユの顔の辺りで動きを止めて声をかけてきた。
 
『お久しぶりでんな。シンはん、マユはん。ちぃとは背が伸びましたかいな?』
「こんにちは! まだそんなに伸びる位久しぶりじゃないよ。下でダイノガイスト様が待っているから早く行ってあげてね。じゃないとまた、ガオ〜〜って吼えられちゃうよ」
『ひええ、そりゃたまりませんわ。ほな、行かせてもらいますわ』
 
 マユの、ダイノガイストを真似た仕草に、球体の表面が波打った。それが怯えの表現らしい。そのままぴゅっとまた動き出し、チェアーに寝そべる艦長にも一声かけてから、岩壁に偽装している地下への入り口に消えて行った。
 ダイノガイストがかつて宇宙を荒らし回った宇宙海賊である為に数多のエイリアン・テクノロジーを保有しているとはいえ、C.E.ガイスターの面々が持つすべての超技術を賄うにはやはり専門の技術や特別な資源が足りない。
 それを補っていたのがあの宇宙商人だった。マユは地下に向かってぱぱっと飛んで行ったエネルギー体を見送りながら、手を振っていた。彼のもたらす商品は、マユ達にとってこの上ない玩具であり、同時に不可欠な商売道具なのだから。
 立体映像の密度の操作によって、現実の岩壁と変わらぬ存在感を齎されたカモフラージュをすり抜けて、すいすいと宇宙商人はダイノガイストが座して待つ地下格納庫へと向かった。一辺百メートルに及ぶ広大な空間である。
 発光物質を含んだ構造材を使っている為に、照明を設置しなくても並の人間には十分な光量が得られる。中央に全高三十メートルを超える黒い鋼の暴竜が座し、その頭の左横の辺りにクレーンの先に設置された台の上に、二十代後半ごろの青年が立っていた。
 いかなるものも引き裂かずにはおけぬ三本爪に、引き千切り噛み砕き咀嚼する事の出来ない者など無いと無言で語る、その口に連なった白い牙。恐竜と言うよりはスクリーンの中の怪獣に似た巨躯の背に負った二門の砲身。
 頭部を飾る反った刀身の様な黄金の角。ブゥンと鈍い音を立てて青いレンズの双眸が鈍く輝いた。
 現在地球圏最強と名高い謎の人型可変機動兵器ダイノガイストであると同時に、宇宙海賊ガイスターの首領ダイノガイストその人であった。
 傍らに立つのは、艦長と同じ様に人々には知られていないガイスターのメンバーの一人アルダ・ジャ・ネーヨだ。かすかに波打つ金色の髪を肩に掛かるまで伸ばし、それなりに端正な顔立ちの上半分を、サングラスで隠していた。
 身に付けているのはザフトの白服を改造したらしいロングコートだった。口元にはあるかなきかの淡い笑みが浮かんでいた。アルカイック・スマイルとはまた違った、どこか悪意を感じさせる笑みである。
 人の感情に敏いものならば、アルダから感じられる感情がない事に気付き、慄くだろう。アルダが笑っているのは、あくまで形だけ。文字通り形だけなのだ。笑いを浮かべる仮面を被っているのと等しい。
 少なくとも、アルダが感情を込めた笑みを向ける相手は宇宙商人では無かった。
 
『やーやーお久しぶりですなぁ、ダイノガイストはん! かれこれ二週間ぶりでっしゃろか』
『時間通りだな。宇宙商人バイヤー』
 
 やや軽い口調のバイヤーに比べ、無法者の野卑さの中に、歴戦の戦士の風格を滲ませたダイノガイストだ。
 かつてダイノガイストがこのC.E.地球ではない地球で取引を行っていた宇宙商人トレイダーは、配下であったガイスター四将と共に宇宙警察に逮捕されている。
 その蛮名故に積極的に取引をしようと言う宇宙商人が少ないのが、本家ガイスターの欠点の一つだった。
 バイヤーは本家ガイスター時代には付き合いの無かった宇宙商人だが、何の因果か太陽に身を投げて自死したはずのダイノガイストが目覚めた際に記録していた宇宙星図や、あらゆるデータから算出しても該当しないこの地球でヤキン・ドゥーエ戦役終戦の頃に出会った。
 
 トレイダーは非合法の品を主とする商人で、宇宙規模で見てもかなりのネットワークを持つ大商人だったのだが、ガイスター壊滅時についでに逮捕されている。
 そのトレイダーが宇宙警察に逮捕された事によって主を失ったその商品の流通ルートや情報網、膨大な利権を巡り宇宙中の商人の間で裏世界の暗闘が繰り広げられた。
 バイヤーはその暗闘に敗れてそれまで蓄えた財を失い、逆転の目を探るべく誰の手も届いていない未開拓宇宙を目指していたのだ。
 その旅の途中で未開の原住人達との取引用の、手元に残った最後の品々を積んだ宇宙船が事故で故障し、流れ着いたのがこの太陽系だったのである。
 しかし、この世界の地球人類の宇宙進出レベルを見るに、取引は難しいかと頭を悩ませていたバイヤーの前に、宇宙にその悪名と武勇を知らしめていたダイノガイストが姿を見せたのである。
 宇宙警察最精鋭チーム『カイザーズ』と宇宙最強の宇宙海賊『ガイスター』の長年の戦いが、ガイスター首領ダイノガイストの死亡と、ガイスター四将の逮捕で終焉を迎えた事は既に銀河の果てまで知れ渡っていた。
 だから死んだ筈のダイノガイストが目の前に姿を露わした時、バイヤーは人生で初めてと言うくらい大きな声で悲鳴を上げたものだった。
 対してダイノガイストからしてみれば、オーブの岩と闇の牢獄で雌伏していた頃から頭を悩ませていた現在位置と宇宙の状況を手に入れる事の出来る存在との邂逅は、奇跡のような幸運だった。
 現行の地球人類が解明していない、宇宙航行特有の空間跳躍の前兆を感知したダイノガイストが急行した現場で、バイヤーと出会い今に至るまで取引を続けている。
 エネルギー生命体であるバイヤーにとって、単に自分自身が宇宙を飛ぶだけなら不必要な宇宙船を使っていた事は、ダイノガイストにとっても不幸中の幸いだった。 
 事故にあったとはいえ、メイン動力が生きていた宇宙船にはダイノガイストが求める宇宙へ向かうべき航路のデータや、最新の宇宙情報や、バイヤー最後の商品が十分に残されていたからだ。
 ダイノガイストは、自分達のいるC.E.地球のお宝をバイヤーに売捌く事で商品と情報を手にいれ、バイヤーは宇宙でも非常に価値のあるお宝として通用しそうな地球のお宝を手に入れる事で商売人としての再起を狙うチャンスを手に入れたわけだ。
 既にバイヤーが買い取りそうな品を、これまで奪っておいた商品の中から選んで床に並べてある。事前に目録を送りつけ、その中からバイヤーがこれはと思った品々だ。
 地球の数万機埋設されたニュートロン・ジャマーの実物から、最新鋭の多機能消防車、ラミネート装甲やTP装甲から初版本で揃えた『こ○亀』や『○ルゴ13』全巻セットや、ブリキ製のおもちゃやらベーゴマやら、バラエティに富んだ品々だ。
 バイヤーは格納庫の片隅に置かれていたジャンクの山に近づき、その中にあった小型のカメラの中へとはいった。
 すうっと光の玉がカメラの中に入った次の瞬間、壊れた筈のカメラのあちこちが開閉し折りたたまれ、小型の手足を付けたとりあえずは人型のロボットに変わる。
 
『宇宙商人バイヤー〜〜!』
 
 とそれなりに通る声で、バイヤーが変身の完了を告げた。別にダイノガイスト同様に機械の体を手に入れる必要はないのかもしれないが、トレイダーも同じ事をしていたし、宇宙商人の流儀なのかも知れない。
 ピンク色のボディの上にある青い頭部の頂点から小さなプロペラが展開して、ヘリみたいにふよふよと浮き出した。それからゆっくりと取引品の上を旋回し始め、へー、ふーん、ほー、これはなかなかと言いだし始める。
 じろじろと見まわしてからまたダイノガイストと同じ目線まで浮き上がり、腰の辺りから取り出したソロバンをパチパチ弾き始める。
 目下、ダイノガイストには宇宙で流通している貨幣は必要ないので、基本的に要求するのは情報と、物資だ。バイヤーの頭(?)の中で今回の品々がどの程度の価値で流通するかの推測が成され、やがて結果がはじき出された。
 
『よっしゃ、これなら二億分の商品まではお好きなんと交換しまっせ!』
『二億だと……?』
『……あきまへんか? あのー、例の金貨があったら、もう三千万は出してもよかったんやけど』
 
 唸るようなダイノガイストの声に、バイヤーは見ている方が哀れな位華奢な四肢を震わせて後退した。バイヤーに比べればはるかに場数を踏んだトレイダーも、辛酸を舐めさせられたダイノガイストの咆哮がおっかないのである。
 
『ふん、まあいい。だがここ三カ月分の情報を付けてもらうぞ』
『へえ、それくらいならかましまへん』
 
 と値上げを要求されたのではない事に、バイヤーはほっと一安心する。やがて引き取った商品をどこからか取り出した唐草模様の宇宙風呂敷にしまい込み、よいしょと田舎から上京してきた風な格好でまたプロペラを回して浮かび上がった。
 
『ほな! 今後も御贔屓に』
 
 バイヤーがそう言って来た時と同じ道から姿を消すのを見届けるよりも早く、ダイノガイストはバイヤーから手に入れた情報を手元に映し出し、目を通していく。
 宇宙中の情報と言っても、ある程度話題を絞る様に伝えてあるから、せいぜい百科事典およそ百万ページ分程度の量だ。目を通し終えるのにそう時間はかからない。
 バイヤーとの商談の間、沈黙を守っていたアルダが、ふとダイノガイストの様子がやや違うのに気付き声をかけた。本来アルダの役割はこの後なのだが、今日は気まぐれを起こしたらしい。
 
「なにか興味を惹く事でも?」
『貴様に言っても分らんだろうが、ドライアスが宇宙警備隊のファイバードに討たれたのだ』
「ドライアス? ファイバード? 宇宙警備隊は、なんとなく察しは着きますが……」
『ドライアスとは、ある組織とマイナスエネルギー生命体の個体の名だ。宇宙皇帝を自称する気に入らん奴だ』
 
 どうやら知己の間柄であるらしいが、ドライアスと呼ぶ時に込められる感情は、嫌悪や敵意の割合がほとんどだ。アルダはダイノガイストの言葉の続きを待った。
 
『ドライアスはかつて宇宙にその名を轟かせた星間組織だ。オーボス軍、宇宙警備隊、宇宙警察と並ぶいわば宇宙列強の一角だ。
だが、瞬く間に勢力を広げて行くドライアスを危惧した宇宙警察と宇宙警備隊、そのほか惑星国家群が軍事同盟を結び、真っ向から衝突したのだ。
ドライアス優勢の時期がおよそ一千年、そこから宇宙同盟が互角に盛り返すのに一千年、そしてついにドライアスをほぼ壊滅まで追い込むのにさらに一千年』
「流石にスケールが大きい。で、『ほぼ』とは?」
『うむ。……ドライアスを相手に優勢に戦えるようになった宇宙同盟は、最後の決戦に際し、宇宙皇帝ドライアスのいる本陣に、全宇宙から選りすぐった最強最高の戦士達を送り込んだのだ。
 そしてその戦士達がドライアスの腹心をことごとく討ち果たし、遂には皇帝ドライアスの首を取るまで一歩と言う所まで迫った。だが、結果を言えばドライアスと最大の腹心であった二体のエネルギー生命体を逃す事になった。
 組織としてのドライアスは壊滅に陥ったが、その旗印であり核であったドライアスは逃げる事に成功したのだ。宇宙警察も宇宙警備隊も、ドライアスとの戦いで大きく力を削ぎ、組織としての体裁を保つので精一杯だったから追手もわずかな数しか放てなかった。
 そしてその追手に選ばれた中の一人が、当初一〇〇〇居た最高の戦士達のたった十名の生き残りの一人、宇宙警備隊隊長ファイバードだったのだ。だが、どうやらその因縁も決着が着いたらしいな』
「なるほど、ところでボスはそのドライアスとなにやら面識があるような口調ですが、ひょっとして……ご兄弟か何かで?」
『ふざけた事を言うな! ドライアスとは一度戦った事があるのだ。あやつめ、このおれ様に向かって、配下にしてやるからありがたく思え、などとぬかしおったのだ!』
 
 ズドン、とダイノガイストが振り上げた尾が、思い切り床を叩き、そのままそっくりめり込んで辺り一面に罅が蜘蛛の巣のように広がった。その時のドライアスとのやりとりが屈辱的だったのか、ダイノガイストの体が怒りに震えている。
 アルダは、そ知らぬ風で問いを重ねた。ワイヤー並に太い神経か、よほど肝がどっしりと胡坐をかいて座っているに違いない。
 
「それで、その時の決着は如何なものだったので?」
『ふん、口惜しいが丸七日七晩やり合って決着がつかなかったわ! あの時は宇宙警察共の余計な横槍がなければ、ドライアスを存在の痕跡も残さず消し飛ばしてくれたものを』
 
 と息巻くダイノガイスト。一方でアルダは話を聞く分には、ドライアスとダイノガイストの実力はおおよそ拮抗していたようであるから、勝率もやはり五分五分だったのだろう。
 アルダ個人としては、その時二人の邪魔をした連中に感謝したいくらいだ。何しろダイノガイストがいなかったら、こうして生きる事は叶わなかったのだから。
 まあ、そのドライアスがファイバードに滅ぼされダイノガイストとの決着を付けられないのが現実である以上、ボスの機嫌を損ねても仕方がない。
 
「なるほど。事情はよく分かりました。では、地球側との商談に移りたいのですが、よろしいですか?」
『む、分かった』
 
 はぐれ宇宙商人との売買がダイノガイストの役割なら、地球側とのパイプを繋ぐのがアルダの役割だ。
 アルダに流れる血脈の持つ、超人的な直感と幼い頃に施された帝王教育に加え、地球のアンダーグラウンドで培った経験と知識はガイスターの組織維持に役立っている。
 一度死んだ事と、新たな生で得たモノがアルダ自身の人格にある程度肯定すべき変容をもたらし、上記した技術や知識を使う事に抵抗を感じなくさせていた。
 本来ならばアル・ダ・フラガとでも名乗る所を、アルダ・ジャ・ネーヨなどとふざけた名前を使っているのも、ある程度のアルダ自身の中で、とある物事に対して吹っ切れた事の証明でもあった。
 アルダがかつて培った裏社会へのパイプを通じ、密かに構築した地球側との数少ないルートとの取引も今日だった。
 アルダとダイノガイストが正面を向く壁が同時にパネルの役割も果たし、壁一面に金色の髪をした三十歳前後の男の姿が映る。
 すでに本業から身を引き隠棲したと噂されているが、なかなかどうして、裏ではガイスターと唯一取引のある地球勢力として隠然たる力を蓄えている。
 
「やあ、ダイノガイストさん。相変わらずのご活躍は耳にしていますヨ」
『貴様もその皮肉めいた口の利き方は変わらんな』
「おっと、これは失礼。アルダくんも変わりませんね。急に老けこんだりはしていないようですネエ? 一安心、といった所ですか」
「ふふ、それはどうも。君も世界規模の鉄道事業の方、成功を収めているそうじゃないか。まずはおめでとうと言わせてもらおう。我々の技術も君の所の革新的な技術の礎として役に立っているのだから、その分利益を還元してほしいがね」
「何をおっしゃる。君が陰で出資している企業も順調に業績を伸ばしているじゃありませんか。これ以上利益を求めるのは金の亡者のやる事です。それにぼくと貴方方はあくまで対等のビジネス相手ですヨ? 腹の探り合いはここらへんまでにしませン?」
『お前達のじゃれ合いはどうでもいい。今日の用件はなんだ?』
 
 やれやれとモニターの向こうの男は肩を竦め、傍らのテーブルに置いてあったコーヒーで喉を潤してから、改めて口を開いた。
 
「実はお空の連中にちょっかい出そうとしている元同業者の話を小耳に挟みましてね。これ、放っとくとちょっと面白い事になりそうなんですが、ただ傍観しているってのもつまらない。それにその元同業者ってのがぼくとソリの合わない人物でしてねエ……」
「要するに、嫌がらせだろう? お空の連中、つまりはプラントと君の元同業者のイザコザの最中で、我々に最高最悪のタイミングで横から殴りかかれ、と言いたいのだろう?」
「ま、そんなトコです。どうもアーモリーワンという軍事用の工廠でロールアウトした新型のMSを強奪するつもりらしくてねえ。
 まるであのヘリオポリスの意趣返しのようでしょう? まあジェネシスαからザフトのGを一機奪った事もありますが、あれは表立つ事のない連中の仕業でしたし、ノーカンでしょうね。
 所でぼくの元同業者――ああ、ジブリールくんというんですが、ちょっと短絡的な所がありましてね。特に深い考えがあるわけではなさそうですが、彼の考えた事が上手くいくのは面白くない
 そこでガイスターの皆さんにお願いです。アーモリーワンで開発されている四機の新型MSを、ジブリールくんの手元に渡るよりも早く強奪してほしいんです。機体は貴方方が好きにして構いません。まあデータ位は流して欲しいですけどね。
 報酬は時価と言う事で。あ、後なるべく無傷で手に入れてくださいネ?」
『おれ様達に貴様の使い走りをしろと言うつもりか?』
 
 ブゥン、と一際強くダイノガイストの瞳が鈍く輝いた。返答を間違えれば今後ダイノガイストと男の関係は修復不可能なものに変わるだろう。掌にたちまち溜まった汗を、そっとスーツに押し付けて拭い、男は気を持ち直した。
 
「いいえ。あくまでビジネスとしての依頼です。報酬は一機に付き三百億アード。それ以外の装備や情報などによっては随時報酬を増額します。またこの依頼とは別に、以前頼まれていた各種の物資は無論提供します。これはあくまでも対等なビジネスです。
 ぼくはガイスターに誠意も悪意も求めません。ただこちらの提示する額に見合った仕事をこなしていただければそれでいい。ぼくもガイスターの仕事に見合った報酬を用意するだけです。ぼく達の間に慣れ合いも信頼も必要ありません。
 ただ単純なロジックが一つあれば良い。依頼を果たせば十分な見返りがある。十分な見返りさえ用意すれば依頼を果たしてもらえる。これで問題はないはずです。ぼくは貴方達を見下しもしなければ過剰に評価するつもりもありません」
『ふん、バイヤーよりは商売慣れしているな。よかろう、貴様の誘いに乗ってくれるわ。その新型MS四機、指を咥えて待っているがいい!』
「……そう言っていただけて幸いです。では、物資は何時も通り届けさせますので。健闘を祈っていますヨ?」
 
 男は最後までいつもの口調を維持できた事に小さな達成感を感じながら、モニターの電源を落とした。
 
 砂浜で遊ぶシン達が、夕暮れと共に基地内部に戻ってきた所で、今度のお宝についての説明が行われた。健康的な麦色に焼けたシンとマユは上にパーカーを一枚羽織った格好で、艦長の方は変化がない。サングラスをいつもの色入り眼鏡に変えた位だ。
 変わらずダイノガイストの横に居たアルダが、自分から見て右、マユ達からして左の壁をモニターに変えて、依頼のあった四機のMSの姿を映し出す。
 マユとシンの瞳が興味深そうにMS達を見つめ、艦長は忘れ難い記憶と似た事態に、複雑な顔色を浮かべていた。
 今度の仕事は、場合によってはかつてオーブ保有のコロニー・ヘリオポリスを壊滅させた連合の新型MS強奪事件の再現となりかねない。艦長の表情に気付いたアルダはどこか底意地の悪い笑みを浮かべた。
 
「次のお宝はコレだよ」
 
 四分割された壁モニターに、いわゆるGタイプの特徴を備えた四機の鋼の巨人が映し出される。
 局地用と思しい特殊な装備とコンセプトで開発された三機と、ベースとなる機体に、様々なオプションを装備する事によってあらゆる局面で、最高の性能を発揮する事を主眼に置かれた一機で、計四機だ。
 それぞれ、機体名称を『ZGMF−X24S カオス』、『ZGMF−X88S ガイア』、『ZGMF−X31S アビス』という。これらが局地用の三機。
 そして――『ZGMF−X56S インパルス』。この機体こそが最後の汎用性を主眼に置かれた四機目だ。本来ならば、シン・アスカの乗機として幾多の戦場を賭ける筈だった機体である。
 これから物語は変容した本来の歴史の始点へと移る。
 
――続く。